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フリーデンVSロイヤルフラッシュ①

 司令室では、キーボードを叩く音が慌ただしく鳴り響き、赤い警報ランプが緊急性を煽るように光っていた。

 正面の巨大スクリーンには、混乱する街の映像と、色神茶房で穏やかに過ごす一色こがねのリアルタイム映像が並んで映し出されていた。

「ゼクス、ドローンの制御を奪えないのか?」

 指揮官の問いかけに、ゼクスはキーボードを打ち続けながら、即座に答えた。

「今、試みていますが……奴らは独自のネットワークを使っているようで、突破には時間がかかります」

「くっ……アインスたちに、任せるしかないか」

 指揮官が悔しげに拳を握った、その刹那――。

 色神学園を映していた映像に突然無数の小型ドローンが現れた。

「このドローン……まさか──」

 指揮官の声が途切れた刹那、黒いドローンが学園の建物を次々と破壊し始めた。誰もが息をのんで見つめる中、数秒後に色神学園の映像が一斉に暗転した。

「どうした!? 色神学園の映像がすべて途切れたぞ!?」と指揮官は声を上げた。

「……電波が遮断されたようです」テュールの声が重く響いた。

「すぐに復旧しろ!」

 緊迫した指揮官の声が響くと、司令室はより一層緊張感が増した。

その混乱の中で、ついにイリスが動いた。

「わたしが行く」

 3Dホログラムのイリスは静かにそう言い残し、光の粒となって司令室から消えた。白雪家のリビングで静かに眠っていた本体へ意識を戻すと、イリスはそっと宙に浮かび上がった。表情を引き締め、真っ直ぐ前を見据えると、色神学園へ向かって飛び立った。


 エルフは、背後のクイーンを守りながら、ドローンとエースに操られた男たちの相手をしていた。ドローンの銃撃を軽やかに躱しつつ、反撃の一撃で一機ずつ正確に撃破。操られた男たちも、加減された拳で次々と気絶させた。

瞬く間に制圧すると、クイーンが感心と驚きを滲ませた声で言った。

「あなた、とても強いのね!」

「こんなの楽勝! おれの活躍、まさに圧勝!」とエルフは韻を踏んだ。

「ふふ……本当に素晴らしい力……」

 クイーンはエルフに身を寄せ、全身から色気を滲ませながら、妖艶に囁いた。

「ねぇ……あなたのその力、わたしのために使ってくれない?」

 クイーンの艶やかな瞳が、エルフの視線を絡め取って離さない。見つめられた者は、理性を蝕まれ、無意識のうちに彼女に従属してしまう。

 そんなこと知る由もなく、エルフはクイーンと目を合わせ、わずかな沈黙のあと、口を開いた。

「……もちろん、OKだZE!」

 クイーンは、エルフを完全に虜にしたと確信した表情で口元を緩めた。彼の首に手を回し、耳元に口を寄せると、囁き声で命令した。

「ふふ……ありがとう。それじゃあ――“フリーデン”を、殺して」

 その言葉に、エルフは目を見開いたまま、言葉を失った。

 クイーンは続けて甘い言葉を浴びせた。

「あなたの力なら簡単なはず。こんな仕事早く終わらせて、わたしと楽しいことしましょう」

 エルフが無言で固まっていると、クイーンはデバイスで、彼の目前にホログラム映像を映し出した。そこには、激しい戦闘を繰り広げるツェーンとエースの姿が映っていた。

「まずは、この女を殺して……その次は――」

 そう言いかけた瞬間、クイーンは背筋が凍るような殺気を感じ取り、反射的にエルフから離れた。彼を見据える彼女の額には、冷や汗が滲んでいた。

 エルフは静かに威圧感を放ちながら、鋭くクイーンを睨んだ。次の瞬間、明るい表情に変わり、茶化して言った。

「……まさか、YOUがロイヤルフラッシュだったとはNA! BIGサプライズだZE。ハッハッハ!」

 その反応に、クイーンは思わずぽかんと硬直したが、すぐに開き直って肩をすくめた。

「あ~あ、バレちゃった。まさか、わたしのチャームが効かないなんて……。お坊ちゃんには、まだ早かったかしら」

「おれの魂、制御不能! お前の作戦、今や無謀!」

「ふふ、こうなったら仕方ないわね」

そう言うと、クイーンは棘のある鋼の鞭を手に取り、「ビシッ」としならせながら、妖艶に告げた。

「あなたの身体に、直接教え込んで、あ・げ・る!」

「そう簡単には、行かないZE!」とエルフもビシッと言い返した。

 両者とも表情を引き締め、場の空気が一気に張り詰めた。


 その頃、無数の血の矢が雨のようにツェーンに降り注いだ。それは、エースのハート型デバイスから一気に連射され、容赦なくツェーンを襲った。

 ツェーンは、疾風のような動きで躱し、手にしたハンマーで血の矢をいくつも弾き飛ばしながら、エースとの間合いを一気に詰めた。疾走するツェーンの周囲を、赤い血の塊が螺旋を描いて飛び交い、壁や地面に不気味な飛沫を刻んでいく。その中を正確なステップで踏み抜きながら、彼女は渾身の力でハンマーを振り下ろした。だが、その一撃は、寸前でエースが手にした血の壁に受け止められ、火花と赤黒い血しぶきが交錯した。

すかさずツェーンは左手で腰のポーチからメスを抜き、体を捻りながら斜め上に一閃。首元を狙った鋭い刺突は、寸前で身を翻したエースに躱された。

その体勢のまま、エースはもう片手で小型銃を抜き、至近距離から血の弾丸を撃ち込んだ。

ツェーンは反射的に身を捻って弾を躱し、すぐさま後方へ跳んで間合いを取りながら、迫る血弾をハンマーで次々と叩き落とした。

 わずかな沈黙が流れた。

ツェーンの足元には、べったりと広がる無数の血痕があり、地面を赤黒く染めていた。血の臭いが鼻をつき、空気は重苦しく淀んでいた。

その異様な光景を見回しながら、エースは残念そうに呟いた。

「あ~あ、せっかく集めたあたしのコレクションが、無駄になっちゃった」

 ツェーンは目を伏せ、一拍置いて、静かに怒気を滲ませた。視線を上げて鋭く見据え、ゆっくりと口を開いた。

「この血……人間の血を使ってるでしょ?」

 その言葉に、エースは一瞬目を見開いたが、すぐに嬉しそうな笑顔で無邪気に返した。

「やっぱり、わかるんだ! そうだよ。これは、あたしがこれまで殺してきた人たちの血を集めて作ったの。かわいいでしょ?」

「……悪趣味」

「え~、わかってくれると思ったのに……」

「わかるわけないし、わかりたくもない」

「……そっか、残念」

 エースは本当に落ち込んだように見えたが、すぐにケロッとした表情でツェーンを見据えた。

「でも、まあいっか……どうせ殺すし……。お前も、もうすぐあたしのコレクションの一つになるんだよ」

 異様な殺気を放ちながら笑うエースを前に、ツェーンは一切物怖じせず、鋭く目を細め、静かに呼吸を整えて構えた。


 一方、ツヴェルフとキングは、張り詰めた空気の中、互いに相手の動きを警戒し、身構えたまましばらく対峙していた。

ツヴェルフは鋭く敵を見据え、わずかな動きすら逃さず観察していた。対するキングは、まるで獲物を狙う猛獣のような眼差しで睨みつける。

 先に集中力を切らした方が、一瞬で負けてしまうような緊迫した雰囲気が辺りを包んでいた。

 静寂を切り裂くように、ツヴェルフの背後――数十メートル上空に、一機の小型ドローンがわずかな音とともに現れた。

ドローンは、ツヴェルフと一定の距離を保ったままその場で待機し、静かに照準を合わせた。ツヴェルフの後頭部をロックオンしたその瞬間――。

ツヴェルフは素早く振り返り、迷いなくロケットパンチを放った。

その拳が空を裂いてドローンを粉砕した刹那、キングは獣のような勢いで間合いを一気に詰めて拳を繰り出した。

背後に迫る強烈な拳を、ツヴェルフは振り返らずに察知し、まさに紙一重のタイミングで身を屈めて躱した。その拳が空振りに終わった瞬間、地を撃ち抜いた衝撃波で地面が砕けた。直撃していれば、木製の身体ごと木端微塵だっただろう。

間髪入れずに、キングの連撃がツヴェルフを襲う。

だが、ツヴェルフはすぐさま体勢を整えると、冷静にキングの動きをしっかりと見極め、素早い身のこなしで拳を躱し続けた。しゃがんで拳を躱すと、地を蹴って反撃の蹴りを突き上げた。

キングは反射的に身を翻して蹴りを躱し、流れるように後方回転して軽やかに着地した。だが、その瞬間には、すでにツヴェルフの拳――ロケットパンチが、彼の死角から迫っていた。

ロケットパンチがキングの後頭部を捉えかけたその瞬間、彼はニヤリと口角を上げ、わずかに首をずらした。すると、ロケットパンチは、彼の髪の隙間を風のように抜け、ツヴェルフのもとへ戻った。

ツヴェルフはそれを掴み、再装着した。

「ガハハ、まさに精密機械。わしの動きを完全に読んでおったか……」とキングは軽く笑い飛ばした。

 ツヴェルフは、周囲のひび割れた地面を見渡したあと、キングに目を向け、ゆっくりと口を開いた。

「並外れた破壊力。巨体にそぐわぬ俊敏性。そして、獣の本能としか思えぬ直感……おぬし、“遺伝子変換人間”だな」

「……まさか今の一瞬で見破られるとは、さすがの分析力。あっぱれだ。ガハハ!」

 キングは気軽に笑ったあと、一気に表情を引き締めた。まるで猛獣のような瞳で、ツヴェルフを睨みつけながら、低く唸った。

「……褒美に、わしの全力を見せてやろう」

 そう言うと、キングは拳を握りしめ、全身に力を込め始めた。次第に筋肉は肥大し、長く伸びた髪の毛や髭が頭から首元を覆った。やがて、立派なたてがみの獰猛なライオン人間に変形し、咆哮を上げた。その雄叫びは、空気を振動させて衝撃を放ち、対峙する者を萎縮させる。

 ツヴェルフの木製ボディもわずかに振動したが、彼自身は冷静にキングを見据えたまま一切物怖じせず、構えを崩さなかった。

「これが、わしの真の姿だ。どうだ、かっこいいだろ?」

 キングがそう問いかけた瞬間、ツヴェルフは勢いよく地面を蹴って一気に間合いを詰めた。顔面に強烈な拳を繰り出したが、片手で軽く受け止められ、鈍い音が響いた。すぐに腹へ膝蹴りを放つが、それも受け流される。さらに連撃を仕掛けるが、すべて軽やかに躱され、ツヴェルフは距離を取った。敵から視線を逸らさず、目の奥を光らせながら静かに分析を始めた。

その様子を見て、キングは挑発的に言った。

「どうした? まさか、その程度が本気じゃないだろうな?」

 キングの挑発に耳を貸さず、ツヴェルフは冷静に分析を続け、数秒後に完了した。

「では、拙僧も見せてやろう。新たに手に入れた“真の力を”」

 そう呟くと、ツヴェルフは合掌した。すると、胸が「ガシャン」と音を立てて開き、同時に首が折り畳まれた。逆さ向きになった頭が胸の中に収納されると、胸が閉じ、内部で「ガチガチャ」と機械音が鳴り響いた。

その様子を、キングは興味ありげに見つめていた。

やがて、音が止むと、首の穴からゆっくりと頭が飛び出した。ツヴェルフの顔は、仏のような穏やかさを湛えていたが、一転して螺髪頭の端正な顔へと変形していた。

「これが……拙僧の新たな姿です」

 ツヴェルフは、キリっとした目つきでキングを見据えた。

 短い沈黙のあと、キングは笑った。

「ガハハ! 随分と爽やかになったな。その顔なら、女にモテそうだ。だが、本当に強くなってるのか?」

 そう問いかけた瞬間、ツヴェルフの瞳がキラリと光った。次の瞬間、ツヴェルフの姿がその場から音もなく消えた。

 キングは目を見開き、瞬時に背後の気配を察知して素早く振り返った。

 ツヴェルフは一瞬でキングの背後に回り込み、拳を顔面へと突き出した。寸前で受け止められたが、そのまま力を込めて振り抜いた。

 キングは力で押し切られ、後方に吹き飛ばされた。勢いよく壁に激突し、崩れ落ちた瓦礫に埋もれた。

 ツヴェルフは合掌し、小さく「南無」と呟いた。

 ツヴェルフがここまで強くなったのは、一週間前に遡る。

 四月二十五日の深夜、ルシファーの件で不甲斐なさを感じていたツヴェルフは、〈フリーデン〉の技術部に「もっと強くなりたい」と相談していた。だが、「今の状態がベスト」と判断され、まともに取り合ってもらえなかった。次に、フィーアに相談すると、彼女はまるで好奇心に駆られた科学者のように目を輝かせながら引き受けてくれた。そして、すぐさま改造手術に取りかかり、あっという間に済ませたのだった。

 今現在――ツヴェルフは、増したパワーとスピードを確かめるように、拳をゆっくりと握りしめた。

 そのとき、瓦礫が吹き飛び、煙の中から踏み出した足が、地を砕いて地響きを立てた。無造作に肩の埃を払うキングが姿を現した。

「ガハハ! ちゃんと強くなっておるな、木偶の坊」とキングは豪快に笑った。

 その言葉に、ツヴェルフはわずかにムッとした。

「……拙僧が木偶の坊か否か、しかと見よ!」

 そう返すと、ツヴェルフは勢いよく突撃し、拳を繰り出した。迎え撃つキングも拳を突き出して応戦。二人の拳が衝突すると、まるで爆発が起きたかのように衝撃波が四方へと広がり、足元も大きく窪んだ。


 一方その頃、アハトは開けた場所で、先端がスペード型の双刃剣を手に持ち、プレートアーマーを身に纏った敵――ジャックと激しく交戦していた。

竹刀と剣が交わるたび、鋭い音が鳴り響き、飛び交う斬撃が地を裂いた。

 アハトが目にも留まらぬ速さで斬撃を繰り出すも、ジャックはすべて見切り、正確に捌いた。

アハトは少し苛立ちの色を浮かべ、竹刀を横一閃に振るった。

ジャックは素早くしゃがみ、それを躱すと、間髪入れずに下から鋭い突きを繰り出した。

アハトは反射的に身を翻し、そのまま後方宙返りしながら華麗に着地した。その瞬間、ジャックが一気に間合いを詰め、突きの猛攻を仕掛けた。だが、アハトは冷静に切っ先を見極め、素早い身のこなしですべて躱した。躱しざまに放った反撃も、ジャックに受け止められた。その衝撃が地を這い、ジャックは後方へ跳び退きつつ、軽やかに着地した。

互いに相手を見据え、すぐに構えた。

「なかなかやるじゃねぇか、眼帯女」ジャックはニヤリと笑った。

「てめぇもな、甲冑野郎」とアハトも即座に言い返した。

 静寂が訪れ、張り詰めた空気の中、ジャックは静かに息をついた。双刃剣の中央を捻るように外し、二本の剣へと変形させた。

「二刀流か……」とアハトは低く呟いた。

「遊びは終わりだ。本気で、お前を切り刻んでやる!」

 そう言った瞬間、ジャックの雰囲気は一変し、鋭い眼光から異様な威圧感が噴き出した。

 アハトはその殺気を全身で感じ取り、額に冷や汗を浮かべながらも、口元にはかすかな笑みを浮かべた。

周囲の木々が風に揺れ、木の葉の擦れる音が響く。一枚の葉が風に煽られ、静かに地面へと落ちた――その瞬間。

 ジャックが動いた。

空気を切り裂く音とともに、二本の剣がアハトに襲いかかる。右手の剣が縦に振り下ろされ、左手の剣が横に薙ぎ払う。斬撃は連なる波のように次々と押し寄せ、まるで隙間など存在しないかのような猛攻だった。

 アハトは瞬時に竹刀を構え、斬撃を受けた。

甲高い金属音が響き、竹刀がしなる。そのまま身体を低く傾けて左の斬撃を受け流すと、次の攻撃がすでに頭上から振り下ろされていた。竹刀を頭上に掲げて受け止めると、衝撃が腕に重く響いた。

「くっ……!」

力強く打ち込まれる剣圧に、アハトの足元がわずかに沈む。しかし、踏みとどまった。

竹刀を捻って剣身を滑らせ、その勢いで体をひねり、再び斬りかかってきた横一閃を紙一重で躱す。

 ジャックは容赦なく、連撃を浴びせてくる。振り上げ、振り下ろし、斜めに、水平に、上下左右の剣筋が縦横無尽に舞い踊る。剣の動きに迷いはなく、まるで舞踏のように滑らかで、なおかつ獰猛。

アハトもまた、動きを止めない。竹刀一本で斬撃の軌道を見切り、打ち払うたびに身を捻り、低く潜り、わずかな足運びで間合いをずらす。まるで全身がセンサーのように反応しながら、次の斬撃に備える。

二振りの剣は連動し、次々と変則的な角度から打ち込まれてくる。

アハトの額には汗が滲む。しかし、その目は燃えていた。

激しい攻防の中でも、竹刀の軌道は決して乱れない。剣圧を受けながらも、時折鋭い打ち込みで対抗し、互角の戦いを繰り広げていた。

 斬撃と打撃が交錯するたび、火花が散り、風が唸る。

一撃ごとに互いの技量がぶつかり合い、会話のように応酬が続く。どちらかがミスをすれば、即座に斬り伏せられるような緊張が、戦場全体を支配していた。

――まさに拮抗。

次の瞬間、ジャックがさらに踏み込んだ。

低く構えた右の剣で足元を狙い、左の剣で斜め上から切り下ろす。だが、アハトは両方の軌道を正確に読み、瞬時に竹刀を地面すれすれに滑らせて下段を払いつつ、体をひねって上段の斬撃をいなした。

 竹刀と剣がぶつかり、激しい火花が四散する。

ジャックは一歩退いて距離を取った。肩で息をしながらも、口元には笑みを浮かべている。

アハトも息を整えながら、竹刀を構え直す。

互いに一歩も譲らぬまま、視線をぶつけ合った。

「おれの本気について来られたのは、仲間以外じゃお前が初めてだ、眼帯女……。まだ踊れるだろ? もっとおれを楽しませろ!」

「上等だ、コラ! その甲冑、ボコボコにしてやんよ!」

 二人が同時に地を蹴り、再び剣を交えようとした――その瞬間、突然横から大きな影が二人の間に飛び込んできた。二人は寸前で気づき、咄嗟に後方に跳び退いた。

 大きな影は地面に激突し、砂煙を舞い上げた。

「なんだ……!?」とアハトは思わず声を上げた。

 やがて、砂煙が晴れると、窪んだ地面に全身傷だらけのエルフが倒れていた。

「エルフ……!?」

 アハトは急いで駆けつけ、片膝をついた。

「てめぇ、何やってんだ!?」

 エルフは視線を向け、弱々しい声で答えた。

「ハッハッハ……情けねぇとこ、見せちまったZE」

「てめぇほどの奴が、一体誰に……!?」

その疑問に答えるように、妖艶な笑い声が響いた。

「ふふふ……」

声のした方へ自然と視線が集まり、そこには煌びやかなダイヤの鎧を全身に纏い、首元や指の宝石が輝くクイーンの姿が現れた。手には棘のある鋼の鞭を持ち、妖艶に笑いながらしならせていた。


 数分前――エルフは、クイーンの巧みな鞭の猛攻を冷静に見切り、すべていなしていた。

「チッ……いい加減、素直に“愛”を受けなさい!」

クイーンは苛立ちを浮かべながらも、鞭を止めようとはしなかった。

 エルフは次々と迫る鞭の連撃を受け流すだけで、一向に反撃しない。むしろ、クイーンの説得を試みていた。

「YOUの攻撃、おれには届かないZE! 諦めて、お国に帰りNA!」

「わたしに説教なんて、千年早いわよ。お坊ちゃん」

クイーンは力を込め、強烈な一撃を繰り出した。

エルフはしなる鞭の軌道を即座に見極め、薙刀で弾き飛ばした。

衝突した瞬間、火花が散り、その衝撃でクイーンはわずかにふらついた。その一瞬の隙に、エルフは地を蹴り、一気に距離を詰めた。だが、それはクイーンの作戦だった。

クイーンはわざとエルフを引きつけ、彼が目の前に迫った瞬間、胸元に手を突っ込み、隠していた無数の宝石を一気にばら撒いた。その宝石は特殊加工された爆弾だった。

次の瞬間、宝石が連鎖爆発し、花火のような閃光と爆音が宙に咲き乱れた。その爆発に、エルフとクイーンも巻き込まれ、辺りは白煙に包まれた。

やがて、静かに煙が晴れた。

エルフは片膝をつき、目を伏せていた。衣服の一部が微かに焼き焦げていた。

クイーンは煌めくダイヤの鎧を纏い、無傷で悠然と立っていた。余裕の笑みを浮かべてエルフを見下ろしていた。

「ふふ……これでようやく、あなたを調教できるわね。お坊ちゃん」

 クイーンが鞭をしならせながら歩み寄った瞬間、エルフは顔を上げ、彼女に向かって飛び込んだ。

「なっ……!?」

 クイーンは反射的に鞭をしならせたが、エルフは横ステップでそれを躱し、足元を鋭く払って転倒させた。彼女の背中が地面についた瞬間、エルフは即座に薙刀を突きつけ、反撃を許さなかった。

「勝負、あったNA!」

「ふふ……わたしを殺さないの?」

 エルフは一瞬言葉を詰まらせてから、いつもの調子で答えた。

「……YOUは殺さないZE。貴重な情報源だからNA」

「そう……」

 クイーンはそう呟いて諦めたように見えたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべ、確信めいた声で呟いた。

「やっぱり……あなた、わたしを傷つけられないのね」

 その言葉に、エルフは一瞬動揺し、刃先がわずかに下がった。

クイーンはその一瞬の隙を、逃さなかった。指を鳴らすと、いつの間にかエルフの足元に散らばっていた宝石が一斉に爆発した。

エルフは寸前で気づき、咄嗟に跳んで退いた。だが、クイーンは鞭をしならせ、瞬く間に彼の足首を絡め取ると、勢いよく振り下ろして叩きつけた。さらに、間髪入れずに鞭を振るい、エルフの体を木々や地面に何度も激しく打ちつけた。

しばらくすると、クイーンは手を止め、嘲笑しながら問いかけた。

「ふふ……どうかしら? そろそろわたしの下僕になりたくなったでしょ?」

 エルフは指を振った。

「NO。おれは決して、YOUには屈しないZE!」

 クイーンは微かに眉をひそめ、不快げに呟いた。

「そう……まだ足りないのね。わかったわ。もう少し、あなたに付き合ってあげる。加減を間違えて殺してしまうかもしれないけど、恨まないでね」

そう言うと、クイーンは狂気じみた笑みを浮かべながら、容赦なく鞭を振るった。そして最後に、力強く投げ飛ばし、エルフはアハトたちのもとへ飛び込んだのだった。


「チッ、せっかく盛り上がってきたのに、邪魔しやがって」とジャックは不満を吐いた。

「あら? ごめんね、ジャック。そいつがあまりにも頑丈だから、力加減を間違えちゃったの」

クイーンは自信に満ちた笑みを浮かべながら歩み寄り、ジャックの隣に並んだ。

「いたぶらずに、とっとと殺せばいいだろ?」とジャックは冷静に言った。

「それだと、物足りないわ。久しぶりに満足できそうな相手なんだから、存分に楽しまないと損でしょ? それに、丈夫な犬ほど、しっかり躾けてあげないと、ね」

 クイーンはまるで女王のような傲慢な態度で、エルフを見下していた。

クイーンの無傷の姿を見て、アハトはすぐに察した。横目でエルフを見やり、低く呟く。

「エルフ……てめぇ、本気を出してねぇだろ?」

 エルフは気まずそうに視線を逸らし、口を閉ざして答えなかった。

 その様子を見て、アハトはため息をついた。

「ったく、バカヤロウが!」

そう吐き捨て、エルフの腹に一撃叩き込んだ。

エルフは「グハッ!」と声を漏らし、両手で腹を押さえながら、気を失いかけた。

アハトはゆっくりと立ち上がり、怒りを滲ませながらクイーンを睨みつけた。

「てめぇ……よくもエルフを、ここまで傷つけやがったな!」

「ふふ……何度調教しても堕ちないから、つい熱が入っちゃったの」

「こいつが、てめぇみたいな“ババア”に靡くわけねぇだろ!」

 その言葉に、クイーンはわずかに顔をしかめたが、すぐに冷笑を浮かべて言い返した。

「あら、嫉妬? まあ、無理もないわね。この美貌を前にして、羨ましく思わないほうが不自然だもの」

「は? てめぇみたいな“ババア”に嫉妬するわけねぇだろ。いい年して、何バカなこと言ってんだ?」

アハトの一言に、クイーンの眉がピクリと動く。その艶やかな唇がわずかに吊り上がった。

「……ああ、そう。あなたみたいな粗野な女には、やっぱり“美しさ”の意味なんてわからないのね。かわいそうに……本物を知らないなんて、哀れね」

「てめぇの方が哀れだろ。外見だけ取り繕った中身がカスの“ババア”じゃねぇか」

 クイーンの凍てつくような微笑が、ついに砕けた。彼女の周囲に、張り詰めたような圧が漂いはじめる。

「……口の減らない女ね。本当に……下品で、野蛮で、鬱陶しい」

 クイーンの声は氷よりも冷たく、炎よりも激しい。

「言葉も、態度も、見た目も……あなたの存在すべてが不快だわ」

クイーンの背中から立ちのぼる妖艶な気配は、毒気を孕み、辺りの空気すら歪め始めた。

「あたいもてめぇが気に食わねぇ!」とアハトも鋭く言い返した。

二人の火花散る睨み合いを、横から見ていたエルフとジャックは、激しい気迫に呑まれ、声すら出せずにいた。

エルフは口元を引き攣らせ、ただ黙ってアハトの背中を見つめていた。

ジャックは口を半開きにしたまま、何も言わずクイーンを見ていた。

「ねぇ、ジャック……悪いけど、あの女、譲ってくれないかしら? 代わりにその駄犬をあげるから」

 クイーンの声は低く、瞳には静かな怒りが宿っていた。

 ジャックは「あ、ああ……」と頷くことしかできなかった。

「ふふ、ありがとう」

クイーンは鞭を振るい、空を裂くような音を響かせた。

「――ってことで、あなたはわたしが叩き潰してあげる」

「上等だ……てめぇなんか、返り討ちにしてやるよ!」

 こうして、アハトとクイーンのプライドをかけた激しい戦いが幕を開けた。


 ナンバーエージェントたちとロイヤルフラッシュの激しい戦闘が始まった一方、こがねは色神アリーナ周辺の見回りに集中していた。逃げ遅れた人がいないのを確認し、一息ついたのも束の間、すぐに表情を引き締め、左手のスマートリングを口元に寄せた。

「オーロラ、他にも逃げ遅れた人はいらっしゃいますか?」

 しかし、オーロラからの返答はなく、不気味な沈黙だけが辺りを満たしていた。

こがねはふと視線を巡らせ、ようやく周囲の異様さに気づいた。辺り一帯が不気味な霧に包まれ、遠くを見通せないほど霞んでいる。背筋を突き刺すような、不快で殺気を孕んだ気配が、じわじわと漂っていた。

 こがねは冷静に状況を察し、警戒しながら身構えた。背後に殺気を感じたその瞬間、振り向きざまに鋭くハイキックを放つ。だが、その蹴りは空を蹴った。

 その直後、こがねの背後から、ねっとりと絡みつくような声が響いた。

「残念、ハズレ……」

 こがねが振り向くより早く、鋭い刃の閃きが、彼女のうなじを正確に狙っていた。

次の瞬間、「ガキンッ!」という甲高い金属音が弾け、空気が揺れた。

こがねは衝撃で吹き飛び、地面に尻もちをついた。はっとして視線を上げると、思わず目を見開いた。

そこに立っていたのは、赤と黒の衣装を纏った道化師――ジョーカーだった。

ジョーカーは、こがねを狙ってダガーナイフを突き出していたが、見えない何かに阻まれたかのように、その腕がぴたりと止まっていた。一瞬、驚いたものの、すぐに表情を引き締め、力任せに押し込もうとした。だが、はっと何かに気づくと、即座に後方に跳んで退き、軽やかに着地した。鋭く前を見据え、口を開いた。

「全員調べ上げたつもりだったけど……まさか、もう一人いたなんてね」

 ジョーカーの言葉に、こがねは困惑した。だが、すぐにその意味を知ることになる。

「……やっと見つけた」

 その声とともに、空間がゆらぎ、足元に影が落ち、そこからフィーアが姿を現した。周囲の風景と完全に同化した光学迷彩マントを脱ぎ捨て、ロッド型の天候操作デバイス『ヴェターシュトク』を構えながら、ジョーカーを鋭く見据えた。

「……フィーアさん!?」

こがねは呆然と呟き、胸の奥に微かな安堵が広がった。

 フィーアは光学迷彩マントを纏い、一週間前から密かにこがねのそばで待機していた。早い段階で姿を消し、ロイヤルフラッシュにも一切気取られず、ただ静かに機を窺っていた。そして、ついにその瞬間が訪れた。

 ジョーカーはフィーアを一目見た瞬間、思い出したように小さく呟いた。

「キミ……もしかして、あのとき取り逃がした少女……?」

 フィーアの眉がピクリと動くのを見て、ジョーカーは確信したように微笑んだ。

「やっぱり、そうなんだ。まさか、こんな形で再会できるなんて……! あのあと、いろいろ調べて回ったけど、一切情報が見つからなかったのも納得……〈フリーデン〉に匿われていたんだ」

 ジョーカーは皮肉っぽく言い、余裕な態度で続けた。

「……その殺気、ひょっとして、ボクに復讐するつもり? ……やめといた方がいいよ。復讐なんて何の意味もないんだから。時間の無駄だよ。せっかく生き残ったのなら、もっと有意義な人生を送ればいいのに……。それに、キミじゃ、ボクには敵わない。みすみす命を捨てるなんてバカの――」

言葉の途中で、ジョーカーは反射的に首を曲げた。その瞬間、頬をかすめる雷光が閃き、爆ぜるような轟音とともに、背後のコンクリート壁が粉砕された。

ジョーカーは冷徹に目を細め、フィーアを見た。

「黙れ、もう喋るな!」とフィーアは怒りを滲ませた声で言った。その手に握られたヴェターシュトクの先端は、雷を放った直後の余韻でわずかにスパークしていた。

「ふふ……まあ、ボクの前に現れた時点で、殺すことは決まってるから、説得しても意味ないか」

 ジョーカーはナイフを指先でくるくると弄びながら、まるで玩具でも眺めるような目でフィーアを見た。そして、口角をゆっくりと吊り上げた。

「仕方ない……少しだけ、遊んであげる」

 張り詰めた空気が周囲を包み込んだ。

フィーアは積年の恨みを静かに胸に抱きつつ、ヴェターシュトクを握る指に力が入る。手のひらには汗が滲み、背筋に緊張が走った。ジョーカーから目を離さず、ゆっくりと息をつき、気持ちを落ち着かせた。

そして――ついに、宿命の戦いの火蓋が落とされた。



読んでいただき、ありがとうございました。

次回もお楽しみに!

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