幕間:静かなる語らいと邂逅
(舞台照明が落ち、BGMがやや軽やかに変わる。観客には「休憩中」の文字が表示されているが、テーブルの一角には控えめな照明が残る。)
(クーベルタンはゆっくりと腰を上げ、スタジオ脇のソファに腰を下ろしている。彼の目は何かを深く考えるように遠くを見ている。そこへ、キングが小さな紙コップを片手に近づいてくる)
キング(少し遠慮がちに):
「……お水、いかが? なんだか、さっきは言いすぎたかもしれないわ。」
クーベルタン(顔を上げ、微笑む):
「ありがとう。……いえ、あなたの言葉には魂がありました。私も少し、熱くなりすぎたかもしれません。」
(キングが隣に座る。二人の間に、穏やかな間)
キング:
「ねえ、ピエール。……第2回オリンピック、覚えてる?」
クーベルタン(目を細めて懐かしそうに):
「……1900年、パリ大会。ええ、もちろん。
私の生涯でも、最も複雑で……そして意義深い大会の一つでした。」
キング(笑って):
「そうよね。なにせ、女子が初めて出場した大会だったんだから。」
クーベルタン(一瞬驚いたような表情を見せ、そして小さく頷く):
「そう……テニスとゴルフで。あなたの競技だ。」
キング:
「そう。あの時、シャーロット・クーパーが金メダルを獲った。
女子の競技者として、最初のオリンピックチャンピオン。
私が生まれる前だけれど、今でも誇らしく輝かしい出来事だわ。」
クーベルタン(静かに語る):
「……正直に言えば、当時の私は、それを完全に“支持していた”とは言えなかった。
女性は“競争”よりも“調和”に向くと――そう信じていたのです。」
キング(目を見て、やわらかく):
「ええ、知ってるわ。でも……変わったでしょ? 少しずつ、変えてきたのよ、みんなで。」
クーベルタン(頷き、手を組んで):
「変わるというのは……勇気が要ることです。
あなたが成し遂げたこと、それは、私たちが見逃してきた“勇気”そのものかもしれません。」
キング(照れ笑いしつつ):
「あなたの理想があったから、私は戦えたのよ。
“世界中の選手が集まって、競い合い、互いを讃え合う”――そのビジョンがあったから、“女だってそこに立てる”って思えた。」
(クーベルタンが目を伏せ、ゆっくりと目を閉じる)
クーベルタン:
「……私が生きた時代には、想像しきれなかったことが、あなたの時代には現実になった。
それは……とても嬉しいことです。」
(少しの静寂。キングが笑い、クーベルタンもその笑みに自然と応える)
キング:
「じゃあ……今日の勝者は、もう決まりかしらね?」
クーベルタン(目を細めて):
「勝者は、“問いを投げかけ続けた者”です。
そういう意味では、あなたも、武蔵も、アリも、全員が勝者だ。」
キング(満足そうに頷く):
「……ありがとう、ピエール。」
(そのとき、遠くからあすかの声がスタジオに響く)
あすか(オフ):
「お時間です!ラウンド3、まもなく再開いたします!」
(キングとクーベルタンが立ち上がり、静かに頷き合う)
クーベルタン(小さな声で):
「さあ、もう一度リングへ……いや、コートへ戻りましょうか。」
キング(にっこり):
「ええ、ピエール。今度は“ダブルス”でね。」
(二人がテーブルへ戻る。幕間がフェードアウトし、ラウンド3の準備が始まる)
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(スタジオ裏の控室――人工芝の敷かれた一角。アリが一人、軽やかにシャドーボクシングを繰り返している。拳が空を切るたび、まるで音楽のようなリズムが響く)
アリ(軽やかにステップを踏みながら)
「フットワーク、フットワーク……蝶のように舞って、蜂のように――」
(ふと、視線の先に、じっと動かず目を閉じて座る武蔵の姿が見える。静謐な空気に包まれたその姿は、まるで時間から切り離されたようだ)
アリ(ジャブの手を止め、少し驚いたように)
「……おい、武蔵。何やってんだ、居眠りか?」
(武蔵は目を開ける。ゆっくりとした動きでアリの方へ顔を向ける)
武蔵(静かに):
「……“気”を整えていた。」
アリ(眉を上げて):
「“気”? スピリチュアルなやつか。俺は拳で語る派だ。動かねえと、集中できないんだよな。」
武蔵:
「“静”の中にある“動”を知らねば、“動”の中の“静”も見えぬ。」
アリ(苦笑しながら):
「相変わらず、詩人みたいな喋り方だな。でも……なんとなく分かる。
俺も試合前、ひとりきりのロッカールームで、だんだん周囲の音が消えていく感じ……あれが、俺の“気”ってやつかもな。」
武蔵:
「……それが“間合い”というものだ。勝負の鍵は、常に己の“間”にある。」
アリ(少し興味を示して):
「それって、あんたの本に書いてあんのか?」
武蔵(軽く目を細めて):
「五輪書は、ただの“剣術の本”ではない。
“地・水・火・風・空”――五つの巻で、心の在り方と、勝負の本質を説いている。」
アリ:
「面白いな……実は俺、日本人と戦ったことがあるんだ。アントニオ猪木っていうレスラーさ。
向こうは足技オンリー、俺はパンチ。結局、引き分けになった。」
武蔵:
「勝負において、引き分けとは――互いに“勝てなかった”のではなく、互いに“負けなかった”ということだ。」
アリ(感心して):
「いいな、それ。俺が引き分けの試合って聞くと、“あれはつまらなかった”って言う奴もいた。でも、違うんだよな。
俺はリングの中で、“何か”を超えた気がしたんだ。勝ち負けを超える“問い”みたいなもんが。」
武蔵:
「勝敗を超えた先にあるのは、“型”でも“力”でもなく――“在り方”だ。」
(しばし、沈黙。静と動が不思議な調和で共鳴している)
アリ(ふっと笑って):
「……意外と、気が合うかもな、剣豪さんよ。
日本人でそう思えたのは、あんたが2人目だ。
次のラウンド、あんたが何を斬るのか、楽しみにしてるぜ。」
武蔵(ゆっくりと立ち上がり、アリに視線を合わせて一言):
「私は、“己の驕り”を斬る。」
(アリ、思わず息をのむ。
ふたりの視線が交差し、武士と戦士の間に、言葉を超えた理解が生まれる)
あすか(オフ):
「それではまもなく、ラウンド3の再開です!」
(アリと武蔵が肩を並べ、舞台へと向かって歩き出す)