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チャプター 00:「プロローグ」

 どこまでも続くような青天井。

 雲一つない晴天の下で、兵士達による合戦が繰り広げられていた。

 戦場は怒号で溢れ、剣は打ち鳴らされ、矢が飛び交う。それらがぶつかりあう度に、薄

緑色の光や鮮血が飛び散った。

 そこへやってきた、一人の女。

 髪は銀と青とが入り混じる珍しい色で、逆立った髪からは時折青い光がほとばしる。周

りの人間が木や皮の鎧を着込んでいる場所で、小豆色の服や外套は特に目立って見える。

「魔女…………練電の魔女!」

 誰かが大声で喚いた。

 彼女の軽装とは裏腹に、その姿を見つけた敵兵は勿論の事、味方すらも顔色を変える。

特に敵兵の動揺は凄まじいものであり、兵力が拮抗している筈の戦場で、恐怖の伝播と共

に戦線が動き始めた。

 女が右手を唇にあて、それに息を吹きかけると、掌が青白い光を纏う。加虐的な笑みで

辺りを見渡し、空間を押し潰すような動作で、頭上へ持ち上げた右手を地面へ振り下ろし

た。

 突如、一人の兵士へ向け空から稲妻が撃ち下ろされる。大気が爆裂し、発生した轟音と

強烈な光により、周囲の兵士達は咄嗟に目を閉じた。

 落雷の瞬間を目で見た者は居なかったが、視界が徐々に回復するにつれ、誰もが雷撃を

受けた兵士を見失っていた。しかし、落雷の跡を見回せば、黒い肉のようなものが散乱し

ており、辺りは焦げたような臭いが漂っていた。

 そして、冗談のように捻じ曲がっていたものが、兵士の持っていた剣だと認識され始め

ると、戦場は恐慌状態へと突入する。

「に、逃げろ! 逃げろ!」

 敵兵は一目散に逃げ出し、自陣の方角すらわからなくなった兵士が明後日の方向へ走り

出す。

 敵兵の混乱する姿に、女は更に笑みを増す。

「そうだ……とっとと家に帰りな。この世から消え失せたくなければな!」

 最後の一押しとばかりに、女の怒声が放たれた。

 士気の高い敵兵は戦い続けていたが、味方が激減し、一方的な暴力を持つ女の咆哮に心

が折れ、遂には逃亡を始める。

 メイジ、エディ・シャムロックの参戦により戦場はあっという間に沈静化された。

 味方の部隊長らしき男が近づいてくる。

「流石は練電の魔女。たった一度の攻撃で戦場を静めてしまうとは……隊を代表して感謝

します。お陰で我々も多くの殺生をせずに済む。今回の防衛戦は民間から徴収された人間

が多数参加しておりますので」

 兵士の言葉に、エディは先ほどまでの威圧感が嘘のような柔らかい笑みを浮かべる。

「それがあたしの仕事だ。あたしも、あなた方も、敵も。殺したくて戦場へ来ているわけ

ではないはずだ。狙った兵士には悪いが、これが一番効くんだよ」

 言葉に頷く兵士を尻目に、髪についた砂埃を落とそうと見上げた空に見つけたのは、鳥

とは違う、大きな翼の物体。

 僅かな思考で、それが噂に聞いていた新兵器、戦闘機だと直ぐに気がついた。

 力の限り息を吸い込む。

「敵だ! みんなにげろおおおおおおおおおお!」

 戦場へ十分に伝わるよう大声を上げたエディと、戦闘機の機関砲が火を吹くのは同時だ

った。

 着弾した地面から砂煙が巻き上がり、運悪く射線上に立っていた兵士が数名、一瞬で粉

々に打ち砕かれた。

「何だ…………何なんだあれは」

 飛行する戦闘機から見えないよう岩陰に隠れた歩兵達とエディだが、直ぐに旋回し次の

攻撃を狙ってくる。

「クソッ! 速すぎる――」

 掌に魔法を込め戦闘機を狙うも、相対速度が大きすぎる為雷撃が定まらず、エディが攻

撃を外す度に、味方の兵士が次々に死んでいった。

 頭が混乱し、心は屈辱で染め上げられる。エディは泣き出したい気持ちを必死に押さえ

込み、何度も魔法を行使した。

「クソッ! クソッ! 嘘だろこんなの…………」

 しかし、エディの努力も空しく、たった一機の戦闘機に殆どの味方兵が射殺されていっ

た。壊滅的な被害に、エディは無力感からその場に立ち尽くした。

 荒野の只中、岩にすら隠れていないエディが狙われない筈がなく、旋回して狙いを定め

た敵機は、十字の火花を噴き出しながら機関砲を発射する。

「エディ殿!」

 声と同時に突き飛ばされ、先ほどまで岩影に隠れていた隊長らしき男は、エディの目の

前で血煙に変わった。

 地面を転げ、まともな遮蔽物もなくなり、いよいよ死が近づいてくる。心は空虚になり、

自分の無力を嘆く感情すら沸いて来ない。

 こちらへ飛翔してくる戦闘機を見ていると、突然方向転換を行い、空へと上がってゆく。

 既に死んだと思われたのか、命拾いをしたエディは立ち上がり、空を見回した。

「あれは…………味方の!」

 敵機と絡むように飛んでいたのは銀色の戦闘機だった。目の良かったエディは、その船

体に自国の国章が描かれている事に気がついた。

 味方機。

 後方につかれながらも、機関砲の攻撃を巧みに回避する姿に、言い得ぬ美しさを感じる。

 そして、一瞬の動作で敵機の後方についた味方機は機関砲を発射し、あまりにあっけな

く敵機を撃墜した。

 自分が手も足も出なかった兵器、戦闘機。それをも易々と撃破して見せたのは、やはり

同じ戦闘機だった。

 恐怖、憧れ、嫉妬、希望。正負の感情が入り乱れながら、エディは上空で旋回する銀色

の戦闘機を眺めていた。


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