新たなライバル①
五月三日、火曜日の午前九時。
茜たちは色神学園第一グラウンドで練習に励んでいた。
茜は安心院が空を飛ぶ姿を見て、嬉しそうに言った。
「飛ぶのが上手くなったな、朝霧」
安心院は謙虚に答えた。
「先輩たちが粘り強く教えてくれたおかげで、わたしも少しずつ上達したの」
「そっか……」茜は満足げに微笑んだ。
多少のぎこちなさは残っているものの、安心院の飛行技術は一週間前よりも確実に上達していた。
一方、姫島、国東、九重はというと……。
姫島と国東は緊張した面持ちで、九重は引き締まった表情を浮かべ、高速パス回しをしていた。
姫島と国東は肩に力が入り、初歩的なミスを連発していた。二人とも部に昇格してから初めての練習試合、『おいた高校』という強豪との対戦に、緊張が隠しきれない様子だった。
九重は苛立ちを覚え、険しい顔で指摘した。
「ちょっと、やなぎ! また同じミス!? こんなんじゃ、『おいた高校』に勝てないよ!」
「そんな言い方しなくてもいいじゃん! あたしだって本気でやってるんだから!」
「本気なのに、初歩的なミスをするから言ってるの! はぁ~、キャプテンなんだから、もっとしっかりしなさい!」
「……じゃあ、キャプテンはみやに譲る」
「子どもみたいなこと言わないで!」
二人の言い争いを、国東は戸惑いの色を浮かべながら見守っていた。
九重が入部して一週間が経過し、二人はすっかり気の置けない関係に戻っていた。以前から言い争いが絶えない二人だったが、セレスティアのことになると、余計に熱くなるようだ。
そしてこがねはイリスと並び、地上から茜たちの練習を静かに見守っていた。
茜たちは約一時間の練習を終え、休憩中に茜色を基調にした新しいユニフォームに着替えた。袖には金色の刺繍やラインが施されており、その姿でグラウンドに立っていた。
午前十時頃、ついに、『おいた高校』の選手たちが色神学園に到着し、第一グラウンドへと足を踏み入れた。メジロを模したような鮮やかな黄緑色のユニフォームに身を包み、圧倒的な強者のオーラを纏っていた。
こがねは『おいた高校』の選手たちのもとへ歩み寄り、丁寧に歓迎の言葉を述べた。
「お待ちしておりました、『おいた高校』の皆様。お忙しい中、練習試合を受けていただき、誠にありがとうございます」
それに対し、キャプテンの中津が一歩前に踏み出して応じた。
「こちらこそ、招いてくれてありがとう」
こがねは微笑みながら、さらに言葉を続けた。
「『おいた高校』の皆さんのプレーを間近で拝見できるなんて、光栄です。本日はたくさん学ばせていただきます」
中津は少し照れながらも、自信ありげに言った。
「お互いにとって実りある試合にしましょう」
「はい! どうぞよろしくお願い致します」
こがねは深くお辞儀をしたあと、優雅に「では、こちらへ――」と『おいた高校』の選手たちを案内した。どの選手も、礼儀正しく、しかしその瞳には強い闘志が宿っていた。準備が整うと、『おいた高校』の選手たちはグラウンドに出て、ウォーミングアップを始めた。真剣さと程よいリラックス感が絶妙に調和し、非常に良い雰囲気で、チームワークの良さが感じられた。
その光景を、茜たちは静かに見守っていた。
しばらくして、選手たちの華麗な練習に見入っていた姫島が、目を輝かせながら呟いた。
「うわぁ~、本物だぁ!」
姫島たちは今日の練習試合に向けて、これまでの『おいた高校』の試合映像を見て研究していた。画面越しで眺めていた本物の選手たちを間近で見られ、感動しているようだった。
「まさか、あの『おいた高校』と試合をすることになるなんて……」と国東は未だに驚きを隠せない様子で呟いた。
「この前の人たちと、全然オーラが違いますね」と安心院は冷静に分析した。
「実力も段違いだから、覚悟した方がいいわよ」と九重ははっきりと言った。
「ど、どのくらい……?」と姫島は恐る恐る尋ねた。
九重は無言で空を指差したあと、地面を差した。
姫島は九重の指先を追うように視線を動かした。しばらくの沈黙のあと、九重に視線を戻し、「えっ、そんなにあるの!?」と驚きの声を上げた。
九重が静かに頷くと、姫島と国東は目を見開いて言葉を失い、安心院も息をのんだ。
「あたしたちで、相手になるのかな……」
姫島が思わず不安を漏らすと、重い空気が彼女たちを包み込んだ。
しばらくの沈黙を破り、茜が軽く息をつきながら、気楽な調子で言った。
「相手が強ぇのは最初からわかってる。でも、あたしたちだって、あたしたちなりの強さがあるだろ! 全員がそれをしっかり発揮すれば、良い試合になるはずだ」
姫島たちは茜を見て、少し驚いた様子を見せた。茜は軽く微笑みながら、さらに続けた。
「だから、怖がらずに、思いっきり楽しんでやろう!」
その言葉に、こがねは穏やかに、だが確かな力強さで言葉を添えた。
「茜さんの言う通りですわ。試合は勝つためだけのものではなく、成長のためのものでもあります。全力で楽しみ、全力で戦って、全力で学びましょう。皆さんの力は必ず発揮できます」
二人の言葉に、姫島は徐々に表情が柔らかくなり、国東も頷きながら少しずつ顔を引き締めた。安心院も静かに微笑んで、心の中で決意を新たにしているようだった。みんなの目には闘志が宿り、緊張感が少しだけ和らいだ。
姫島は小さく深呼吸をすると、今度はしっかりとした声で言った。
「そうだね! 弱気になってる場合じゃない。みんなで頑張ろう!」
「うん、頑張る!」と国東は力強く続け、「そうね」と九重も小さく微笑みながら言った。
安心院は静かに頷いた。そして、鋭い視線で相手を見据えた。
茜たちは、チームの一体感を感じつつ、グラウンドへと歩き出した。『おいた高校』の選手たちもすでにウォーミングアップを終え、グラウンドへと降り立った。
試合開始の合図が鳴るまで、あと少し。緊張感が高まる中、茜たちはどこか楽しげに、全力を尽くす覚悟を決めた。
グラウンド周辺には、次第に生徒たちが集まり、試合開始の瞬間を待ち望んでいた。その中には、水色髪の少女の姿もあった。彼女は木陰に身を潜め、目を輝かせながら茜たちを見据えていた。
両校の準備が整い、グラウンドに集まると、向かい合って整列した。
色神学園は、1番姫島、2番国東、3番茜、4番安心院、5番九重。
対する『おいた高校』は、1番中津、2番佐伯、3番津久見、4番天ヶ瀬、5番臼杵。いずれも本気のメンバーが揃っていた。
こがねがタブレット端末を操作し、試合会場を設定すると、フィールド内にホログラムの板が次々と浮かび上がった。
フィールドは縦80メートル、横50メートル、高さ80メートルで設定され、ホログラムのゴールが両端に浮かんでいた。試合時間は前後半それぞれ十五分、合計三十分と定められた。
選手交代については、中津が気を利かせて「なし」と提案した。彼女曰く、「その方がフェアでしょ」とのこと。『おいた高校』のメンバーたちも深く頷いた。
両チームの代表5名がそれぞれの配置につき、ほうきに跨ると、ゆっくりと浮上。ゴールと同じ高さまで達したところで、前を見据えた。茜を中心に扇状に広がり、右に姫島と国東、左に安心院と九重がそれぞれ並んだ。『おいた高校』もまた、同様に配置を整えていた。
中央上空には、ボールを抱えたドローンが静かに浮かんでいる。
会場には緊張感が満ち、静寂が支配していた。さっきまでざわめいていた観客たちも、息をのんで試合開始を待ちわびていた。
次の瞬間、試合開始を告げる電子音が空間を切り裂くように響き渡った。
「ピ・ピ・ピ・ピーッ!」
合図と同時に、ドローンがボールを放した瞬間、全員が一斉に動き出した。
ボールを手に収めようと真っ先に飛び出したのは、茜と津久見だった。二人は巧みな飛行で宙に浮く板の間を縫うように飛び、トップスピードのままボールへと迫っていった。
茜はボールの位置を瞬時に見極め、目一杯スティックを突き出した。その先端がボールに触れるかという瞬間、津久見のスティックが一瞬早くボールを捉えた。
「いただき!」
津久見はそのまま真っ直ぐ一人で攻め込んでいった。
「ンのヤロー!」
茜はすぐに向き直り、津久見の背後を全力で追いかけた。
津久見の前に、姫島と九重が立ち塞がる。津久見はスピードを緩め、冷静に周囲を見渡した。津久見がボールを持って独走する一方で、中津、佐伯、天ヶ瀬、臼杵が巧妙に配置について、それぞれが最適なポジションに入っていた。茜が回り込んで遮ると、津久見は即座に後方にパスを出し、そのボールを佐伯が受け取った。佐伯のもとへ、国東がすぐに向かう。茜たちは同じ番号の選手をマークするつもりだった。
しかし、佐伯はボールを受け取ると同時にパスを出し、それを天ヶ瀬が収めた。続く天ヶ瀬も即座に鋭いパスを繰り出し、臼杵がそれを受け取る。臼杵もまた瞬時にパスを出し、ボールは中津のスティックに収まった。中津たちは巧妙にボールを繋げながら、茜たちに考える隙を与えぬまま、確実にゴールへと迫っていった。
茜たちは必死にボールを奪おうと迫るが、中津たちの息の合った連携に圧倒され、思うように動けなかった。まるですべての動きを見透かされているようだった。
中津がボールを持ち、ゴールへ向かってまっすぐ突き進んだ。姫島は焦る気持ちを押さえ、全力で追いかけるが、中津はそれを感じさせない余裕で飛行しながら、目の前のゴールを視界に捉えていく。その勢いのまま、中津は迷いなくゴール前に突進し、シュートを放った。ボールは正確にゴールへと突き刺さり、観客からは大きな歓声が上がった。
「ナイスシュート!」と津久見は言いながら、親指を立てた。
「まずは、一点」中津は表情を引き締めたまま、決して油断を見せなかった。
姫島たちはその光景を目にして、何も言えずに呆然としていた。『おいた高校』のプレーの圧倒的な連携力と洗練された動きに、気圧されていた。
その空気を一新するかのように、茜が口を開いた。
「やっぱ強ぇな、『おいた高校』……」
その声に、姫島たちの視線が集まった。茜は続けて言った。
「でも、まだ試合は始まったばかり……次は、あたしたちの番だ!」
茜の力強い宣言を聞いた姫島たちは、再び士気を取り戻した。
「そうだね! あたしたちだってできるはず!」と姫島が奮起し、国東、安心院、九重もそれに応えるように頷いた。その瞳には、闘志が宿っていた。
試合が再開されると、色神学園のメンバーは茜を中心にパスを回し始めた。茜はボールを受け取ると、瞬時に目の前のスペースを見極め、九重にパスを送った。九重はそのパスを受け取ると、素早く国東に繋ぐ。国東は迷うことなく茜へボールを渡す。『おいた高校』に負けず劣らず、色神学園のチームワークが光る一連の動きに、観客たちは息をのんで見守っていた。
「いい調子だ! このまま一気に攻めるぞ!」
茜が大きく声を上げ、チームの士気を高める。確実にゴールへと迫っていった。
茜は再びボールを受け取ると、見事なタイミングで臼杵の裏へ抜け出した九重を捉えた。その瞬間、ピンポイントで鋭いパスを放った。ボールは空気を裂くように、九重に向かって真っ直ぐ飛んでいった。そのまま彼女のスティックに収まるかと思ったが、寸前で臼杵が驚異的な速さでスティックを突き出し、ボールを奪い取った。臼杵の反応速度は、まさに異次元だった。
「なっ!?」茜と九重は思わず声を漏らした。
「はい、ゲット!」と臼杵が低く呟いた――その瞬間、『おいた高校』は即座に向き直り、反撃に転じた。臼杵は即座に津久見にパスを送る。ボールを受け取った津久見は、全速力でゴールへと突き進んだ。
茜たちは慌てて追いかけるが、津久見の動きが早すぎて、なかなか追いつけない。津久見はそのままトップスピードで空を駆け抜け、一気にゴール前へと迫り、シュートを放った。ボールは真っ直ぐにゴールへと突き刺さり、『おいた高校』に追加点が刻まれた。
観客席から大きな歓声が上がった。津久見は観客に向かって、ピースサインを見せた。
九重は茜に向けて、申し訳なさそうに言った。
「ごめん、わたしがもう少し早く抜け出せていれば……」
「いや、みやの動きは悪くなかった。あたしのパスミスだ。すまん」と茜は返した。
少し空気が重くなったその瞬間、姫島が明るい口調で声をかけた。
「二人の動きは全然悪くなかったよ! だから、次こそ取り返そう!」
姫島の言葉に、国東も深く頷いた。
「ああ、そうだな」と茜は返し、鋭く中津たちを見据えた。
色神学園ボールで、試合が再開された。茜が中心でボールを保持し、姫島と国東が右側から、安心院と九重が左側から攻め込んだ。
茜は攻守ともに自分たちの思い通りに動けなかったことを反省し、冷静に次の一手を考えた。
闇雲に突っ込んでもすぐにボールを奪われる。とはいえ、慎重に攻め込んでもすぐに対応される。あたしたちのデータはほとんどないはずだが、五人とも、適応能力が高すぎる。さて、あの鉄壁を、どう崩すべきか……。
茜は目の前の津久見を警戒しつつ、フィールド全体を見渡し、各選手の位置を正確に把握した。中津たちの徹底的なマークにより、パスコースは塞がれ、一部の隙もない。津久見を抜き去ろうとするも、すぐに追いつかれて遮られる。姫島たちも必死にマークを外そうと試みるが、なかなか抜け出せないでいる。
茜は冷静に攻め手を考えるが、ゴールまでのビジョンがまったく思い浮かばなかった。茜が攻めあぐねていたその瞬間、「茜さん!」と国東の声が響いた。
国東は佐伯の追跡を振り切り、自らパスコースを作り出した。その動きが、流れを変えたかに見えた。
茜は迷うことなく国東に鋭いパスを出した。ボールが国東に向かって一直線に飛ぶ中、佐伯は冷徹に呟いた。
「計算通りです」
その瞬間、佐伯はボールの軌道を完全に予測し、パスコースに割り込んだ。まるで最初からそこにボールが飛んでくることを知っているかのような動きで、難なくボールを奪取した。
茜は佐伯を鋭く見据え、思わず顔をしかめた。
やっぱり、あいつか! フィールドの支配者――佐伯!
佐伯がボールを奪い取った瞬間、中津たちは再び反撃に転じた。佐伯は即座に中津にパスを出した。ボールを受け取った中津が前を見据えると、姫島がすぐに立ち塞がる。
「そう簡単には行かせない!」と姫島は鋭く見据えながら言い放った。
中津は素早く視線を走らせ、パスコースを探す。その視線に釣られるように姫島がパスを警戒して身構えた――その瞬間、中津は一瞬の隙を突き、姫島の横を一気に駆け抜けた。
「くっ……!」
姫島はすぐに向き直り、急いで中津の後を追った。粘り強い追跡でどうにか回り込んで進路を塞ぐが、そのときにはすでに、中津は天ヶ瀬にパスを出していた。
天ヶ瀬はボールを受け取ると、すぐにゴールを見据えたが、目の前に安心院が立ち塞がった。シュートを放つにはまだ遠く、安心院はパスを警戒して構えた。しかし、天ヶ瀬は躊躇うことなくスティックを振り抜き、鋭いシュートを放った。
「……えっ!?」
驚く間もなく、ボールは安心院の横を掠め、そのままゴールの中心を射抜くように突き刺さった。まるで狙撃のようなゴールに歓声が上がった。
スコアは0対3。茜たちは悔しげな表情で、宙に浮かぶホログラムのスコア表示を見つめた。
「ごめんなさい、わたしが相手の罠に引っかかっちゃって……」と国東は沈んだ様子で言った。
「なのはちゃんのせいじゃないよ! あたしもまったく気づかなかったし!」と姫島が即座にフォローし、九重も肩をすくめながら言い添えた。
「そうね、正直あれは、どうしようもないわ」
「でも……」
国東が不安げな表情を浮かべると、茜が口を開いた。
「気にするな、なのは。半分はパスを出したあたしの責任だ」
「そんなことは――!」と国東が否定しようとしたが、茜はその言葉を遮るように続けた。
「まさか、ここまで強ぇとは思わなかった。試合前の分析が、まったく役に立たねぇなんて……」と茜は愚痴っぽく言った。
「走攻守、すべてが完璧と言っても過言じゃないわね」と九重が途方に暮れたように言った。
その言葉に、姫島と国東は自信を失い、目を伏せた。
少しの間、重苦しい空気が流れたあと、茜がワクワクした様子で呟いた。
「これが全国レベル……面白れぇ!」
その声には、本気で『おいた高校』を打倒するような闘志が滲み、茜の体も武者震いしていた。
茜の様子を見て、姫島、国東、九重は折れかけた心を奮い立たせ、最後まで諦めない覚悟を決めた。
一方、安心院は一人静かに天ヶ瀬を鋭く見据えていた。その目には、何かを掴もうとする強い意志が宿っていた。
色神学園ボールで試合が再開された。茜は慎重に進みながら、『おいた高校』の隙を探すが、まったく見つけることができなかった。目の前の選手たちが大きな壁のように立ちはだかり、圧倒的なプレッシャーを放つ。一瞬でも油断すると、すぐにボールを奪われるという不安が茜たちを襲った。茜たちは安直なパス回ししかできず、なかなかゴール前まで攻め込めないまま、ただ時間だけが過ぎていった。
茜はボールを受け取ると、鋭く前を見据えた。津久見の背後にゴールが見えるが、シュートを放つにはまだ距離があった。茜は素早く視線を走らせ、パスコースを探した。
姫島、国東、九重の三人は必死にゴール前へ抜け出そうと試みるが、中津たちの徹底的なマークに苦戦していた。
パスは出せない、そう判断しかけた茜の視界に、ふと安心院が映った。
安心院は茜の近くを飛び回り、パスを待っているようだった。ゴールから離れているため、天ヶ瀬のマークも少し甘かった。安心院の表情は引き締まり、何かを狙っているような目をして、茜に視線を向けた。
茜と安心院の視線が交わった瞬間、二人は無言で頷き合った。茜は即座にスティックを振り抜き、鋭いパスを出した。安心院はボールを受け取ると、すぐにゴールを見据え、スティックを構えた。
その様子を見て、天ヶ瀬は思わず声を漏らす。
「まさか、ここから狙うつもり……?」
天ヶ瀬は咄嗟にスティックを突き出し、妨害しようとしたが、すでに遅かった。
安心院は静かに息をつき、鋭くスティックを振り抜いた。ボールはまるで弾丸のように空気を切り裂きながら一直線にゴールへと飛んでいった。そのままゴールに突き刺さるかと思われたが、直前でボールがわずかに浮き上がり、ゴールポストに弾かれた。その瞬間、前半終了の合図が鳴り響いた。
スコアは0対3のまま、前半を終えた。
観客たちは『おいた高校』の選手たちのスーパープレーを目にして、興奮気味に語り合っていた。
「あのゴール、マジですごかったな!」
「やっぱ強いね!」
「0対3……これ、さすがに逆転は無理じゃない?」
多くの生徒たちは、すでに色神学園の勝利を諦め、口々に「『おいた高校』が勝つだろうな」と言っていた。それを聞いた水色髪の少女も、心配そうな表情を浮かべていた。
選手たちは静かに地上に降り立ち、それぞれのベンチで休憩に入った。
こがねは茜たちを迎え、やさしく「お疲れ様です、皆さん」と声をかけた。
ハーフタイムの間、茜たちはここから逆転するための作戦会議を始めた。
「イリス、前半の内容を振り返って、どうだった?」
茜の問いかけに応じるように、イリスは全員の前にふわりと浮かんで答えた。
「皆さんの動きは、決して悪くありませんでした。これまでの練習の成果を十分に発揮し、それぞれの強みを活かせていたと思います。しかし、それでも『おいた高校』にはほとんど通用しませんでした。それほど、実力差があるということです。正直に言うと、このままでは、勝つ見込みがまったくありません」
イリスが淡々と言い終わると、空気が少し重くなった。
「相手は、全国制覇の実績を持つ『おいた高校』ですから、無理もありません」
こがねがフォローしても、重苦しい空気は変わらなかった。
そのとき、茜が沈黙を破った。
「『このままでは』ってことは、状況を変えれば、まだ勝つチャンスがあるってことか?」
茜の言葉に、姫島たちもはっとし、自然とイリスに視線が集まった。
イリスは険しい表情を浮かべながら頷き、冷徹に答えた。
「……非常に難しいですが、現状を打破することはできると思います」
その瞬間、茜たちは期待の色を浮かべた。
「どうすればいいの!?」
姫島は身を乗り出す勢いでイリスに迫り、茜たちもその言葉を逃すまいと真剣な表情で耳を傾けた。
イリスは静かに息をつき、真っ直ぐ前を見据え、口を開いた。
「攻め方を変えればいいんです。前半は……いえ、これまでずっと、色神セレスターズは、茜ちゃんを中心に組み立てていました。その陣形が最も強く、効果的だったからです。しかし、それが通じない相手となれば、思い切って変えなければなりません」
「……具体的に、どう変えればいいの?」と姫島は慎重に尋ねた。
「そうですね。まず、茜ちゃんをセンターから外します」
イリスの提案に、姫島は思わず「……え?」と声を漏らし、国東も目を見開いたまま言葉を失った。
イリスが続ける前に、九重が冷静に口を挟んだ。
「茜さん以上にゲームメイクが巧い選手は、うちにはいないけど、それでもいいの?」
イリスは九重に目を向け、「はい」と頷き、続けて答えた。
「今の茜ちゃんよりも、まったくデータのない皆さんの方が、効果的だと思います」
「……陣形を変えても、すぐに適応されたら、意味がないんじゃない?」
「はい……なので、相手が適応する前のわずかな時間で、皆さんはゴールを決めなければなりません。さらに、一度使った陣形は、二度と同じものを使ってはいけません。攻め込む度に、陣形を変える必要があります。つまり――後半は、常に新しい戦術で攻め続けなければならない、ということです」
「即興戦術ってことか……確かに、上手くいけば相手の意表を突けるかもしれない。でも――」
九重が視線を鋭くすると、安心院が付け足すように言った。
「それなりのリスクもある」
続けて、イリスは静かに言い添えた。
「一つのミスで陣形が一気に崩れ去る……もしそうなれば、失点は避けられないでしょう」
張り詰めた空気の中、国東は困惑した様子で姫島に目を向けた。姫島はしばしの間、厳しい顔つきで考え込んでいた。やがて、決意を固めた表情を浮かべ、全員に向けて言った。
「みんな……あたしは、イリスちゃんの作戦に賭けたいと思う!」
姫島の力強い宣言に、茜は思わず口角を上げた。
姫島は続けて言った。
「すごく難しいのはわかってる。即興戦術なんてやったことないし、できるかもわからない。でも、それが『おいた高校』に勝つための唯一の方法なら、あたしは挑戦したい!」
その言葉が響くと、緊張した空気が少しずつ和らいでいった。
「キャプテンがそう言うなら、あたしはそれに従う」と茜は少し微笑んで言った。
「わたしも!」と国東は即座に応じ、安心院も言葉はないが深く頷いた。
九重は息をつき、「仕方ないわね」と肩をすくめながら言った。
姫島たちは再び闘志を燃やし、その目には勝利を諦めない熱意が込められた。
「皆さんなら、きっとやれると信じています」
イリスが自信を持ってそう言い添えると、姫島たちはさらに士気を高めた。
その後、短い休憩の間に、姫島たちはイリスが大まかに考えた戦術を頭に入れ、後半に臨んだ。
各選手が配置に着き、ゆっくりと浮上する。両チームとも、陣形は前半と同じだった。
後半開始の合図と同時に、ドローンからボールが放たれた。その瞬間、茜と津久見は一気に加速し、ボールを奪い取ろうと迫る。茜のすぐ後ろには、九重がピタリと張り付き、全力で後を追っていた。
茜と津久見はほぼ同時にボールの射程圏内に入った。津久見が腕を伸ばすと、茜はわざと少し遅れてスティックを突き出した。津久見のスティックがボールに触れようとした瞬間、茜のスティックが接触し、ボールを捉えることができなかった。
「なっ!?」津久見は思わず声を上げた。
ボールはそのまま落下し続けたが、その先に九重が現れ、難なく収めた。そして、茜はすぐに九重のポジションに移動し、新しい戦術で攻め込んでいった。
その変化を目にした佐伯は、不敵な笑みを浮かべながら、「……そう来ましたか」と少し高揚した声で呟いた。他の四人も佐伯と同じく、期待の色を浮かべ、それぞれ迎え撃つ態勢を整えた。
九重はボールを保持しつつ、津久見を警戒しながら慎重に、しかしスピードを緩めることなく進んだ。周囲に視線を走らせ、安心院にパスを出した。安心院はボールを受け取ると、すぐにシュートを放つ構えを取った。
「そう何度も撃たせないよ!」
天ヶ瀬がシュートコースを塞ぎながら安心院に迫り、他の四人も一斉に警戒した。
その瞬間、茜が臼杵の隙を突き、一気に裏へ抜け出した。それに合わせ、安心院は素早くスティックを握り直し、茜に鋭いパスを出した。ボールは天ヶ瀬の横を掠め、茜のもとへ一直線に飛んだ。
臼杵は即座に反転し、凄まじい瞬発力でスティックを突き出すが、ボールが一瞬早く突き抜け、茜のスティックに収まった。
茜はボールを捉えた瞬間、回転の勢いを活かして力強くシュートを放った。豪快なシュートがゴールに突き刺さり、ついに色神学園は『おいた高校』から一点をもぎ取った。
一瞬の静寂のあと、大歓声が沸き起こった。観客たちは興奮を隠せず、熱い視線を選手たちに注いだ。
待望のゴールに喜びたいところだが、後れを取っているため、茜たちは控えめにお互いのプレーを褒め合った。
「ドンピシャのいいパスだった!」と茜は言い、「ナイスシュート」と安心院も静かに返し、二人は軽くタッチし合った。
その光景を見て、佐伯は微笑みながら呟いた。
「ふふ、なかなかやりますね」
「してやられたね」と中津はどこか楽しげに言った。
「はい。でも、次はそうはいきません」
「だね」
中津たちは悔しさよりもむしろ、嬉しそうだった。さらに、先ほどのゴールでより一層気合が増していた。
スコアは1対3。『おいた高校』ボールで試合が再開されると、まさに圧巻のプレーを見せつけられた。
佐伯はセンターでボールを保持したまま、冷静に周囲を見渡しながら進む。国東がパスコースを塞ぎ、各選手にも茜たちが徹底的に張り付いた。茜たちの動きは、一縷の隙もないかに見えた。だが、佐伯はまったく動じず、感心したように言い放った。
「とても素晴らしいチームワークですね。パスを出す隙が見つかりません。でも――」
佐伯は鋭い視線で、宙に浮くホログラムの板を見据えた。次の瞬間、佐伯はその板に向けて迷いなくボールを放った。
「えっ!?」
国東は思わず驚きの声を上げ、茜たちも目を見開き、一瞬動きを止めた。その隙を突き、中津は姫島の横を突き抜け、一気に飛び出した。
「なっ!?」姫島は慌てて向き直り、急いで追いかけた。
ボールはホログラムの板に当たって跳ね上がり、また別の板に衝突した。ボールの軌道は、まるで計算されているかのように次々と板を跳ね回り、最終的に中津のもとへ向かって飛んでいった。
「ナイスパス!」
中津はボールを捉えると、即座にシュートを放ち、鋭いゴールを決めた。
あまりの異次元なスーパープレーに、誰もが目を見開き、言葉を失った。
「フィールドの障害物は、こういう使い方もあるんですよ!」
佐伯が満足げに言ったあと、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
「うぉぉぉぉ! 何だ今の!? すげー!」
「今のプレー、偶然? それとも狙ってやったの?」
「どちらにしろ、すご過ぎる!」
観客たちの興奮は冷めやらなかった。
姫島たちもしばらく目を見開いたまま呆然としていたが、茜は口角を上げ、「面白れぇ!」と不敵に笑った。その言葉を聞き、姫島たちも気を取り直し、表情を引き締めた。
スコアは1対4。
熱気が収まらぬまま、色神学園ボールで再開された。次は、国東がセンターでボールを手に攻め込んでいった。
その様子を見て、佐伯は何かを察したように呟いた。
「どうやら、攻める度に陣形を変えるつもりのようですね」
「即興戦術ってやつ?」と津久見が尋ねると、佐伯は「はい」と頷いた。
「へぇー、面白そうじゃん!」臼杵はワクワクしたように言い、天ヶ瀬も小さく微笑んだ。
「みんな! 油断しちゃ、ダメだからね!」
「了解!」佐伯たちは声を揃え、一段と気合を入れた。
色神学園は国東を中心に、茜、九重と三人でパスを回しながら慎重にゴールへと迫っていった。国東らしい丁寧な攻め込みだったが、ゴールが近くなると、『おいた高校』の守備も厳しくなり、シュートまであと一歩がなかなか踏み出せなかった。
国東の前には、津久見が立ちはだかった。国東は広い視野を活かし、冷静にパスコースを探した。だが、佐伯たちの徹底的なマークにより、パスを出す隙が見つからなかった。
「あなたの得意技は、その広い視野を活かしたパス……それさえ封じれば――」
津久見は鋭く構え、「あとは、狩るだけ!」と言い放つと、スティックを振り、国東からボールを奪わんと迫った。
国東は紙一重で躱した。少し後退しつつも、ボールは取られまいと必死に回避し続けた。その瞬間、茜と九重が両サイドから現れ、国東をサポートした。
二人は大袈裟にスティックを振りかざし、パスを要求した。国東は即座にパスを出す構えを取った。その瞬間、『おいた高校』の選手たちは、一斉にパスを警戒した。
津久見がパスを警戒して一瞬手を止めたその刹那、国東は素早く体勢を低くし、一気に加速して、彼女の横を突っ切った。
「しまった!」
津久見はすぐに向き直り、急いで後を追った。疾風のごとくスピードで追い、国東の背中にあと一歩まで迫った。
しかし、国東は彼女の手が届く前に、鋭くスティックを振り抜いてシュートを放った。ボールはゴールを突き刺し、色神学園は見事なゴールを決めて、さらに一点を加えた。
姫島は真っ先に国東のもとへ駆け寄り、二人は軽くハイタッチを交わした。茜、九重、安心院の三人も、国東のゴールを褒めながら控えめに喜び合った。
その光景を目にした佐伯は、自然と笑みを浮かべながらも、冷静に状況を分析していた。
「ごめ~ん、決められちゃった」と津久見は軽い口調で言った。
「気にしないで。あれはわたしでも防げなかったと思う。切り替えよう」
中津が気遣いの言葉をかけると、津久見は「うん!」と笑顔で頷いた。
わずかな沈黙のあと、佐伯は茜たちを見据え、嬉しそうに呟いた。
「……色神学園の皆さん、試合の中で急激に成長していますね」
中津も目を向け、満足げに言い添えた。
「この試合のあと、データを更新しないとね」
「そうですね」と佐伯は微笑みながら返した。
スコアは2対4。『おいた高校』は、佐伯を中心に進撃を開始した。
色神学園の選手たちは、先ほどの佐伯と中津のスーパープレーが脳裏に焼き付いており、その影響で大胆な動きができず、中途半端な守備になっていた。ボールを奪おうと迫るが、動きが単純で簡単に躱されてしまう。
佐伯はそれを冷静に見抜き、『おいた高校』の選手たちは、次々とパスを回しながら確実にゴールへと迫っていった。
姫島は仲間の動きが鈍くなっているのを察し、咄嗟に叫んだ。
「みんな、そんなに気後れしないで!」
その声に、自然と選手全員が耳を傾けた。姫島は続けて言った。
「失敗するかもしれないけど、それでもいいから! あたしたちは挑戦者なんだよ。最後まで思い切り行こうよ!」
その言葉は、茜たちの心に深く響いた。その瞬間、色神セレスターズは心を奮い立たせ、表情を引き締めた。彼女たちの目には、迷いが完全に消え去っていた。動きもキレを取り戻し、相手にプレッシャーを与えた。
その変化に、『おいた高校』の選手たちも、興奮した様子で応じた。天ヶ瀬はボールを受け取ると、即座にゴールを見据え、シュートを放つ構えを取った。その瞬間、安心院が絶妙にシュートコースを塞ぎながら迫った。
「今度は撃たせない!」
迫る安心院に構わず、天ヶ瀬はスティックを振り抜いた。ボールは安心院の横をかすめ、ゴールの軌道から大きく外れ、誰もいない場所に向かって飛んでいった。
「どこに投げてるの……?」と安心院は思わず声を上げた。
天ヶ瀬は余裕の笑みを浮かべていた。
パスミス……?
茜はそう思ったが、どこか違和感を覚えた。ボールを凝視すると、異常な回転が掛かっていることに、ようやくはっと気づいた。
「まずい!」
茜が声を上げた瞬間、ボールは美しい弧を描きながら急カーブし、そのままゴールに突き刺さった。
一瞬の静寂のあと、『おいた高校』のスーパーゴールに再び、大歓声が沸き起こった。天ヶ瀬は控えめに仲間と軽くタッチを交わした。
相手の勢いに呑まれそうな雰囲気の中、茜は拳を握りしめ、「やってくれるじゃねぇか!」と心を躍らせながら呟いた。姫島たちも活気のある表情で、次に備えていた。
スコアは2対5。色神学園ボールで試合が再開された。今度は安心院を中心に、姫島と国東が両サイドからサポートする陣形で攻め込んでいった。
安心院は飛行が随分上手くなったものの、他の選手と比べると、まだいくらか劣っていた。それを他の四人が補いながら、安心院は鋭いシュートとパスを武器にして試合に臨んでいた。最初はそれが効果的だったが、試合終盤になると、『おいた高校』の選手たちもすっかり適応していた。
安心院はパスコースをまったく見つけられず、ゴールを狙おうにも津久見が巧妙に立ち塞がった。津久見の粘り強さに、安心院は戸惑い、次第に焦りを感じ始めた。姫島が急いでフォローに向かい、パスを要求した。安心院は堪らずパスを出したが、中津に完全に読まれていた。
中津はすかさずインターセプトし、ボールを収めた。その勢いのまま一気に加速し、攻めに転じた。ボールを奪い返そうと迫る姫島を巧みな飛行で振り切ろうとするが、なかなか突き放せない。むしろ、しつこく食い下がる姫島に徐々に距離を詰められていた。
中津は背後を一瞥し、「へぇ、やるじゃない」と楽しげに呟いた。ほうきの柄を握りしめ、姿勢を低くすると、さらにアクロバティックな飛行で宙を舞った。それでも、姫島は必死に粘り強く食らいついていった。そしてついに、姫島が中津の背中を捉え、スティックを突き出した――その瞬間、中津はくるりと回転し、逆さまの体勢で飛び続けた。
「なっ!?」と姫島は思わず声を上げた。
中津はボールを落とさぬようスティックを巧みに操り、素早く鋭いパスを出した。ボールが飛んだ先には、スティックを振りかざした臼杵が待ち受けていた。
まだ間に合う!
茜はそう思いながら、急いで臼杵のもとへ向かった。臼杵がボールを収めている間に、しっかりと守備を整えようとしていた。
しかし、臼杵は飛んできたボールを収めようとせず、勢いよくスティックを振り抜いて弾き飛ばした。ボールは空を切り裂きながら一直線に飛び、そのままゴールに突き刺さった。
「……野球かよ」と茜は思わず声を漏らした。
後半も残り二分を切っていた。スコアは2対6。次が最後のプレーになりそうだった。この状態から色神学園の逆転勝利は不可能だが、茜たちはこのまま黙って終わるつもりなどなかった。最後まで全力を尽くす覚悟で、前を見据えていた。
その雰囲気を察した『おいた高校』の選手たちも、とことんまで付き合ってくれるようだった。
色神学園ボールで試合が再開されると、選手全員が一斉に動き出した。これまでの疲労が蓄積していたが、全員が力を振り絞り、最後の力を尽くして臨んでいた。
色神学園の最後の攻撃は、姫島がセンターを務めていた。慎重に進む姫島の前に、最強のオールラウンダー、中津が立ちはだかる。
姫島は周囲を見渡し、九重に素早くパスを出す。九重はボールを受け取ると、すぐさま国東にパスを送った。国東はボールを手に、佐伯を巧く躱しながら安心院にパスを出した。しかし、ボールは佐伯が咄嗟に突き出したスティックの先端に接触し、宙に舞い上がった。
選手全員の視線が宙を舞うボールに向いたその刹那、茜と津久見が一気に加速し、トップスピードで空を駆け抜けた。二人はほぼ同時にボールの射程範囲に入り、精一杯にスティックを突き出して、ボールを収めようと迫った。二人のスティックの先端が、ボールまであとわずか数センチと迫った――その瞬間、茜の脳裏に、先ほどの臼杵のプレーが鮮明に浮かんだ。
茜は瞬時にスティックを握りしめ、そのまま勢いよく振り抜き、ボールを弾き飛ばした。
「なっ!?」津久見は思わず驚きの声を漏らした。
ボールが飛んだ先には、安心院が待ち構えていた。安心院はボールを受け取ると、「ナイスパス」と呟き、即座にシュートを放つ構えを取った。安心院なら十分にゴールを狙える位置だった。
しかし、天ヶ瀬がボールを奪おうと迫る。彼女は巧みにシュートコースを塞ぎつつ、パスも警戒し、安心院にプレッシャーをかけていた。
安心院は冷静だった。鋭く前を見据えながら、迷いなくスティックを振り抜いた。ボールは天ヶ瀬の横をかすめ、ホログラム板に向かって真っすぐに飛んでいった。パスミスかと思われたが、それは安心院の作戦だった。ボールはホログラム板に絶妙な角度で当たり、勢いよく弾かれた。ボールが飛んだ先に、タイミングよく姫島が現れた。
「障害物は、こういう使い方もあるんでしょ?」と安心院は少し挑発的に言った。
その挑発を聞いた佐伯は、満足げに笑みを浮かべた。
姫島はボールを収めた瞬間、ゴールを見据え、スティックを振りかざした。だが、その動きを先読みしていた中津が、姫島の目の前に立ちはだかった。中津の位置取りは、姫島のシュートコースを完璧に封じていた。
「いいチームワークだね。でも、見えてるよ」と中津は得意げに言い放った。
姫島は咄嗟に回転し、逆さまの体勢になった。
「なっ!?」
目を見開いて驚く中津の下からゴールを鋭く見据え、即座に力強くスティックを振り抜いた。ボールは中津の下をかすめ、ゴールから大きく外れた方向へ飛んでいった。
観客の誰もがゴールを諦め、がっかりしている中、姫島は力強く「いけぇぇぇぇ!」と叫んだ。
その声に応じるかのように、ボールは急激に軌道を変え、ゴールに突き刺さった。
その光景に、誰もが目を見開き、息をのんだ。しばしの静寂のあと、観客の大歓声が沸き上がり、フィールドには試合終了のホイッスルが響き渡った。
最終スコアは3対6。『おいた高校』がダブルスコアで勝利し、練習試合は幕を閉じた。
試合終了後、観客たちは満足げな表情を浮かべ、選手たちに拍手を送った。
選手たちはグラウンドに整列し、挨拶を交わしながら、お互いの健闘を称え合った。『おいた高校』の選手たちは、色神学園のプレーを称賛した。
「最後のゴール、カッコ良かった」と天ヶ瀬は小さく呟き、「あたしのスピードについて来られるなんて、なかなかやるわね!」と津久見は言い、「いや~、楽しかった!」と臼杵は満足げに笑った。
「即興戦術、リフレクション・パス、回転シュート……どれも簡単にはできないことを、成し遂げるなんて! ふふ……これは、面白いデータが取れそうです」と佐伯は独り言のように呟いた。
「姫島さん、さっきのあなたの言葉、本当にカッコ良かったよ。キャプテンとしてのあり方を思い出させてくれて、ありがとう」と中津は敬意を込めて言った。
「ど、どういたしまして……!」と姫島は照れながら返した。
「これからも“ライバル”として、お互いに切磋琢磨していきましょう!」
「ラ、ライバルだなんて、恐れ多いです!」
「ふふ、謙遜しなくてもいいのに」
中津の言葉に、『おいた高校』の選手たちも納得したような表情を浮かべ、深く頷いた。
こうして、色神セレスターズは、おいたセレスターズのライバルとして正式に認められたのだった。
着替えを終えたあと、『おいた高校』の選手たちはグラウンドに向かって一礼し、その場を後にした。こがねは色神学園の校門まで彼女たちに同伴した。その背中が小さくなるまで、茜たちは清々しい表情で見送り続けた。
歩きながら、こがねは改めて感謝を述べた。
「今日は練習試合をしていただき、深く感謝いたします。多くのことを学ぶことができましたわ」
「こちらこそ、本当に楽しい試合だったよ。誘ってくれてありがとう」と中津は気さくに返した。
「満足していただけたようで、何よりですわ。もしよろしければ、またお誘いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、大歓迎だよ!」
「ありがとうございます」
次の約束を取り付けたところで、こがねたちは校門前に到着した。こがねに丁寧に見送られながら、中津たちは色神学園を後にした。
しばらく歩いていると、中津がふと静かに呟いた。
「また、強敵が増えたね」
その言葉に、隣を歩いていた佐伯が小さく微笑みながら応じた。
「あの様子だと、まだまだ成長しそうですね」
「わたしたちも、負けないように頑張らないと!」
「そうですね」
二人は期待に胸を膨らませながら、色神セレスターズの成長を楽しみにしていた。
一方その頃、茜たちは『おいた高校』の選手たちを見送り、一息ついた。
「よし! こがねちゃんが戻ってきたら、反省会をしよう」
姫島が元気にそう告げた次の瞬間――。
「あなたたち、なかなかやるじゃない」と少女の声が響いた。
茜たちは一斉に声のする方へ目を向けた。視線の先には、朱色髪の小柄な少女が、胸を張って立っていた。
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