第1話:転生して、負けヒロインになりました
王都の夜は長く、街灯の光が石畳を淡く照らしていた。だが、私が注目するのは、目の前の小さな魔導端末の画面だけだ。
「あ、また素材を焦がしました……」
配信コメントが画面を流れる。冷やかしも、励ましも、全部等しく彼らの声だ。私は鳴海沙織。前世ではちょっとだけ有名な配信者だったが、今は異世界の負けヒロイン──脇役として生きることになった。
王都に着いた初日、担当の侍女がそっと端末を手渡してくれる。
「沙織さま、これで毎夜の配信をお願いします。王都の皆も楽しみにしていますから」
え、いきなりですか……?
端末を握りしめ、深呼吸。画面に向かって微笑むと、不思議と緊張は和らぐ。これが私の“演技”だ。負けヒロインらしく、失敗も笑いに変えてみせる――その瞬間、コメントがいくつか流れた。
「わ、素材焦げたw」
「でも可愛いから許す!」
少し赤面しながらも、私は手早く次の料理を作りながら実況を続けた。
「さて、次は焦がさないように……って、うわっ、また焦げる! でも大丈夫、味は変わりませんから!」
そのとき、配信の中で小さな事件が起こった。市場で見かけた不自然な取引――私の視界では単なる日常の一コマに見えたそれも、コメント欄の視聴者たちは見逃さなかった。
「あの取引、怪しいぞ」
「沙織ちゃん、もっと見て!」
私は思わず端末を持つ手を強く握る。負けヒロインとしての演技が、知らぬ間に視聴者を巻き込むスリルに変わった瞬間だ。
「じゃあ、今日はこの事件を追いかけてみますか。皆さん、付き合ってくれますか?」
画面の向こうの声が、確かに私を待っていた。負け役としての再出発――でも、その小さな一歩が、王都全体を揺るがす大きな物語の始まりになるとは、まだ誰も知らない。