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~ 2 ~

いらっしゃられませ

長いですよ~w

 炊事場を後にした俺は一旦自分の部屋に戻り、胴衣に袴、今で言う乗馬服にあたる服に着替えようとしたところで障子の向こう側に誰かの気配を感じた。


 「修羅様。戻っておられますか?」


 凛とした、けれど少し幼い声が障子の向こう側からかかる。


 「いるよ、入っておいで」


 俺が障子の向こう側に声を掛けると、すっと障子が開き、140くらいの背をした一人の男の子が入ってきた。


 おかっぱ頭に薄墨の地味な直垂を身に着け、落ち着いた雰囲気。子供ながらにしてすっと通った鼻梁に切れ長で涼しげな目、艶めくような薄紅色の口唇。


 恐ろしく整った美貌の子供だ。


 ほんのり頬を染めた華の様な顔は、同性の俺から見てもぞくっとくる程に妖艶さを醸し出している。


 障子を閉め俺の前にすっと座ると男の子は手をついて一礼した。そして顔を上げると嬉しそうに俺に微笑みかけてきた。


 「入れ違いにならなくてようございました。修羅様」


 男でなかったら……といつも思うんだが……残念ながら男なんだよなぁ、コイツ。


 「というか悠太(ゆうた)。何度も言ってると思うんだけど、俺よりも年上なんだから俺なんかに様付けたり敬語使うの禁止」


 そう俺が言うと悠太と呼ばれた男の子は頭をフルフルと横に振り、窘める様な声をあげた。


 「修羅様、ご自身を『なんか』とはけっしてお言いにならないでくださいませ。あなた様は宗家のお子。わたくしは家臣の子でございます。敬うのは当然でありますし、年上であるとかは関係ございません。『様』をつけてお呼びするのは必然でございます」


 (いや……お前も宗家筋の嫡子じゃん……)


 そう。この男の子、俺よりも2歳年上だが爺こと朝倉 宗滴(そうてき)の実子である。

 宗滴爺さんは父上殿の曽祖父にあたる7代目英林(えいりん)孝景の子に当たるから、その子である悠太は直系も直系。宗家筋と誰もが知っている。

 ちなみにコイツの義理の兄、即ち爺の養子となった景紀(かげとし)殿も父上殿の実弟にあたる人だから当然宗家筋である。


 「父も義兄(あに)も臣下でございますよ? 修羅様」


 俺が何か言う前にきっぱりと言い切る。毎度ながらに俺の考えてることは筒抜けかい。


 「つーか、俺にとっては爺もお前も景紀殿も家族と思うことはあっても家臣と思った事はついぞないんだけど……」


 「それでも、わたくしめはあなた様の臣でございます」


 頑固者め。

 初めてまみえてから此の方、悠太は俺に対して頑なまでにこんな態度を取り続けている。俺より年上なのは教えられていたので当然の様に敬語を使って話したら、地獄の獄卒も裸足で逃げ出す程の恐ろしい笑顔を浮かべ、一刻(2時間)ばかり懇々と『お話し』されてしまった。

 曰く『あなた様は御当主のお子であり、わたくしは一家臣の子である』だの『長幼の序より君臣間の礼こそ守るべき秩序』だの云々かんぬん。

 あまりの恐ろしさに俺が土下座しながら謝ったのは言うまでもない。

 以来、俺はこんな感じで丸め込まれるハメになっているというワケだ。

 しかし何故か兄の長夜叉には慇懃無礼(はなしかけるな?)というか非礼の礼(おとといこい?)っぽいことやってるんだよな、悠太ってば……。

 俺の知らないところでなんかあったのだろうか?


 「とりあえず、入れ違いどうとか言ってたけど……何かあった?」


 俺が訊くと悠太はぽむっと手を打つ。


 「おお、そうでございました。父からの言伝でございます。『本日の錬馬は取り止め』とのよし」


 「爺が取り止めとか珍しい。……腰痛にでもなったか?」


 「ハハ、そうであれば可愛気があるのですがね……」


 少し遠い目をする悠太。苦労してんな~、相変わらず。


 悠太は爺が60近くになって初めて得た子である為、その可愛がりっぷりは年々暴走の一途を辿っている。俺も初めて爺に会った時には……いや、よそう……あれは腐界歴史(トラウマ)だ…。


 「そうかぁ、んじゃ空いた時間何するかなぁ……」


 一応こんな俺でも当主の次子なので、1日のスケジュールというか予定がけっこう事細かに組まれて入る。午前中は各種鍛錬、午後はお勉強、夕食後は舞とか唄とか(あるんですよ!こんなのが)のお稽古といった感じでみっちりと予定が詰まっているのだ。

 まぁ嫡子程の過密さはないけどね。


 悠太も直系嫡子ではあるが、彼の場合、義兄の景紀殿が既に爺から家督を譲られているので予定はガラガラ。好きなことを己の意思で出来る身であるにもかかわらず、何故か悠太は俺と一緒のカリキュラム(?)を消化している。

 まぁ父上殿も爺も景紀殿も何も言わないところを見ると、悠太を俺の傍付にと位置付けてるきらいがあるが。


 「そういや、前から聞きたかったんだけど……悠太、何で俺の傍仕えに? 長夜叉兄の傍仕えの方が出世とか断然有利だと思うんだけど?」


 俺がそういうと切れ長の目を細め、フっと鼻で笑い飛ばした。


 「あんなのの傍仕えなど、黄金千貫積まれても御免こうむります」


 「いや、あんなのて……一応次期当主だよ? 長夜叉兄は」


 「修羅様、アレがわたくしと初めてまみえた時、何と言ったかご存知ですか?」


 何言ったんだ…兄上(バカ)…。


 「アレはわたくしを見るなり『今宵から伽を申し付ける』でございますよ?」


 いや…そりゃアカンだろ…バカ兄…。

 つーか幼少にして衆道宣言(やらないか?)かよ…。

 この時代のモラルの崩れっぷりにちょっと引くわ~。


 その事を思い出したのか、噴飯やるかたない顔で悠太は吐き捨てた。


 「初対面で色事を持ち出すのも唾棄すべきことですが、それよりもその後に言われた言葉でわたくしはアレとの縁を切り捨てました」


 何言われたのかちょっと聞きたくないんですが……。


 「……ナニヲイワレタノデゴザイマショウカ?」


 「『鳶が鷹ではなく孔雀を産むか。爺と婆のどちらとも似ず二人も鼻が高かろう。重畳じゃ』でございます」


 「そりゃ酷い……。爺が鳶ねぇ? そんなこといわれたら父上除いて家中全員子雀以下になるな~」


 「修羅様……そこではなくて、でございますが」


 呆れた顔の悠太。


 「まぁ、なぁ……。爺はともかくもあの(・・)(るい)殿を婆とは流石の俺でも言えないわ。コレお世辞抜きなんだけど、俺からすれば累殿は十分美人の部類に入ると思うよ?」


 俺は首を捻りながらそう言った。

 この時代の美人の基準はズレてるのか、それとも愚兄の美的感覚がアレなのかは判別しがたいが、宗滴爺の正室であるお累の方は50代後半であるにもかかわらず見た目は30代前半で通り、現代で言えば江角マ〇子の様な全体的に凛とした顔の健康的な日焼け美女である。

 初めて会った時は実年齢と見た目の差に唖然とさせられた覚えがある。

 本人は俺の驚きをどう勘違いしたのか『色も黒く醜女婆で驚かせて申し訳ない』と恐縮げに謝っていたが、彼女を醜女としたら戦国時代の美女の基準がさっぱり判らなくなる。

 アレか? 歴史的な人物が描かれた掛け軸とかの様に細目、下膨れの入ったうりざね顔におちょぼ口、お世辞にも『ふくよか』という修辞を使えない、どう見ても小太りな感じの女性がこの時代の美女基準なのか? 現代ですら戦国時代の美女基準は平安時代ばりに判ってるわけじゃないしな……。


 「いえ、修羅様……そこでもなくてですね……」


 考え込んではブツブツ言い首を傾げる俺を見て、少し疲れた顔でつぶやく悠太。


 「はぁ……もういいです……。わたくし独り噴飯しているのが阿呆らしくなってきました……」


 悠太はがっくりと肩を落とすが、まぁ気にするな。


 「ところで……修羅様。一刻半……もう一刻になりますか。いかがなされますか?」


 「そういう悠太は何かある?」


 逆に俺が訊き返すと「わたくしは修羅様のお傍仕えでございます」と、ほんのり頬を染めながらにこりと笑う。

 いや……本当に俺はそっちのケ、まったく無いからな? 悠太……。


 「んじゃ、少し色々用事を片付けておこうか……」


 「何かお持ちいたしますか?」


 俺を見る目から『わたくしはあなた様の臣です。ご遠慮なさりませぬよう』と無言のメッセージが零れ落ちる。


 「あ~うん。んじゃ悪いけど茶を四つばかりお願いできるかな?」


 「御意」


 何も聞かず短くそう答えて一礼すると悠太はすっと立ち上がりお茶を取りに出て行った。


 足音が足早に遠ざかるのを確認しつつ俺は天井の片隅を見つめて声をかけた。


 「千景(せんけい)、いるよね?」


 「おや、修羅坊。わしがおるのに気付いておったか」


 俺が目を向けた先から笑い声と共に渋みのあるバリトンボイスが降ってきた。

 千景は俺を影から護衛してくれている40代後半の壮年透破なのだが、稚気が抜けきらない困った性格のおっさんで毎回何かしら俺を試すかのような事をしでかす。

 今回みたいな気配を絶って天井、床下、壁に潜んでいたり、イタズラじみた(時として本気まるだしの)罠を俺に仕掛けてくることも多々ある。

 本人曰く俺に対する危機管理能力の修行らしいのだが……。まったくもって余計なお世話で、後始末に奔走させられる俺こそ良い迷惑だ。


 「まぁ、割と最初から……」


 「ふむ……まだ修行が足らんか……」


 少し声が落ち込む。


 「いや、俺が変なだけだって貴方も知ってるでしょ……。いや、そうじゃなくて……。真面目な話、長と繋ぎ取れるかな?」


 俺がそういうと気配がガラリと変わる。


 「……いかがした?」


 「うん、長に少し相談事があってね」


 沈黙が降ってくる。


 「急ぎだけど、長の都合を優先で。あと戻るついでに千夜(せんや)(りん)にここに来る様に言付けてもらえると助かる」


 「ウチの愚息と燐にか」


 「うん、その二人には頼みたいことがある」


 「判った。遅くとも四半刻(三十分)後までには寄越そう。長には?」


 「長の都合がつき次第夜抜け出してそっちに行くよ。その時はいつもの様に竜胆に代わりを」


 「承知した。そう伝えよう。暫し待て」


 そういうと気配が消える。




 「時間的にそろそろ腹括らないと、な……」



 

 静まり返った部屋で、そう俺は独りごちた。






 ☆※☆※☆※







 しばらくして二人の女中を引き連れて悠太が戻ってきた。

 悠太が頷くと女中の一人が俺の部屋の隅に置かれている火鉢に炭を足して熾し、三本足の五徳を置いて持ってきた鉄瓶を置く。そしてもう一人は急須の中に茶の葉を入れて、伏せていた湯呑茶碗をひっくり返してお盆の上に並べた。

 火鉢にかけた鉄瓶のお湯を急須に注ごうとしたので俺はそこで声をかけた。


 「ああ、そのままで。もう少ししたら客人がくるから」


 「かしこまりました」


 女中たちは全て整え終えると一礼をして部屋を出て行った。


 「悠太。もうちょっとしたら千夜と燐が来る。話はそれからで」


 黙って待つのもなんだからと来訪者の事を悠太に告げると、悠太の眉が跳ね上がる。


 「千夜殿はともかく、燐()でございますか?」


 悠太の声の温度が下がる。


 「ああ、ちょっと頼みたいことがあるんだよ」


 「あの阿婆擦れに何ができますやら……」


 悠太ェ…。


 「あら、阿婆擦れとは結構な言い草ね?」


 そう声がすると同時に天井の羽目板がずれ、そこから一人の少女が降ってきた。

 色白で長い髪をポニーテールにし150前後の背丈を筒袖に括袴といった物売りのような格好で身を包んだ、12、3歳くらいの快活を絵に描いたような少女。

 少女の名前は燐。

 先ほどからの待ち人の片割れだった。


 「ふん、阿婆擦れを阿婆擦れと言って何が悪い」


 「言ってくれるじゃない、この性悪狐が」


 顔を合わせる度にじゃれあいというか、ものすごい生暖かい光景を見せ付けられるのは勘弁してほしいんだけどなぁ。


 「そう思ってるのはお前だけだと思うぞ?」


 俺の後ろに気配が現れる。

 振り向けば燐と同じ格好をし、短く髪を刈り上げた20代後半から30代前半のいかつい顔をした男がいた。

 170にも届くだろうその背丈がいかつい顔と相俟ってけっこうな威圧感を感じさせる。

 待ち人の片割れのもう一人、千景の息子、千夜である。ちなみに燐は千夜の娘だ。


 「そう? あいつら誰がどう見てもイチャラブじゃね? リア充氏ね?」


 「りあじゅうとかいちゃらぶというのは意味がわからんが――、お前の勘違いだと思うがな……」


 パルいぜパルいぜパルパルパルパルパル……

 おお、つい暗黒の幽波紋(ス〇ンド)が……。


 「じゃれるのはそのあたりにしておいて、だ。忙しい中よく来てくれた、ありがとう。千夜、燐」


 そういいながら俺は鉄瓶から急須にお湯を注ぎ、人数分茶を淹れ各々に渡す。

 普段なら俺の客が来ると悠太が率先してあれやこれやとやるのだが、燐が来るとそっちのけでやりあうので俺が淹れている。

 実際の処、いつもの様に悠太に任せると燐のお茶だけ渋茶になってそこからまた喧嘩~っとなるからなのだが…。


 「何度もいっておりますが、わたくしはこんな阿婆擦れとじゃれあう趣向は持ち合わせておりません!」


 「あたしもこんな性悪狐とじゃれあう趣味はないですよ!」


 悠太と燐が口を揃えて否定する。いや、お前ら端から見ればものすごく息あってるよ?


 また言い争いになりかけるが、千夜が間に割って入り二人ともしぶしぶと休戦を受け入れた。俺は苦笑しながら全員が一口口に含むまで待った。

 全員がお茶を飲むのを見届けると、俺は唐突に千夜に切り出した。


 「千夜。手をかけるようですまないんだけど叔父上殿の、景高(かげたか)殿の身辺を洗い出して欲しい」


 俺の言葉に悠太の眉が再びぴくりと跳ね上がるが、黙ったままで茶をすする。


 「お前の耳にも入っていたか」


 千夜はくつくつと笑いながら湯飲茶碗を置き、俺を見る。


 「一昨年の美濃戦からこっち、祖父(貞景)殿の遺領関連で父上殿に対して不満タラタラなのは家中じゃ誰でも知ってることさ。だが……」


 俺は一旦言葉を切ると茶を一口飲み下す。


 「……越前鞍谷(くらたに)御所と京の公家連中に頻繁に繋ぎを取っている、とくれば俺じゃなくても警戒はする」


 俺の知る歴史では、孝景の実弟である景高は2年後の1540年に上洛し京で謀叛を起こす。

 英林孝景以降歴代の当主によって実権を奪われ客将にまで落ちぶれた斯波(しば)家(足利家と縁戚を結んだため越前においては『鞍谷御所』の一員として存在はしていた)を密かに担ぎ出し、反朝倉家感情を持つ幕府と公家の人間に働きかけて孝景打倒を標榜し叛旗を翻すのだが、幸いにしてこの謀叛は成功を危ぶんだ鞍谷御所側の保身でトカゲの尻尾切りよろしく孝景へ密告されて失敗。激怒した孝景によって逆に工作をされて景高は京を追われ、朝倉家から追放された。

 追放された景高は隣国若狭(わかさ)に逃亡し、若狭に勢力を持つ若狭武田家を巻き込んで朝倉家と武田家の武力衝突を引き起こそうと画策した――のだが――、孝景の正室である光徳院が若狭武田家当主武田 信豊の叔母であったせいか信豊が思った以上に難色を示した上に、信豊自身若狭武田家を継いだばかりで家中が不安定だった為に武田家は景高への援助を断り景高は孤立。

 景高は援助を断られてもそのまま若狭に居座り反孝景構想を打ち出し、周囲を巻き込もうと奮闘するものの失敗の連続。

 方々に反孝景感情を振りまき、挙句の果てには長年の仇敵とも言える一向宗の総本山である本願寺にまで手を伸ばすのだが、当然きっぱり断られてしまい、結局失意と共に西国に落ち延びていく。

 一連の出来事(景高の方)はこんなものだが、この謀叛劇で朝倉家に残ってしまった根の方がよっぽど厄介だった。

 残った根、景高の子景鏡(かげあきら)の事である。

 この謀反がキッカケで朝倉宗家と景鏡の間に僅かな、だが深刻な溝を作ったのだと俺は推測している。

 景紀の子景垙(かげみち)を自殺に追い込んだのも、金ヶ崎の引き口でしられる戦いでのボイコットも、織田家に囲まれた小谷城の救援を仮病を使って出陣拒否したことも、刀禰坂で敗れた主君をだまし討ちの様に裏切った事も、総てこれが遠因になっていたに違いない。


 「当主殿からも依頼はきているが、鞍谷御所と京の公家共とはまだ判ってなかったんだがな? 何故お前はそれ知っている?」


 千夜が訝しげな顔で俺を見る。前世の知識からです、とは流石に言えない。


 「あのね……こんなの少し考えてみりゃ簡単に予測がつくと思うよ?」


 俺がそういうと全員が首を傾げた。


 「仮に景高殿が父上殿に叛意ありとして、謀叛を起こすのにはそれなりの大義名分ってヤツが必要だ。大義名分も無いのに同調する莫迦はいない。というか誰が大義名分も無しに好き好んで自分から謀反人になりたがるかって話だな。

 国主であるにもかかわらず国を傾けるほどの悪行三昧な振る舞いをしている、とか、中央の、ぶっちゃけていえば将軍家の意に沿わないことを毎度毎度している、とかいうのであればそれが大義名分にはなる。

 けどさ、ウチと将軍家の仲は歴代や爺のお陰で至極良好。春の除目で幕府御供衆(おともしゅう)から相伴衆(しょうばんしゅう)に補任されたばかりだしねぇ。関係が良好であるいい証左だ。

 また越前国主としては北の京とまでに言われる程の繁栄と安寧を民にもたらしている上に、京の混乱で逃げ出した公家連中が真っ先に逃げ込んでくる程にココは治安が良い。民にとっては父上殿は良い御領主様ってことだし、公家達にとっては安息の地。

 こんな現実があってどうやって大義名分を得ることができる?」


 幕府に関しては友好どころか向こうがこっちをかなり頼っているフシが随所にある。

 近畿周りの大名との衝突に朝倉家はよくかり出されていおり、宗滴や先代貞景(さだかげ)、先々代氏景(うじかげ)なんかは幕府に敵対する勢力の鎮圧にわざわざ畿内に遠征にいってるし、7代目英林孝景にいたっては応仁の乱で東西の戦局を左右する程だった。

 今回の相伴衆補任などは幕府が朝倉家をさらに抱き込もうとしているいい証拠だろうし、後に足利 義昭が京を追い出された際に戻るべく力添えを朝倉家に頼ったのもその証拠になる。


 「確かにな……」


 「そこでどうやって大義名分を手に入れるか。答えは『孝景(ちちうえ)殿を妬む公家連中に賄賂を贈って朝廷を動かし鞍谷御所に入婿した斯波家を、旧守護家を復活させる』。これだろうね」


 「それで鞍谷御所……」


 悠太が驚愕を顔に貼り付けながら言う。


 「まぁ今のところそれくらいしか大義名分が思いつかないだけなんだが……」


 「ふむ、鞍谷御所は乗るか?」


 千夜が尋ねる。


 「はは、それが判れば苦労しない。ただ、ねぇ……自分で言っててなんだけど、これ、大義名分にするにはかなり弱いんだ。

 斯波家の封領は越前・尾張・遠江の三ヶ所があったんだけど、越前はウチ、尾張は織田、遠江は今川にそれぞれ奪われて無くなっており今の斯波家には養うべき兵力が無い。

 他の地は知らないけど、こと越前に関しては英林孝景様、氏景様、貞景様の三代に渡ってあの手この手で斯波家を封じ込めて徹底的に無力化しているため、その力は皆無に等しい。

 他の地で斯波の名を聞かないところを見るとウチとどっこいどっこいの状況だろう。

 こんな状態の今の斯波家に大義名分になり得るほどの力が残ってるかどうかは、甚だ疑問だと俺は思う。

 また皆も氏景様によって斯波家が将軍家と一応縁戚関係になったのは知ってるとは思うけど、俺に言わせればこれも斯波家の大義名分化を否定する材料の一つなんだ。

 謀叛の噂を聞けば、朝倉家を頼りたい将軍家自ら『自重しろ』と鞍谷に圧力をかけてくるに違いない。身内だから余計に強く、ね。

 まぁ将軍家自らが越前守護職を斯波家から奪って朝倉家に与えた上に、斯波家が訴え出た守護職と土地の返還を悉く切り捨てたという後ろめたい事実(かこ)があるから、将軍家はどうあっても朝倉家寄りにならざるをえないしね。

 そうだなぁ、『将軍家に尽力し幕府の一助たる幕臣にして寵臣たる朝倉家を攻撃する事は、(かつ)ての幕臣である斯波家といえどもその行状は幕府の力を弱めようとする逆賊行為であり、まごうこと無き逆臣である。その様な忘恩の臣は廃絶が相応しき故上奏し、寵臣朝倉家に存分にその武を揮わせれば上様の宸襟(しんきん)を安んじ参らせられるだろう』ってな会話を将軍家の関係者がうっかり(・・・)鞍谷の莫迦麿(ばかまろ)に漏らせば、大義名分の神輿(みこし)になろうという気概は欠片も残さず吹き飛ぶだろうよ」


 俺はお茶を一口すすり、喋って乾いた喉を潤す。


 「しかし、だ。ある一定の条件が揃うと逆に斯波家は大義名分の神輿になる事を了承しかねない。

 その条件というのが、

  一つ、叔父上殿が連絡を取っている公家が宮中でどれだけの力を持っているのか。

  二つ、その公家が反朝倉家感情のある幕臣達とどれだけ親密なのか。

  三つ、その反朝倉家感情のある幕臣が幕府内にどれだけいるのか。

 この三つだ。

 この三つの条件がうまい具合にかみ合ってしまうと事によっては力の無い将軍家が逆に押さえ込まれてしまって、莫迦麿の家が調子に乗って神輿を引き受けてしまう公算が大きい。

 だから叔父上殿の連絡相手の公家が誰かって事を知るのが重要になってくるわけだ。

 もし手を誤ってしまえば叔父上殿は『正統なる主、斯波家の忠実なる家臣筆頭としてその復権の一助となり、先祖の悪行を(ただ)す!』ってな失笑モノの大義名分を掲げて、斯波家を旗頭に心置きなく謀叛街道まっしぐら、だろうね。もっとも旗頭にされる斯波家こそいいツラの皮だろうが、クックックッ」


 話を聞いていた全員が絶句していた。

 おや? なんでだ? こんなの考えりゃ誰でもすぐに思いつく事だろうに…。


 唐突に千夜がくつくつと笑いだす。そして頷きながら力強く請合ってくれた。


 「なるほどな。お前の言うことももっともだ。判った、徹底的に洗い出してみよう」


 その声で再起動した燐が声をあげた。


 「そ、それはそうとあたしは何をすればいいのかな? 修羅」


 「な、燐! 修羅様を呼び捨てにするな! 僭越に過ぎるぞ!」


 燐の口のきき方に過剰に悠太が反応する。

 現代日本人の感覚が基本の俺にとっては、自分の親しい人から呼び捨てにされるのに抵抗はまったく無い。また呼び捨てにして構わないと自分からも申し出ている。

 生真面目な悠太にはソレが我慢できないらしい。


 「いや、時と場所を弁えての発言であれば好きに呼んでかまわないから」


 俺がそういうと勝ち誇ったように燐が悠太に口撃し始めた。やいのやいの仲良く(?)言い合う二人をよそに俺は千夜に確認を取る。


 「燐を四、五年ばかり借りられる?」


 「長いな? 何かあるのか?」


 「うん。ちょっと伊予で人攫いをして欲しいんだ」


 「はぁ?!」


 俺の物騒な答えに悠太とやりあいながらも聞いていた燐が素っ頓狂な声をあげる。やりあっていた悠太も再度絶句していた。

 そんな二人を見ながら苦笑を漏らした千夜が『話せ』と俺に続きを促した。


 「とりあえず、だけど、燐を伊予の大三島にある大山祇(おおやまつみ)神社に巫女として潜り込ませたいのさ」


 「何故だ?」


 千夜の顔が険しくなる。


 「朝倉家に水軍が欲しいんだよ。水軍で名を上げているのは瀬戸内の大名家が多い。そのうち伊予河野家の大三島水軍と村上水軍は瀬戸内で一、二を争う程の強勢を誇るんだとさ、俺が調べた範囲では。

 で、村上水軍の将は瀬戸内の海賊衆あがりらしいけど、大三島水軍の将は大山祇神社の大宮司の一族が纏めるのが通例らしい。

 海賊あがりの村上水軍は海賊出身なせいか、相当扱い辛いらしく、また色々な海賊衆が混じっていて組織が一本化していないとも聞く。

 となればちゃんとした武士が将で、きちんと組織だった運用の出来る高評価の水軍は大三島水軍しかない、というわけさ」


 「それだけじゃあるまい?」


 「勿論。しばらく前にあったことなんだけど、西国の雄、大内氏の水軍、それも大軍相手に大三島水軍は完勝したらしい」


 事実俺が生まれた1534年頃、大三島水軍は大内の水軍を寡兵で打ち破っている。


 「ほぅ、それは」


 「大内を相手にして寡兵で彼の大軍を破るのは、一角の将が率いたとしてもよほどの組織力と運用力に長けていないと無理だろう。そんな水軍なら是非ともウチの水軍の規範としたい」


 千夜はふむと顎に手を当て考え始めた。


 「何故水軍が欲しいんだ?」


 「いずれ良好な湾を手に入れるだろうけど、それから水軍を育てます、じゃぁ遅すぎるんだ。

 それにこれはおおっぴらにはしたくないんだけど、早いうちに水軍を組織して父上殿を説得、しかる後、即、明と独自に交易をしたいと俺は思ってる」


 悠太が驚愕を顔に浮かべた。


 「修羅様、幕府の許可なしにそれは…」


 「うん、幕府の許可は下り難いだろうね。下りたとしても将軍家にどれだけ利潤を持ってかれるか…。だからおおっぴらにはできないってわけだ」


 俺がそういうと千夜が首を傾げる。


 「交易ならば水軍よりも三国湊の商人達に頼む方がいいんじゃないか?」


 「確かに商人達に任せるのも手だろうけれど、極力情報の流出を抑えたいから朝倉家のみで行いたいんだ」


 無論、情報の流出云々だけが理由じゃない。交易というからには確かに商人に任せたほうが無難であるし、任せる商人次第ではウチに有利な取引もやってくれる可能性がある。だが、商人は己の利潤が第一であり、朝倉家(ウチ)と取引することが利益にならないと感じたらあっさり他家に商品を売りかねない恐れがある。専属契約を結ぼうにも交易相手が相手なだけに難しいだろうと思うしなぁ。海外貿易が公に許されているのは幕府公認の朱印状を持つ西国の大名大内氏のみなのが現状である。無論闇貿易をやっている商人もいるだろうが、それこそ足元を見られてしまう。


 「ふむ。それで水軍か…しかしそれなら尚の事海賊衆の方がいいんじゃないか? あちらの方は倭寇(わこう)が多いと聞くぞ?」


 確かにこの時代、明が海禁(私的な貿易禁止)政策を取ったため密貿易が横行し、海賊行為が大量に発生したため日明貿易が被害にあいまくっていたはずだ。

 倭寇とは中国側からみての海賊のことだが、襲う方にとっては日本であろうが中国であろうが関係はないし、日本人だけが海賊行為をしているわけじゃないのはお約束というべきか。

 明との交易を始めれば必然的に荒事が多くなる。千夜の言う通り荒事に慣れている海賊達を使う方が、逆に安全となるのではないか?という疑問は当然のことだ。


 「確かにね。倭寇云々なら海賊衆の方が安全ではあるんだけど……海賊なだけに他方から利をちらつかせられると裏切りかねないのがね…」


 どんなヤツでも裏切るときは裏切るが、極力その可能性を潰しておきたい。


 「それに明との交易もだけど、各地との交易もしたい。ウチの領内はともかくも陸路だと他国との関がねぇ…」


 「なるほどそれもあるか」


 笑う千夜。


 実際の話、上杉 謙信は陸路ではなく海路によって堺商人と直接交易し関で払う関銭を極力排す事で、莫大な資産を稼いだとある。

 まぁ関云々はともかくも、海路を使って商人達と直接交易となれば海賊を使っているという事で支障が出そうで怖い。昔からそれが当然である瀬戸内ならいざしらず。正規軍であればその恐れはほとんど無くなる。


 また国内的な交易もさることながら、この先の歴史を知る俺としてはとにもかくにも明との直接交易、特に火縄銃に欠かせない硝石が大量に欲しい。

 そう、1543年種子島にポルトガル人の船が漂着し、彼らから火縄銃が日本にもたらされるからだ。

尤も伝来に2、3異説があり、更に日本に広がりを見せるのは数年の時間が必要となるが、遅くとも1550年辺りには兵器『火縄銃』が日本を席巻するのは間違いない。

 その火縄銃を撃つには火薬が必要であり、その火薬の材料の主成分である硝石が日本では産出できないのだ。

 一応人工的に硝石の生産はできる事は知っているし、その生産方法も知っている。歴史ヲタだった俺は自分が気になることはよくネットを利用して調べていた。人工硝石もその一つで、大学時代フィールドワークと称して現地で体験したこともある。

 だが、そのやり方だと仕込んで最初に硝石を得るのに最低でも5年かかる上に、その生産量は当然輸入量に比べて極僅か。戦国時代末期になって漸く供給が需要を上回ったというからその量は言わずもがなと言えるだろう。これから先火縄銃が大量に出回り、槍から銃へと移行する戦国の世の中で硝石は命綱とも言うべき存在となる。

 実は人工硝石体験つながりで仲良くなった人と火縄銃の大会を見にいったことがあるんだが、想像以上に威力が半端じゃなかった。

 試射の見本を見せてくれた人曰く『現代のライフル銃とかと違い飛距離こそありませんが、距離さえ適正ならば威力は散弾銃にも劣りませんよ』との事。

 実際近距離の試射も見せてもらったが、分厚い鉄板が盛大な音を立てて粉々になっていた。アレにはびびった。

 これから先あんなのが標準になるのには少し恐怖を感じるが、遠距離から一方的に蹂躙できるという魅力はどんな大名でも抗えないと思う。

 俺がこれから先この朝倉家で兵を用いて領土拡張の戦いに赴くかどうかは判らないが、自らを、自国の民を守る力として火縄銃を持つことは避けられないだろう。ならばその為に必要な硝石の確保は必須、なかんずく明との独自交易は至上命題ということになるわけだ。


 「まぁそういうわけで、水軍技術を盗んできてほしいわけなんだけど……大三島水軍は伊予河野家神職お抱えの水軍なため、燐を巫女として紛れ込ませるくらいしか今のところ手の打ち様がないんだ」


 「でもそれと人攫いがつながらないんだけど?」


 燐の言うことももっともだ。


 「まぁそれについてはおいおい指示をだしていくから。それまでに燐には神職の人たちと仲良くなってもらいたいのさ。時間をかけるのはぽっと出の他所の人間をとっさの時果たして信用するかというその一点に尽きる」


 実際はそんなことを心配しているわけじゃない。透破である燐なら盗み見て此方に流す事も可能だろう。

 本音を言えば俺は単に1543年の大祝(おおほうり) 鶴姫の自殺フラグを折りたい、そんなところだ。

 西国無双の侍大将と謳われた大内家臣陶 隆房を水軍で、とはいえ打ち破るその卓越した指揮力は2流、3流の指揮力しかもってないくせに勝利を幻視することができる度し難い戦バカしかいないウチにとって是非とも欲しい人材だ。

 水軍に限らず野戦の将としても活躍が期待できるし、優秀な人材の収集は大名家の死活問題だと俺は思う。

 いや、けして姫武将だから欲しいとか美人かもしれないからもったいないとか、瀬戸内の生ジャンヌ=ダルクを見てみたいっていうわけじゃないよ? ホントだよ?

 …ゲフンゲフン。

 一応恋人であったという越智(おち) 安成(やすなり)も水軍の将としては破格の能力を持っていたという話であるから、拉致したい人物なのだが―――あれ海上戦での討ち死にだしな。助けられるのか? まぁ助けられなかったとしても、安成の死をキッカケに自殺する鶴姫を救ってやりたい、そう思うのは事実だ。燐を巫女に紛れさせておけば鶴姫傍仕えになる事もできるだろうし、それから自殺を防いでこちらに拉致、とできるしな。


 「なるほどな。燐、どうだ?」


 千夜が燐に尋ねる。


 「父様がいいならあたしはいいわよ? 修羅に逢えなくなるのは寂しいけどさ」


 なんのてらいもなく朗らかに燐が答えた。


 「すまないねぇ、燐。俺の我侭で」


 「いいわよ、信頼してくれてるからあたしに無茶をいうんだろうしね。もっとも修羅の無茶には慣れてるのもあるけどね」


 笑いながら言う燐に悠太が噛み付いた。


 「燐、修羅様になんて事を!」


 「あんたも一々つっかかるわねぇ……。“あたし”が“修羅”に“信頼”されてるのを“やっかむ”のはやめてよね~」


 ニヤニヤしながら燐が悠太を言葉でつつく。安い挑発だな、おい。


 「この阿婆擦れが! わたくしが修羅様に信頼されてないとでも言いたいのか!」


 いや、簡単に乗るなよ……悠太ェ。


 「悠太、あっさり挑発に乗るなって……。それに燐とは別に悠太自身にもやってもらいたいことがある」


 俺がそういうと、膝を押し割る勢いで悠太が俺に迫ってきた。

 いやマジで俺にそのケはないんだってばよっ!


 「それはいかようなことでございましょうか! 無論、燐にはできないことでございましょうな!」


 「うん、できないな~流石に」


 うんうんと頷きながら燐をドヤ顔で一瞥すると、


 「ほうほう、いかさまいかさま。で、どの様なことでございましょうか?」


 と晴れやかな顔で訊いて来た。


 「下野の足利学校に行ってほしい」


 「は?」


 俺の提案に悠太は目を点にして訊き返した。

 悠太には悪いが、イケメンの表情がくるくる変わるを見るのはなんか面白い。


 「わ、わたくしめは何か修羅様のご不興をお買いいたしましたでしょうか?!」


 涙目で俺に怒涛のがぶり寄りをかましてくる悠太に、少し引きながらも俺はきっぱりといった。


 「いや、そんなわけないから。俺の隣を任せられるのは悠太、お前だけだよ?」


 「でしたら何ゆえ!」


 「というか足利学校って焼失したんじゃなかったか?」


 悠太の涙声を遮る様に千夜がツっこむ。


 「うん、七、八年前に焼失したらしいけど再興したと爺が言ってたね」


 俺がそう千夜に答えると、何を思ったか悠太は勢い良く立ち上がり「父上と“お話し”して参ります!」と叫んで飛び出していった。


 おお、歴史的新事実発見……。この時代にもあったのか……『O☆HA☆NA☆SHI』……。

 管理局の某白い大魔王が先駆けじゃなかったのか……。


 ―――って!


 「お~い…俺の話は済んでないんだけどなぁ~」


 そう呟くと千夜と燐に笑われた。


 「あんたがあの性悪狐を傍から離すっていうからでしょう?」


 「そうだな、アレも必死になるさ」


 「いや、真面目な話、これはあいつの為なんだよ。判ってると思うけどあいつはけっこう危ない立場にある」


 俺の言葉に燐は不思議そうな顔をしたが、千夜は知っているのかこくりと頷いた。


 「俺が景高殿の立場にあり、以前から謀叛を起こそうと企んでいるなら謀叛を確実なモノにする為に悠太を利用しない手はない」


 「え? なんで?」


 燐が問い返す。


 「悠太を利用すれば将軍家の介入を回避でき、朝倉家において兵力で抜きん出ている敦賀郡司家に対しての切り札になり、上手くいけば朝倉家当主になれる上に、ひょっとすると朝倉家はもとより鞍谷まで乗っ取ることが出来る可能性があるからだよ」


 「随分と都合の良い可能性だけど、そんなに都合よく行くの?」


 燐の疑問も尤もだ。


 「まぁ確かに都合の良いこと尽くめなんだが、上手くいく可能性は多分にある。

  まず悠太を鞍谷御所に送り込む。送り込む理由として父上と爺に対しては鞍谷に悠太を入れる事で斯波の名跡を奪えるのみならず足利将軍家とも縁戚になれる一挙両得の良策である、とでも言えばまず疑われる事はないだろう。鞍谷御所側には朝倉家で一番厄介な敵となる宗滴に対する人質であり、敦賀郡司家に対する秘策として――とでも言えばいい。これが第一段階」


 俺はぴっと指を1本立てる。


 「んで第二段階として叔父上が悠太の補佐もしくは後見として鞍谷に出向する。理由として鞍谷家中で朝倉家の発言力を強化し朝倉家に有利に鞍谷を誘導する為、とでも、鞍谷を内部から乗っ取る下準備とでも言えば爺はともかく家中の納得は得られるだろう。無論鞍谷側には自分が鞍谷に入る事で謀叛の疑いを逸らすことが出来る上に朝倉家の内情を疑われることなく逐一知らせられる、とでも言えばいい」


 説明と共に俺は2本目の指を立てた。


 「そして第三段階として叔父上の娘を悠太に娶わせる。ここが一番肝心な部分だ。悠太と叔父上の娘が結ばれれば岳父として堂々と悠太の後見の立場を主張できる上に、この段階で叔父上に敦賀郡司家の相続に関してのちょっかいが出せる様になる。景紀殿とその家族に不幸があれば爺の実子である悠太が敦賀郡司を相続するのに、岳父である自分がその話に関わることに何の不都合があろうかって処だ。勿論鞍谷側にとっても叔父上が悠太の岳父になるのは有利となる。謀叛の相方である叔父上が悠太の岳父となれば、朝倉家の武の中枢である敦賀郡司と大野郡司の両方を手に入れられる好機を生み出すことが出来るからな。

 で、次に悠太と叔父上の娘の間に子を生させる。悠太が養子に入ったにせよ、入婿として鞍谷に赴いたにせよ、直接の血縁が出来る事は父上にしろ鞍谷にしろ望むべく形になる。何故かって父上にしてみれば悠太の子は鞍谷内の朝倉家の強化になる上に、悠太と叔父上を使ってその子を鞍谷の後継ぎに指名させることが出来れば無駄な争いをせずに斯波と足利将軍の両家を身内に取り込むことが出来る。また鞍谷にしてみれば悠太を後継ぎに指名しなければいいだけの話であって、悠太の岳父となった叔父上は謀叛の相方として、そして親族として迎える形となるし、もし裏切りを警戒するならば悠太の子を人質にすれば裏切りを防ぐ事が出来るだろう。もっとも鞍谷側からすれば生まれた子が女児であれば後継ぎの側室に、男児であればで血族の娘と娶わせてしまえば完全に血族に取り込めるから、生まれた子が男女どちらでも問題はないだろうがね。これで第四段階だ」


 俺は3本目と4本目を順繰りに立てる。


 「さて、ここまでやってようやく叔父上にとって本番となる。子が生まれたら先ずは景紀殿やその家族を暗殺する。この暗殺は両家の間に疑心暗鬼を植えつけることが出来る上に、悠太に敦賀郡司家を継がせることが出来るから、悠太に子が生まれたら直にでも取り掛かる可能性が高い。そして敦賀郡司を悠太に継がせた後に悠太を病死に見せかけて謀殺。病死に見せかければ両家の決定的な亀裂には至らないだろう。まぁ亀裂が入っても叔父上が仲立ちすることによってその決裂を延ばす事ができるから叔父上にとってはどちらでもいい。んで悠太の子に敦賀郡司を継がせるよう父上に提案し、実現する。正統性はあるからこれはすんなり通るだろうよ。勿論幼い子が敦賀郡司を纏めることができるわけもないから、当然叔父上が一時的に敦賀郡司を預かる形になって大野郡司との兼任――という叔父上にとっては正に理想的な状態になる。

 こうやって朝倉家の兵力を掌握したら老い先短い爺の死を待つか、待つのが面倒ならば病死に見せかけて暗殺して謀叛決行だな。鞍谷と幕府内の反朝倉家の幕臣、利で釣った公家の力を利用して幕府の介入を回避。協力者達の奮戦にもよるけど、運がよければ介入を回避どころか朝敵…とまではいかないものの、討伐令くらいはもぎ取れるかもしれない。そうやって大義名分を得たら鞍谷側と刻を合わせて挙兵。敦賀・大野の郡司を握ってる上に、爺はいないんだ。一族の大半は叔父上に靡くか、どちらが勝っても大丈夫なように画策して日和るかって処だろう。勿論父上の側に付くのもいるだろうが、そこで幕府のお墨付きがモノを言うわけだ。まぁ叔父上にとっては父上に味方する連中の合流が遅れればいいだけの話だし、お墨付きを疑われても問題は無い。真偽の確認をすること自体が行動を遅らせる事になるしな。その隙に全兵力を持って叔父上が父上を斃してしまえばいい。そうやって父上を排除して自らは当主に、朝倉家の全権を掌握。ここで一旦矛を納めて鞍谷と協力体制を取るも良し、仕上げとばかりに鞍谷の後継ぎを暗殺して鞍谷もついでに掌握して後顧の憂いをスパンと断つも良し。どちらにせよ華麗なる叛逆劇は見事完了、となるわけだ」


 5本全ての指を立て、ヒラヒラさせてみる。


 「「 ……… 」」


 「まぁ敬愛なる叔父上が華麗なる叛逆を起こさなかったとしても、いずれウチの莫迦兄との後継者争いに担ぎ出される羽目になる。何故なら悠太は七代目英林孝景様の嫡孫。れっきとした宗家直系な上に血筋的には長夜叉や俺よりも『濃い』。いくらあいつ自身が『家臣』と言い張っても、血筋(それ)を理由に担ぎ出されるとなるといくら言っても無駄だしな」


 叔父の謀反といい後継者争いといい、悠太の境遇を思うと溜め息が出る。


 「あいつ、俺相手だと手を抜いて何故か俺を立てようとするんだけど、長夜叉相手だと全力で一切合切容赦無しに叩き潰すらしい。

 血筋的にも能力的にも才能的にもウチの一族の中じゃ最優秀だから、長夜叉を後継者神輿に担ぎ上げたいヤツらにしてみれば目障りこの上ないだろ。

 逆を言えば、対長夜叉候補としては実に都合の良い、正に理想の対抗者だ」


 「だから足利学校ってところに?」


 燐が尋ねる。


 「そ。あそこ就学に金はかからないけど、入学の条件として僧籍に入るってのがある。僧籍に入りゃ後継者争いは勿論、謀叛の旗頭に担ぎ出される事もない。あいつを護る一番安全な策さ」


 「しかし、僧籍に入ることは――― ある意味世間的には廃嫡ということだろう?」


 千夜が痛ましげな顔をする。


 「だねぇ。けど ―――これは言ってもならないことなんだけれど――― こうすれば景紀殿も一応は(・・・)安心すると思う」


 「ええっ?!」


 驚く燐。


 「あのね、燐。家督を譲られたとはいえ、悠太は爺の嫡子だよ? 敦賀郡司家の子であることにはかわらない。元々景紀殿は爺の養子だしね」


 「だな。景紀殿はあの子を養子に迎えて敦賀郡司職を受け継がせる事に理解と納得はあるだろうが、景紀殿の嫡子である景垙殿が、正確には景紀殿の奥方の家が納得するかどうかはわからんということだ」


 「そっか。宗滴様を慮って景紀様がアイツを正統な後継にってのはありうるのか…」


 ようやく燐が事の複雑さを理解する。


 「そう。悠太自身が要らないと言っても成長するにしたがって頭角を現せば、爺を信奉する奴らにとっては景紀殿は何故正統な嫡出である悠太殿に敦賀郡司職を返さないのかと突き上げるきっかけの一つにするだろうし、逆に景紀殿が養子で郡司職を継いだことを知ってる景垙殿自身も悠太に遠慮して両者の関係がギクシャクしかねない。

 そうなると家中の和を誰よりも優先に考える爺のことだ、悠太の廃嫡をまず先に行ってそれから追放同然に仏門に入らせて後顧の憂いを断つに決まってる」


 事実俺の知る歴史では宗滴の実子とされる蒲庵(ほあん) 古渓(こけい)は景紀に家督を譲った後に生まれてしまったせいで、実の父親に殊更危険視されてしまったようだ。

 敦賀郡司云々よりも宗滴の子、即ち朝倉本家直系であるが故に、己の死後に起こるかもしれない義景の子達との後継争いを宗滴は何よりも怖れたに違いない。その証拠に古渓は実父に問答無用で廃嫡された上に仏門に入らされ、そして厄介払いとばかりに足利学校へと留学させられている。また卒業後も京都の寺に入れられ、実父の葬式に弔問文を送れた位で生涯朝倉家には関わることは出来なかった。

 悠太が蒲庵 古渓であるならそういう運命を辿る可能性が大きい。

 悠太は俺にとってこの世界に転生して初めてできた友達だ。そんなくだらないフラグなんざしっかりへし折らさせてもらおう。


 「そうなると何かの拍子に悠太が還俗する機会が訪れたとしても朝倉家には戻れないし、戻ることも許されない。

 朝倉家に戻れないなら悠太は還俗せずに、そのまま僧として生きることを選択してここを去るだろうね。

 もっとも俺の傍に留まって相変わらず尽くしそうな気もするけど…。

 それはそれで『俗世に関わる生臭坊主』と陰口を叩かれるハメになる上に、今以上に朝倉家の政に関わることは許されなくなる。

 そうなると失意に暮れて『修羅様のお役に立てないわたくしですから…』とかなんとかいって、自害するかひっそりと去るでしょ。

 まぁ、どの道を辿っても俺の傍から居なくなるのは確定ってわけだ。

 あれだけ優秀なんだ、悠太の廃嫡は俺は勿論の事、朝倉家(ウチ)にとっても損失以外のなにものでもない。

 問題は俺はそれを知悉し(わかっ)てるけど、ウチの阿呆連中がそれに思い至る頃には朝倉家滅んでました―― ってことになりかねないのさ。

 そんなことにならない為にも、何の含みも無く悠太に還俗の機会を持たせるには『足利学校に行かせるためにしかたなく(・・・・・)悠太を僧籍に入れた』とするしかないんだよ…。

 ホント莫迦々々しいまでの苦肉の策ではあるんだけどさ」


 冷たくなった茶を飲み干す。


 「爺にその事を気付かれる前に、悠太本人の口から『是非とも(・・・・)足利学校に留学したい!』と言わせて自からの意思(・・・・・・)で留学を決意した(・・・・・・・・)と見せかける(・・・・・・)事が出来れば(・・・・・・)、爺も含めて一族連中まるっと騙せるんだけど…悠太が聞きわけてくれるかどうかがなぁ」


 また一刻ほどあの笑顔で『お話し』だろうか……。干物になった自分が簡単に想像できて鬱になる。


 「あの子も難儀な事だな……」


 「ホント大変だわねぇ……性悪狐も」


 俺の愚痴を吐いた溜め息と共に聞いた千夜と燐はそれぞれぽつりと呟いた。




 俺が二人の呟きの本当の意味を知るのは当分先の事になる。

景高の謀叛理由や

蒲庵古渓の廃嫡理由等は作者の想像の産物です。

これが正しいとはかぎりません


セリフの大部分が説明ちっくなのは…許してください…

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