翠のご機嫌な一日①
五月五日、木曜日。
喫茶『色神の森』のカウンター席で、店長の青山一は魂が抜けたように疲れ切った姿で突っ伏していた。その原因は、一週間にわたる過酷な忙しさにあった。
一週間前、色神学園で開催された『美食の祭典』で、翠、流香、霧間慈郎が好成績を収めた。この噂は瞬く間に広まり、翌日には多くの人々が『色神の森』に押し寄せてきた。
最初は大繁盛に浮かれていた青山だったが、客足はまったく途絶えることなく、必死に働き続けることになった。従業員に負担を強いるわけにはいかず、ラーゼスとオマールのAIコンビと巧みに連携して、身を粉にして乗り切っていた。
そして、客足が次第に落ち着いた今日、青山は燃え尽きて灰のようになっていた。
そんな青山を気にも留めず、モカは相変わらずあざとさ全開の接客をし、メルは占いに没頭していた。
一方、翠は力尽きた青山の姿が視界に入るたびに気が散り、集中力がわずかに削がれていた。やがて、彼のそばに近づくと、穏やかな口調で「店長」と呼びかけた。
青山はその声に反応して顔を上げた。翠の笑顔を見て、「ああ、女神……」と小さく呟き、疲れ切った心が少し癒された。
しかし――。
翠は冷徹な笑顔で続けた。
「そこに座られると、お客様にご迷惑ですので、休むなら裏で休んでください
翠の容赦ない言葉に、青山は返す気力もなく、静かに立ち上がると、ゆっくりと歩き出し、店の奥へと姿を消した。
「さて、仕事に集中しましょう」
翠は気を取り直し、店内を見渡しながら心の中で呟いた。
今日はいつもより色神学園の生徒が多いですね。先日の『美食の祭典』がきっかけですが……もし、茜さんや天さんと親しい方々が来店したら、正体がバレないように気をつけないといけませんね。
そう決心した矢先、翠に危機が訪れた。
来店のベルが鳴り響き、翠は笑顔で「いらっしゃいませ」と出迎えた。しかし、次の瞬間、思わず目を見開き、表情が固まった。
来店したのは、『ヒルシカ』の那歩と彗星、そして西奏音の三人だった。那歩と彗星はワクワクしながら、奏音は落ち着いた様子で現れた。
「ここが今話題の『色神の森』か。温かみがあって落ち着く店だな」那歩は興味津々に店内を見渡した。
「雰囲気もいいけど、わたしのオススメはここの“スイーツ”だよ。どれも絶品で、他では味わえない美味しさなんだから!」彗星は得意げに言った。
「マジか! 楽しみだ!」那歩は期待に胸を膨らませた。
彗星は翠に目を向け、わずかな沈黙が流れた。
やがて、翠はその視線に気づくと、はっと我に返り、慌てて笑顔で応じた。
「さ、三名様ですね。こちらへどうぞ」
翠は平静を装いながら案内していたが、内心ではドキドキしていた。
ま、まずいですね。まさか、彼らが来るなんて……。姿が違うとはいえ、昨日と今日で連続して会うのは、少々リスクがあります。
翠は歩きながら接客中のモカをチラッと見た。
申し訳ないですが、彼らはモカさんに任せ、わたしはなるべく他のお客様の接客をしましょう。
そう考え、彗星たちを席に案内したあと、翠は素早くお冷とおしぼりを提供し、笑顔で「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」と軽く会釈し、足早にその場を離れた。
彗星と那歩はすぐにメニューを手に取ったが、奏音は何か気になることがあるのか、翠をじっと見つめていた。
(み、見られてる……)
翠は奏音の鋭い視線を感じつつも、気づかないふりを続け、冷静に仕事をこなした。
しばらくして、那歩が奏音に声をかけた。
「奏音、何にする? ……って、どうした?」
「……何でもない」奏音は素っ気なく返すと、メニューに目を落とした。
那歩は翠に目を向け、奏音に「あの店員が気になるのか?」と尋ねた。
「別に……」
「嘘つけ、じっと見つめてたじゃねぇか。……まあ、あれだけ美人だと、見惚れても仕方ないな。目の保養になるし」
「見惚れてたわけじゃない」
「じゃあ、何で見てたんだ?」
奏音が返答に困っていると、彗星は補足するように口を開いた。
「あの人、“色森の女神”って呼ばれるほど人気だから、魅了されても何も恥ずかしくないと思うよ」
「うんうん」那歩は納得したように頷いた。
「だから、別にそんなんじゃ……!」
奏音は言葉に詰まりながら、呟くように答えた。
「……少し、あいつに似てると思っただけだ」
「あいつ?」那歩は首を傾げた。
「そんなことより、頼むものはもう決めたのか?」
奏音はメニューを差し出し、少し強引に話題を切り替えた。
奏音たちの視線がメニューに向くと、翠は安心したように息をついた。彼らの様子をチラチラと横目で確認しながら店内を見渡し、自分が接客しないようにタイミングを見計らっていた。
ほどなく、呼び出しベルの音が二つ、ほぼ同時に鳴り響いた。一つは奏音たち、もう一つは二人組の一般人だった。
翠はすかさず一般人の接客に向かおうとしたが、偶然その席のそばにいたモカの方が早かった。
「あ……」
翠は思わず声を漏らし、呆然と立ち尽くした。静かに奏音たちに目を向け、ため息をついた次の瞬間、表情を引き締めた。
こうなったら仕方ありません。
覚悟を決め、奏音たちのテーブル席へ向かった。
「お待たせしました、ご注文をお伺いいたします」
翠はいつも通りの丁寧な接客を心掛けたつもりだったが、緊張のせいで表情が硬くなっていた。
彗星と那歩はメニューを見ながら注文を始め、翠の様子に気づかなかった。だが、奏音は観察するように翠を見つめた。
翠は笑顔で耐えていたが、次第にその表情は崩れていき、額に冷や汗が滲んだ。ついに堪えられず、奏音に視線を向けた。微笑みかけたつもりだったが、ぎこちない笑顔で彼を威圧してしまった。
奏音は咄嗟に視線を逸らし、何も言わなかった。
翠は注文を受けると、早口で繰り返し、軽く会釈をして、そそくさと席を離れた。
その様子を見て、彗星は「忙しそうだね」と呟き、那歩も「だな」と短く答えた。
翠はカウンター奥に戻ると、そっと胸に手を当て、心の中で安堵の息をついた。
ふぅー、怪しまれることなく、無事にやり遂げられました。少し心配しすぎたのかもしれません。この調子なら、大丈夫そうですね。
翠は少し安心し、自信を取り戻した。冷静を保ちつつ、注文の品――ドリンクやスイーツを運び、丁寧な接客で応対した。その後、手際よく業務をこなしていると、意図せず奏音たちの会話が耳に入ってきた。
「それにしても、奏音が来るなんて思わなかったよ。今まで何度誘っても断られてたのに、どうしたんだ?」那歩は驚いたように尋ねた。
「別に……お前が『どうしても』って言うから、仕方なく来ただけだ」奏音は不愛想に答え、コーヒーをひと口含んだ。
「そんなこと言って、本当は天ちゃんに会いたかったんでしょ?」彗星はからかうように笑いながら言った。
その瞬間、奏音はコーヒーを喉に詰まらせ、むせ返った。
彗星は続けて、「な~んて、ね!」と笑った。「……でも、天ちゃんも来てほしかったなぁ。ライブのお礼、まだちゃんと言えてないのに……」と少し残念そうに呟きながら、スイーツを一口食べた。
「用事があるならしょうがない。また次の機会に誘えばいいさ」那歩は励ますように言った。
彗星が「うん」と短く頷いたあと、那歩は続けて話題を切り替えた。
「それより、天のライブパフォーマンス、すごかったよな! 初めてなのに、おれたちと完全に調和した瞬間、より深い音楽を作り出してた。さすがだ」
彗星は再び笑顔を見せて言った。
「当然でしょ! あの『シエル』なんだよ! それに、ピアノとギターも弾けるなんて、カッコよすぎる!」
奏音は静かに頷きながら、口を開いた。
「あいつの演奏には、どこか人を惹きつける魅力がある。おれも、アーティストとして見習わないと」
その言葉に、彗星と那歩も相槌を打った。
翠は彼らが天の良いところを褒める度に、心の中で嬉しさがじわじわと広がっていった。天が自分の力を最大限に発揮し、周りの人たちに素晴らしい影響を与えていることが感じられ、翠の顔には自然と笑顔が浮かんだ。同じ『白雪』として、誇らしく思った。
気づけば、翠は三個のケーキを奏音たちの席へ運んでいた。三人が会話する中、笑顔で声をかけた。
「お客様、少しよろしいでしょうか?」
三人は視線を向け、彗星が「はい、なんですか?」と応じた。
翠は周りに聞こえないように小声で言った。
「こちら、サービスのケーキです。いつも頑張っている皆さんに、感謝の気持ちを込めて」
翠は笑顔でケーキをテーブルに置いた。
「え……?」彗星は驚きの表情を浮かべ、目を丸くした。「いいんですか?」
翠は満面の笑みを浮かべ、「はい。占いの結果、皆さんにサービスすると、良いことが起こるそうなので」と説明した。もちろん、嘘である。
彗星は嬉しそうに微笑みながら、「ありがとうございます!」と言った。
翠はにこやかな笑顔で会釈し、上機嫌で戻っていった。
「ラッキーだったな」と那歩は疑いもせず、彗星もすぐにフォークを手に取り、ケーキを食べようとした。
一方、奏音はまだ呆然と固まっていた。彗星がケーキをひと口すくった瞬間、奏音ははっと我に返り、慌てて「ま、待て!」と声を上げた。
彗星は手を止め、「ん? どうしたの?」と言った。
「さすがに怪しくないか?」奏音は少し戸惑いながら警戒していた。
「え、全然」彗星はあっさりと答え、迷わずケーキを口に含んだ。「ん~、美味しい!」と満足げに微笑んだ。
続いて那歩もケーキを口に運んだ。
奏音はしばらく二人がケーキを食べる様子を眺めていた。だが、やがて誘惑に耐え切れず、フォークを手に取り、ついにひと口食べた。甘い香りが広がった瞬間、さっきまでの警戒心が一瞬で消え去り、その後は何も考えずに食べ続けた。
翠はケーキを美味しそうに食べる彼らを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「ラーゼスさん。あの方々にサービスしたケーキ代は、店長の奢りということでお願いします」
翠が呟くようにお願いすると、ラーゼスは「承知しました」と答え、青山のデジタルウォレットにアクセスし、すぐに支払いを済ませた。
「ありがとうございます」翠は感謝を述べ、上機嫌のまま仕事に励んだ。そして、その後も奏音たちに怪しまれることなく、彼らが退店するときも満面の笑みで見送った。
昼過ぎ、翠のおしとやかな雰囲気と優美な仕事ぶりが周囲にも伝わり、店内は穏やかで和やかな空気に包まれていた。翠以外の“白雪”と親交のある者も訪れず、彼女は安心して働いていた――そのとき、店のベルが鳴り響いた。
店に入ってきたのは、色神学園セレスティアボール部のメンバー――姫島、国東、九重、安心院、宇佐の五人だった。彼女たちは午前の練習を終えたあと、ランチタイムに『色神の森』を訪れたようだ。
「ここ、前から気になってたんだけど、やっと来られたよ!」姫島は嬉しそうに目が輝いた。
「最近、すごく人気だったもんね」国東は小さな声で言った。
安心院は店内を見渡しながら、「穏やかで温もりがありますね」と呟いた。
「うん! 料理もスイーツも美味しくて、店員さんもみんなかわいいんだよ!」姫島は少し興奮気味に言った。
「へぇー、そうなんだ。有名なわたしにぴったりのお店ね!」宇佐は誇らしげに言った。
「茜ちゃんも誘ってみたんだけど、やっぱり用事があるから無理だって」姫島は少し残念そうに俯いた。
「そっか、残念だね」国東も共感した。
「だから――」姫島は顔を上げ、「今日は茜ちゃんの分まで、しっかり楽しむぞ!」と明るく言った。
「うん、そうだね!」国東は微笑んだ。
「調子に乗って、周りに迷惑かけないでよ」九重はすかさず注意した。
姫島はイラっとし、「それはこっちのセリフだし!」と言い返すと、二人は互いに鋭く睨み合った。
国東は「まあまあ、二人とも」となだめていた。
その光景を見つめながら、翠は一瞬警戒したが、静かに息をつき、心を落ち着けてから笑顔で出迎えた。
「いらっしゃいませ、五名様ですね。こちらへどうぞ」
翠の心は冷静だった。
今度はセレスティアボール部の皆さんですか。部員も増えて、茜さんとの関係も良好な様子……。大丈夫……普段通りに過ごせば、バレることなどあり得ません。
奏音たちに気づかれなかったことが自信に繋がり、翠はいつも通りの丁寧な接客で臨んだ。まったく疑念を抱かれずにテーブル席まで案内できた、と思っていた。
しかし――。
姫島、国東、九重が並んで座り、その向かいに安心院と宇佐が腰を下ろした。席に着くと、九重、安心院、宇佐の三人はすぐにメニュー表を手に取った。
一方、姫島と国東はしばらくの間、戻っていく翠の背中をじっと見据えていた。
「なのはちゃん、あの店員さん……」姫島は真剣な表情で呟いた。
「うん、あの人――」国東は真面目な口調で応じ、二人の間だけ、緊張感のある空気が流れた。
「……少し茜ちゃんに似て――」国東が言いかけたその瞬間、姫島はキリっとした表情で、遮るように「すっごく美人だね」と言った。
「……えっ、そっち!?」国東は思わず驚きの声を上げ、その瞬間、空気が一変した。
「きっとあの人が、噂の“色森の女神”だよ! キャー、ついに会っちゃった!」姫島は胸を躍らせた。
国東は呆然としつつ、翠に視線を戻した。何か思うところがあるような表情で見つめていると、九重から「なのはは何にする?」と声をかけられた。
「え、あ、うん……」国東はメニューを手に取った。
そんなことなどまったく気づかず、翠は淡々と業務をこなしていた。自信が油断を生み、少しの間、国東に観察されていたが、やがてドリンクやスイーツが運ばれると、彼女の目はそちらへ向いた。
その後、姫島たちは満面の笑みでスイーツを味わいながら、楽しげに過ごしていた。ファッション、コスメ、音楽、映画、お店など、次々と流行の話題で盛り上がり、会話が途切れることがなかった。そして、もちろんセレスティアボールの話題も上がった。
姫島は上手くいった練習を得意げに語り、国東はやさしく微笑み、九重は慢心を注意していた。宇佐は対抗心を燃やして張り合い、安心院は黙々とスイーツを口に運んでいた。
翠は気にせず働いていたが、不意に姫島たちの席から「茜」の名前が聞こえると、何げなく耳を傾けてしまった。
「あたし、最近セレスティアの練習、すっごく楽しいんだ! 少しずつだけど、ちゃんと成長してる気がして……」姫島は嬉しそうに言った。
「わたしも!」国東は即座に同意した。
「きっと、茜ちゃんのおかげだよね!」
「うん!」
「ほうき操作やスティック捌きも、本当にすごいよね! あんなに速く飛び回りながら、シュートを決められるなんて、よっぽど身体能力と集中力がないとできないよ」
「確かに、ほうきで空を駆けながらボールを追いかけるあのスピード感、圧倒的ね」九重は素直に褒めた。
安心院も頷きながら、「あのスピードでボールをシュートしてるのを見ると、何度も驚かされる」と呟いた。
「さすが、わたしが認めたライバル!」宇佐は誇らしげに言った。
翠は姫島たちの話を聞きながら、茜が褒められていることに胸が温かくなり、嬉しさがじんわりと広がっていった。茜がみんなにこうして評価されていることに、翠は心から誇りに思った。翠の顔に自然と笑みがこぼれ、気づけば姫島たちの席に向かって歩いていた。そして、静かに宇佐の隣に腰を下ろした。
しばらくの間、姫島たちは翠に気づかず話していた。しかし――。
「それでさー」
姫島は視線を動かし、ついに翠に気づくと、「えっ!? 女神様!?」と驚きの声を上げた。
その瞬間、全員の視線が一斉に翠に向いた。
翠はご機嫌な笑顔を浮かべながら、穏やかに言った。
「ふふ、わたしのことはお気になさらず、続けてください」
「え、あ、そっか、じゃあ……」姫島は戸惑いつつ、話題を戻そうとしたが、「それでね、この前茜ちゃんに――って、違う、そうじゃなくて!」とすかさずツッコんだ。
「あの、わたしたちに何がご用ですか? はっ! もしかして、うるさかったですか?」国東は口に手を当て、周囲を気にしながら言った。
「いえ、そんなことはありません。ただ、お客様の会話が偶然耳に入ってきて、興味深いなと思いまして……」翠は丁寧に答えた。
「え!? 女神様もセレスティアボールに興味があるの!?」姫島の目が輝いた。
「はい。実は、友人から色神学園セレスティアボール部のお話を聞いておりまして……。皆様、とても素晴らしいご活躍をなされている、とか」
翠の褒め言葉に、全員がそれぞれ嬉しそうに照れくさそうに微笑んだ。姫島は笑顔がこぼれ、国東は恥ずかしそうに目を伏せ、九重と安心院は無言のまま頬を赤く染め、宇佐は誇らしげに胸を張った。
翠は少し興奮気味に続けた。
「特に、先ほど話題に上がっていた『茜さん』という方が気になりまして……。ぜひとも、お話しをお聞かせ願いますでしょうか?」
「もちろん!」姫島は微笑みながら即答した。
こうして、翠はあっさりと姫島たちに受け入れられ、色神学園セレスティアボール部の輪に加わった。
お互いに軽く自己紹介を済ませたあと、翠は話を聞く態勢に入り、姫島が語り始めた。姫島たちが茜の実力を称えるたびに、翠の表情がほころんでいった。やがて嬉しさが最大になると、翠は突然席を立った。
「どうしたの?」姫島が尋ねると、翠は笑顔で、「皆様、少々お待ちください」と答え、皆に見送られながら、静かにカウンターの奥へと姿を消した。
五分後、翠は五人分のパフェを手に戻ってきた。
「お待たせしました。こちら、サービスのパフェになります」
翠はにっこりと微笑んで、パフェをテーブルに置いた。
「サービス!?」姫島は驚きの声を上げ、目を輝かせた。
九重、安心院、宇佐も美味しそうなパフェを見つめながら、ごくりと喉を鳴らし、国東は冷静に、「えっ、いいんですか?」と尋ねた。
翠は満面の笑みを浮かべ、「はい。実は、うちの店長もセレスティアが好きなんです。なので、今回は特別に、いつも頑張っている皆様に応援の気持ちということで……」と説明した。もちろん、嘘である。
「そうなんだ! じゃあ、遠慮なく!」姫島はスプーンを手に取った。
「やなぎちゃん! 食べる前にちゃんとお礼を言わないと!」国東は即座に注意した。
「あ、そっか!」姫島は手を合わせ、拝みながら言った。「翠様、店長様、ありがたく頂戴します」
「ふふ、どうぞお召し上がりください」翠は笑顔で答えた。
その後、姫島たちはパフェを堪能し、翠もお返しができ、互いにウィンウィンの状況だった。さらに、姫島たちのパフェ代はもちろん、青山のデジタルウォレットからきっちり支払われた。
店を後にした姫島たちは、帰路に就いていた。
「あー、美味しかった! お店の雰囲気も良かったし、翠ちゃんと話すのも楽しかった。また行きたいなぁ」姫島は満足げに呟いた。神妙な面持ちで隣を歩く国東に気づき、「どうしたの? なのはちゃん」と尋ねた。
「……少し、気になることがあって」国東は真剣な様子で答えた。
「気になること?」
「翠さん……今日初めて会ったはずなのに、なんだかそんな感じがしなくて……」
「確かに! あたしも全然緊張しなかったし、むしろ安心してたかも! あと、翠ちゃん見てると、なぜか茜ちゃんの顔が何度も思い浮かんだんだ!」
「やなぎちゃんも!? ……何でだろう?」
「うーん……はっ! もしかして――翠ちゃんは茜ちゃんのお姉さんだったりして!」
「それはさすがに……あり得るかも!」
「今度、茜ちゃんに聞いてみよ」
「うん」
二人はそう結論付けたあと、他の三人も交え、次の話題に移った。
その頃、翠は姫島たちがあながち間違っていない推測をしていることを知らず、しばらく落ち着いた時間が流れたあと、休憩に入った。
翠が休憩を終えて戻ると、流香が学校から帰宅し、すでにホールで働いていた。
流香は翠に気づくと、「あ、翠ちゃん、お疲れ~」と気さくに声をかけた。
「お疲れ様です、流香さん」翠も笑顔で返し、すぐに仕事に取りかかった。
そのとき、店に新たな客が訪れた。
現れたのは、色神学園の生徒であり〈フリーデン〉のナンバーエージェント――一条睦月、如月蓮二、三日月弥生、霜月薙士の四人だった。
睦月、如月、弥生の三人は、緊張感のある任務を終えたあと、退院したばかりの霜月を誘い、『色神の森』へ訪れたようだ。
「邪魔するぜ!」弥生は堂々と言った。
その言葉に、流香は即座に反応し、「邪魔するなら帰ってー」と言い返した。
「あいよー」弥生は反射的に踵を返し、帰ろうとしたが、すぐに振り返り、「いや、何でだよ!」と鋭くツッコんだ。
一方、翠はこの日一番緊張した表情を浮かべ、立ち尽くしていた。
読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに。
感想、お待ちしています。




