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チャプター 02:「空飛ぶ魔女」

 プロペラの回転音を撒き散らしながら、茶色の飛行機が整地された滑走路へ進入してく

る。ランディングギアが砂埃を立てながら地面を転がり、充分な減速の後機体が停止した。

 戦闘機は複座で、後部座席に乗り込んでいたパイロットらしき女がキャノピーを空けて

顔を出し、ゴーグルを外しながら機体から飛び降りる。毛先に向けて銀から青へとグラデ

ーションがかかる不思議な色の髪を手櫛で整え、数度髪を梳いた後、大きくため息を吐い

た。

 機体のプロペラが完全に停止した頃、灰色の作業服を着た男達が集まってくる。その中

から一人、胸元をはだけ、黒髪をオールバックにした屈強な男が女へと近づいてきた。

「おいエディ。全くお前は……出て行ってからまだ五分も経ってないぞ? 着陸許可も無

く勝手に降りてきやがって。何かあったのか」

 エディと呼ばれた女は、右手で髪をかきあげると、大げさにため息をついてみせた。

「何かあった、じゃねえよ、キースの旦那。あたしにあてがわれた新しい機関師のアイツ。

一度のターンで気を失いかけやがった。話にならねえな、これじゃ。繋ぐのに二十分も待

った結果がこれだぜ。やってられるかよ」

 エディが機体へ目をやると、ようやく前部座席から顔を出した男が整備員に用意された

梯子を下っている所だった。顔は青褪めており、足取りもおぼつかない。

「あ、ああ…………うっ」

 呻きながらようやく地面に降り立つと、ふらふらと歩き始める。しかし、男は直ぐに足

を止め、口から胃の内容物を吐き出した。

 その光景に、エディは口をへの字にすると、薄めた目でキースを見る。その視線に、キ

ースは右手を頭にやり、困惑した表情を浮かべた。

「そうは言っても、な。空間系のメイジは育成が困難なんだ。そうそう代えられるものじ

ゃないって事ぐらい、よくわかってるだろ? お前が話にならないと言ったそいつは、メ

イジ訓練校の中で機関師連中の主席だ。それ以上のメイジはこの国に居ない」

「それなら、今の航空隊に居るメイジは化け物揃いってか?」

 皮肉を零しながら腕を組んだエディは、鼻から長い息を吐くと歩き始めた。彼女のつま

先は、格納庫が並ぶ基地の端。パイロット達の詰め所を兼ねた宿舎だった。レンガで造ら

れたそれへ向かうエディの横に、早足で追いつくキース。そして、不敵な笑みでエディへ

目を向けた。

「隊員達によれば、後発のメイジ達の方が余程高度な魔法を使うらしいぞ。先発の機関師

達は訓練の機会が少ないからな。違うのは……パイロットの腕なんじゃないか?」

 その一言に、エディの目が鋭さを増し、右手を歩くキースを睨みつける。しかし、キー

スはエディの反応に慣れているのか、顔を緩めたまま笑みを崩さない。

 相手にされていない事に苛立ちを覚えつつも、歩を速め、詰め所へと急ぐエディ。たど

り着いたエントランスでコートを払い、浴びた砂埃を落とすと、無言のまま奥へ進んでい

った。

 突き当たりの階段を上り、二階の右奥に移動したエディは、扉を開け、中へ入る。そこ

は、彼女が臨時で使用を許された会議室で、ベッドや机が無造作に置かれている。

 同じように室内へ入ってきたキースへ振り返ると、右手で銀髪をかきあげた。

「無断で女の部屋に入るのはどうなんだよ、旦那」

「それは悪かった。だが、今日はお前に言いたい事があってな。どうしてもそいつを聞い

て欲しかったんだ」

 キースの瞳を見た瞬間、それが冗談ではないと直ぐに理解する。無言で一人掛けのソフ

ァを指し示し、自分は珈琲を入れる為に流し台へ近づいた。

 慣れた手つきでドリッパーから粉をあけ、沸かしておいたお湯を注ぐと、彼女の嗅ぎ慣

れた香ばしい匂いが漂う。珈琲を二つのカップに注ぐと、それを持ちキースの待つテーブ

ルへと歩き、そして、右手に持ったカップを無造作に差し出した。

「ああ、ありがとう」

 カップを受け取ったキースは、対面に座るエディへ目配せする。だが、エディは満足げ

に珈琲をすすり、感嘆の吐息を漏らしていた。

 カップから口を離したエディが、目を閉じたまま口を開く。

「それで? あたしに話したい事ってのは?」

 キースは何度も小さく頷き、口を開いた。

「単刀直入に言おう、エディ。今のままでは入隊できない」

「なっ! それはまだ――」

「わかるさ。お前は相棒の機関師に合わせようとしない。機関師であるメイジの身体能力

に合わせて機体をコントロールするのはパイロットの必須スキルなんだ」

 一度口を閉じると、未だ湯気の立つカップへ口をつけ、珈琲をすする。そして一口だけ

飲み込むと、伏せていた視線を再度エディへと向けた。

「お前がここへ来てから三ヶ月が経った。既に期限の半分が過ぎている。だがどうだ? 

今まで十人以上の機関師候補がいたのにもかかわらず、未だに相手を決められていない。

このままでは航空隊に入るどころか、入隊試験すら受けられないぞ」

 エディは反論できなかった。彼女が納得できるような機関師を未だ獲得できていない状

態は事実。しかし、戦闘機のパイロットと機関師は二人で一人であり、パイロット一人だ

けでは戦闘機を動かす事ができない。

「お前が焦るのはわかる。だけどな、機関師の負荷まで考えた上で操縦できなければ、と

ても戦闘などこなせない。メイジは陸軍の兵士とは違うんだ」

「それなら、機関師の訓練校は筋力増強の訓練も取り入れるべきだな」

 その一言に、キースは頭を抱え深いため息をついた。

「エディ。冗談を言っている場合じゃないだろう。お前がどれだけ苦労して陸軍を抜けた

のか忘れたのか? あちらの上層部も、お前を簡単に手放すわけがない。練電の魔女が、

どれだけの抑止力になっているか……」

 キースの言い回しにエディは顔をしかめ、鼻で笑う。

「何が練電の魔女、だ。あたしがいくら歩兵相手に戦えたところで、空を飛ぶ戦闘機には

全く歯が立たなかったよ。速くて稲妻も当たらない。弾丸の質量が大きすぎて、リフレク

ションの魔法を貫通してくる。…………何が抑止力だ、笑わせるな」

「だからパイロットを志した。そうだったな」

 自分の珈琲を飲みながら、目を閉じ何度も頷いて見せるエディ。その姿に、キースも苦

笑する。

「全く……本当に勿体無いぜ。魔法の能力だけでも十年に一人の逸材だって言われてるの

によ。目がいい上に戦闘機の操縦まで上手いと来てる。どちらか片方だけなら、お前がこ

こまで迷う事もなかったのにな」

「いいや、それは違う」

 泳いでいたエディの双眸が、ぴたりとキースの両眼をとらえる。

「あたしは運命を信じてるんだ。エディ・シャムロックがメイジに生まれることも、戦闘

機乗りに憧れることも、全て決まってたのさ」

 エディは両手で自分の髪をかきあげた。

「そして、あたしがあてがわれた機関師を拒否し続ける理由もそれだ」

 エディの発言に、キースは眉を上げにやついた。

「運命の相手が居るとでも?」

「居る」

 エディは間髪入れず応えた。その反応に、キースは目を丸くする。

「間違いない。今までの奴が霞むような、とんでもないメイジが現れる。あたしはそいつ

と一緒に、強敵を討つんだ。直観さ」

 エディの自信を前に、キースは諦観の笑みを浮かべた。


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