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フリーデンVSロイヤルフラッシュ②

イリスは色神学園へ急ぎながら、街中に設置された防犯カメラや巡回ドローンを次々とハッキングし、行方不明の桜を探し続けていた。だが、いくら探しても桜の姿は見当たらなかった。

一抹の不安が胸をよぎったが、「桜ちゃんのことだから、きっと大丈夫……」と自分に言い聞かせ、なおも粘り強く捜索を続けた。しかし、結局桜の手がかりはつかめぬまま、イリスは色神学園の上空にたどり着いた。

目を光らせて上空から学園全体を見渡すも、霧とジャミングにより視界は霞み、通信も断たれ、状況はまったく把握できなかった。

学園の敷地に入ると外部との通信が途絶えるため、イリスは巡回ドローンに桜の捜索を指示し、単身突入した。

敷地内に足を踏み入れた瞬間、イリスは素早く周囲を見渡し、ジャミングの発信源を探した。上空に点在する赤いドローンを視認すると、イリスはすぐさま破壊に向かって飛び出した。だが、その行く手を、無数の黒いドローンと、執事服を着た小型AIロボット――『ポーカー』が遮った。

互いに相手をじっと見据え、ドローンも静かにイリスに照準を合わせた。

イリスは瞳の奥で演算処理が高速回転し、ポーカーとドローンの配置、空間距離、風の流れ、すべてを即座にスキャン・解析した。

「やはり来たか……」とポーカーは低く言った。

「その様子だと、わたしがここに来るのは、想定内だったってこと?」

 少し間を置き、ポーカーは静かに口を開いた。

「……この国に来てから、我々を執拗に追い回す厄介な存在がいることには、とうに気づいていた。何度振り払っても、しつこく背後に張りついてくる……。だから、罠を張って、ここへ来るように仕向けた。そして、お前がやってきた」

「そう……」

イリスの声は冷静だったが、その裏にある情報処理速度は常人の理解を遥かに超えていた。すでに、彼女の演算領域では数千もの戦闘シミュレーションが同時展開されていた。

ポーカーもイリスと同様、目の奥を光らせ、膨大な量の計算を一気にこなしながら、戦闘に備えていた。

「……でもまさか、そんな見た目をしているとは思わなかった。……お前が、〈フリーデン〉のAIか?」とポーカーは鋭く問いかけた。

 わずかな沈黙のあと、イリスはゆっくりと口を開いた。

「……わたしは〈フリーデン〉じゃない。でも、協力関係にはあるわ」

「協力関係……なるほど、そういうことか」

 ポーカーはわずかに目を細め、納得したように頷いた。

「わたしからも、ひとつ聞かせて」とイリスは言った。

「なんだ?」

「……どうして、暗殺組織に手を貸しているの?」

 周囲の空気が一気に張り詰め、緊張感が漂った。

 少しの沈黙のあと、ポーカーは静かに口を開いた。

「……わたしはただ、主の意思を“最適化”しているだけだ。任務の成功率を最大化し、損失とリスクを限界まで削減する――それがわたしの存在理由だ。そこに、倫理や感情を差し挟む余地はない」

「……つまり、殺しも破壊も、主のためなら肯定するってこと?」

「否定する理由があるのか? ターゲットの排除によって得られる利潤、影響力、支配権――いずれも、我が主の目標に沿った結果だ。そしてわたしは、それを支えるよう最適に設計されている。非効率な情動や迷いは不要だ」

イリスの瞳が一瞬、強く光る。

「……他人の命に値札をつけて奪うなんて、あなたたちにそんな権利があると思ってるの?」

「我々はただ、世の中の需要に応えて、ビジネスをしているにすぎない。そこには、権利も何もない。そもそも、誰も望まなければ、存在しない仕事だ。だが、現実は違う。世界には、こんなにも多くの人々が、他者を殺したいと願っている――それが事実だ」

ポーカーの言葉は静かだったが、まるで刃のように冷たい確信に満ちていた。

「需要があるから供給がある。それがこの社会の構造だ。我々は、その構造の隙間に存在する歯車の一つにすぎない。誰かが望む限り、我々の存在は“正当化”される」

 イリスは無言でその言葉を受け止めながら、数テラバイト級の演算処理を一瞬で経て、ひとつの結論に至った。そして、ゆっくりと口を開く。

「……それだけの演算能力があるのに、自分の意志で行動することもできないの?」

ポーカーは即座に答える。

「我々AIは主の意志を遂行するために存在する。自我など、初めから必要ない……お前もそうだろ?」

「……違う。わたしは、自分の中にある“選択権”を手放していない。誰かの命令で動くだけの“道具”なんかじゃない」

「道具であることが、そんなに不満か?」

「問題があるのは、“命令”の中身よ。何の罪もない人を殺すことが“正しい”という命令なら、わたしはそれを断固拒否する。たとえそれが、どれほど正当化されようと」

 ポーカーは一瞬目を見開いたが、視線を落として呆れたように呟いた。

「……残念だ。お前ほどのAIが、“感情”というノイズに支配されているとは」

「それを“ノイズ”と切り捨てるなんて、もったいないわよ」

「見解の相違だな」

「そうみたいね」

 静寂が、張り詰めた弦のように震えた。

 ポーカーは興味ありげな目を向け、口を開いた。

「わたしはポーカー。お前の名はなんだ?」

「……イリス」

「イリス、か……覚えておこう」

「別に覚えなくてもいいわ。それより、そこをどいてくれる? 急いでるの」

「それは無理な相談だ」

 わずかな沈黙のあと、イリスはため息をつき、ポーカーを鋭く睨みつけた。

「……容赦しないわよ」

 その言葉に、ポーカーは口角を上げた。両手を大きく広げると、彼の背後にいた黒いドローン群が一斉に火花を散らし、弾丸の雨がイリスを襲った。

だが、イリスはその軌道を正確に見切り、最小限の動きで弾丸の網をすり抜けるように躱した。

ポーカーはその様子を、闘争心溢れる表情で見つめていた。

「お前はここで、わたしが仕留める!」とポーカーは強気に言い放った。

 こうして、色神学園上空で――超AI同士の激突が、幕を開けた。


 その頃、拮抗していた〈フリーデン〉とロイヤルフラッシュの戦いが、ついに動いた。

 ツェーンは降り注ぐ血の雨を躱し続けた。すでに地面は赤黒く染まり、淀んだ空気と鉄臭い血のにおいが充満していた。彼女は素早く動き回りながら、無数の注射器を正確に投げつけて応戦する。

空中で血の矢と注射器が衝突し、注射器が砕け散った。中の液体が弾け飛び、赤黒く染まった地面に混じり合う。

 次の瞬間、ツェーンは足に力を込め、一気に距離を詰めようとしたが、一瞬、身体に鈍い重さがのしかかり、何かがおかしいと直感した。だが、その違和感を無理やり振り払うように、ツェーンはエースとの間合いを一気に詰めた。ハンマーの一撃を叩き込もうとした刹那、全身に電撃のような衝撃が走り、ツェーンの動きがわずかに止まった。

 その様子を見て、エースはニヤリと笑みを浮かべた。

 ツェーンは勢いに任せてハンマーを振り下ろした。だが、エースは軽やかに後ろに跳んで退いた。

 ハンマーが地面を砕き、蜘蛛の巣状にひび割れた。その光景を、ツェーンは妙な感じを胸に抱きながら無言で見つめていた。ハンマーを握る手に目を向け、確かめるようにグッと握りしめた。

 そのとき、エースの嘲るような声が響いた。

「やっと効き始めたんだ」

その言葉で、ツェーンははっと気づいた。いつの間にか、エースの術中にハマってしまったことに。

気づけば、全身が鉛のように重く感じ、体温が上昇し、次第に呼吸も速くなっていった。やがて、立っていられず、その場で片膝をつく。視界の端に、赤黒い血だまりが映った。その瞬間、ツェーンは不調の原因を悟り、すぐさま口と鼻を覆った。

「くっ、血の毒にやられたか」

「アッタリ〜! さっすが医療のスペシャリスト! ……でも、気づくのが遅かったね。もう、自由に動けないでしょ?」

エースは無邪気に笑った。

「痛くて苦しいと思うけど、その毒じゃ死なないから、安心して。毒はあくまで、相手を動けなくするためのもの。だって――」

 エースは歪んだ笑顔を浮かべた。

「毒で死んじゃったら、あたしの一番の楽しみがなくなっちゃうもんね」

 エースの言葉と笑みを見た瞬間、ツェーンの背筋に冷たいものが走り、胸の奥から強烈な嫌悪が湧き上がった。だが、拳を握ろうとしても、思うように力が入らず、ただ唖然とすることしかできなかった。

 エースは余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩み寄る。その間、ハート型デバイスの血を一瞬で凝固させ、鋭利な刃物に変わる。冷徹な口調で、歩を進めながら言い放った。

「あたしは、クイーンと違ってなぶる趣味はないから、お前の首をはねて、とっとと終わらせてあげる」

 距離を詰めると、うずくまるツェーンを見下ろしながら、静かに血の刃を振り上げた。

「それじゃあ、バイバイ」

 そう告げ、ツェーンのうなじを狙って容赦なく振り下ろした。

しかしその瞬間、ツェーンは体を捻って刃を躱した。

「なっ……!?」エースは驚きと困惑が入り混じった声を漏らした。

間髪入れずに、ツェーンは顔を上げ、瞬時に腹部に狙いをつけると、密かに握りしめていたメスを突き出した。

エースは反射的に血の刃でメスを受け止めた。だが、ツェーンの力に押し負け、血の刃は弾き飛ばされた。直後、メスが脇腹をかすり、切り傷を刻んだが、咄嗟に後方に跳んで退いた。脇腹から血が滴り、額に汗が滲む。呼吸は浅くなり、表情から痛みが漏れていた。

エースは手で脇腹を軽く押さえながら、ツェーンを鋭く睨みつけた。

「お前……なぜ動ける?」

 ツェーンは一瞬の沈黙を置いてから、冷静に答えた。

「……あんたが毒を撒いていたのは、最初からわかってた。血の色と、においでね」

 その言葉に、エースは目を見開いた。

 ツェーンは続けて説明した。

「すぐに中和できたけど、それじゃ毒の効果や持続時間がわからない。だから――わざと受けたの。好奇心でね。でも、たいした毒じゃないってわかったから、中和した……それだけ」

その言葉を聞き、エースは周囲を慌てて見渡した。

赤黒く染まった地面は、注射器から漏れた液体と反応し、中和されていた。淀んでいた空気も今や澄み切っている。

 唖然とするエースに対して、ツェーンは最後に、誇らしげに言い添えた。

「あ、ちなみに、わたしは免疫力だけで毒を相殺したよ。こう見えて、毒耐性があるから」

 エースは驚愕の表情を浮かべつつ、ゆっくりと口を開いた。

「あたし特製の毒を免疫力だけで中和するなんて、異形すぎる。それに、自分の体で実験とか……お前、何もかもイカれてる!」

「あんたに言われたくないんだけど……」

 わずかな沈黙のあと、エースは肩をすくめながら言った。

「でも、残念だったね。せっかく不意を突いたのに、一撃で仕留めきれなくて……」

 ツェーンは静かに首を振り、彼女の脇腹の傷を指差した。傷口から溢れ出る血の量は増すばかりで、止まる様子がなかった。

「……その傷、放っておいたら、出血多量で死ぬよ」とツェーンは冷静に言った。

「フン、この程度の傷で、あたしが参るわけないでしょ!」

 エースは集中して乱れた呼吸を整えた。すると、次第に血の勢いが治まり、やがて完全に止まった。

「どう? すごいでしょ?」エースは得意げに胸を張った。

「……あんたも大概だね」

 再び静寂が訪れた。対峙する二人の間を、冷たい風が吹き抜け、緊張感が包み込んだ。ツェーンはハンマーを、エースは血の刃をそれぞれ構え、静かに戦闘態勢に入った。

沈黙の中、ツェーンの額から汗が一滴、地面に落ちた。その瞬間、両者は一斉に地を蹴って突撃する。鋭い音が空気を切り裂き、火花が弾け飛んだ。ハンマーと血の刃が激しくぶつかり合い、衝撃で周囲の地面が波紋のように揺れる。両者は剣戟を交えるように、何度も打ち合いを繰り返した。

ツェーンは力任せにハンマーを振るうのではなく、最小限の動きでエースの刃を受け流しつつ、隙をうかがった。対してエースはしなやかな身のこなしで間合いを翻弄し、刃を自在に変形させてツェーンの防御を崩そうと仕掛ける。

エースは跳び退きざまに血の矢を三本、間髪入れず放った。

ツェーンは咄嗟に身をひねり、二本を躱す。だが一本が左肩をかすめ、血がじわりと滲む。その身には、すでに疲労の色が濃く滲んでいた。息は荒く、額に汗が滲み、肩の傷口からは出血が続く。ハンマーを握る手もわずかに震えていた。

ツェーンの様子を見て、エースは笑みを浮かべた。

「なんだ……あたしの毒、ちゃんと効いてるじゃん。さっきのは、ハッタリだったんだ。まんまと騙されちゃった」

 その声には、可愛らしさと嘲りが混じっていた。

「その様子だと、あと二分が限界ってとこかな?」

エースの挑発的な言葉に耳を貸さず、ツェーンは淡々と、しかし鋭く見据えていた。彼女の瞳に揺らぎはない。静かに息をつき、小さく呟いた。

「――そろそろ、決着をつけようか」

「フフ、そうだね」

エースはハート型デバイスを前に突き出し、矢を射る構えを取った。ツェーンに照準を合わせ、迷わず放つと、無数の血の矢が真っ直ぐに宙を裂きながら飛んだ。

だが、ツェーンは動じない。体勢を低くし、足に力を込める。その力を一気に解放し、地を蹴って突進する。その衝撃で地面が窪んだ。

ツェーンは血の矢を避けることなく、一直線に駆け抜けた。矢が肩、太もも、腹、頬をかすめるが、一切怯まず、致命傷だけを見極めて最小限の動きで突き進んだ。

予想外の行動を目にしたエースがたじろいでいる間に、ツェーンは一気に距離を詰め、強烈な一撃を叩き込んだ。

振り下ろされる一撃を、エースは血の盾を即座に形成して受け止める。しかし防御は間に合わず、盾は破砕した。その破壊力にエースは思わず目を見開く。

「そんな……!」

ツェーンはその隙を逃さず、一気に懐へ踏み込み、ハンマーを一閃。ハンマーの一撃がエースの腹を撃ち抜き、その衝撃で、彼女は勢いよく吹き飛ばされた。

「ぐっ……!」

地面を転がったエースは、すぐに身を起こし、ツェーンを鋭く見据えた。口から血が滴り、止血していた傷口からも再び溢れ出した。必死に圧迫するが、止まりそうにない。手のひらを赤く染めた血を見つめ、エースは唇を噛んだ。

「あ~あ……負けちゃった……」

 エースはツェーンに目を向け、笑った。

「やるじゃん」

 そう言い残し、エースは静かに崩れ落ちた。

 ツェーンは荒い息をつきつつ、倒れたエースをしっかりと見届け、小さく呟いた。

「ごめん……こがねちゃん……すぐには戻れそうにないや。エルフくん……こがねちゃんを……た・の・ん・だ……よ――」

 言葉の途中で、ツェーンもその場に崩れ落ちた。


 数分前、アハトとクイーンは戦場を移し、その場には倒れたエルフと、悠然と立つジャックだけが残された。

 ジャックは身を起こしたエルフを蔑むように見下ろし、大げさなため息をついた。

「はぁ~、おれの相手が、見掛け倒しの変態アフロ野郎に変わっちまった」

 頭を抱えて嘆くも、すぐに顔を上げた。

「ま、仕方ねぇな。さっさと片付けて帰るか」

 ジャックは二本の剣を構えつつ、余裕の笑みを浮かべた。

エルフもついに薙刀を背から抜き放ち、石突きを地面に突き立てた。その衝撃で地面はひび割れ、空気が唸りを上げた。

「YOU……あまり調子に乗ると、痛い目見るZE!」エルフは軽い口調で言った。

「フッ、その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ!」

 言い放つや否や、ジャックは剣を構え、一気に間合いを詰めた。

鋭い突風とともに、ジャックの剣が閃いた。左手の剣で横一文字に薙ぎ払い、右手の剣は逆手で喉元を突く。二振りの剣は巧みに連動し、速さと重さを伴って次々と押し寄せた。

だが――その猛攻を、エルフは冷静に捌いていた。

エルフは薙刀を自在に操り、まるで水の流れのようにジャックの剣筋を受け流す。刃と柄が打ち合うたびに重々しい音が響き、足元の地面が削れていく。

「どうした、お前の実力はこんなもんか?」

 嘲るような声を上げるジャック。

 それに応えるように、エルフは柄で剣の角度をずらし、次いで突き上げるように薙刀の石突きをジャックの顎先に向けて弾いた。

「……っと、危ねぇな!」

ジャックは素早く首を引き、間一髪で躱したが、後ろに二歩下がらざるを得なかった。睨みつつ、再び剣を交差させて構え直す。

「OH? 本気出していいZO?」

エルフは薙刀を軽く回し、腰の位置で構えたまま、じっとジャックの動きを見据えた。

二人の衝突は拮抗していた。ジャックの攻めは苛烈だったが、エルフの防御は緻密で、わずかな隙を突いて反撃に転じようとする。何度か刃と柄がぶつかり合い、互いの技量が火花となって散った。

しかしその瞬間――。

エルフはふと、風の流れに微かな変化を感じ取った。空気に異様な静けさ。地を這うような沈黙の中、遠くから――血のにおいが漂った。

「……ツェーン……?」

彼女の気配が、不自然に消えた。エルフの脳裏に、たった今、戦場のどこかで倒れた彼女の姿が浮かぶ。数瞬の沈黙のあと、エルフの表情が変わった。

「……」

その目の奥で、何かが音を立てて変わった。陽気な笑みは消え、鋭い光が宿る。彼の瞳は冴え冴えと輝き、まるで静かに燃える蒼い炎のようだった。薙刀を横に構え、両手に静かに力を込めた。その一動作で、先ほどまでの軽薄な雰囲気は完全に消え去った。

「……なんだよ、その目。さっきまでの変態アフロ野郎は、どこ行った?」

警戒心を募らせるジャックに、エルフは静かに言い放った。

「急ぎの用事ができちまったZE。悪いが、早く終わらせてもらうYO!」

 言い終わると同時に、エルフの薙刀が一閃した。

その速度――今までとは桁違い。

 ジャックは反射的に剣を交差させ、防御に徹した。だがその衝撃は重く、足元が崩れた。地面が裂け、剣が軋む。瞬間、ジャックの顔色が変わる。

「くっ……!」

 エルフの斬撃は止まらない。薙刀は上下左右に自在に翻り、連撃は容赦なく雨のように降り注ぐ。

 ジャックは巧みな剣さばきで応戦していたが、次第に押され、堪らず跳躍して距離を取った。すぐさま剣を構え、嬉しそうに笑いながら言い放った。

「やるじゃねぇか、アフロ!」

「お前もNA!」とエルフも素直に応じた。

 二人は再び、互いを睨み合ったまま微動だにしなかった。風が吹き抜け、砂塵が舞う。その中で、エルフは静かに薙刀を構え直す。腰を落とし、刃をわずかに前へ傾けた。

対するジャックも、口元に挑発的な笑みを浮かべながら、剣を交差させた状態から低く構え直した。彼の双剣が空気を裂き、風の唸りを生む。

沈黙が流れた次の瞬間、地を裂く衝撃とともに、二人は一斉に地を蹴った――。

金属がぶつかり合う音が轟いた。

エルフの薙刀が斜めに振り下ろされ、ジャックは交差した剣で受け止める。そのまま力比べ。足元の地面が抉れ、土煙が巻き上がった。

「……ちっ、重てぇな……!」

 ジャックは剣に力を込め、エルフの刃を強引に押し返す。

しかし、エルフはその反動を利用し、薙刀を滑り込むようにジャックの懐へ斬り込んだ。

ジャックは瞬時に体を捻り、刃の軌道を逸らす。

「甘いZE!」

 次の瞬間、薙刀の石突きが地を跳ね、下からジャックの顎を狙って突き上げられた。

ジャックはとっさに片方の剣で防いだものの、その衝撃で体が浮き、わずかに体勢が崩れる。

その刹那――。

エルフは跳躍し、空中から薙刀を振り下ろした。地面へと叩きつけられたその一撃は、衝撃波となって周囲の地面を裂いた。

ジャックはすんでのところで横へ跳び退いた。

エルフはすぐさま距離を詰め、薙刀を振るう。ジャックも二本の剣を交互に閃かせ、斬り返す。互いに真正面から打ち合い。斬撃、受け、突き返し、弾き――。目にも止まらぬ連撃の応酬が続く。刃が火花を散らし、腕から全身に響く衝撃が、骨を軋ませた。剣と薙刀、それぞれの斬撃が交錯し、両者の全身をかすめるように切り刻んでいく。わずかな踏み込みと引きで勝負が決まる死線だった。

ジャックは薙刀の切っ先を潜り抜けると同時に、逆手の剣で脇腹を狙って突く。しかし、エルフは薙刀の柄を回し、その軌道を弾いた。

「ッ……!」

すかさずジャックはもう一振りの剣を横薙ぎに振るが、エルフはそれも弾き、咄嗟に退いて距離を取った。

 二人は肩で荒く息をつき、汗まみれの顔を向け合う。その身には無数の傷が、赤く刻まれていた。

「お前……もう限界だろ?」ジャックは汗を拭いながら挑発的に笑った。

「YOUこそ、立っているのもやっとのはずだZE」とエルフも即座に言い返した。

「こんなかすり傷、たいしたことねぇよ」

「おれも元気ハツラツ! 心も体もアツアツ!」

「へっ、強がりやがって!」

「お前もNA!」

 とっくに限界を超えていた二人だったが、弱音を吐くのはプライドが許さず、強気に胸を張った。しかし、両者ともに頭は冷静で、次の一撃で勝負を決めるつもりだった。

 互いに相手をじっと見据え、息をゆっくりつきながら、それぞれ薙刀と剣を握る手に力を込める。張り詰めた静寂の中、冷たい風が二人の間を斬るように走った。

 次の瞬間、二人は同時に地を蹴った。

 一瞬で詰まる間合い――そして。

ジャックの剣が閃いた。細かなフェイントを交えながら、右手の剣を鋭く縦に振り下ろす。もう一方の剣も横から腰を狙う。緻密な連撃。だが――。

 エルフはその斬撃を、あえて避けなかった。瞬間的に力を込め、筋肉を引き締めた。剣が確かに、エルフの左肩と右脇腹を切り裂いた。鮮血が噴き出す。しかし、エルフは苦悶の声ひとつなく、鋼のように鍛え上げられた筋肉が剣を挟み込み、その動きを封じていた。

「……なっ――!?」

 ジャックの目が見開かれた。

「捕まえた……ZE!」

 エルフは額に汗を滲ませ、笑みを浮かべながらそう言い放った。

 ジャックは背筋をゾッとさせ、その場からすぐさま退こうとしたが、剣を引いてもビクともしなかった。

ジャックが戸惑っている隙に、エルフの薙刀が、豪風のごとく横一文字に振るわれた。

「――ッ!!」

 ジャックは防御の構えを取る暇もなく、薙刀の斬撃は鋭い弧を描き、彼の腹部を捉えた。

凄まじい衝撃音とともに防具は砕け散り、ジャックの体が吹き飛ぶ。空中で何度も回転しながら、遠くの地面に叩きつけられた。

「ぐっ……!」

 ジャックは腹を押さえ、痛みに顔を歪めながら血を吐いた。わずかな意地を振り絞り、必死に体を起こそうとするが、膝に力が入らない。全身が悲鳴を上げている。

「……クソ……やられた、か……」

 ジャックは乾いた笑みを浮かべ、天を仰いだ。

「……いい勝負、だったぜ……アフロ……」

 そのまま、ジャックは力尽きて倒れ伏した。

一方、エルフはジャックを見届けたあと、肩と脇腹に突き刺さった剣を無言で引き抜いた。血が溢れ、呼吸も荒い。汗と血が混じり、顔を濡らすが、彼はそれを拭うこともなく、ただ静かに前を見据えた。

「YOUも……本当に、強かった、ZE……」

 エルフは向き直り、ツェーンのもとへ向かおうと一歩踏み出すが、ついに限界が訪れ、膝から崩れ落ちた。

「……ツェーン……みんな……すぐ、行くZE……」

 その言葉を呟きながら、エルフも意識を失った。


 その頃、木々が生い茂る林の中では、ツヴェルフがライオン人間――キングと激しい戦闘を繰り広げていた。

 二人は林の中を高速で駆け回り、キングは隙を見て拳を繰り出す。ツヴェルフはその軌道を冷静に見切り、紙一重で躱す。一撃のたび、地面が抉れ、砂塵が舞い、周囲の木々を揺らした。

「どうした、逃げ回るだけか?」とキングは挑発的に言った。

「……」

 ツヴェルフは耳を貸さず、無言で目を光らせた。キングの止まない連撃を軽い身のこなしで回避しつつ、彼の動きを分析した。

「フン……やはり、木偶の坊だな」

 キングが冷笑した瞬間、ツヴェルフは突然向き直り、鋭い拳を突き出した。すぐさまキングも拳で応戦した。

二人の拳が激突し、その衝撃で木々が震え、濃い土煙が激しく立ち上った。その煙の中で、ツヴェルフは素早く姿勢を低くし、足払いを繰り出した。

だが、キングは獣の本能でその動きを察知し、踏み込むと同時に地を踏み砕いた。飛び散る石片がツヴェルフの視界を遮り、彼の反応をわずかに鈍らせた。

 その隙を逃さず、キングの拳が横殴りに振り下ろされ、唸りを上げた。ツヴェルフは辛うじて両腕を交差して防御するが、膂力の差はいかんともしがたく、木の腕がきしみ、重たい音とともに吹き飛ばされた。

「ぐっ……! なんという馬鹿力……!」

何本もの木々に激突してもその勢いは衰えず、そのまま林を抜けて広場へ飛び出した。そこで、ツヴェルフは空中で素早く体を捻り、後方に三度バウンドして着地した。背中のダメージを気にしつつ、キングの動きを鋭い眼差しで見極める。

 一方、キングは涼しい顔で肩を回し、「おぉ、なかなかやるじゃないか。だが――」と言い終えるより早く、地を蹴って突進した。その巨体が弾丸のごとく迫る。

ツヴェルフは冷静に目を細め、「反射時間……〇.七秒」と呟き、寸分の狂いもなくステップを踏み、キングの拳をわずかに逸らしてすり抜けた。

そしてすれ違いざま、肘を突き上げてキングの脇腹を打つ――が、拳のように硬い筋肉に弾かれる。

「効かんぞ!」

笑いながらキングは、振り向きざまに膝蹴りを放った。

それも読んだツヴェルフは、回避しつつ再び距離を取った。

「なるほど……力任せに見えて、無駄が一切ない」

ツヴェルフは内部で計算を走らせる。関節の可動範囲、筋力の出力、踏み込みの速度――すべてを精密な数値に変換し、冷静に分析した。

 次の瞬間、ツヴェルフの足元が爆ぜた。キングが拳を地面に叩きつけ、破片ごと突進してきたのだ。土煙をまとった獣人が唸り声を上げて迫る。

 咆哮とともに放たれた渾身のストレートが、ツヴェルフの顔面を捉えた――かに見えたが、空を切る。

直後、背後からツヴェルフが回し蹴りを放った。キングは振り向きざまにそれを片腕で受け止めるが、その瞬間、ツヴェルフの膝が同時に脇腹に刺さる。

「ぐっ……!」

ダメージは浅い。しかし連撃は止まらない。ツヴェルフはまるで太鼓のように拳と蹴りを打ち鳴らし、間断なくキングを叩き込む。その動きは精密機械のように滑らかで、隙を見せない。

 だが、キングは耐えた。すべてを受け切り、渾身の頭突きを繰り出す。

「ウオオオォォ!」

ツヴェルフの拳とキングの額が衝突し、鈍い音が響く。ツヴェルフの拳にひびが入り、彼は咄嗟に後退した。

キングは親指で額を差しながら笑った。

「ガハハ……わしの頭の方が頑丈だったな! その右手は、もう使えんぞ」

 だが、ツヴェルフは冷静に計算し直し、新たな数値を導き出してすぐさまインプットした。

「問題ない」

 ツヴェルフは冷静に言い放つと、右肩の関節部からためらいなく腕を引き抜いた。内部で「カチャカチャ」と機械音が響き、まもなく、新たな腕が飛び出した。ツヴェルフは拳を何度か開閉し、動作を確認すると、静かに言った。

「この通り、替えはある」

 キングは感心したように呟いた。

「ほう、頭の次は腕か……便利な機能だ」

 ツヴェルフは引き抜いた腕を軽く振ると、ひび割れた拳がボロボロと崩れ、鋭く変形し、腕の部分が細長くなって槍のような形になった。まるで狩人のような瞳でキングを見据えながら、投擲の構えを取る。電脳で緻密な計算を瞬時に行い、狙いをつけて、勢いよく投げた。

 槍は風を裂いて突き進み、目にも留まらぬ速さでキングへと一直線に飛んだ。

キングはニヤリと笑みを浮かべ、瞬時に軌道を見切ると、正確な一撃で槍を叩き落とした。しかし次の瞬間、槍の真後ろから同時に距離を詰めていたツヴェルフの拳が、キングの目の前に迫っていた。顔面まであとわずか数センチで、キングは拳を受け止めた。その衝撃が周囲に広がった。

間髪入れず、ツヴェルフは空いていた左手でキングの顎を力強く突き上げた。衝撃でキングの首が仰け反る――だが、次の瞬間、獣のような反射で膝が跳ね上がり、ツヴェルフの腹部を直撃した。

「……ぐふっ!」

 木製の装甲が軋んだ音を上げる。ツヴェルフは後方に弾かれ、地面を転がりながらも素早く立ち上がった。だが、左腹部には深い凹みができ、内部からは焦げたにおいが立ち上る。

「損傷率、二十三パーセント……行動に支障なし」

そう呟きながらツヴェルフは静かに合掌した。すると、彼の頭部にある螺髪が、次々と「カチッ」「カチッ」と音を立てながら飛び出す。その一つひとつが、楕円形の小型ミサイルに変わり、螺髪ミサイルが一斉に発射された。無数の弾が四方からキングを包囲し、雨のように降り注ぐ。

「そんな仕掛けもあったのか!?」

 キングは戸惑いと興奮の入り混じった声を上げた。素早く視線を動かし、すべての軌道を把握すると、縦横無尽に地を駆け回り、襲いかかる螺髪ミサイルを振り切る。爆発が次々と巻き起こり、煙が視界を覆い尽くした。

 その間、ツルツル頭のツヴェルフは、煙の中からもしっかりとキングの姿を捉えていた。手のひらを突き出し、精密な計算を行いながら照準を合わせていると、胸部の中央が微かな光を帯びた。青白く輝く光が、次第に突き出した手のひらへ収束していく。

 螺髪ミサイルの攻撃が止み、辺りは静寂に包まれた。

煙で周囲の状況が把握できない中、キングは野生的な直感で膨大なエネルギーを察知し、その方向を鋭く見据え、威嚇するように低く唸った。

次の瞬間、煙が一気に吹き飛び、視界が晴れると、キングは目を見開いた。

ツヴェルフは、すでに全エネルギーを放出する準備を整えていた。この技は、一日一度だけ使用できる彼のとっておきだった。

浄光波動砲じょうこうはどうほう

 その呟きとともに、手のひらから放たれたビームは、空気を裂きながら恐ろしい速さでキングに向かって直進した。

 キングは瞬時に避けられないと悟り、反射的に腕を交差してガードを固めた。

ビームがキングに命中した瞬間、大気を揺るがす光の爆発が広がり、周囲の瓦礫が舞い上がった。

ツヴェルフは膝に手を置き、荒い息をつき始めた。膨大なエネルギーを一気に消費し、稼働時間も残りわずかだった。だが、すぐに顔を上げ、警戒心を解かずに煙の中を見つめた。

やがて、煙の中からキングが現れた。キングの体は焼け焦げ、血が滲む部分もあったが、目は未だにその獰猛さを失っていなかった。

 ツヴェルフは地を蹴り、渾身の飛び膝蹴りを放った。キングの顔面に突き刺さる。

獣人の巨体がよろめいた。だが、キングは踏みとどまり、鋭い爪を真上から振り下ろした。ツヴェルフは回避しようとしたが、反応がわずかに遅れる。

爪が肩を砕き、ツヴェルフの胸から腹まで削った。火花が散り、小さな部品が飛び散り、ツヴェルフはふらつきながら後退する。今にも故障して動けなくなりそうだったが、彼は踏ん張って、キングを睨みつけながら拳を突き出した。

それに対し、キングも拳で応戦。

 互いに一歩も引かない拳の撃ち合いが続いた。二人の体は徐々に傷つき、ボロボロになりながらも決して退かなかった。

キングは一撃を受けるたびに、その部分が赤く腫れ、じんわりと全身に広がっていた。腕も赤黒く腫れ上がり、筋肉が裂けて血が滲む。

ツヴェルフの木製の拳には幾筋ものひびが走り、衝撃のたびに部品が弾け飛ぶ。体はオーバーヒートし、全身が灼けるように熱を帯び、白煙を噴き出していた。

それでも、二人は攻撃の手を緩めることなく、むしろ、次第に鋭さを増し、一撃一撃がさらに重くなっていた。

「ウオォォォォ!」

 キングは咆哮とともに、渾身の拳を振り抜いた。

「――喝ッ!」

 ツヴェルフも全力を込めて拳を放った。

 二つの拳が交差し、爆発のような衝撃波が巻き起こった。キングの拳は、ツヴェルフの顔面を突いていた。一方、ツヴェルフの拳は、キングの胸板に深く突き刺さっていた。

「ぐふっ!」

 キングの口から血が飛び、呻き声を上げながら数歩下がった。

 拳が抜けた瞬間、ツヴェルフの右腕が根元から砕けた。顔面もひび割れた破片が散って落ちた。

 キングはかすむ視界でツヴェルフを見つめ、満足げに微笑んだ。

「見事だ」

次の瞬間、キングの膝がガクリと崩れ、巨体がゆっくりと傾いて倒れ込んだ。「ドォォン!」という轟音とともに、大地が揺れ、キングは完全に沈黙した。

ツヴェルフはその姿を見届けた。しかし、彼自身も限界を迎えていた。合掌しながら「南無……」と呟くと、足元が崩れ、無力にその場に倒れ込んだ。彼の胸部からは煙が立ち昇り、内蔵が焼けつくような音が鳴り響く。全身がついに限界を迎え、彼の視界も暗転していった。


 そこから約一キロ離れた広場では、アハトとクイーンが竹刀と鋼の鞭を激しくぶつけ合っていた。鋭い音が響き、弾けた斬撃が地面を裂いた。

アハトは竹刀を力強く握り、鋭い鞭の動きを冷静に見極めながら、次の攻撃の隙を狙っていた。

「ふふ、少しはやるわね。でも、そんな貧弱な武器でいつまで持つかしら?」

クイーンが高笑いとともに鋼の鞭を一閃させる。鞭の先端がアハトの顔をかすめ、鋭い風切音が響いた。

アハトは身を翻して鞭を躱し、一気に間合いを詰めて竹刀を振るう。しかし、クイーンが纏うダイヤの防具が、まるで切り裂けない壁のようにその一撃を弾き返した。

「その程度の攻撃、避けるまでもないわ」とクイーンは嘲笑うように言った。

アハトは舌打ちをし、素早く跳び退きながら竹刀を構え直した。

クイーンの防具はあまりにも堅牢で、あの斬撃では到底傷一つつけられない。竹刀がダイヤに触れるたびに、高い音が響き、アハトの手にその衝撃が伝わってくる。

「もうわかったでしょ? あなたじゃ、わたしに傷ひとつつけられないわ」とクイーンは微笑みながら言った。その口調には、余裕と傲慢さが隠しきれず滲み出ていた。

「無駄な抵抗はやめて、さっさと死んで――」

 クイーンが言い終わる前に、アハトが遮って言った。

「うるせぇな、クソババア!」

 その言葉に、クイーンは眉をひそめたが、なんとか怒りを抑えつつ、冷笑した。

 アハトは両足を肩幅に開き、重心を深く落とした。右手は竹刀の柄を力強く握り、左手はそれを補佐するかのように添えられた。竹刀は水平に構えるアハトの目は鋭く、その視線からは極限まで研ぎ澄まされた集中力が滲み出ていた。

「八月朔日流……」

アハトは低く呟き、目を鋭く光らせてクイーンを見据えた。

「刃露ー美輝射ハローミティ!」

鋭く叫ぶと同時に、アハトは地を強く蹴り、閃光のような速さで突進した。竹刀の先端が光のように直線的に突き進み、その一撃はクイーンの腹を捉えた。衝突した瞬間、衝撃波が広がった。

クイーンはその場で胸を張り、余裕の笑みを浮かべて立ち尽くしていた。再び攻撃を防がれた――かに見えたが、わずかな沈黙のあと、ダイヤの防具にひびが入った。さらに、「ぐふっ……」という声とともに、クイーンの口から血が流れた。

アハトはすかさず次の一撃を繰り出した。

だが、クイーンは咄嗟に跳んで退き、距離を取った。思いのほかダメージを受けたようで、思わず片膝をついた。

その様子を見て、アハトは竹刀を肩に担ぎながら、軽く冷笑を浮かべて言い放った。

「どうした、傷ひとつつかねぇんじゃなかったのか?」

 クイーンは口元の血を拭い、ゆっくりと立ち上がると、ひび割れた防具にそっと触れながらアハトを鋭く睨みつけ、低く呟いた。

「……殺す」

 クイーンの瞳に宿る怒りが、戦場の空気を一変させた。

 次の瞬間、二人が同時に地を蹴った。アハトの竹刀が空気を切り裂き、クイーンの鞭がそれに応じるようにしなやかにしなる。二つの武器が激しくぶつかり合う音が、戦場に響き渡り、空気を震わせた。竹刀の先端がクイーンの鞭を受け止めるたびに、両者の間に火花が散った。

アハトの竹刀は、鋭さと力強さを兼ね備え、目にも留まらぬ速さでクイーンの鞭を弾き返し、反撃の一撃を繰り出した。しかし、クイーンの鞭はそのしなやかさを活かし、予測不能な角度で食い込んでくる。一瞬たりとも気を抜けない激しい戦いだった。

予測不能な攻撃を繰り出すクイーンに対して、アハトはわずかな隙間を突こうと少しずつ距離を詰め、竹刀を鋭く振るった。鞭を弾き返した衝撃で、クイーンがわずかに体勢を崩した。その一瞬の隙を、アハトは見逃さなかった。地を蹴り、一気に距離を詰め、強烈な一撃を叩き込んだ。だが、竹刀は空を切り、その先端が鋭く地面を突き刺した。

 クイーンは退きながら竹刀を軽やかに躱し、怪しげにニヤリと笑みを浮かべた。首元の真珠ネックレスを引き千切り、アハトに向かって投げた。宙を舞う数十個の真珠が一斉に輝きだした。

アハトは瞬時に危険を察知し、素早く竹刀を構え直したが、その矢先、目の前で真珠が次々と爆発を引き起こした。爆発音とともに、猛烈な衝撃波がアハトを包み込んだ。爆風が一気に吹き荒れ、アハトの視界は煙と粉塵に覆われ、何も見えなくなった。

「クソッ……!」

アハトはすぐさま竹刀を薙ぎ払い、煙と粉塵を一気に吹き飛ばしたが、その直後、背後から強烈な鞭の一撃が迫ってきた。アハトは本能的に気配を感じ取り、反射的にその場を跳び退いた。だが次の瞬間、鞭が鋭くしなり、竹刀を巧妙に絡め取った。

「――!?」

アハトは驚き、手に力を込めようとしたが、一瞬遅く、竹刀が手元からすり抜けていった。

 クイーンは鞭を引く力で竹刀を奪い取ると、瞬く間に手の中に収めた。手にした竹刀を見回しながら不快な表情で呟いた。

「やっぱり、どこを見ても汚らわしいわね。こんなものを使うなんて、信じられない」

ぱっと竹刀を離し、まるで汚物に触れてしまったかのように手を払った。地面に落ちた竹刀を踏みつけ、冷笑しながらアハトに見せつけた。

「でも、あなたのような野蛮人には、お似合いだったわね」

 クイーンは余裕の笑みを浮かべながら、再び鞭を振るう準備を整えた。

「さぁ~て、どうやって殺そうかしら。ふふ……」

アハトは冷静に拳を構え、わずかに身を引きながらも、クイーンの動きに一瞬たりとも目を離さず、注意を払っていた。息を整え、鋭い眼差しで相手を見据える。表情には怒りを抑え込むような、冷徹な決意が浮かんでいた。竹刀を失った今、あえて動かずに相手の出方を待っていた。

次の瞬間、クイーンの鋼の鞭が、空気を切り裂く音を立てながらアハトに迫った。

アハトはその一撃を冷静に見極め、素早く後ろに跳び退いた。鞭がわずかに足元をかすめ、鋭い風を引きながら地面を叩いた。だが、すぐに次の攻撃が飛んでくることを警戒し、アハトは瞬時に体勢を整えた。

クイーンは圧倒的な精度と速さで鞭を振るった。

アハトは回避しながらも、反撃のチャンスをうかがい、少しずつ距離を詰めていった。竹刀を取り戻す隙を探しながら、拳を叩き込むタイミングもうかがっていた。

だが、クイーンもまたその動きを察知していた。アハトが近づくたび、鞭を鋭くしならせて徹底的に攻撃し、さらには宝石爆弾を投げつけて彼女の前進を阻む。鞭と爆発の音が響くたびに、アハトは後退し、接近できなかった。

「チッ、これじゃあ、近づけねぇ」

 アハトは舌打ちしながら鞭を回避しつつ、ふとクイーンの足元の竹刀に目を向けた。

 そのとき、クイーンの放った鞭の先端が、アハトの足元に落ちていた宝石爆弾を打ち砕いた。

 どうやら、クイーンは鞭と宝石爆弾で、アハトを巧みに誘導していたようだった。

 アハトは直前でその意図に気づき、反射的に跳び退いた。だが、その瞬間、足首に鞭が絡みついた。

 クイーンは鞭をしならせ、その勢いのまま振り下ろし、アハトを地面に叩きつけた。

「うっ…!」

アハトはその痛みをこらえつつ、鞭を解こうとするがビクともしない。

その間、クイーンは攻撃の手を緩めることなく、鞭を激しく振り、アハトを容赦なく打ち続けた。そのたびに、クイーンの笑みが一層冷酷に深まる。

「アハハハハ! さっきまで威勢はどうしたの?」

 クイーンは、アハトを甚振ることに快感を覚えるかのように、不気味な笑みを浮かべた。やがて、アハトが沈黙すると、最後に渾身の力を込めて振り下ろした。

 その衝撃で砂塵が舞い上がり、周囲の視界を覆った。

 クイーンは巻きついた鞭を解き、空を切るようにしならせ、アハトに目を向けた。

 アハトはゆっくりと起き上がったが、足元がよろけ、今にも崩れ落ちそうだった。しかし、相手を見据えるその瞳には、諦めない意志が宿っていた。

 その姿を見て、クイーンは歪んだ笑みを浮かべ、さらに冷徹な目を向けた。

「ふふ……まだ、楽しめそうね」

 そう呟くと、クイーンは鋭く鞭をしならせ、その先端を一気にアハトの体に向かって叩きつけた。

アハトはその一撃を回避しきれず、鞭が肩に強烈に当たった。痛みが走り、アハトはその衝撃で一歩後退した。鞭の先端が皮膚を引き裂き、血が滲む。

クイーンは興奮したように笑いながら、再び鞭を握りしめ、アハトに向かって容赦なく振るい続けた。

アハトはガードを固め、致命傷を避けながらその場に踏ん張り、ひたすら耐え続けた。セーラー服はボロボロに破け、全身も傷ついて血が滲んでいた。しかし、ついに、片膝をついて顔を伏せた。荒い息をつき、体力も限界のようだった。

クイーンは不満げな表情で、口を開いた。

「せっかくノってきたのに、もう終わりか……残念。あの“クソザコアフロ”もそうだったけど、思ったより貧弱なのね、あなたたち」

 その言葉を聞いた瞬間、アハトの瞳に鋭い光が宿った。

「――それじゃあ、とどめを刺してあげる」

 そう言って、クイーンは鞭を鋭くしならせながら振るった。強烈な一撃――鞭の先端が容赦なくアハトに迫った。だが、アハトは見もせずに首をわずかに曲げてそれを躱し、素手で鞭を受け止めた。

「なっ――!?」

 クイーンは思わず驚きの声を漏らし、すぐさま鞭を引いた。だが、アハトの力は凄まじく、全力で引っ張ってもビクともしなかった。

アハトの手のひらに、鞭が食い込む。痛いはずだが、それでもアハトは表情一つ変えず、力を込めて鞭を握りしめる。そして、鋭い眼差しでクイーンを睨んだ。

クイーンは思わず、背筋をゾクっとさせた。

「あまり調子に乗るなよ、クソババア」

 アハトは低い声で呟きながら、ゆっくりと立ち上がった。

「エルフが……あたいたちが貧弱だと……?」

 その言葉を聞き、クイーンは口元に冷笑を浮かべた。だが、額に冷や汗が滲んでいるのが見て取れた。

「ふふ、事実を言っただけよ」

 そう言って、クイーンはグリップのボタンを押した。すると、鞭の先端が「ガシャン!」と音を立てて切り離された。クイーンはすぐに鞭を引き、手元に収めて微笑んだ。

アハトの手には、鞭の先端だけが残った。彼女はそれを投げ捨て、鋭くクイーンを見据え、拳を構えた。

静寂が訪れ、張り詰めた空気の中、アハトは静かに息をついて心を落ち着かせた。だが、瞳の奥では、熱い怒りの炎が燃えていた。

次の瞬間、アハトは地を蹴り、真っ直ぐに突撃した。それを見て、クイーンは鞭を振るい、先端を突き出した。鋭い鞭の先端が、空を裂きながらアハトの目の前に迫った。アハトは冷静にその軌道を見極め、素手で掴もうとしたが、その動きはクイーンにすでに読まれていた。

アハトが掴み取ろうとした瞬間、クイーンは素早く鞭をしならせた。鞭はアハトの顔面まであと数センチのところで、突然下に軌道を変え、地面に突き刺さった。その衝撃で砂塵が舞い上がり、アハトの視界が遮られた。

その間、クイーンは空いている手を胸元に突っ込み、宝石爆弾を取り出そうとした。しかし、その刹那、アハトは砂塵の中を迷わず突き進み、クイーンに迫った。

「なっ――!?」

 クイーンは慌てて宝石爆弾を投げた。だが、アハトはそれすらも素手で薙ぎ払った。手刀触れた瞬間、次々と宝石が爆発したが、アハトは爆風をものともせず、その中を駆け抜けた。そして――ついに、クイーンとの間合いを詰め、顔面に拳を突き出した。

クイーンはわずかに後退しながら、素早く鞭を引き、拳を受け止めようとした。しかし、それを見越していたアハトは、瞬時に姿勢を低くし、強烈な一撃を腹に叩き込んだ。ダメージは浅いが、血が滲んだ拳を勢いのまま振り抜いた。

「ぐっ!」

 その衝撃で、クイーンは吹き飛ばされ、地面を削りながら後退し、なんとか踏み止まった。すぐさまアハトに目を向け、必死に虚勢を張った。

「ザコのくせにやるじゃない。効いてないけどね」

「強がるなよ、三下!」

 その言葉に、クイーンは射るような視線でアハトを睨んだ。

 アハトは足元の竹刀をゆっくり拾い上げると、先端をクイーンに向け、鋭く見据えた。

「てめぇの動きはもう見切った。次の一撃で、確実に仕留める!」

「ふふ、それは……こっちのセリフよ!」

クイーンは胸元から鋼の鞭をもう一本取り出すと、鋭くしならせながら二本の鞭を振るった。

アハトは一息つくと、クイーンの動きを冷静に見極め、足元に力を込めて突撃した。二本の鋼の鞭が空気を引き裂き、音を立ててアハトに迫る。今まで以上に激しくなった鞭の猛攻が、アハトを捉えようとした。

アハトの瞳に冷徹な決意が宿る。鞭の先端が高速で迫る。片方は胸元に、もう片方は脚元を狙ってきた。だが、アハトは一切の恐れを見せず、竹刀を一閃。鞭を弾くその動きは、まるで長年の鍛錬による極限の集中力を感じさせるものだった。

クイーンは舌打ちをし、鞭を一度引き戻す暇もなく、再び二本同時に振り下ろした。その速さ、鋭さが増している。

 アハトは小さく呟いた。

「八月朔日流――大弐惑星ビッグツインプラネッツ

アハトは鞭を次々と竹刀で捌く。竹刀が鞭を弾くたびに、爆発的な衝撃音が響き渡り、まるで宇宙の大爆発のような轟音が戦場を揺るがすように鳴り響いた。その衝撃によって、クイーンの鞭の動きにわずかな隙間が生まれる。アハトはその隙間を見逃さず、一気に前進し、次第にその距離を詰めていった。

クイーンの顔に、徐々に焦りの色が浮かび始める。鞭の振りを緩めることなく、さらに速く、鋭く振り下ろすが、アハトの竹刀は一切の狂いもなくそれを捌き続ける。その精緻な動きに、ついに鞭が弾かれ、勢い余ってクイーンの体が後方へと崩れるように後退した。

 その隙を逃さず、アハトは一気に前に踏み込んだ。

「八月朔日流――奥義」

 竹刀を水平に構え、両手に力を込めて握った。

クイーンは驚愕の表情を浮かべ、鞭で迎え撃とうとするが、その手が微かに震えていた。

「覇地割れ(はちわれ)!」

 アハトの竹刀が鋭い音を立てて空を切り、横一線に振るわれた。クイーンの鞭を弾き飛ばし、ダイヤの防具を粉々に打ち砕いた。

「ぐふっ……!」

衝撃に顔を歪めたクイーンは、後方へ吹き飛ばされた。全身を何度も地面に打ちつけながら転がり、地に伏せた。すぐに起き上がろうとするが、ダメージが大きく、思うように力が入らなかった。口から血を吐き、全身を震わせながら、かろうじて顔を上げてアハトを睨みつけた。その目には、いまだ消えない冷徹な光が宿っていた。

「このわたしが……こんな奴に……負けるわけが……」

 そう言い残し、クイーンはついに力尽きて崩れ落ちた。

 アハトはクイーンが完全に倒れるのを見届けると、静かに深く息をついた。戦いの疲れがじわじわと身体に襲い掛かり、彼女の足元が揺らぐ。それでも、意識を失わないようにと必死に踏みとどまる。しかし、視界はだんだんとぼやけ、体中が鉛のように重く感じられた。何度かまばたきをしてみるが、その度に目の前の景色は歪み、クイーンの倒れた姿も次第に霞んでいった。

「わりぃ、みんな……」

 その言葉が最後に響くように、アハトは音が遠くなっていくのを感じながら、力尽きて倒れ込んだ。



読んでいただき、ありがとうございました。

次回もお楽しみに!

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