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いらっしゃいませ
天文7年 如月(1538年 旧暦2月)
麗かな日差しが朝の冷え込みをわずかながら和らげてくれるのだが、とにかく腹が立つ程に寒い。
こっちの世界に来て5年、即ち5歳になったのだが、未だこの寒さには慣れない。雪こそ降るわけではないもののここ最近朝の冷え込みはとみに厳しく、布団から出るときの辛さは結構洒落にならないものがある。
うろ覚えだが如月って旧暦の2月だったよな? 現代の太陽暦からすれば2月後半から3月前半にあたると思ってたんだが、ズレてんのか?
暦上は立春を過ぎたというから一応春を迎えたハズなんだがなぁ。
そう思いながら下座に置かれた座布団に座っていると目の前に卓膳が置かれる。
女中達が忙しく動き回りながら慣れた手つきで伏せられていた飯椀にご飯をよそい、汁椀の蓋をあけ、湯飲みに茶を注いでいく。
今朝は味噌汁じゃなくてイサザ汁かぁ…。そういや北陸の民はイサザ汁の椀が食卓に上るとようやく春の訪れを実感するときいたことがあるんだが、どうだったっけかな。
そんなことを考えていると全てを整え終わったのか女中達が一礼し下がっていった。
ソレを見届けてから俺は箸を取り、神仏に感謝、即ちいただきますをして、まず身体を暖めるべく汁椀に口を付けた。しかし蓋を開けた時から気にはなっていたんだが…入れ過ぎじゃね?ってくらいにイサザがもっさりと盛られてた…。その盛りっぷりは、スーパーの乾物コーナーにピラミッドの如く積まれていたジャコの山を連想させてくれて思わず苦笑が漏れる。
その苦笑をどう受け取ったのか、いつの間にか上座に座っていた二人の内の一人、打掛を羽織った着物姿の女性からおっとりとした声がかけられた。
梳られた烏の濡羽の様に黒くて長い髪をそのまま流し、柔らかい笑顔を俺に向けている。
名前は扇の前。
後の高徳院であり、俺の母上殿だ。
「修羅、どうかしたのですか?」
おっといかんいかん…。
「いえ、何でもありません。母上」
努めてなんでもない風を装って答えるが、案の定というか、母上殿の隣に座る肩衣袴をすこしラフに着崩した父上殿、孝景殿の注意を引いてしまった。
「食事中に考え事をするなとはいわんが、散漫過ぎるのも問題だぞ? 修羅」
そう注意しながら父は素焼きの杯を口に運び、白く濁った酒を美味そうに嚥下する。そういうあんたも朝から酒をかっくらってるけどなーと思ってしまったのは内緒だ。
そんな父上殿を生温い視線で見ていると、俺の正面に座る見た目4、5歳ぐらいの小太りした子供がくぐもった声でボソボソと俺に向かって話かけてきた。
「ふん、父上の言うことももっともだぞ? まったくお前は落ち着きのない…」
言葉と声色がまったく噛み合ってないことに気が付いていないらしく、俺が窘められたという愉悦の色がちらちらと混じる。
このお子様が朝倉 長夜叉。後の朝倉 義景であり、俺の実の兄上殿である。
いつもの事ではあるが、俺が生まれてこの方、俺の行動に一々突っかかってきては何かにつけて年上ぶろうとするこのお子様の言動には少々辟易する。
まぁ内容の大体は精神的に成人している俺からすれば、苦笑を誘うものでしかないのだが。
「はい、すみませぬ。父上、兄上」
ほの暗いドヤ顔をチラチラとこっちに向けてくるのに少々ムっとしつつも、食事中にこんな些細な事で衝突するのもめん…厄介なので、せいぜい神妙な顔をしつつ俺は二人に頭を下げ、汁椀を置いて隣にあった飯椀をひっつかみ、大盛りに盛られた玄米ご飯を口にかきこんだ。
パサパサした口当たりが口一杯に広がる。白米ほどの粘り気や甘みはなく、少しおこわのように硬い。こんなご飯でもかなり贅沢な部類に入るというのだから正直まいる。
あぁ、白いご飯が恋しい…。
初めはその食感とか素朴な味やもの珍しさに文句も無かったのだが、この四年間毎日朝夕玄米大盛りまみれとなると些か飽きがくる。
いや腹持ちはものすごくするし、栄養価も抜群ではあるんだけどもね。
ただ量が半端じゃない。
一日五合よ?五合…。
家族四人で五合じゃなくて、一人五合ですよ!奥さん!
ご飯がオカズです、とはよくいったもんだ。
某軽い音楽の某少女なら涎をたらさんばかりに『天国』と歓喜の舞を踊りだすだろうが…俺には地獄です。
これに汁椀と平皿、焼物、小鉢の三品、俗に言う一汁三菜といわれるモノがつく。これが基本だ。
まぁ一応大名家ではあるので、朝ご飯はともかくも夕ご飯は季節によっては三菜どころか五菜とかもありうる。
しかし朝夕2.5合ずつ食べれば、そりゃまぁ小さなオカズ三品でも腹はイヤでも膨れるわな。
そうそうこの時代、お昼ご飯という習慣は無い。食事は朝と夕の2回。
ただたまにお昼ご飯に近い間食というのはあるが、滅多にあることじゃ無い。でもお昼が無くても一日中動きまわり続けるのでなければ、夕ご飯まで空腹感をほとんど感じないくらいだ、といえばその腹持ち具合は判ってもらえると思う。
そんなわけで、今朝の献立は山盛りの玄米ご飯にイサザの汁椀、菜っ葉のおひたし、ウルメの目刺、山菜と胡桃の和え物だった。
ちなみにイサザとはシラウオの事で、シラウオ=踊り食いというのがだいたいの一般的な認知であった現代と違って、この時代は踊り食いはまだ一般的じゃなかったのには驚いたものだ。
まぁ現代と違ってスダチやダイダイ、カボスといった柑橘系がいつでも手に入るというわけでもないのだから当然といえば当然の話である。
無理を言えば手に入らないこともないのだが、そうまでして何が何でも踊り食いが食いたいっ!というわけでもないし、なによりそんなことをしなくてもこのイサザ汁は素朴ながらに十分に美味い。
もっとも俺としてはシラウオはてんぷらかかき揚げで食べたかったのだが。
この時代、まだてんぷらが無いのは当然としても、揚げ物といえるのは精進揚げぐらいで、しかもこの精進揚げ自体も現代のモノとはまったく別物といっていいのだ。
まぁこの時代、小麦粉はうどんとして利用されることはあっても、てんぷらの揚げ粉として利用するなんてことは発想自体されてなかったらしいからしょうがない。
いずれ機会を見て料理番を指導してみるかなぁ…。
余談だが件の精進揚げ、小麦粉の代わりに何を使っているかというと、聞いてビックリ、米粉であった。現代でパンに使用されて脚光を浴びている米粉の存在が既にこの時代に多用されているとは…驚き桃の木ってヤツである。
閑話休題。
正面の鬱陶しいドヤ顔小僧にいい加減げんなりさせられて来たので、俺は卓膳を空にしたのを機にこれ幸いとごちそうさまをして膳をもって家族の前を辞した。
膳を持って下がるとき父上殿が一瞬苦笑するが、まぁいつものことだ。
空の膳を持って炊事場に足を踏み入れると、動き回っていた女中の一人があわをくったように俺の所にすっ飛んできた。
「修羅様! 膳はわたくしどもがお下げしますと何度申しあげましたか」
「持ってきてもらってるんだから下げるくらいはこっちがするのが妥当と何度も言ったでしょ?」
「しかし…」
女中が言いよどむ。
まぁ渋るのも判らないでもない。俺としては長年のクセで食器を流しに持っていく感覚でしかなかったんだが、初めて持っていったときは大騒ぎになってしまった。
曰く『若様のお手を煩わせてしまうとは何事か!』らしい。
『死罪だ!』とか『お屋形様のお怒りが!』とか莫迦々々しい騒動になったので父上殿に直談判して渋々ながらも了解を得、それを女中達にも通達してある。
だから俺がココに持ってきても彼女達になんら罰則とかはないはずなのだが…。
「まぁ気にしないで。俺の変わった趣味、とでも思ってくれてればイイから」
そう言って念を押しつつ、ここ最近覚えた『天使の微笑み』を繰り出す。
ついでとばかりに某漫画の某キャラの得意とした歯をキラリと光らせるエフェクトを追加してやると、ほんのり頬を染めて空の膳を受け取っていたその女中は顔色をさっと変えて後ろに後ずさった。
あれ? なんか腰引けてんですけど? おかしいな…。アレは撫でポ、ニコポ並の撃墜効果があったはずなんだが…。まぁいいや。
「そういやお富さんは?」
俺が話題転換気味に尋ねると、奥の方からすこしふっくらした襷&前掛けエプロン姿の初老の女性が数名の女中を引き連れながら出てきた。
「若様、わたくしはここに」
幾分白髪の多い長い黒髪を後ろで一つに纏め、しゃんと背を伸ばした小柄な老女。
この老女が朝倉家の台所を預かる女中頭のお富さんだ。この女性こそが我が家の朝夕のご飯の献立から味付け、膳の差配等一手に取り纏めてくれている。
「わたくしに御用でしょうか?」
「あ~うん、ちょっと朝餉の事でね」
俺がそういうと少しバツの悪そうな顔をするお富さん。こりゃぁ心当たりアリか。
「修羅様がここにお越しになられたので、恐らくそうではないかと思っておりましたが…。汁椀の件でございますね?」
「なんだ、気がついてたのか。アレはちょっとお富さんらしくなかったなと思ったもんだからさ」
「申し訳ございません、わたくしの落ち度でございます」
そういいながらお富さんは俺に深々と頭を下げると、後ろに控えていた女中達も慌てて一斉に頭を下げる。
俺は手を振りながら『いやいやそんなことしなくていいから』と皆の頭を上げさせた。
「まぁ俺や兄上は動き盛り育ち盛りだから構わないけど、父上や母上にはちょっと塩味がキツイと思うから気をつけてくれると嬉しいかな」
この時代、塩分の過剰摂取による病気が多かったと何かの資料で読んだ覚えがある。現代人と違って動力の基本はほぼ人力。身一つであちこちと動き回る為に、エネルギー分として塩分を多く摂ってしまいがちになるのだ。
かの軍神上杉 謙信も塩分の過剰摂取が死因の一つとされていたはずだ。だから俺はなるべく適塩にしてくれるようこまめにここに顔をだしてはそれとなく指摘(?)している。
「まぁ誰にでも失敗はあるし、次からまた気をつけてくれれば問題無いよ」
「かしこまりました」
そういってまた頭を下げるお富さんと女中達。
俺が『ああしろ』『こうしろ』とビシっと言わないのにはちょっとした理由がある。
これでも俺は一応ここの若様であり、直系一門なわけだ。そんな俺がビシっと言うということは彼女達にとっては不興を買っているということと同義らしい。
それが判らなかった昔の俺は一回やらかしてしまい、女中全員に五体投地ばりに総土下座され、『お許しください』コールを怒涛の如く連発されてしまった苦い思い出がある。
あんなの二度とゴメンだ。
「んじゃ汁椀の件はこれで終了として…あ、そうそう。お富さん俺が仕込んでおいたアレどうだった?」
「アレでございますか? 少し臭いがきつくなってきておりますが…」
「お~、んじゃそろそろかなぁ。ちょっと1本持ってきてくれる?あ~、出したら洗うんじゃなく乾いた布でひっついてるモノ落としてね? それとついでに小さな包丁とまな板と空の卓膳も持ってきてくれると嬉しい」
「かしこまりました」
そういうとお富さんは女中達の内の二人に指示する。
二人は頷くと小走りに奥に引っ込んでいき、直ぐに戻ってきた。一人は空膳とまな板と包丁を、一人は器の上に白いしなびた物を皿に乗せて恐る恐る俺に差し出してくる。
「若様。本当に大丈夫なのでございますか?」
お富さんは臭いに顔をしかめながら怪訝そうな顔で俺に聞いてくる。
俺はそれを聞き流し空膳を床に置くと、その上にまな板を置き、白い物体を横たえると、半分に割り、その半身を包丁でトントンと薄く切る。
そして切った一切れを口につまんでみた。ポリポリと小気味いい歯ごたえと懐かしい味が俺の口を満たす。
おお! 正にタクアンだ! 成功成功! 初めて作ったにしちゃぁ塩加減もバッチリだな。
飲み下して、俺は切ったモノをお富さんや控えている女中達にまな板ごと差し出した。
「ふふん、まぁ食べてみてよ」
皆びくびくしながら手に取ると、恐る恐る口にする。いや、一応食い物ですってば。俺食ってたでしょ。
「まぁ! これは!」
「あら!」
「美味しい!」
ポリポリ、カリコリ音を立てながら皆慎重に咀嚼するが、次第に驚いた顔をしながら口々に感嘆の声を上げた。
俺はしっぽの方をちょん切って口に含む。この尻尾の部分がけっこう美味いんだ。
「若様! これは一体何でございますか!?」
食べ終わったお富さんの目が驚愕に見開かれている。
「ん? ただの干した大根の糠漬けだよ」
尻尾を齧りながらそう俺がいうと、お富さんは目を剥いた。
「糠漬け、でございますか?」
「大根に限らず、塩で揉んだ胡瓜、茄子、人参とかを炒った米糠と塩水、干した昆布、唐辛子を一緒にした糠床ってヤツに一月から半年程度漬け込むものなんだけど…」
アレ? この時代糠漬けってなかったっけか…?
「いえ、存じ上げませぬ。若様のお言葉をお聞きする限り糟漬けのようなものとお見受けしますが?」
「まぁそんな感じかな。アレよりは優しいし普通な味と思うけど…」
糟漬けかぁ…前に父上殿に勧められたけど、酒精の臭いが半端じゃないレベルだったよな……。
しかし、まいったな…、糠漬けそのものが無かったとは…。
ああ、そうか…酒糟と違って米糠って米を精米しないとでないから、白米自体が非常時の食べ物扱いなこの時代は糠はそうそうあるもんじゃないんだっけか…。失敗した。
「あと唐辛子、とは何でしょうか」
おろ? そっちもか? 唐辛子って一般じゃないの?爺のところにあったから数本失敬してきたんだけどな、俺は。
「あぁ、ええと…お隣の明の香辛料の一つ?」
「香辛料、でございますか?」
「あ~、うん。多分お隣の明にある赤くて細い実を干したもので、舐めると目玉が飛び出るほど辛いっていう…」
実際のところトマトやとうもろこしと一緒で唐辛子はアンデスが原産だった覚えがあるけど、この時代にアンデスとか言ってもな。盛大に?マークが飛び交うだけだから中国産ってことにしとかないと苦し過ぎる。
そんな俺のしどろもどろな言い訳に一応納得してくれたのか、お富さんは何とか引き下がってくれた。
「まぁそういうものもあるってことだよ、うん」
背中に大量の冷や汗をかきながら誤魔化してみる。
「若様、先ほど茄子や胡瓜もとおっしゃいましたが?」
「うん、きれいに洗って半分に切って塩揉みしてから糠に入れればいいと思うよ? お富さん達が食べたこれも似たようなやり方で漬けたもんだし」
塩を擦り込んで揉むことにより余計な水分を出すってのを干すという過程で代用しただけだしな~。タクアンってのは。
「では若様の糠床? というのに茄子や胡瓜を入れてもよろしゅうございますか?」
そう来たか。
「構わないけど…、二、三注意する事があるよ?」
「それは?」
「六、七日ごとに中身をかき混ぜないと腐ってしまうのが一つ。今は寒いからいいけど暖かくなると涼しくて風通しの良い場所じゃないと腐ってダメになってしまうのが一つ。後は偶に糠と干し昆布や唐辛子を足してかき混ぜるんだけど、糠はそのまま使うんじゃなくて軽く炒らなきゃダメなのが一つってとこか」
注意事項を指を折って思い出しながらお富さんに言うと、奇妙な顔をされた。
「若様…。ずいぶんとお詳しいのですが…一体どこで?」
「ん? ああ。ここに出入りするようになってから目の届かない所で色々試行錯誤と、ね」
我ながら苦し過ぎるな、この言い訳。まさか転生前の知識です、とは言えないし、これを押し通すしかない。
「判りました。詳しくはお聞きいたしません」
そういうとお富さんはにっこりと嗤う。
いやいやいや! 怖いんですけど、お富さん! 笑顔なんだけど目がマジで笑ってないってば!
「そうそう、この『糠漬け』ですか、殿にお出ししてもかまいませんか?」
ん?ああ、そうかコレのことをまだタクアンと教えてなかったか。
どうするかなぁ…たしかタクアンって江戸時代の坊さんの名前じゃなかったっけか?
「これも茄子を漬けたやつも全部同じ『糠漬け』になるからなぁ…これはどう呼ぼうか…」
「あまりにも若様がお詳しいので、どこぞの産かと思いましたが…」
「ああ、これ? 多分今のところ俺の試作だよ? 似たようなものは探せばどこかしらにあるかもしれないけど」
一汁三菜の一品が香の物(漬物)となるのは江戸時代に入ってからだ、と高校時代にウンチク好きな日本史教師に習ったのを覚えている。その教師は粋の極みであった江戸の食文化を色んなエピソードを交えて面白おかしく授業してくれたのだが、当たり前の如く試験に出るはずも無く、結構無駄な知識として頭に残っていたのはお約束というか。
「そうでございますか…」
考え込むお富さん。そういやタクアンって『蓄え漬け』から来てるってのあったな。それでいくか。
「蓄える為の漬け物だからタクワエ漬け、タクワン漬け、う~ん言い辛いから短くタクアンってのはどうかな?」
「よろしいかと存じます。ではこのタクアン、今夕餉から出させていただきますがよろしいでしょうか?」
「お富さんに任せる。ああ、茄子の他に大根の干したヤツも一緒に入れておいてくれるとありがたいんだけど。干し方は洗った大根を日当たりと風通しのいい軒先に吊るして数日放置で」
「かしこまりました」
あとは無いな。『んじゃ』っと俺は立ち上がると、首を垂れるお富さん達に見送られながら炊事場を出て行った。
「……相変わらず、不思議な御方ですこと…」
首を垂れたまま呟かれたお富さんの声は、先を急ぐ俺には聞こえることはなかった。
ありがとうございました