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アルカナ・オースVS兎軍団③

 色神学園の広大な敷地の一隅には、使われなくなった古びた校舎がひっそりと残されている。そこは今や、朽ちた木材の破片や割れた窓ガラスが散乱し、埃に覆われた教室が広がる、まるで時間が止まったかのような場所だ。壁には青々としたツタが絡まり、薄暗い廊下には誰も踏み入れたことのない静寂が漂っている。その異様な雰囲気から、学園の生徒たちの間では、心霊スポットとして人気を博していた。

 廃校舎は、花子と貞子にとって、大切な隠れ家のような場所だった。

二人は時折、廃校舎に足を運び、まるで本物の幽霊のように、そこに踏み込んできた者たちを驚かせていた。あまりの衝撃に気を失う者、戸惑って腰を抜かす者、好奇心旺盛で追いかけてくる者など、生徒たちの様々な反応を楽しんで、それがいつしか二人の遊びとなっていた。

 そんな想い出のある廃校舎前の広場で、花子と貞子は兎天使たちと激しい戦いを繰り広げていた。

貞子は念力で兎たちの動きを封じ、軽々と持ち上げた巨石で容赦なく叩き潰した。

花子は得意げに笑いながら攻撃を仕掛けた。地面から生えた巨大な茎を自在に操り、その鞭のような一撃は、嵐のように兎たちを薙ぎ払った。さらに、地面を這う茎が、まるで蛇のように瞬時に兎たちに絡みつき、力強く締め上げた。

 二人は巧みな連携を図りつつ、圧倒的な力で次々と兎天使たちを粉砕し、やがてすべてを倒し終えると、深く息をつきながら、鋭い視線で月見を睨みつけた。

 月見はその光景を黙って見守り、表情ひとつ変えずに、冷徹な眼差しで二人を見据えていた。

「速くて重い植物攻撃に、不可視の念力、そして息の合った連携……お見事ですね。練度が低いとはいえ、満月によるパワーアップを果たした兎たちが、こうも容易く倒されるとは……少し驚きました」

 冷静に分析する月見の声には、どこか余裕が滲んでいた。

「次は、お前だ!」

花子は強気に言い放つと、手を突き出した。その瞬間、月見の足元がひび割れ、巨大な茎が地面を砕きながら、猛然と夜空へと伸びていった。

月見は軽く跳んで後退した。だが、すぐに背後からも巨大な茎が勢いよく伸び、退路を完全に塞いだ。

茎は波打つようにしなり、鋭い先端が空気を切り裂いて月見へと迫った。

 月見はその攻撃を正確に見切り、次々と降り注ぐ鋭い茎を、まるで雨を避けるように、軽やかな身のこなしで躱した。俊敏に飛び跳ねるその姿は、まさに兎のようだった。

月見が避けるたびに、茎が月見の足元を貫いて地面に綺麗な円形の穴を穿っていった。

 貞子は月見の敏捷な動きを鋭く追った。その姿をはっきり捉えると、勢いよく手を突き出して念力を放った。

 その瞬間、月見のウサ耳がわずかに揺れ、鋭敏に気配を感じ取った。即座に貞子に目を向けると、一瞥だけで素早く身を翻し、視認できない念力を華麗に躱した。

「なっ!?」貞子は思わず声を漏らし、目を見開いた。

「無駄です。たとえ目に見えなくても、あなたの視線さえ読めば――避けるのは容易です」月見は淡々と言い放った。

 月見の意識が貞子に向けられたその一瞬の隙に、花子は次の一手を打った。

気づけば、地面を突き破って伸びた無数の茎が月見を完全に包囲し、槍のように鋭利な先端が、獲物を狙うかのごとく突き立てられていた。

月見は周囲を見渡し、呟いた。

「あら、いつの間に……」

 花子は刺すような視線で、低く呟いた。

花茎刺突かけいしとつ!」

 花子の声とともに鋭い茎が一斉に月見に襲いかかり、全身を貫こうとした。しかし次の瞬間、目にも留まらぬ斬撃が茎を細かく切り刻んだ。

「なに!?」花子はその光景に目を見張った。

茎の破片が崩れ落ちる中、月見は悠然と立っていた。頭上の光輪が輝き、背中には四つの白い翼が広がり、その手には人参剣が握られていた。

「悪くない攻撃ですが、強度が全然足りませんね。まったく斬った気がしません」

 月見はまるで二人に見せつけるかのように、優雅に人参剣を一振りした。その風圧で、粉々に散った植物の破片が宙に舞い上がった。

「――それに、あなたたちの戦い方はすでに覚えました。わたしには、何一つとして通用しません」

 淡々と告げ、さらに挑発的に言い放った。

「次は、あなたたちを切り刻みます」

 花子は歯を食いしばり、怒りを露わにして言い返した。

「ふんっ! そんななまくら刀、花がへし折ってやる!」

「うささ……あなたには不可能です」

「なんだと……!?」

 花子は月見の嘲笑うような態度が気に障り、今にも突撃しそうだったが、貞子が冷静になだめた。

「花ちゃん……挑発に乗っちゃダメですよ」

「わかってる」と花子は答えたが、拳を無意識に握り締め、息が浅く乱れていた。

 月見は冷笑を浮かべ、嘲るように言った。

「でもまさか、同じ人間を二度も殺すことになるなんて……何百年も生きてきましたが、こんな経験は初めてです。まあ、正確にはもう“人間”ではなく、復讐に囚われた哀れな“亡霊”たちですが……」

 月見が冷酷に告げたその瞬間、花子はついに我慢の限界を超え、反射的に体が動いた。

それに気づいた貞子は、「花ちゃん! 待って!」と叫び、慌てて制止しようとしたが、ほんの一歩遅かった。

 花子は一瞬で距離を詰め、月見の顔面を狙い、霊力を纏った拳を繰り出した。

月見は容易くその拳を人参剣で受け止めた。衝突の瞬間、雷鳴のような轟音が響き渡り、空気がひび割れるかのように震えた。衝撃波が周囲に広がり、地面に大きな亀裂が走った。

「ほら、あなた程度の力では、無理だったでしょ?」

 月見の挑発に、花子は顔を歪め、目の奥に怒りの炎が燃え上がり、拳に込められた霊力をさらに強めた。防御の隙間を突くように、力を込めた連撃を休む間もなく叩き込む。

しかし月見は一歩も後退することなく、素早く人参剣を構え、泰然とその猛攻を受け止め続けた。その表情には余裕が感じられ、反撃の機会を静かにうかがっている不気味さが滲み出ていた。

 二人の激しい攻防を前に、貞子は見入ってしまい、加勢することをすっかり忘れていた。しばらく見守っていると、花子の怒涛の攻撃が徐々に威力と鋭さを増し、月見の表情から次第に余裕が消えていくのを、貞子ははっきりと感じ取った。

やがて、花子の激しい攻撃に押される形で、月見はわずかに後退し始めた。

その光景に、貞子は目を輝かせた。このまま力ずくで押し切れば、花子の拳が月見に届くかもしれない――そんな期待を胸に静観を続けた。

しかしその直後、貞子は強い違和感を覚えた。胸に不穏な重圧がのしかかり、何かが起こりそうな予感がしたが、それが何かはわからず、警戒しながら花子たちの動きを追った。

 花子は攻撃の手を緩めず、次々に拳を畳み掛けた。そして、ついに花子の強烈な一撃が人参剣に叩き込まれると、その衝撃が月見のバランスを崩し、足元がわずかにふらついた。月見の動きが一瞬鈍ったその隙を、花子はすかさず捉えた。

「花実突き(はなみづき)!」

 花子は低く呟き、月見の顔面を狙って全身の力を込めた強烈な一撃を放った。

拳が月見に直撃するかと思われた――その刹那、月見の口元が微かに歪み、冷ややかな笑みを浮かべた。次の瞬間、月見は反射的に体を捻り、紙一重でその拳を躱した。

「なっ!?」花子は目を見開き、拳が空を突いた。

 貞子はそのとき、心に引っかかっていた違和感の正体――花子がすでに月見の術中にはまっていることに気づき、慌てて叫んだ。

「花ちゃん! 避けて!」

貞子の叫び声が響く中、月見は流れるように身を翻し、瞬時に体勢を整えると、素早く人参剣を振り上げた。鋭い眼差しで花子を見据えながら、冷徹に呟く。

「まずは一匹」

 人参剣の鋭利な一閃が、風を切り裂きながら花子へと迫った。

 花子は自分の身に迫る危険を直感し、咄嗟に腕を交差して胸の前で防御態勢を取った。その瞬間、花子の脳裏に浮かんだのは、一刀両断にされる自分の姿だった。しかし、すでに回避する時間がなく、腕にありったけの霊力を込めることしかできなかった。

 月見の鋭い斬撃が花子に迫ったその瞬間――突然、花子の身体が猛烈な勢いで後方に引き寄せられた。さらに、月見の動きが一瞬鈍り、花子は間一髪で人参剣の一撃を回避した。貞子の念力が、ギリギリで花子を救い出したのだ。

「あら、避けられましたか」

月見はあっさりと呟き、そのまま人参剣を振り下ろした。月見の放った斬撃が空を切り裂き、強烈な風圧が周囲の砂や土を舞い上げ、地面に深い亀裂を刻んだ。

 貞子は息を切らし、肩で息をしながら呟いた。

「ギリギリ……間に合った……」

貞子の咄嗟の機転で、花子は危機一髪で助かった。しかし、慌てて発動した念力は制御が効かず、花子は勢いよく地面を転がった。貞子のそばで急停止したあと、その場にぐったりと崩れ落ちた。

「あっ……!」

貞子は気まずい声を上げ、心配そうに尋ねた。

「は、花ちゃん、大丈夫……?」

 花子はゆっくりと起き上がり、服の汚れを払うと、まるで何事もなかったかのように強がりながら答えた。

「全然平気だよ! 助けてくれてありがと、さーちゃん!」

 貞子は一瞬言葉に詰まったが、柔らかな口調で言った。

「花ちゃんが無事でよかった」

一瞬の静寂のあと、花子は少し目を伏せ、心苦しそうに言った。

「……ごめん、勝手に突っ走っちゃって……。あの一撃、もし避けられなかったら、花は今頃……」

 貞子は少し間を置き、花子の想いを汲み取ってから答えた。

「……謝ることなんてありません。わたしもあの発言には怒りが込み上げてきましたから……気持ちは同じです」

「さーちゃん……」

「だから――わたしたち二人で、あの変態兎をぶっ倒しましょう!」

「……うん!」

 花子と貞子は再び闘志を燃やし、月見に目を向けて戦闘態勢を取った。

 月見はその場に佇んだまま人参剣を軽快に振り、動きの確認を入念に行ったあと、満足げに頷いた。花子と貞子に視線を移し、静かに口を開いた。

「うささ……つい油断してしまいました。あなたの念力を失念したせいで、会心の一撃を外すなんて。苦しまぬよう、一瞬で屠るつもりだったのに」

「ふふ……花たちの攻撃、通じないんじゃなかったの? さっきまで得意げだったのが、恥ずかしいくらい無様だね!」花子はここぞとばかりに言い返した。

「……仲間のおかげで命拾いしたのに、よくそんなにイキがれますね。あなたの方がよっぽど恥ずかしいと思いますが」

「なっ!?」

「それに、厄介なのは念力であって、あなたのへなちょこパンチではありません。何ですか、あれは? あまりにも退屈で、途中で眠ってしまいそうでした」

「なんだとぉ!?」

 花子は眉をひそめ、思わず拳を握りしめたが、すぐに我に返り、その場に踏みとどまった。ゆっくりと深呼吸し、冷静さを取り戻したあと、引き締まった表情で月見を見据えた。

「もう、お前の安い挑発には乗らない!」

 花子のたくましい決意を聞き、貞子は静かに微笑んだ。

 月見は目を細め、冷徹に言った。

「そうですか……まぁ、どうでもいいことです」

 人参剣を構え直し、その鋭い眼差しで威圧的に言い放った。

「わずかに寿命が延びたところで、何の意味もありません。あなたたちが死ぬ運命に、変わりはないのだから……さあ、続きを始めましょう!」

 周囲の緊張感が一気に高まり、三人の表情が一斉に引き締まった。

これからさらに激しい戦いの火蓋が切られようとしていた。


 その頃、色神学園の一画を陣取った『月姫竹取神社』付近では、爆音とともに空気が震え、地鳴りが響き渡った。その衝撃は、少し離れた校舎の屋上で見守るまくろんとこがねの元にも届いた。猛烈な風圧により、こがねの輝く金髪が風に揺れ、まるで吹き流しのように尾を引いた。しかし、こがねは衝撃をものともせず、目を輝かせ、静かに桜たちの戦闘に見入っていた。

 まくろんはその場に踏ん張り、風圧に必死に耐えながら言った。

「ニャ、ニャンて激しい戦いニャ! こんニャの、見たことニャい!」

 その声には興奮と驚きが入り混じり、戦場の緊張感が伝わっていた。

 まくろんたちが見守る先で、桜と神楽は、七代天使『かぐや』と熾烈な戦いを繰り広げていた。

桜と神楽は、かぐやと一定の距離を保ちながら左右から挟撃し、絶え間なく攻撃を放ち続けた。

桜は杖を掲げ、空中に無数の炎の弾を生み出し、かぐやに向けて一斉に放った。同時に神楽も札型の光弾を無数に放った。猛然と燃え上がる炎の塊と、鮮やかに輝く光弾が、かぐやに向かって真っすぐに飛んでいった。しかし、それらすべての攻撃は、かぐやに届く寸前で弾け飛び、空中で砕け散った。

「やっぱり、ダメか……」

桜は小さく呟き、神楽に視線を送った。目が合うと、神楽は無言で頷き、二人は視線だけで意思を伝え合った。これまで、火球、氷の矢、風の刃、雷の一撃、そして光線など、桜はさまざまな属性の攻撃を繰り出してきたが、それらはすべてかぐやの前で弾け飛び、いずれも彼女には届かなかった。神楽の攻撃もまた、桜の攻撃魔法と同じように、空中で砕け散るばかりだった。

しかし、二人はこれまでの戦いを振り返り、かぐやの能力についておおよその見当をつけていた。

どんな攻撃も打ち消す力……奴の能力は、おそらく――。

 桜と神楽は、頭の中に同じ考えを思い浮かべていた。だが、それを突破する方法がなかなか思いつかず、苦戦していた。

二人はかぐやに視線を戻し、桜はすぐに次の手を打った。杖を突き出し、かぐやの足元に魔法陣を展開する。そこから巨大な竈が現れ、瞬く間にかぐやを包み込んだ。

桜は冷徹に呟く。

「焼き尽くせ、ヘスティア」

 直後、竈の中で紅蓮の炎が燃え上がり、その業火がかぐやを焼き尽くすかのように見えた。しかし次の瞬間、竈が爆発的に炸裂し、火花とともに粉々に砕け散る。煙が瞬時に周囲を覆い、視界を完全に遮った。

「これでもダメか……」

 桜は淡々と呟き、冷静に次の手を考えた。

やがて煙が薄まり、見通し良くなると、悠然と立つかぐやの姿が露わになった。

「ふふふ……何をしても無駄じゃ」

かぐやは得意げに笑った。戦闘が始まってから、未だにその場から一歩も動いておらず、桜と神楽がどれほど強力な攻撃を繰り出しても、かぐやは平然とした態度を崩さなかった。まるで彼女にとってこの戦いが遊びであるかのように。

 二人の攻撃がしばらく止むと、かぐやは嘲笑いながら口を開いた。

「なんじゃ? もう終わりか? なら、そろそろわらわも反撃しようかの」

 かぐやが不気味に呟くと、その場の空気が一瞬で張り詰めた。

桜と神楽は反射的に身構え、神経をとがらせながらかぐやをじっと見据えた。

緊張感が支配する中、かぐやは優雅に微笑み、視線を巡らせた。桜と神楽の位置を正確に捉えると、手に握りしめる扇子を軽く振り下ろした。

その瞬間、とてつもない重みが桜と神楽に降りかかり、二人は地面に叩きつけられた。衝撃とともに、桜の杖は手元から滑り落ち、神楽の陰陽玉は地面に深くめり込んだ。

 かぐやは不敵な笑みを浮かべ、冷ややかな声で言った。

「ふふふ……捕らえたのじゃ」

 桜と神楽は必死に体を起こそうと試みるが、かぐやの圧倒的な力に完全に圧し潰され、まったく動けなくなる。地面がひび割れ、二人の身体は徐々に沈み込んでいく。まるでこの場だけ重力が何十倍にも膨れ上がったかのように、周囲の空気までもが重く震えていた。

神楽は地面に圧し潰されながら、なんとか絞り出すように言った。

「この力、やっぱり――!」

「……重力だね」と桜は冷静に呟いた。

「今さら気づいたところで、もう遅い」

かぐやは冷徹に答え、地面に這いつくばる二人をじっと見下ろしたあと、神楽の方に向き直った。

「まずは、そなたからじゃ」

 そう告げると、かぐやは神楽に向かって歩みを進めた。

 桜はなんとか力を振り絞り、杖に手を伸ばすが、指一本すら動かせず、手のひらがじわじわと地面に食い込んでいった。

神楽は目を見開き、全力で起き上がろうとするも、その力は無駄に終わり、微動だにしなかった。

二人の全身には何十倍もの重力がかかり、手足を動かすことさえままならない。重力が二人を容赦なく押さえつけ、身体の自由を完全に奪っていった。

かぐやは粘り強く抵抗する二人を嘲笑った。

「無駄じゃ……そなたらの命運は、すでにわらわが握っておる」

神楽の目の前で足を止め、かぐやは不遜な笑みで見下ろしながら扇子を振り上げた。

「わらわの裁き、直接受けられるのを光栄に思いながら……逝くがよい」

 無慈悲に告げ、容赦なく扇子を振り下ろそうとしたその瞬間――かぐやは突然、何かの気配を感じ取り、表情を引き締めた。

 かぐやの立つ場所から遠く離れた暗い夜空に、白い光が煌めいた。その正体は、神楽の式神――白鳩の『ひみこ』だった。

 ひみこは疾風のごとく夜空を駆け抜け、かぐやに向かって凄まじい勢いで突進した。その動きは、猛禽類のような鋭い殺気を漂わせていた。ひみこは瞬く間に距離を詰め、かぐやの頭を狙って鋭い鉤爪で切り裂いた。

 剃刀のような一撃が迫った瞬間、かぐやは素早く身を翻し、紙一重でそれを躱した。爪先がかぐやの髪をかすめ、空を切り裂く。

 かぐやがひみこの急襲に意識を割いた瞬間、桜と神楽を押さえつけていた重力が一気に解けた。二人は即座に起き上がり、一斉に攻撃を仕掛ける。

「剣の舞・祓禳の閃き(ふつじょうのひらめき)」

 神楽は地面を蹴り、一気に間合いを詰めると、体勢を立て直す暇も与えず、霊力を込めたお祓い棒を横一閃に薙ぎ払った。渾身の一撃がかぐやに届きかけた。

しかし、かぐやは冷静にその一振りを見切り、扇子で受け止める。衝突した瞬間、火花が散り、周囲に衝撃波が広がった。神楽が間髪入れずに斬撃を重ねるが、かぐやは涼しい顔のまま、すべてを受け流してみせた。

桜は隙を見て背後から攻撃魔法を放つが、かぐやは無駄のない動きでそれらをすべて扇子で弾き飛ばす。そして、得意げに笑いながら言い放った。

「この程度の攻撃……受けきれぬはずがなかろう」

 そのとき、上空で旋回していたひみこが、かぐやの死角を狙い、急降下で突撃し始めた。その動きに合わせ、神楽はお祓い棒を振るい、桜も光弾を放った。

 三方向から同時攻撃が迫る中、かぐやはニヤリと笑みを浮かべ、優雅に回転しながら扇子を一振り。彼女を中心に、見えない衝撃の壁――歪められた重力の反発が一気に広がり、迫っていたすべてを吹き飛ばした。

 ひみこは途中で完全に勢いを失って急停止、桜の光弾も空中で弾けた。距離を詰めていた神楽はその衝撃で吹き飛ばされたが、空中で一回転し、桜の隣に軽やかに着地した。

衝撃が収まると、周囲の空気が再び静まり返った。

ひみこは神楽の肩に留まり、翼をすぼめてしょんぼりと落ち込んだ。神楽の期待に応えられなかったことがとても悔しく、そんな自分を不甲斐なく思ったようだ。

神楽は柔らかな表情を浮かべ、そっとひみこの頭を撫でながら励ました。

「落ち込む必要なんてないわ。あなたのおかげで、やっと突破口を見つけたんだから。お手柄よ」

 その言葉に、ひみこは目を丸くして固まり、かぐやは眉をひそめ、「なんじゃと?」と呟いた。

「ありがとう、ひみこ」

神楽が思いを込めて言うと、ひみこは我に返り、嬉しそうに体をすり寄せた。

二人がしばらくじゃれ合っていると、桜は静かに尋ねた。

「ひみこって、そんなにわかりやすい性格だったっけ?」

「前からこんな感じよ。かわいいでしょ?」

「……そうだね」

 ほんのひととき、戦場とは思えないほど、桜たちの周囲だけが和やかな空気に包まれた。

しかし――。

「ふふふ……」

 かぐやの不気味な笑い声が響くと、その場の空気が一変した。

桜たちは一斉に表情を引き締め、視線をかぐやへと向けた。

「随分と落ち着いているようじゃが、死ぬ覚悟でも決まったのか?」かぐやは冷たく言った。 

「そんなわけないでしょ。やっと、お前の倒し方がわかったのに」神楽は冷静に、しかしはっきりと言い放った。

 かぐやは一瞬、突き刺すような視線を向けたが、すぐに表情を緩めた。

「ふふ……まさか、まだそんな戯言を抜かすとは。滑稽じゃのう」

かぐやの声には、隠しきれない怒りと不快感が滲んでいた。

神楽は少し間を置き、ゆっくりと口を開いた。

「……さっき、お前はひみこの攻撃を避けた。今まで、わたしたちの攻撃はすべて弾き飛ばしていたのに……なぜかしら?」

 神楽の鋭い問いかけに、かぐやは険しい表情を浮かべ、口ごもった。

神楽はさらに言葉を続けた。

「答えは簡単よ。お前の重力操作は、攻撃と防御を同時にできない。防御に集中すれば攻撃が疎かになり、その逆も然り……そうでしょ?」

かぐやの眉が、わずかに動いた。

その小さな変化を、神楽は見逃さなかった。

「やっぱり……図星のようね」

 次に、桜は補足するように言葉を畳みかけた。

「わたしたちの攻撃が全部弾かれていたのは、お前が自分の周りだけ重力を歪めていたから。その状態のお前には、どんな攻撃も届かない。まさに、最強と言っていい防御だね。でも、わたしたちを地面に押さえつけたとき、お前はそれを解いていた。そうしなければ、わたしたちに攻撃できないから。だから、ひみこに急襲されたとき、お前は避けるしかなかった。あの瞬間、無敵じゃなかったから……」

桜はそこで一拍置き、淡々と言い放った。

「つまり――攻撃と防御を切り替える、その一瞬。それが、お前の弱点だ」

 続けて、神楽は強気に言った。

「次は、その隙を討つ!」

沈黙が落ちた。風が止み、夜空に浮かぶ月明かりが『月姫竹取神社』を照らす。

かぐやは俯いたまま、しばし動かなかった。やがて低い笑い声が沈黙を破り、かぐやの体が小刻みに震えた。

「ふふふ……よもやそこまで見抜かれるとは。小娘にしては、なかなかやりおる。もう少し、楽しめそうじゃな」

どこか感心したような声だったが、その瞳に宿るのは、余裕と嘲りだった。

桜は静かに杖を握り直し、神楽は気を引き締めて身構える。ひみこも強い視線で睨みつけ、その場の空気が一層張り詰めた。

 重苦しい空気の中、桜たちは神経を極限まで研ぎ澄まし、次の一手を巡って互いを探り合いながら対峙していた。

桜たちの意識は、目の前に立つ強大な敵――七代天使『かぐや』にだけ向けられていた。そのため、“別の何か”が近づいていることに、誰一人として気づかなかった。

かぐやだけが、ふと視線を逸らした。

次の瞬間――。

ドンッ!!

轟音とともに、かぐやのすぐ傍の地面が陥没した。衝撃波が境内を走り、砂埃が爆発的に舞い上がった。

「なに!?」

 神楽たちは一斉に目を見開き、衝撃に耐えた。少し遅れて異質な邪悪さを感じ取り、息をのむ。

砂埃の向こう、不気味な影が、かぐやのすぐそばで地に伏すように跪いていた。やがて視界が晴れると、現れたのは――兎の着ぐるみに身を包んだ男だった。あまりにも、この戦場には不釣り合いな姿だった。だが、その内部から滲み出る気配は、かぐやに劣らぬほど禍々しい。

着ぐるみの男は頭を垂れたまま、まるで主に仕えるかのように、丁寧に口を開いた。

「ただいま帰還致しました、かぐや様」

かぐやは一瞥だけをくれると、冷ややかに言い放つ。

「なんじゃ、生きておったのか……御門」

侮蔑を隠そうともしない言葉。しかし、御門は少しも動じなかった。

「はい! かぐや様のご命令を成し遂げるまで、死ぬわけにはいきませぬ」

「はて? 貴様に何か命じておったかのう?」

「はい。かぐや様は、麻呂にこう仰いました。“わらわの美しさに相応しいものを持って参れ”と」

「そうじゃったかの……」

「そのお言葉を胸に、この数か月、世界中を駆け巡り――ようやく、見つけることができました!」

そう言って、御門はゆっくりと懐に手を入れる。巾着袋を取り出し、その中から白い布に包まれた細長い物を、両手で捧げ持つように差し出した。

「――こちらを」

布をほどくと、月光を受けて淡く輝く一本の簪が姿を現す。繊細な細工。古風で、どこか神域の気配を纏った品だった。

「かぐや様の御髪に挿される姿を思い浮かべながら、選び抜いた逸品にございます」

一瞬の沈黙。次の刹那、かぐやは鼻で笑った。

「……くだらぬ」

 その一言に、容赦はなかった。

「そんなもの、わらわが欲しがるとでも思ったか?」

 冷たい視線が、御門を貫く。

だが、御門はなぜか、叱責を賜ったこと自体を喜ぶかのように、満足そうに身を震わせた。

「かぐや様のご期待に沿えず、誠に申し訳ございません」

御門は額が地面につきそうなほど深く頭を下げた。

「どうか、この身を――御心のままに、お使いくださいませ」

顔を上げぬまま、御門は恍惚とした声で言った。

 その光景を、桜たちは黙って見守っていた。気味が悪いと感じながらも、二人が醸し出す不気味で異様な雰囲気に圧倒され、迂闊に手を出せなかった。

 かぐやは軽蔑の眼差しで御門を見下ろしたあと、ふと視線を移した。桜たちを見据えたその瞬間、かぐやの瞳が細く鋭く光った。ニヤリと笑みを浮かべると、再び御門へと視線を戻し、静かに言った。

「……顔を上げよ、御門」

 御門はゆっくりと顔を上げた。

 かぐやは扇子でひみこを指し、淡々と言い放った。

「あの鳩の相手は、貴様がせよ」

 御門はひみこを一瞥して言った。

「……よろしいのですか?」

 かぐやは小馬鹿にしながら答えた。

「ふふ……ペットは同じペットと遊ぶ方がよかろう。余興の一環じゃ」

 その言葉に、桜と神楽は眉をひそめた。

「御意!」

御門は真剣な表情で頷き、ゆっくりと立ち上がった。数歩前に踏み出し、胸を張って言い放った。

「今度こそ、かぐや様のご期待に応えられるよう、この御門――全力で……」

 そう言いかけた瞬間――御門の顔面に、容赦のない拳が叩き込まれた。そのまま勢いよく吹き飛び、境内の社の壁を次々と破壊していった。やがて境内を突き抜け、校舎の壁へと激突する。壁は砕け散り、御門の身体は瓦礫の下敷きとなった。

 御門を殴り飛ばしたのは、まくろんだった。

 まくろんは険しい表情を浮かべ、大きな声で言った。

「さくら! あいつ、まくろんがぶちのめしてもいいニャ!?」

 桜は一瞬考えてから答えた。

「……うん、任せる」

 まくろんは頼もしく親指を立てたあと、地面を蹴り上げ、電光石火のごとく御門のもとへ向かった。

「ひみこ……あなたもまくろんと一緒に、あいつの相手を頼めるかしら?」

 神楽がお願いすると、ひみこは翼を広げて敬礼し、彼女の肩から飛び立った。暗闇の中を見渡し、まくろんたちを捉えると、風のように一瞬で飛び去った。

 すぐに追いついたまくろんは、瓦礫に埋もれる御門を鋭く見据えた。その後、ひみこも到着し、まくろんの隣に並んだ。

 一瞬の静寂のあと、御門が瓦礫を掻き分けながら起き上がった。汚れを払い、首の骨を鳴らしながら、まくろんたちを見据えて呟く。

「いきなりやってくれるのう……醜い猫風情が……!」

 その声には抑えきれない怒りが滲み出ていた。

 まくろんは冷静に言い放った。

「お前は――このまくろんが、直々にぶちのめすニャ!」

「ウーッサッサッサ! 戯言を……! 返り討ちにしてやる!」

 こうして、月明かりの下――まくろん・ひみこと御門の戦いが幕を開けた。


一方、まくろんたちを見送った桜たちの周囲は、束の間の静寂に包まれていた。その沈黙を、かぐやの不敵な笑い声が裂いた。

「ふふ……わらわのペットとそなたらのペット……どちらが優秀じゃろうかのう」

神楽は静かに、しかし迷いなく言い返した。

「ひみこたちはペットじゃない。大切な仲間よ!」

 かぐやは扇子で口元を隠し、嘲るように言った。

「ほう……“仲間”とな。ふふ、面白い戯言じゃ」

桜はかぐやを真っ直ぐに見据え、きっぱりと告げた。

「お前のような身勝手な支配者には、決して理解できないだろうね」

かぐやは一瞬だけ目を細め、すぐに愉快そうに肩を揺らした。

「理解する必要などあるまい。わらわは主じゃ。服従する駒は、使い潰すためにある……そこに情などいらぬ」

 桜は嫌悪を露わにして言った。

「……それ以上口を開くな。お前の理屈はもううんざりだ」

 杖を強く握り直し、鋭い視線でかぐやを見据える。

「次で――必ず、仕留める」

 桜は冷徹に言い放ち、神楽もすぐに戦闘態勢を取った。

 かぐやは不遜な笑みを浮かべながら、桜と神楽をじっと見据えて対峙した。

 再び、周囲の空気が重く張り詰める。

一触即発の雰囲気の中、桜が動き出すその瞬間――突如、三箇所から三本の光柱が天を突くように地上から伸び、輝き始めた。光柱の基部では、阿修羅、アリス、ヴラドが、それぞれ別の貴公子と対峙していた。

三箇所すべてで、異質で邪悪な力が急激に高まっていくのを、桜たちははっきりと感じ取った。

かぐやはその光柱を見つめ、小さく笑いながら呟いた。

「あやつら、ようやくやる気になったようじゃな」

 かぐやの言葉通り、阿修羅、アリス、ヴラドの目の前には、力を解放した貴公子たちが、圧倒的な気配を放ちながら立ちはだかっていた。

 その気配に触発され、かぐやは楽しそうに気分を高めた。桜と神楽に視線を戻し、気合を入れて言い放った。

「月に代わってお仕置きじゃ!」



読んでいただき、ありがとうございました。

次回もお楽しみに!

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