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阿修羅VS阿部右大臣

 色神学園のスポーツ施設が建ち並ぶエリアでは、轟音とともに凄まじい衝撃波が広がり、周囲の建物の壁や窓ガラスが割れ、音を立てて崩れ落ちた。

 その場所で、阿修羅と阿部右大臣が激闘を繰り広げていた。

 阿修羅は金棒『鬼丸』を振るい、次々と鋭い斬撃を叩き込んでいった。

 阿部はその攻撃を冷静に見切り、余裕をもって笏で受け流していた。連撃が絶え間なく繰り出される中、阿部の表情は一切崩れることなく、薄ら笑いを浮かべ続けている。

「おほほほ……すぐに終わらせるんじゃなかったのか?」

 阿部の挑発に、阿修羅は苛立ちを浮かべた。一度距離を取ると、阿部を鋭く見据え、鬼丸を再度構え直した。やがて鬼丸が小さな雷をまとい、バチバチと音を立て始めた。

「地獄の王・参の裁き・宋帝迅雷そうていじんらい!」

 阿修羅は電光石火のごとく突撃し、鬼丸を一閃。鋭い一撃が、空気を引き裂く音とともに阿部に迫る。

 阿部は目を見開き、反射的に笏を突き出した。その瞬間、笏がまるで生き物のように素早く形を変え、盾のように目の前で広がった。それは一瞬で金属のように硬化し、阿修羅の強烈な一撃を受け止める。衝突の瞬間、爆発的な衝撃が走り、火花が四散。阿部の足元が大きく沈み込み、地面がひび割れた。周囲の建物は衝撃に耐えきれず崩れ落ち、瓦礫の雨が降り注いだ。だが、笏の盾は歪むことなく、阿部は挑発的に笑みを浮かべた。

「少し遅かったな!」

その顔を見た阿修羅は、怒りがこみ上げ、声を荒げて言い放った。

「ちっ! そのいけ好かねぇ鼻っ柱、今すぐへし折ってやる!」

 阿修羅は後ろに跳び退き、即座に鬼丸を構え直し、次の攻撃に備えた。

「地獄の王・伍の裁き――」

 そう言いかけた瞬間、阿修羅は咄嗟に体を翻した。刹那、槍のように鋭利な笏の先端が阿修羅の髪をかすめ、空気を裂くように突き抜けた。阿修羅が瞬時に視線を移すと、目に映ったのは、不敵な笑みを浮かべながら笏を突き出す、挑発的な阿部の姿だった。

「ンの野郎!」

 阿修羅は思わず怒りの声を漏らし、鬼のような形相で鋭く睨みつけた。すぐに体勢を立て直し、再び突進しようとしたその瞬間、すでに次の攻撃――尖った笏の先が阿修羅の目の前に迫っていた。

 阿修羅は反射的に身を捻り、その一撃を回避したものの、笏の先端が肩をかすめ、わずかに衣服を切り裂いた。

「く……!」

 阿部はその隙を逃さず、間髪入れずに笏を振り下ろした。

 阿修羅はその一撃を紙一重で躱し、即座に地面を蹴って距離を詰めた。笏が伸びている隙に、強烈な一撃を叩き込もうと迫る。

「地獄の王・伍の裁き――」

 間合いに入り、鬼丸を振り上げたその瞬間、阿修羅は思わず目を見開いた。彼の視界に映ったのは、縮めた笏の先端を冷徹に向ける阿部の姿だった。その表情には嘲りが滲んでいた。

「なっ――!?」

 阿修羅が心の声を漏らす間もなく、阿部は声を上げた。

「ばんっ!」

 笏が閃光のように伸び、その鋭い先端が阿修羅に容赦なく迫った。

 阿修羅は咄嗟に腕を引いて鬼丸を構え直し、ギリギリでその一撃を受け止めた。しかし、猛烈な勢いに押され、その場に踏みとどまれず、後方へ吹き飛ばされる。金属がぶつかる音を立てながら火花を散らし、そのまま壁に激突すると、阿修羅の身体は瓦礫の下へと叩き落とされた。

 笏があっという間に縮み、阿部の手に収まる。手のひらで笏を回転させながら、阿部は呟いた。

「今の一撃が防がれるとは思わなかった。なかなか鋭い反射神経だ」

 その声には、感心と侮辱が入り混じっていた。

阿部の笏は自由自在に形を変え、ほんの一瞬で攻撃や防御に形態を変化させる。切れ味の鋭い武器になれば、鋼鉄のような盾にもなる。それを巧みに使いこなす阿部に、阿修羅は苦戦した。

 一瞬の静寂が訪れたあと、阿修羅は瓦礫の中からゆっくりと立ち上がった。多少傷を負っていたが、彼の目には依然として怒りと闘志が満ち溢れていた。

 阿部は冷ややかな笑みを浮かべながら呟いた。

「体も頑丈のようだな。さすが鬼の末裔……痛めつけ甲斐がありそうだ」

阿修羅は首の骨を鳴らし、肩を回して軽く筋肉をほぐすと、深い息をついた。鬼丸を再度力強く握りしめ、前方の阿部を見据える。その眼光は鋭く、相手の心臓を突き刺すような迫力があった。

「これ以上、お前の悪趣味に付き合うつもりはねぇ。次で、確実に仕留める!」

 そう告げると、阿修羅は地面を蹴って突撃を開始した。疾風のごとく駆け抜け、正面から阿部のもとへ迫っていく。だが、それは阿部にとって格好の的だった。

「おほほ! バカなのか!? 真正面から突っ込んで来るとは!」

 阿部は素早く笏を構え、狙いを定めた。阿修羅を正確に捉えると、冷酷に言い放った。

「これで終わりだ……死ね!」

 笏が勢いよく伸び、矛のように尖った先端が阿修羅に襲いかかる。

 阿修羅は笏の軌道を冷静に見極め、低く呟いた。

「地獄の王・陸の裁き・変成の幻影へんじょうのげんえい

 直後、笏が阿修羅の胸を貫いた。

 その光景を見た瞬間、阿部は冷ややかな笑みを浮かべて「ふん」と鼻で笑った。しかし、すぐに目を大きく見開き、その表情は驚愕へと変わった。

 胸を貫いたはずの阿修羅は、まるで煙のように空気に溶け込んで消え失せた。

「なに!?」

 阿部は思わず声を上げ、慌てて周囲に視線を走らせた。すぐ横を走り抜ける阿修羅を捉えると、即座に笏を構え直し、瞬時に次の一撃を放った。笏が一瞬で阿修羅の体を切り裂く。しかし、またしても阿修羅の姿は幻だった。

「ちっ、小賢しい真似を――!」

 阿修羅の姿を捉える度に、笏で突き刺し続けた。だが、そのすべてが残像で、笏は虚しく空を突くだけだった。次第に阿部の表情に焦燥感が募っていった。

 そして、ついに阿修羅は距離を詰め、阿部の目の前に迫った。腰を低くし、鬼丸を構え、小さく呟く。

「地獄の王・伍の裁き――」

 その瞬間、阿部はニヤリと笑みを浮かべて言った。

「ふ……かかったな!」

 阿部は咄嗟に後ろに跳んで退き、素早く笏を突き出した。まるで射殺すような勢いで、笏の先端が阿修羅の顔面に迫り、一瞬で貫いた。しかし、それも阿修羅の幻影だった。阿部は目を見開き、息をのんだ。

 次の瞬間、阿部の背後に、激しく燃え上がる鬼丸を振り上げた阿修羅の姿が現れた。

阿部が振り向く間もなく、阿修羅は低く呟いた。

閻魔業焔えんまごうえん!」

 強烈な一撃が、阿部の体を貫くように叩き込まれた。

 阿部は地面に激突し、その身体が瞬時に炎に包まれると、もがき苦しみ始めた。

阿修羅は軽やかに着地すると、無言で阿部を見据えた。地獄の業火が阿部を完全に焼き尽くすまで見届けるつもりだったが、急に胸がざわつき、背筋を凍らせるような不気味な気配を感じた。その瞬間、倒れた阿部の体から突如として凄まじい炎が噴き出し、炎の柱となって天を突き上げた。

「なんだ!?」阿修羅は熱風に耐えながら言った。

 しばらくすると、天に昇る炎が徐々に阿部の元へ収束し、彼の不気味な笑い声が響き渡った。

「ほーほっほっほっほ……!」

 ゆっくりと立ち上がる阿部の身体は、まるで炎の鎧のように燃え盛る炎に包まれていた。さらに、頭上に浮かぶ天使の輪と、背中に広がる四つの翼も激しく燃え上がっていた。

阿部は自信満々に言い放った。

「残念だったな! 貴様の炎など、麻呂には効かぬ!」

 その眼差しには確信が満ちていた。

 阿修羅は大きくため息をつき、顔をしかめながら呟いた。

「ちっ、炎に耐性があんのか。面倒くせぇな」

 そう言いつつも、鬼丸を担いで戦闘に備えた。

 阿部は少し不快そうに顔を歪めながら言った。

「鬼の小僧ごときにこの姿を見せるのは不本意だが、まぁいい。かぐや様から授かったこの力を試すには、ちょうどいい相手やもしれぬ」

 空気が張り詰め、肌を焼くような熱気が阿部を中心に広がる。赤々と燃え上がる阿部の足元は黒く焼け焦げ、空気が焼けるような熱さを帯びていた。

 突如、静寂を破るように阿部が突進を開始する。彼の体からはさらに強烈な炎が弾け飛び、周囲の空気が歪む。その力強い一歩で地面が抉れ、阿部の足元から炎が燃え上がる。一瞬で阿修羅に迫り、炎をまとった拳が突き出される。

阿修羅はその拳を鬼丸で受け止め、凄まじい衝撃とともに火花が散り、周囲に火の粉が舞い散る。すぐさま、阿部は次の連撃を繰り出すが、阿修羅は冷静にすべてを鬼丸で受け流す。

 その隙に、阿部は疾風のように背後に回り込み、炎をまとった蹴りを放つ。蹴りが炎に包まれて、まるで焰の刃が切り裂くように阿修羅の顔面を狙う。

阿修羅は素早く身を屈め、蹴りを躱しながら振り返り、反撃の一閃を繰り出す。阿部はその一撃を避けることができたはずだが、あえて胸の前で腕を交差して受け止める。その衝撃に押され、後方へ吹き飛ばされるが、表情一つ変えず、平然としていた。

阿修羅は雷のごとくほんの一瞬で阿部に追いつき、鬼丸を振り下ろす。

「参の裁き・宋帝迅雷!」

 稲光をまとった鬼丸が、阿部を地面に叩き落とした。砂塵が舞い上がり、地面が大きく沈み込む。阿修羅は軽やかに着地し、黙って穴を見つめた。

 やがて、阿部が穴からゆっくりと姿を現し、悠然とした表情で手ごたえを確認し始めた。衝撃を受け止めた腕にそっと触れ、少しの間、無言で力を込める。さらに、拳を何度も握りしめ、満足げに微笑んだ。

一連の攻防で、阿修羅は気づいていた。阿部の攻撃、防御、速さが以前よりも格段に増していることを。鋭く見据えながら警戒し、手に力を込めて鬼丸を握り直した。

わずかな静寂のあと、阿部は手を大きく広げながら、自信満々に豪語した。

「おほほ、どうだ? これが真の麻呂の姿だ! 貴様の攻撃など、もはや無に等しい。どんな力を振るおうと、麻呂には一切通用せぬ!」

 阿修羅が黙って睨みつけていると、阿部はさらに挑発的に言った。

「ほほほ……どうした? 怖気づいて声も出せぬか?」

 阿修羅は一拍置いてから、毅然と答えた。

「そんなわけねぇだろ! てめぇをどうやってぶちのめすか、考えてんだよ!」

 阿部は一瞬目を細め、すぐに冷笑を浮かべた。

「まだ、そんな減らず口を叩けるとは。……いいだろう。麻呂の力、少しだけ見せてやる」

 そう言うと、阿部は地面に手を突き刺した。周囲の地面が震え、激しい振動とともに八つの炎柱が突如として噴き出した。炎は生き物のように天に向かって跳ね上がり、さらに広がっていく。阿修羅は警戒して身構えるが、次第にその炎は上空で集まり、巨大な半球形の炎を作り上げ、瞬く間に二人を包み込んだ。

「火鼠の焔衣ひねずみのほむらい!」

 阿部の冷徹な声が響く。

 炎の壁が二人を囲み、周囲はまるで灼熱地獄のような熱気に包まれた。火の粉が舞い、立っているだけで肌がひりひりと焼けるような感覚に襲われる。

阿部は炎の壁を背に、得意げに言った。

「この炎の壁は、触れる者すべてを焼き尽くす。どんなに足掻こうとも、破壊することも逃げることも決してできぬ壁だ。この中に閉じ込められた瞬間、貴様の命運は尽きた。ここが、貴様の処刑場だ」

阿修羅は周囲を見渡したあと、まったく動じずに答えた。

「最初から逃げる気なんかねぇよ!」

鬼丸を突き出し、さらに強気に言い放つ。

「てめぇをぶっ飛ばせば、炎は消えるんだろ?」

 阿部は不敵に笑い、声を上げて言った。

「おほほ……貴様には無理だ」

 そう言うと、懐に手を入れ、鞠を取り出した。それは、普通の鞠とは異なり、炎そのものを凝縮したかのように赤く燃え上がっていた。

「貴公子の中でも、麻呂の蹴鞠は随一。見ろ! この鞠捌きを! バロンドールだって楽勝だ!」

 阿部はその場で華麗にリフティングし、鞠を軽やかに蹴り上げ、空中で軽快に数回跳ね返した。しばらく見せつけたあと、最後に、炎をまとったその鞠を阿修羅に向かって力強く蹴り飛ばす。驚異的な速度で迫る鞠に、阿修羅は一切動かず、冷徹にその軌道を見定めた。鞠は阿修羅の顔の横をかすめ、まるで流星のように空を切り裂く。それは阿部がわざと外した一撃だった。

 阿部は少し感心したように言った。

「ほう……避けなかったか。たいした度胸だ」

 静かに次の鞠を手に取ると、阿修羅に向かって迷わず蹴り上げる。その一撃は、確実に阿修羅の顔面を捉えていた。阿修羅は軽く首を曲げて躱す。

阿部は不敵な笑みを浮かべ、炎をまとった鞠を次々と手に取ると、連続で蹴り飛ばした。鞠は炎をまとい、まるで火の玉のように宙を舞い、目にも留まらぬ速さで阿修羅に迫っていく。

阿修羅は鬼丸を握りしめ、鋭い眼差しでその鞠の軌道を見切った。軽やかに身をよじり、最初の鞠を難なく避ける。続けて飛んできた二発目、三発目、四発目も軽く避け、五発目を鬼丸で弾き返した。

「おほほほ、まだまだぁ!」

 阿部は阿修羅の周りを縦横無尽に走り回りながら、さらに鞠を取り出し、次々に蹴り飛ばす。合計十個の鞠は、阿修羅の動きを封じるかのように、周囲を高速で飛び交う。さらに、壁や天井、地面で跳ね返り、鞠はますます速くなっていく。

 阿部は十個すべての軌道を正確に把握して動き回り、鞠を蹴り続ける。それに加え、阿修羅が鞠を避けた一瞬の隙を見つけると、瞬時に接近し、拳や蹴りを叩き込んだ。

阿修羅は素早く反応し、鬼丸で弾き返しながら身をよじって躱す。阿部の攻撃もギリギリで受け止め続けた。しかし、次第に対応が遅れ、避けきれない瞬間が増えていく。

「くっ……!」

一発が阿修羅の肩をかすめ、次の鞠が胴をかすめた。

阿修羅は反撃を試みるが、阿部の俊敏な動きをなかなか捉えられない。さらに、十個の鞠が周囲を囲み、次第に動きが取れなくなっていった。四方八方から絶え間なく迫る鞠と、阿部の強力な拳や蹴りに、阿修羅はますます追い詰められていく。

「うおおおお!」

鬼丸を振りかぶり、迫る鞠を叩き落とすが、すぐに新たな鞠が飛んでくる。もう避けきれない。左腕に一発、背部に一発、さらに右脚に鞠が直撃し、阿修羅は一瞬ひるんだ。

「ぐっ……!」

その隙を逃さず、阿部はさらに鞠を蹴り続ける。弾丸のように飛び交う鞠が、阿修羅の身体に容赦なく叩き込まれていった。

「おほほほほ……! まさに袋の鼠だな!」

阿部の笑い声が、炎の壁の中で響き渡る。

鞠の攻撃が降り注ぐように続き、阿修羅の動きが鈍った隙を突いて阿部は一瞬で接近し、力強く右足を放った。強烈な一撃が阿修羅を吹き飛ばし、炎の壁に激突させる。

阿修羅はついに膝から崩れ落ちた。肩が上下するほど大きく呼吸し、身体中に傷が刻まれる。しかし、阿修羅は苦しみながらも、まだ鬼丸を握りしめて、決して諦めようとはしなかった。その瞳には、今なお燃え盛る闘志が宿っていた。

阿部はその様子を見て、勝利を確信し、さらに笑みを深めていった。

「……そろそろ、とどめを刺すとしよう」

 阿部は十個の鞠を手に取り、空中にばら撒くと、右足で一閃し、見事に蹴り上げた。その鞠は花火のように爆発的な勢いで飛び散り、壁や天井に跳ね返りながら、再び阿修羅を狙った。

 阿部が冷徹に呟く。

炎雨ほむらあめ

 続けて、自信満々に言い放った。

「逃げ場はない。これで終いだ!」

 鞠はそれぞれ異なる角度から迫り、阿修羅の身体を突き刺すように、閃光のような速度で一気に押し寄せた。

 しかし――。

阿修羅の瞳は揺るがない。膝をつき、深く息を吸い込み、静かに呼吸を整えた。鬼丸を握りしめ、鋭く目を光らせた――次の瞬間、目にも留まらぬ一閃が煌めき、鬼丸の金属音が鳴り響く。鞠はすべて弾き飛ばされ、炎が空中で大きく弾ける。その一発が阿部の顔をかすめた。

「は……?」

 阿部は状況を理解できず、目を見開き、しばし呆然と立ちすくんだ。信じられない表情を浮かべ、背後の炎の壁を一瞥し、再び阿修羅へと視線を戻す。彼の視界に映ったのは、鬼のように圧倒的な迫力を放つ阿修羅の姿だった。

 阿修羅から溢れる鬼力は、熱を持たないのに、触れたものすべてを焼き尽くすような強大な“力”の奔流となり、身体にまとう小さな稲妻がバチバチと音を立てる。額には二本の角が鋭く、禍々しく伸び、瞳は深紅に染まりながらも、底知れぬ鬼迫を宿していた。

あまりの威圧感に、阿部の額に冷や汗が滲み、思わず後ずさりする。

「な、なんだ……その姿は……!?」

 やっと口から出た阿部の声は、震えていた。

 阿修羅は、怒りと悔しさが混じった表情で言った。

「ちっ……! 七代天使と戦うために取っておいた『鬼神化』を、まさかこんな奴に使うなんて。情けねぇ……おれもまだまだ力不足ってことか」

 一瞬がっかりしたあと、すぐに気を取り直し、言葉を続ける。

「まあいい……。さっさとこいつをぶっ倒して、桜たちの元に向かうか」

 あっさり頷くと、鬼丸を軽々と担ぎ、鋭い眼光で阿部を見据える。

「てめぇ、さっきから調子にのりやがって……! 覚悟しろよ!」

 阿修羅が一歩歩むたび、空気が軋み、壁の炎が激しく揺らめいた。

 阿部は怖気づき、その場に立ち尽くしていたが、はっと我に返り、いつもの調子で言い返した。

「ほほっ! まだそんな力を隠していたとは……! だが、貴様は所詮、劣等種族。麻呂に勝てるはずがない!」

 阿部は再び炎の鞠を手に取り、阿修羅に向けて蹴り飛ばす。阿修羅はそれを軽く素手で受け止め、そのまま一瞬で握りつぶした。

「なにっ!?」

 阿部は思わず目を見開いたが、すぐに次の鞠を取り出し、立て続けに蹴散らした。阿修羅は歩を進めながら最小限の動きで躱しつつ、鬼丸で一発ずつ叩き落とす。弾くたび、足元で鞠が爆発した。

「くっ……これなら、どうだ!」

 阿部は炎の壁の中を凄まじい速さで疾走し、阿修羅の死角から一撃で仕留めようと試みた。壁や天井でバネのように跳ね返り、その速度はさらに増していく。

 阿修羅は足を止め、その場に佇んだ。静かに鬼丸を構え、低く呟く。

「地獄の王・伍の裁き――」

 鬼丸が炎をまとい、激しく燃え上がった。

 その様子を見て、阿部は高笑った。

「おほほほほ……! バカめ! その技は麻呂には効かぬ!」

 そう言い放ち、阿修羅の背後から疾風のごとく迫った。

「火不尽蹴り(ひふじんげり)!」

 炎をまとった右足を鋭く放つ。

「閻魔業焔!」

 阿修羅は素早く振り返り、鬼丸を一閃した。

 鬼丸と阿部の右足が衝突した瞬間、猛烈な衝撃とともに火花が散った。阿修羅は真剣な表情、阿部は冷笑を浮かべたまま、しばらく膠着した。まるで時間が止まったかのような静寂が訪れたあと、炎をまとう阿部の右足がひび割れ、徐々に全身に広がっていった。

「なっ、なにぃぃぃぃぃ!?」

亀裂からさらに強い炎が燃え上がり、瞬く間に阿部の全身を包み込んだ。

「ぐ……っ、くそ……! こんな……こんなはずじゃ――!」

阿部は目を見開き、必死に炎を払おうともがくが、燃え盛る炎は容赦なく彼の体に絡みつき、さらにその強さを増していった。皮膚が焼け、骨が溶けるような激痛が全身を貫く。火に耐性を持つ阿部であっても、これほどの炎には対抗できない。彼の悲鳴が、炎の中でかき消されることなく響き渡った。

 その様子を冷徹に見つめながら、阿修羅は低く言った。

「どう足掻いても無駄だ。その焔は、てめぇを完全に焼き尽くすまで、決して消えることはない」

 一拍置き、阿修羅はさらに言い放った。

「地獄の業火に呑まれ、跡形もなく燃え尽きろ!」

 阿部は絶望の表情を浮かべ、後悔を口にした。

「ま、まさか……こ、この麻呂が……こんな……劣等種族ごときに……! か、かぐや様ぁ……!」

阿部の声はやがてかすれ、火の中で消え入るように静寂に包まれる。炎の力が阿部を完全に焼き尽くし、残ったのはただの灰だけだった。そして、阿修羅の周囲を取り囲んでいた炎の壁が、まるで何かを解き放つかのように消え去った。急に静まり返り、冷たく清浄な空気が戻った。

阿修羅は深い息をつき、静かに鬼神化を解いた。張り詰めていた緊張が解け、ようやく表情が緩む。しかし、その瞳の奥には、まだ残る闘志と強さが宿っていた。夜空を見上げて呟く。

「よしっ! 急いで桜たちの元に――」

 そう言いかけた瞬間、阿修羅は突然、膝から崩れ落ちた。全身の筋肉が引き裂かれるような激痛に襲われ、その場から一歩も動けなくなる。肩で激しく息をつき、大量の汗が頬を伝う。その表情には疲労の色が浮かんでいた。

「くっ……あいつから受けたダメージが、予想以上に大きい……鬼神化の反動も、こんなに強いとは……全身が鉛のように重く、まったく動かねぇ!」

 やがて視界が歪み、暗闇に呑み込まれるように意識が沈んでいく。阿修羅はそっと呟いた。

「わりぃ、桜……すぐに、行けそうにない……」

 そのまま阿修羅は俯き、夜の静けさが広がった。



読んでいただき、ありがとうございました。

次回もお楽しみに。

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