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思った通り麦茶は騎士団に大変好評だった。簡単にミネラル補給が出来て熱中症予防になると知り、今や訓練には欠かせないものとなりつつある。
「君は凄いな。このような飲み物を簡単に作ってしまうなんて……」
「生きていく為に得た知識ってだけですよ。大したことはありません」
謙遜しているが、ヴィクトルに褒められて心は舞い上がりそうになっている。
まさか麦茶を作ってこんなにも喜ばれる日が来るとは思わなかったが、私の知識が役に立っているのは素直に嬉しい。
「陛下からも君の評判は聞いている。君が食事を管理してから体調が良くなったと言っていた」
初めて陛下達の食事を見た時は驚いた。一見、バランスの良いように見えた料理だったが、どれにも大量の香辛料や油が使われ、塩分も摂りすぎ。まずは、少しずつ味を薄くしていくところから始めた。
「我々の体調まで気遣ってくれるのは助かっているが、君自身は大丈夫かい?ちゃんと休めてる?」
そっと色付いた目の下を撫でられた。
王族の食を考え、騎士たちの体調も管理し、更にはアーネストの食育。自身の家族の健康も考えている。正直、休まる暇ない。
だが、この忙しさに心躍る自分もいる。
(根っからの社畜か……)
フッと思わず自嘲してしまう。
『〇〇さん!何してるの!そんなの必要ないでしょ!』
『〇〇さん、ごめぇん。これもお願いしていい?』
『あの子に言っときゃいいのよ。ほら、仕事好きだし?』
ふと前世の記憶が脳裏に流れてきた。
(……嫌なこと思い出したな)
仕事は好きだ。それは今も昔も変わらない。責任感が強いと言えば聞こえはいいが、要は自分で抱え込むことが責任感だと勘違いしていただけ。
面倒事を押し付けられても、陰で嫌味を言われても仕事だからと割り切るように言い聞かせた。
その結果、死ぬ事になったが……まあ、それはそれで仕方ない。
神様がこうして前世の記憶を持ったまま生まれ変わらせたのは、この世界に私を必要だとしたから。……だと思ってる。
聞き分けのない子は何処にでもいるが、前と大きく違うのは、ここには私の事をちゃんと気にかけてくれる人達がいる。目の下に隈が出来れば、即座に気づき心配してくれる人がいる。
「我々の体は軟に出来ていない。2、3日寝なくとも平気だが、君は違う。自分の体調にも気を配ってくれ」
本当に心配しているようで、眉を下げながら言われた。特別な感情があって心配したのではなく、この人の人柄なんだろうけど、嬉しくて顔がだらしなく緩んでしまう。
「えぇ、大丈夫ですよ。……2度目は失敗しません」
「ん?2度目?」
「あぁ、こちらの話です」
不思議そうに首を傾げるヴィクトルに「ふふ」と微笑んで誤魔化した。
「団長~」
気怠い声でヴィクトルを呼ぶ声がした。振り返ると、上半身裸のカイエンが歩いてくるのが見えた。
「おい!シャツはどうした!?」
「あ~、破けた」
指さす方を見ると、木の枝にシャツが引っかかっていた。
「お前ッ、またか!?」
カイエンの趣味は木の上で寝ることらしいが、寝方がおかしいのか寝相が悪いのか、度々シャツを破ってくるらしい。
「いい加減、木の上で寝るのはやめろ。服がいくらあっても足らん」
ヴィクトルがボヤくが、カイエンは頭を掻きながら大きな欠伸をしている。
カイエン・ストラウド。私の二つ上の22歳。紺碧の髪に垂れ目が印象的。常に気怠そうにしているが、剣の腕前は一流。そのギャップがいいと、密かに人気がある人物。
この人はあまり人と一緒にいる所を見たことがない。群れには入らず一匹で行動している狼みたいな感じ。初めて会った時に感じた近寄りがたい印象はここから来たのだろう。
「あれぇ?シェンナちゃん、また来てたの?」
「……ええ」
「ふ~ん。こんなむさくるしい男所帯に?女の子一人で?」
「……何が言いたいんです?」
「ここは狼の巣穴だよ?そんな場所に無防備な子ウサギがやって来たら喰っても文句は言われないよなぁと思ってさ。……ああ、もしかしてそれを期待してる?それはごめん」
「いい男見つけた?」と嘲笑いながら囁いてくる。
何故だか分からないが、この人は初対面から私に対する当たりが強い。この程度の嫌味をいちいち気にしていたらキリがないので、毎度笑顔であしらっているが……
「……」
今日も無言の笑顔を向けているとゴンッ!と大きな音がした。
「ッ痛~~~~!」
見ると頭を抱えて蹲るカイエンがいた。その前にはヴィクトルが物凄い形相で睨みつけている。
「今すぐシェンナ嬢に謝れ」
息が止まりそうなほど冷たくて低い声に私まで「ヒュッ」と息を飲んだ。
「もぉ乱暴だなぁ……シェンナちゃん、ごめんねぇ」
カイエンも団長には弱いらしく、素直に言う事を聞いている。
「私からも謝罪させてくれ。部下が失礼なことを言って申し訳ない」
「い、いえ、気にしてませんから!」
二人揃って頭を下げられたらこちらの方が恐縮してしまう。
「……だが、カイエンの言葉も一理ある。いくら仕事とはいえ、年頃の女性が騎士宿舎に出入りしているのは誤解が生まれやすい。我々としても次の縁談に影響が出るのは本望ではない」
「あ、私の事は本当に気にしなくて大丈夫です」
「君はもう少し自分を大切にしなさい」
険しい顔で考え込むヴィクトルに手を振りながら答えると、幼い子供に言い聞かせるように腰を落とし視線を合わせながら言われた。
私としては嘘偽りなく言ったつもりだったが、眉を下げて同情するような表情を浮かべられたら言葉に困る。
「本人が気にするなって言ってんだからいいんじゃない?放っておけば。子供じゃないんだし。そもそも、ここにいる時点で噂も誤解も承知の上って事でしょ?」
相変わらず手厳しい言葉だが、見事までの正論。
噂も誤解も別に大したことじゃない。こっちは人生2度目。それこそ、嫌がらせや陰口には慣れている。慣れているだけってだけで、メンタルは傷付くが大したことじゃない。
伏せ目がちに苦笑していると、肩にポンと手を置かれた。
「仮にそうだとしても、彼女が傷付くことには変わりないだろ?傷付くのを見てまでこの身を維持したいとは思わない」
「団長様……」
私の肩を抱きながらカイエンに言い返す姿を見て、思わずジーンと胸が熱くなった。
「まぁ、僕には関係ないからどうでもいいけど、あんまり過保護ってのどうかと思うよ?仕事だって言うなら割り切らなきゃ。この子だけ特別なんて言えないでしょ?……ねぇ?団長殿?」
鋭い眼差しに冷ややかで淡々とした口調のカイエンに、ヴィクトルは言葉を飲み込んだ。
「じゃ、そういう事で。またね、シェンナちゃん」
頭の上で手を振りながら去って行くカイエンの姿を黙って見送った。




