アルカナ・オースVS兎軍団②
天上には満月が凛と輝き、その光が周囲の風景を幻想的に照らしていた。色神学園はすっかり静まり返り、月光が冷徹にその薄暗い校舎の壁を照らし、長く影を落としていた。風もなく、ひたすら静かな空気が学園の広大な敷地を包み込み、どこか不安を呼び起こすようだった。その一画には、ひときわ異質な存在感を放つ神社が佇み、その場所では、人間と天使が命を賭けた戦いを繰り広げていた。
月明かりの下、神楽は静かに空から舞い降り、桜のそばに立つと、少し驚きながら言った。
「いきなりで、よく合わせたわね」
「まあね。これくらい、わけはないよ」桜は冷静に答えたが、その声にはわずかに誇らしさが滲んでいた。
「相変わらずの反射速度で、安心したわ」神楽は少し冗談っぽく言った。
こがねは目を見開きながらその光景を見つめ、「呉橋神楽……さん……!」と呟いた。
花子と貞子は互いにハイタッチを交わすと、急ぎ足で桜たちのもとへ駆け寄ってきた。
「お見事です、神楽様!」花子は頭を下げながら言い、貞子は満足げに「上手くいきましたね!」と微笑んだ。
「あなたたちのおかげよ。二人ともいい連携だったわ」神楽は素直に褒めた。
「いえ、花たちは神楽様の指示に従っただけ……お役に立てて何よりです」花子は謙虚に言いつつも、少し照れくさそうだった。
「桜ちゃん、咄嗟の判断ですぐに対応できるなんて、さすがですね!」貞子は感嘆した。
「ふふん」桜は誇らしげに胸を張った。
「みんなすごいニャ!」まくろんは嬉しそうにその場で飛び跳ね、こがねは心を打たれたように目を輝かせた。
神楽は静かに振り返り、こがねに視線を向け、少し申し訳なさそうに言った。
「こんなことに巻き込んじゃって、ごめんね」
こがねは一瞬、言葉を詰まらせながら、「……い、いえ、お気になさらないでください! わたくしは何もできませんが、全力で応援していますわ!」と明るく答えた。
「……ありがとう」神楽は小さく微笑んだ。
「あ、でも……できるだけ施設を壊さないようにしていただけると、助かります」
「……善処するわ」神楽は視線を逸らし、気まずそうに小さく言った。
前向きな空気が流れる中、花子は明るく言った。
「きっと大丈夫ですよ、神楽様! まだ油断はできませんが、ひとまず七代天使は倒したのですから!」
その言葉を聞いた瞬間、桜と神楽は表情を引き締めた。
「……いや、まだだよ」桜は冷静に言い、天使たちに視線を向け、神楽も後に続いた。
「え……?」花子と貞子は目を見開き、驚きの表情を浮かべた。
「七代天使は、まだ倒せていない」神楽ははっきりと言い切った。
「そ、そんな……! 神楽様と桜の同時攻撃を受けて、生きているはずが……!」
花子は思わず動揺し、慌てて天使たちに目を向けた。貞子も額に冷や汗が滲み、静かに視線を移動した。
天使たちは失意の表情で息をのみ、結界の中を見つめていた。やがて結界がひび割れ、弾けるように砕け散り、煙がゆっくりと夜空へ立ち上った。緊張感が漂う中、その静寂を切り裂くように、かぐやの声が響いた。
「やれやれ、まったく……こんなにも埃を舞い上げおって、わらわの一張羅が汚れたら、どう責任を取るつもりじゃ?」
次の瞬間、黒煙が一気に吹き飛び、煙の中から悠然と現れたのは、かぐやの姿だった。足元は黒く焼き焦げ、無数の亀裂が入っているが、かぐやは傷ひとつ負わず、着物もまったく着崩すことなく、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
かぐやが姿を現した瞬間、貴公子たちはほっと息をつき、それぞれ口を開いた。
「どんな攻撃も、かぐや様の前では無意味! まさに神の如きお力!」庫持は震える声で、畏怖と感嘆を込めて言った。
「その冷徹な判断力と圧倒的な力、心から感服致します!」阿部は感銘を受けた。
「一糸乱れぬそのお姿……なんとお美しい!」大伴はうっとりと魅了された。
彼らの言葉を聞き、兎天使たちは興奮気味に、「うぉぉぉぉぉ! かぐや様ぁ!」と歓声を上げた。
月見はすべてを見越していたかのように小さく微笑み、少し冗談っぽく言った。
「ふふ……主自らが力を示し、部下の士気を上げるとは、さすがです! かぐや様」
「え……? そ、そうじゃ! すべて予定通り、ふはははは!」かぐやは得意げに高笑った。
その光景を、花子と貞子は目を見開いたまま無言で見守っていた。あまりの衝撃に、二人は言葉を失っていた。
「倒すまではいかなくても、深手を負わせたと思ってたのに……まさか、無傷だなんて……!」神楽は少し悔しそうに言った。
「攻撃は確かに捉えたはず……あの状況で、どうやって避けた? いや、相殺したのか?」桜は冷静に分析した。
「どちらにしろ、不意打ちは失敗ね。あ~あ、宝具を使った渾身の一撃で確実に仕留めるつもりだったのに……貴重な矢を一本失っちゃった」
「仕方ないよ。相手は七代天使なんだから……」
「そうね……でも、やっと見つけた」
神楽は視線を鋭くし、拳を強く握りしめた。その瞳の奥には、何か深い因縁があるような静かな怒りが宿っていた。
「七代天使――かぐや!」
神楽が名指しすると、かぐやたちの視線が一斉に向いた。
神楽の顔には決して揺らがない強い決意が浮かんでいた。そして、大胆に宣言した。
「お前だけは、絶対にこの手で倒す!」
その言葉を聞き、兎天使と三人の貴公子たちは険しい表情を浮かべ、鋭く睨みつけた。
「いい気になるなよ、小娘が! かぐや様は、貴様如きに構っている暇など……」
庫持が一歩前に出て、威圧的に言っていると、かぐやはそっと手を掲げ、「待て!」と制止した。
庫持は途中で言葉を止め、静かに一歩下がった。
かぐやは冷笑を浮かべながら口を開いた。
「ふふ……虫が一匹増えたところで、何も変わりはせぬ」
表情に苛立ちを浮かべ、さらに続けた。
「……その者は不敬にも、わらわに牙を剥いた。その行為は万死に値する」
視線を鋭くし、毅然とした態度で言い放った。
「よって、その者も、わらわが直々に裁きを下す。よいな?」
部下一同、「仰せのままに!」と頭を下げた。
「じゃが、残りの二匹と、新たに現れた三匹の虫は、そなたらに任せるとしよう」
かぐやが意味深に呟いた次の瞬間――彼女が立つ真上に、突然、阿修羅、アリス、ヴラドの三人が現れ、一斉に攻撃を仕掛けた。
「地獄の王・壱の裁き――秦広一閃!」阿修羅は鬼丸を勢いよく振り下ろした。
アリスは三体の騎士の人形――ランスロット、モードレッド、ガウェインを巧みに動かしながら、ともに突撃した。
ランスロットは「アロンダイトォォォオ!」、モードレッドは「クラレント!」、ガウェインは「ガラティーン!」と叫びながら、一斉に斬撃を繰り出した。
「ハスタ・サングィネア!」ヴラドは深紅の三又槍を突き出した。
強力な攻撃が一斉に放たれ、かぐやに迫った。だが、その瞬間、三人の貴公子が一瞬で移動し、それぞれの攻撃の間に素早く割って入った。阿部が阿修羅、庫持がアリス、大伴がヴラドの攻撃を受け止め、その衝撃が轟音を響かせつつ、周囲に広がった。
阿部が「かぐや様には――」と言い、庫持が「指一本――」と続け、大伴が「触れさせん!」と言い放った。そしてそのまま力で押し返し、貴公子たちは阿修羅たちとともに、それぞれ三方向へと散っていった。
神楽は思わず「阿修羅!」と叫び、桜も「アリス! ヴラド!」と続けた。
「心配するな! こいつらを片付けたら、すぐに戻る!」
阿修羅が強気に言うと、アリスとヴラドも頼もしい表情で力強く頷いた。彼らはあっという間に分散し、その姿が見えなくなった。
阿修羅は阿部とともにスポーツ施設が建ち並ぶエリア、アリスは庫持と公園の林地、ヴラドは大伴と劇場付近でそれぞれ対峙した。
ランスロット、モードレッド、ガウェインの三人は、アリスの前で剣を構え、庫持を鋭く見据えた。アリスは射るような強い眼差しで、静かに口を開いた。
「一週間前……各地で暴れ回ったのは、お前たちデスね?」
その声には、冷徹な怒りが滲んでいた。
ヴラドは突き刺すような視線を向け、決然とした態度で言い放った。
「仲間の仇……余がここで、必ず討つ!」
阿修羅は軽々と鬼丸を担ぎ、鬼のような威圧感を放ちながら言った。
「悪ぃが、てめぇのような下っ端に構ってる暇はねぇんだ。すぐに終わらせる!」
それぞれの言葉に、庫持、大伴、阿部の三人は一切動じることなく、不敵な笑みを浮かべながら戦闘態勢を整える。
そして、ついに――阿修羅たちと貴公子たちの壮絶な戦いが幕を開けた。
その直後、敷地内のあちこちで地鳴りや爆発音が轟き渡り、学園施設が破壊されたことは明らかだった。
「あっ!」神楽は声を上げた。
少し遅れて、こがねは事態に気づき、悲しげな表情を浮かべた。
神楽は咄嗟に目を背け、無視するように見ぬふりをした。しかし、花子が控えめながらも、はっきりと言い放った。
「神楽様、さすがに無理があります」
続けて、貞子が穏やかに言った。
「あとで、みんなで片付けましょうね~」
「仕方ないね」桜は冷静に受け入れ、まくろんも「ニャ!」と頷いた。
少しの間のあと、神楽はため息をつき、諦めたように呟いた。
「わかったわ……」
そのとき、空気を切り裂くように、かぐやの不敵な笑い声が響いた。
「ふふ……心配せずとも、貴様ら全員、生きては返さぬ……」
かぐやの言葉で、周囲は再び張り詰めた空気に包まれた。かぐやが余裕を見せる一方、桜たちは気を引き締め、真剣な表情で静かに構えた。
かぐやは桜たちをゆっくりと見渡し、冷笑を浮かべながら呟いた。
「……四人とも、それなりの容姿を持っておるな。じゃが、わらわの美貌には到底及ばぬ」
かぐやは自己陶酔しながら語り続けた。
「しかし、不思議じゃ、小娘どもを見ておると、無性に腹が立つ。……なぜじゃ?」
その問いかけに、月見が即座に答えた。
「それはきっと、過去にかぐや様が裁きを下した者たちと、何らかの関係があるからだと思います」
「ん? どういうことじゃ?」
月見は胸元から手鏡を取り出し、じっとその鏡面を見つめ始めた。鏡面が揺らめき、桜の姿がゆっくりと浮かび上がった。月見は手鏡と桜に交互に視線を送りながら、淡々と説明を始めた。
「まず、大魔法使い――白雪桜。言うまでもなく、今回の標的です」
かぐやが相槌を打つと、手鏡に映った桜の姿が消え、代わりに花子と貞子の姿が浮かび上がった。
月見は続けて言った。
「次に、あの亡霊二人ですが……おかっぱの少女は『花咲花子』、長髪は『幽冥貞子』という名の元人間です。百年以上前、かぐや様の命令で、わたしが二人を屠りましたが、どうやら地縛霊となっていたようです」
かぐやが頷くと、手鏡は神楽の姿に変わり、月見は説明を続けた。
「そして、あの巫女――呉橋神楽は、十年ほど前にかぐや様が直接手を下した『呉橋舞子』の娘であります」
かぐやは目を細め、じっと桜たちを見渡した。
月見は手鏡を胸元にしまい、さらに言い添えた。
「奇しくも、今ここに、因縁のある者たちが集まったようですね」
「……そなた、よく覚えておるな!」かぐやは少し驚きながら感心したように言った。
「かぐや様の従者として、当然の責務でございます」月見は少し得意げに言った。
「ふふ……優秀な部下を持って、わらわも誇らしいのじゃ」
「身に余るお言葉、恐縮です」月見は頭を下げた。
桜たちはその光景を静かに見守りながら、内心で次の行動を決意していた。
花子は険しい表情を浮かべ、月見を睨みつけていた。今にも飛び出しそうだったが、必死にその衝動を抑えつけ、言葉を絞り出すように言った。
「神楽様……あのふざけた格好の天使――月見は、花が相手します!」
その声には、胸の奥に秘めた深い怒りが滲み出ていた。
貞子もまた、月見に鋭い視線を向けて言った。
「わたしも、彼女には個人的な恨みがありまして……」
貞子は控えめに言っていたが、その眼差しには、強い怨念が宿っていた。
神楽は二人の思いを汲み取り、息をついたあと、冷静に答えた。
「……わかった。あいつは、二人に任せるわ」
「ありがとうございます!」花子が答え、二人はより一層、気を引き締めた。
そのやり取りを横目で見ていたかぐやは、微笑みながら口を開いた。
「ふふふ……そなたも、随分と恨まれておるようじゃな」
月見はゆっくりと顔を上げ、淡々と言った。
「わたしは、かぐや様から賜った命令を遂行したまでです。つまり、わたしに向けられた憎しみは、すべてかぐや様に向けられたものだと言えます」
「そんな解釈……」
かぐやは腑に落ちない様子で花子と貞子を見据え、続けて言った。
「あの二人……間違いなく、そなたを憎んでおるようじゃが……?」
「気のせいです!」月見は即答した。
「……まあ良い。いずれにせよ、あの二人はそなたに任せよう」
「御意!」
話がまとまると、月見はゆっくりと向き直り、花子たちに視線を向けた。
「では、こちらへ」
そう告げると、月見はその場を飛び去り、兎天使たちも一斉に続いた。
花子と貞子は互いに頷き合うと、ふわりと宙に浮かび上がり、一気に加速して月見たちの後を追った。
「花ちゃん……ついに、この日が来たね」貞子の声は、わずかに震えながらも決意に満ちていた。
「うん……」
花子は短く頷き、拳を握りしめ、力強く言い放った。
「あいつは……あいつだけは、花が絶対に倒す!」
桜と神楽は花子と貞子を見送り、かぐやは月見の背中を静かに見届けた。花子たちの姿が見えなくなると、その場に残った三人は一斉に視線を戻し、再び対峙した。
桜と神楽は真剣な眼差しを向け、かぐやは自信に満ちた表情で堂々と構えていた。互いの視線が交錯し、火花が散った。
かぐやの表情は、依然として余裕を感じさせる冷徹なものだったが、周囲に漂う威圧感は、まるで空気を切り裂くかのように張りつめていた。
桜と神楽は一切動じることなく、かぐやの視線を無言で受け止め続けていた。ただひたすら冷静さを保ちながら。
しばらくの間、互いに無言の睨み合いが続いた。かぐやの唇がわずかに動き、不敵な笑みを浮かべた――その瞬間、桜は動いた。杖を素早く構え、その先端から光弾が放たれる。煌めくような閃光が一瞬にしてかぐやに迫った。だが、その光弾はかぐやの目の前で、突然弾け散った。その衝撃が空気を震わせ、かぐやの艶やかな髪が風に揺れながら後ろに流れた。
その様子を見た瞬間、桜と神楽は思わず目を見開いた。
かぐやは微動だにせず、小さく微笑みながら佇んでいた。周囲に散らばる光弾の残滓が、かぐやの美貌をより一層輝かせていた。
かぐやはその冷徹な微笑みを浮かべ、嘲笑うように口を開いた。
「ふふ……いきなり顔を狙ってくるとは。わらわの美しさに、嫉妬したようじゃな」
桜は冷静に、鋭い目を光らせてかぐやを見つめた。
「今、何か見えた?」
その問いかけに、神楽は首を横に振った。
「ううん、何も……」
二人はかぐやから一瞬も目を離さず、鋭い視線で見据えていた。しかし、かぐやがどのようにして光弾を掻き消したのか、まったくわからなかった。
それを確かめるため、桜はすぐに次の攻撃に移った。
「なら、もう一回、撃つ!」
再び素早く杖を構え直すと、瞬時に魔法陣を展開し、無数の光弾を一斉に放った。
真っ直ぐ迫る光弾は、先ほどと同じく、かぐやの目の前で爆発した。弧を描きながら迫る光弾もまた、到達する直前に一瞬で消し飛んだ。まるで小さな花火が連続で炸裂したような音が鳴り響き、儚い光が舞い散った。その輝きに包まれたかぐやは、まるで幻想の中にいるかのような美しさをまとっていた。その場に立ったまま一切揺るがず、何か特別な動きをしたわけでもなく、ただ不気味に微笑んでいた。
「また、何も見えなかった! 何かしらの能力を使っているのは、間違いなさそうね」神楽は少し驚きつつ、冷静に言った。
「見えないバリアを張ってる? それとも、別の何か? どちらにしろ、攻撃が当たらないのは、少し厄介だ」桜は淡々と状況を分析し、次の手を考えた。
「心配しなくても大丈夫よ」
「何か策があるの?」
「当たるまで、攻め続ければいいのよ」
神楽の突飛な提案に、桜は一瞬目を見開いたが、すぐに冷徹な微笑みを浮かべた。
「……まあ、それもいいかもね」
そう呟き、かぐやに視線を戻すと、桜は深く息を吸い、魔力を解放した。桜色のオーラが彼女の身を包み込み、輝きを放った。
神楽は右手にお祓い棒、左手に霊符を握りしめ、白い霊気をその身にまとった。さらに、二つの陰陽玉が彼女のそばに浮かび上がった。
その光景を見たまくろんは、興奮気味に言った。
「二人とも、最初から本気で行くつもりニャ! このままじゃまずい! 早くはニャれニャいと!」
まくろんはこがねに駆け寄り、彼女を包む結界ごと抱え上げると、急いでその場を離れた。地面を蹴って飛び、少し離れた校舎の屋上に着地すると、こがねをそっと下ろした。向き直り、その場所から桜たちの様子をじっと見据えた。
桜たちが立つ場所では、次なる戦闘の火蓋が、いよいよ切られようとしていた。
一方その頃、『月姫竹取神社』跡地の近くに、男の影が一つあった。
男は満足げな表情を浮かべながら、山奥へと足を進めていた。その手には巾着袋が大切に握りしめられていた。
「ウササ……間もなく帰還致します。待っていてください、かぐや様ぁ!」
男は焦る気持ちを抑えながらしっかりと一歩ずつ前進し、『月姫竹取神社』に辿り着くのを楽しみにしていた。そして、ようやく目の前に迫ると、男は満面の笑みを浮かべ、勢いよく飛び出した。
「ただいま戻りましたー、かぐや様ぁ!」
しかしその瞬間、男は目の前の光景を目にし、驚きのあまり息をのんだ。
そこには巨大な穴がぽっかりと空いており、無情な静けさが辺りを支配していた。『月姫竹取神社』の影も形もなく、ただ冷たい風が吹き抜けていた。
少しの沈黙のあと、男は思わず叫び声を上げた。
「なっ、なんだ、これはぁぁぁぁ!?」
男の声は周辺の山々で反響し、何度もこだまし、冷たい空気に吸い込まれるように消えていった。
「ここで一体何があった!?」
男は焦燥感を抱えつつ、周囲を見渡した。その後、大穴に注目し、はっと気づいた。
「……この穴、もしやかぐや様が――」
その瞬間、男のウサ耳がわずかに動き、はるか遠くで響く微かな音を聞き取った。男は素早く向き直り、遠くの空を見つめた。
「やはりそうか! かぐや様、麻呂の居ぬ間に、お引越しされたのですね!」
確信したように呟くと、男は地面を蹴り上げ、勢いよく飛び立った。
「ウーッサッサッサ! 麻呂もすぐに参りますぞぉぉぉぉ!」
男は疾風のごとく、闇夜を切り裂くように駆け抜けた。
読んでいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみに。
感想、お待ちしています。




