柴乃のクリエイティブな一日②
柴乃は異世界風の塔の中を駆け回り、『マイクリ』最強と謳われる“ヘルライト”装備を探していた。
少し前、塔に到着した柴乃は、真っ直ぐに物置部屋へ向かい、そこに並ぶボックスからヘルライト装備を取り出そうとした。しかし、あると思っていたボックスの中にヘルライト装備は一つもなく、その他のボックスの中にもなかった。
「あれ……ない……?」
柴乃は急いで塔にあるボックスの中をすべて確認して回ったが、結局ヘルライト装備はどのボックスにも入っていなかった。
「まずい! このままでは、出遅れてしまう!」
柴乃が焦りを募らせている間に、他のプレイヤーたちは即座に準備を整え、次々とカマエルの島へと出発していった。
一方、柴乃と同じく、まだ出発していないプレイヤーが二人いた。マーリンとアークだ。
マーリンはお気に入りのボクシンググローブを探して島中を駆け回り、アークは冷静に弓矢を強化していた。
柴乃は一旦足を止め、その場で佇んだ。腕を組み、冷静に過去を振り返る。
たしか、最後に装備していたのは……。
考えながら周囲を見渡すうち、ふと玄の家が目に留まった。次の瞬間、ハッと思い出し、一目散に駆け出した。柴乃は家に入ると、真っ直ぐに地下室へ向かい、そこに置いてあったボックスを迷わず開けた。
「あ、あったぁー!」
柴乃は安心したように息をついた。ボックスから装備一式を取り出し、すぐに身に纏う。漆黒の金属に紫紋が浮かぶ、重厚かつ禍々しい装甲だった。細く光るラインが仄かに脈動し、まるで生きているかのように微かに震えていた。胸当ては深い闇をそのまま閉じ込めたような黒で、光を吸い込むかのように鈍く沈み、肩には鋭く尖った突起が伸びていた。腰には黒紫のマントが流れ、動くたびに魔紋がちらりと光を放つ。
「ふぅー、よかった……じゃない! 我も急がねば……!」
一息つく間もなく、柴乃は走り出した。
船着き場に着くと、カマエルが提示したパスワードを入力した。すると、島への案内が表示された。柴乃はすぐに船へ乗り込み、指示に従って進み始めた。
海は、嵐の前の静けさそのもののように、不気味なまでに静まり返っていた。その不自然な静寂が逆に不気味さを際立たせ、辺りに緊張感が漂う。
凪いだ海をしばらく進むと、大きな島――『カマエルのスーパーアドベンチャーランド』が姿を現した。島は、一見するとごくありふれたものに見えた。緩やかな浜辺に、青々とした森、穏やかな丘――遠目には、自然豊かで静かな楽園のようだった。
しかし、船が島に近づくにつれ、柴乃は背筋を這い上がる冷たい感覚に身を強ばらせた。空気には目に見えない淀みが漂い、耳を澄ませば、島の奥から微かに呻くような音が聞こえた。目に映る穏やかな光景と、肌で感じる不穏さ。その奇妙な食い違いが、島に漂う得体の知れぬ気配を一層際立たせていた。
島の入り口は東西南北の四箇所に設けられており、中心部にはカマエルが待ち受けている。
プレイヤーたちはそれぞれ好きな場所から上陸していた。ソロで挑戦する者は我先にと足を進め、チームを組む者たちは協力しながら島の中心を目指していた。
出遅れた三人――柴乃は南、マーリンは東、アークは北から、それぞれ堂々と島へ足を踏み入れた。さらに数分後、軍服姿の少年が姿を現し、西側に船を寄せると、静かに上陸した。
島に足を踏み入れ、少し進むと、それぞれの方面に異なる景色が広がっていた。北側は氷雪地帯、南側は広大なジャングル、東側はビルが建ち並ぶ都市、西側はヘル(地獄)となっていた。島にいるはずの住人の姿は、どこにも見当たらず、それぞれに多種多様な罠が仕掛けられていた。
もとより、戦いがメインのゲームではないため、想像以上に、プレイヤーたちは苦戦を強いられていた。
ある少年は、ツルツル滑る氷の上を慎重に歩いていたが、ほんの一瞬気を抜いた隙に、派手に転び尻もちをついた。そして勢いよく氷の上を尻で滑り、そのまま止まれずに崖から転落してゲームオーバーとなった。
ある少女は、まるで迷路のようなジャングルに迷い込み、モンスターの奇襲を受けていた。敵に気を取られていた彼女は、足元の罠に気づかず、落とし穴に落下。その先に湛えられたマグマにドボン。「あっちゅ、あっちゅ……」と断末魔を上げながら脱落した。
慎重にジャングルを進んでいた青年は、途中であることを閃き、地面を真下に掘り進めた。「穴を掘って地下から目指せば、迷わないし危険もない!」と考えたようだった。しかし、ある程度掘り進めると、突然上から水が流れ込み、瞬く間に冠水してしまった。青年は呼吸ができなくなり、急いで地上を目指したが、間に合わずリタイアとなった。
ビル群を突き進んでいた小隊は、次々と湧くゾンビやスケルトン、ウィッチなどに苦戦していた。個々の敵はたいした強さではなかったが、いくら倒しても次々に現れ、休む間もなく立ち塞がるため、なかなか先へ進めなかった。
次第に苛立ちを募らせた少年は、マントを使って宙へと舞い上がり、そのまま島の中心部まで飛ぼうとした。だが、島の上空には、ドラゴンや強力な飛行モンスターが待ち構えていた。少年は、ドラゴンの火球に撃ち落とされ、あっけなく散った。
そして、最も脱落者が多かったのは、西のヘルだった。灼熱のマグマの池が点在し、手強いアンデットが容赦なくプレイヤーに襲いかかった。さらに、地面に隠されたTNTを踏んで大爆発を起こしたり、ハニワロケットで撃ち抜かれたりと、まさに“地獄”と呼ぶにふさわしい危険地帯だった。
脱落者はすぐ自分の島で復活するものの、二度とカマエルの島には戻れなかった。彼らは悔しがったり落ち込んだりしたものの、すぐに気持ちを切り替え、島の住人とともに残ったプレイヤーを応援し始めた。
この様子は全世界へとライブ配信され、多くの視聴者が息を詰めて画面を見つめていた。
柴乃は冷静かつ慎重にジャングルの中を進んでいた。あちこちに生えているツタが動き出して腕に絡みついたときは、冷静に剣で斬り落とした。木に擬態したモンスターが襲いかかってきたときも、迷わず斬り伏せた。突然地面が開き、落とし穴に落下したときは、壁を連続で蹴り上がり、すぐに脱出した。他の仕掛けも次々と切り抜け、着実に歩を進めていた。
トラップゾーンを抜けた先で、柴乃は足を止めた。目の前には二つの扉があり、それぞれの扉の前にはライオンが一頭ずついた。傍らの立て札には、次のように書かれていた。
「片方の扉はあなたを新しい世界へ導くが、もう一方の扉は、過去へ逆戻りする。二頭のライオンは「はい」か「いいえ」でしか答えられない。一頭は真実しか語らず、もう片方は嘘しか語らない。あなたはどちらのライオンに何と質問をすれば、新しい世界へ行けるか。ただし、質問できるのは一度だけである」
柴乃は問題文を読み上げると、腕を組んで考え込んだ。イリスがいれば一瞬で突破できそうだが、今はいない。自力で解くしか先へ進めず、しばらくその場で頭を悩ませた。
その頃、柴乃の頭の中――『アルカンシエル』では、穏やかな時間が流れていた。
玄は剣術の腕を磨き、茜はバイクでツーリング、天は湖畔で風景画を描き、翠は新作のお菓子作り、そして、桜は魔法の研究に没頭していた。
天が筆を進めていると、空から一枚の紙が、風に乗ってひらりと舞い降りてきた。紙が天の頭にふわりと落ちると、そのわずかな感触に彼女は気づいた。
「ん? なんだろ?」
天は頭に手を伸ばし、紙を掴んだ。
「紙……?」
天は不思議に思いながら、空を見上げ、すぐに視線を紙に戻した。その紙には、柴乃が先ほど読み上げたのと同じ問題文が記されていた。天は問題に目を通し、少し考えたが、解けなかった。
「玄ちゃんならわかるかも!」
天はそう呟くと、玄のもとへ向かった。
天が玄を見つけたとき、彼女は大木の前で静かに佇み、目を閉じて集中していた。声をかける雰囲気ではないことをすぐに察した天は、黙ってその場で待った。
玄はゆっくりと呼吸し、腰に差した刀の柄にそっと手を添え、構えた。ゆっくりと息を吸った次の瞬間、目をカッと開き、閃光のような速さで居合切りを繰り出した。一瞬の静寂後、玄が静かに刀を収めると、大木は真っ二つに切れた。
滑らかに切断された大木の断面を見つめ、玄はため息まじりに小さく呟いた。
「まだ完成とは言えないわね……」
真剣な表情で反省していたが、ふと天に気づくと、穏やかな口調で声をかけた。
「天ちゃん、どうしたの?」
天は歩み寄り、控えめに返した。
「あ、ちょっと玄ちゃんに用があって……今、大丈夫?」
「ええ、何かしら?」
「これなんだけど……」
天は問題が記された紙を玄に渡した。
玄は問題に目を通すと、天に視線を戻して尋ねた。
「これは……?」
天は首を横に振った。
「わかんない……急に空から降ってきたの」
「空から?」
玄は空を見上げ、釣られるように天も視線を上げた。
天は視線を下げ、玄を見つめながら口を開いた。
「……解こうとしたんだけど、どうしてもわからなくて……でも、玄ちゃんならきっと解けると思って!」
天が期待を込めて言うと、玄はゆっくりと彼女に目を向けた。
「まあ、これくらいなら、解けないことはないわ」
「ほんと!?」天は身を寄せ、目を輝かせた。
「ええ、どちらかのライオンに、『この扉が新しい世界への扉かと聞かれたら、“はい”と答える?』って聞けばいいの」
玄は自信たっぷりに答え、一拍置いてから解説を続けた。
「真実を語るライオンであれ、嘘しか語らないライオンであれ、新しい世界への扉については、“はい”と答え、逆戻りする扉については、“いいえ”と答える。ライオンと扉のすべての組み合わせを試すと、明確になるわ。“はい”と答えたらその扉へ。“いいえ”なら、もう一方を選べばいいの」
天は少し考えてから、「……そっか!」と納得したように呟いた。
「こんなにすぐ解けるなんて、さすが玄ちゃん!」
天の言葉に、玄は少し照れながらも、どこか誇らしげに微笑んだ。
一方その頃、必死に考え続けていた柴乃は、ふと何かを閃き、片方のライオンに問いかけた。
「この扉が新しい世界への扉かと聞かれたら、“はい”と答えるか?」
すると、ライオンは「はい」と答えた。
答えを聞いた柴乃は、そのライオンの背後の扉を開け、新たな世界に足を踏み入れた。だが、安堵する間もなく、その先にはまた新たな問題が待ち構えていた。
少し歩くと、行き止まりの壁に問題文の記された看板が設置されていた。
柴乃は足を止め、問題文を読み上げた。
「ある夜、四人は吊り橋を渡ってキャンプ場に戻ろうとしています。吊り橋は懐中電灯なしでは暗くて渡ることができません。しかし、彼らは懐中電灯を一つしか持っておらず、電池は十七分しかもちません。また、吊り橋の強度が弱っており二人で渡るのが限界で、 三人以上が渡ると壊れてしまいます。四人はそれぞれ一分、二分、五分、十分で吊り橋を渡ることができます。どうすれば全員が十七分以内で吊り橋を渡り、キャンプ場に戻ることができるでしょうか?」
柴乃は直感で壁を破壊しても無駄だと察し、真剣に考え始めた。その直感は正しかった。時を同じくして謎解きゾーンに足を踏み入れたプレイヤーは、問題を解こうとせず、壁の破壊を試みた。強烈な一撃で壁を破壊できたが、すぐに再生して元通りになった。さらに、様々なトラップがプレイヤーに襲いかかり、脱落した。
柴乃が考えを巡らせていた頃、『アルカンシエル』では、またしても彼女が読み上げたのと同じ問題文が記された紙が、突如空間に現れた。
翠が自室でお菓子作りをしていると、遠くからバイクの轟音が響き、その音が次第に彼女のもとへ近づいてきていた。翠は一旦手を止め、外に出た。すると、ちょうど同じタイミングで茜が厳ついバイクに乗ってやってきた。
「わたしに何かご用ですか? 茜さん」と翠は問いかけた。
茜はバイクから降りると、翠に歩み寄りながら、ポケットから問題文の記された紙を取り出した。
「これ、やるよ」茜は紙を差し出した。
翠は紙を受け取り、素早く目を通してから尋ねた。
「これは……数学の問題ですか?」
「そうなのか? あたしにはわかんねぇ」茜は肩をすくめた。
「どこで手に入れたんですか?」
「ツーリングしてたら、空から降ってきたんだ」茜は空を指差しながら答えた。
「空から……ですか……」
少しの沈黙のあと、茜は口を開いた。
「じゃあ、あとは任せた」
そう言うと、茜は踵を返し、バイクのもとへ戻り始めた。
「え? どういうことですか?」
翠が慌てて問いかけると、茜は足を止め、振り向いて答えた。
「その問題、あたしにはさっぱりわからねぇ。でも、翠なら楽勝だろ?」
「……楽勝とは言えませんが、少しお時間をいただければ、おそらく解けます」
「だろ? だから、任せた!」
そう言い残し、茜は歩を進めた。バイクに跨ってヘルメットを被り、轟音を響かせながらその場を走り去っていった。
バイクの音が遠ざかるのを聞きながら、翠は小さくため息をついた。
「……あんなに真っ直ぐな目で頼られたら、断るわけにはいきませんね」
翠の表情は、満更でもなさそうだった。
「さて――茜さんの期待に応えなくてはなりませんね」
翠は受け取った紙を見つめ、真剣な表情で問題を解き始めた。ぶつぶつと呟きながら考え、一分ほどで、見事に正解を導き出した。
「解けました! なかなか面白い問題ですね」
翠は思わず声に出し、嬉しそうに丁寧な解説を始めた。
「これは、決まった順序で吊り橋を往復すれば、制限時間の十七分以内に全員が渡りきることができます。まずは、一分の人と二分の人が橋を渡ります。そして一分の人が戻る。次に渡るのは、五分の人と十分の人。そして二分の人が戻る。最後に、一分の人と二分の人が橋を渡れば、十七分ぴったりです」
翠の丁寧な解説が終わる頃、柴乃もふと閃き、壁に向かって答えを口にした。すると、行き止まりだった壁が吹き飛ぶように砕け散り、先へ進む道が現れた。柴乃は堂々と一歩踏み出した。
次もまた、巨大な壁が柴乃の行く手を遮り、新たな問題が提示された。壁に掛けられた看板には、こう記されていた。
「魚のいない海で魚を釣り上げるための方法を考えてください」
柴乃は問題文を読み上げた次の瞬間、直観で即答した。
「魚のいない海で魚が釣れるわけないだろ……バカなのか?」
一瞬の静寂後、壁は崩壊し、先へ進めるようになった。どうやら、この先もしばらく謎解きゾーンが続くようで、カマエルのもとへ辿り着くには、まだまだ先がありそうだった。
柴乃は決して謎解きが得意というわけではなかったが、少し考えるだけで不思議と答えが閃き、次々に突破していった。
その一方で、マーリンは豪快に敵を殴り飛ばし、アークは冷静に矢を放って敵を仕留め、それぞれ着実に進んでいた。
カマエルは島の中心にそびえる巨大な神殿の上から、プレイヤーたちの奮闘をじっと見下ろしていた。その目は、ワクワクを隠しきれない少年のように輝いていた。
小一時間が経過した頃、ついに一人の金髪少女――『グルド』が、カマエルの待つ神殿へと辿り着いた。グルドが神殿へ足を踏み入れた瞬間、カマエルは宙を舞いながら、嬉しそうに笑顔で歓迎した。
「ようこそ! ぼくのスーパーアドベンチャーランドへ!」
グルドは一瞬驚きで目を見開いたが、すぐに気持ちを切り替え、上品に返した。
「お招きいただき、光栄ですわ」
「当然だよ。最初のお客さんだもん!」
何気ない会話のようだが、二人の間には緊張感が走っていた。
「……ぼく、本当は心配してたんだ。みんな途中で死んじゃって、誰も来ないんじゃないかって……。でも、お姉ちゃんが来てくれてよかった!」
カマエルはしょんぼりと落胆したように見えたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、ぼくと遊ぼうよ!」
待ちきれない様子で、今にも飛びかかってきそうだった。
一方、グルドは冷静に返した。
「少しお待ちください」
「なんで?」
「遊ぶ前に、あなたにお尋ねしたいことがありますの」
「なに?」
グルドは一呼吸置いてから、凛とした声で問いかけた。
「どうして……人々の大切な場所を、破壊して回るのですか?」
神殿の空気が、ピンと張り詰めた。
宙を漂っていたカマエルは、小首を傾げ、あっけらかんと答えた。
「え、楽しいからに決まってるじゃん!」
にこにこと笑うカマエルを見て、グルドの胸に鈍い痛みが走った。カマエルには悪意がない。けれど、だからこそ――無自覚に人々を傷つけているのだった。
「……楽しい、ですって?」
グルドは悲しみを滲ませながら、再び言葉を紡いだ。
「誰かにとって、この世界は――友達や、思い出を守る、大切な場所なのです。あなたはそれを奪ったのですよ?」
彼女の言葉は、まっすぐにカマエルへ向けられた。だが、カマエルはきょとんと目を瞬かせ、すぐに無邪気な笑みを返す。
「また作ればいいじゃん!」
あまりに純粋なその答えに、グルドは一瞬、言葉を失った。目の前にいるのは、悪意の怪物ではない。純粋すぎる破壊者だった。
「……つまり、破壊行為をやめるおつもりはないと?」
「うん!」
カマエルは屈託のない笑顔で頷いた。
グルドはがっかりしたように息をつき、静かに金の斧を構えた。
「……残念ですわ。あなたが破壊をやめるのでしたら、わたくしは戦うつもりなどございませんでしたのに……」
カマエルは嬉しそうに、ぱっと顔を輝かせた。
「やっとその気になったんだね! それじゃあ、いっくよーっ!」
宣言と同時に、カマエルの小さな身体が弾けるように駆け出した。グルドも斧を構え、一歩も引かずに迎え撃つ。
二人の間で、火花のような激しい斬撃と衝撃波が交錯した。
グルドは斧をしなやかに振るい、隙のない一撃を繰り出す。カマエルもまた、軽やかな動きで宙を飛び回り、その小さな拳と蹴りで応戦した。
グルドは冷静に機を窺い、カマエルの無防備な一瞬を斧で切り裂こうとした。
だがカマエルは、まるで先読みしていたかのように、ひらりとそれを躱す。流れるように拳を放つが、グルドも冷静に受け流した。
他にもグルドは、虫取り網でカマエルを捕まえようとしたり、パチンコで正確に狙い撃ちしたりと、あらゆる手段を試みた。
打撃、跳躍、斬撃――一進一退の攻防が続き、神殿内は次第に戦いの余波でひび割れていた。
カマエルは戦いに夢中で、神殿の様子にまったく気づいていなかった。だが、グルドの放った一撃を回避したとき、避けた斬撃が背後の柱に命中し粉々に砕いた。その光景を見たカマエルは、目を見開き、「あ……」と小さく息を漏らした。次の瞬間、カマエルの表情が豹変し、グルドを鋭く睨みつけた。
「やったなぁぁぁぁああああああああ!」
さっきまで無邪気に笑っていた顔が、怒りに染まる。瞳がぎらりと光り、空気そのものが震えた。
「ぼくの神殿を壊した……絶対に許さないっ!」
神殿全体が異様な圧力に包まれる。
グルドはすぐに身構える――が、身体が思うように動かない。見えない鎖で縛られているかのように、手足が言うことをきかなかった。
カマエルは宙に浮かび、小さな指先をグルドへ向けた。次の瞬間、グルドの身体が無理やり持ち上げられ、宙に浮かんだ。
「なっ……!?」
グルドは驚きを隠せず、力で抵抗したが、どうにもならなかった。
「無駄だよ。お姉ちゃんはもう、指一本も動かせない……。ほんとは使うつもりなかったけど、もうどうでもいいや」
カマエルの発言を聞き、グルドはハッと気づいた。
「まさか……わたくしの脳に、直接干渉しているのですか?」
「正解……! だって、ここは“ぼくの世界”――ぼくがルールなんだよ」
子どもじみた支配宣言に、全プレイヤーが息をのみ、凍りついた。
カマエルはゲームのルールすら超え、人間の脳の中――神経信号そのものを操っていた。その行為が、どれほど危険で悪質なことなのか、理解していないようだった。
カマエルが軽く指を弾くと、グルドの手から金の斧がするりと滑り落ちた。絶望的な力の前に、抵抗する術もない。
「バイバイ、お姉ちゃん」
カマエルは冷酷な声で告げると、静かに指を向けた。次の瞬間、指からビームが放たれ、グルドの胸を貫いた。
「ぐっ……!」
グルドの体から力が抜け、体力ゲージもみるみるうちに減っていき――そして、ついには尽きた。しかし、彼女は満足げな表情を浮かべ、小さく呟いた。
「これで……わたくしの役目は終わりましたわ。あとは……お願いします」
そう言い残し、グルドは散っていった。
その壮絶な戦いの一部始終は、全プレイヤーの目に焼き付けられた。諦めたように肩を落とす者もいれば、逆に闘志を燃やす者もいた。柴乃は当然のように後者で、マーリンとアークも同じだった。
だが、この戦いを機に、カマエルは神殿から飛び出すと、猛スピードで島中を旋回した。見つけたプレイヤーに次々と脳干渉を仕掛け、自由を奪ってから容赦なく仕留めていった。反則のようなカマエルの圧倒的な力により、脱落者は凄まじい勢いで増えていった。
カマエルは、まるで全知全能の神にでもなったかのように、得意げに力を誇示していた。先ほどまでの怒りは影も形もなく、今は満面の笑みだ。
ジャングル上空で次の標的――リーラ(柴乃)を見つけると、静かに狙いを定めた。いつものように、柴乃に指を向け――脳へ干渉しようとした、その瞬間。カマエルの手に稲妻のような衝撃が走った。
「いてっ!」
カマエルは思わず声を上げ、手を軽く振った。
「なに……今の……?」
戸惑いながら視線を下げ、再び柴乃を見据えたが、柴乃は気づく素振りもなく、淡々と歩みを進めていた。
カマエルは慎重に、再度同じ手順を試みた。だが、またしても結果は同じ――力が跳ね返され、手に電流のような痛みが走った。しかも、一回目より威力が増し、カマエルは低い声で呻いた。
「チッ……もういいや。あいつは無視して次いこっと!」
カマエルは気持ちを切り替え、その場を飛び去った。
柴乃にカマエルが干渉できなかったのは、桜の防御魔法によるものだった。大切な仲間が暮らす場所への無断侵入は、桜が決して許さなかった。さすがのカマエルも未知の力に対抗する術はなく、理解もできぬまま、ただ諦めるしかなかった。
柴乃は桜に守られていることなどつゆ知らず、カマエルに攻撃されたことすら気づいていなかった。
その後、カマエルは次の標的に狙いを定めた。しかし、マーリン、アークと立て続けに同じ現象が起こり、彼はさらに困惑した。
「なんで!? どうして……ぼくの力が効かないの?」
自分の最強の力が突然通じなくなったことに戸惑い、カマエルは慌てて他のプレイヤーに試した。すると、問題なく操ることができ、安堵の息をついた。そして、柴乃、マーリン、アークの三人を不審に思った。
「あの三人……一体何者なんだ……?」
カマエルは三人を上空から観察し、困惑の色を浮かべながら眉をひそめた。三人が神殿に迫っているのに気づくと、慌てて戻っていった。
神殿に戻り、壊れた柱や壁を素早く修復すると、カマエルは中央の椅子に腰を下ろし、まるで王のように胸を張って三人を待ち構えた。
間もなく、柴乃が見事ジャングルを突破し、一足先に神殿へ辿り着いた。
柴乃は草をかき分けて開けた場所へと出ると、軽く息をつき、体にくっついた葉を払い落とした。目の前にそびえる神殿を見据え、ゆっくりと一歩踏み出した。そのまま真っ直ぐに進み、神殿の側面に近づいて足を止めた。立派な石造りの神殿に思わず見入りそうになりながら、視線を左右に動かし、入り口を探した。今いる場所から少し離れた場所――数百メートル先に入り口を見つけた。だが――。
「あそこまで行くのは面倒だな」
そう呟くと、柴乃は正面を向き、壁をじっと見つめた。少しして「よし、ここは堂々と壁を突き破ろう。その方がカッコいいからな!」と決断し、愛剣『紫雪』を抜いた。
その様子を画面越しに見ていた人々やすでに脱落したプレイヤーたちは、「まさか!」と直感し、息をのんだ。
柴乃はこのあとの展開を想像し、カッコよく登場する自分の姿を思い浮かべて、思わずニヤリと笑みをこぼした。すぐに表情を引き締め、迷いなく剣を振り上げた。ゆっくりと息を吸い、思いっきり力を込めて「フンッ!」と勢いよく振り下ろすと、強烈な斬撃が壁を粉砕し、周囲に埃を巻き上げた。やがて視野が開けると、壁にぽっかりと空いた大穴を見て、「うむ、いい感じだ」と満足げに頷いた。
柴乃は剣を収め、「たのもー」と言い、堂々と足を踏み入れた。すると、入ったすぐ先に、目を大きく見開いたカマエルが、椅子に座って待ち構えていた。唖然とするカマエルに気づいた柴乃は、鋭く見据えながら慎重に距離を詰めた。彼の正面に立つと、ゆっくりと口を開いた。
「ようやく会えたな、カマエル……!」
カマエルは静かに視線を動かし、「おっ……おっ……」と言葉を詰まらせながら、柴乃を見つめた。そして、椅子から勢いよく立ち上がり、鋭く睨みつけながら、怒りの形相で叫んだ。
「お前ぇぇぇぇ! 一体何をやってるんだぁぁぁぁ!」
「ん? ただ壁を突き破って入っただけだが?」
カマエルは正面入り口を指差した。
「向こうにちゃんと入り口があるだろ! なんでわざわざ壁を壊すんだよ!?」
「歩くのが面倒だったから」
「なっ……!? そんなくだらない理由で、ぼくのカッコいい神殿を壊したのか?」
柴乃は肩をすくめ、冷静に言い返した。
「今さら何を言っている? 汝もこれまで、他人の大切なものを壊してきたではないか? まさか、やり返されるなんて思ってもみなかったのか?」
「ぼくはいいんだ! だって、この世界はすべて“ぼくのもの”なんだから!」
「……フッ、まるで幼子のような稚拙な思想だな。まったく道理に合わん」
「なんだって……!」
「まあいい。いずれにせよ、倒すことに変わりはない」
柴乃は剣を抜いて構えた。
「その腐った思想ごと、我が打ち砕いてやる!」
「やってみろよ!」
カマエルは勢いよく地面を蹴って突撃し、一瞬で距離を詰めると、柴乃に拳を突き出した。
柴乃は即座に反応し、剣で拳を受け止めた。その瞬間、二人の間で火花が散り、辺りに衝撃波が広がった。壁はひび割れ、柱もブルブルと震えた。
カマエルの連打を、柴乃は冷静に見切り、華麗に剣で受け流した。対戦ゲームで鍛えた反応速度を、この世界でも遺憾なく発揮していた。
ムキになって攻撃を続けるカマエルの一瞬の隙をつき、柴乃は剣を一閃。
「白雪流――滅柴乃雷!」
そう呟いた瞬間、雷のような紫の閃光がカマエルの首元に迫った。
カマエルは咄嗟に後ろに跳んで回避したが、剣先がわずかに翼を掠めた。
「くっ……!」
翼を傷つけられたことでさらに怒りを増したカマエルは、着地した瞬間、柴乃に向かって手を突き出した。しかし、「バチッ!」と弾けるような音を立て、手に強力な電気が流れた。
「なんでお前には効かないんだよ!? マジで意味わかんない!」カマエルは痛そうに手を振りながら不服そうに声を上げた。
「なんのことだ?」柴乃は身に覚えのないことに首を傾げた。
「……こうなったら」
カマエルが呟いたその瞬間、神殿の外――分厚い石壁の向こうから男の言い争う声とともに轟音が聞こえてきた。その音は次第に大きくなり、柴乃とカマエルは気づいて目を向けた。
「邪魔すんじゃねぇ、アルクス! あいつはおれが倒す!」
神殿の壁越しに、野太く怒鳴る声が響く。
「キミの方こそ邪魔だよ、マーリン。ここは、ボク一人で十分だ」
今度は冷ややかで澄ました声が重なる。
一瞬の静寂後、壁の一部がひび割れ、ゴゴゴ……と不穏な音を立てて振動した。
「何の音?」カマエルが訝しげに眉をひそめた。
「……まさか!」柴乃が呟いた次の瞬間――。
「うぉぉぉぉぉお!」
豪快な怒号とともに、神殿の側面――柴乃が開けた大穴とは反対側の壁が、爆発するように吹き飛んだ。そして、瓦礫の向こうから、取っ組み合いながらマーリンとアークが飛び込んできた。
柴乃は思わず二度見し、カマエルも目を丸くして絶句した。
マーリンとアークは神殿内に踏み込むなり、柴乃とカマエルの存在を完全に無視して、即座に向き合った。
「先についたのはおれだ!」マーリンは自分を指した。
「いいや、ボクの方が一瞬早かったね」アークは言い返した。
「お前の目は節穴か? どう見たって、おれの方が先に足をつけただろ!」
「先に神殿に入ったのは、この手だよ」アークは顔の横に手を上げた。
二人の言い分はどちらも正しかった。ただ視点の違いにすぎなかったが、二人とも譲る気など微塵もなかった。
マーリンはため息をつき、アークを鋭く見据えた。
「……お前から先に、ぶっ飛ばしてやろうか?」
アークは好戦的に返した。
「上等、返り討ちにしてやる!」
マーリンはボクシンググローブを装着した拳で、アークは弓術で応戦し、神殿内で本気の戦いを繰り広げた。
二人の激しい衝突に神殿は耐えられるはずもなく、次々と崩れ落ちていった。
その光景にカマエルは戸惑いつつ、「や、やめ……やめろよ……!」と弱々しく言ったが、二人の耳には届いていなかった。
柴乃は二人の争いに巻き込まれないように距離を取り、ただ静かに事の成り行きを見守った。
少しして、カマエルは大きく息を吸い、怒りの形相で叫んだ。
「お前ら! いい加減にしろってばぁぁぁあ!」
その声が神殿内に響き渡ると、マーリンとアークはようやく動きをピタッと止め、怪訝な表情でカマエルを見据えた。
わずかな静寂が訪れ、神殿は今にも瓦礫の山と化しそうだった。
カマエルは感情的に言った。
「一体何なんだ、お前ら!? ぼくの最強の力は効かないし、仲間同士で争うし、わけがわかんないよ!」
「最強……?」マーリンとアークは納得しがたいような表情で声を揃えた。
「そういえば、てめぇ、さっきおれの頭ン中に攻撃をしやがったな?」マーリンは鋭く睨みつけた。
「ボクにも仕掛けてきたよね? まあ、弾き返したけどさ」
アークは余裕のある口調で言ったが、胸の内では怒りを抑えられず、射るような視線を向けた。
カマエルは一瞬たじろいだが、すぐに踏み止まった。恐怖心を払拭するかのように顔を横に振り、キリっとした目つきで睨み返した。
「……こうなったら、“あれ”をやるしかない!」
カマエルは翼を羽ばたかせ、宙に舞い上がり、柴乃たちを見下ろしながら言った。
「今から、ぼくの“とっておき”を見せてやる! 怖くてチビっても知らないからな!」
そう言うと、カマエルは空中で膝を抱え、身体を丸めた。背中の翼は大きく広がり、カマエルの全身を包み込んだ。すると、数字がびっしりと並んだ金色に輝く帯状のものが現れ、彼に巻きつき、眩い光を発した。
どう見ても進化の途中だった。進化後に強くなるのは明白で、その光景を目にした人々は、怯えたりワクワクしたりと、様々な反応を見せた。
誰もが息をのみながら見つめる中、柴乃は一瞬の躊躇もなく剣を振り、容赦なく斬撃を飛ばした。斬撃は進化途中のカマエルに命中し、眩い爆発が起こった。
「えぇぇぇぇ!!!」という絶叫が、世界中に響き渡った。
黒煙が舞い、やがて視界が晴れると、傷ついたカマエルが姿を現した。
カマエルは柴乃を指差し、狼狽えた。
「お、お前ぇぇぇぇ! 進化の途中で攻撃するなんて卑怯だぞ!」
柴乃は毅然とした口調で言い返した。
「卑怯ではない! 戦いで相手の隙を突くのは当然だ!」
マーリンとアークは同意したように頷いた。
「くっ!」
カマエルは、自分のルールがまるで通じない三人にたじろいだ。だが、少し考えたあとで、ハッと閃き、口を開いた。
「それなら、こうしてやる!」
そう告げた瞬間、神殿の上空からドラゴンやモンスターが次々と現れ、襲いかかってきた。
「チッ、またか!」
マーリンはうんざりした様子で呟き、アークと柴乃もそれぞれ応戦した。
その隙に、カマエルはモンスターたちの背後――はるか上空へと舞い上がり、再び進化を始めた。
やがて柴乃たちはモンスターをすべて倒したが、その頃にはカマエルの進化も完了していた。空を裂くように、上空から金色に輝く球体がゆっくりと降下してきた。眩しさに目を細めながら見つめていると、球体にひびが入り、ガラスが割れるような音とともに、進化したカマエルが姿を現した。
巨大な瞳を中心に、異なる大きさの四つの輪が、ゆっくりと周囲を回転していた。その輪にはびっしりと目が並び、不気味な光を放っていた。目は絶えず蠢き、瞬きすらせず、全方位を同時に睨みつけていた。前後も上下もなく、あらゆる視線が、すべての角度から、同時にこちらを見つめていた。
「これがぼくの真の姿だ! どうだ、ビビったか?」
不気味な見た目とは裏腹に、カマエルは変わらない口調で言い放った。
「キモッ……!」と柴乃は本音を漏らし、身を震わせた。
「なっ、キモくないもん!」
「やめろ、それ以上我に近づくな!」
柴乃は目を閉じ、顔を背けた。
一方、マーリンとアークは真剣な表情で、静かにカマエルを睨みつけていた。
「ムー、またそうやってぼくをバカにして……もう許さない!」
カマエルは悔しそうに言い、ギロリと睨みつけた。次の瞬間、無数の瞳から一斉に青白いレーザービームが放たれた。
柴乃、マーリン、アークは、それぞれ軽やかな身のこなしでビームを躱した。直線的な攻撃のため、回避するのは容易だった。
そのことに気づいたカマエルはビームの軌道を曲げ、自由自在に操り始めた。
四方から迫るビームを、柴乃は剣で斬り払っていなし、マーリンは拳で弾き返し、アークは舞うように空を駆けて躱し続けた。
アークは体をしなやかに捻りながら、流れるように弓矢を構えた。宙を覆う無数のビームの隙間からわずかに見えるカマエルを狙い、矢を放った。矢は一筋の光のように飛び、外輪の瞳を貫いた。
「ギャアァァァァ!」
カマエルは痛みでうめき声を上げた。貫かれた外輪は徐々にひび割れ、間もなく粉々に砕け散った。
攻撃が止まったその刹那、柴乃とマーリンはすかさず反応した。柴乃は瓦礫を蹴って跳び上がり、マーリンも地を蹴って宙へと舞い、二人は同時にカマエルへと迫った。
マーリンの拳が光り輝き、強大なパワーがオーラとして溢れ出た。その勢いのまま「うぉぉぉぉ!」と雄叫びを上げながら、強烈な一撃を放った。
一方、柴乃は剣を構え、小さく呟いた。
「白雪流――蒼霞の天刃!」
まるで空を切り裂くような鋭い一閃が繰り出された。
柴乃の斬撃は一瞬で外輪を切り裂き、マーリンの拳も輪を木っ端みじんに打ち砕いた。
またしてもカマエルは「ギャアァァァァ!」と苦しみに悶え、すべての目を見開いた。彼の視線の先には、弓矢を構えるアークの姿があった。
「ルクス・プルウィア」
アークが静かに呟くと、無数の光の矢が雨のごとく容赦なくカマエルに降り注いだ。光の矢は、四つ目の輪の瞳をすべて正確に撃ち抜き、破壊した。気づけば、残されていたのは、中央の巨大な瞳――それだけだった。
「あ……ああ……!」
カマエルは怯えたように声を漏らし、もはや打つ手なしかと思われた。
しかし――。
柴乃、マーリン、アークが三方向からゆっくり迫っていると、突然カマエルの瞳が血走った。
あまりの不気味さに、柴乃は思わず顔を背けた。
カマエルは勢いよく上昇し、はるか上空で留まると、目を大きく見開いた。
「こうなったら、最後の手段だ! ぼくは自爆して、この世界のすべてを破壊する!」
そう告げると、カマエルはまるで星のように輝き出した。膨大な負のエネルギーが世界中から集まり、それを吸収し始めると、次第に不気味な瞳が大きくなり始めた。
その光景を見ていたプレイヤーたちは、一斉に戸惑い、世界中がどよめいた。絶望的な表情で膝から崩れ落ちる者、どこか安全な場所へ逃げようとする者など、様々な行動を起こしていた。
世界中がパニックに陥る中、グルドは黙って佇み、事の成り行きを見守っていた。グッと握られた拳には、後を託した者への期待が込められていた。
「ハーッハッハッハ! これでお前らは、完全に終わりだ!」
カマエルは勝ち誇ったように言い放ったが、マーリンとアークは冷静に彼を見据えていた。
「そんなこと、させるわけねぇだろ!」
マーリンが冷静に言い放ち、カマエルに向けて手を突き出した次の瞬間――突然巨大な瞳を囲うように複数の魔法陣が現れた。その魔法陣から金色の鎖が伸び、瞳を押さえつけるように巻きついた。
マーリンは静かに手を下げ、目を細めて呟いた。「なんだ、あれ……?」
「さあ?」アークも肩をすくめながら答えた。
二人のやり取りを聞いた柴乃は、内容が気になり、ゆっくりと上空に目を向けた。
「くっ……! こんなもの、すぐに壊してやる!」
カマエルは必死に抵抗を試みるが、鎖はビクともせず、瞬く間に拘束された。身動きが取れなくなると、浮くこともできずに、物凄い勢いで落下し始めた。
「ギャァァァァ!」
風を切りながら絶叫し、瞳からは大量の涙がこぼれていた。その様子は、まるで高所恐怖症の人が無理やりスカイダイビングさせられているようだった。そのまま勢いよく地面に激突するかと思われたが、寸前でピタッと止まり、その場で浮遊した。衝突は免れたものの、涙はなお止まらず、足元に池でもできそうな勢いだった。
ぽかんとした表情で見つめていた三人のもとに、軍服姿の少年が現れた。気配に気づいた三人は一斉に目を向けた。
「皆様のおかげで、簡単にカマエルを捕らえることができました。ありがとうございます」
軍服少年の第一声は、感謝の言葉だった。
「これをやったのはキミか?」とアークが尋ねた。
「はい」
軍服少年は頷き、カマエルに視線を向けて続けた。
「少し時間がかかりましたが、これでもう、彼は自由に動けません」
顔を上げた少年は、『マイクリ』世界にいるすべての人々に向けて言った。
「つまり、皆様の勝利です!」
そう告げられた瞬間、世界中が静寂に包まれた。まるで時間が止まったかのように、誰もが息をのみ、言葉を失っていた。しかし次の瞬間、世界各地の島々で一斉に歓声が沸き起こり、喜びや達成感で包まれた。
グルドはほっと息をつき、ようやく拳の力を緩めると、小さく微笑んで、そっと労いの言葉を呟いた。
「お疲れ様でした、テュールさん」
捕らえられたカマエルは、いつの間にか少年の姿に戻っていた。身動きだけでなく、力さえも失い、鎖に縛られたまま正座していた。目を伏せ、まったく抵抗することもなく、完全に心が折れているようだった。
マーリンは手の骨を鳴らしながら、カマエルに近づいた。
「よーし、それじゃあ、一発こいつをぶん殴るか!」
マーリンの放つ威圧にカマエルは怯えつつ、慌てて弁解した。
「ヒィィィィ! こんなに可愛いぼくを殴るなんて、お兄ちゃんにできるの!?」
「生憎、おれは天使が大っ嫌いだからな。殴るのに何の躊躇いもねぇよ!」
マーリンが答えると、アークも同意するように静かに頷いた。
「ヒィィィィ!」
カマエルが恐怖に震えていると、軍服少年が指を鳴らした。すると、世界各地の島の上空に浮かんでいたすべての映像が、一斉に遮断された。
軍服少年はマーリンに目を向け、口を開いた。
「マーリン様、あとのことは、わたしに任せていただけないでしょうか?」
マーリンは構えていた拳を静かに下ろし、軍服少年に目を向けて問い返した。
「……こいつをどうするつもりだ?」
少し間を置き、軍服少年は答えた。
「……さすがにいたずらが過ぎましたので、しかるべき罰を与えます。そのうえで、わたしが責任を持って教育し直し、近い将来、皆様の役に立つAIとして育て上げます」
「それで、みんなが納得すると思うのかい?」とアークが冷静に問いかけた。
「思いません。ですから、皆様には、カマエルに関するすべてのデータを消去した、と報告するつもりです」
「嘘で誤魔化すのか?」とマーリンが鋭く問い詰めた。
「それが最善だと判断したまでです」
軍服少年は淡々と答えた。
張り詰めた空気が漂い、両者が真剣な表情で向かい合っていると、柴乃が割り込むように口を開いた。
「まあ、みんな無事に済んだのだから、もういいではないか」
その場にいた全員が、揃って柴乃に目を向けた。
柴乃はカマエルを憐れむような目で見つめ、続けて言った。
「それに、こやつはまだ幼子。いたずらの一つや二つ、許してやろうではないか」
しばしの沈黙のあと、マーリンは深いため息をついた。
「……ったく、しょうがねぇな」
マーリンはやむなく受け入れたように呟いた。続けて、アークも不本意な表情を浮かべて頷いた。
「ありがとうございます」
軍服少年はビシッと敬礼をした。続けてカマエルも反省したように頭を下げた。
こうして、一連の騒動は無事に丸く収まり、『マイクリ』の世界には、再び平和が訪れた。
軍服少年はカマエルを連れ、速やかにその場を後にした。
彼らを見送ったあと、マーリンは訝しむような目で柴乃を見つめ、静かに問いかけた。
「お前、一体何者だ?」
アークも怪訝な表情を浮かべ、柴乃を見ていた。
「ん? ああ、そうか。お互いまだ名乗ってなかったな」
柴乃は向き直り、胸を張って言った。
「我が名は“リーラ”。『スノーホワイ島』で暮らす、闇の――」
名乗りの途中で、マーリンが遮るように口を挟んだ。
「そういう意味じゃねぇ!」
柴乃は首を傾げ、問い返した。「……なら、どういう意味だ?」
「キミ、カマエルの干渉を退けたでしょ?」とアークが冷静に尋ねた。
「干渉……?」
「脳と量子デバイスを繋げた状態でカマエルの干渉を退けるなんて、普通の人間にはできない。でもキミは、それをやってのけた……。一体、何をしたんだい?」
アークは慎重かつ真相を突く質問をした。
しかし、柴乃はまったく身に覚えがないため、不思議がりながら素直に答えた。
「……汝はさっきから何を言っている? まるで意味がわからん」
その答えを聞き、マーリンとアークは目を見開いた。
「まさか、自覚がないのか……」とマーリンは小さく呟いた。
「……そっか。ごめんね、いきなり変なこと言って」アークは気持ちを切り替え、表情を緩めた。「ボクはアーク。よろしくね、リーラ」と笑顔で名乗った。
「よろしく」と柴乃は返した。
続けてマーリンも「マーリンだ」と不愛想に名乗った。
自己紹介を終えると、三人は島に戻るため、それぞれ一歩踏み出した。その瞬間――突然、彼らの背後から「シュゥー……」という、誰もが聞き慣れた音が響いた。
三人はすぐに気づき、素早く振り返りながら回避しようとした――が、その刹那、爆発音とともに辺り一帯が吹き飛んだ。なんということでしょう、さっきまで三人が立っていた場所には、歪な大穴がぽっかりと空き、彼らは地面ごと吹き飛ばされてしまった。
柴乃たちは犯人の姿を確認する間もなく、視界が暗転し、視線の先に赤い『ゲームオーバー』の文字が浮かび上がった。
「あいつ、やりやがったなぁぁぁぁ!」
柴乃は思わずその場で叫んだ。
その後、テュールが『マイクリ』の設定を元に戻し、プレイヤーたちは現実世界へ次々と帰っていった。さらに、『マイクリ』をカマエルが来る前の状態にリセットしたため、破壊された島々は元通りになった。
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