花子・貞子VS月見
色神学園、旧校舎前――。
花子と貞子は、空中で粉々に砕け散る隕石を目の当たりにし、胸の奥が熱く震えた。
「きゃあああ! すごい! あんな巨大な隕石を一瞬でぶっ壊しちゃうなんて! さーちゃん、見た!?」花子は目を輝かせ、興奮気味に空を指差しながら言った。
「見ました。本当に凄すぎます」貞子は感服の声で呟いた。
「さすがです、神楽様! 花ももっと頑張らなきゃ!」
「わたしも、負けていられません」
二人が仲間の勇姿に感動していると、月見の声が響き渡った。
「あの隕石を被害なく凌ぐとは……少し驚きました」
「ふん、これが『アルカナ・オース』の力だ! たとえ相手が七代天使でも、絶対に屈しないんだから!」
花子は得意げに言い放ち、貞子も力強く頷いた。
「うささ……それはどうでしょうか?」
月見が不気味に呟いた次の瞬間、突然、異常な気配が空間を支配し、息が詰まるような空気が周囲を包み込んだ。その圧倒的な気配は一瞬で広がり、空気が震え、大地が軋む。空間そのものが裂けるかのような重圧が、容赦なくのしかかった。
花子と貞子は背筋を凍らせる気配に思わず空を見上げた。額に冷や汗が滲み、目を大きく見開く。
「この圧倒的な気配……まさか――!?」貞子が震える声で呟いた。
「七代天使……!?」花子の声が、微かに裏返った。
驚愕する二人に向かって、月見は冷徹に言い放った。
「これが我が主、かぐや様のお力です。この神聖さ、まさに神のごとし。かぐや様が本気を出されたということは、この戦いも終わりが近いですね」
その言葉は、花子と貞子の胸にずしりと重くのしかかり、二人は息をのんだ。凄まじい力の奔流が全身を押し潰そうとし、身がすくみそうになる。だが――対抗する桜と神楽の力を感じ取った瞬間、二人の瞳に微かな光が戻った。頷き合い、キリっとした表情で月見を見据える。
「花としたことが、ちょっとだけビビっちゃった。……幽霊なのに」花子は軽口を叩いた。
「わたしも、まるで金縛りにあったみたいに、足がすくんでしまいました。……幽霊なのに」貞子も冗談っぽく言った。
「あはは、おっかしい! いつもは怖がられる方なのにね!」
「ふふ、そうですね」
二人は軽く冗談を交わしたあと、表情を引き締めた。
「でも、怖気づいている暇なんてない! 花たちが、お前をぶっ倒すんだから!」
花子は強気に言い放ち、貞子も力強く頷いた。その瞳にもう迷いはなく、再び強い意志を宿して構えを取った。
月見は動じることなく、冷たく深いため息をつき、鋭い視線を向けて冷徹に呟いた。
「挫けなかったことは、少しだけ評価してあげます。しかし――」
その言葉とともに、月見の体がわずかに光り始め、次の瞬間、圧倒的な力が爆発的に解放される。眩いオーラが全身を包み込み、額には三日月模様が浮かび上がり、神々しい輝きを放っていた。
凄まじい風圧が、花子と貞子の髪を激しく後ろに流した。それでも、二人は月見の放つ圧倒的な力に怯むことなく、毅然とした態度で対峙する。花子の目は鋭く、貞子の表情は冷徹に引き締まっていた。
月見は人参剣を一振りし、空気を切り裂いた。
「今さら足掻いたところで無駄です。あなたたちの命運は、すでに尽きています。――そろそろ決着をつけましょうか。この世を二度と彷徨わぬよう、今度こそ、完全に消し去って差し上げます」
月見の冷酷な声が響く。空気が重く沈み、満月の光だけが三者を照らしていた。月見は静かに姿勢を落とす。刹那、地を蹴り、猛烈な勢いで突撃した。
花子は即座に反応し、瞬時に手を突き出す。
「串刺し連弾!」
花子が踏み込んだ瞬間、アスファルトが爆ぜ、無数の蔦が一斉に噴き上がった。太く、しなやかで、まるで意思を持つ蛇のようにうねりながら月見へと襲いかかった。
月見は軽快な身のこなしで蔦を躱し、人参剣で斬り裂きながら瞬く間に距離を詰めていく。橙色の軌跡が空間を裂き、蔦は一瞬で細切れとなって宙に舞った。
その瞬間、花子は迷わず蔦の間隙へ飛び込んだ。間合いを詰めると、拳に白い霊光を纏い、一直線に突き出す。
「はあああっ!」
拳と剣が激突し、火花が弾けた。
霊力と剣気がぶつかり合い、衝撃が爆風となって旧校舎の窓ガラスを震わせる。花子の拳は止まらない。連撃。蹴り。回し蹴り。白い霊光が弧を描き、空間を切り裂く。
しかし、月見の剣は淀みなく流れた。受け、いなし、最小限の動きで切り返す。
「力任せですね」
「うるさい!」
二人が激しい攻防を繰り広げていると、突然、貞子の叫び声が響き渡った。
「花ちゃん!」
その声と同時に、花子は瞬時にその場を退く。直後、大きな影が月見を覆った。月見が夜空を見上げる。そこには、すでに巨大な岩塊が頭上に静止していた。
「怪巌圧殺!」
貞子が手を振り下ろすと、岩塊は空気を押し潰しながら月見へと落下した。
月見は動かない。
「この程度の岩……かぐや様の御力に比べれば、塵にも等しい」
月見の人参剣が満月をなぞるように円を描き、縦一文字に振り下ろされる。
「兎月流・満月斬り!」
鋭い一閃が岩塊を両断した。二つに割れた岩が、月見の両脇をかすめるように地面へ落ち、轟音とともに大地を揺らす。
「まだまだ!」
貞子がさらに念力を込め、手を叩いた瞬間、二つに切り裂かれた岩塊が月見を圧し潰すように挟み込んだ。しかし、目にも留まらぬほどの連続斬撃が岩塊を刻み、粉塵と化して爆ぜ散った。月見はかすり傷ひとつなく、悠然と立っていた。
その直後、背後から花子が蹴りを放つ。猛烈な蹴りが月見のこめかみを捉えた――かに見えた瞬間、月見の身体が月光に溶けるように揺らぎ、霧散した。
「兎月流・朧月」
月見の冷徹な声が響く。
花子は舌打ちし、すぐに身構えた。周囲を見渡し、月見を探す。貞子も視線を走らせ、上空に浮かぶ月見を捉えた。
「花ちゃん、上!」
花子は即座に見上げる。
月見は人参剣を振り上げ、淡々と呟く。
「兎月流・三日月乱舞!」
剣が振り下ろされた瞬間、無数の三日月型の斬撃が弾幕のように降り注ぐ。
二人は冷静に軌道を見切り、ギリギリでその斬撃を躱す。だが、斬撃はあまりに速く、多すぎる。やがて回避は追いつかなくなった。花子は拳で弾き、貞子は念力の壁で防ぐ。しかし、すべて防ぎきれず、肩、横腹、太ももに浅い裂傷が刻まれた。
二人の足元が揺らいだ瞬間、月見はさらに攻撃を畳みかけた。貞子を見据え、一瞬で距離を詰め、人参剣を振り下ろす。その一撃は紙一重で躱されたが、月見は流れるように身を捻り、貞子に強烈な蹴りを叩き込んで吹き飛ばした。
「さーちゃん!」
花子の叫び声が轟く。
花子の視線が貞子に向いた隙に、月見は一瞬で彼女に接近し、人参剣を一閃。花子は反射的に腕で防御し、その一太刀を受け止めたが、勢いに押され、吹き飛ばされた。二人はそのまま旧校舎へ激突した。壁を粉砕し、ドアや机を巻き込みながら奥へと叩き込まれ、やがてその姿は瓦礫の中へ消えた。
月見は攻撃を緩めない。人参剣を握りしめ、エネルギーを収束させる。刀身が輝き出した。
「兎月流・覇月一閃!」
人参剣が振り下ろされると、空間そのものが断ち割られ、悲鳴のような音が轟く。巨大な斬撃は大地を裂き、一直線に旧校舎へと走る。その一撃が旧校舎に迫った瞬間、突如、地面から極太の蔦が飛び出し、幾重にも絡み合って強固な壁を作り上げた。
「あみあみ草壁!」花子の声が響き渡る。さらに、貞子の念力が蔦に宿る。壁は軋みながらも頑丈さを増し、斬撃を受け止めた。
衝突した瞬間、轟音が天地を震わせる。蔦の壁は軋み、裂け目が走る。繊維が焼け焦げ、オレンジ色の火花が散った。
「く……!」
瓦礫の中で踏みとどまりながら、花子が歯を食いしばる。両腕を前に突き出し、霊力を蔦へと流し込む。白い霊光が蔦を包み込み、裂けかけた部分を無理やり繋ぎ止めた。
その隣で、貞子が両手を重ね、念力をさらに強く込める。額に汗が滲み、空気が震える。蔦の一本一本が内側から膨れ上がり、強度を増していく。
だが、斬撃は止まらない。
巨大な光の刃が、蔦の壁を削り取りながら押し込んでくる。地面が裂け、瓦礫が浮き上がり、旧校舎の残骸が震動する。
「ここは……花たちの……大切な場所……!」花子は顔に汗を浮かべ、必死に耐える。
「お前なんかに……壊させはしない……!」貞子も身体を震わせながら、全力で押し返す。
「――絶対に守る!」
二人は同時に叫び、さらに力を込めた。花子の霊光が強まり、貞子の念力が重なり合う。白い光が蔦を包み込み、即席の要塞は最後の抵抗を見せ、斬撃の進行をわずかに押し返す。
両者の力はしばらく拮抗する。そして――限界。溜め込まれていたエネルギーが爆ぜた。斬撃はついに霧散し、轟然たる衝撃が広がる。光と爆風が炸裂し、蔦の壁ごと周囲を飲み込む。地面が抉れ、瓦礫が宙を舞った。
爆風が渦を巻き、濃密な砂煙が一帯を覆い尽くす。視界は完全に遮断された。音が消える。粉塵の向こうに、重い静寂が落ちた。
月見は砂塵の中をじっと見据える。
砂煙の向こうで、何かが崩れ落ちる音がした。やがて、粉塵の中から影が二つ、ゆらりと立ち上がる。
「はぁ……はぁ……」
荒い息をつきながら、花子は瓦礫を払いのける。服は裂け、腕には無数の擦り傷。それでも、両足はしっかりと地を踏みしめていた。
少し遅れて、貞子も姿を現した。額から血が流れ、膝も震えている。それでも両手は前に構えられたままだ。念力の余韻が、微かに空気を震わせている。
「さーちゃん、無事……?」
「はい、なんとか……花ちゃんは……?」
「花も大丈夫!」
二人は互いの無事を確認しながら歩を進め、旧校舎の前に立った。息を整え、ゆっくりと背後を振り返る。
壁が剥がれ、亀裂が一層深く刻まれている。だが、建物そのものは――立っている。月明かりを浴びながら、確かに、そこに在った。
二人はほっと息を漏らし、表情を引き締め、即座に向き直った。身体はボロボロだが、強い眼差しで月見を見据える。その瞳は、まだ折れていない。
二人と視線が交わった瞬間、月見は一瞬だけ瞳に微かな揺らぎを見せた。だが、すぐにその感情を抑え込み、冷徹な表情を取り戻して言い放った。
「あの一撃を防ぐとは、なかなかのものです。しかし、その身体では立っているのもやっとのはず。これ以上戦っても無駄です。潔く諦めてください」
花子は少し間を置き、自信ありげに答えた。
「ははっ……お前を倒すまで、絶対に諦めないから!」
月見は呆れたように息をつき、肩をすくめた。
「強がっても無意味です」
貞子は意味ありげに言い返した。
「ふふ……強がりかどうか、すぐにわかりますよ」
月見は束の間、顔をしかめたが、すぐに冷徹な表情に戻す。再び人参剣を構えた。
「いいでしょう。次は、二度と立ち上がれぬよう、徹底的に叩きのめしてやります」
花子と貞子は拳に霊力を込め、戦闘態勢を取る。旧校舎の壁が崩れ落ちた瞬間、二人は一斉に動いた。猛烈な勢いで突撃し、白い霊気を纏った拳を突き出す。
月見は容易く人参剣で受け止め、貞子に向かって冷静に言った。
「おや、今度はあなたも向かってくるのですか?」
「ふふ……こう見えて、接近戦も得意なんです」貞子は得意げに答えた。
「そうですか。では、お手並み拝見」
三者の激しい戦闘が、再び繰り広げられた。
花子の拳は豪快で、貞子の蹴りは鋭利。二人の連携は見事で、まるでひとつの意志で動いているかのように、拳と蹴りが連続して月見を狙って放たれる。
花子が突き出した右拳が月見の腹部を捉えそうになった瞬間、月見はすっと身をよじり、軽やかに回避する。その直後、貞子が右足で回し蹴りを繰り出すが、月見はそれも瞬時にいなすと、すかさず彼女に反撃の一閃を放った。貞子は後ろへ退き、紙一重で躱す。
月見は素早く間合いを詰め、人参剣を振り下ろした。その刹那、花子は間髪入れず二人の間に割って入り、人参剣を腕で受け止める。その衝撃で足元が沈み込み、地面に亀裂が走る。花子は剣を押し返し、即座に反撃の蹴りを放つ。月見は後ろに跳んで躱し、空中で後方回転しながら、軽快に着地した。
「うささ、なかなかの連携ですね」月見は冷静に言った。
花子と貞子はすぐに突進し、攻撃を止めない。月見の目の前に迫った瞬間、二人は一瞬で彼女の背後に回り込み、死角から攻撃を仕掛けた。しかし、月見はその動きを見透かしていたかのように、振り向きもせず、短く言った。
「後ろ!」
その声とともに、月見は瞬時に後ろ蹴りを叩き込む。
二人は吹き飛ばされたが、すぐに体勢を立て直し、再び突っ込む。同時に拳を放つと、月見が跳んで回避し、そのまま上空で静止した。二人は即座に追いかけ、月見に向かって飛んでいく。その瞬間、月見は低く呟いた。
「兎月流・双月斬」
人参剣から二つの斬撃が放たれ、花子と貞子を襲う。二人は咄嗟に受け止めるも、衝撃で地上に押し戻された。
貞子は空中で体を捻り、斬撃を受け流して逸らす。そのまま地面に舞い降りた。
花子は地上まで押し返されたが、地面に足をついて踏ん張り、力で斬撃を弾き飛ばした。花子の腕が痺れ、じんじんと震える。
二人はすぐに空を見上げたが、そこに月見の姿はすでになかった。直後、花子の背後に月見が現れる。
「残念、こちらです。そして――終わりです」
月見は冷酷に告げ、容赦なく人参剣を突き出した。
花子は咄嗟に振り向くが、間に合わない。鋭い剣の先端が、空を切り裂きながら背後から迫り、花子を貫こうとする。しかし、刹那、月見の動きがわずかに鈍った。花子はその一瞬の隙を逃さず、風のように身を捻り、ギリギリで剣を躱す。剣先が肩をかすめ、血が滲む。花子は何とか後退し、貞子の隣に並んだ。
「花ちゃん、大丈夫……!?」
「少しかすったけど、心配しないで。これくらい平気!」
二人は即座に構え、次の攻撃に備える。
月見は一瞬、驚きの表情を浮かべた。剣を握りしめたまま、自身の動きが鈍くなった理由を探るように、無意識に体を確認する。だが、どこにも異常は見当たらない。動きも、呼吸も、いつも通りだった。貞子の念力に抑えられたわけでもない。
「気のせいか……」
月見は短く呟き、違和感を振り払うように気を取り直し、再び冷徹な目で二人を見据えた。まるで何もなかったかのように、剣を構える。
「うささ、運が良かったですね」
「あんなの余裕で避けられたし!」
花子は煽るように答え、貞子も挑発的に言った。
「あなたの動きが遅かっただけじゃないですか?」
月見はその言葉に答えず、軽く笑みを浮かべた。
「うささ……では、もっとスピードを上げましょうか」
腰を落とし、脚に力を込める。
「兎月流・残月千影」
呟いた瞬間、月見は地を蹴り、猛烈な勢いで二人に迫った。その衝撃で、地面が砕け、砂塵が舞い上がる。月見は目にも留まらぬ速さで二人の周囲を駆け抜け、その姿を消した。直後、無数の残像が現れ、二人を取り囲んだ。
花子と貞子は素早く視線を走らせるが、どれが本物の月見かわからない。気配を探り、花子は拳を突き出すが、残像が空気に溶けるように消えた。貞子も蹴りを叩き込むが、それも残像だった。
「うささ……どこを狙っているのですか?」
月見の声が、無数の残像から同時に響き、四方八方から冷ややかな笑みが迫ってくる。
「花ちゃん、気をつけて」貞子は冷静に呟いた。
「うん……!」花子も警戒し、体を引き締めた。
二人は戸惑いつつも、目を凝らし、どれが本物の月見なのかを見極めようと必死だった。貞子は視線を動かしながら、心の中で呟く。
なんとか仕掛けることができましたが、効果が出るまでにはもう少し時間がかかりそうです。それまで、どうにか持ちこたえなければ……!
貞子が決意を固めた瞬間、残像が一斉に動き出し、二人を囲み込むように迫り、容赦なく襲いかかってきた。
花子は迫り来る月見の動きに合わせ、次々とカウンターパンチを叩き込む。だが、その拳は虚しく空を切り、残像が風のように消えるだけだった。貞子もすかさず念力で月見を抑えつけようとするが、本物の姿を捉えられず、彼女の動きを封じることができない。
直後、月見の斬撃が二人の身体をかすめ、風を切る音が響く。月見の攻撃は、波のように絶え間なく繰り出され、二人の防御を次第に崩していく。
二人は素早く視線を交わし、瞬時に背中合わせで立ち、月見を迎え撃つ体勢を取った。
「これなら、前だけに集中できます!」
「背中は任せて、さーちゃん!」
互いを信頼し、二人は目の前方に注力した。
月見は冷ややかな目で二人を見つめ、鼻で笑いながら言った。
「うささ……やはり、そう来ましたか。想定通りです。これで、二人まとめて始末できます」
再び、無数の残像とともに、月見は二人に向かっていった。人参剣を構え、低く呟く。
「兎月流・月影断首!」
残像の中に紛れながら、月見の人参剣が二人の首を断ち切ろうと迫った。しかし次の瞬間、月見は突然、背筋を凍らせるような恐怖とも言える感覚に襲われ、一瞬動きが鈍る。
花子と貞子は、その隙を見逃さなかった。反射的に身を捻り、月見の一閃を紙一重で躱す。流れるような動きで同時に月見の腹部へ鋭い蹴りを叩き込んだ。
月見は吹き飛ばされ、地面に倒れかける。だが、寸前でなんとか踏みとどまり、地面を削りながら必死に体勢を立て直した。勢いが弱まり、完全に止まる。残像が消え去り、静けさが広がった。
月見は腹部に響く痛みを感じながらも、それ以上に強烈な疑念に囚われた。あの恐怖が何なのか――理解できないまま、心がざわつく。冷静さを取り戻そうと深呼吸をしたが、心の奥底に不安が広がっていく。自分の中で何かが変わったような、抑えきれない恐怖心が強烈に膨らんでいった。
「これは……一体……?」
月見はその恐怖の感覚にしばらく困惑していたが、はっと思い至り、花子と貞子に目を向けた。
そのとき、貞子は冷静に告げた。
「ようやく、呪いの効果が出始めたようですね」
「呪い――!?」月見はその言葉に息をのむ。
貞子はゆっくりと続けた。
「先ほど、あなたの蹴りを受けた瞬間、呪いをかけました。それから、あなたが攻撃を受けるたびに、呪いの力を流し込み、徐々に強化していったのです。呪いは、あなたの恐怖心を増幅させ、やがて精神が崩壊します。そうなると、あなたは完全に動けなくなる。その恐怖から逃れる術は、もうありません!」
月見の顔に、驚愕の色が浮かんだ。貞子の言葉が、何もかもを納得させた。恐怖の波に、自分が支配されていたことを理解し、その恐怖が原因で、一瞬動きが鈍ったことにようやく気づく。
「呪い……ですか……」
月見は静かに呟き、深く息を吸い込んだ。再び戦闘態勢に入ると、冷徹な目で二人を見据え、恐怖に屈しないよう、自らを奮い立たせる。
「うささ……この程度の呪いに屈するような、わたしではありません!」
月見は気を強く保ちながら、猛然と二人に突撃していった。力強い斬撃が、空気を引き裂きながら二人に迫る。二人は素早く退き、その攻撃を躱し、すぐさま間合いを詰め、拳を放つ。月見はその攻撃を咄嗟に受け止めるが、二人の勢いに押されて一歩後退する。二人はさらに霊力を纏った拳を連続で叩き込んだ。
「う……っ!」
月見は苦渋の表情を浮かべる。
「うさぁぁぁぁ!」
強引に人参剣を振って二人を押し返す。月見は高速で攻撃を繰り出し、花子と貞子はその攻撃を躱し、反撃の隙を狙っていた。互いに間合いを測りながら、息もつかせぬ速さで戦い続ける。
だが、次第に月見の動きにほころびが見え始めた。最初の冷静さが失われ、攻撃の精度が少しずつ鈍くなっていく。心の中で恐怖がじわじわと膨らんでいくのを感じ、動きが遅くなっていくのを自覚し始めた。恐怖が支配し、無意識のうちに手足が重くなる。
花子と貞子はその隙を突き、巧妙に反撃を繰り出す。花子が月見に向かって猛烈に突進し、その拳が月見の腹部に直撃した。
「うさ……!」
月見はその衝撃で後退し、足元がふらつく。腹部に鋭い痛みが走り、呼吸が乱れる。すぐに立ち直ろうとするが、その動きには明らかな遅れが見える。
その瞬間、貞子が月見の背後に回り込み、鋭い蹴りを叩き込む。月見が吹き飛ばされると、花子が瞬時にその先に現れ、再び強烈な蹴りを繰り出す。二人の強力な拳と蹴りが、次々と月見に叩き込まれていった。
月見は必死に抵抗しようとするが、心臓が異常に早鐘を打ち、冷汗が背中を伝う。恐怖が静かに広がり、体が思うように動かなくなっていく。
貞子は月見に向かって冷静に言い放った。
「無駄です。どんなに気を強く保とうとしても、恐怖があなたの心を蝕む。あなたはもう、自由に動けません!」
貞子の踵落としが、月見に直撃し、地面に激しく叩き落とした。
月見はどうにか立ち上がるも、足元がふらつく。心の中で必死に自分を奮い立たせようとするが、恐怖の波が次々と押し寄せてくる。手のひらが冷たく、力が抜けていくのを感じる。
「うさ……」
月見は震える声で呟くが、その目には確かな恐怖が浮かび上がり、全身が細かく震えている。瞳が揺れ、顔色が悪化し、まるで目の前に何かを見ているかのように怯えている。
その瞬間、月見の周囲が突然、色とりどりの花びらに包まれる。花びらは渦を巻き、鋭い刃のように空気を切り裂きながら舞い上がる。
「これで終わりだ! 『百花繚乱』!」
花子の声とともに、無数の花弁が一斉に月見に襲いかかった。
月見は必死に剣を振り払うが、花弁は無限に降り注ぎ、彼女の肌を容赦なく切り裂いていく。鋭利な花びらが彼女の腕や足、さらには顔を切り裂き、血が空中で赤く舞い上がる。次々と降り注ぐ花弁は、まるで生き物のように彼女を包み込み、隙間なくその身を切り刻む。月見の体は花びらに埋もれ、その攻撃を防ぐことができず、徐々に動きが鈍くなっていく。力尽きた月見は、ついに膝をつき、地面に倒れ込んだ。
その後、花弁は宙を舞い、静かに散りゆく。残された静寂が、戦いの終わりを告げていた。
花子と貞子は、その光景を無言で見守り、呼吸を整える。霊力が尽きる前に倒せたが、二人の体力はギリギリだった。
「終わりましたね」貞子は静かに呟いた。
「うん、これで……」花子は息を吐き出し、ほっとしたように肩を落とした。
だが、そのとき、空気が一変し、二人の背筋に冷たいものが走った。静寂の中、月見の倒れた場所から、何かが違うと感じ取った二人の視線が一斉に向けられる。
月見の体が満月の光に包まれると、まるで何かが目覚めるかのように、彼女の体が激しく輝き出した。傷だらけの皮膚は魔法のように癒され、流れた血が一瞬で引き、裂けた肉が急速に再生し、完全に元通りになった。その瞬間、月見はゆっくりと目を開け、満月の光に照らされた顔がまるで新たに生まれ変わったかのように輝きを放った。
「――!?」貞子の目が大きく見開かれ、花子も驚きの声を漏らす。
月見はゆっくりと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる。その表情には、もはや恐怖の色は一切見当たらない。
「うささ……もし今日が満月でなければ、戦いは終わっていました。もしかして、かぐや様はこうなることを見越して、あえて今宵を選んだのでしょうか? いえ、きっとただの偶然に違いありません……。それにしても、まさかあなたたちに敗北するなんて。恥ずかしくて言葉も出ません」
月見は人参剣を構え、鋭い視線で二人を見据えた。
「この借りは、しっかりと返させていただきます。覚悟してください!」
花子と貞子は警戒を強め、身構える。
次の瞬間、月見は一気に間合いを詰め、瞬時に斬撃を放った。人参剣が風を切る音とともに花子と貞子を狙って迫る。二人はすぐさま後退し、その攻撃を躱すが、月見はすぐに追いかけ、即座に次の攻撃を放つ。その動きは、元の俊敏さを取り戻していた。
月見の攻撃は次々と繰り出され、花子と貞子は必死に受け流すが、次第にその防御が崩れ始めた。月見の剣は鋭く、無限の刃が重なっているかのようだ。二人は攻撃を避けきれず、弾かれるように後退していく。二人の体がさらに傷つき、体力も限界間近だった。斬撃が花子の腕をかすめる。
「うっ……!」花子は痛みに顔を歪めるも、何とか耐えた。
貞子は苦しげな表情を浮かべながらも、反撃を繰り出す。だが、その手は空を切るばかりだった。
くっ……! もう一度、呪いで弱体化させたいけど、触れることができない!
貞子が心の中で叫ぶと、まるでその思考を見透かしたかのように、月見は冷徹な笑みを浮かべ、口元をわずかに歪めながら言った。
「うささ……あなたの手には、もう二度と触れませんよ」
宣言通り、月見は貞子の攻撃をすべて剣でいなす。
貞子は困惑し、その顔に焦りの色が浮かぶ。
このままじゃ、二人とも殺られてしまう!
懸命に打開策を考えるが、なかなか思いつかない。貞子は傷だらけの花子を一瞥し、心を痛めつつも、何かを覚悟したような顔つきになった。
花ちゃんは、絶対に死なせない!
貞子が意を決した瞬間、月見の強烈な蹴りが、二人の体に叩き込まれた。二人は吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられる。その衝撃で砂塵が舞い上がった。二人は震える脚で立ち上がるが、その隙に月見が容赦なく迫る。
月見は花子に狙いを定め、一直線に突き進む。
「兎月流・一月!」
今度こそ花子を仕留めようと、人参剣を勢いよく突き出す。その鋭い突きが花子の胸部に迫ったが、まさにその瞬間――貞子が一瞬で花子の前に割り込み、立ち塞がる。月見の人参剣が無情に貞子の体を貫き、鮮血が空中に舞い散った。
「あら!」月見は思わず声を上げた。
「――!」
花子はその光景に目を見開き、声も出せず、ただ茫然と立ち尽くした。だが、すぐに激昂し、月見に拳を放つ。月見が剣を引き抜いて退くと、貞子の体は前のめりに倒れ、そのまま地面に崩れ落ちる。花子は貞子が倒れる前に、やさしく抱きかかえた。血が地面に広がる中、貞子の目はぼんやりとし、呼吸が乱れる。
「さーちゃん……!」花子の声は震えていた。涙が溢れ、止まらない。
貞子は苦痛を浮かべながらも、微かに笑みを浮かべ、花子を見つめた。
「花ちゃんが……無事でよかった……でも……ごめんね……わたし、ここまでみたい……」
「い、嫌だ! そんなこと言わないで、さーちゃん! まだきっと助かるから!」
貞子はゆっくり首を横に振り、花子の手を強く握りしめる。白い霊光が貞子の手から花子の手に伝わり、その光は、花子の身体を流れるように全身に広がった。花子は今まで感じたことのないほど強い霊力に包まれ、体の奥から力が漲り、溢れ出すように感じた。
貞子は最後の力を振り絞るように、かすれた声で言葉を紡いだ。
「これが、わたしにできる最後のこと……花ちゃん、あとは……頼み……ます」
その言葉が途切れ、貞子はゆっくりと目を閉じ、手の力が抜け、静かに意識を失った。
「さーちゃん……さーちゃん……!」
花子は何度も名前を呼び続けるが、貞子はまったく反応しない。涙がこぼれ、身体が震える。
そのとき、月見の冷淡な声が響き渡る。
「うささ……予想外でしたが、先に厄介な幽霊を始末できたのは、むしろありがたい誤算です。あとは、取るに足りない存在が一匹……」
月見は人参剣を構え、挑発的に続けた。
「そんなに泣かなくてもいいですよ。すぐにあなたも、お友達のところへ送ってあげますから」
花子は月見の言葉を無視し、貞子をやさしく降ろして地面に寝かせた。手をかざし、防御結界を張って貞子を包み込むと、溢れ出しそうな涙を必死に抑え込み、拳を強く握りしめた。
「さーちゃんがくれた力、絶対無駄にしない! 二人で、今度こそあいつを倒そう!」
貞子に向かって静かに、しかし力強く宣言し、花子は鋭い眼差しで月見を見据えた。
月見は嘲笑うように言った。
「うささ……二人がかりでも敵わなかったのに、今さらあなた一人に何ができるというのですか? 抵抗されると面倒なので、そのままじっとしていてください。すぐに、終わらせますから」
月見の視線が貞子に向けられ、口元が残虐に歪んだ。次の瞬間、月見は一瞬で距離を詰め、貞子に向けて人参剣を振り下ろした。鋭い斬撃が結界ごと貞子を切り裂こうと迫ったその瞬間、突然、月見の右腕が肩から切断され、人参剣を握りしめたまま吹き飛んだ。
「うさ……?」
月見は自分に何が起きたのか、まるで理解できない様子だった。しばらく呆然としたあと、ふと視線を落とし、ようやく右腕がないことに気づく。
「うっ……! な、なんですか、これは――!?」
月見は震える声で叫び、目を見開いた。だが、すぐに異常な気配を感じ取り、素早く視線を転じる。圧倒的な威圧感を放つ花子の姿を捉え、思わず戦慄のような表情を浮かべた。
花子の体から溢れ出す霊力は、もはや抑えきれないほどに膨れ上がり、空気が震え、地面が激しく揺れる。彼女の周りには、輝く光の霊気が渦巻き、まるで別の存在が目の前に立っているかのようだった。
その光景を、月見は信じられない様子で見つめていた。歯を食いしばり、悔しげに叫ぶ。
「こ、こんなことが、あってたまるものですか!」
瞬く間に右腕を再生すると、即座に人参剣を拾い上げ、重く構える。
「兎月流・奥義――」
人参剣がオーラを纏い、激しく輝き出す。
「月見輝夜!」
月見は閃光のごとく突撃し、花子に迫る。
花子は拳を固く握りしめ、真っ向から立ち向かう。地を蹴り、風のように突進しながら、全力を込めて猛烈な一撃を放つ。
「これが……花とさーちゃん――二人の力だぁぁぁぁ!」
人参剣と拳が衝突した瞬間、空中に稲妻が走り、爆発的な衝撃が辺り一帯に広がる。大地が揺れ、空気が震え、砂塵が舞い上がり、視界が一時遮られる。
長い沈黙のあと、砂煙が徐々に薄れ、視界が次第に開けていく。二人の影が静かに浮かび上がり、やがてその姿を現した。花子の拳が、月見の胸を撃ち抜いていた。人参剣は折れ、足元に転がっている。
「ぐはっ!」
月見は口から血を吐き、足元がふらつきながら、よろけて後退する。
「この程度、すぐに治して――」
月見は言葉を止め、目を見開く。
花子はすぐさま拳を構え、息を深く吸い込む。キリっと表情を引き締め、声を上げた。
「怨念・ボコボコ花嵐!」
月見が防御の構えを取る暇もなく、花子の拳が空気を裂き、次々と月見に叩き込まれた。猛烈な衝撃に、月見の体が粉々に弾け、空中に飛び散る。かろうじて形を保っていた月見の口元から、わずかな声が漏れた。
「も、申し訳ありません……かぐや……さま……」
月見の身体は完全に塵となり、空気に溶けて消え去った。
花子は深く息をつき、月見の消滅を確認したあと、無言で振り向き、急いで貞子の元へ駆け寄った。素早く手を伸ばし、貞子の胸元に触れ、霊力を流れ込む。
「お願い、さーちゃん……目を開けて……!」
花子は自分の力をすべて使い切る覚悟で、貞子に力を注いだ。しかし、貞子の目は閉じたまま、まるで反応がない。涙が頬を伝い、花子は震える手で、さらに霊力を注ぎ続けた。
そのとき、貞子のまぶたが微かに震え、ゆっくりと目が開かれた。
「さーちゃん! 待ってて、すぐに治してあげるから!」
花子は必死に霊力を流し込んだが、貞子の傷は依然として塞がらなかった。
貞子は花子を見つめ、やさしく微笑みながら、力なく手を伸ばす。花子の手を握りしめ、かすれた声で言った。
「花ちゃん……その力は、あとの戦いに取っておいて。きっと、必要になると思うから」
「嫌だ! さーちゃんが治るまで止めない! 花の霊力全部あげるから、早く元気になってよ!」
「ふふ……花ちゃんのそのやさしいところが、わたしは大好きです」
貞子が微笑んだ瞬間、彼女の体が突如として輝き、細かい粒子となって崩れ始めた。
花子はその光景に目を見開き、躍起になって力を注ぎ込んだが、貞子の成仏を止めることはできなかった。
「待ってよ、さーちゃん。花を独りにしないで!」
貞子は柔らかく微笑み、花子の頭をやさしく撫でながら感謝の言葉を伝えた。
「花ちゃん……わたしの怨念を晴らしてくれて、ありがとう」
「さーちゃん……!」
花子が涙目で見つめる中、貞子は満面の笑みで見つめ返す。やがて、貞子の身体はまるで幻想のように光の粒子となり、ゆっくりと天に昇っていった。その粒子が花子を包み込み、きらきらと輝きながら、やさしく空に消えていく。そして――貞子は静かに消え去った。彼女の存在が、この世から完全に消えた瞬間、花子の手に残ったのは、かすかな温もりだけだった。
その場に残ったのは、花子一人だけ。周囲の風が静かに吹き抜け、ただ空気だけが残った。
しばらく、花子はその場に立ち尽くし、無言で貞子の最後を見送った。涙が頬を伝い、静寂が広がる。
「さーちゃん……」
やがて、花子は涙を拭い、表情を引き締め、前を向いた。月見を倒したが、戦いはまだ終わっていない。最大の敵――七代天使『かぐや』が残っている。花子は気合を入れ直し、足を踏み出す。貞子の力と意志を胸に、花子は歩みを進めた。
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