第4話:負けヒロイン、王都の利権に触れる
翌朝。
私はいつものように端末を手に取り、昨夜の配信を振り返る。コメント欄には昨夜の事件に関する反響が残っていた。
「沙織ちゃん、商会の不正見抜いたの?」
「王都の闇が少し見えた気がする!」
「次回も絶対見逃さない!」
——思った以上に影響力がある。負けヒロインの演技が、王都の利権者たちに少しずつ届いているらしい。
「……これ、やばいかも」
小声でつぶやき、私は深く息をつく。
市場での小さな取引不正から始まった調査は、徐々に王都の有力商会や貴族間の利権構造に繋がりつつあった。誰も気づかないはずの“裏ルート”を、配信越しに市民が指摘してくれる。まるで私が導く糸に、視聴者たちが自然に絡まっていくようだ。
その日の午後、王宮から侍女が訪ねてきた。
「沙織さま、王族の方からお呼びです。少しお話があるとか」
心臓が跳ねる。呼ばれるなんて、何か失敗でもしたのか——?
王宮の一室に入ると、そこにはエルド=ヴァレンが立っていた。
「君の配信、見ているぞ」
鋭い瞳が私を貫く。だがその視線は、批判ではなく好奇心の色が強い。
「え、ええ……見ていただけるのは光栄です……」
「単なる娯楽ではないな。王都の市民が君の動きを支持している。商会の不正にも気づいているようだ」
——つまり、私の配信は王都の利権構造に直接触れてしまったらしい。
「でも、私……ただの負けヒロインで、皆さんと楽しく配信しているだけで」
エルドは軽く笑った。
「それが問題だ。君の存在は市民にとって希望であり、王都の秩序を揺るがす可能性もある」
その瞬間、王都の政治に巻き込まれていることを実感した。負けヒロインとしての小さな演技が、いつの間にか大きな波紋を呼んでいたのだ。
しかし、胸の奥には少しだけ、期待の光もあった。
——私の配信で、王都を少しでも良くできるかもしれない。
その夜、端末の前で再び配信を始めると、コメントが一層熱を帯びていた。
「沙織ちゃん、王都を変えて!」
「応援してる!」
「負けヒロイン最強!」
画面の向こうの声に、私は小さく笑う。
「はい、皆さん。今日も負けヒロイン、頑張ります」
そして——誰にも知られず、王都の利権者たちの目も、私の配信に注がれていた。