七代天使『かぐや』
五月八日、日曜日の昼。
かぐやは庫持、阿部、大伴を引き連れ、本殿に戻ってきた。艶やかで満ち足りた表情を浮かべたかぐやの後に、三人の貴公子たちが続いた。
貴公子たちはかぐやの寵愛を受け、たくましく好戦的な姿へと変貌していた。
かぐやたちが本殿に足を踏み入れると、すでに兎天使たちが綺麗に整列し、頭を垂れて迎え入れた。
かぐやは鼻歌を口ずさみながら上座へと歩を進め、貴公子たちはその途中で列に加わった。
月見は上座の横に立ち、静かに一礼した。
「お疲れ様でした、かぐや様」
三人の貴公子を一瞥し、続けて言った。
「三人とも、はるかに力を増していますね」
「そうであろう、そうであろう! これなら、アルカナ・オースに後れを取ることもないはずじゃ!」
かぐやはご機嫌な様子で答えた。上座の座布団に腰を下ろすと、表情を引き締め、低く問いかけた。
「時に、進捗はどうじゃ?」
「はい。すでに兎たちをこの国の各所に配置し、その場で待機させております。わたしの能力で人間に擬態させておりますので、敵に気づかれる心配はありません。あとは、かぐや様のご命令一つで、一斉に動き出します」
「そうかそうか……ん? なぜ、兎たちをこんなにも各地に配置しておるのじゃ?」
「かぐや様……まさか、今回の作戦をお忘れですか?」
「そ、そんなわけなかろう! ちゃんと覚えておるぞ!」
かぐやは気まずそうに視線を泳がせ、ふと視界に入った貴公子たちを見て、何かを閃いたように目を見開き、慌てて口を開いた。
「こやつら、忘れておるかもしれぬ。月見……今一度、わかりやすく説明するのじゃ!」
かぐやの言葉に、貴公子たちは嬉しそうに微笑み、感激の表情を浮かべた。一方、月見はしばらくかぐやをじっと見つめていたが、やがて諦めたようにため息をつき、静かに呟いた。
「……わかりました。念のため、確認しておきましょう」
かぐやはほっと息をつき、月見は真剣な表情で説明を始めた。
「まず、かぐや様のご命令で、兎たちがあらゆる場所で一斉に動き出します。すると、当然アルカナ・オースが対応してくるはずです。しかし、彼らは分散せざるを得ません」
かぐやが相槌を打ちながら聞く中、月見は淡々と続けた。
「彼らが散り散りになり、兎たちに手を焼いている間、かぐや様は何者にも邪魔されることなく、白雪桜に裁きを下せる、という段取りです。思い出しましたか?」
「うむ、覚えていた通りじゃ!」
「そうですか」
月見は訝しげな表情でかぐやを見つめた。表情を戻すと、さらに補足した。
「抜かりはありませんが、万が一に備え、わたしと彼ら、そしてここに残っている兎たちは、かぐや様に同行させていただきます。我々の計画に運良く気づく者がいるかもしれませんので……。邪魔者が現れた場合、かぐや様のお手を煩わせぬよう、わたしたちで対処させていただきます」
「そうか……」
かぐやは少し不満げな表情を浮かべ、続けて口を開いた。
「いつになく慎重じゃのう、月見……。何か憂い事でもあるのか?」
月見は臆せず、はっきりと言い放った。
「はい。かぐや様はすぐに調子に乗ってしまいますから、慎重すぎるくらいがちょうど良いのです」
「なっ!?」かぐやは思わず言葉を失い、目を見開き、唇をわずかに震わせた。
「何事も、油断は禁物です」
かぐやは少し悔しさを浮かべたが、すぐに落ち着きを取り戻し、不敵に笑った。
「ふふ……そなた、わらわの力を侮っておるようじゃな。……いいだろう! わらわが本気を出せば、アルカナ・オースなど恐るるに足らんことを、思い知らせてやる。手始めに、この国の人間どもを、わらわ一人で殲滅してやろうぞ!」
「それはいけません!」月見は即座にきっぱりと言った。
「え……? なぜじゃ?」かぐやは拍子抜けした。
月見はため息をつき、呆れた様子で答えた。
「もうすぐ『神昇の祭典』が始まります。その前にこの国の人間を殲滅してしまうと、期間が延びてしまいますよ」
「あ、そうじゃったな!」
「もしそうなれば、他の『七代天使』様たちから厳しく非難されるのは必至です」
「それは嫌じゃ!」
「なので、しっかりと計画を練ったのです。今回の目的は、不敬な魔法使い『白雪桜』に、かぐや様が直接裁きを下すこと――それだけです。それ以外は捨て置いて構いません」
「そ、そうじゃな。余計なことはしないでおこう」
かぐやが素直に受け入れると、月見は表情を引き締め、口を開いた。
「差し出がましい口を利いてしまい、申し訳ありません」
「よい、気にするな。そなたのことは信用しておる」
「もったいなきお言葉、恐縮です」
急に畏まった態度で振舞うバニーガール姿の月見を見て、かぐやは口を開いた。
「そんな格好をしておるというのに、案外真面目じゃのう、月見は」
「それを言うなら、かぐや様も、その美貌を持ちながら、他者に“嫉妬”するなんて意外ですよ」
「ふふ……“嫉妬”はわらわの活力じゃ。切っても切り離せぬ」
「そうでしたね」月見は冗談っぽく言い、軽く微笑んだ。
かぐやは真剣な表情を浮かべ、静かに口を開いた。
「では、そろそろ幕を開けるとしよう」
扇子を力強く突き出し、毅然とした態度で言い放った。
「兎たちよ! この国のすべてを蹂躙し、アルカナどもを翻弄せよ!」
かぐやが宣言した瞬間、各地に待機していた数万体の兎天使たちが一斉に正体を現し、作戦を実行し始めた。その直後、アルカナ・オースは即座に事態を察知し、迅速に現場へ向かい始めた。月見の計画通り、アルカナ(アルカナ・オースに所属する能力者の通称)たちは各地に分散し、兎たちと戦い始めた。
数時間後、夕暮れ時。
かぐやは空に浮かぶ満月を見上げながら、しみじみと呟いた。
「今宵は満月……ふふ、わらわの美しさを照らすには、ちょうど良い」
月見は冷静に言った。
「そうですね。とても麗しく煌びやかでございます。それに、これだけの月光があれば、兎たちも存分に力を発揮できます。もしかして、かぐや様はこれを見越しておられたのですか?」
「え……? む、無論だ! わらわはちゃんと考えておるぞ!」
「ふふ、さすがです」月見は穏やかに微笑んだ。
頃合いを見て、月見は静かに告げた。
「かぐや様、準備が整いました」
「そうか……では、わらわたちも参るとしよう」
かぐやは扇子を握りしめ、手首をクイッと返した。わずかな静寂のあと、突然地鳴りが響き渡り、『月姫竹取神社』の境内が激しく揺れ、地面ごとゆっくりと宙に浮き上がった。
「行くぞ」
かぐやが軽く扇子を突き出すと、その方向に向かって、『月姫竹取神社』が轟音とともに勢いよく飛び立った。
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