フィーアの秘密①
四月二六日、火曜日の午前。
アインスは数百メートル離れた場所から、一色こがね率いるウィッチサバイバル部を静かに見守っていた。一色の護衛が任務だが、その立ち振る舞いはごく自然で、周囲の誰にも気づかれることはなかった。
アインスはしっかりと周囲を警戒しつつ、楽しげに過ごす一色たちを見て、わずかに口元を緩めた。だが、次の瞬間、アインスは鋭い目つきで空を見上げた。視界に小さな黒い点が映ると、閃光のような速さで空を飛んでそれを掴み、誰にも気づかれずに着地した。
掴み取ったものに目を向けると、それは小型の蜂型ロボットだった。
蜂型ロボットは、必死に羽ばたいて逃げ出そうとしていたが、やがて諦めたように動きを止め、小さく爆発した。データを抜き取られるのを恐れ、自爆したようだ。
午後、アインスを除くナンバーエージェントたちは、〈フリーデン〉本部の会議室に集合した。それぞれ、円卓を囲むように座って待っていた。
しばらくすると、指揮官と3Dホログラムのテュールが部屋に現れた。
指揮官の顔には、わずかに焦りの色が浮かんでいた。
「急に呼び出してすまない。全員、揃ってるな?」
そう問いかけながら、指揮官は早足で自分の席に腰を下ろした。
テュールは指揮官の隣に並び、宙に浮かんだ。
「アインスがまだ来てねぇようだが……?」
ドライが辺りを見回しながら尋ねると、テュールがすぐに答えた。
「彼は今、一色こがねさんの護衛任務中です。状況は把握済みですので、ご心配には及びません」
「そうか……」と納得したように呟いたドライは、続けて言った。「なら、呼び出した理由をとっとと教えろ」
「ドライ、言葉遣いに気をつけろ」ゼクスが鋭く注意した。
「こっちは任務の途中で抜け出してきたんだ。早く戻らねぇといけねぇんだよ」
「それと言葉遣いは別の問題だ。苛立ちをコマンデュールにぶつけるな」
「別に、そんなつもりはねぇよ」
「お前にそのつもりがなくても、その態度は明らかに失礼だ。コマンデュールに詫びろ」
「知るかよ、いちいち突っかかってくんな!」
「ドライ!」
険悪な雰囲気の中、ドライとゼクスの間にツェーンが割って入った。
「二人とも、落ち着いて。ほら、深呼吸~」
ツェーンが穏やかな口調で促すと、二人はゆっくりと息を整え、さらに他のエージェントたちも同様に深呼吸をした。
次第に緊張感が和らぐと、ツェーンはゼクスに目を向け、やさしく語りかけた。
「ゼクスくん……ドライくんは、残してきた仲間のことが心配で、急いで戻りたいだけなんだよ」
ドライは「なっ……!?」と短く声を詰まらせ、頬を赤く染めた。
ツェーンはさらに柔らかい声で続けた。
「だから、その気持ちを汲んでやって」
ゼクスは反省の色を帯びた表情で目を伏せ、「……すまない」と小さく呟いた。
次に、ツェーンはドライを見て言った。
「ドライくんも、気持ちはわかるけど、もう少しやさしい言葉遣いでお願い」
ドライは目を逸らし、申し訳なさそうに返した。
「……ああ、悪かった」
そのとき、アハトがドライを小突きながら言った。
「お前、意外とかわいいところがあんじゃねぇか」
「はあ……!? 何言ってんだ、てめぇ!」
ドライは恥ずかしそうに声を張り上げた。
その様子を見ていた他のエージェントたちは、ドライの隠れたやさしさにそれぞれ気づいていた。
ノインは「うふふ」と微笑み、ツヴェルフは「拙僧も、ドライ殿のやさしさを学ばなければなりませぬ」と呟きながら合掌し、エルフは「意外と親身、案外しみじみ」と韻を踏んだ。
そのとき、指揮官がようやく口を開いた。
「ゼクス、気遣ってくれてありがとう」と言い、次にドライに目を向けて謝った。
「ドライ、急に呼び出してすまなかった」
「いえ、ぼくは何も……」とゼクスは遠慮気味に答え、「……おれの方こそ、悪かった」とドライは視線を逸らしながら呟いた。
一段落つくと、フィーアが手を叩き、場の空気を切り替えた。
「くだらない言い争いは終わった? そろそろ本題に入りたいんだけど……」
「……んだと?」とドライが苛立ちの声を漏らしたが、すぐにツェーンが「まあまあ」とやさしく声をかけた。
フィーアは真っ直ぐな瞳で指揮官を見つめ、冷静に口を開いた。
「……あたしたち全員を緊急で呼び出すなんて、よほどのことでしょ?」
指揮官は静かに息をつき、ゆっくりと頷いた。
「……ああ」
再び部屋の中が緊張感に包まれた。
「一体、何があったのですか?」
ノインが丁寧に尋ねると、指揮官は握りしめた拳をゆっくりと円卓の中央へ差し出し、静かに開いた。
全員の視線が集まるそこに、一センチほどの壊れた蜂型ロボットが置かれた。
その瞬間、フィーアの目が大きく見開かれた。
「なんだ、これ……?」アハトは身を乗り出し、眉をひそめた。
「これは先程、アインスがこがねの護衛中に発見した蜂型ロボットだ。捕まえた瞬間に自爆して壊れたが、明らかにこがねを偵察していたらしい。毒針も仕込まれていた」
「誰かが……一色を狙ってやがるのか」ドライは目を細めて呟いた。
指揮官は頷いた。
「捕まえた瞬間に壊れたということは、データを取らせまいとしたのでしょう……素人の仕業ではありませんね」ノインは冷静に分析した。
「諜報機関……あるいは、カルト系の組織かも?」ツェーンが眉をひそめた。
「ライバル企業に雇われた組織や、闇組織の可能性もあるんじゃないか?」とゼクスが続けた。
「いや……どれも、違う……」
フィーアの低く抑えた声に、全員の視線が集まった。
「何か心当たりがあんのか?」ドライが冷静に尋ねた。
フィーアは静かに円卓の中央にある蜂型ロボットを指差した。
全員の視線がロボットに向くと、ツヴァイが尋ねた。
「……これが、どうかしたのか?」
「よく見て……!」
エージェントたちは目を凝らして見つめた。
わずかに原形をとどめていたロボットの背部に、小さなマーク――左右の目にスペードとハート、頬にダイヤとクローバーが描かれた道化師の顔が刻まれていた。黒く焦げついていたが、たしかに不気味な表情を覗かせていた。
「これは……『ロイヤルフラッシュ』のマークだ」
指揮官がその名を口にした瞬間、空気が凍りついたように張り詰めた。
「ロイヤル――」ズィーベンが呟き、「フラッシュ……!」ツヴェルフが驚いた次の瞬間、円卓の中央に、不気味な道化師の顔が、回転しながら浮かび上がった。
テュールが詳細を説明した。
「『ロイヤルフラッシュ』は、世界中で暗躍している暗殺組織です。依頼主と顔を合わせることなく契約し、痕跡を一切残さずに任務を遂行するため、彼らの正体を知る者は誰一人いません。年齢・性別・構成人数すら、一切不明です。唯一、わかっているのは、このシンボルマークのみです」
わずかな沈黙のあと、ツェーンが口を開いた。
「一つ、確認したいんだけど……こんなに素性の掴めない『ロイヤルフラッシュ』って、本当に実在する組織なの?」
「はい。実在する確率は、95.9%です」
テュールが答えると、続けてツヴァイが「その根拠は?」と尋ねた。
テュールは静かに手を突き出した。その動きに反応して、円卓の中央にいくつものホログラム記事が浮かび上がった。それらはすべて、過去に世界各地で起こった不審死の記事だった。
記事に目を通すナンバーたちの表情が次第に険しくなる中、テュールが静かに語り始めた。
「ここに載っている人たちは皆、事故や病気で亡くなったと報道されていますが、本当は、『ロイヤルフラッシュ』の暗殺によるものです。その根拠は……すべての現場に、例のシンボルマークが残されていたからです」
重い沈黙が流れた。
「……つまり、厄介な連中が、一色こがねを狙ってるってわけか!」
ドライが確認するように言うと、テュールは頷いた。
「先手を取りたいところですが、詳細がわからない以上、こちらから仕掛けるのは難しそうですね」とノインが冷静に言った。
「常に周囲を警戒しなければならないな。小型ドローンを増やしておくか」とゼクスが独り言のように呟いた。
「怪しい奴は、あたいが全員ブッ飛ばしてやんよ!」とアハトが意気込み、「一人捕まえたら、わたしが情報を聞き出すよ!」とツェーンが続いた。
「たとえ何人相手だろうと、拙僧が全力で御守りいたす」とツヴェルフが合掌した。
そのとき、フィーアが静かに口を開いた。
「……人数なら、わかる」
全員の視線が一斉にフィーアへと向いた。
フィーアはゆっくりと口を開いた。
「『ロイヤルフラッシュ』のメンバーは、五人。それぞれ、トランプの名で呼ばれてる。ハートのエース、スペードのジャック、ダイヤのクイーン、クローバーのキング、そして――ジョーカー」
落ち着いた声で説明したフィーアだったが、その瞳は鋭く、微かに怒りが滲んでいた。
「五人か……思ったより少ねぇな」とアハトが呟いた。
「でも、人数がわかれば、対策の幅が広がります」とノインが続けた。
「いや、ちょっと待て!」とドライが口を挟み、冷静に問い詰めた。「なんでお前がそんなこと知ってんだ?」
「……」フィーアは口を噤んだ。
「テュール、今の情報の信ぴょう性は?」とゼクスが尋ねると、テュールはフィーアを一瞥し、少し躊躇いながら、正直に答えた。
「そのような噂があるのは事実ですが、確証はありません」
「噂か……」とツヴァイは残念そうに呟いた。
「信じないなら、それでもいい」
ぽつりと呟き、フィーアは静かに踵を返した。
「おい、話がまだ終わってねぇだろ! どこへ行くつもりだ?」
ドライが問いかけると、フィーアは足を止め、振り返らずに答えた。
「みんなは、こがねちゃんを守ることだけに集中して……。奴らは、あたしが全員見つけ出して――一人残らず、仕留めるから!」
そう言い残し、フィーアは部屋を後にした。
「フィーア!」
ドライが追おうとした瞬間、指揮官が静かに片手を差し出して制止した。そして、何も言わずに首を横に振った。
フィーアを見送る彼らの表情には、戸惑いと心配が滲んでいた。
「コマンデュールは、フィーアさんがあのような理由を、ご存じなんですか?」とノインが尋ねた。
指揮官は一瞬だけ沈黙し、静かに「……ああ」と頷いた。視線を巡らせると、全員の目が“理由を知りたい”と語っていた。一度、テュールと視線を交わし、頷き合うと、静かに息をつき、ゆっくりと語り始めた。
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