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只今の時刻13時55分。約束の時間5分前。
息を切らしながらやって来た場所は騎士団の宿舎。大きくて立派な建物に、足を踏み入れるのを躊躇してしまう。しかし、ここまで来てしまった以上、後戻りは出来ない。ここで後退ってしまったら、縁を繋いでくれたアーネストに申し訳が立たない。
ゴクッと息を飲み、意を決して大きな扉に手をかけた。
「おや?誰だ?」
背後から声をかけられ、ビクッと体が跳ねた。
恐る恐る振り返って見るとそこには、碧眼の銀髪イケメン騎士が立っていた。一目でこの人がヴィクトル団長だという事が分かったが、思っていた以上の美貌に目が奪われ、言葉を発するの忘れてしまった。
「君は……」
茫然とする私の顔を覗き込まれ、ハッと我に返った。
「アーネスト様からご紹介頂きました!シェンナ・ダウリングです!この度はお時間作って頂き、誠にありがとうございます!」
体を畳むように深々と頭を下げたが、その耳に「クスッ」と笑う声が聞こえた事で、自分の失態に気が付いた。
ここは貴族世界。淑女が勢いよく頭を下げる場面なんて見たことがない。こいういう場合、優雅に可憐にゆっくりと頭を下げるのが適切な対応だった。
前世で培った『誠実かつ迅速に真摯な対応』が体に染み付いて、考えるより先に体が動いてしまった。
(や、やらかした……)
こうなると、もう頭があげられない。背中に汗が滲み、体が動かない。
逃げ場も逃げ道もない。完全に終わったと絶望の淵に落ちかけているところへ「元気なお嬢さんだ」と軽快な声が聞こえた。
「アーネストが世話になったね。さあ、どうぞ」
そう言って扉を開けてくれた。柔らかな笑みを浮かべ、中へ入るように促してくれる。
そこまでされたら入らない訳にはいかない。促されるまま中へ通された。
「あれまぁ、女の子がいるじゃん」
入ってすぐに、頭上から声がかかった。見上げてみると、二階の手すりに腰掛け見下ろす騎士の姿があった。見たところシェンナと大して変わらない年恰好の騎士だが、どこか近寄りがたい雰囲気がある若者という印象だった。
「おかしいなぁ?ここは女人禁制じゃなかった?」
ヴィクトル団長がすぐに私の前に出て背に庇ってくれるが、相手は不敵な笑みを浮かべながら言い返してくる。
「彼女は私の客だ」
「へぇ?それは役職の特権?いいなぁ」
「……カイエン。いい加減にしろよ」
低く冷たい声で名を呼ばれると、これ以上は分が悪いと思ったのか「はいはい」と適当な返事と共に軽く手を振り返し、その場から姿を消してしまった。
「すまないな。気を悪くしないでくれ」
「いいえ。押しかけているのは私の方ですので」
カイエンの姿が見えなくなると、眉を下げながら困ったように息を吐いていた。シェンナが「気にしていない」と笑顔で返すと、安心した様に自身の執務室のドアを開けた。
「さて、まずはここまでご足労いただき感謝する」
ドカッとソファーに座るなり深々と頭を下げられた。だが、何に感謝されているのか分からず、戸惑いというより困惑している。
「本来ならこちらが足を運ばなければならないところなんだが……」
そう付け加えられて合点。
「い、いえ!団長様との面会は私の要望なんですから!貴方様の足を煩わせるなんてとんでもない!そんなことしたら罰が当たります!」
慌てて首を振りながら全否定した。こうして会ってくれるだけでも奇跡だと思っているんだ。「会いに来た」なんて言いながら屋敷にやって来たら、腰どころか魂が抜けてしまう。
「でも、もう少し時間に余裕があれば嬉しかったです……」
ぽつりと呟くと「ん?」と不思議そうな顔を浮かべられ、こちらもキョトンとしてしまう。
「おかしいな。君の予定もあるからだろうと、二日ほど開けた日時を伝えたはずなんだが?」
「え!?」
「「……」」
お互いに顔を見合せ、静かに沈黙が訪れる。そして、シェンナが下した判断は
(あんっっっのアホんだら!やっぱりわざとやりやがったな!)
ほくそ笑むアーネストの顔を浮かべながら、ギリリッと歯を食いしばり、次に会った時どうしてくれようかと考えた。
「あ~……と、重ね重ね申し訳なかった」
ヴィクトル団長も察したようで、愚弟の不始末を認め謝罪してくれる。この人は何も悪くないのに。
「いやいや!団長様は悪くありません!悪いのは、あのアh……いや、アーネスト様ですので」
「ふはっ、そうか。確かに阿呆だな」
強ばっていた表情が解れ、同感とばかりに頷いてくれた。義兄にまで阿呆呼ばわりされてしまったアーネストには悪いが、こうして場を和ませることができて良かった。
「それで?私に会いたいと聞いていたが……アーネストが何かやらしたかい?」
優しい口調だが、私を映すその鋭い眼には苛立ちが滲み出ている。
この人もアーネストには手を焼いているのがよく分かる。
「あの人の不満を言い出したらキリがありませんよ。それに、今やあの人は過去の人ですから」
やれやれと息を吐きながら伝えるが、ヴィクトル団長は「?」と言った顔。
「あれ?聞いてませんか?私、婚約破棄されたんですよ」
「──は?」
あまりにも私が弾んだ声で言ったものだから、すぐには理解が出来ず困惑した表情を浮かべていた。




