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シェンナが提案したのは……
「要は、合法的にここに来れるようにすればいいんですよね?」
ニヤッと口角を吊り上げるのを見て、ヴィクトルは「ん?」と首を傾げる。
「私が騎士団の食事の管理も請け負いましょう」
ドンと胸に手を当てながら高々に宣言した。
***
「ふ~ん。で?その案が通ったと?」
「そういう事」
上機嫌で鼻歌混じりに事の顛末を話すシェンナ。その視線の先には、つまらなさそうにテーブルに肘をつきながら話を聞くのはアーネスト。
今日は報告がてら、アーネストの様子を見に来た。
だいぶ痛みも引いて、歩けるようにはなったが油断は禁物。流石のアーネストも痛みが堪えたのか私の言うことを黙って聞いてくれている。
最初から大人しく聞いていれば、痛い思いなんてしなくて済んだものを……
「まあ、どうでもいいけど、誰のおかげで兄上に近付けたか忘れるなよ」
恩着せがましく鼻を鳴らしながら言ってくる。
「ええ、貴方が団長様と兄弟で本当に良かったです。でなければ貴方の価値はないに等しいですから。お兄様に感謝した方がよろしいですよ?」
「お前……」
「それに、当日に連絡を寄こしたこと……まだ許してませんから」
目を細めて見下ろせば、ビクッと肩を震わせて黙った。
「だって…僕にもプライドが……」なんてモゴモゴとくぐもった声で文句を言われても聞き取れない。
シェンナは小さく息を吐くと、アーネストの前にコップを置き、コポコポとお茶を注いだ。見た目は紅茶のように見えるが、匂いが明らかに違う。
「な、なんだ!?これは」
独特の香ばしい匂いにアーネストは顔を歪めながら鼻をつまんでいる。
「麦茶です」
「麦……は?」
こちらの世界では馴染がないが、現代の世界ではどこの家にもある一般的な飲み物。
痛風に一番いいのは、水をたくさん飲み体内にある毒素を外に出すこと。
この世界の飲み物と言えば紅茶が主流だが、紅茶なんてがぶ飲みするものじゃない。だが、浄水されていない生水はどうも抵抗がある。そこで、思い出したのが麦茶。煮出しておけばいつでも飲める優れもの。
カフェインゼロ、糖質ゼロで赤ん坊にも安心。抗酸化作用があり、ミネラル補給も出来る。暑くなってきた今ぐらいの時期には持って来いの飲み物なのだ。
「これを飲めと?」
「ええ、丹精込めて作りました」
「……」
「だからさっさと飲め」と言わんばかりの笑顔で圧をかけていると、アーネストはコップを手に取った。そのまま口元に運んだが、やはり匂いが苦手なのか口に触れるか触れないかの距離で動きが止まった。
これはダメか?と思ったが、コップを握りしめている手に力を込め、一気に飲み干した。
(お?)
ダンッ!と音を立てて空になったコップがテーブルに置かれる。
「……悪くは、ない……」
ボソッと呟かれた言葉を聞き逃さなかった。
シェンナは嬉しくて頬が緩みそうになるのを誤魔化すように平然を装い「素直な貴方は気持ちが悪いですね」なんて憎まれ口を口にする。
アーネストも「ふん」と頬を薄く色づかせながら、顔を逸らしていた。
素直になれないのはお互い様。
「さて、品質の保証が出来たので、さっそく私はこれを騎士団へ届けてきますね」
そう言いながら席を立つと、アーネストが引き止めてきた。
「ちょ、待て……お前、まさか、僕で試したのか?」
頬を引き攣らせて、笑顔とも言えない表情で問いかけてくる。
「え?そうですけど?」
何を今更と言った顔で言い返してやった。
麦茶と言えば真っ先に思い浮かぶのは運動部。作るきっかけになったのはアーネストだが、折角なら騎士達にも飲んで欲しい。というか、一番飲まなきゃならない人達だ。
「流石に試作品を飲ませる訳にもいかないし、丁度良い所に試験体がいてよかったです」
しれっとした態度で言うと、アーネストは口を開けたまま震えていた。
「ぼ、僕に何かあったらどうしたつもりだ!」
「大丈夫ですよ。麦茶で死んだ人はおりません」
「そういう問題じゃないだろ!」
呆れながら言う私に目を吊り上げて怒鳴り返してくるが、騙したつもりはない。これも治療の一環だと認識している。試飲させたと言っても、一番最初は私が飲んでいる。その時点で安全は確保されているし……なにをそんなに怒ることが?
「……お前、兄上で絶対こんなことするなよ」
「あら、心配してくれるんですか?人間味が出てきましたね」
「違う!紹介した僕が叱られるだろ!」
「あぁ……」
一瞬でも改心したのかと思った私が馬鹿だった。
「いいかよく聞け。僕はこれ以上兄上に嫌われたくない!なんなら、お前が気を利かせて口添えしろ」
私の肩を掴み、鬼気迫る顔で詰め寄ってくる。
(そうだ、コイツはこういう奴だった)
シェンナはスンッと目を細めると、肩を掴むアーネストの手を払い落とした。
「貴方があの方に嫌われたくない数百倍、私も嫌われたくないんですよ」
そもそも、嫌われる原因を作ったのは他でもない自分自身だろ?自分の尻は自分で拭いてくれ。そこまでは面倒見切れない。
「そう言う事なので、精々頑張ってください」
「少しぐらいは協力してくれてもいいだろ!?婚約者だろ!」
「元です。こうして貴方の面倒を見てあげているだけでも感謝していただきたいですね」
「……」
論破してしやると、ぐうの音も出ないようで項垂れながら黙った。その姿は捨てられたばかりの子犬のようで私の良心が痛む。
(まったく……本当に手のかかる)
このまま放っておいてもいいが、夢見が悪そうだし、この人に借りを作っておくのもアリだなと考えた。借りを作ったところで返してもらえる気はしないが、まあ、将来を見越した投資だと思えば悪くない。
「仕方ありませんね……」
私の言葉にアーネストは顔を輝かせて顔を上げた。
「勘違いしないでくださいよ。貴方の為じゃなくて私の為ですから」
そう言ってアーネストの部屋を出た。




