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忍び寄る影

五月二日、月曜日の早朝。

こがねはぼんやりと朝食をとっていた。心ここにあらずで、美味しい料理の味も、ほとんど感じていなかった。

彼女の頭の中は、一週間前の玄の姿でいっぱいだった。


四月二十五日、午後九時過ぎ。夜空が無数のスペースデブリに覆われ、こがねたちは絶体絶命の状況に追い込まれていた――あのとき。

玄が指を鳴らすと、こがねと〈フリーデン〉のナンバーエージェントたち(オーロラ含む)は、静かに眠りに落ちた。

だが、こがねはなぜかすぐに目を覚ました。起き上がることもできたが、宙に浮かぶ玄の姿を目にして、横たわったまま静かに見守ることにした。

それからの光景は、目を疑うものばかりだった。

不思議な力でスペースデブリをすべて撃ち落とし、ルシファーのデータも完全に消し去った玄を見て、こがねは言葉を失った。さらに、玄とイリスの会話の中で「桜ちゃん」という名が聞こえた瞬間、こがねははっと気づいた。

(まさか……わたくしの知る四人のほかにも、まだいらっしゃるのでは!?)

 次の日、こがねは意を決して茜に尋ねようとしたが、寸前で言葉が喉に詰まり、聞けずじまいのモヤモヤした日々が幕を開けた。

 その日の夜。

 こがねはセレスティアボールの練習を終えたあと、アインスに連れられ、〈フリーデン〉本部に向かった。会議室に足を踏み入れると、フィーアを除くナンバーエージェントたちと、指揮官、テュールが顔を揃えていた。

そこでこがねは、指揮官から『ロイヤルフラッシュ』という暗殺組織に命を狙われていることを告げられ、しばらく外出を控えるよう言われた。

指揮官の声や表情から心配そうな様子が滲み出ていたが、こがねはいつも通りに過ごす旨を伝えた。エージェントたちにも説得されたが、こがねの考えは変わらなかった。

「大丈夫ですわ。わたくしは、皆様を信じています」

 こがねが笑顔ではっきりと言い切ると、みんな仕方なく納得した。

 その日から、ナンバーエージェントたちが二人ずつ交代制でこがねの護衛につくことになった。だが、こがねの頭は、それよりも、“桜”の正体で埋め尽くされていた。

 こがねはこれまでの人生で、何度も命を狙われてきた。だからこそ、今回の件もそれほど深刻には受け止めていなかった。

 そのまま特に何事も起きることなく、日は過ぎていった。

五月二日現在。

 こがねの頭の中は、相変わらず、玄たちで埋まっていた。

 そこへ、3Dホログラムのオーロラがふわりと現れた。

「お嬢、なんだかボーっとしてるけど……どうかしたのか?」オーロラが首を傾げた。

 こがねは静かに箸を置き、オーロラに視線を向け、ゆっくりと口を開いた。

「……オーロラ、この世界に“魔法”は存在しますか?」

「魔法か……。今の科学的な見解じゃ、魔法なんてものは存在しないってことになってる。でも、科学じゃ説明のつかない現象は実際にあるしな。まだ解明されてないだけかもしれねぇけど――もしかしたら、その中に本物の魔法が紛れてるかもな」

「そう、ですわね」

「お嬢、魔法を使いたいのか? ゲームの魔法紛いじゃ物足りなくなったと?」

「いえ、そういうわけでは……ただ、この世界には、わたくしの知らないことが、まだたくさんあると思いまして」

「まあ、そうだな。人間の脳なんて限界があるし、知らないことがあって当然だ。この世界のすべてを理解しようなんて、あたしにだって無理だ。でも、人間は前に進める生き物だ。ちょっとずつでも進んでいけば、それでいいんじゃねぇか?」

 その言葉で、こがねの胸に広がっていたモヤモヤが徐々に晴れていった。

「ありがとうございます、オーロラ。わたくし、決めましたわ!」

(玄さんに、直接お聞きしてみますわ!)

 こがねは覚悟を決めると、朝食を手早く済ませ、出掛ける準備を進めた。

 屋敷の門を出ると、護衛のドライが腕を組んで待ち構えていた。

もう一人の護衛――ノインは、数百メートル離れた場所に身を潜め、周囲を警戒していた。

「もう出掛けんのか?」とドライは不愛想に言った。

「はい。本部に用がありますの」

「本部に……? 何の用だ?」

「シュバルツ様に、直接お聞きしたことがございまして」

「そうか……わかった」

「では、参りましょう」

 こがねはドライとともに〈フリーデン〉本部へ足を向けた。

 多くの人々が行き交う街中の広場を、二人は歩いていた。

広場では、白黒の衣装を纏った道化師が、大きなボールの上で器用にバランスを取りつつ、ジャグリングを披露していた。その見事なパフォーマンスに、通りかかった何人かが足を止めて見つめた。

こがねも一瞥したが、すぐに前を向いて歩を進めた。

そのとき、道化師がミスをしてジャグリングボールを一つ落とし、バランスを崩して地面に尻もちをついた。

ボールは地面を転がり、こがねの足先に当たって止まった。

こがねは足元のボールに気づき、しゃがんで拾った。ボールを手に取ったその瞬間、こがねの人差し指に嵌められたスマートリングが、微かに光を放った。

こがねはその光に気づかず、道化師に視線を移した。

道化師は痛そうに尻をさすっていた。

 こがねが道化師のもとへ歩み寄ろうとすると、ドライが手を伸ばして制した。

 ドライは道化師を鋭く見据え、警戒心をむき出しにしていた。

 道化師はドライの視線に気づくと、一瞬怯え、すぐに立ち上がって無言で何度も頭を下げた。

「三日月さん、むやみに相手を怖がらせてはいけませんよ」

こがねはそう呟き、穏やかな表情で歩み寄った。

「申し訳ありません……この人、生まれつきこういう目つきですの」

 冗談っぽく言い、ボールを差し出した。

 道化師がボールを受け取ると、こがねは柔らかく微笑んだ。

「では、失礼いたします」

丁寧に一礼してから、こがねとドライはその場を後にした。

歩を進めていると、スマートリングからオーロラの声が響いた。

「お嬢……今一瞬、記憶が飛んだんだが、何かあったのか?」

「え……いえ、特に何もなかったと思いますけれど……」と、こがねは少し戸惑いながら返した。

「そうか……ならいい」

 オーロラは不審に思いつつ、すぐに気持ちを切り替えた。

 一方、道化師はしばらくその場に立ち尽くし、こがねの背中をじっと見送った。やがて視線をジャグリングボールに落とすと、口元に不気味な笑みを浮かべ――次の瞬間、影のように姿を消した。


 本部に到着したこがねとドライは、ロビーで別れ、それぞれの目的地へ向かった。こがねはシュバルツを探し回り、ドライはそのまま会議室へ向かった。

 こがねはすれ違うエージェントたちにシュバルツの居場所を尋ねて回ったが、誰も知らず、見つけることができなかった。

 一方その頃、会議室ではロイヤルフラッシュ対策会議が静かに始まっていた。そこには、いつものメンバーと3Dホログラムのイリスとオーロラの姿もあったが、フィーアとシュバルツはいなかった。

 会議室は静まり返り、張り詰めた空気が満ちていた。

 指揮官は場を仕切り、口を開いた。

「この一週間、よく持ちこたえてくれた。敵も迂闊には動けなかったようだ。キミたちの動きが、やつらに警戒心を抱かせたんだろう。その間に、ついにロイヤルフラッシュの一人を特定することができた」

 指揮官はイリスに目を向けた。

 イリスは黙って頷くと、ふわりと前に出て、テーブルの中央にいくつかのホログラム画像を投影した。映し出されたのは、こがねが一週間の間に訪れた場所――色神学園、駅前広場、色神アリーナなどの人混みを俯瞰で捉えた画像だった。

 どの画像にも、赤と黒の衣装を纏った道化師が写っていた。不敵な笑みを浮かべ、すべてのカメラに挑発するような視線を向けていた。

 ホログラム画像に視線が集まり、誰もがじっと見つめる中、イリスは道化師を拡大した。

「……この道化こそが、ロイヤルフラッシュのジョーカーだ」指揮官は厳しい口調で告げた。

「こいつが……」アハトは目を見開き、「ジョーカー……」とツヴァイが呟いた。

 アインスは鋭く見据え、フュンフは表情を引き締め、ツヴェルフは合掌した。

「こんな近くにいたなんて……!?」ノインは驚きを隠せなかった。

「し、しかも……全部、カメラ目線……」とズィーベンが呟いた。

「明らかに、挑発してるな」とゼクスが苛立ちを滲ませた。

「他の仲間の痕跡は完全に消されていましたが、ジョーカーだけはあえて姿を晒したようです。よほどの自信があるのでしょう」とテュールが言った。

「なめやがって!」ドライは拳を握りしめた。

 わずかな沈黙のあと、エルフが口を開いた。

「でも、こいつさえ捕えれば、仲間の情報を聞き出せるZE!」

「尋問は任せて。どんな手を使っても、必ず吐かせるから」とツェーンが言った。

 少し間を置き、指揮官が口を開いた。

「……ジョーカーは、我々の力を完全に見くびっている。だが、それこそが奴の隙だ。もう守りは終わりだ――今度は、こちらが攻めに出る!」

 その言葉で、全ナンバーエージェントの士気が上がった。


 廊下を歩いていたこがねは、少し先の会議室の扉が開くのを目にした。中から現れたのは、ナンバーエージェントたちと指揮官、そして3Dホログラムのテュールとイリスだった。

 こがねはイリスに駆け寄り、声をかけた。

「イリスさん!」

 イリスはこがねを見つめ、「一色さん、おはようございます」と丁寧に返した。

「おはようございます。今日は、シュバルツ様とご一緒ではありませんの?」

「はい……急な用事が入ってしまって……」

「……いつ頃、お戻りになられますか?」

「……わかりません」

「そう、ですの……」

 こがねは黙って考え込んだ。

(せっかく覚悟を決めてきたというのに、肝心の玄さんがいらっしゃらないとは……! このモヤモヤ、まだ続くなんて……。イリスさんに聞けば、教えてくださるでしょうか……? いえ、ダメですわ、こがね! こういう大切なことは、ご本人から直接お聞きすべきですわ!)

 こがねは小さく息を整えると、イリスをまっすぐに見つめて言った。

「イリスさん。もしシュバルツ様がお戻りになりましたら、わたくしが探していたと、お伝えいただけますでしょうか?」

「承知しました」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

 こがねは軽く一礼し、踵を返して歩き出した。

護衛には、ツェーンとエルフがつき、二人はこがねの後を追った。

隣に並ぶと、ツェーンは明るく言った。

「今日もよろしくね、こがねちゃん」

「おれたちがいれば、お前は安全! 敵は動けずただ呆然!」とエルフは韻を踏んだ。

「よろしくお願いします、十和さん、薙士さん」とこがねも笑顔で返した。

 イリスは、背を向けて去っていくこがねたちを見送りながら、静かに拳を握りしめた。

 こがねは、ツェーンとエルフとともに色神学園へ向かった。

 アインス、ツヴァイ、ドライ、フュンフ、ズィーベン、ノインの六人は、イリスが特定したロイヤルフラッシュの拠点と思われるホテルへ向かった。

 アハトとツヴェルフは、こがねから少し離れた場所に身を潜め、周囲を警戒しながらジョーカーを探した。

 ゼクスは本部の司令室で、街中のカメラ映像を凝視した。


 こがねは、色神学園の運営業務に追われていた。

授業の見直しに始まり、生徒たちからのヒアリング、部活動の見学、予算会議――やるべきことは山ほどあった。それでも、自身の専攻研究にも手を抜かず、しっかりと取り組んでいた。

 ツェーンとエルフは、一日中こがねのそばで業務を手伝っていた。周りの人々がどう見ても、護衛には見えなかった。

忙しくしているうちに、あっという間に時間が過ぎていた。ふと気がつけば、窓の外には夕日が覗いており、すでに午後五時を回っていた。

こがねたちは、色神学園の和喫茶『色神茶房』で一息ついた。そこで、最新医療や音楽について楽しそうに話す姿は、まさに友達そのものだった。和やかな雰囲気の中、会話は一度も途切れることなく、あっという間に一時間が経過した。


 その頃、アインス班はロイヤルフラッシュの潜伏先と睨んだホテル前に到着していた。フュンフは向かいのビル屋上から狙撃態勢に入り、他の五名は二手に分かれてホテル内を慎重に進んだ。

 最上階の窓は厚手のカーテンで閉ざされ、外から中の様子は一切わからなかった。だがフュンフは、生体反応感知デバイスで、部屋に五つの反応を正確に捉えていた。

 司令室で見守っていたイリスも、部屋の中にロイヤルフラッシュが潜伏していると確信していた。ここ数日、街中のカメラを入念に調べ上げて特定した場所で、全身をジャミングスーツで覆った人物が、何度もホテルに出入りしていたのを突き止めたのだった。いくら姿を隠しても、イリスの目は欺けなかった。

「フュンフ、中の状況は?」アインスの声が、フュンフの耳元で響いた。

「五人ともリビングにいる。手には……グラスや瓶を持ってる。まだこっちの存在に気づいてないよ」とフュンフは静かに返した。

「そうか、わかった」

 アインスたちは最上階に到達すると、「行くぞ!」の合図とともに、入口と窓から一斉に突入した。

「なっ、なんだ、お前ら!?」と一人の男が声を上げた。

リビングで酒を飲んでいた五人の男たちは、完全に油断しており、抵抗する間もなく制圧された。だが、そのあまりの呆気なさに、アインスたちは違和感を覚え、司令室のイリスたちも何か引っかかっていた。

 男たちを拘束したあと、ノインは3Dホログラムのバイオリンを奏で、その音色で男たちを一瞬にして催眠状態へと誘った。そして静かに尋問を始めた。

その間、他の四人は部屋の中を入念に調べ回ったが、武器などは一切見つからず、ただリビングに酒や料理が並んでいるだけだった。ただ一つ、壁に貼られたロイヤルフラッシュのロゴだけが、異様に鮮やかで、不気味さを際立たせていた。

 調査の途中で、リビングにノインの緊迫した声が響いた。

「皆さん、すぐに集まってください!」

 散っていた四人はすぐにリビングに集合し、ちょうどフュンフもやってきた。

「どうした、ノイン?」とドライが尋ねた。

「してやられました。この男たちは、ロイヤルフラッシュではありません」とノインは断言した。

 その場にいた全員と、さらには〈フリーデン〉の司令室にいるゼクスや指揮官たちの目も大きく見開かれた。

 ノインは冷静に説明した。

「この男たちは、“クイーン”と名乗る女にそそのかされて、この部屋にいたようです。わたくしたちをおびき出すために……。おそらく、その女がロイヤルフラッシュです」

「やっぱり、そうか……さすがに弱すぎるから、おかしいと思ってたんだ」とツヴァイが呟いた。

「チッ……まんまと出し抜かれたってわけか!」ドライは苛立ちを滲ませた。

「みんな……ごめんなさい」イリスの申し訳なさそうな声が響いた。

「気にしないで」とフュンフが即答し、「お前は悪くない」とアインスが補足した。

「……こ、この人たち、ロイヤルフラッシュの居場所を知らないんですか?」

ズィーベンがそう尋ねると、ノインは首を横に振って答えた。

「彼らは、何も知りませんでした」

ドライは怒りを滲ませた表情を浮かべ、壁に貼られたマークを引き剥がして握りしめた。

そのとき、イリスがはっと顔を上げて呟いた。

「……ってことは、一色さんが――危ない!」

 イリスの声が耳に届いた瞬間、全員の表情に緊張が走った。

その刹那、ふと気づけば、窓の外に黒いドローンが六機――まるで狩人のように、部屋の中を静かに覗き込んでいた。ドローンのボディには、ロイヤルフラッシュのロゴが不気味に浮かび、下部にマシンガンを携えていた。ドローンの銃口は、アインスたち六人を狙い定め、静かにその照準を合わせていた。

微かな気配を察知したアインスは窓の外に視線を向け、ドローンに気づいた瞬間、咄嗟に声を上げた。

「全員、ここから離れろ!」

 その声が響くや否や、アインスたちはそれぞれ即座に身構え、同時にドローンの銃撃が始まった。無数の弾丸が窓を突き破り、次々とアインスたちを襲う。砕け散った窓ガラスがホテル正面の歩道に落下し、驚いた歩行者たちが悲鳴を上げながら逃げた。

 司令室の指揮官たちの耳に、激しい銃声だけが響いた。

「銃撃だと!? アインス、何があった!?」

指揮官の声は銃声に掻き消され、アインスたちの耳には届かなかった。

やがて、銃声が止むと、司令室には緊張感が漂い、誰もが息をのんだ。

指揮官はゆっくりと口を開いた。

「アインス、ツヴァイ、ドライ、フュンフ、ズィーベン、ノイン……応答してくれ」

 しばしの静寂のあと、アインスの小さな声が司令室に響いた。

「……心配いらない。全員、無事だ」

 その応答に、司令室の誰もが安堵の息をついた。

 アインスたちは、襲いかかる弾丸の雨をすべて防ぎきっていた。部屋の中は無数の弾痕が刻まれ、その壮絶さを物語っていたが、アインスたちは一発も弾丸を浴びず、拘束された男たちも、無傷のまま静かに床に伏せていた。

 六機のドローンは、アインスの短剣に刻まれ、完全に機能を停止していた。

「ンの野郎……派手に暴れやがって!」ドライは苛立ちを隠さず吐き捨てた。

「気づくのが一瞬でも遅れていたら、危なかったな」とツヴァイが安堵の息を漏らした。

「アインスさんのおかげで助かりました」ノインは小さく微笑んだ。

「みんな、無事でよかった」指揮官がようやく胸を撫でおろした、その刹那――司令室に鋭い警報音が鳴り響いた。

「今度は……なんだ!?」と指揮官は声を上げた。

 正面の巨大スクリーンに、混乱に満ちた色神各地のリアルタイム映像が映し出された。

多くの人々が行き交う場所の木陰やベンチの下、ゴミ箱の裏に潜んでいた小型ドローンが、まるで息を吹き返したかのように、一斉に赤い光を灯して起動した。

ドローンは突如として銃撃を開始し、ガラスや外壁を次々と砕くと、巡回中の清掃ロボットや監視ドローンも容赦なく撃ち抜いていった。

さらに、数十人の屈強な男たちが、狂ったように暴れ出した。理性の欠片もないその様子は異様で、彼らは「クイーン様のために……クイーン様のために……!」と呪文のように繰り返しながら、狂気に満ちた目で施設を破壊していった。

被害は瞬く間に広がり、人々は恐怖に駆られて、あちこちで悲鳴を上げながら逃げ惑った。だが、不思議と人々に直接危害を加える者はいなかった。

 その惨状は、アインスたちの目前にもホログラム映像として映し出されていた。

全員が固唾をのんで映像を見つめる中、指揮官がはっと我に返り、指示を飛ばした。

「アインス、ツヴァイ、ドライ、ズィーベン、ノインは今すぐ指定された場所に向かってくれ。フュンフは、回収班がそちらへ向かうまで、男たちの見張りを頼む」

 その声に、全員が正気に戻った。

「了解!」と応じ、足早に部屋を後にして、ホテルの前で散開した。

 ドライは街中を駆けながら、歯噛みするように尋ねた。

「一色の方は、大丈夫なんだろうな?」

「ああ、アハトたちを信じろ」厳かな指揮官の声が、ドライたちの耳に響いた。

 ドライたちは表情を引き締め、その目には仲間を信じる想いと闘志を宿した。


その頃、一人の妖艶な美女――『ロイヤルフラッシュ』のクイーンが、色神学園の敷地内へ足を踏み入れた。蜘蛛型ロボットには関係者と認識され、制止されることはなかった。彼女が通るたびに、すれ違う者たちは思わず足を止め、その美貌に見惚れた。

「ふふ……第一段階、クリアっと。これで彼らは、しばらくここにはやってこない」

クイーンは不敵な笑みを浮かべながら、スマホ越しに街の暴徒たちを見つめた。

その暴徒たちの正体は、クイーンに言葉巧みに扇動された一般市民だった。甘い誘惑に酔わされ、理性を失った彼らは、暴力に身を委ねていた。

 その光景に、クイーンの唇が冷たく歪んだ。

クイーンは広場で、先に侵入していたエース、ジャック、キングと合流し、四人は並んで歩き始めた。

しばらく進むと、クイーンはスマホを口元に当て、そっと呟いた。

「ポーカー、お願い」

「了解しました」

 ポーカーがそう応じた次の瞬間、色神学園内に隠されていた無数の小型ドローンが一斉に起動した。

ドローンは黒と赤の二種類に分かれていた。

黒いドローンは、校舎や体育館、アリーナ、講堂などを標的に、銃撃や鈍器で次々に破壊を始めた。統率の取れた動きで、生徒たちを傷つけず、同じ方向に逃げるように誘導していた。

赤いドローンは空高く舞い上がり、学園上空に広がると、一斉に粒子を噴き出した。やがてその粒子が学園全体を覆い尽くすと、ネットワークが完全に遮断され、外部との通信が一切できなくなった。さらに、学園内の防犯カメラの映像も途切れた。

 大騒ぎして逃げ出す者、怯えて動けない者、冷静に手助けをする者など、学園全体が瞬く間に混乱に包まれた。

 いち早く異変に気づいたアハトとツヴェルフは、迷わず姿を現して小型ドローンの殲滅に取りかかった。

 アトラクとナクアを含む蜘蛛型ロボットたちは、生徒たちの避難誘導に向かった。

校門の警備が薄くなると、外部から異様な雰囲気を纏った男たちが、次々と色神学園へ侵入してきた。彼らもまた、街を襲う暴徒と同じく、理性を失っているようだった。その正体は、エースが特殊な薬物で意識を操った一般市民たち――命令にのみ従う、操り人形のような存在だった。

 エース、ジャック、クイーン、キングの四人は、逃げ惑う生徒たちの中に紛れると、それぞれの任務へと散っていった。

 

少し遅れて、こがねたちも異変に気づき、急いで色神茶房を飛び出した。

上空には小型ドローンが飛び交い、地上では生徒たちが慌ただしく逃げ惑っていた。混沌とした光景が、こがねたちの目の前に広がっていた。

 こがねは目を見開き、思わず言葉を失った。

 ツェーンは周囲を見渡し、ふと一人の少女――エースに目が留まった。

 エースはツェーンと目が合うと、不敵に笑い、踵を返してその場から立ち去った。

 その瞬間、ツェーンは鋭い目つきでエースを睨みつけ、勢いよく駆け出した。

「十和さん!?」とこがねは声を上げ、エルフも目を見開いた。

「エルフくん、こがねちゃんをお願い!」

 ツェーンは振り返らずにそう言い残し、エースを追いかけた。

 わずかな沈黙のあと、こがねははっと我に返り、表情を引き締めて口を開いた。

「薙士さん、わたくしたちも避難誘導に向かいますわよ!」

「OK!」とエルフは頷き、二人はその場を後にした。

 こがねとエルフが色神アリーナに着いた瞬間、艶やかな美女が地面の突起につまずき、バランスを崩して倒れ込んだ。そのとき、アリーナの外壁が崩れ落ち、彼女の頭上に迫った。

 彼女は顔を上げ、目前に迫る瓦礫に気づくと、「キャァァァァ!」と悲鳴を上げて目をつむった。

 エルフは力強く地を蹴り、彼女を抱えたまま間一髪で駆け抜けた。次の瞬間、コンクリート片が地面に落ちて砕け散った。

「もう安心だZE!」

 エルフがやさしく声をかけると、彼女はそっと顔を上げ、艶めかしい瞳で見つめ返しながら言った。

「あ、ありがとう」

その声と瞳には、人を一瞬で虜にする魔性の艶が宿っていた。

エルフは彼女の顔を見て、思い出した。

「……YOU、この前クラブで会ったNA!」

「……あ、あのときのDJさん!」と彼女も思い出したように返した。

エルフは彼女をそっと降ろそうとしたが、その手は彼の肩にしがみついたまま、震えて離れなかった。

その様子を見て、こがねは気遣うように言った。

「薙士さん、彼女を安全な場所まで連れて行ってください」

「NO。それは無理だYO。おれはチャンツェーに“お前を守れ”って頼まれてんだZE。今ここで、離れるわけにはいかないYO」

「ご心配には及びません。こう見えてわたくし、護身術を心得ていますから」

 こがねは胸を張り、真っ直ぐな目で見つめた。

わずかな沈黙のあと、エルフはため息をついた。

「……OK。すぐに戻って来るから、ここから絶対動くなYO!」

「はい」

エルフは女性をしっかり抱きかかえると、勢いよく駆け出し、あっという間に姿が見えなくなった。

エルフにしがみついたままの美女――クイーンの唇には、かすかにニヤリとした笑みが浮かんでいた。

 こがねはエルフを見送り、再び表情を引き締めて逃げ遅れた人がいないか目を配った。だがそのとき、背後に異様な気配を感じ――思わず振り返る。しかし、そこには誰の姿もなかった。こがねはひと息つき、キリっとした表情で再び歩を進めた。

 やがて、こがねの周囲には人影が消え、不気味な静寂が辺りを包んだ。彼女の周囲一キロ圏内には、それぞれ無数のドローンとエースに操られた男たちが待機し、人を寄せ付けないようにしていた。

 そのうち二箇所を、アハトとツヴェルフが迅速に制圧し、それぞれ急いでこがねのもとへ向かおうとした。その瞬間、アハトのもとへジャック、ツヴェルフのもとへキングが現れて立ち塞がった。

 その頃、ツェーンもエースに追いつき、対峙していた。

 ついに、〈フリーデン〉と『ロイヤルフラッシュ』の激突が幕を開けようとしていた。

だが、そのとき――こがねの背後には、不気味な笑みを浮かべる道化師の影が忍んでいた。こがねが完全に孤立したのを見計らい、影は音もなく、じわりと背後に迫っていた。



読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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