魅了魔法に対抗する方法
「殿下。よろしければ、こちらを」
「これは……?」
婚約者として定例で行っているお茶会の場で、わたくしは殿下に贈り物をいたしました。
「魅了魔法に対抗する防御魔法をかけたネックレスですわ」
ぱかりと箱を開けて、殿下にネックレスをお見せします。虹色に輝く大きな魔石が台座にハマっており、チェーンは銀で作られたシンプルなものにいたしました。
「あぁ、最近流行っているそうだからね。魅了魔法が」
「ええ、隣国でも王族が魅了される事態が起こったと聞き、念のために準備させていただきました」
殿下はわたくしのお渡しするネックレスを受け取ってくださり、小首を傾げて問いかけます。
「これは、君が?」
「えぇ、僭越ながらわたくしが防御魔法をかけさせていただきました」
わたくしは人より多くの魔法を使うことができ、物に付与することもできます。わたくしがかけた防御魔法ならば、絶対に殿下の御身をお守りすることができるでしょう。
「ありがとう。使わせてもらうよ……君の魔法が強力過ぎないか、少しだけ心配だけれども」
〈殿下side〉
「きゃあああ!」
僕が婚約者からネックレスを受け取った翌日。いつも通り学園に向かうと、突然目の前で女生徒が転んだ。確か、平民出身の特待生……だったかな?
「大丈夫かい?」
「あ! 王子様! 大丈夫です! ありがとうございます!」
そう言った彼女は、こちらを見てしばらく経つと、僕の瞳を見つめて顔をぽーっと赤らめ、呟いた。
「……美しい。なんて美しいの! かっこよさ、美しさ、可愛さ全て兼ね備えた人間がこの世にいるだなんて!!」
「え?」
そう言って、僕の差し出した手を握りしめると、少女は叫んだ。
「ちょっと、あんた。その瞳を貸してくれない? 美しい私を見たいの!」
僕の目を抉り取りそうな勢いで、僕の顔に手を伸ばす少女に、慌てて護衛が間に立った。
「不敬だぞ! ……手鏡ならあるが、これで向こうに行ってくれるか?」
「まぁ! 手鏡! いつでも私の姿を確認できるなんて最高ね! じゃあね! ありがとう、これ!」
そう言って、鼻歌を歌いながらスキップして駆けていく少女に、全員であっけに取られた。
「……なんだったのでしょうか?」
「殿下の御身に何か起こったら大変だ。しばらく、気をつけて行動しよう」
数日後、警戒体制の中、街に出かけた。教会への視察、孤児院の訪問が目的だ。
教会に入り、聖女たちと面会する。チラチラと僕の顔を見ている聖女が一人、護衛たちの気が立ったが、落ち着くように伝えて挨拶に挑んだ。
「第一王子殿下におかれましては」
僕に向かって頭を下げていた聖女の一人が、突然立ち上がった。
「鏡! 鏡を見せて! 美しいわたくしを見たいわ! あぁ、指先を見るだけで心が躍る。わたくしってなんて最高の人間なのかしら……!」
突然の奇行に、教会関係者は慌ててその聖女を下がらせた。
「も、申し訳ございません。彼女は体調が悪かったのかもしれません」
「そうか……しっかり静養するように伝えよ」
「ありがたきお言葉、誠に感謝申し上げます」
既視感のある光景に、護衛たちの緊張も高まった。
「併設の孤児院は、こちらでございます」
「ほう、ここが……」
案内された孤児院は、とても清潔感のある場所で、手入れが行き届いていて安心した。
一人のピンク髪の少女は、まるで貴族のような外見をしており、シスターに話を聞くと、男爵家に引き取られる予定だそうだ。
その少女に、今後とも貴族として国を担っていってくれ、と挨拶しようと近づくと、少女が小さな声で言った。
「あ、あの。何か手鏡を貸していただけませんか?」
「それなら……渡してやってくれ」
学園での少女の奇行以来、護衛たちは手鏡を複数持ち歩くようになっている。いくらでも渡してやろう。
「すごい……かわいい……綺麗。あたし、性格もいいし、こんなに美しいし、頭もいいし、最高ですよね。この国の未来、私にかかっているって言うか」
「……あぁ、励んでくれ」
大人しい少女の突然の行動に、シスターは目を白黒させながら慌てふためいている。こちらは、慣れたものだ。
「なんだったのでしょうか」
「さぁな……」
突然目の前で奇行に走る女性が後をたたなくなった。
ある日は老婆。ある日は王宮のメイド。
今夜は、学園での先輩方の卒業パーティーだ。在校生として、あの奇行に走った平民の少女含めて参加することとなっている……不安だ。しかし、我が婚約者の美しい姿を見ることだけは楽しみだ。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いや、今来たところだ……相変わらず、君は美しいな」
「殿下こそ、とても素敵ですわ」
微笑み合い、婚約者をエスコートして会場に入る。
挨拶に来た人たちに囲まれて、一人ずつと挨拶を交わす。
「まぁ! 殿下! 今日も素敵ですわぁ!」
嬉しそうな表情を浮かべて走ってきたのは、侯爵令嬢だ。身分が高いにも関わらず、いや、身分が高いからこそか自分本位でマナー違反が目立つ。僕の婚約者に敵対心を抱いているのが明らかで、とても苦手だ。でも、笑顔を浮かべて挨拶を交わす。
「あぁ、ありがとう」
そこまでいったところで、彼女の動きがぴたりと止まった。
「ねぇ、殿下と婚約者のあなた。わたくしって最高な女だと思わない?」
「……そうだな」
「……そうですね」
またか、と思いつつ、婚約者の顔を見ると、驚愕に染まっていた。そして、小声でボソボソと何か言っている。まさか、とか、術式がとか聞こえてくるが……なんの話だ?
「わたくし、世界一の美しさだと思いますの!!」
「まって、私の方が綺麗よ!」
「なんですってー!」
鏡を見ていた平民の少女が突然現れ、侯爵令嬢と戦い始めた。なんなのだ。これは。王族として、僕がたしなめないといけないのか、まぁそうであろうな。
ふぅ、とため息をつき、二人を止めようとすると、婚約者に腕を引っ張られた。
「あの、殿下。わたくしが付与した魔法が強すぎたようです」
「……まさか」
「えぇ、軽微な魅了魔法を跳ね返す術式が、わたくしの魔力によって強大な魔法にして跳ね返すようになっているみたいで……」
「……解除する方法はないのか?」
「あるにはあるんですけど……お二人とも手鏡片手にとても幸せそうですわ。解除は必要なのでしょうか?」
手鏡片手に自分の顔を見て満面の笑みを浮かべる少女たち。正直、しつこい侯爵令嬢が自分に夢中になってくれるなら大変助かる。いつでも解除できるのなら、このままでいいだろう。
「ふふ、ふふふふ、ふふふ、ふふ」
「……あの平民の特待生の少女、様子がおかしくないか?」
「……殿下にかけようとした魅了魔法が強力だったようで、自分に魅了されすぎて廃人になりかけておりますわ」
「なんだと!?」
「……では、解除」
嬉しそうに手鏡を見ていた侯爵令嬢はそのままに、平民の少女の魅了魔法は解除したようだ。
「あれ? 私、なんで鏡なんて見てたんだろう?」
「そこの君。特別に見逃したが、その魔法は禁忌だ。理解しているね?」
「ひ、ひぃ! は、はい、わかりました! すみませんでしたー!」
顔を真っ青にして走り去っていった。
「……相変わらず殿下はお優しいですわ。王族に魔法を向けるなんて、死刑になってもおかしくありませんのに」
「君からもらったネックレスのいい実験台になってくれたからね。このネックレスについて公開して、今後の魅了魔法の利用の判断についてこのネックレスも活用すると公表してもいいかい?」
「もちろんですわ」
そう言って微笑む婚約者は相変わらず美しく、僕は彼女をエスコートするために手を差し出した。