おいしいコーヒー
昨日の話です
十一月の初旬、山は紅く色づく。熱い飲み物が恋しい。
買い物を終えた純三は、妻がコーヒーを奢るんで一緒にどう、
というから、付き合いでスーパーのドリンクコーナーの自販機で
コーヒーを買った。
彼は、糖尿病なので最近は砂糖抜きのコーヒーばかり飲んでいる。
この時は、ミルクは入れた。
熱いコーヒーを駐車場の車で飲む。時々、手に持った紙コップを
見て、百円しない割にはしっかりとした味わいだなと思う。
ってなことを言っても、純三にはコーヒーの味がわかる訳ないのだが。
ゆっくりコーヒーを飲んで、車を動かし始める。
右折する必要があったので、ちょっと早めに右ウインカーを点滅させた。
交差点に差し掛かろうかという距離に来た時だった。
突然、右側から白い軽自動車が飛び出して来た。
慌ててブレーキを踏む純三ーー。
幸い、数メートル離れた位置で二台の車は停まった。
飛び出して来た軽自動車の運転手は、三十代くらいの女性で、激怒した顔を見せる。
片耳に派手なイヤリングが光る。
「ビックリしたぁ」妻が言う
「ブレーキ、間に合って良かった」
純三は、深呼吸する。一瞬、息が止まった様で、緊張のせいか汗が出そうだ。
「あの人、なに考えてんだろ」
妻は、走り去った軽自動車を目で追いながら言った。
純三は、ちょっと早めに右ウインカーを出したのを気づき、
「もしかしたらこの車が、あの人の車と入れ違いに、あの駐車場に入ると思
ったんじゃないか。それで道路に出ようとした」
「そうだとしても、安全を確認してから駐車場から出るべきじゃないの」
「それはこっちの考え。あの人の顔つき見たかい。全てウインカー出してる
こっちが悪いって叫んでた。理屈なんか通じない人かも」
「とにかく、ぶつからなくて良かったね。早く忘れなよ」
「いや、忘れないでおきたいな。世の中、いろんな人が運転しているんだから」
純三は、安堵と共に身体中が汗ばんでいるのがわかった。
その後、予定していた買い物を済ませ家路につく。
家の近く来ると、郵便配達のバイクが変な場所に停まっていて、数人の郵便局員
らしい男が、バイクを囲んでいる。
なにかあったのかなと思ったら、顔馴染みの駐在が、スケール巻き尺で軽自動車の
凹みを測っていた。
「事故かな」妻が純三を見る。
「そうかもね」
純三は、下手するとさっき、こんなことになっていたんだ、と思った。
翌日、純三は持ち帰って来たコーヒーの紙コップで、インスタントコーヒーを
飲んでみる。コップの印刷を見ると、昨日のことが思い出されてきて、
なんといえない気持ちになるのだった。
読んでいただき感謝です




