翠と美食の祭典②
広大なホールの中央には、複数の調理台が等間隔に並ぶ。各ステーションには最新の調理器具が整然と並び、光沢を放つステンレスの作業台が、まるで戦いの舞台のように輝いていた。
周囲には数百人もの観客が集まり、期待に満ちた視線を向けている。最前列には、一流シェフや食の専門家たちが腕を組みながら、あるいはメモを取りながら、真剣な表情でステージを見つめていた。学園関係者やグルメ評論家の姿もあり、場の雰囲気を一層引き締めている。
天井からは無数のスポットライトが降り注ぎ、各調理台を鮮やかに照らしている。会場の四方には大型スクリーンが設置され、調理の細部がリアルタイムで映し出される。さらに、小型ドローンがステージ上を縦横無尽に飛び回り、参加者の手元や表情を余すことなく映し出している。この模様はライブ配信されており、世界中の料理人たちが画面越しに見守っていた。
ほのかに漂う香辛料やハーブの香りが、これから繰り広げられる熱き料理バトルの幕開けを告げていた。
ざわめきが次第に静まり、会場の空気が一瞬で張り詰める。MCの少女がマイクを手に取り、ゆっくりと息を吸う。今、この場にいる全員が、歴史を変えるかもしれない料理の誕生を、まさに目撃しようとしていた。
「皆さん、お待たせしました! 本日は、ここ色神学園で行われるのは調理実習――いえ、もはや料理の祭典とも言える、特別な一日です! 集まったのは、選ばれし料理の精鋭たち! 彼らが生み出す至高の一皿を、この目で見て、この舌で味わえる瞬間が、今まさに始まろうとしています! そして、見守るのは食のプロフェッショナルたち……一流シェフ、グルメ評論家、そして美食を愛する皆さん! 果たして、どんな料理が生まれるのか? どんなドラマが生まれるのか? さあ、それでは――華麗なる料理人たちの競演、開幕です!」
MCの口上が響くと、会場は歓声に包まれ、ノリの良いBGMが一層熱気を高めた。会場の熱気が、舞台袖に控える翠たちのもとまで伝わる。
「すごい盛り上がりだね……!」流香は緊張した様子で呟いた。
「そうですね……」
翠は同意しかけたが、すぐに現状に違和感を覚え、思わず声を上げた。
「って、これは一体どういうことですか!? 一色さん!」
「せっかくですので、少し盛り上げようと思いまして……」一色は屈託のない笑顔で答えた。
「す、少し……?」
翠が当惑していると、一色はハッとし、真剣な様子で口を開いた。
「もしかして、足りませんでしたか?」
「い、いえ、多過ぎるくらいです」
「そうですか、それなら安心ですわ」一色は満面の笑みを浮かべた。
ことの発端は、一時間前に遡る。
翠が調理実習に参加すると決まった直後、一色は即座に行動を開始した。オーロラと連携し、関係者に連絡を取るや否や、SPやメイドを総動員して会場を設営。そして、瞬く間に招待客を呼び寄せた。気づけば、会場が整えられ、招待客も次々とやってきた。
そして、今に至る。
本来は校舎の一フロアで行われるはずだったが、一色の突拍子もない思いつきで、祭典のようになっていた。
調理実習に参加する生徒たちは、当然のように戸惑いを見せたが、意外とすぐに納得していた。誰もが「ああ、また一色こがねか」といった様子で受け入れ、すぐに気持ちを切り替えていた。どうやら一色こがねは、色神学園で“変人”として有名らしい。過去にも同じようなことを何度もやらかしてきたのだろう。ただ、一色が声をかければすぐに人々が集まるところを見ると、人望は厚いようだ。
ミュスカは舞台袖から会場を覗きながら言った。
「それにしても、今日はいつもより人が多いね!」
「ええ、翠さんの参加が嬉しくて、つい多くの方々にお声をかけてしまいましたの!」一色は嬉しそうに微笑んだ。
「たった一時間で、これだけの人が集まるなんて……!」十和は驚いたように呟いた。
「わたくしの手にかかれば、造作もないことですわ!」一色は得意げに胸を張った。
「いや、そうじゃなくて! こんな大勢の前に出たら、狙われるリスクが――」と十和は心配したように言いかけたが、一色は彼女の口にそっと指を当て、塞いだ。十和が黙ると、一色は微笑みながら小さく言った。
「大丈夫ですわ」
翠は二人のやり取りに見向きもせず、困ったように言った。
「わたし、あまり目立ちたくないのですが……」
「なんだ、ビビってんのか?」と古都は挑発的に言った。
「いえ……」と翠は言いかけたが、どうせ言い返しても無駄だと悟り、短く「はい、少し……」と答えた。
古都は冷やかし混じりに言い添えた。
「心配するな。腕がなければ、目立つこともない」
その発言に翠は少しムッとし、ついに胸の奥に潜めていた心に火がついた。
一色も不快そうに眉をひそめ、古都に注意しかけたが、その前にミュスカが口を挟んだ。
「古都ちゃん、今のは失礼だよ!」
ミュスカが軽く叱ると、古都はハッとし、気まずそうに頭をかいた。
「……悪かった。言い過ぎた」と古都はバツの悪そうに呟いた。
「いえ、木ノ実さんの言う通りです。始まる前から目立つことを気にしても仕方ありません。それよりも、大切なのは、より良い一品を作ること……」
翠は自分に言い聞かせるように呟き、古都に真っ直ぐな視線を向けた。そして、はっきりと感謝を伝えた。
「木ノ実さんのおかげで、気づくことができました。ありがとうございます」
「お、おう……」古都は予想外の返しに少し戸惑った。
その様子を見て、一色は静かに微笑んだ。
そのとき、「あっ、あの人……!」と流香が驚きの声を上げ、指を差した。
周囲の視線が一斉に向けられた。そこには、審査員席の中央に堂々と座り、腕を組んだ強面の老人がいた。彼はまるでヤクザの頭領のような風貌で、ただ座っているだけなのに、場の空気を一変させるような威圧感を放っていた。
「あのお方は、たしか……」と翠が呟くと、一色が「わたくしのおじい様ですわ」と言い添えた。
その男こそ、一色こがねの祖父・一色灰燼。色神学園の理事長にして、今回は自ら審査員長を務めるという。
「ってことは、今回、お前も参加すんのか?」と古都は問いかけた。
「はい」と一色は頷いた。
「そうか……フン、面白くなってきたな」古都はワクワクしたように笑った。
ミュスカも少し興奮したような笑みを浮かべていた。
舞台袖の端には、『色神の森』のキッチンスタッフ――霧間慈郎の姿もあった。
慈郎は段差に腰を下ろし、腕と足を組み、ただ静かにそのときを待っていた。
一方、流香は不安そうに眉をひそめていた。パートナーのオマールは、ルール上参加できないため、観客席で見守っている。いつも隣にいたオマールがいないことで、心細さが募っているようだった。
翠は流香の様子に気づき、穏やかな口調で声をかけた。
「緊張していますか?」
「うん……」流香は目を伏せ、自信なさげに言った。「理事長……評価が厳しいから、流香じゃ合格できないかもしれない」
翠は静かにしゃがみ込み、流香と目を合わせてから、彼女の手をそっと握った。そして、やさしく微笑みながら言った。
「この前いただいた、流香さんのクッキー……ひと口食べただけで、心がほっとするような、やさしい味でした」
「え……?」流香は目を見開き、黙って耳を傾けた。
「もちろん味も美味しかったんですけど……それより、食べたときに、心がふんわり温かくなるような気持ちになったんです。きっと、流香さんが心を込めて作ったからだと、わたしは思います。だから、怖がらなくて大丈夫。自信がなくても、流香さんの料理にはちゃんと力があります。それを、わたしが保証します」
しばらく黙っていた流香は、小さく息を吸い、ぎゅっと翠の手を握り返した。
「うん……流香、頑張ってみる!」流香の目はやる気に満ちていた。
「はい、一緒に頑張りましょう」
二人が立ち上がった瞬間、会場の空気が一気に熱を帯び、観客席から温かい歓声と拍手が湧き上がった。
「さあ皆さま、お待たせいたしました! それではいよいよ、選ばれし料理人たちの登場です!」
「では、参りましょう」
一色は微笑み、落ち着いた声で言うと、先陣を切った。一色の後に続き、古都、ミュスカ、十和、慈郎、その他調理学科の生徒たちが、次々と会場に足を踏み入れた。最後に残ったのは、翠と流香。二人は視線を交わし、力強く頷くと、並んで歩を進めた。
出場者全員がステージに立つと、灰燼が静かに立ち上がった。その瞬間、ざわめいていた会場が、水を打ったようにぴたりと静まり返った。
MCは落ち着いた声で言った。
「それでは、主催者の一色灰燼様による開会宣言を行います」
数秒の沈黙ののち、灰燼の低く響く声が、会場の空気を切り裂いた。
「――集まってくれた皆に、まずは礼を述べよう」
その声音は、金属が擦れるような重みを帯びながらも、澄んだ響きを持ち、聞き取りやすく明瞭だった。静寂の中で、軽く一礼。それだけの所作さえも荘厳な儀式のようだった。
観客たちは息をひそめ、審査員たちさえも背筋を正した。
「本日ここに、料理の技を競う者たちが集った。いずれも、日々の努力と己の信念を注ぎ込んだ作品を持つ者たちじゃ。……誇れ。そして、己を疑うな」
出場者たちの視線が、自然と灰燼へと引き寄せられていく。
「見せてもらおう。己の手で、何を生み出し、何を伝えたいのか」
会場は静まり返ったまま、その言葉に耳を澄ませていた。
「この祭典が、皆にとって新たな一歩となることを、心より願う。……これより、美食の祭典、開会を宣言する」
その声が響いた瞬間、会場の照明が一段と明るくなり、色とりどりのスポットライトがステージに降り注いだ。直後、観客席から割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がる。
灰燼はゆっくりと視線を巡らせ、最後にこがねを見つめた。こがねが微笑むと、思わず灰燼の顔がほころぶ。その表情は、孫娘を心の底から愛するただのおじいさんそのものだった。緩んだ表情のまま静かに腰を下ろすと、MCが自然な流れで場を引き継いだ。
「一色灰燼様、ありがとうございました」
MCはそのまま流れるように、ルール説明を始めた。
「続きまして、今回のルールについて、ご説明いたします」
観客席からの拍手が収まり、出場者たちの視線が自然と前方に集まる。
「今回、皆さまには制限時間二時間の中で、至極の一皿を完成させていただきます。使用する材料は、指定の食材棚および冷蔵庫に揃っております。調味料や器具も自由にお使いください」
会場脇の大型スクリーンには、調理ステーションの全景が映し出された。整然と並んだキッチン、食材の整備された棚、まるで舞台装置のような美しさに、観客たちから小さな歓声が漏れた。
「開始の合図とともに、全員が同時に調理を開始します。完成した作品は、順次審査員に提出してください。五人の審査員が、各二十点、合計百点満点で厳正に評価いたします」
出場者たちの表情が引き締まる。観客席からも、息をのむような緊張感が伝わってきた。
「それでは、ここで今回の“お題”を発表いたします」
場内が薄暗くなり、中央スクリーンに柔らかな光が灯る。優雅なフォントで、一つの言葉が浮かび上がった。
『スイーツ』
「今回のお題は――『スイーツ』です。はてさて、一体どのような作品が生まれるのでしょうか。非常に楽しみです」
MCの言葉が会場全体に染み渡るように響いた。
テーマが告げられると、出場者たちはそれぞれ思いを巡らせた。
ミュスカは小さく、「スイーツ……」と呟いた。古都はワクワクと笑みを浮かべ、慈郎は視線を落として静かに頷く。そして十和は、すでに最新の調理器具を手早くチェックしていた。
流香は真剣な眼差しで考え込んでいた。「流香ちゃん、がんばれー!」という小学部の友達の声が観客席から飛ぶと、流香は凛とした笑顔を浮かべ、手を振って応えた。
その姿を見て、翠は心の中で(もう心配しなくても大丈夫ですね)と安堵し、口元を緩めた。
そのとき、こがねは意味ありげに微笑みながら翠を見つめていた。
翠は視線に気づき、怪訝そうに問いかけた。
「あの、なんですか?」
「あ、すみません。微笑ましい光景を目にしたもので、つい……」こがねは満足げに笑った。
「そうですか……」
翠はあっさりと納得し、会場全体に視線を巡らせた。緊張感とワクワクが入り混じった空気が肌を撫で、翠の心も少し高鳴っていた。ふと灰燼に目が留まった。
一色灰燼さん――色神学園の理事長にして、一色こがねさんの祖父――。当然〈フリーデン〉のことは知っているでしょうし、これから茜さんや天さんとも……。要注意人物として、気をつけなければならないですね。
翠が警戒しながら見据えていると、灰燼が気づき、二人の目が合った。翠が咄嗟にお辞儀をすると、灰燼は意味深にニヤリと笑った。
翠は彼の反応が少し気になったが、ハッとし、気持ちを切り替えた。
――いけない、今はこんなことを考えている場合ではありません。目の前のことに集中しないと……。
翠が意識を目の前のことへと切り替えたその矢先、灰燼は手を突き出し、声高らかに告げた。
「それでは――調理、開始ィィィィ!」
鳴り響くドラの音とともに、出場者たちが一斉に動き出した。
流香、こがね、古都、ミュスカ、十和、慈郎は素早く食材を確保し、手際よく調理を開始した。
翠は「あっ!」と声を漏らし、少し遅れて食材棚へ向かった。顎に手を添え、棚いっぱいに並ぶ食材をじっと見つめる。そしてほんの一拍の沈黙ののち、「よし!」と頷いた。
アスパラガス、新ジャガイモ、新タマネギ、ベーコン、薄力粉、パルメザンチーズ、卵、牛乳など、次々と迷いなく食材を手に取り、調理台へと戻った。
その頃、すでに他の出場者たちは、翠よりも数歩先を進んでいた。
だが、翠は一切焦ることなく、自分のペースで調理に取りかかった。
まず新ジャガイモを一口大に切り、湯気を上げる鍋に入れながら、並行して新タマネギをクシ切り、ベーコンも刻む。アスパラガスは根元の固い部分を切る。
フライパンに油を引いてベーコンを加え、カリッと焼き上げる。香ばしさと塩味が、生地を引き立てる絶妙なアクセントになる。そこに新タマネギを加え、しんなりするまで軽く炒め、塩で味付けする。
茹で上がった新ジャガの湯を切り、アスパラガスは軽く下ゆでしたのち、食感を残すために斜めにカットする。
翠の手際は丁寧で、淀みがない。
次に卵を割り、牛乳、オリーブオイルを加えて泡立て器で混ぜる。そこへ、ふるった薄力粉、ベーキングパウダー、パルメザンチーズを入れ、粉っぽさがなくなるまでゴムベラでさっくりと混ぜる。
キッチンペーパーで水気を押さえた具材を、順に生地へ混ぜ込む。炒めタマネギの甘さ、ジャガイモの素朴なコク、ベーコンの旨味。そこに、アスパラの鮮やかな緑が彩りを添える。
「うん、いい感じ……!」
思わず漏れる言葉に、自信が滲んだ。
パウンド型に生地を流し入れ、表面にアスパラを飾る。パルメザンチーズを軽く振り、黒コショウを挽く。
翠は真剣な表情のまま、180℃に予熱したオーブンを開け、ケークサレを中へと送り出す。焼き時間を三十分に設定し、あとは待つだけ。
翠が待っている間、他の出場者が次々と完成した品を給仕し始めた。
最初に完成させた男子生徒の品は、『フレンチトースト』だった。厚切りの食パンにしっかりと卵液が染み込み、カリふわ食感が魅力的な一品だった。
「どうぞ、お召し上がりください」
彼が自信ありげに言うと、審査員はナイフとフォークを手に取り、フレンチトーストを一口大に切り分け、口へと運んだ。
審査員の一人、シェフ帽を被った若い料理研究家が、フォークを口元に運ぶ。厚切りのパンにじっくりと染み込ませた卵液は、外側こそ香ばしく焼かれているが、中はふんわりとした食感を保っていた。
「……うん。食感は悪くない。外はしっかり焼かれていて、内側はふんわりと仕上がっている。この加減は見事だ」
もう一人の審査員である、口元に笑みを浮かべた女性パティシエも頷く。
「甘さも控えめで、全体に品のある仕上がりになっていると思います。香りもほどよい。シナモンを使わず、バニラでまとめているのも好印象ですね」
男子生徒の表情に余裕の笑みがこぼれた。だが、次の瞬間、スーツを着た年配の審査員が口を開いた。冷静な表情を崩さぬまま、手元の皿に目を落とす。
「……ただ、惜しいのは――このフレンチトーストが“まったく印象に残らない”ことだ」
空気がわずかに張り詰めた。
男子生徒は思わず「え……?」と、小さく声を漏らした。
「見た目は悪くないが、彩りが乏しい。メープルシロップをかけただけでは、華やかさに欠ける。ベリーやナッツ、フルーツの一つでも添えれば、視覚的なインパクトが増したはずだ」
和装の女性料理人も続けて言った。
「そして、味の構成。たしかにやさしい味わいですが、パンの甘みと卵液のまろやかさ、それだけでは広がりが足りません。もう一段、印象を引き上げるための工夫――たとえば“酸味や食感のアクセント”がほしかったですね。これでは“ただの美味しいフレンチトースト”に留まってしまいます」
男子生徒の肩がわずかに落ちる。表情はまだ崩れていないが、その目には焦りが浮かび始めていた。
「それでは、評価を下す」
灰燼の一声を合図に、各審査員が静かにタブレットへ手を伸ばし、点数を入力した。
わずかな静寂ののち、審査員席前のスクリーンに数値が浮かび上がる。
それぞれ、8点、7点、5点、6点、7点――合計33点という評価が下された。
「なっ……!? たったの33点……!」
男子生徒は驚きで目を見開き、硬直した。
「完成度は高いが、勝負の場としてはインパクト不足。よって、この点数が妥当だろう」
灰燼が容赦なく言い放つと、他の審査員も頷いた。
最後に、女性パティシエが静かに評価を告げた。
「技術はあるけど、印象に残らない。その一言に尽きますね」
男子生徒は自信喪失したように肩を落とし、静かにその場を下がった。
容赦ない評価を突きつけられ、会場全体が一気に緊張感に包まれた。
その後も、給仕される料理は厳しく吟味され、点数が出るたびに参加者の表情が曇っていく。合計点が50点を超える品は、いまだ一つも現れていなかった。
緊張が張り詰める中、古都がついに至極の一品を完成させ、ゆっくりと審査員のもとへ運んだ。
その間、MCは懸命に会場を盛り上げようとしていた。
「さあ、次に完成させたのは、木ノ実古都さんです。実家が料亭で、和食料理が得意ということ。はたして、どのような逸品が審査員の前に現れるのでしょうか……!」
古都は品を給仕し終えると、自信に満ちた口調で言った。
「この作品の名は――『百花繚乱』。さあ、召し上がれ」
古都の品は、まるで一枚の絵画のような色とりどりの和菓子――緻密に細工された、花を模した美しい生菓子だった。
審査員たちは、目の前の和菓子に思わず息をのんだ。
「……これは、見事だ」
最初に声を上げたのは、スーツを着た年配の審査員だった。彼はしばし言葉を失ったまま、和菓子をじっと見つめていたが、やがて細い銀の菓子切りを手に取り、慎重に一口すくい上げた。
口に含んだ瞬間、その表情がふっと和らいだ。
「……口どけが、素晴らしい。練り切りのしっとりとした食感に、餡の甘さが絶妙に絡む。くどすぎず、かといって物足りなさも感じない」
和装の女性料理人も後に続いた。彼女はそっと微笑み、一口含んでから目を細めた。
「舌の上でふわりと溶けるこの滑らかさ……そして、あとからほんのりと広がる花の香り。とても癒されます」
もう一人の女性パティシエが感心したように頷く。
「餡の甘さだけでなく、ほんのりとした塩味が味に奥行きを与えています。まさに、計算し尽くされたバランス。それに、この色のにじみ――こんな繊細なグラデーション、並の技術では到底表現できません」
古都は淡々と審査員たちの言葉を受け止めた。表情は静かだったが、その瞳には揺るがぬ自信が宿っていた。
審査員のリーダーである灰燼は、静かに菓子を口に運び、じっくりと味わうように噛みしめた。そして、しばらく沈黙したあと、短く評した。
「……素晴らしい」
灰燼は静かに立ち上がると、無言で上半身をはだけ、鍛え上げられた筋肉を露わにした。両腕を力強く掲げ、上腕二頭筋を強調する――ボディビルの定番、フロントダブルバイセップスのポーズを決めた。
その光景を目にした観客はざわめき、会場の空気が一気に変わった。灰燼がポーズを決めたときは、大抵高評価が下されるからだ。
灰燼はポーズを解き、はだけた服を整え、静かに腰を下ろした。手を突き出し、「それでは、評価を下す」と威厳のある声で言った。
審査員たちが一斉にタブレットを操作し、スクリーンに点数が表示される。
若い料理研究家――18点、女性パティシエ――18点、灰燼――18点、和装女性料理人――18点、年配審査員――18点。合計90点。
会場は一瞬静まり返り、そして次の瞬間、MCが驚きの声を上げた。
「な、なんと……90点! 90点です! これはかなりの高得点が出ましたぁぁぁぁ!」
MCの驚きが伝染するかのように、会場も声が弾けた。
「90点……!」
「すごい……!」
しかし、古都は納得していない様子で、「チッ、あと10点届かなかったか……」と悔しげに呟いた。そして静かに踵を返し、審査員席から離れていった。
古都が審査席から立ち去るのと入れ替わるように、ミュスカが静かに料理を運んできた。すれ違いざまに二人の視線が交差する――まるで火花を散らすような、無言の応酬だった。
MCは少し興奮した様子で紹介した。
「続いて給仕するのは、フランスからの留学生――ミュスカ・ブルゴーニュさん。得意料理はもちろんフレンチ! 木ノ実古都さんの高評価に続けるか、注目です!」
ミュスカは審査員の前に品を並べ、短く説明した。
「タルト・フリュイでございます。どうぞ、お召し上がりください」
ミュスカの品は、旬の果物――イチゴ、サクランボ、メロンなどがふんだんに盛られたフルーツタルトだった。その鮮やかな彩りに、審査員の目はうっとりしていた。みずみずしい果実たちが宝石のように輝き、艶と彩りが視線を引きつけて離さない。
最初に手を伸ばしたのは、和装の女性料理人だった。彼女はフォークで一口分を慎重にすくい、口に運ぶ。その瞬間――彼女の表情がほころんだ。
「……フルーツの瑞々しさが、一切損なわれていません。しかも、タルト生地との一体感が素晴らしい。まるで果実そのものが、自然とこの形に落ち着いたかのような仕上がりです」
続いて若い料理研究家が、一口味わい、やわらかな微笑みを浮かべた。
「タルト台が軽やかで、バターの香りが果物の酸味をやさしく包んでいる。味のバランスも絶妙……それに、見た目の華やかさも計算され、和の美しさにも通じる」
女性パティシエは、目を見開いて賞賛した。
「驚きました。果物それぞれの糖度が完璧に活かされている……そして、カスタードクリームが主張しすぎず、まるで仲介役のように全体をつないでいる。まさに繊細な技の結晶です。本当に、丁寧」
ミュスカは淡く微笑みながら、一礼して静かに立つ。過剰に誇ることもなく、ただ「当然の結果」というような落ち着きを湛えていた。
そして、灰燼が静かに口を開いた。
「……フルーツが踊っているようだ」
彼はすっと立ち上がると、無言で上衣を脱ぎ、背中の筋肉を大きく広げた。フロントラットスプレッド――横幅を際立たせる迫力のポーズを決める。鍛え上げられた筋肉が、会場のライトに照らされて黄金色に輝いた。その瞬間、観客席からどよめきが起こる。
「出たーッ! また決まった!」
「理事長がポーズを取った……!」
灰燼は服を整え、厳かに着席する。テーブルに手を添え、ゆっくりと口を開いた。
「……評価を下す」
審査員たちがタブレットを操作し、スクリーンに点数が次々と表示された。
18点、18点、18点、18点、18点――合計90点。
一瞬の沈黙のあと、MCが興奮気味に声を上げた。
「またしても高得点が出ました! ミュスカ・ブルゴーニュさんの点数は、木ノ実古都さんと同じ――90点です!」
観客席に再びどよめきが広がった。
ミュスカはしばらくスクリーンを見つめたあと、そっと振り返り、作業台の脇で腕を組んで立つ古都に視線を送った。目が合うと、満足げな笑みとともにピースサインを掲げる。
古都は相変わらず真剣な表情だったが、わずかに口元がほころんでいた。
次に、ミュスカと入れ違いで品を運んできたのは、十和だった。
MCは興奮を抑えきれず、声を弾ませた。
「さあ、勢いそのままに登場するのは――神無月十和さん! 医学に通じ、食を通して人々を癒やすプロフェッショナルです!」
十和は静かに一礼し、丁寧な所作で一つひとつの皿を審査員の前に並べる。そして、凛とした声で告げた。
「スパイス香るキャロットケーキでございます」
審査員たちは目を細めた。
ふわりと立ちのぼるのは、シナモンやナツメグ、ジンジャーが織りなす穏やかで心地よい香り。生地の鮮やかなオレンジ色には、細かくすりおろされた人参が練り込まれており、その間には控えめな甘さのクリームチーズフロスティングが美しく波打っていた。トッピングには軽くローストされたくるみと彩り豊かなエディブルフラワーが添えられ、春らしい、やさしく華やかな雰囲気をまとっている。
最初に口にしたのは、女性パティシエだった。ひと口食べた瞬間、目を丸くし、そっと笑みを漏らす。
「……これは、癒しの味わいですね。スパイスがそれぞれ主張しすぎず、絶妙に調和しています。ふわっと軽やかで、奥深い。心まで温かくなります」
和装の女性料理人も、感心したように頷き、口を開いた。
「シナモンのやわらかな甘さに、ナツメグの香りがじんわりと広がり、最後にジンジャーが静かに余韻を残す……とても品のある味ですね。スパイスの効能を理解して使いこなしているのが伝わってきます。これは、味だけでなく、食べた人の“調子”まで整えてくれそうです」
続いてスーツの年配審査員が、目を細めて言葉を紡ぐ。
「砂糖や油脂を控えているのに、物足りなさはまったくない。むしろ、“必要な分だけを的確に使う”という技術と知識が光っている。使用されているのはおそらく米粉か……グルテンフリーでこの仕上がりとは驚きだ。体にもやさしく、しかも満足感がある。医学の知識と料理のセンスが見事に融合しているね」
灰燼は落ち着いた声で言った。
「……まさに、命の芽吹き」
彼は静かに立ち上がると、無言のまま上衣を脱ぎ、体を真横に向けた。前脚の膝をわずかに曲げて軸を作り、大腿に力を込めてハムストリングスを浮かび上がらせる。上半身を軽く捻り、片肘を曲げて前方に構えると、もう一方の手で手首を掴む。上腕を身体に密着させ、力強くも美しいサイドチェストのポーズを決めた。隆起した筋肉が、まるで荒れ狂う山脈のようにせり上がり、観客席がどよめきに包まれた。
灰燼はゆっくりと服を整え、席に戻る。そして、静かに言葉を発した。
「評価を下す」
審査員たちが一斉にタブレットを操作し、スクリーンに次々と点数が表示された。
18点、18点、18点、19点、18点――合計91点。
MCは叫ぶように実況した。
「91点……! わずか1点差で二人を上回り、暫定トップに躍り出たぁぁぁあ!!」
会場に歓声が巻き起こる。
十和は審査員に深く一礼し、余韻を残すように静かにその場を後にした。
入れ替わるように登場したのは、霧間慈郎だった。
MCは興奮冷めやらぬ様子で紹介した。
「続いて登場したのは……霧間慈郎さん! 話題の喫茶店『色神の森』で“シェフの気ままなスイーツ”を手がける、現役シェフです。創造性と遊び心に満ちたスイーツは、“予測不能なおいしさ”と話題を呼んでいます!」
慈郎が静かに品を並べると、審査員たちは、その奇抜でありながら美しい造形に目を奪われた。
慈郎はささやくように紹介した。
「ルービック・ケーキ……です」
彼の品は、立体型パズルのルービックキューブをモチーフにしたケーキだった。九つに並べられたミニキューブ状ケーキが三段に重なった立方体となっており、そのカラフルな色合いに、誰もが思わずうっとりしてしまう。さらに、それらを載せた黒い台座は、まるでパズルのように横にスライドできる仕掛けになっていた。
審査員たちは、静かに息をのみながらフォークを手に取り、キューブに目を走らせた。
最初にミニキューブにフォークを入れたのは、若い料理研究家だった。彼が選んだのは、淡い紫色のキューブ——すみれのムースだ。フォークで切り分け、そっと口に運ぶと、目を細めて感嘆のため息を漏らした。
「……香りが上品で、余韻が美しい。すみれのフローラルな香りをここまで繊細に活かせるのは、よほど熟練の技があってこそ。ふわりと溶けていく食感も見事だ」
続いて、和装の女性料理人はピスタチオのキューブを選び、口に含むとゆっくりと目を閉じた。
「この香ばしさと、舌の上に広がるコク……ピスタチオの持つ濃厚さを最大限に引き出していて、しかも甘さに頼っていない。素材そのものの良さを信じている味です」
女性パティシエは、マンゴーのキューブに手を伸ばし、一口噛んだあと、軽く頷いた。
「マンゴーの果実味が実に鮮烈で、まるで南国の陽光をそのまま閉じ込めたよう。香り、甘み、酸味のバランスが見事で、シンプルながら芯のある味わいです」
灰燼は、目の前のキューブケーキを一つひとつ丁寧に味わいながら、しばらく沈黙を保っていた。その視線は真剣そのもので、周囲の空気さえ静まり返る。やがて、すべてのキューブを味わい終えた彼は、ゆっくりとナプキンを口元に当て、静かに口を開いた。
「……どれもが、見事な完成度だ。それぞれが明確な個性を持ち、どれ一つとして味の方向性がぶれていない」
灰燼は一息置き、ケーキ全体を見下ろすように目を細めた。
「……だが、驚くべきはそれだけではない。個々がこれほどまでに個性的であるにもかかわらず、すべてが一つの立体として組まれると、まるで“調和”という名の魔法がかかったかのようだ。一つひとつの個性を楽しむも良し、全体の調和を味わうも良し。まさに、“味覚の立体芸術”と呼ぶにふさわしい」
そう言い終えると、灰燼は静かに立ち上がり、上衣を脱いだ。腕を背面で組んで横を向き、上腕三頭筋の大きさや形を強調するポーズ――サイドトライセップスを決めた。
やがて灰燼が服を整え、静かに腰を下ろすと、審査員たちは一斉にタブレットを操作し、点数を入力した。スクリーンに点数が浮かび上がる。
19点、19点、18点、19点、18点――合計93点。
観客席から歓声が一斉に上がり、MCは驚きと興奮の混じった声で言った。
「つ、ついに出ました……! 93点! 厳しい審査員たちを唸らせ、暫定トップに……!」
慈郎は一切表情を変えず、しばらくの間、鋭い目つきでスクリーンを見つめていたが、やがて一礼し、言葉を一つも発することなく静かにその場を後にした。その途中、料理を運ぶ翠とすれ違った。ふと目が合い、翠がやわらかな笑みを浮かべる。慈郎は、少し恥ずかしそうに視線を外した。
ライバルたちが評価されている間、翠は品を完成させた。
オーブンを開けた瞬間、ふっくら焼き上がったケークサレから、ベーコンとアスパラの香ばしい香りがふわりと広がった。翠は小さく微笑む。粗熱を取り、表面にほんの少しのオリーブオイルを塗って、艶を出せば、翠謹製――春野菜のケークサレの完成。
翠が品を運んでいる間、MCが彼女の紹介をした。
「そして、次に登場するのが、今大会のダークホース――白雪翠さんです。急遽の参加決定ということで情報を急いで調べましたが、詳しいデータは一切なく、素性は謎に包まれています。その実力や如何に……!」
翠は丁寧に品を並べ、笑顔で言った。
「春野菜のケークサレです。どうぞ、お召し上がりください」
審査員たちはフォークを手に取り、それぞれ慎重にケークサレを一口ずつ口に運んだ。ふわりとした食感とともに、ベーコンの塩気とアスパラの爽やかな風味が広がり、チーズのコクが全体を包み込む。春野菜特有のほろ苦さも心地よく、焼き加減も絶妙だった。
真っ先に声を上げたのは、女性料理人だった。
「……これは、心が和みますね。軽やかな生地に広がるベーコンの旨味と、春野菜の瑞々しい風味……まるで、春の陽だまりの中でいただいているような気分です」
スーツの年配審査員も深く頷きながら言った。
「焼き加減が完璧だ。外はほんのり香ばしく、中はふんわりとやわらかい。そして、ベーコンの塩気が味の芯となり、パルメザンチーズのコクが全体をまろやかにまとめている」
女性パティシエは目を輝かせながら、興奮気味に語った。
「味も見事ですが、栄養バランスも素晴らしい。野菜が主役になっていて、彩りも良く、食欲をそそります。特にアスパラのシャキっとした食感がアクセントになっていますね」
翠は笑顔で感謝を伝えた。
「ありがとうございます」
最後に灰燼がゆっくりと口を開いた。
「『スイーツ』というお題の中で、この塩味の選択……。舌が甘味に押され疲弊していたところへ、塩味が静かに入り込む。まるでインターバルで一気に回復するような爽快感! 食べる者の状態を見極めた、まさに戦場での判断――スイーツという名のフィールドに現れた指揮官のようだ!」
そう言うと、灰燼はゆっくりと上衣をはだけ、頭の後ろで腕を組んで立ち上がった。腹筋と脚の筋肉を強調する――アブドミナルアンドサイを決めた。
「筋肉が……歓喜しておる……ッ!」
会場がざわめき、歓声と熱気が渦巻く中、拍手が巻き起こった。
灰燼が服を整え、腰を下ろすと、審査員たちはタブレットを操作し、点数を入力した。スクリーンに点数が浮かび上がる。
19点、18点、18点、19点、19点――合計93点。
MCは興奮気味に叫んだ。
「な、なんと……! 霧間慈郎さんに続いて、白雪翠さんも93点を獲得! これで、優勝争いがさらに熱くなってきましたぁぁぁぁ!」
歓声と拍手が広がる中、翠は少しだけ目を見開き、そっと胸に手を当てた。会場の熱い雰囲気と同調するように高鳴る鼓動をしっかりと噛みしめ、それからゆっくりと笑みを浮かべると、深く一礼した。
翠の得点が発表されると、ライバルたちはそれぞれの反応を見せた。
古都は悔しそうに舌打ちし、ミュスカは嬉しそうな笑顔を浮かべ、十和は感心したように頷き、慈郎は相変わらず無表情だった。
「翠ちゃん、やっぱりすごい……! 流香も頑張らないと!」
流香は素直に喜び、さらに意欲を高め、目の前のことに集中した。
少しして翠が顔を上げると、背後から足音が近づいてきた。振り返ると、こがねが品を運んできていた。翠は静かにその場を後にした。
MCは昂る気持ちを抑えながら、丁寧に紹介した。
「皆様、お待たせしました! ここでついに、満を持してあの方のご登場です。説明不要、色神学園の生徒なら誰もがご存じ――一色こがねさんでーす!」
歓声に包まれる中、こがねは優雅な物腰で品を運んできた。翠とすれ違いざまに、嬉しそうな笑顔で声をかけた。
「さすがですわ……翠さん。わたくし、敬服いたしました」
「ありがとうございます」と翠は丁寧に返した。
「ふふ……わたくしも、負けていられませんわね」
こがねは小さく微笑んだが、その奥には静かに揺れる火が灯っていた。互いに敬意を払いつつも、譲らない気持ち――それは、真剣勝負の場に立つ者だけが持つ、凛とした誇りだった。
こがねが丁寧に品を並べる間、灰燼は思わず表情を緩めていた。それに気づくたびに慌てて厳格な面持ちに戻すが、すぐまたほころび、何度も同じことを繰り返していた。
品を並べ終えると、こがねは優雅に一礼した。そして、静かな声で品名を告げる。
「ザッハトルテでございます」
こがねの言葉とともに、審査員たちの前に運ばれたのは、まさに芸術と呼ぶにふさわしい一皿だった。
漆黒のグラサージュで美しく覆われたザッハトルテは、鏡のように滑らかに輝き、その中央には金箔が一枚、花びらのように添えられている。
審査員たちは息をのみ、ナイフを入れた。スッと刃が通り、現れた断面は、何層にも重ねられたチョコレート生地とアプリコットジャムの美しい層。切り口まで計算され尽くしたその美しさに、審査員たちの目が輝いた。
ひと口含んだ瞬間、審査員たちの表情が柔らかく解けていく。
最初に年配の審査員が口を開いた。
「まず感じるのは、重厚で濃密なチョコレートのコク。だがすぐに、アプリコットジャムのやさしい酸味がそれを包み込み、口の中でまろやかに溶け合っていく。ビターな余韻が甘さを引き締め、最後まで飽きのこない味わいだ」
女性パティシエは、感嘆の息を漏らした。
「クラシカルなのに重すぎず、むしろ洗練されていて、とても軽やかです。グラサージュの仕上げも完璧。まさに鏡のようですね」
さらに女性料理人が言い添えた。
「余計な装飾はありませんが、それがまた、このザッハトルテの完成度の高さを引き立てていますね。金箔の使い方も主張が控えめで上品……これぞ、本物の美学です」
最後に、審査委員長の灰燼が、じっくりと味わってから、口元を拭った。
「……いいチョコレートだ。芯の強さを感じる。だが、ただ力強いだけではない。生地の焼き加減が絶妙だ。水分を飛ばしすぎず、かといって緩くもない。口の中でとけゆくアプリコットの層が、筋繊維のようにしなやかに調和しておる……」
灰燼は静かに立ち上がると、身体を少し前傾させた。両腕を体の前で輪を作るように曲げ、大胸筋に力を込めた――モストマスキュラーを決めた。その衝撃で、上衣が粉々に弾け飛んだ。筋肉が隆起し、まるで感動して震えているかのように波打った。
MCがすかさず口を開いた。
「つ、ついに――理事長の服が、衝撃で破けてしまいましたぁぁぁあ!」
会場が一気に盛り上がる中、灰燼のもとにSPが駆けつけ、新しい服を渡した。
灰燼は受け取った服を羽織ると、腰を下ろし、手を突き出した。
「では、評価を下す」
審査員たちはそれぞれタブレットを操作し、点数を入力。数秒後、スクリーンに数字が浮かび上がった。
19点、19点、18点、19点、19点――合計94点。
MCの声が、熱気に押し上げられるように響き渡った。
「出ましたぁぁぁぁっ! 94点の高得点! 一色こがねさんが、堂々のトップに立ちましたぁぁぁぁ!」
歓声が沸き上がる中、こがねは笑顔で審査員に一礼した。そして観客席に目を向け、上品に声援に応えながら、その場を後にした。翠と目が合うと、小さく微笑み、隣に並んだ。
「おめでとうございます、一色さん」翠は笑顔で称えた。
「ありがとうございます」とこがねは返した。
「……少し驚きました」
「え……?」
「一色さんのことですから、もっと豪華で華やかなスイーツを作るのかと思っていましたが……まさか、ザッハトルテとは……! いや、でも――」翠は顎に手を添え、考え直し、納得したように呟いた。「ケーキの王様だから、意外でもないですね……」
「翠さんは、より華やかなスイーツがお好みでしたか?」
「いえ、そういうわけでは……ただ、本当に素晴らしい逸品だと思いました」
「まあ……ふふ、ありがとうございます。そう言っていただけるなんて、光栄ですわ。翠さんの春野菜のケークサレも、とても魅力的でした」
「ありがとうございます」
二人の間には、真剣勝負を経た者だけが分かち合える、静かな敬意と充足が流れていた。
二人は静かに視線を前に向け、最後の一人――青山流香を見つめた。
MCが流香の紹介をした。
「さて、最後に残ったのは、出場者の中でただ一人――小学部から参戦の青山流香さんです。彼女の将来の夢は“バリスタ”――実家の喫茶店を継ぐために、日々料理の腕を磨いているそうです」
制限時間が刻一刻と迫る中、流香は集中して最後の仕上げに入っていた。
頑張る流香の姿を見て、観客席からは、「がんばれー!」という声援が次々と飛び交い、会場の熱気がさらに高まった。翠も手を組み、祈るような目で見つめた。
そして、残り一分を切ったその瞬間――流香はついに作品を完成させた。一メートル四方の配膳用台車に、最後のパーツを丁寧に配置した流香は、額の汗を拭い、「よし、完成……!」と小さく呟いた。そのまま配膳用台車を慎重に押し、審査員のもとへ向かった。
流香の作品を目にした瞬間、審査員たちは思わず息をのんだ。目を見張るほどの光景――そこに広がっていたのは、夢のような、すべてお菓子で作られた遊園地だった。
アイシングクッキーで作られたメリーゴーランド、ゴンドラがカップケーキの観覧車、チョコレートのレールを走るジェットコースター、他にも、コーヒーカップや海賊船型ブランコ、飴細工の照明、カラースプレーで彩られた芝生、ゼリーでできた池の水面など、子どもの夢をすべて詰め込んだような、まさに壮大なスイーツアートだった。装飾にもこだわりが見られ、マシュマロ、グミ、カラフルな粒チョコレートなどで華やかにデコレーションされていた。さらに、メリーゴーランドや観覧車は可動式で、遊園地を訪れる動物キャラクターたちも、にっこりと笑顔を浮かべ、愛らしく表現されていた。
流香は堂々と告げた。
「流香のワクワクスイーツランドです!」
配膳ができないため、審査員たちは立ち上がり、スイーツランドのもとへと歩み寄った。まるで夢の世界に足を踏み入れるかのように、作品を囲むように立った。各々が好みの角度からじっくりと見つめ、細部まで丁寧に審査していた。
若い料理研究家は、ぽつりと呟いた。
「……食べるのがもったいないな」
その言葉に同意するかのように、他の審査員たちも頷いた。しかし、灰燼がそっと手を伸ばし、メリーゴーランドの土台部分に使われていたクッキーの端を一欠片割り取ったとき――その場の空気がピンと張り詰めた。
灰燼はクッキーを口に含み、しっかりと噛みしめながら静かに言った。
「……これは……うまい」
その一言を皮切りに、他の審査員たちも覚悟を決めるように頷き合い、それぞれ別のパーツへと慎重に手を伸ばし、一口ずつ、そっと口に運んだ。彼らはひと口ごとに感動を噛みしめながら、まるで童心に帰ったかのような笑顔を浮かべ、黙々と食べ続けた。気づけば、灰燼の服が粉々に弾け飛び、鍛え上げられた筋肉が無言の感動を物語るように露わになっていた。
その光景に、観客の誰もが息をのみ、静寂が場を支配していた。
少しして、ハッと気づいたMCが、戸惑いながら慎重に口を開いた。
「……え、えっと、皆さま……審査はいかがでしょうか?」
その声かけに、灰燼を含む審査員たちはハッと我に返り、一斉に手を止めた。まるで夢から覚めたかのように周囲を見渡し、すぐさま現実を把握して、慌てて冷静を装った。上品に手と口を拭い、静かに審査員席へ戻り、腰を下ろした。
灰燼は自分の体を見下ろし、服がはだけているのに気づいた。駆けつけたSPが差し出した新しい服を受け取ると、袖を通し、身なりを整えてから、静かに審査員席へ戻り、腰を下ろした。そして、目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整え、静かに口を開いた。
「……子どもの頃の夢を見ていた。些細なことで笑っていた、無邪気な頃の自分を……」
灰燼はしみじみと呟いた。
「……ああ、いい夢だった」
ゆっくりと目を開け、流香をまっすぐに見つめながら続けた。
「子どもならではの自由な発想、見る者を笑顔にさせる魔法、そして、細部に宿る圧倒的なこだわり。味も、見た目も、構成までもが緻密に計算されている。それでいて、計算だけでは決して届かない“心”がある。……素晴らしかった」
他の四人の審査員たちは、満足げな表情で灰燼の言葉に賛同するかのように頷き、口を開くつもりがないようだった。
流香は緊張した面持ちだったが、褒め言葉をもらい、安堵の息をついた。
「では、評価を下そう」
灰燼が静かに、しかし威厳をもって告げると、審査員たちは素早くタブレットを操作し、それぞれ点数を入力した。緊張感が会場を包み、スクリーンに浮かび上がる数字に全員の視線が向けられた。
19点、19点、19点、19点、19点――合計95点。
一瞬の静寂後、MCが声を張り上げた。
「な、な、なんと……! 全員が19点という高評価! 最後の最後に、今大会最高得点を叩き出し、優勝したのは――青山流香さんでぇぇぇぇす!」
客席からはどよめきが起こり、やがて大きな拍手へと変わった。
小学部の友達は歓声を上げながら抱き合い、オマールも感極まって涙を浮かべていた。
五人の審査員も全員立ち上がり、敬意を込めた拍手を送った。
流香は信じられないというように目を見開き、戸惑いながらも周囲を見回した。
翠は静かに歩み寄り、やわらかな声で言葉をかけた。
「おめでとう、流香さん」
流香は翠に視線を向けた。驚きに目を丸くしながらも、次第に表情が緩み、嬉しそうにピースを掲げた。
こがねは笑顔で拍手を送りつつ歩み寄り、称賛の声をかけた。
「優勝、おめでとうございます。流香さん」
「ありがとう、こがねちゃん」と流香は笑顔で返した。
その後、古都、ミュスカ、十和、慈郎、その他の出場者たちも次々と流香の周りに集まり、拍手や称賛を送った。
興奮冷めやらぬ祝福ムードの中、灰燼は壇上へと足を踏み出した。ざわめいていた会場が、灰燼の気配とともにみるみる静まり返った。先ほどまでの柔らかな笑顔から一転、灰燼は審査員代表としての顔を取り戻していた。
会場が静寂に包まれると、灰燼は威厳のある声で言った。
「本日は、素晴らしい祭典となった。出場者の皆、そしてこの場に集ってくれたすべての者たちに、まずは心からの感謝を述べさせていただこう」
その低く澄んだ声は、会場中に深く染み渡り、誰の心にもまっすぐ届いた。
灰燼は一瞬言葉を切り、全出場者たちを見渡す。
「今日、きみたちは素晴らしいものを見せてくれた。技術も、味覚も、発想も、それぞれが唯一無二の個性だった。だが、それ以上に――“情熱”があった。その火がある限り、きみたちはどこまでも高く飛べる」
一呼吸置き、さらに続けた。
「今日の結果がどうであれ、それは通過点にすぎない。むしろ、ここからが“本当の始まり”だ。これからも失敗を恐れず、自分らしい一皿を作ってほしい。それこそが、未来を拓く力となる。本当によく頑張った。ありがとう。そして……心から、期待している」
会場には、静かに温かな空気が満ちていく。どこかで、そっと涙をすする音が聞こえた。
「……これにて、美食の祭典は閉幕とする」
最後の一言とともに、灰燼が手を突き出した。すると、それに呼応するかのように、ドラの音が高らかに響き渡り、会場の四方から色とりどりの花火のホログラムが咲き誇った。歓声が上がり、拍手が巻き起こる。大きな祝福と、未来への期待に包まれながら――祭典は、感動のフィナーレを迎えた。
観客は滞りなくはけ、会場の片付けも着々と進んでいた。
流香は相変わらず人々に囲まれ、楽しそうに会話していた。右肩にはオマールが乗っている。
翠は会場の端で静かに佇み、流香の様子を見守っていた。すると、灰燼がゆっくりと歩み寄り、声をかけてきた。
「失礼、ちょっといいかの?」
「一色理事長……!」
翠は驚いた。審査員は最初に会場を後にしたため、灰燼もとっくに帰ったものと思っていた。
「白雪翠くん、だね?」
「……はい」翠は思わず背筋を伸ばし、警戒心を抱いた。
少し間を置き、灰燼は口を開いた。
「……きみのことは、こがねからよく聞いている」
その言葉を聞いた瞬間、翠の胸に緊張が走った。
(まさか……わたしたちの“秘密”が――?)
灰燼は続けた。
「――“とても素敵な友達ができた”と大喜びしていたよ」
「……え?」と翠は思わず声を漏らした。
灰燼は、会場の片づけを指揮するこがねを、やさしい目で見つめながら言った。
「こがねは昔から少し強引なところがあってな……気に入った者を見つけると、後先考えずに行動してしまうことがある」
翠は心の中で(少し……?)とツッコみそうになったが、黙って灰燼の言葉に耳を傾けた。
「そのせいで、なかなか友達ができず、わたしは少し心配していたんだ。――だが、きみのような素敵な友達がいて、安心したよ」
灰燼は胸を撫でおろし、静かに息をついた。
「これからも、どうか……よろしく頼む」
灰燼は目を伏せ、深々と頭を下げた。
翠は一瞬目を見開いたが、すぐに気を取り直し、丁寧に頭を下げた。
「……こちらこそ、よろしくお願いいたします」
二人は同時に頭を上げた。
灰燼はわずかに口元を緩めて言葉を添えた。
「何か困ったことがあれば、いつでも遠慮なく相談してくれ。力になれるはずだ」
「ありがとうございます。では、そのときが来たら、遠慮なく」と翠は笑顔で答えた。
和やかな雰囲気の中、灰燼の表情が再び強面に戻った。「では、失礼する」と貫禄のある声で言うと、踵を返し、その場を後にした。
翠は丁寧にお辞儀をし、その背中を見送った。
去り際、灰燼は誰にも聞こえぬほどの声で、独り言のように呟いた。
「これも、運命か……」と意味深な言葉を発し、そのまま立ち去った。
灰燼の姿が見えなくなると、翠は警戒心を解き、安堵の息をついた。
まさか、あのようなお願いをされるとは思いませんでした。あれでは、まるで孫娘を溺愛する“ただのおじいさん”ですね。それに、一色さんもちゃんと約束を守っているようで安心しました。
翠がこがねを見つめていると、彼女は視線に気づき、微笑みながら歩み寄ってきた。
「そんなにわたくしを見つめて、何かご用ですか? ……ハッ、もしかして、わたくしに見惚れて――」
「いえ、偶然目に入っただけです」翠はこがねの発言を遮り、あっさりと否定した。
「そんなに照れなくてもいいですわ。わたくしも、よく翠さんに見惚れていますので、おあいこです」
こがねは照れ隠しのように顔を振り、ほんのりと頬を染めた。
(ダメだこの人……まったく話が通じない)
翠は呆気にとられた。
そのとき、流香が歩み寄ってきた。
「翠ちゃん、お待たせー」
流香は照れるこがねを見て言った。
「こがねちゃん、どうしたの?」
「さあ、わたしにもわかりません」翠は苦笑しながら肩をすくめた。
流香はしばらく黙ったままじっと見つめ、「……まあ、いっか」と呟いた。
「それじゃあ、翠ちゃん、行こっか」流香は手を差し出した。
「はい」と翠は頷き、流香の手をやさしく握った。
その光景を見て、こがねは羨ましそうな目で二人を見つめたが、すぐに気を取り直し、問いかけた。
「このあと、何かご予定があるのですか?」
「うん! モカちゃんのライブを観に行くんだ!」流香はワクワクした様子で答えた。
「茉田莉モカさんのライブですか……」
こがねは真剣な表情で呟き、次の瞬間、ハッとして口を開いた。
「もしかして、翠さんもご一緒に?」
「はい」と翠は頷いた。
「そうですか。……では、わたくしもご一緒いたしますわ!」
「えっ……?」と翠は驚きの声を漏らした。
「ほんと!?」流香はすかさず応じた。
「ええ」
こがねが笑顔で頷くと、流香は嬉しそうに「やったー!」と喜びの声を上げた。
こがねは会場を見回し、さらに提案した。
「せっかくなので、木ノ実さんたちもお誘いしましょう。きっと良い気分転換になりますわ」
「なっ……!?」
翠が驚く間もなく、こがねはすぐに行動に移し、次々と声をかけて回った。古都、ミュスカ、十和、慈郎の四人は、意外とあっさり誘いを受け入れた。
こうして、美食の祭典で競い合ったかつてのライバルたちは、今や笑顔で肩を並べ、茉田莉モカの単独ライブへと足を運ぶこととなった。
モカのライブには、二千人以上のファンが詰めかけ、会場は熱気に包まれていた。
彼女は、キュートさ全開の歌とダンスで観客を魅了し、まさにステージの主役として輝いていた。その姿は、まさに一流のアイドルと呼ぶにふさわしく、翠が思わず見惚れてしまうほどだった。
ライブ後、翠は流香を家までしっかりと送り届け、帰路に就いた。
帰宅後に諸々を済ませ、ベッドに横になった頃には、午後十一時三十分を過ぎていた。
翠は静かに目を閉じ、ゆっくりと呼吸する。そして、数秒後に目を開けると、そこには広大な草原――アルカンシエルの光景が広がっていた。
翠が歩いていると、少し先に東屋が見え、その椅子には柴乃が座っていた。
柴乃は考え事をしながら、ふと思いついたことをノートに書き留めていた。翠がゆっくり歩み寄っていると、途中で気配に気づき、口を開いた。
「おお、翠……戻ったか」
「お疲れ様です、柴乃さん」
「ああ、お疲れ」
「何を書いているんですか?」
「ん? これか……? これは、桜の新しい技名の候補だ」
柴乃はノートを誇らしげに突き出した。そこには、虚無葬送、終焉神喰など、中二病全開の技名がぎっしりと並んでいた。
翠はノートに目を通し、「へぇー、たくさん考えたんですね」と感心したように呟いたが、(……おそらく、全部ボツでしょうね)と内心で静かにツッコんだ。
柴乃は満足げに胸を張り、しばらくして問いかけた。
「ところで、我に何か用があるのではないか?」
「あ、そうでした!」翠は思い出したように手を叩いた。「一つ、柴乃さんに報告があります」
「なんだ?」
「今日、色神学園で、木ノ実古都さんとミュスカ・ブルゴーニュさんに会ったんですけど……」
「ん……? 木ノ実古都……? ミュスカ・ブル……誰だ、それは?」柴乃は首を傾げた。
「あら? 柴乃さんのお友達では?」
「そんな名の友など、我にはおらぬが……」
翠は少し考え、そして思い出した。
「……あ、ゲームの中では名前が違いましたね。たしか……『フルツさん』と『マスカットさん』です」
「おお、その二人なら知っているぞ。我の盟友であり、良きライバルだ。二人とも色神学園の生徒だったのか……!」
「個性的で、素敵な方でした」
「そうか……」柴乃は嬉しそうに笑みをこぼした。
「でも、少し気になることが――」
翠が真剣な表情で言い添えると、柴乃は「ん?」と声を漏らした。
「古都さん……いえ、フルツさんが、柴乃さんに対してかなり怒っていたんです」
「えっ……なぜだ?」
「……なんでも、柴乃さんが世界大会を棄権したことに、ご立腹なようで……」
「なっ……! そ、それは仕方のないことではないか……! 我のせいではない!」
「そうですね。でも、フルツさんは、わたしたちの事情を知らないわけですから、怒っても無理ないですよね」
「くっ……!」
「なので、次に会うときは、気をつけてください」
翠はどこか他人事のようにさらりと忠告を添えると、「では」と笑顔で一礼し、その場を後にした。
「ああ、またな」
柴乃は翠の背を見送りながら、「ふぅ」と静かに息をつき、椅子にもたれかかった。しばらくそのまま屋根を見つめ、考え込む。
「うーん、明日も『龍球オメガ』をやるつもりだったが……フルツと会うのは、ちょっと気まずいな。ほとぼりが冷めるまで控えた方がいいか……」
柴乃は真剣な面持ちで独り言のように呟き、しばし考え込む。そして、ぱっと顔を上げた。
「なら、久しぶりに“あれ”をやるか!」
柴乃は期待に胸を膨らませながら、時間が来るのを待った。
読んでいただき、ありがとうございました。
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