表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/71

桜VS特級天使『石作皇子』①

四月三十日、土曜日の午前0時過ぎ。

桜は静かに目を覚ました。起きてすぐ、妙な胸騒ぎを覚え、そっと胸に手を当てた。そのままベッドから起き上がり、着替えていると、イリスがふわりと飛んできた。

「おはよう、桜ちゃん!」とイリスは言った。

「おはよう、イリス。怪我は治ったんだね」桜は落ち着いた口調で返した。

「うん。前よりもパワーアップしたんだよ!」

 イリスは得意げに体を変形させ、内蔵されたレーザーや仕込み剣を桜に見せびらかした。

「これなら、わたしも桜ちゃんと一緒に戦えるかな?」イリスは少し興奮気味に尋ねた。

「うーん、まだちょっと難しいかな……」と桜は冷静に答えた。

「そっか……」イリスは残念そうに肩を落とした。

「でも――ありがとう、イリス。その気持ちがすごく嬉しい」

 イリスは表情がパッと明るくなり、背中の羽も嬉しそうにパタパタと羽ばたかせた。笑顔で宙をくるりと舞い、桜を見つめると、ウキウキとした様子で問いかけた。

「桜ちゃん……今日はいつも通り、魔法の研究をするの?」

 桜は休日、特別な予定がない限り、一日中、魔法の研究に没頭している。アルカナ・オースの仲間に誘われたときは、出掛けることもあるが、予定が合うことは滅多になく、ほとんど独りで新しい魔法の開発に勤しんでいる。寂しさを感じることは一切なく、むしろ心からその時間を楽しんでいる。

 桜は少し考え、ゆっくりと口を開いた。

「……今から、アルカナ・オースの支部に行ってくる」

「そうなんだ。誰かと遊ぶ約束?」

「いや……少し、気になることがあって……」

「……そっか。気をつけてね」

 イリスは、すぐに察し、それ以上追及しなかった。

 桜は準備を整え、まくろんとともに玄関を出ようとしたが、一度立ち止まった。額に手を伸ばし、貼られていた霊符をそっと剥いで、靴箱の上に置いた。

「それじゃあ、行こっか」と桜が言うと、「ニャ!」とまくろんが応じた。

「いってらっしゃい」

イリスに見送られながら、桜とまくろんは、アルカナ・オースの日本支部へと向かった。


 支部へ到着し、敷地に足を踏み入れた瞬間、沈んだ空気が敷地全体を覆っていた。一歩踏み出すごとに、不穏な気配が肌を刺すように伝わり、胸を締めつける息苦しさを覚えた。

桜は、この重い空気を前にも感じたことがあった。只ならぬことが起こったとすぐに察し、無意識に早足になっていた。

屋内に入ると、さらに沈んだ空気が桜とまくろんを出迎えた。いつも明るいまくろんが緊張で冷や汗を滲ませるほどだった。

通路を進み、広間に出ると、そこには悲しげな表情で目を伏せる阿修羅、神楽、風魔、アリス、ヴラド、そして他の仲間たちの姿があった。彼らの足元には、大きな布で覆われた“何か”が、静かに横たわっていた。

桜が静かに歩を進めると、最初に気づいた阿修羅が「桜!」と声を上げた。

その声に導かれるように、場の視線が一斉に桜へと向けられた。

真っ先にアリスとヴラドが桜に駆け寄り、勢いそのままに、彼女へと飛び込んだ。

「おっと……」桜は思わず声を上げながらも、しっかりと二人を受け止めた。

「良かった……桜が無事で……!」

ヴラドは目に涙を浮かべながら呟き、アリスも不安げな表情を浮かべていた。

阿修羅と神楽もほっとしたように息をつき、風魔だけは、ただ黙ったまま真剣な表情を崩さなかった。

 桜はアリスとヴラドの頭にそっと手を乗せ、やさしく撫でながら穏やかな口調で言った。

「わたしは大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて……」

 しばらくして、二人は桜からそっと離れた。

すると、場の空気を払拭するかのように、阿修羅が気さくに口を開いた。

「珍しいな、土曜日にここに来るなんて」

 阿修羅は明らかに空元気で、何かを隠そうとしている様子だった。

「そうだね……」

 桜は短く応じると、表情を引き締めて前を向き、静かながらも芯のある声で問いかけた。

「それより、一体何があったの?」

 桜の問いかけに、その場の誰もが、顔を曇らせ、言葉を失った。

重い沈黙が流れ、息が詰まるような雰囲気が漂っていたが、ふと彼らの視線が床に横たわっている“何か”を一瞥した。

桜は彼らの視線の先を見つめ、布に覆われた“何か”に気づいた。その瞬間、胸が締めつけられるほどの痛みが走ったが、堪えながらゆっくりと歩を進めた。そばに寄り、静かに腰を下ろして布に手を伸ばす。一度それを掴むも、躊躇して手を引いた。一呼吸置き、覚悟を決めたようにもう一度手を伸ばし、そっと布を取った。

 桜は目を見開き、言葉を失った。

視線の先には、青白い顔で静かに横たわる先輩魔法使いの姿があった。

三人は目を閉じ、静かに横たわったまま、もう息をしていなかった。体の一部は石のようにひび割れ、無惨にも崩れ落ちていた。

 桜はゆっくりと手を伸ばし、そっと彼女の顔に触れると、冷たい肌の感触が伝わった。その瞬間、彼女たちの笑顔が、桜の脳裏に浮かんだ。以前三人と一緒に街で遊んだときの記憶に思いをはせた。

まくろんは悲しげな表情で見つめていた。

そのとき、阿修羅が静かに口を開いた。

「……昨日、五人の特級天使が、同時に現れたんだ」

普段は強く毅然とした阿修羅の声から、耐えがたい現実に立ち向かおうとする苦悩が滲み出ていた。阿修羅は目を伏せ、言葉を絞り出すように続けた。

「全員が、相当強かったらしい……他にも、多くの仲間が――」

言葉が喉につかえ、阿修羅は沈黙した。その沈黙を誰も責めようとしない。ただ、桜の心臓の鼓動が少しずつ速くなっていった。

「おれがもっと早く駆けつけていれば、こんなことには……!」

 阿修羅は拳を強く握りしめ、広間に横たわる仲間たちに目をやった。その瞳には、怒りとどうしようもない哀しみが宿っていた。

アリスは涙を堪えきれず、肩を震わせた。ヴラドがそっとその肩に手を添えていたが、彼女の目にも光るものがあった。

「……阿修羅のせいじゃない。……わたしの責任だ」と桜は静かに言った。

「違う! お前のせいじゃない!」

阿修羅は思わず声を張り上げた。

 桜は阿修羅に目を向け、落ち着いた口調で問いかけた。

「特級天使の目的は、何だった?」

 その問いかけに、全員が口を噤んだ。誰もが言葉を失ったその空気の中で、桜は静かに言葉を重ねた。

「……わたしを、探してたんだよね?」

阿修羅は目を伏せ、口を噤んだ。

「……やっぱり」桜は、確信と怒りを含んだ低い声で呟いた。

 その瞬間、場の空気がピンと張り詰めた。

「敵の目的なんて関係ない。これは、桜一人の責任じゃないわ」神楽は毅然とした声で言った。

「そうデス! ワタシも仲間を守れなかった責任がありマス!」アリスは涙を滲ませ、悔しそうに言った。

「余も同じだ」ヴラドも涙を堪えながら即座に同意した。

 そのとき、遠くから「その通りだ!」という野太い声が響いた。

声のした方に全員の目が向いた。

現れたのは、アルカナ・オース日本支部局長『天ノ川銀河』だった。

 銀河は桜たちのもとまで歩み寄り、立ち止まると、視線を巡らせながら口を開いた。

「責任があるとするならば、それはすべてわたしが負うべきものだ。文句でも何でもわたしにぶつけろ」

 視線を下げ、桜の肩にそっと手を添えた。

「……だから、あまり自分を責めるな」

 銀河の声は威厳がありつつも、やさしさと温かさを滲ませていた。

「仲間を失った悲しみは、皆同じ……一人で背負うものじゃない」

 銀河の言葉を聞くと、桜はスッと立ち上がり、小さな声で言った。

「……別に、これくらい、もう慣れてるから」

 そう言いながらも、桜の胸の奥には静かな怒りが渦巻いていた。抑えきれない激しい怒りが、わずかに表情に滲んでいた。向き直り、すぐに天使討伐に向かおうと一歩踏み出したが、銀河に呼び止められた。

「どこへ行くつもりだ?」

 桜は足を止め、振り返らずに答えた。

「天使はわたしを探してるんでしょ? なら、こっちから出向けばいい」

「ダメだ」

「……どうして?」

「敵は特級天使五人――いや、もっといるかもしれない。しっかりと対策しなければ、また犠牲者が増えるだけだ」

「わたしが一人でなんとかする……」桜は低い声で呟いた。

「いくらキミでも、それは無理だ」

「そんなこと……!」

 桜は勢いよく振り返り、思いをぶつけようとしたが、銀河に真っ直ぐな目で見つめられると、言葉を詰まらせた。彼の言っていることを、頭ではわかっていても、冷静にはなれなかった。

心を落ち着かせるため、ゆっくりと呼吸していると、ふと先輩魔法使いの手元に目が留まった。桜はその場でしゃがみ込み、強く握られた彼女の手を慎重に開いた。

彼女の手に握られていたものは、小さな石だった。小石からは、微かに魔力のような気配が漂っていた。その気配は、紛れもなく天使のものだった。それに気づいた瞬間、桜の目が大きく見開かれた。

 桜はこっそりと小石を手に取り、無言で立ち上がって踵を返した。

「……ちょっと、頭冷やしてくる」

小さくそう呟き、「まくろん、行くよ」と続けた。

「ニャ!」とまくろんは返し、二人は並んでその場を去った。

 阿修羅が心配そうに後を追おうとしたが、神楽が静かに手を伸ばし、首を横に振って制した。アリス、ヴラド、風魔、銀河たちも黙って桜の背中を見送った。

 桜はアルカナ・オース支部で最も高い塔の屋上に腰を下ろし、夜風に身を任せていた。小石を握り締めた手をそっと額に当て、集中して魔力を探った。わずかな気配すら逃さないほど、意識を研ぎ澄ました。

隣に座るまくろんは、桜の邪魔をしないように静かに待っていた。

そのまま数時間が過ぎ、朝日が昇ってもなお、桜は無言のまま集中を切らさなかった。

そしてまた数時間が経過し、夕日が沈み始めた頃。

桜は、支部から遠く離れた場所のほんのわずかな気配を感じ取った。

その気配は、小石に宿る力とまったく同じものだった。

「みつけた……」

 桜は小さく呟くと、静かに立ち上がった。続けてまくろんも立ち上がり、桜の肩に飛び乗った。桜は杖を手に取ると、ふわりと宙へ浮かび上がった。

「あっちか……」と呟き、気配の感じる方へ向き直った次の瞬間――桜は閃光のような速さでその場を飛び去っていった。

 そのとき、アルカナ・オースの仲間たちは、まだ誰一人として、桜の行動に気づいていなかった。



読んでいただき、ありがとうございます!

次回もお楽しみに!

感想待ってます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ