弾けの重ね
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
は、はやい……もう今年も一か月で終わりなのかよ~。
今年も無事にこの月まで乗り越えられたのはいいが、これから待つ忙しさを考えると、今から目まいがしてきそうだぜ……。
こうさ、準備をいろいろしていても、ただぼ~っとしていても、時間はどんどん迫ってくるんだよな。
いつか覚悟を決めなきゃいけない瞬間がやってきて、どのような形であってもそれが通り過ぎて、先へ行く。何がなくなって、何が残るのかはそのときになってみないと分からないけど、こういうのが俺たちの土にかえるまで繰り返されるわけよな。
人には人の、長くて3ケタ年行くか行かないかのサイクルがある。
他の生き物ならばそれよりも長かったり、短かったりして、その中で各々は生きていく。
せっぱつまるかどうかも、個体次第だ。ときには焦ることなく、のんびりと寿命をまっとうすることもあるのだろう。
のんびり観察できるなら、研究の対象にもなる。けれどもあまりにそのサイクルが早すぎて、満足に知ることができてないヤツはどうなんだろうな?
ふう~、ちょっと休憩にしようぜ、つぶらや。その間で俺が体験した昔の話、聞いてみないか?
俺の通っていた学校のグラウンドには、ナイター照明がくっついていた。
夜には地元のクラブなどがグラウンドを借りて、そこで練習をしている姿をよく目にしていたんだよ。
家が学校の近くということもあって、窓越しに見ることもできなくはなかったんだけど、夏の暑い時期に、網戸にしているとさ。聞こえてくるんだよ。
練習の掛け声ばかりじゃないぞ。ナイター照明に突っ込んで玉砕していく虫たちの音がだ。
バチン、バチンと大きな音を立てて、その身を散らせていくのだから気が気じゃない。
彼ら自身はなぜ死ぬかもわからずに、ひたすら明かりへ寄せられて、そのまま光の中へ物語を完結し続けていくのだろうか。
「……多いな」
ナイター照明が始まってから1時間以上経っても、しばしば聞こえてくる音は他の家族も聞きつけている。
つい30分ほど前に、仕事から帰ってきた父などはほぼこの音を聞きっぱなしだったはずだ。その父の発言がこれだったんだよ。
聞きつけて、「そうかなあ」と首をかしげる俺に対し、父は言葉を継ぐ。
「もし明日、学校の登下校を含めて、外を出歩くときには『音』にひときわ気を配れ。ちょっと厄介なことが起こるかもしれん……」
翌日。
父から聞いていた通り、俺は音に気を配っていた。
あのナイター照明にあてられて散っていく虫たちの、弾けていく音。もしそれらしい音を発する源がそばにないときに、それが聞こえたら気をつけろ、と。
登校時、学校にいる間は問題なかった。生徒たちの話し声その他の喧騒の中に、くだんの弾ける音は入ってこなかったんだ。
けれど、問題は下校途中に起きた。
校門をくぐってすぐ、俺は耳に、あの虫たちが明かりの中で弾ける音が聞こえるようになる。
今はまだ昼間。殺虫のための明かりも点灯してはいないだろうが、念のため周囲を見回してみたな。
やはりなし。俺は歩きながら音の出どころを慎重に確かめていく。
「もし、音の頻度が多くなるようだったら、この虫よけスプレーをかけるように。ひょっとすると、あいつら『弾けの重ね』をしているかもしれんのでな」
家へ足を向ける俺の耳は、どんどんと数を増す弾けの音をとらえていく。
これはそのときか、と俺は父の言いつけ通りに、ランドセルへしまっておいた虫よけスプレーを取り出し、手足のみならず、顔にも噴射していく。
肌をさらけ出している部分には、まんべんなく振りかけておかねばならない。それが本当に「弾けの重ね」であったなら、意味がすぐ明らかになるだろうからと。
なおも進む俺は、ほどなく目の前の景色の中へ、ときおり黒々とした飛沫が舞い始めるのを確認する。
不規則かつ場所を問わず、次々にあがる小さな小さな黒い花火。
これがもし、ときおり肌を打つ痛みを覚え、そこに残る黒い斑点たちを目の当たりにしていなければ、目の異状のほうを疑っていただろう。
「あいつらは急激に弾けて、自分を強くする。ひとつひとつの生は瞬く間に産まれて、ぶつかって、消えていくほどあっという間だ。
そのぶん、成長も早い。生まれて死んで、生まれて死んで、たちまち強くなっていくんだ。目に見えるくらいにな」
そうこうしているうちに、どんどんと花火の数は増していく。
目の前がもはや、雨降りの路面と化してしまったんじゃないのか……とあやしみかけるほどになったところで。
すぐ脇の駐車場から、大きな音が響いた。
見ると、こちらから一番手前側に停車しているワゴン車のタイヤが、すべてパンクしている。
車体には、無数の黒い斑点。しかし模様ではない。
穴だったんだ。小さくとも、そいつらひとつひとつは小指一本がすっぽり入ってしまうほどのサイズ。
それはちょうど、俺の肌にくっつくひとつひとつの花火たちと同じ形をしていたのだとか。
ワゴン車が無残な姿をさらすと、例の弾けの重ねはぴたりと止んでしまったんだ。
もしスプレーをしていなければ、穴が空いていたのは俺のほうだったかもな。