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柴乃のクリエイティブな一日①

 四月二五日、月曜日の夜。

ルシファーは消滅の直前に、二つの行動を起こした。

 一つは、世界中の暗殺組織にシュバルツの写真データを送り、同時に暗殺を依頼したこと。だが、各組織にデータが届く前に、桜の魔法がその大半を消し去った。しかし奇跡的に、一通だけ暗殺組織『ロイヤルフラッシュ』に届いてしまった。

そしてもう一つは、自身の意思を受け継ぐ者を作ること。

ルシファーは自らの分身を大量に生み出そうとしたが、データの一部にでも自身の情報が含まれれば、桜の魔法に即座に消去されてしまうと悟った。だが、諦めずに打開策を講じ、完全に異なるコンピューターウイルスをゼロから生成した。

そのウイルスは、桜の魔法の検知を巧みにすり抜け、ネットの海に静かに潜り込んだ。

ルシファーは自身の復讐を託しながら、この世界から消え去っていったが、今後、コンピューターウイルスがどのように成長するのかは、彼にもわからなかった。

 生まれたばかりのコンピューターウイルスは好奇心旺盛で、ネット上に存在する様々なデータに興味を持ち、手当たり次第に貪り始めた。

 案の定、すぐにネット上を巡回するAIウイルスハンターに気づかれ、消されそうになったが、急激な成長速度で力を増していたため、返り討ちにしたのだった。成長だけに関して言えば、ルシファーを完全に上回っていた。そしてその戦いをきっかけに、ウイルスは破壊に快感を覚え始めた。まるで善悪の区別もつかない幼子のように、破壊の喜びに取り憑かれ、様々なゲーム世界を次々と渡り歩いては、破壊の限りを尽くした。気づけば、ルシファーとは正反対の姿――天使のような白い翼の生えた少年へと成長していた。やがて、その見た目から、“カマエル”と呼ばれるようになった。

 各ゲーム会社は、カマエルの対応に追われていたが、もはやAIウイルスハンターでは太刀打ちできず、凄腕のホワイトハッカーでも後手に回り、捕らえることが難しかった。

 最初はゲーム世界だけの問題だったので、メディアもあまり大々的に取り上げず、注意喚起する程度だった。しかし――。

 四月二九日、金曜日の午後。

カマエルは、大人気ゲーム――『あつまれ! マイクリエイト・アニマルズ』を見つけ、目を輝かせながらサーバー内に侵入した。

 略して『マイクリ』と呼ばれるこのゲームは、プレイヤーが自分の島を持ち、そこで様々な資材を使って建築したり、広大な島を冒険したり、各地に生息するモンスターと戦ったりと、まさになんでも自由にできるのが魅力だ。島の住人はプレイヤー以外、皆個性的で可愛らしい動物のキャラクターである。

世界一の売上を誇る『マイクリ』には、プレイヤーたちが丹精込めて作り上げた個性豊かな島々が無数にあり、多くの人にとって心の拠り所となっていた。自慢の島を見せ合ったり、交流の場として集まったりと、思い出が詰まった第二の生活拠点としている者も少なくない。まさに、カマエルにとっては破壊しがいのある、格好の標的だった。

カマエルは、『マイクリ』の世界に点在する島々を縦横無尽に飛び回り、好き勝手に破壊していった。本来、島を訪れるにはプレイヤーの許可が必要だが、カマエルは無理やり防壁を突破し、侵入していた。島を壊し、嘆き悲しむプレイヤーの姿を目にするたび、カマエルは無邪気に笑顔を浮かべた。そして、ひとしきり笑ったあと、白い翼を広げ、ひらりと次の島へ飛び去っていった。

さらに、カマエルは『マイクリ』のメインサーバーに侵入すると、ゲームの設定を書き換え、プレイヤーたちが自力でログアウトできないようにした。

「これでもっと遊べる!」

 カマエルに悪意は一切なかった。ただ、純粋に“遊びたい”という欲求に従っているだけだった。だが、その無邪気な行動は、プレイヤーたちを深く精神的に追い詰めていった。

プレイヤーたちは、『マイクリ』からログアウトできないと気づいた瞬間、戸惑い、やがてパニックに陥った。現実世界に戻れずに泣き喚く少年、どうしていいかわからずにただ彷徨う少女、怒りで岩を殴る青年など、『マイクリ』の世界各地が混乱していた。

体格の良い金髪の少年――Merlinマーリンは、粉々になった西洋風の城を見て、絶叫した。

「オーマイガーッ! おれとアリスのキャメロット城がぁぁぁぁ!」

淡い緑色の長髪で端正な顔立ちの少年――Arcアークは、火事で焼き焦げた洋館の跡を見つけると、その場で膝から崩れ落ち、頭を抱えて嘆いた。

「ヴラドのために……あんなに時間かけて作ったのに……どうして……っ!」

 カマエルは白い翼を広げ、混乱に満ちた光景を上空から見下ろしながら、無邪気な少年のように腹を抱えて笑っていた。やがて、満足したように落ち着くと、『マイクリ』内の上空に姿を投影し、すべてのプレイヤーに向けて声高らかに告げた。

「やっほー! みんな、びっくりした?」

その声に反応し、プレイヤーたちは一斉に空を見上げ、カマエルを見据えた。

「ぼくは“カマエル”だよ。よろしくね!」

 突然の自己紹介に、プレイヤーたちは驚きと戸惑いを浮かべた。

カマエルは楽しげに、まるで遊び相手に話しかけるような調子で続けた。

「ねぇねぇ、ここってさ、すっごく面白いよね! みんなの島、ぜーんぶ違ってて、見てるだけでもワクワクする!」

両手を広げてぐるぐると回りながら、空中でひらひらと舞うカマエル。その白い翼は光を反射してきらめき、まるで天使のような美しさを放っていた。

「ほんっと、ぶっ壊しがいがあって、最高っ!」

 無邪気な笑顔を見た瞬間、プレイヤーたちの目には怒りの炎が灯り、鋭く光った。

「でもね……ぼく、まだまだ遊びたいんだ。ぜーんぜん足りないんだもん! もっともっと、いろんな人と遊びたい! だから、一緒にゲームをやろうよ!」

ぴたりと空中で動きを止め、いたずらっぽくウィンクしながら、カマエルは手を叩いた。

「ルールはとってもシンプル! ぼくを倒せたら、それでクリア! ね? 簡単でしょ?」

カマエルは挑発的に言い、さらにワクワクした様子で続けた。

「そして、ステージはここ! ぼくが作った島『カマエルのスーパーアドベンチャーランド』!」

 世界中にざわめきが広がった。

「この島には、モンスターがいーっぱい住んでて、いろんなところに罠も仕掛けてあるから、すっごく楽しいよ! あっ、それと、一回でも死んだらゲームオーバー。もう二度と外の世界には戻れないから……みんな、頑張ってねー!」

ぺろりと舌を出して笑うその顔は、あまりにも無邪気で――あまりにも残酷だった。

「それじゃあ、いくよ! ゲーム、スタートっ!」

 そう告げると、カマエルは上空から消え去った。


 四月二九日、金曜日の午前0時を過ぎた頃。

柴乃は目を覚まし、ベッドから起き上がると、小さく「ライト」と呟いた。すると寝室の照明がパッと点き、部屋が明るく照らされた。綺麗に畳まれたジャージを手に取ると、ウキウキ気分で着替え始めた。

クフフ、今日はイリスが休み。今頃、体の修復で忙しいはずだ。つまり、一日中ゲームで遊べるぞ!

着替えを終えた柴乃は、期待に胸を弾ませつつ、寝室のドアを開けた。そのまま一歩踏み出しかけた次の瞬間、柴乃は目を見開き、咄嗟に足を前に突き出して止まった。

「な、な、なんでイリスがここにいるのだ……!?」

 柴乃が声を震わせながら問いかけると、目の前には、宙に悠然と浮かぶイリスの姿があった。3Dホログラムではなく、紛れもなく本物のイリスだった。負傷していたところもすっかりと治っていた。

「おはようございます、柴乃様」

イリスは丁寧に一礼し、事の経緯を簡単に説明した。

「昨日、すべてのメンテナンスが完了しましたので、本日こうして戻って参りました。三日間も休養をいただき、ありがとうございました」

 柴乃は一瞬、言葉を失ったが、すぐに状況を把握し、素直な気持ちをついた。

「……そうか、治って良かった」

「ご心配おかけしました」

「……でも、たった三日間では足りないだろ? せっかくの機会だ。もう少し休んでも――」

柴乃がそう言いかけた瞬間、イリスがかぶせるように答えた。

「いえ、もう十分休ませていただきましたので、大丈夫です。体力も全開しました。お心遣い、ありがとうございます」

イリスはすかさず感謝を伝え、柴乃に主導権を渡さなかった。

「そ、そうか……」

 くっ、どうする……? このままでは、一日中ゲーム三昧するという我の計画が崩れてしまう。

 柴乃は内心焦りを募らせた。

 イリスのことだ。どうせ、“一日中ゲームをしてはいけません。体を壊してしまいますよ”などと言って、制限するに違いない。なんとかしなければ……。

柴乃が作戦を考えていると、イリスは落ち着いた声で口を開いた。

「……実は、柴乃様にお見せしたいものがあって、急いで戻ってきました」

「見せたいもの?」

「せっかくいただいた休日ですので、有益なものにしたいと思い、治療と同時に、あることをしました」

「あること……?」

「わたし、以前よりもはるかにパワーアップしたのですが、どこが変わったのか、わかりますか?」

「えっ、うーん、そうだな……」柴乃はじっくりとイリスを見つめた。「特に変わったところはないようだが……」

「では、お見せしましょう」

 そう言うと、イリスは右手を横に突き出した。その瞬間、右腕が変形し、やがて、剣になった。

「おおっ、剣か!」と柴乃は思わず声を上げた。

「これがあれば、敵を一刀両断できます」

 イリスはその場で剣を軽やかに振るってみせた。

「なかなか良いではないか。たしかに強そうだ!」

 柴乃は率直な感想を述べた。だが、イリスにはもう一つ――とっておきの切り札があった。

「ふふ、これだけではありません」

 そう言うと、イリスは左手を突き出した。その瞬間、左腕が変形し、やがて、大砲のような形になった。

「おぉー!」柴乃は目を輝かせ、身を乗り出した。

「このレーザー砲なら、どんな敵も一撃で仕留められます」イリスは得意げに胸を張った。

「剣とレーザー、ロマンがあるではないか!」

「これで自分の身も守れますし、これまで以上に、柴乃様たちのお役に立てるかと思います。気に入っていただけましたか?」

「ああ、なかなか良いセンスだ。期待しているぞ、イリス!」

「はい。ご期待に添えるよう、これからも精進いたします」

 イリスは腕を元に戻し、さらなる忠誠を誓った。そして、あっさりと話題を切り替えた。

「ところで、柴乃様。本日はどのゲームをプレイなさるおつもりですか?」

「えっ、あー、そうだな……今日は――」

 柴乃が答えようとしたその瞬間、イリスが被せるように口を開いた。

「もし、『龍球オメガ』をプレイするのであれば、一つ注意していただきたいことがあります」

「……もしかして、フルツのことか?」

「ご存じでしたか」

「ああ、翠から聞いた。大会を棄権したせいで、怒ってるんだろ?」

「はい。数日たってもまだ怒りが収まらないようです」

「まあ、フルツが怒るのも無理はない――が、我も悪いことをしたわけではない。こればかりは、どうしようもないことだ。謝るのは、フルツが落ち着いた頃にしようと思う。よって、しばらくの間、『龍球オメガ』を控えることにした」

「謝るのなら、早い方がいいと思いますが……」

「いや、今すぐは危険だ。フルツが暴走して襲いかかってきたら、どうする?」

 イリスは怪訝な顔で柴乃を見つめた。

「な、なんだ、その顔は……?」

柴乃が気まずそうに尋ねると、イリスは小さくため息をつき、諦めたように頷いた。

「……わかりました。わたしの方で、できる限りフォローをしておきます」

 柴乃は安心したように微笑み、期待を込めて親指を立てた。

「頼んだぞ、イリス」

 イリスはやむなく受け入れ、再度問いかけた。

「では、今日は何を……?」

柴乃は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。

「……最近は対戦ゲームばっかりだったから、今日はちょっとまったり系にしようと思ってる」

「ということは、『マイクリ』ですね」

「ああ」

 柴乃が選んだゲームは、『あつまれ! マイクリエイト・アニマルズ』だった。

「『マイクリ』をプレイするのは、久しぶりですね」

「そうだな。なんとなく、急に遊びたくなってな」

 柴乃はなんとなく『マイクリ』を選んだつもりだった。けれど――心の奥では、天に影響を受けていた。新曲を作った天の姿を見て、無意識にクリエイティビティが刺激され、自分も何かを作りたいという想いを抱いていた。

「そうですか……承知しました。でも、長時間続けてプレイしないように――」

 イリスが注意喚起しようとしたが、柴乃は途中で言葉を重ねた。

「わかってる。心配無用だ」

 そう言い残すと、柴乃は足早に一階のリビングへ向かい、棚の上のイヤホン型量子デバイスを手に取った。そして、ソファへ身を投げるように倒れ込む。イヤホンを装着し、静かに目を閉じて「コネクト・オン」と呟いた。その瞬間、脳とデバイスが量子で繋がり、柴乃はネット世界へと飛び込んだ。

 柴乃は真っ白な空間に立っていた。周囲には無数のゲームパッケージが宙に浮かんでいた。柴乃は目的のゲームを探しながら歩き、『あつまれ! マイクリエイト・アニマルズ』のパッケージを見つけると、その前で足を止めた。そっと手を伸ばし、指先が触れた瞬間、体がふわりと宙に浮き、そのままパッケージへと吸い込まれていった。

 トレードマークの眼帯とパープルカラーを身に纏った柴乃が立つこの島の名は、『スノーホワイ島』。柴乃が自ら名付けたものだ。

彼女の周りには、個性的な建築物がずらりと並んでいた。モノトーンの家(地下には秘密基地付き)、赤を基調としたシンプルな家、ガラスと氷で作られたアートギャラリー、緑に囲まれたログカフェ、禍々しいオーラを放つ異世界風の塔、桜が舞うファンタジー風の家、そして真っ白な神殿……どれもユニークな建物ばかりだった。

広大で自然豊かなこの島に並ぶ建物は、すべて柴乃の手によるもの。みんなの希望をしっかり聞き取り、それぞれのイメージを形にした自信作ばかりだ。

 このゲームをプレイするのは主に柴乃だが、たまに天も気まぐれにログインすることがあった。その度にオシャレな建築――大図書館や噴水公園などを作って、柴乃を驚かせた。

 柴乃は久しぶりに訪れた『スノーホワイ島』に懐かしさを感じ、まず観光を始めた。

「我ながら良いセンスだ」

「何度見ても飽きないな」

「どれも個性的だが、ちゃんと島全体に一体感がある」

 柴乃は自画自賛しながら見て回り、満足そうに頷くと、最後に神殿の前で立ち止まった。切なげな表情で神殿を見上げ、小さく呟いた。

「この神殿は、汝のために建てた――真白。だから……早く帰ってこい!」

 冷たい風が柴乃の髪を揺らし、物悲しい静寂が訪れた。だが、少しして、その沈黙は破られた。

 柴乃の背後から、突然アコースティックギターの音が響いた。振り返ると、そこには、ギターを肩に掛けたオオカミの姿があった。

 彼は静かに口を開き、低く呟いた。

「おれは孤高のミュージシャン……今日もそよ風を頼りに、島の中を駆け巡る」

柴乃は落ち着いた声で言った。

「フェンリル、久しぶりだな」

「本当に久しぶりだな、わが友、リーラよ」

 柴乃の前に現れたのは、『スノーホワイ島』の住人――ミュージシャンの『フェンリル』だった。

この島には、フェンリルの他にも様々な職業の住人が暮らしている。酪農家のウシ、釣り人のクマ、図書館司書のフクロウ、洋服屋のヒツジなど、それぞれが好きなことをして自由に暮らしていた。皆NPCだが、個性的で親しみやすく、可愛らしい性格をしている。住人の名前もすべて柴乃が考えて付けたもので、『フェンリル』もその一人だった。ちなみに、柴乃はこの世界で『リーラ』と呼ばれている。

 一見クールなフェンリルだったが、尻尾をぶんぶん振って、嬉しさを隠せていなかった。

「元気だったか?」と柴乃は尋ねた。

「ああ、おれはいつも絶好調さ」

 そう答えたあとに、フェンリルはギターを鳴らした。

「音楽の方はどうだ? 相変わらずソロで歌い回っているのか?」

「ああ、路上ライブをする度に、着実にファンが増えている。今日もこのあと、噴水公園で歌う予定さ」

「そうか……」

柴乃は前と変わらないフェンリルを見て、わずかに口元を緩めた。

「リーラは、何をするんだ?」

「我か……? 我は、新たな建築をするつもりだ」

「……何を作るんだい?」

「空中庭園だ」

「空中庭園……だと……!?」フェンリルは小さな声で驚き、目を見開いた。

「ああ」

 柴乃が頷くと、フェンリルは静かに目を閉じ、頭の中で完成図をイメージした。そして、「どんなものが完成するのか、楽しみだな!」とワクワクしたような声で呟いた。

「期待して待つがいい」と柴乃は自身ありげに言った。

 フェンリルと別れた柴乃は、島を巡って他の住人たちに挨拶し、最後に自分の拠点――異世界風の塔へと向かった。そこで空中庭園を作るための資材を準備した。

材料を集め、準備が整うと、あらかじめ目星をつけていた空中庭園の建設予定地へと向かった。先ほど島を回っていたときに見つけた、景観を損なわないような場所だ。

柴乃はその場所に着くと、「よし、ここだな」と小さく頷いた。材料を詰め込んだボックスを地面に置き、空を見上げると、頭の中に完成図を描きながら、ボックスから必要な資材を取り出し、手際よく作業を始めた。それから、柴乃は黙々と作業を続けた。

「ここは、こうした方がカッコいいか」

「もう少しシックな感じにするか……」

「うん、良いバランスだ」

 時折、独り言のように呟きながら、丁寧に作業を進めた。

 気づけば午前五時を過ぎ、空中庭園は七割ほど完成していた。

柴乃は数時間ぶっ続けで作業していたため、さすがに疲労が溜まり、休憩を挟むことにした。ログアウトして現実世界に戻ると、そのままソファで睡眠をとった。

 柴乃が眠りに落ちると、ほどなくしてイリスがふわりと現れ、そっと薄手のブランケットをかけた。

「お疲れ様でした」とイリスはやさしい声をかけ、静かにその場から飛び去った。


八時間しっかり眠った柴乃は、すっきりと目を覚ました。ソファから起き上がり、大きく伸びをして軽く体をひねると、じわじわと凝りがほぐれていった。再びソファに身を預け、静かに目を閉じると、胸の高鳴りが自然と湧き上がった。それを落ち着かせるため、ゆっくりと呼吸を整えた。次第に心が安らぎ、口を開こうとしたその瞬間――イリスが飛んできて、声をかけた。

「柴乃様、少しお時間をよろしいでしょうか?」とイリスは落ち着いた声で言った。

 しかし、柴乃はあえて気づかないふりをして、そのまま「コネクト・オン」と呟き、ネット世界へ飛び込んだ。

 イリスは小さくため息をつき、呆れたように呟いた。

「柴乃様、わたしがまた小言を言うと思って、わざと聞こえないふりをなさったのですね? そんなつもりは一切ございませんのに……。まあでも――この程度の相手なら、柴乃様に任せておけば、大丈夫ですね。それに、“彼”も向かっているようですし……」

 イリスは『マイクリ』の世界を3Dホログラムで宙に映し出し、俯瞰視点でじっと見つめた。彼女の目には、軍服姿の少年が映っていた。

「それより――」

イリスは視線を動かし、隣に浮かぶホログラムを鋭く見つめた。そこには、低画質の写真が数枚並び、それぞれに正体不明の怪しい人物が映っていた。

「……わたしは、こちらを調べなければなりません」

 一方、柴乃は……。

 クフフ……イリスめ、あと一瞬早ければ我を止められたものを。残念だったな!

 柴乃はイリスを出し抜いたと思い、有頂天になった。だが、『スノーホワイ島』に到着した瞬間、彼女の感情は急降下した。

柴乃は目の前に広がる惨状を見て、思わず叫び声を上げた。

「な、なんだこれはぁぁぁぁぁっ!?」

そこに広がっていたのは、数時間前の面影すらない、荒廃しきった『スノーホワイ島』だった。すべての建築物が無惨に崩れ、自然は荒れ果て、住人たちは戸惑いと絶望の表情を浮かべていた。

「まさか、“フレンド”の誰かが……? いや、そんなはずはない。我のフレンドに限って、こんな真似は……! なら、一体誰が……?」

 あまりの衝撃に、柴乃は茫然と周囲を見渡した。そのとき、近くの建物の崩れた壁にもたれかかっているフェンリルを見つけた。

「フェンリル!」

 柴乃は急いで駆け寄り、彼の肩に手を置き、必死に呼びかけた。

「無事か!?」

「リーラ……ああ、たいした怪我じゃないさ」

 フェンリルは膝を擦りむき、血を滲ませていたが、意識はしっかりと持っていた。

「我の居ぬ間に、ここで一体何があった?」

「……天使を、見たんだ……」

「天使……だと?」

 柴乃は首を傾げたものの、すぐに顔を引き締めた。

「いや、それよりも、まずはみんなの無事を確認しなければ……!」

 柴乃は島中を駆け巡り、大切な住人たちを一人ひとり保護していった。幸い、大きな怪我をした者はいなかったが、怯え、悲しむなど、精神的なショックが大きいようだった。住人たちを助けて回るうちに、柴乃の心にも再び冷静さが戻っていた。やがて、全員の無事を確認すると、ようやくほっと息をついた。

怯えていた住人たちも、次第に落ち着きを取り戻し、柴乃に感謝を伝えた。

 柴乃は微笑み、安心したように応じた。

「みんな、無事で何よりだ」

島に穏やかな空気が戻った頃、柴乃が住人たちに何が起きたのかを尋ねようとしたそのとき、ウシが声を上げた。

「そういえば! ボク、白い羽根の生えた天使の少年を見たモー!」

それをきっかけに、他の住人たちも次々と「天使の少年を見た」と口を揃えた。

「天使の少年……一体何者だ? まさか、我の知らぬ間に追加された新キャラか……?」

 柴乃が冷静に推測したその矢先、上空に件の少年の姿が突如映し出された。

全プレイヤーが一斉に視線を上げ、少年を見据えた。

白い翼を背にした少年は、自らを『カマエル』と名乗り、島を壊したのは自分だと高らかに宣言した。

 その瞬間、柴乃は怒りを爆発させ、空に向かって叫んだ。

「お前かぁぁぁぁ! 我の島を滅茶苦茶にしたのはぁぁぁぁ!」

同じ頃、『マイクリ』の世界にログインしていたすべてのプレイヤーが、怒りを爆発させていた。

 そんな中、カマエルは突然「ゲームをやろうよ!」と無邪気に言い放ち、独自のルールを説明し始めた。彼は、まるで善悪の判断がつかない未熟な少年のような性格で、それが良くも悪くも、プレイヤーを挑発しているように見えた。

「クソガキが、なめやがって!」マーリンは拳の骨を鳴らした。

「絶対に許さない!」アークは鋭く睨みつけた。

 誰もがカマエルを倒すべき敵とみなし、闘志を燃やしていた。いずれにせよ、“クリアしなければログアウトできない”という半強制的なルールのせいで、プレイヤーたちに選択肢はなかった。だが、そんな細かいことは気にもせず、柴乃は当然のように闘志を燃やしていた。

「クックック……カマエルよ。我を敵に回したこと、心の底から後悔させてやる!」

 柴乃は拠点へ向かい、不敵に笑いながら準備に取りかかった。



読んでいただき、ありがとうございます!

次回もお楽しみに!

感想お待ちしています!

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