第1話「俺の黒歴史が聖典になっていた件について」
田中太郎は、平凡なサラリーマンである。二十五歳、独身、趣味は読書と映画鑑賞。特に変わったところもない、どこにでもいる普通の男だった。
ただし、一つだけ人には言えない秘密があった。
「うわあああああ!なんで今頃こんなもんが出てくるんだああああ!」
太郎は自分の部屋で、段ボール箱から出てきた一冊のノートを見て絶叫していた。そのノートの表紙には、黒いペンで殴り書きされた文字が躍っている。
『♰終焉の黙示録♰』
そして、作者名として『♰シュバルツ・フェニックス♰』と書かれていた。
「中学二年生の時の俺よ...なぜこんなものを書いたんだ...」
太郎は頭を抱えた。これは彼の黒歴史中の黒歴史、中学生時代に書いた痛々しい小説だった。主人公の名前は当然、♰シュバルツ・フェニックス♰。闇の力を操る選ばれし者で、世界を救う使命を背負った少年の物語である。
「♰闇の支配者♰とか♰滅びの剣♰とか...なんでこんなネーミングセンスだったんだ俺は...」
恥ずかしさのあまり、太郎はノートを床に投げ捨てた。すると、ノートから突然眩い光が放たれる。
「え?」
次の瞬間、太郎の視界は真っ白に染まった。
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「おお、救世主様!ついにお目覚めになられましたね!」
太郎が目を開けると、見知らぬ天井が見えた。石造りの重厚な天井で、明らかに自分のアパートではない。
「は?」
身を起こすと、そこは中世ヨーロッパ風の豪華な部屋だった。そして、ベッドの脇には美しい女性が跪いている。金髪に青い瞳、白い修道服のような衣装を着た、まさに聖女と呼ぶにふさわしい女性だった。
「初めまして、救世主様。私はエリーゼと申します。長い間、あなた様の降臨をお待ちしておりました」
「えーっと...救世主?俺が?」
太郎は状況が理解できずに困惑した。ここはどこだ?なぜ俺は救世主と呼ばれているんだ?
「はい!あなた様こそ、聖典に記された救世主♰シュバルツ・フェニックス♰様でございます!」
「♰シュバルツ・フェニックス♰って...まさか...」
嫌な予感がした太郎の前に、エリーゼが一冊の本を差し出す。その表紙を見た瞬間、太郎の顔は青ざめた。
『♰終焉の黙示録♰』
まさに、太郎が中学時代に書いた黒歴史小説と同じタイトルだった。
「うわああああああ!なんで俺の黒歴史がここにあるんだああああ!」
「黒歴史?何のことでございましょうか?これは我々の世界に伝わる最も神聖な聖典でございます」
エリーゼは首をかしげる。太郎は慌てて本を手に取って中身を確認した。
「♰闇の支配者♰が世界に災いをもたらし、選ばれし者♰シュバルツ・フェニックス♰が♰滅びの剣♰でそれを倒す...って、完全に俺が書いた小説じゃないか!」
「おお!さすがは救世主様、聖典の内容を完璧に覚えていらっしゃるのですね!」
エリーゼの目がキラキラと輝く。太郎は頭を抱えた。
「ちょっと待てよ...俺が書いた小説が、なんでこの世界の聖典になってるんだ?」
「聖典は天より降りし神の言葉。それを記した♰シュバルツ・フェニックス♰様は、我々の救世主でございます」
「いや、それ俺が中学二年生の時に書いた痛い小説だから!」
「痛い?お体の具合でも悪いのでございますか?」
エリーゼが心配そうに太郎を見つめる。この子は天然なのか、それとも本気で信じているのか...
その時、部屋のドアがノックされた。
「エリーゼ様、魔法使いアルフレッドがお見えになっております」
「通してください」
ドアから入ってきたのは、長い白髭を蓄えた老人だった。まさにファンタジーの魔法使いといった風貌である。
「おお、これはこれは救世主♰シュバルツ・フェニックス♰様!」
アルフレッドは深々と頭を下げた。
「あの...俺、田中太郎って言うんですけど...」
「タナカタロウ...なるほど、それは救世主様の真名でございますな。♰シュバルツ・フェニックス♰というのは、この世界での呼び名。深遠なる教えですな」
「いや、そういうことじゃなくて...」
太郎のツッコミは空振りに終わった。アルフレッドは勝手に解釈を進めている。
「救世主様、実は大変なことが起きております。聖典の予言通り、♰闇の支配者♰が復活の兆しを見せているのです」
「マジで?」
太郎は驚いた。自分が適当に書いた設定が、まさか現実になっているとは。
「はい。各地で魔物の活動が活発化し、不吉な現象が報告されております。まさに聖典に記された通りの展開です」
「うわあ...俺の厨二設定が現実になってる...」
「厨二?それは何かの術式でございますか?」
「あ、いや、何でもないです」
太郎は慌てて手を振った。とりあえず、状況を整理しなければならない。
どうやら俺は異世界に来てしまった。そして、俺が中学時代に書いた黒歴史小説が、この世界では聖典として崇められている。そして俺は、その主人公♰シュバルツ・フェニックス♰として扱われている。
「救世主様、♰滅びの剣♰を手にして、♰闇の支配者♰を倒していただかねばなりません」
「♰滅びの剣♰って...あー、俺が設定した最強武器ね...」
太郎は遠い目をした。中学生の頃の俺は、なんて恥ずかしい設定を考えていたんだろう。
「おお、やはりご存知でしたか!さすがは救世主様!」
エリーゼが感動している。太郎は小さくため息をついた。
「えーっと...♰滅びの剣♰って、どこにあるんですか?」
「聖典によれば、♰封印の神殿♰に眠っているとのことです」
「♰封印の神殿♰...うわあ、俺ってばどんだけ厨二ネーミングしてたんだ...」
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ、何も...」
太郎は頭を抱えた。この状況から抜け出すには、どうやら自分が書いた小説の展開通りに行動するしかなさそうだ。
「分かりました。♰封印の神殿♰に行って、♰滅びの剣♰を手に入れればいいんですね」
「おお!さすがは救世主様!」
アルフレッドとエリーゼが同時に歓声を上げた。
(うわあああ...俺の黒歴史が現実になってる...これ絶対に元の世界の誰にもバレちゃダメだ...)
太郎は心の中で叫びながら、異世界での生活をスタートさせることになった。
果たして彼は、自分の書いた恥ずかしい設定と向き合いながら、この世界を救うことができるのだろうか。
そして、元の世界に帰ることはできるのだろうか。
太郎の異世界黒歴史ライフが、今始まった。
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「ところで救世主様」
エリーゼが太郎に向き直る。
「明日、王様にお会いしていただくことになっております。この国の危機について、詳しくお話を聞いていただけますでしょうか」
「王様...うわあ、もう後戻りできないパターンだこれ...」
太郎は天を仰いだ。自分の書いた小説の世界で、王様に会うことになるとは。
「きっと王様も、救世主様にお会いできることを楽しみにしていらっしゃいます」
「楽しみって言われても...俺、王様と話すような立場の人間じゃないんですけど...」
「何をおっしゃいます。あなた様は救世主♰シュバルツ・フェニックス♰様。この世界で最も尊い方でございます」
エリーゼの純粋な瞳に見つめられて、太郎は何も言えなくなった。
(この子たちは本気で俺を救世主だと信じてる...どうしよう、こんな大きな期待に応えられるのか俺?)
太郎は不安になったが、もう後には引けない状況だった。
明日からの展開を考えると、頭が痛くなるのだった。
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