第1光 二等機構士の天才
今回、説明が多いかもしれません。
気を引き締めないとヤバイかもしれないです。
「…………きて!起きなさい!起きろー!」
「んだよ、うっせえなぁ……」
とある少女の、絶叫にも似た起床を促す声に、止む無く少年は身を起こす。
少年の表情は、とても機嫌が悪そうだ。しかし、それに負けじと、少女の機嫌も中々悪い。
「うっさい!アクト、貴方今日が何の日か忘れてる訳じゃないでしょうね!?」
メートルと離れてない距離から、一キロ先まで届きそうな声量で少女は叫ぶ。
故に、アクトと呼ばれた少年が耳を塞ぐのは当然の事柄だろう。これで元より機嫌が悪い少年の機嫌が目に見えて悪くなっていくのは、当然の結論だ。
「あぁ?ジジイどもの下らんお遊戯ゴッコだろ」
「あ、貴方……!」
少女の顔色が見る見る真っ青になっていく。
アクトという少年は何か不味い事でも言ったのだろうか?
「げげげ、元帥様をジジイだなんて!しかも一等機構士級授与式をお遊戯ゴッコ!?貴方正気!!?」
相も変わらずガミガミ、近くに居るのに叫ばなければ少女は話せないのだろうか?その位声量が大きすぎる。深夜なら間違い無く近所迷惑レベルだ。
「訂正しなさい!私の夢を訂正して~!!」
少女はアクトの首をガッシリ掴み、取れるんじゃないかと言う程前後に振り出した。
先程の話では、どうやら少女の夢は一等機構士と言うものになりたいらしい。見た所、少年と少女の年齢は同じ位だから、少年が少女より優れている事を証明しているのだろう。
睡眠を邪魔され、頭を振られ、いい加減アクトの怒りも頂点に差し掛かった。
「ああもう!事実だろうが!お前も俺に構っている暇があったら訓練でもしてろ!!」
アクトはそれだけ言うと、明らかにイラついた足取りで何処かへ行ってしまう。
それを見ていた少女はと言うと、
「私の夢~」
遠くなるアクトの背中に手を伸ばして泣き掛けていた。
ハッキリ言って馬鹿である。
この世界には三つの強大な力がある。それが「科学」であり、「魔法」であり、「錬金術」だ。
その三つの強大な力をそれぞれで独占する三つの国家。
科学を有する『科学国家ヴァンデル』
魔法を有する『魔法国家フォルティス』
錬金術を有する『錬金国家マグリシア』
この世界ではこの三つの国家が三つ巴の情勢を保っていた。
他が有する力を手に入れる為に、三つの国家がそれぞれで他国家に戦争を仕掛けている。
だが戦力は均衡し、それ故の終わらない戦争を続けていたのだ。
これはそんな情勢の中、とある者達が経験した物語である。
先程アクトと呼ばれた少年と、そう呼んだ少女が所属するのは『科学国家ヴァンデル』。
帝国主義の国家で、大元帥を長とする元帥機関によって統治・管理されている。
領土は陸続きで領土のほぼ中心に、『帝都・ヴェンドリア』がある。アクトと少女は、帝都の軍士養成所所属の士官候補生だ。二人はその帝都の兵舎に寝泊りしていた。
町外れにある兵舎から出てきたアクトは誰が見ても不機嫌そうだ。背後に鬼の様なオーラを漂わせている。
「あんのくそフィル!どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ!!」
あの少女はフィルというらしい。性格は言わずもがな。アクトの言動から見ても、お節介と言うか何と言うか。――――アクトは迷惑しているようだが。
「よう、アクトくん~」
グチグチと日頃の不満を吐露していたアクトの前に、太った体型の馬鹿みたいな顔をした男性が近付いて来た。その口調は馬鹿にしたと言うか、おちょくっていると言うか、とにかく癇に触る声音である。
「何だ?」
明らかに年上でも、相手の事を知って無くても関係無く、アクトは不機嫌さを隠す気も無く睨んだ。
「おうおう先輩でも関係無しかよ。一等機構士級を授与されるからって調子に乗ってんじゃねえのか?ああ?」
一等機構士とは階級みたいなモノの様だ。先程の少女の反応とこの男性の反応から察するに、一等機構士はそう簡単に取れる物でもないのだろう。
アクトは心の中で「またか」と、半ば諦めた様子で呟いた。
昔から口調とか目付きのせいでケンカを売られた事はあったが、一等機構士授与の話が出た途端、前にも増してケンカを売られるようになった。所謂妬みである。
この男性もその一人、一等機構士になれなかった哀れな軍兵なのだろう。
「妬みでケンカを吹っかけんじゃねえ。お前と違って俺は忙しいんだ」
「こ、こんの……!!」
図星を言われたからか。はたまた口調からか。男性は怒りを携えたまま、力の限りアクトを殴ろうと拳を振り上げた。腰の入った威力のありそうなストレートの上、その手に白色の光が纏われている。
「遅い」
しかしアクトは意に介さず、少し左にずれた。アクトの右頬を拳が掠めるが、それは掠めたと言うより、完全に見切って回避したと言う方が正しい。
次の瞬間、アクトの後方にあった地面が音をたてて少し抉れた。男性のせいである。
しかしアクトはまたも意に介さず、カウンター気味に、白色の光を携えた右拳で男性の右頬を掠めた。避けられたのではない。当てなかったのだ。というより男性には速過ぎて見えなかった事だろう。
男性の右頬を掠め、伸びきった腕を戻したアクトは、何も言わずに振り返った。
刹那、男性の後方にあった地面が爆発音と共に“無くなった”。
深さ二メートル、全長十メートル程のクレーターが出来ていたのだ。
男性はそれを見た瞬間、腰を抜かして地面に倒れ付す。
「お前ならどういう事か分かるだろう?これがお前と俺の実力差だ」
アクトはそれだけ言うと、また何処かへ歩いて行った。後には真っ青な顔の男性とクレーターがあるだけだった。
先程のワザは簡単な原理だ。白色の光の正体は“圧縮された万能粒子”。
軍に入った兵士候補生は最初の武器として、“粒子発生装置”という腕輪を渡される。これは圧縮された粒子を、攻撃・防御・身体能力強化に転用できる腕輪型の装置だ。
使用者の脳波を感知し、使用者が思った通りに粒子を発生させる。
つまりは、使用者次第で無限の可能性を秘めているのだ。
男性はそれを拳に付加し、一時的にストレートの威力を高めた。養成所に入って最初に習う、簡単な攻撃方法だ。男性はそれで、拳を当ててない筈の地面を抉るという事をやって見せた。あれは熟練した兵士でも無い限り不可能である。それが、男性は強いと言う事を証明している事に他ならない。
しかし、アクトは同じ攻撃を放ったにも関わらず、深さ二メートル、全長十メートル程のクレーターを作って見せた。ようはどういう事か?
単純明快、男性とアクトの実力差を示しているのだ。
男性がどの位強いか分からないが、アクトの敵ですらなかった訳だ。
もし、あの攻撃を男性に命中させていたら、今頃男性は髪の毛すら消え失せていた事だろう。
「大体、一等機構士を授与されると言う事はそれだけ実力があると何故わからねえんだ?どいつもこいつも……」
自分で言うなという感じではあるが、アクトの言う通りである。
フィルが一等機構士を夢見るだけあって、敷居は途轍もなく高い。
筆記テストで満点の九割点数を取らなければ即落第の上、実技テストで審査官から一本取らなければ受かる事は出来ない。
更に審査官は「科学」の頂点、その直属の独立部隊が引き受ける。
頂点の独立部隊は、一人で万の敵を蹴散らす程の実力者が何人も居る部隊だ。
間違い無く、気を抜けば一瞬で塵に成れるレベルの実力だろう。
でもそれを、アクトはノーダメージで勝つ事が出来た。筆記は文句無しの満点。
以上の事からアクトは間違い無く天才と呼ばれる部類だ。先程の男性なんて一般人と大差無い位に。
「授与式は夜からだったな。外でもぶらついてくるか」
アクトは街中へと足を向けた。
この広大な帝都では交通機関がうざったい程ある。
電車、地下鉄、モノレール、車、飛行車。もはや地上も空中も常に何かが走っている様なものだ。
歩く奴なんてよっぽどの物好きか、金が無い貧乏人ぐらいだろう。
アクトは士官候補生なので、国から給料を貰っている。しかも現在、二等機構士級を受け賜っているので、そこら辺の儲かっている商家より金を持っている。ましてやアクトはあまり金を使わないので、資産総額は馬鹿みたいにあるだろう。
しかし、アクトはあまり乗り物を買いたがらない。歩くのが好きなのだ。
実を言うとアクト自身、その理由が分かっていない。
「何でだろうな?」
中心部にある商業区を歩くアクトは、そう呟いた。
彼は思う。今日で二等機構士から一等機構士になるんだ。
月収は二等機構士の三倍、下士官への命令権、直属兵士の任命、一般雑務の免除、その他にもメリットは色々ある。ただ、元帥直々の特殊任務や下士官への実技指導・筆記指導などの仕事も新しく追加されてしまう。アクトとしては面倒臭いみたいだ。
ちなみに今、アクトは軍士養成所所属の士官候補生なのだ。簡単に言えば、“まだ訓練生”と言う事。
訓練生でも階級は与えられるが、軍士養成所時点で一等機構士を受け賜るのは、『科学国家ヴァンデル』の約三千年の歴史上、八人程度だ。
アクトがその九人目という事になる。
更に言うなら、その八人の内五人が「科学」の頂点になっている。
アクトは頂点に一歩近付いたと言う事だ。
何て考えていると、正門の所まで来たみたいだ。アクトは正門を見上げながら、思考をする。
――――無駄だろう、と。
全高七百メートル(東京タワーの約二倍)、横幅三百メートル、厚さ二メートルという、無駄を詰め込んだ様な正門だ。しかも、通常はその横にある副門(全高五メートル、横幅五メートル)を使っていると言うのだから無駄でしかない。
正門を使う機会なんて、待ち合わせか、帝都の全軍が他領土へと進行する際にしか使われない。
正門が開くのは、全軍出陣の合図みたいなものだ。無駄である。
更に更に、あんなに大きな正門を造っても、帝都の上空には敵の侵入を許さない不可侵領域が張り巡らされている。これを行き来出来るのは、軍に登録された味方だけだ。
まあ、国家の象徴といえば、正門の価値も多少はあるが、やはり無駄である。
アクトは無駄無駄考えながら、副門に居る武装門番に士官候補生用IDカードを提示する。IDカードは帝都民だったら誰もが持っている身分証だ。
「士官候補生?何の用だ?」
武装門番が不審がるのも仕方が無い。
本来、士官候補生は軍士養成所を卒業しないと、外に出るのは不可能だからだ。
――――だがそれも、階級の問題である。
「ん?階級は…………二等機構士!?すいませんでした!!」
「いや、いい」
アクトの階級を見た瞬間、武装門番は血相を変えて腰を曲げた。
しょうがない事だ。士官候補生とはいえ、上官に盾突いたら死罪が基本だからな。
と言う事から、この武装門番は三等機構士という事になる。
武装門番はそこそこ力が無ければ勤まらないので、三等機構士以上じゃないと武装門番には就任出来ないのだ。
ちなみに階級は一等から五等まである。
一等機構士。
二等機構士。
三等機構士。
四等機構士。
五等機構士。
更に、騎兵・歩兵・重機兵・砲撃兵・救護兵などなど。役職によって呼び名は変わったりする事もある。
アクトは士官候補生ではあるが、役職の中でも特殊とされている戦鍵兵を目指しているのだ。――――話を戻して。
アクトはIDカードを帝都民認証装置に通し、副門を抜けていく。
後ろの方で、先程の武装門番が「いってらっしゃいませ!」とか明らかに媚びた様子で言っているが、アクトは全く聞いていなかった。
いかがでしたでしょうか?
次回は何時になるのやら……。まあ、頑張ってみますけど。
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