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真っ黒だった視界が徐々に晴れていく。
「ここは……」
俺が辺りを見渡してみると、後ろから声がかかった。
「ここは大聖堂だな。やっぱりお前もここに飛ばされたか」
振り返ると、ロックがいた。いや、ロックだけではない。だだっぴろい大聖堂の中には俺たちのほかにも何十、いや何百人というPCがいた。その多さに圧倒される。
「何がどうなってるんだ?」
「さあ。どうやらここにいるPCたちも皆突然ここに飛ばされてきたらしい」
突然飛ばされてきたにしては俺のように驚いているPCは少ないようだった。
「まあ、多分運営側のイベントなんじゃないかって話だ。前にも似たようなことは何回かあったからな。だがログアウトが出来ないときにイベントなんて……」
俺はもう一度辺りを見渡した。するとさっき会った銀髪のPCと、通称赤法術師のPCの姿が目に入った。銀髪は壁に背を預けて事の成り行きを見守っており、赤法術師は二階にある手すりに腰掛けてつまらなそうな表情で辺りを見渡している。
「強制イベントってやつか?」
俺が尋ねると、ロックは指をさした。
「ああ。たぶんな。見ろよ、あのステンドグラスの下」
「……あ、あれは……?」
ロックの指差した方向を見て俺は目を疑った。大きなステンドグラスの下には立派な台座があり、そこには一人の少女が両端から伸びる鎖で繋がれていた。両腕をしっかりと繋がれており、立つ事も座ることもできない状態だ。長い金色の髪が顔を覆っており顔までは見えなかった。
「お前は知らないだろうけど。ここは俺たちが出会った町にある大聖堂だ。いつもあの台座には首の無い女神像が飾られていた。何故か今は像じゃなくて人間が飾られてるみたいだが。あれはPCなのか、それともイベント用のNPCなのか……」
『皆様方、今宵、このThe I.E.World Onlineにお集まりいただきましてありがとうございます。また、この場をお借りまして、日頃よりご愛顧賜りまして厚く御礼を申し上げます』
ロックの言葉を遮って大聖堂に男の声が響き渡った。
集まったPCの視線が、突然PCたちの頭上に現れた白フードを被った白い服の男に集中する。ざわついていた声が一斉にやんだ。それを見計らって男は口を開く。
『私、このThe I.E.World Onlineのゲームマスターをしております。以後はGMとお呼びください。さて……本日、皆様にお集まりいただいたのは、私とあるゲームをしていただきたいからです』
「ゲーム?」
「イベントか?」
黙っていた他のPCが男に尋ねる。それを発端にまたPCたちがざわつきだす。
「ログアウトできないのはどうなってるんだ?」
「ゲームよりまずそっちを何とかしろよ」
そのざわつきはどんどん大きくなっていく。
『ご静粛に……もうゲームは始まっているのです。私とあなたたち全PCとの戦いはね』
「GMとPCとの戦い?」
PCの中の誰かが呟いた。
『ええ。ルールは至って単純。あなた方がこの世界を壊せばPC全員ちゃんとログアウトできます。この世界を壊せばあなたがたPCの勝利。できなければ私の勝利。もちろんできなければログアウトできません』
「そんな理不尽な!」
『世界を壊す方法はただひとつ。そこにつながれているセイレーンをこの世界の中央にある塔に連れて行き滅びの歌を歌わせればいい。ただそれだけ。簡単でしょう?』
PCたちの視線が今度はGMから鎖につながれている少女に集中する。
「本当か?」
「それなら、簡単だな」
「ああ。簡単だ」
PCたちがざわめきだすなか、今まで黙っていた銀髪が口を開いた。
「本当に、それだけなの? 私はそのPCの勝利条件があなたにしてはどうも簡単すぎて信用できない。何か絶対裏があるはず。正直に言いなさい。あなたの狙いは何?」
凛とした銀髪の声に、他のPCたちは黙り込む。
すると、GMの口端が歪み嫌な笑いを浮かべる。俺はそれを見て寒気がした。
『決まっているでしょう。あなた方の命を賭けた楽しい楽しいゲームですよ』
言葉が終わると同時に、GMはまるで指揮者のように両手を上に振り上げた。
「いけない! みんな耳を塞いで!!」
銀髪の大声に驚き、俺は咄嗟に自分の両耳を塞いだ。
そしてGMの両手が振り下ろされると同時に、鎖でつながれていた少女の口から言葉にはたとえられないような声が発せられる。いや、もうそれは声ではない。音の衝撃波のようなものだった。
あまりの大音量に耐えられず更に力を入れてしっかりと耳を塞ぐ。
そしてしばらくすると少女の口が閉じた。
「……なにが、どうなったんだ?」
辺りを見渡すと、衝撃波をもろにくらったのかその場にいたPCの半分以上のPCが床に倒れ伏している。側にいたロックも倒れていた。
『おや、意外に残りましたか。まあ、こうでなくては面白くありません』
「ロック? おい、ロック!」
GMの言葉を無視して俺は倒れているロックに駆け寄って体を揺さぶった。本当の体ではないから揺さぶって効果があるかはわからなかった。
何度も揺さぶってみるがロックが起き上がる気配はない。
「良かった。あなた無事だったのね」
近くにいた銀髪が声をかけてきた。そして何故か俺に耳打ちしてきた。
「あなたにお願いがあるの。あの金髪の少女の鎖を切ってここから連れ出してほしいの。きいてくれるかしら?」
「へ? でも、何で俺……」
「理由はあとで説明するわ。早くしなければみんなログアウトできずにこのゲームで彷徨い続ける羽目になってしまう。さ、急いで」
銀髪に軽く背中を叩かれ、俺はつい「あ、ああ」と頷いた。
そして言われるままGMにセイレーンと言われていた少女に近寄り、鎖を……。
「って、木刀で鎖なんか切れるか! 何かないのか?」
辺りを見渡すと、近くに斧が飾られていた。見事な装飾がしてあることから何か祭事に使うものなのかもしれないが、俺はかまわずその斧を取った。そして両手で持ち振り上げると、突然今まで俯いていた少女が顔を上げた。俺は真正面からそれを見る。
「え……ひな?」
髪型、髪の色は違うが、顔は妹のひなにそっくりだった。
「え……なんで?」
俺が呆けていると、突然後ろから武器と武器がぶつかり合う音がした。振り向くと、どうやら他のPCが俺を剣で攻撃しようとしていたのを銀髪が大剣で止めたようだった。
「なっ……!?」
「早くなさい少年! 他のやつらが起き上がってくる前に!」
見ると、大聖堂の中ではPC同士の戦闘が始まっていた。どうやらこの大聖堂自体がひとつのバトルフィールドに化しているようだった。
「い、一体何が起こってるんですか!?」
銀髪は大剣で、切りかかってきたPCを一刀両断すると、そのPCは虚空へと溶けて消えた。
「さっきのセイレーンの歌。あれは聴いた者をNPC化させるものよ。さっき倒れていたPCたちはもうGMに支配されてNPC化している。多分GMがNPCに与えた命令は一つ。セイレーンの抹殺よ」
すると、GMが突然手を叩きだした。
『さすがはレイヴンさん。ここでの情報でそこまで見抜くとは、大したものですね』
「あなたの考えそうなことだもの。まったくいつもながらえげつない……」
「セイレーンを殺すより先に出きることがある」
いつの間にか、GMの後ろにある手摺の上に、赤法術師が立っていた。両手にはそれぞれ銃が握られている。
「あんたを倒す方が早い」
大聖堂に銃声が響き渡る。が、弾が届く寸前でGMの姿が掻き消えた。そして少し離れた場所に姿を現す。
「ちっ……」
赤法術師が舌打ちした。
「銃使いなのか? あいつ……」
「それはいいから、はやくあなたはセイレーンを。あたしたちが時間を稼ぐから」
「わ、わかった」
銀髪の言葉に俺は頭を軽く振って、持っていた斧で鎖を切った。そして少女の手を取る。
「で、でも逃げるったってどこに?」
「あ」
突然、少女が声を上げて指差した。その先にはどうやらGMに攻撃を受けたのかこちらの方に吹っ飛んでくる赤法術師の姿が目に映った。俺は瞬時に少女の手を離すと、赤法術師と壁の間に入り彼女を受け止めようとするが衝撃が大きかったらしく二人そろって壁に叩きつけられてしまった。
ダメージは食らってしまったが、最大値の半分くらいといったところだろうか。こんだけレベルが低かったらそりゃそうだよなと思いながら赤法術師に話しかけた。
「ぐ……だ、大丈夫か?」
「…………」
赤法術師は驚いたような顔で俺をしばらく見ていたが、
「……ちっ、死ねよ」
そう言って再び立ち上がり、GMの方へ向かって走り出した。
「なっ、こんな時まで、お前お礼も言えないのか!」
言うだけ無駄だと思いつつ、俺は赤法術師の後姿に文句を言った。
『ほう……』
そんな俺と赤法術師を見て、GMがなにやら驚いたように感心する。
「だ、大丈夫?」
少女が心配そうな顔で声をかけてきた。やはり、見れば見るほどひなにうり二つだ。
「ああ、大丈夫だ」そう言おうとしたところに
「少年! 逃げなさい!!」
悲鳴にも似た銀髪の声で、少女の後ろにいたロックの姿に気付いた。ロックは少女に対して拳を構えている。
俺は少女を突き飛ばし、咄嗟にロックの攻撃を受けた。
「あ……」
俺のPCの体力ゲージが、半分から0になった。
ちょっとだけ書いたので上げます。ちょっと一身上の都合で連載が遅れると思いますがお付き合いいただければ嬉しいです。ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。