第5話:負けヒロイン、王都に立ち上がる
朝の光が王都の街を淡く染める。
端末を手に、私は今日の配信の準備をする。昨夜の商会不正の指摘は、王都内でも小さな騒ぎを呼んでいた。視聴者たちの声が、現実の力に少しずつ変わり始めている——その感覚が、胸を熱くさせる。
「皆さん、おはようございます。今日も負けヒロイン、頑張ります」
コメント欄がすぐに反応する。
「沙織ちゃん、昨日の件、どうなった?」
「商会、ちゃんと対応するのかな?」
「負けヒロインのくせに強い!」
——笑われても構わない。負け役としての自分が、誰かを支え、王都を少し変えるなら、それで十分だ。
配信を続けながら、市場に出向く。昨日までと違うのは、視聴者と一緒に行動できることだ。画面越しに指示や情報をもらい、怪しい取引や不正の証拠を確認していく。
「見てください、皆さん。やっぱりこの取引、通常と違いますね」
コメントの指摘を確認しながら、私はメモを取り、端末で証拠を撮影する。これが、王都改革の第一歩になる——そう思うと、心が少し強くなる。
そのとき、背後から声が聞こえた。
「沙織、君は本当にただの負けヒロインか?」
振り返ると、エルド=ヴァレンが立っていた。昨夜より少し柔らかい表情だ。
「え……ええ、私は……」
「いや、見ていると違うな。君は自分の弱さも、失敗も武器にできる。だからこそ、市民は君を信じる」
——その言葉に、胸の奥が温かくなる。恥ずかしくて顔を赤らめながらも、心の奥で少し勇気が湧いた。
「今日も皆さんと一緒に頑張ります。負けヒロインでも、誰かの力になるなら」
配信終了後、コメント欄はさらに熱を帯びた。
「沙織ちゃん、王都を変えて!」
「負けヒロイン最強!」
「応援してる!」
その日、市民の声が小さな波となり、王都に届き始めた。配信を通じた小さな行動——負け役の少女が、市民の力を借りて立ち上がる。その第一歩は確かに、王都を揺るがすほどの力を秘めていた。
夜、王都の街灯がゆらめく中、エルドが端末を覗き込み、ささやいた。
「これからも、君と一緒に見守ろう」
——負けヒロインは、ただ笑っているだけでは終わらない。王都の未来を変える存在として、静かに、しかし確実に歩き出したのだった。