結成、色神セレスターズ!
桜の呼びかけで、茜たちは『アルカンシエル』に集まり、緊急会議を開いた。
玄は疲労のため欠席し、参加者は茜、天、翠、柴乃、桜の五人だった。
桜は月曜日の出来事を淡々と説明し、最後に「だから、イリスには無理をさせないでね。今は治療に専念してるから」と話を締めくくった。
全員が無言で頷き、緊急会議は終わった。
四月二十六日、火曜日。
茜は静かに目を覚ました。ベッドから起き上がり、背伸びをしていると、目の前に光の粒子が集まり、やがて3Dホログラムのイリスが現れた。
「おはよー、茜ちゃん」とイリスは明るく声をかけた。
「はよー」と茜は返した。
ホログラムのイリスはいつも通り、家電を遠隔操作してテキパキと働いていた。落ち込んだ様子もまったくなく、茜は胸を撫でおろすように、静かに息をついた。
イリスの本体は、どこかで治療を受けているらしい。
午前九時、茜が玄関で靴を履いていると、ホログラムのイリスがふわりと現れた。
イリスは手のひらサイズの小型ドローンを操作し、茜の前にそっと降ろした。小型ドローンには、スマートリングが乗っていた。
「何か困ったことがあったら、これで呼んで」とイリスは言った。
「ああ」
茜はスマートリングを指にはめた。スマートリングに話しかければ、すぐに3Dホログラムのイリスを呼び出せる。だが、イリスに少しでも休んでもらおうと、茜は密かに考えていた。
「じゃあ、行ってくる」と茜は言い、一歩踏み出した。
「いってらっしゃい。頑張ってね」
茜はイリスに見送られながら、色神学園へ向けて歩き出した。
色神学園の校門に着くと、二台の蜘蛛型警備ロボットが待ち構えていた。
茜が横を通りすがりに軽く手を振ると、蜘蛛型ロボットも同じように手を振り返した。
第一グラウンドの横を通ると、昨日の騒動が嘘のように、グラウンドはすっかり元通りに戻っていた。何も知らない部活生たちが、第一グラウンドで朝練に励んでいる。
昨日の一連の騒動は、〈フリーデン〉が巧妙に情報操作を行い、多くの人々は疑問を抱くことなくそれを信じていた。
夜空を染めたオレンジ色の光は『サプライズ花火』とされ、街中に響いた警報音も『単なる誤作動』と片付けられた。
疑り深い人々の中には独自に調査を試みる者もいたが、真実に辿り着くのは難しいだろう。実情を知っているのは、〈フリーデン〉と国家のトップ数名だけだった。
茜が第一グラウンドを眺めながら歩いていると、背後から「茜さん!」と呼ぶ一色の声が響いた。
茜は足を止め、振り返ると、一色が走ってこちらに向かってきていた。
一色は茜の隣に並び、明るく「おはようございます」と声をかけた。
茜は「おう」と返し、二人は並んで歩き始めた。
「茜さんにお会いできて安心しました。今日は来られないかもしれないと思っていましたので……」
「はっ? あたしがバックレると思ったのか?」
「いえ、そうではなく……」
一色は目を泳がせ、少し気まずそうな表情を浮かべながら続けた。
「――昨日、あんなことがありましたから……その……茜さんのお身体が心配で……」
「なんだ、そんなことか。それなら心配すんな。あたしは元気だ」
「そうですか……」
一色はほっと息をついたものの、まだ何か気にかかっているようで、何度も茜をチラ見していた。
わずかな沈黙のあと、一色は意を決したように声を上げた。
「あの、茜さん!」
「ん?」
「……いえ、なんでもありませんわ」
一色は微笑みながらも、言いかけた言葉をそっと飲み込んだ。
そのとき、背後から姫島と国東が駆け寄ってきた。軽く挨拶を交わし、四人は並んで歩き出した。
「ねえねぇ、昨日のサプライズ花火、みんな見た?」と姫島が言った。
「花火……?」茜は首を傾げた。
「それって、昨日の夜、突然上がった花火のこと?」と国東が問い返した。
「うん、すっごい迫力だったんだよ!」と姫島は興奮気味に言った。
「わたしも見たよ。とっても綺麗だったね!」と国東も笑顔で言った。
「あれ、事前情報がまったくなくて誰も知らなかったみたいで、映像データが一つも残ってないんだって! だから、昨日見られた人は運が良いんだよ!」
姫島の言葉を聞き、茜は静かに考え込んだ。
(サプライズ花火って……昨日、桜が衛星を撃ち落としたときのことだよな? “ちょっと派手にやりすぎたかも……”って言ってたけど、どうにか誤魔化せたみたいだな)
茜は〈フリーデン〉の情報統制が上手くいっていることを知り、安堵の息をついた。そのとき、ふと隣を歩く一色が目に入った。
一色はなぜか得意げな表情を浮かべていた。
(なんでお前がそんな得意げなんだよ!)
茜は心の中でツッコんだ。
「二人も見た?」
姫島は、茜と一色に視線を向けて尋ねた。
「ああ、綺麗だったな!」と茜は即答した。本当は見てないが、話を合わせた方がいいだろうと瞬時に判断した。
「わたくしは……」
一色は茜をチラチラと見つつ、少し考え込んだ。
「――その時間、ちょうど寝ていましたので、見逃してしまいました」と少し残念そうに視線を落とした。
「あ、そうだったんだ……サプライズだったもんね……」と姫島は気まずそうに笑った。
「……ですが、昨日は他に素晴らしいものを見られましたので、わたくしはとても満足していますの」一色はにっこり微笑みながら言った。
「えっ、なになに!?」姫島は興味を示した。
一色は茜を一瞥し、「ふふっ、それは……秘密ですわ」と笑みを浮かべて答えた。
「えー!」姫島は不満そうに声を上げた。
その光景を見ていた国東は、顎に手を当て、何か違和感を覚えたような表情を浮かべていた。次の瞬間、はっと何かに気づき、茜に問いかけた。
「茜ちゃん、今日はイリスちゃんと一緒じゃないの?」
「そういえば……! あたしも誰かいないなぁって思ってたんだ!」と姫島が言い添えた。
「ああ、イリスにはしばらく休みをあげたんだ。ずっと働きっぱなしだったからな。今頃、身体のメンテナンスをしてるはずだ……。ま、こいつがあればいつでも呼べるけど……」茜は左手人差し指につけたスマートリングを見せた。
「そうだったんだ」と国東は納得したように呟いた。
「……茜ちゃん、やさしいね」姫島は柔らかく微笑んだ。
「なっ……別に、そんなことねぇし!」茜は頬を赤く染め、そっぽを向いた。
その後、安心院と合流し、茜たちは第二グラウンドへと向かうべく歩を進めた。
先週の火曜日から今日までの間、姫島たちは練習の合間を縫って部員集めをしていた。しかし、新たな仲間を見つけることはできなかったようだ。姫島と国東は少し落ち込んでいたが、久しぶりに全員揃っての練習ですっかりやる気を取り戻していた。
一方、一色はどこか意味深な笑みを浮かべていた。
茜は一色の様子を見て、一瞬不審に思ったが、黙って気にしないようにした。
第二グラウンドに着くと、茜たちはそれぞれの課題に沿った練習に取りかかった。
茜は真剣に練習に励む姫島、国東、安心院の様子を横目で見て、彼女たちがしっかりと成長しているのを実感した。嬉しい気持ちを抱くと同時に自分も負けてられないと、心が奮い立った。
しばらく練習に励んだあとの休憩中、一色はふと何かを思い出し、全員に向けて声をかけた。
「皆さん……少し、よろしいでしょうか?」
その声に反応し、自然と彼女に視線が集まった。
一呼吸置いて、一色が口を開こうとしたその瞬間――ユニフォームに身を包んだ他チームのセレスティア選手が現れ、次々とグラウンドへ足を踏み入れてきた。その中に、九重みやの姿も見えた。
多くの選手が冷笑を浮かべる中、九重みやはただ一人、少し気まずそうに目を伏せていた。
「なんだ、あいつら……?」
茜がそう呟き、安心院も眉をひそめて見つめた。
国東は目を見開いて、言葉を失った。
姫島も目を大きく開け、「どうして……!?」と低く呟いた。
茜は姫島に視線を向け、「やなぎの知り合いか?」と尋ねた。
少しの沈黙のあと、姫島は静かに口を開いた。
「……あたしとなのはちゃんが、前に所属してたチームメイト」
そのとき、一色が「いらっしゃいましたか……」と小さく呟き、一歩踏み出して彼女たちを迎え入れた。
「『みやざSC』の皆様、ご足労いただき、ありがとうございます。ようこそお越しくださいました」
先頭に立っていたキャプテンの高千穂が、一歩前に出て応じた。
「こちらこそ、招いてくれてありがとう。良い設備が整ってるわね。さすが、色神学園」高千穂はやや上から目線で言った。
「お褒めいただき、光栄ですわ」
「でも――」
高千穂は姫島と国東を一瞥して続けた。
「たとえ、良い設備や良い環境が整っていたとしても、選手が凡庸だったら、もったいないわね」
その言葉に、他の選手たちも同調するように嘲笑を浮かべた。
茜が睨みつけながら「んだと?」と唸ると、一色が彼女を制するように前に出て、口を開いた。
「いえ、わたくしたちのチームに、凡庸な方など一人もいませんわ。もし本気でそうおっしゃっているのであれば、あなたの目は、“節穴”ということになりますわね」
一色は笑顔で言い返したが、その声は鋭く棘があった。
高千穂は一瞬苛立ちの色を浮かべたが、すぐに表情を引き締めた。
「まあ、どっちでもいいけど……どうせ今日から、わたしたちのものになるんだし」と高千穂は肩をすくめて言った。
「ふふ……そう簡単には、行きませんわよ」一色は不敵に笑った。
お互いに牽制し合っているところへ、茜は駆け寄り、一色に状況を尋ねた。
「おい! さっきから二人で何話してんだ?」
一色は向き直り、茜たちに真剣な視線を向けながら答えた。
「……茜さん、それと皆さん。言うのが遅くなってしまいましたが、これから『みやざSC』と試合を行います!」
一瞬の沈黙のあと、「……はあぁぁぁ!?」と茜は声を上げ、姫島、国東、安心院も目を見開いて驚いた。
「今から説明します」一色は向き直り、高千穂に視線を向けて言った。
「少し、お時間をいただけますか?」
「別に構わないけど……。じゃあ、その間、練習されてもらうね」
「はい」
みやざSCの選手たちが練習をしている間、一色は何も知らない茜たちに、事の経緯を説明し始めた。
数日前の日曜日、一色は九重が所属する『みやざSC』に足を運んだ。しばらくの間、外からチームの練習を見学し、そして気づいた。九重の動きが明らかに鈍くなっていることに。
九重は必死に練習しているが、それが逆に空回りしているようで、初歩的なミスを連発していた。その原因が自分でもわからず、苦しんでいるようだった。さらに、そのせいでチームメイトからも疎まれ、次第に孤立し、思い悩んでいた。完全に悪循環に陥っていた。
九重が休憩に入ると、一色は彼女のもとに歩み寄り、軽く声をかけた。
「お疲れ様です、九重さん」
「一色さん! 来てたんだ……」と九重は応じた。
「先日、学園でお見かけしたとき、元気がないようでしたので、少し気になりまして……」
「そう……」九重は視線を逸らし、前をボーっと見据えた。
わずかな沈黙のあと、一色はゆっくりと口を開いた。
「練習、見させていただきましたわ。正直に言うと、とても不器用に見えました。動きがぎこちなく、判断も遅い。簡単なパスも取りこぼし、シュートも決められない。以前の九重さんとは、まるで別人のようです」
重い空気が漂う中、九重は目を伏せ、頭を抱えながらゆっくりと口を開いた。
「……ふふ、笑えるよね。今まで簡単にできていたことが、急にできなくなるなんて……。自分でもわからないんだ。どうして、こうなってしまったのか……」
「本当にわからないのですか?」
一色の鋭い問いかけに、九重は言葉を詰まらせた。何か思い当たる節があるようだったが、九重は何も言わなかった。気まずい沈黙を一色が破った。
「では、九重さんが元に戻る方法を、わたくしが提案いたしますわ!」一色は明るく言った。
「……え?」九重は思わず顔を上げ、一色を見つめた。
「それは――」
一色はわざと間を置いて溜めを作った。
「その方法は――」
九重が真っ直ぐに見つめる中、一色は毅然とした態度で言い放った。
「九重さんが、我がチームに移籍すれば、すべて解決いたしますわ!」
「……え?」九重はぽかんとした表情で言った。
「正直に申し上げますが、このチームは九重さんに合っていないと思いますわ。チームメイトが不調にもかかわらず、一切歩み寄ろうとせず、誰もが自分のことばかり……。チームにとって最も大切な機能が完全に停止していますわ。こんなチームでは、九重さんの素晴らしい能力が腐ってしまいます」
九重は図星を突かれたような表情を浮かべ、口を閉ざした。
一色は九重の目を真っ直ぐに見据えながら言った。
「九重さん! ぜひ、わたくしたちのチームに来てください!」
一色が九重を勧誘していると、そこへキャプテンの高千穂が現れた。
「いきなり現れてチームメイトを勧誘したかと思えば、わたしたちを侮辱するなんて……。あなた、ちょっと好き勝手やり過ぎじゃない?」
高千穂はチームメイトを引き連れて、一色を鋭く見据えながら威圧的に言った。
「これは、失礼いたしました。わたくし、色神学園高等部一年の一色こがねと申します」一色は動揺せず、丁寧に名乗った。
「色神学園……? ああ、この前、九重たちが試合をしたところか。話は聞いてるよ。うちの“二軍チーム”が圧勝したって」高千穂はわざと強調した。
「はい。我が校にとって、とても有意義な試合でしたわ」一色は笑顔で返した。
「そう、それなら良かった」
少しの沈黙のあと、高千穂は鋭く言った。
「――それで、そのときに見つけた九重に惚れて、引き抜きに来たってわけ?」
「はい、その通りですわ」
高千穂は深いため息をつき、鋭い視線を一色に向けた。
「悪いけど、九重は渡さない」
「どうしてですか?」
「だって、大切なチームメイトだから。この程度の実力でも、必要なの」
高千穂の嘲笑の言葉が一色の心に響かなかったのは、それが本心から出たものではないと見抜いていたからだ。
一色はそれを瞬時に悟り、内心で静かな怒りを抱えつつも、ゆっくりと息をつき、冷静に提案した。
「では、セレスティアで決めませんか?」
突然の提案に、高千穂は思わず、「……は?」と声を上げた。
一色は構わず続けた。
「色神学園が勝てば、九重さんを我がチームに引き抜きます! ですが、もちろん、九重さんが拒否をするのであれば、無理にとは言いません」
一色が一瞥すると、九重は黙ったまま目を伏せた。
「……ははっ! 二軍にボロ負けしたあんたたちが、わたしたちに勝てるとでも? それに、その勝負を受けても、わたしたちには何のメリットもないじゃない」
「いえ、メリットはあります。もし、みやざSCが勝利した場合は……今後、色神学園の最新設備と環境を提供いたします」
その言葉に、誰もが思わず「え……!?」と驚きの声を上げた。それもそのはず、色神学園は最先端のものが集まる場所。みやざSCの選手たちにとって、魅力的な環境であるのは間違いない。
高千穂は腕を組み、少しの間考え込んだ。そして、口を開いた。
「今後って、具体的にはいつまで?」
「ずっとです。みやざSC専用の環境をご用意いたしますわ」
その答えに、選手たちは一斉に目を輝かせた。
少しの沈黙のあと、高千穂が告げた。
「わかった、その勝負、受けて立とうじゃないの!」
「交渉成立ですわね」一色は笑顔で言った。
こうして、九重みやと色神学園の設備を賭けた試合が決定したのだった。
「というわけで、みやざSCとの試合が決まりましたの!」一色は明るい調子で話を締めくくった。
「『試合が決まりましたの!』じゃねぇだろ! なんでお前はいつも事前に説明しねぇんだ! 報連相もできねぇのか!?」と茜は思わず声を張り上げた。
「すみません。いろいろあって、すっかり忘れていましたわ」一色はテヘっと可愛く笑った。
「ったく!」茜は呆れたように息をついた。
一方、姫島と国東は、無言のまま真剣な表情を浮かべていた。
「みやちゃん……そんなに思いつめてたんだ」と国東は低く呟いた。
姫島は拳を握りしめ、その表情には、悔しさと怒りが滲んでいた。
「こがねちゃん……試合を組んでくれてありがとう」
姫島は静かながらも強い意志を込めて低い声で言い、鋭い視線で敵チームを睨みつけた。
「この試合、絶対に勝ってみせる!」
そう強気に宣言し、姫島は一歩踏み出した。そのすぐあとに、国東、茜、安心院も続いた。それぞれが強い意志を宿し、歩を進めた。
試合のルールは前回と同じ、三人制だ。フィールドは縦80メートル、横50メートル、高さ80メートルの楕円形、ホログラムの岩石が宙に浮かぶように設定された。ゴールはフィールドの両端に浮かんでいた。試合時間は、前後半それぞれ十分間、合計二十分で行う。選手の途中交代はなし。
色神学園は、茜、姫島、国東。
みやざSCは、高千穂、日南、延岡が代表して試合に臨む。
両チームの準備が整い、一列に並んで向かい合う。視線の間には、火花が散った。
「先に言っておくけど、わたしたちがみやざSCの一軍――つまり、この前よりはるかに強いから、覚悟してね!」高千穂は余裕の笑みを浮かべながら言った。
茜たちは応じなかった。ただ無言で鋭く見据えた。
高千穂は構わず続けた。
「ふふ……容赦なく叩きのめして、あ・げ・る!」
挑発的に言い、高笑いした。
茜たちはフィールドに足を踏み入れ、所定の位置についた。ほうきを起動してゆっくりと浮かび上がる。茜はふと姫島と国東の顔を見つめ、初めてチームを組んだ日のことを思い出した。緊張して震えていた頃とはまるで異なり、二人は鋭い視線で前を見据えていた。その様子に、茜は思わず口角を上げた。
静寂のあと、試合開始を告げる電子音が空間を切り裂くように響き渡った。
「ピ・ピ・ピ・ピーッ!」
合図と同時に、上空のドローンがボールを放ち、選手たちが一斉に動き出した。
真っ先にフィールドを駆け抜けたのは、茜だった。茜は疾風のように、岩の隙間を縫うように飛び抜けた。茜の巧みな飛行技術を目にして、高千穂たちは驚愕しつつ、慌てて加速した。しかし、すでに遅く、茜がボールを収めた。
「行くぞ! やなぎ、なのは!」
茜がそう言うと、背後から現れた姫島と国東が左右に分かれて攻め込んだ。茜は真ん中を突っ切り、三人で一斉にゴールへと迫る。
高千穂たちは、一瞬動揺の色を浮かべたが、すぐに表情を引き締め、冷静に対応し始めた。高千穂が茜、日南が姫島、延岡が国東とそれぞれマッチアップした。
高千穂はタイミングを見計らい、茜が間合いに入った瞬間、彼女のスティックを狙って鋭い一閃を繰り出した。
だが、茜はそれを完全に見切っていた。巧みな飛行技術で身を翻し、鋭く躱しながら、そのままゴールへと突き進んだ。
「なっ!? わたしのスティックを躱すなんて!」
高千穂は驚きつつ、急いで茜の後を追いかけ、日南と延岡も咄嗟に向き直り、ボールを奪わんと迫った。だが、間に合わなかった。
試合開始から一分も経たず、茜はシュートを放ち、あっさりとゴールを決めた。
その光景に、相手選手全員が目を見開き、言葉を失ったまま固まった。
一方、姫島、国東、安心院、一色の四人は、当然のような顔で堂々としていた。
茜たちは軽くハイタッチを交わし、すぐに表情を引き締め、次の動きに備えた。
高千穂たちは先制点を決められ、悔しそうな表情を浮かべながら、茜を鋭く見据えた。彼女を強者と認めつつ、要警戒して臨むつもりのようだった。
みやざSCボールで試合が再開された。
中心の高千穂がボールを保持し、日南、延岡と同時に攻め込んできた。三人は息の合った連携でパスを回し、ゴール前まで迫ると、最後に高千穂が鋭いシュートを放つ。ボールはゴールに突き刺さり、あっという間に同点に追いついた。
茜たちは果敢に迫ったが、ボールを奪うことができなかった。どうやら、口だけではなく、実力も確からしい。
1対1となり、色神学園ボールでリスタートした。
茜がボールを手に、先ほどと同じように三人で一斉に攻め込んだ。
すると、相手チームが異なる戦法を試みた。
高千穂が茜に突進すると、少し遅れて日南と延岡も向き直り、あとに続いた。姫島と国東のマークを完全に外し、三人で茜を囲い込んで、ボールを奪うつもりのようだ。
茜は咄嗟にパスを出そうとするが、日南と延岡が絶妙な位置取りでパスコースを封じていた。二人はしっかりと姫島と国東の位置を把握し、迫ってきていた。
「チッ!」
茜は思わず舌打ちし、ボールを保持したまま三人に囲まれぬよう逃げ出そうとした。しかし、その刹那、視界の端に国東の姿を捉えた。
国東は冷静に状況を把握し、茜がパスを出せる場所を瞬時に見極めて動いていた。
茜は迷わず国東に鋭いパスを出した。
ボールは高千穂と延岡のわずかな隙間を通り抜け、国東へ向かって一直線に飛んだ。
国東はボールをキャッチすると、瞬時に向き直り、ゴールへと迫る。そのままシュートを放ち、見事に決めた。
呆然とする敵チームをよそに、茜たちは軽くハイタッチを交わした。
「ナイス、なのは!」と茜が言い、「茜ちゃんも、ナイスパス!」と国東も笑顔で返した。
みやざSCボールで試合が再開されると、高千穂たちは再び巧みなパス回しで一気に攻め込み、日南がシュートを放つと、見事にゴールを決めた。
その後、互いに一歩も譲らない激しい攻防が続いた。両チームは守備を強化し、得点を重ねることなく、前半戦を終えた。
短いハーフタイムを終え、後半戦が始まる。
後半に入っても、しばらくは互角の戦いが続いた。スコアは2対2。次のゴールを決めた方が勝利を掴む――そんな緊張感がフィールドを包み込み、選手たちの表情に疲労の色が浮かんだ。
終盤戦に突入した瞬間、みやざSCの三人は、茜たちのわずかな隙を突き、延岡が大ゴール前へと一気に抜け出して見事ゴールを決めた。
これでスコアは2対3。試合時間は残りわずか。茜たちは窮地に陥った。だが、彼女たちの表情には、最後まで絶対に勝利を諦めない強い意志が浮かんでいた。
高千穂たちは、すでに勝利を確信しているかのような笑みを浮かべていた。
色神学園ボールで試合が再開された。高千穂たちが守りきれば、みやざSCの勝利。茜たちがゴールを決めれば、同点に追いつく。しかし、茜たちはもちろん、逆転を狙う。
茜がボールを手に攻め込み、姫島と国東が相手をかく乱するように飛び回った。それはもはや連携とは呼べない、誰も予測できないような動きだった。相手を翻弄しながら瞬く間にゴール前へと迫ると、茜は鋭く周囲を見渡し、国東にパスを出す構えを取る。だが、それはフェイント。相手が警戒した一瞬の隙を突き、瞬時にスティックを握り直し、勢いよく振り抜いた。鋭い一撃がゴールへと突き刺さり、3対3の同点に追いついた。
みやざSCボールで試合がすぐに再開された。高千穂たちは引き分けで試合を終わらせるつもりなどない様子で、猛烈な勢いで一気に攻め込んできた。たちまちゴール前へと迫り、三人でパスを回しながらゴールを見据えるが、最後のシュートが放てず、冷静さを欠いていた。
試合終了の合図が刻々と迫り、高千穂たちの表情に焦りの色が浮かび、冷や汗が滲む。
一方、茜、姫島、国東の表情は引き締まり、鋭く相手を見据えながら、確実にプレッシャーを与えていた。
高千穂たちは疲労と焦りによって集中力を欠き、わずかな隙が生じた。その隙を姫島は見逃さなかった。
高千穂が日南にパスを出した瞬間、姫島はそれを完全に見切り、即座にボールを奪い取った。
「しまった!」
高千穂が声を上げた瞬間、姫島、国東、茜は素早く向き直った。
「行くよ!」
姫島がそう言うと、三人は一気に加速してゴールへと突き進んだ。
「絶対にボールを奪い取るわよ!」
高千穂は即座に指示を出し、日南、延岡とともに全速力で後を追った。
姫島は背後に高千穂が迫っているのを感じ取ると、瞬時に周囲を見渡した。茜が特に警戒されているため、国東とパスを回しながら、順調にゴールへと迫っていった。
高千穂が立ち塞がると、姫島は冷静に視線を走らせた。その瞬間、茜が日南の裏を抜け出し、一気にゴール前へと迫った。姫島は瞬時にそれを見据え、鋭いパスを出す。ボールは空を切り裂きながら、茜のスティックに収まった。
茜はボールを受け取ると同時に、素早くスティックを振り上げ、シュートを放つ構えを取った。しかし、高千穂と日南が茜を挟み込み、シュートを撃たせまいと迫る。延岡も咄嗟にシュートコースを塞ごうと、ゴール前へ向かった。
「どう? シュートコースなんてないでしょ!?」と高千穂は挑発的に言った。
みやざSCの三人の視線が茜に集中した。その瞬間、茜はニヤリと笑みを浮かべ、スティックを持ち直し、素早く頭上へパスを出した。
高千穂たちの視線がボールを追う。その先には姫島が待ち構えていた。
高千穂たちは瞬時に姫島のシュートコースを塞ぐ体勢を取った。
姫島はボールを受け取ると、間髪入れずに勢いよくスティックを振り抜き、シュートを放った。ボールは高千穂たちの間をかすめるようにすり抜け、ゴールへと鋭く突き刺さった。
まるで時間が止まったかのような沈黙が支配したあと、試合終了の合図が響き渡った。最終スコアは4対3、色神学園の逆転勝利となった。
フィールド内の選手たちは、ゆっくりと地上へと降り立った。
姫島と国東は手を取り合って喜び、茜もハイタッチを交わした。
一方、高千穂たちはしばらく呆然としたまま、動けずに立ち尽くしていた。はっと我に返ると、慌てて詰め寄り、言い訳を始めた。
「こんな奴らに、わたしたちが負けるなんてあり得ない!」
「なんかズルをしたに違いない!」
「今の試合はなし。もう一回やり直しよ!」
現実を受け入れられない高千穂たちが必死に再戦を申し込んだが、姫島たちは応じなかった。それでも執拗に迫る高千穂たちの前に一色が割り込み、はっきりと言い放った。
「みやざSCの皆様、今日は試合をしていただき、本当にありがとうございました。とても白熱した試合に、わたくしも思わず興奮してしまいましたわ。……ですが、もしこれ以上、わたくしの大切なチームメイトを侮辱するのであれば、それ相応の対処をいたします。覚悟は、よろしいでしょうか?」
一色は笑顔で言いつつも、その奥には静かな怒りが滲んでいた。
「いや、でも……」
高千穂が納得しないでいると、そこへ、安心院が静かに現れた。
安心院は無言のままスティックを手に取り、ボールを収めると、宙に浮かぶゴールを狙って鋭く振るった。ボールは、まるでスナイパーの放つ弾丸のような軌道で、岩のわずかな間を突っ切り、ゴールへと突き刺さった。
その光景を目にしたみやざSCの選手たちは、目を見開き、口をあんぐりと開けたまま硬直した。安心院が鋭く睨みつけると、みやざSCの選手たちは気圧され、思わず退いた。
その後、お互いに挨拶を交わし、みやざSCの選手たちは、まるで逃げるように第二グラウンドを後にした。
その場に残ったのは、茜、一色、姫島、国東、安心院、そして九重の六人だけだった。
九重は気まずそうな表情を浮かべ、視線をわずかに落としていた。
一色は彼女のそばに歩み寄り、真剣な表情で言った。
「九重さん……勝手に話を進めてしまい、申し訳ありません。ですが、わたくしが言ったことは、すべて本心です。もちろん、九重さんの意思を尊重するつもりなので、断っても構いません。……改めて、申し上げます。わたくしたちと一緒に、全国優勝を目指しませんか?」
一色は手を差し伸べた。
九重は戸惑いの色を浮かべ、目を泳がせながら、差し出された手を何度もチラチラと見つめた。その手を取りたいと思いつつも、迷いが生じているようだった。時折、姫島も一瞥し、ばつが悪そうな表情を浮かべた。
姫島はしばらくの間、黙って見守っていたが、次第にもどかしくなり、ついに我慢できずに口を開いた。
「あーもう、じれったい!」
姫島はずかずかと歩み寄り、九重の手を掴んだ。
「えっ!? やなぎ、ちょっと待って!」
九重の言葉に耳を貸さず、姫島は強引に二人の手を重ね、引き抜かれないように両手でがっしりと覆った。
「はい、これですべて完了!」
「いや……わたしはまだ……」と口を開く九重を見据え、姫島はさらに言った。
「四の五の言わない! みやはもうあたしたちの仲間なんだから、黙って言うことをきいてればいいの!」
「でも……わたし、やなぎたちに酷いことを言って……」
「そんなの全然気にしてないし。むしろ、絶対にやり返してやるって気持ちで力が湧いたし!」
その言葉に、国東も微笑みながら黙って頷いた。
「――だから、あたしたちのチームに入ってよ……!」
姫島は目を逸らし、恥ずかしそうに頬を赤らめながら呟いた。
九重は目を見開いたままゆっくりと視線を巡らせた。茜、一色、国東、安心院から笑み向けられ、九重の目に涙が滲んだ。
「……うん。よろしくね!」九重は満面の笑みで言った。
和やかな雰囲気の中、一色が口を開いた。
「これで、ようやく五人揃いましたわね」
一色に視線が集まると、彼女は真剣な表情で続けた。
「――では、今から大事なお話がありますので、場所を移しましょう」
一色の後をついて行き、茜たちはグラウンドを後にした。
そのとき、近くの木陰に潜んでいた淡い水色髪の少女が、ひょっこりと顔を覗かせた。彼女は目を輝かせながら、静かに茜たちの背中を見送った。
「では、色神学園セレスティアボール部に、九重さんが加わったことを祝して――」と一色が言うと、茜以外の四人が「カンパーイ!」と声を揃えてグラスを合わせた。
「……って、また歓迎会になってんぞ! 大事な話があるじゃねぇのか!?」と茜は即座にツッコんだ。
「その前に、まずは親睦を深めなくてはなりませんわ。これから、本格的に始動するのですから」と一色は笑顔で返した。
「そうだよ、茜ちゃん。セレスティアはチームスポーツなんだから、仲間のことを知っておくのは、大事なことだよ」と姫島が言った。
二人の言葉に、茜は深い息をつき、それ以上追及しなかった。
初めて参加した九重は、姫島、国東と顔見知りだったこともあり、セレスティアボール部の雰囲気にすぐに適応し、歓迎会を楽しんでいた。
安心院も二回目となると、慣れた様子で黙々と食事をとっていた。
しばらくして、一色が場の空気を切り替えた。
「では、そろそろ本題に入りましょうか」
自然と一色に視線が集まった。
一色は咳払いし、全員と視線を交わしながら真剣な表情で口を開いた。
「本日、我がセレスティアボール部に九重さんが加わり、ようやく五人揃いました。これで、正式に部として認められますわ」
その言葉に、姫島と国東はぱっと明るい表情を浮かべた。
一色は続けた。
「そこで、まずは部長を決めなければなりませんが、立候補か推薦はございますか?」
わずかな沈黙のあと、茜がゆっくりと口を開いた。
「そんなの、最初から決まってんだろ」
国東、九重、安心院も無言で頷いた。
全員の視線が姫島に集まった。
姫島はぽかんとした表情を浮かべ、自分を指差しながら呟いた。
「えっ……あたし?」
一色は全員の満足げな表情を見渡して総括した。
「……決まりですわね。では、新生セレスティアボール部の部長は、姫島――」
一色がまとめかけた瞬間、姫島が慌てて声を上げた。
「ちょちょちょ、ちょっと待って! あたしが部長なんてムリだよ。強くないし……茜ちゃんやみやの方が、よっぽど向いてると思う!」
その言葉に、九重がため息をつき、呆れたように言った。
「……別に、部長が必ずしも一番強くなくちゃいけないなんて決まりはないけど?」
「でも……」姫島は不安げな表情を浮かべた。
「わたしは、やなぎちゃんが適任だと思う」と国東が言った。
「え……?」
「やなぎちゃんがいたから、こうして五人集めることができたんだよ。やなぎちゃんがあの日、『一緒にセレスティアボール部を復活させよう!』って誘ってくれたから、ここまで来られたんだよ!」
その言葉が、姫島の心の奥深くに響いているようだった。
「やなぎは思いやりがあって、やさしいところもあるけど、胸の奥には強い意志がある。だからあたしは、入部を決めたんだ」と茜は言い添えた。
「茜ちゃん……」と姫島は小さく呟いた。
「たしかに、あの強引さは、芯が強くないとできませんね」安心院が冗談っぽく呟いた。
「朝霧ちゃん……」と姫島は呟き、それぞれと視線を交わした。その目にはじんわりと涙が浮かんでいた。
少し間を置き、一色が改めて尋ねた。
「姫島さん、どうなさいますか?」
姫島は涙を拭い、キリっとした目つきで前を向いた。
「わかった。あたしが部長になって、みんなを導くよ!」
その声には、覚悟と決意が込められていた。
「ありがとうございます」と一色が笑顔で言うと、茜たちも満足げに頷いた。
一色は仕切り直して、口を開いた。
「では、改めまして――新生セレスティアボール部の部長は、姫島やなぎさんに決定いたしますわ!」
その瞬間、全員が拍手を送り、姫島の部長就任を祝った。
姫島は照れながら後頭部を掻いた。
お祝いムードの中、一色が手を叩き、場の空気を切り替えた。
「早速ですが、姫島部長……我がセレスティアボール部の今後の目標をお願いいたします」
一色の促しで、姫島は姿勢を正し、咳払いしてから真剣な表情で口を開いた。
「……まずは、こうして集まってくれたみんなに、部長としてお礼を言いたいと思います。入部してくれて、本当にありがとう」
姫島が頭を下げると、九重がからかうように言った。
「いきなり部長っぽいこと言われても、今さらやなぎのイメージは変わらないから」
その言葉に、クスクスと笑い声が漏れた。
姫島は顔を上げ、「それもそうだね」と少し恥ずかしそうに笑った。すぐに表情を引き締めて続けた。
「……みんなもう知ってると思うけど、あたしたちが目指すのは、全国優勝!」
その言葉に、場の空気が張り詰めた。それぞれの表情にも鋭さが滲んだ。
姫島は少し熱くなりながら続けた。
「それがすごく難しいのはわかってる。寄せ集めのチームが過去に全国優勝したんなんて前例はない。でも、最初から諦めるなんて嫌だ。このチームなら、絶対にやれる! あたしは、そう信じてる! だから、みんなで一緒に、全国優勝目指して頑張ろう!」
「オー!」と全員が声を揃えて拳を掲げた。その目には、熱い意志が宿っていた。
「うふふ……素晴らしい心意気ですわ」
一色も微笑みながら見つめ、その穏やかな表情のまま話題を切り替えた。
「では、ここで三つ、皆様に大切なご報告があります」
明るい雰囲気の中、一色に視線が集まった。
「そういや、そんなこと言ってたな。……って、三つもあんのかよ」と茜は呟いた。
「はい……一つは、ユニフォームについてですわ」
一色は中央の空間にホログラムを投影し、様々な専用スーツが映し出された。
全員の視線がホログラムに向き、それぞれ目を輝かせた。
「こうして新しく部活を結成しましたので、新調しようかと思っていますの。サンプル画像を送りますので、お考えください」
説明を終えると、一色はホログラムを消した。
「二つ目は、少し言いにくいことなのですが……」
一色は言葉を詰まらせ、気まずそうに目を伏せた。
「なんだよ、今さら」
茜が怪訝な表情で促すと、一色は覚悟を決めたような目つきで前を向いた。
「……実は、セレスティアボール部の復活をおじい様――学園理事長に相談したところ、ある条件を提示されましたの」
「ある条件……?」姫島は首を傾げた。
少し間を置き、一色は重い口を開けた。
「……今年の大会で全国優勝できなければ、即刻廃部――それが、おじい様の出した条件です。そして……もし負けた場合、今後一切、セレスティアボール部の活動は認められません」
「え……?」
空気が凍りついたように張り詰め、誰もが言葉を失った。
静寂のあと、ようやく姫島が驚きの声を上げた。
「えぇぇぇぇ! どど、どういうこと!? こがねちゃん!」
一色が申し訳なさそうに目を伏せていると、3Dホログラムのオーロラが現れた。
「まあ、落ち着け。ちゃんと説明するから」とオーロラは冷静に言い、代わりに説明を始めた。
「こがねのじいさんが色神学園の理事長ってことは、みんな知ってるよな?」
姫島たちが黙って頷くと、オーロラは淡々と続けた。
「理事長の一色灰燼は、ちょっと変わり者なんだよ。面白そうなことを思いついたら、立場を使って強引に実行しちまうんだ。それに、一度決めたことは絶対に曲げない頑固な性格も併せ持ってる。そして、こがねがセレスティアボール部の件を相談したとき、灰燼が思いついたのが、さっきの条件ってわけだ。灰燼曰く『廃部の危機があった方が、緊張感があって面白いだろ?』だってさ」
「……そんな!」姫島はあまりの衝撃で言葉を失った。
「さすがに、たった一年で全国優勝するのは……」と九重が呟き、「すごく難しいよ」と国東が言い添えた。
「今からでも、その条件を取り下げてもらえないの?」と安心院が冷静に言った。
「それは無理だ。こうなると、こがねでも説得できない」オーロラは肩をすくめた。
「申し訳ありません。わたくしの力が及ばないばかりに……」と一色は悔しそうに言った。
「こがねちゃんのせいじゃないよ!」と姫島は即座に否定した。
気まずい沈黙が流れた。
それぞれが深刻な表情を浮かべる中、茜は静かに口を開いた。
「なんでそんなに驚いてんだ?」
自然と茜に視線が集まった。
茜は真剣な表情で続けた。
「やなぎ、さっき宣言したよな。あたしたちの目標は全国優勝だって。――それなら、迷う理由なんてねぇだろ」
「……茜ちゃん」と姫島は呟き、心が揺れたようだった。だが、すぐに「……で、でも、もし負けたら、また廃部になっちゃうんだよ。しかも、二度と復活もできなくなるって……」と不安げに言った。
「まさか……もう負ける前提で話してんのか? やなぎ」
茜の言葉に、姫島を含む全員がはっと息をのんだ。
茜は続けて言った。
「廃部なんか関係ねぇだろ。全国優勝するには、負けるわけにはいかねぇんだから。後のことなんて、そのとき考えりゃいい。今のあたしたちに必要なのは、前だけを見て突き進むことだろ」
わずかな沈黙のあと、姫島がゆっくりと口を開いた。
「……うん、茜ちゃんの言う通りだよ。まだ始まったばかりなのに、弱気になってる場合じゃないよね!」
「……そうだね!」と国東も同意した。
九重と安心院も表情を引き締め、やる気を滲ませた。
一色もさっきまでの沈んだ表情が一変し、満面の笑みで言った。
「茜さんなら、きっとそうおっしゃっていただけると、思っていましたわ」
「……別に、たいしたこと言ったわけじゃねぇし」茜はそっぽを向いて照れ隠しした。
「うふふ、本当におやさしいですこと」
茜は咄嗟に話題を切り替えた。
「そんなことより、あと一つ、大切な話が残ってるんじゃねぇのか?」
「あ、そうでしたわ」一色は口元に手を当てた。
「ま、まさか……今のよりもっと衝撃的な内容じゃないよね?」
姫島が恐る恐る問いかけ、国東たちも緊張した面持ちで返答を待った。
「そんなに心配なさらなくても大丈夫ですわ。最後の一つは“朗報”ですの」
一色の言葉に、姫島たちは安堵の息をついた。
「もったいぶらなくていい。さっさと言え」
茜が待ちきれずに促すと、一色は笑顔でさらっと言った。
「来週の火曜日に、練習試合が決まりましたの」
「……え?」
茜たちは目を見開き、そして叫んだ。
「えぇぇぇぇ!!」
それぞれ戸惑いを見せる中、一色は淡々と続けた。
「相手は『おいた高校』。全国大会常連の強豪校ですわ。きっと良いライバルになると思いますの……って、皆さん、どうされたのですか?」
一色はようやく異変に気づき、不思議そうな目でそう問いかけた。
「こがねちゃん、いつの間に練習試合なんて……!? しかも相手が『おいた高校』って……!」姫島の声は驚きで震えていた。
「マネージャーとして、責務を全うしただけですわ」と一色は誇らしげに胸を張った。
「そんなに強ぇ相手なのか?」と茜は何げなく尋ねた。
「毎年、優勝候補に名の上がる高校だけど、よく練習試合を受け入れてくれたわね」と九重が驚きながら呟いた。
「うふふ、少しだけ、頑張りましたの」一色は微笑みながら、少し意味深な口調で言った。
(あ……こいつ、賄賂を使ったな)
茜はそう思ったが、心の中に留めた。すぐに切り替えて口を開いた。
「それなら、遊んでる暇なんてねぇな。さっさとグラウンドに戻って練習だ!」
そう言って茜が立ち上がると、姫島たちも席を立った。
食堂を後にし、茜たちは第二グラウンドへ向かい、すぐに練習を始めた。
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