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玄の仕事④ ――ルシファーの逆襲編――

 日は沈み、空は漆黒の闇に染まっていた。街はビルや街灯の灯りに照らされ、車や飛行車、人々、そしてロボットが慌ただしく行き交っていた。

夕方に起きた暴動の記憶は、まるで風が砂を払うようにかき消え、街はすでに賑わいを取り戻していた。

これは、〈フリーデン〉の迅速な対応によるものだった。良くも悪くも、人々はすっかり平穏な日常を謳歌していた。

 しかし、色神の街でまだ一ヶ所だけ、日常に戻っていない場所があった。本来なら、意欲に満ちた生徒たちで賑わっているはずの色神学園が、今は静寂に包まれていた。

第一グラウンドでは、張り詰めた空気の中、玄たちとルシファーが対峙していた。満月の光が静かに差し込み、彼女たちの姿を淡く照らしていた。

 玄たちは手に汗握り、一瞬たりとも気を緩めることなく身構え、ルシファーの一挙手一投足を警戒していた。迂闊に手を出せば逆に討たれる、そんな圧倒的な威圧感がルシファーから漂っていた。

一方、ルシファーは余裕の笑みを浮かべ、まるで玄たちを品定めするかのように見回していた。

「キミたちは実に興味深い。正確無比な判断力、驚異的な適応能力、卓越した身体能力、鋼のような精神力、そして――完璧なチームワーク」

ルシファーは冷ややかに微笑み、呟くように言い添えた。

「消してしまうのが惜しいくらいだ……!」

「てめぇ、もう勝ったつもりか?」とドライが言い返し、拳を握りしめながら睨みつけた。

「ああ……キミたちは所詮、人間の中で優れているに過ぎない。その程度の実力では、完全体のわたしには遠く及ばない」

ルシファーは自信ありげに言い放った。

「ふん、あれだけの攻撃を受けて、まだそんな態度が取れるのか?」ドライは鼻で笑った。

ルシファーは肩をすくめた。

「あれはわざと受けたんだ。キミたちの分析と、わたしの再生能力を確認するためにね……その意図にすら気づけないとは、失望させないでくれ」と挑発的に言い返した。

「んだと!」

「……だが、一つだけ想定外のことが起きた」

ルシファーは玄に視線を向けて指を差した。

「キミだ、シュバルツ……」と言い、そのままフィーアに目を向けた。

「本来なら、お前はすでに倒れている……はずだった」と続け、拳を強く握りしめた。

玄に視線を戻し、さらに言い添えた。

「キミは、一瞬だけとはいえ、完璧なわたしの計算を上回った!」

その瞳には異様な輝きを宿し、まるで新たな実験対象を見つけた狂科学者のように好奇心を露わにしていた。

「当然でしょ! シュバちゃんが、お前なんかに負けるわけないんだから!」フィーアは玄の肩に手を置き、誇らしげに言い放った。

 アインスとアハトも静かに頷いた。

「まさか、こんなにも気持ちが高揚するとは……」

ルシファーは恍惚の表情を浮かべ、両腕を自分に巻きつけるようにして抱き、空を見上げた。陶酔したような表情を浮かべたが、急に玄へ視線を戻し、右手で目を覆った。

「やはり、わたしの目は正しかった……!」

ルシファーは確認に満ちた目を浮かべた。指の隙間から赤い瞳の輝きが漏れ、玄を鋭くとらえていた。

「さあ、もっとわたしを楽しませろ!」

 玄はレーザー銃を構え、その照準をルシファーへと向けた。

「こっちは、あなたと遊んでる暇はないの……そろそろ決着をつけさせてもらうわ!」

玄は冷静に言い放ち、引き金を引いた。

出力八〇%のレーザーが、閃光のごとくルシファーに向かって放たれた。

ルシファーは片手を伸ばし、まるでレーザーを弄ぶかのように掴むと、そのまま拳で握りつぶした。光が弾けるような爆発音とともに白煙が立ち上り、周囲に緊張が走った。

白煙が立ち込める中、アインスとドライが一瞬の隙を突いて間合いを詰めた。短剣と拳が鋭い軌道を描きながらルシファーを襲う。

ルシファーはその攻撃を片手でいなし、軽く嘲笑を浮かべた。

だが次の瞬間、彼の背後からアハトとエルフが迫った。竹刀と薙刀が同時に振り下ろされるが、ルシファーの硬化した翼がそれを鋼鉄のごとく弾き返した。

衝撃で火花が散った瞬間、ルシファーはその場で高速回転して突風を巻き起こし、四人を風圧で吹き飛ばした。

吹き飛ばされた四人は、空中で素早く体勢を立て直し、地面に軽やかに着地した。

ルシファーが高速回転を止めたその刹那、「ドンッ!」という大太鼓の衝撃音が空気を震わせた。音波の波動が空間を駆け抜け、ルシファーに向かって一直線に襲いかかる。

ルシファーは音波を察知するや否や、瞬時に身を翻し、爆発を最小限の動きで躱した。

立ち込める煙の中からバク転で後方へ退きつつ、ノインを鋭く睨みつけ、冷笑を浮かべた。「まずはお前だ」

ルシファーは静かに言葉を放つと、地面を力強く蹴り、矢のごときスピードでノインへと迫った。だが、途中で横を一瞥し、咄嗟にしゃがみ込んでフィーアが放った雷撃を紙一重で躱した。

「チッ、はずした!」

フィーアは悔しさを滲ませた声で言いつつ、ヴェターシュトクを構え、すかさず二撃、三撃と雷撃を放った。

 ルシファーは横から迫る雷撃を軽い身のこなしで躱し続けながら、ノインとの距離を縮めていった。

ノインも3Dホログラムの大太鼓を叩いて攻撃を繰り出すが、それすらもルシファーは華麗に躱した。

そしてついに、ルシファーがノインの間合いに入り、拳を構えた。その瞬間、玄がノインとルシファーの間に割って入った。

玄はルシファーに銃口を向け、迷わず数発のレーザーを放った。

ルシファーは咄嗟に足を前に突き出し、急ブレーキを掛けると、砂埃を舞い上げながら素早く翼を羽ばたかせ、空に飛んだ。

玄とフィーアは、すかさず空中のルシファーに攻撃を放った。

ルシファーは硬化した翼で全身を包み込み、二人の攻撃を弾き返した。だがそこへ、ツヴァイとツヴェルフが疾風のごとき勢いで迫っていた。

「フェーブル・パーンチ!」

ツヴァイは叫びながら、真空を切り裂くような拳を突き出した。同時に、ツヴェルフが「行くぞ!」と六本の拳を一つに重ね合わせ、弾丸のような一撃を繰り出した。

二人の強力な拳が迫る中、ルシファーはニヤリと笑い、自分を包んでいた翼を勢いよく広げた。翼が激しい突風を巻き起こし、ツヴァイとツヴェルフの勢いを相殺した。間髪入れずにルシファーが翼を羽ばたかせると、鋼のように硬く鋭い無数の羽根が二人に襲いかかった。

ツヴァイとツヴェルフは、迫る無数の羽根を拳で叩き落とした。

ルシファーは鋭い視線で二人の攻撃の隙を見極め、瞬時にツヴァイの背後へと回り込んだ。その動きは、まるで地を這う影のように、音もなく忍び寄る。そして、一瞬の迷いもなく、鋼のような蹴りを叩き込み、ツヴァイを吹き飛ばした。

ツヴェルフは思わず「ツヴァイ殿!」と声を上げ、視線をそこに向けた。

その一瞬の隙を逃さず、ルシファーはツヴェルフの背後に音もなく滑り込んだ。組み上げた両手を渾身の力で振り下ろし、ツヴェルフの体を地面にめり込ませるように叩きつけた。

ルシファーは得意げな表情でグラウンドを見下ろした。

次の瞬間、アインスは音もなくルシファーの背後に忍び寄り、鋭く首を狙った一撃を繰り出した。

ルシファーはまるでその動きを見透かしていたかのように軽くしゃがみ込み、アインスの刃を紙一重で躱した。続けざまに、彼の手首を掴むと、回転を加えた動きで地面に叩きつけた。その一連の動作は、無駄のない美しさを秘めていた。

アインスは空中で身をひねって体勢を整え、静かに地面に着地した。

その瞬間、ルシファーは静かに彼の背後に回り込んだ。アインスが振り向く間もなく、強烈な蹴りで吹き飛ばした。

静かに足を下ろすと、ルシファーは異様な気配を感じ、背筋を震わせた。振り返ると、視線の先にアハトの姿があった。

アハトは両足を肩幅に開き、重心を深く落としていた。その姿勢はまるで地に根を張った古木のように安定している。右手は竹刀の柄を力強く握り、左手はそれを補佐するかのように添えられていた。その構えには一切の隙がなく、彼女の体と竹刀が一つの武器と化していた。竹刀は水平に構えられ、刃先がルシファーの正中線にまっすぐ向けられていた。

アハトの目は鋭く、その視線からは極限まで研ぎ澄まされた集中力が滲み出ていた。息を静かに整え、呼吸と心拍さえも完全にコントロールしているかのようだった。握り込んだ竹刀が、彼女の体の延長となり、全神経が一点に集中している。わずかな緊張がその場の空気に伝わり、次の瞬間に爆発的な動きが繰り出されることを予感させた。

ルシファーは口元に冷たい笑みを浮かべながらアハトを見据え、低く呟いた。

「凄まじい集中力だ……」

その声には驚きと興味が入り混じり、まるで獲物を観察する捕食者のような気配を漂わせていた。

「八月朔日流……」

アハトは低く呟き、ルシファーを鋭く見据える。体全体が鋭く引き締まり、今にも弾け飛びそうなエネルギーがその場に漂っていた。

「刃露ー美輝射ハローミティ!」

鋭く叫ぶと同時に、アハトは地を強く蹴り、風を切る音とともに前方へと突進した。その速度は目にも留まらぬほどで、竹刀の先端がまるで光のように一直線に突き進む。周囲の空気がその勢いに巻き込まれ、まるでアハト自身が風そのものとなったかのようだった。

竹刀の先が鋭く突き出され、狙いはルシファーの胸元――正確無比な一撃。アハトの体の軸は一切ぶれることなく、全身の力が竹刀の先に集中していた。風を切る鋭い音が辺りに響き渡る。

アハトの竹刀がルシファーの胸元に迫ったその刹那、爆発音のような衝撃波が辺りを震わせた。その力で地面が裂け、無数のひび割れが放射状に広がる。舞い上がる粉塵が視界を遮る中、音の余韻だけが静かに響いた。

徐々に視界が晴れると、そこには片手で竹刀を受け止めるルシファーの姿があった。その表情には余裕すら感じられ、圧倒的な力を見せつけていた。

「なっ!?」アハトは思わず驚愕の声を漏らした。

 ルシファーは竹刀を掴み、アハトごと軽々と持ち上げた。その瞬間、背後から薙刀を振り被ったエルフが現れた。ルシファーは素早く振り返り、掴んだ竹刀を振り払う勢いでアハトの体ごと宙に投げた。

アハトは無力な状態のまま、エルフの方へと吹き飛ばされた。

エルフは咄嗟に両腕を広げてアハトを受け止めたが、その衝撃はあまりにも強く、二人まとめてコンクリートの壁に叩きつけられた。壁には大きな亀裂が走り、粉塵が舞い上がった。

 ルシファーは不気味な笑みを浮かべ、周囲を見渡した。視界に入ったのは、慌てふためくズィーベンだった。彼を見据え、一気に突撃した。間合いを詰めると、ズィーベンの顔面に拳を突き出した。

直前まで慌てふためいていたズィーベンだったが、拳が目前に迫るや、不意に目を閉じた。次の瞬間、彼の身体は重力に逆らうかのように滑らかにのけ反り、拳を紙一重で躱した。ルシファーが追撃の一撃を素早く繰り出したが、ズィーベンはそれすら予測していたかのように滑るように躱した。その動きは予測不能かつリズミカルで、まるで踊るようだった。

ズィーベンはすでにノインの演奏による睡眠状態に入り、意識の深淵で動いていた。

「ふふ、それが睡眠拳か。面白い!」

ルシファーは興味ありげに言った。

 鋭い連撃が次々と襲いかかるも、ズィーベンは予測不能な動きでそれらを次々と躱した。回避に専念していたズィーベンだったが、そこにドライが加わると、二人は攻撃に転じ、一気にルシファーを攻め立てた。

ルシファーもまた、二人の攻撃を軽く受け流した。二人の攻撃をいなしている最中、玄の放った光の拘束線が一閃し、ルシファーの右手首を絡め取った。同時にフィーアの放った雷が蛇のようにうねりながら左手首に絡みついた。

両手が拘束され、ルシファーの動きが一瞬だけ鈍った。

その隙を逃さず、ズィーベンが鋭い突き蹴りをルシファーの顔面に繰り出した。

ルシファーは素早く腰をひねって蛇頭の尻尾をズィーベンの足に絡めた。同時に視線を素早く横に向け、拳を突き出すドライを捉えた。その瞬間、尻尾を振り抜き、絡め取ったズィーベンをドライへ向けて投げ放った。

ドライは咄嗟に反応したが、一瞬の判断が遅れた。ズィーベンとともに激しく吹き飛ばされ、後方の壁に叩きつけられた。

間髪入れずに、ルシファーは両手に力をグッと込め、拘束ごと腕を胸元に引き寄せた。

玄とフィーアは、武器を握りしめたまま宙に舞い上がった。だが、二人ともすぐさま拘束を切り離し、空中で体勢を整え、軽やかに着地した。

その瞬間、フィーアの背後にルシファーが回り込み、強烈な蹴りを繰り出した。

フィーアは振り向きざまに瞬時に風を巻き起こして防御しようとしたが、その反応がわずかに遅れた。蹴りをまともに受け、勢いよく吹き飛ばされた。

ルシファーが体勢を整える間もなく、大太鼓の轟音が響き渡った。その瞬間、ルシファーは素早く身をひねり、迫りくる爆発を回避した。ノインを見据えると、足に力を込めて地面を強く蹴り、超高速で突撃した。ノインの放つ音波攻撃を華麗に躱しながら、瞬く間に距離を詰めていった。

ルシファーが間合いに飛び込むと、ノインは瞬時にバイオリンの弓を引き抜き、鋭く一閃を放った。刃が周囲の空気を切り裂き、鋭い音が轟いた。

ルシファーは手の甲から鋭い針を伸ばし、弓の一閃を正確に弾き返した。そのまま流れるような動きでノインの腹部に強烈な蹴りを叩き込んだ。

ノインの身体は弓なりにしなり、勢いよく吹き飛ばされた。

ルシファーはその場に立ち尽くし、圧倒的な力を見せつけるような清々しい表情を浮かべた。静かに玄を見据えると、挑発的に言い放った。

「さて……残りは、キミ一人だ……早く決着をつけよう……」

玄は一切表情を崩さず、鋭い眼差しでルシファーを見据えていた。次々と仲間が倒される中、心の中で焦りが微かに芽生えつつも、その感情を徹底的に押し殺していた。ただひたすら、ルシファーを倒すことだけに意識を集中させている。軽い挑発ごときで、心が乱されることがなかった。

玄は素早くレーザー銃を構え、ルシファーに向かって出力九〇%のレーザーを放った。

ルシファーはレーザーを軽く身をひねるだけで躱すと、次の瞬間には、疾風のごとき速さで詰め寄った。

玄は迫り来るルシファーに向けて、正確無比なレーザーを連射した。

その軌道は寸分の狂いもなかったが、ルシファーはその一つ一つを、最小限の動きで滑るように躱していく。その姿は、まるで獲物を弄ぶ猛禽のようだった。

間合いに入り込むと、ルシファーは鋭い拳を突き出した。

玄は瞬時に見極め、華麗に受け流しつつ、即座に彼の胸に肘打ちを繰り出した。寸前で受け止められたが、流れるような動きで体をしなやかに回転させ、回し蹴りを放った。

ルシファーは素早くしゃがみ込み、その蹴りを躱した。間髪入れずに、低い姿勢から玄に強烈なアッパーを放った。

玄は素早く体を翻して躱し、レーザー銃を構え、至近距離から数発のレーザーを立て続けに放った。しかし、その軌道を一瞬で見切られ、最低限の動きですべて躱された。

玄は地面に足をつけた瞬間、一旦距離を取ろうとした。だが、気づけば、玄の右足首にルシファーの尻尾が絡みついていた。その滑らかで冷たい感触が皮膚越しに伝わり、生きた蛇に締めつけられているような錯覚に陥った。

そのまま引っ張られそうになった瞬間、玄は咄嗟に足に力を込め、その場で踏ん張った。

二人の拮抗した力の引き合いが続いたが、次の瞬間、玄は冷静に銃口をルシファーの尻尾に向けた。迷うことなく引き金を引いたが、蛇頭が危機を察知し、まるで生きているかのようにうねりながら解いた。

玄はすかさずレーザー銃を構え、出力一〇〇%のレーザーを放った。

ルシファーも翼を広げ、一瞬のうちに無数の鋭い羽根を放った。

それらは螺旋を描きながらレーザーに突き進み、空間の中央で激突した。

衝突の瞬間、凄まじい轟音とともに閃光が走り、周囲一帯を覆い尽くすほどの爆煙が立ち上がった。砂埃が舞い上がり、大地が揺れるほどの衝撃波が広がり、戦場全体に響き渡る壮絶な余韻を残した。

玄は自分の前にレーザーシールドを展開し、その衝撃を回避した。

一方、ルシファーは羽ばたいて空に回避した。

衝撃が止むと、シールドが静かに消え、玄は宙に浮くルシファーを見据えた。

ルシファーは不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと地面に降り立ち、玄を見据えた。すると、表情を和らげ、玄に拍手を送りながら、口を開いた。

「わたしの計算では、キミはすでに二度死んでいるはずだった……さすがだ……!」

「わたしは三度、あなたを仕留めたつもりだけど……さすがね……」と玄は皮肉を込めて言い返した。

「その冷静さ……見せかけではないな。戦場の混乱においても、常に状況を見極め、最適解を選び続ける。素晴らしい才能だ……」

ルシファーは、まるで標本を観察する研究者のような鋭い眼差しを玄に向け、冷たく分析した。

「だが、そろそろ限界はずだ。すでに打つ手がなくなっているのだろう……?」と鋭く指摘した。

 玄は口を噤み、鋭い目つきで静かに銃口をルシファーの胸に合わせた。

ルシファーはニヤリと笑みをこぼした。自分の推測が的中していると思ったようだ。

ルシファーが一歩を踏み出したその瞬間、背後から二メートルの巨大な斬撃が地面を裂きながら音を立てて迫っていた。

玄は斬撃に合わせ、一〇〇%のレーザーを放った。

ルシファーはその場から一歩も動くことなく、鋼鉄のような両翼を広げた。次の瞬間、その翼を勢いよく振り下ろし、レーザーと斬撃をまるで蜃気楼のようにかき消した。その動きはどこか優雅ですらあったが、同時に圧倒的な威圧感を放っていた。

ルシファーが鋭い視線を巡らせた瞬間、アハトが竹刀を片手に閃光のごとく突進していた。

アハトは一瞬で間合いを詰め、竹刀を一閃。だが、余裕の笑みを浮かべるルシファーに軽く躱された。

「ちっ!」

アハトは唇を噛みしめ、悔しさを漏らした。

間髪入れずに、前方からドライが疾風のごとく接近し、渾身の拳を繰り出した。拳は鋼をも砕くかのような圧倒的な威力を持ち、一直線にルシファーへと迫った。

ルシファーは片手で拳を正確に受け止めた。余裕の表情を崩さないまま、ドライの拳を握りしめ、驚異的な力で薙ぎ払った。

ドライは勢いよく投げ飛ばされ、アハトに激突。そのまま二人そろって吹き飛ばされた。

「さて、次はどいつだ?」

ルシファーが余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、冷酷に言い放った。

その瞬間、エルフが空中から鋭い眼光を放ち、全身の力を込めて薙刀を振り下ろした。

ルシファーは冷静に翼を広げ、まるで盾のようにその一撃を受け止めた。翼と薙刀が激突する音が轟き、衝撃波が周囲に広がった。

エルフの攻撃を受け止めたまま、ルシファーは冷たい視線を向け、「その程度か……」と嘲笑混じりに言い放った。

その言葉が終わるか否かの瞬間、ズィーベンが影のように死角へと回り込み、鋭い蹴りを放った。

ルシファーはその動きすら見切っており、片手で蹴りを軽々と受け止めた。そのままの勢いでズィーベンの足を掴み取ると同時に、エルフの薙刀も握りしめ、宙を舞うように投げ飛ばした。

 休む間もなく、アインスとツヴァイが音速の動きで挟み込み、一糸乱れぬ動きで連撃を繰り出した。アインスの短剣が鋭い稲妻のように閃き、ツヴァイの蹴りが大地を割るかのような威力で迫る。その二つの攻撃が同時にルシファーを狙うさまは、まさに完璧な連携と呼ぶにふさわしかった。

ルシファーは刹那、二人の攻撃を受け止めようと構えたが、直前で驚異的なスピードの増加に気づき、瞬間的に体を捻って紙一重で躱した。だが、判断がわずかに遅れ、アインスの突き出した鋭い刃が頬を掠め、鮮やかな一筋の血が空中に舞った。

ルシファーはすぐさま後ろに跳んで距離を取るが、アインスとツヴァイがすぐに詰め寄り、次々と攻撃を繰り出す。小さな傷を負いながらも、紙一重で攻撃を捌き続け、致命傷を許さなかった。そこに蛇頭の尻尾も加勢する。口を大きく開けて攻撃し、斬撃を受け止めるその尻尾は、まるで独立した意思を持つ異形の生物のように蠢いていた。

激しい攻防を繰り広げる中、ルシファーは冷静に二人の動きを分析し、瞬く間に計算を終えると、攻撃を完全に見切り、躱し始めた。

攻防に余裕が生まれた刹那、ルシファーは周囲を見渡し、3Dホログラムのバイオリンを奏でるノインを視界に収めた。

「やはりそうか……」

低く呟いたルシファーの眼差しには、ノインの演奏が仲間たちに何らかの影響を与えていることを確信した冷徹な光が宿っていた。戦場のわずかな変化すら見逃さないその洞察力は、まさに圧倒的な支配者のものだった。

ツヴァイが光り輝く右足で蹴りを繰り出した瞬間、ルシファーは素早くしゃがんで躱すと、即座に彼の足を掴み、空に投げ飛ばした。すかさずアインスが鋭い斬撃を放つが、ルシファーは素早くのけ反って躱し、瞬時に突き出された腕を掴むと、腹に強烈な一撃を叩き込んだ。

アインスは咄嗟に腕でガードしたが、衝撃で空に舞い上がった。すぐさま空中で体勢を立て直そうとしたが、先に投げ飛ばされたツヴァイに激突し、二人は隣の第一体育館に突っ込んだ。

 ルシファーはノインを見据え、突撃した

ノインはバイオリンの弓を構えたが、途中でルシファーの姿が音もなく消え去った。

「なっ!?」

ノインは思わず声を上げ、周囲を見渡した。背後の殺気に即座に気づき、振り返りざまに弓を一閃。その鋭い斬撃は、確実に標的を捉えたかのように見えた。

ルシファーはしゃがんで回避すると、すかさず腕を突き出し、手の甲の針でノインを貫いた。

だが、それは幻影で、ノインは霧のように消え去った。

本物のノインは、すでにルシファーの背後に回り込み、迷いなく鋭い一閃を放った。弓がルシファーを真っ二つに斬り裂いた。

だが次の瞬間、ルシファーの姿が霧散し、幻影であったことが明らかになる。

ルシファーの本体はノインの背後に静かに立ち、その冷徹な眼差しが射抜いていた。

「まさか……!?」

ノインが振り返る間もなく、ルシファーの蹴りが稲妻のごとく迫った。想像を絶する衝撃がノインを襲い、その体は宙を舞って壁に叩きつけられた。

足をゆっくり地面についた瞬間、ルシファーは何かの気配を感じ取り、素早く翼を小さく畳みながら体を翻した。視線を高速で動かしながら身体を柔軟に曲げ、まるで踊っているかのように、何かを避けていた。ルシファーの足元には、次々と銃弾のような痕が刻まれていた。

ルシファーはその見えざる攻撃を巧みに躱しつつ、鋭い視線を上空に向けた。そこには、ほうきに跨るフィーアの姿。

フィーアはヴェターシュトクの先端をルシファーに向け、空気を圧縮した形の見えない攻撃――『ドリュックルフト』を次々と放っていた。

ルシファーはすぐに体勢を立て直すと、地面を強く蹴り、上空のフィーアに突撃した。

 フィーアは焦りを見せながら、空気砲を連続で放つ。

ルシファーは空中を縦横無尽に駆け回り、まるで見えない弾道を読み取っているかのように、それらを軽やかに回避した。

「一度見た技は、二度と通じない」

冷たく告げ、ルシファーは瞬く間に距離を詰めた。勢いのまま拳を構えた瞬間、蛇頭の尻尾が硬直し、同時にルシファーの動きも止まった。

玄の拘束レーザーが蛇頭の尻尾に絡みつき、その動きを封じ込めていた。

 玄はレーザー銃を力強く振り下ろし、地面へと叩きつけた。

ルシファーは尻尾に引きずられ、地面に叩きつけられそうになったが、寸前で手の甲の鋭利な針を振り下ろし、拘束レーザーを一閃で断ち切る。そのまま空中で身を翻し、華麗に着地した。

 その間、ツヴェルフは全身に圧力を込め、地面を揺るがすほどの力で踏みとどまっていた。鋭い眼光でルシファーを捉えた瞬間、背中の四本の腕がミサイルの如く発射され、ルシファーに迫った。

四本の腕は先端がレイピアのように鋭く変形し、末端からはロケットのような炎を噴き出していた。

 ルシファーは華麗な身のこなしで四本の腕を躱すが、ツヴェルフの腕は追尾型ミサイルのようにしつこく狙った。

さらに、玄のレーザーとフィーアの空気砲も一斉に襲う。

次々と襲い来る連撃を舞うように回避しながら、ルシファーは冷静に反撃の隙をうかがっていた。

一本の腕ミサイルが背後から迫ると、ルシファーは軽く跳び、空中で一回転しながら流れるようにその腕を掴む。触れた瞬間、瞬時にハッキングを仕掛けた。手が触れた瞬間に微細な信号を送り込み、ツヴェルフの腕ミサイルの制御系を瞬時に乗っ取った。

着地した瞬間、死角から迫る二本目の腕ミサイルも、視認することなく首を横に曲げて避け、瞬時に掴んでハッキングを仕掛けた。瞬く間に制御を奪い取ると、音速の如く玄とフィーアに向けて投げ放った。

「まずい!」

玄は咄嗟にレーザーを全力で放ち、腕ミサイルを正確に撃ち落とした。爆煙が立ち上がり、一瞬視界が塞がった。

フィーアは無数の空気砲を放ち、腕ミサイルを撃ち落とそうとしていた。だが、腕ミサイルがルシファーにコントロールされ、空気砲が当たらなかった。

フィーアは咄嗟に方向転換し、高速飛行で回避したが、腕ミサイルが逃げる彼女の背中を執拗に追いかけ回した。振り向きざまに雷撃を放つも、巧みに軌道を変えて躱された。

ツヴェルフは逃げるフィーアに気づくと、乗っ取られた自分の腕ミサイルを撃ち落とそうと慌てて飛んだ。

二人の猛攻が途絶え、残ったのは二本の腕ミサイルのみ。ルシファーの口元に不敵な笑みが広がり、瞳には余裕と冷徹さが宿った。次の瞬間、二本の腕ミサイルが前後から挟み込み、ルシファーに迫った。

ルシファーは身をひねりながらのけ反って紙一重で回避し、そのまま二本の腕ミサイルを素早く掴み、瞬時にハッキングして制御を奪った。体勢を立て直すと、空に浮かぶツヴェルフに向かって勢いよく投げつけた。

 ツヴェルフは残り二本の腕ミサイルもルシファーに乗っ取られたことに気づいたが、すでにそれが目前に迫ってきていたため、高速飛行で逃げ始めた。

 玄は上空が騒がしいことに気づき、視線を上げた。フィーアとツヴェルフが腕ミサイルに追われているのを目にした瞬間、玄はレーザー銃を構え、狙いを定めた。しかし次の瞬間、爆煙が一瞬で吹き飛び、ルシファーの拳が衝撃波を伴いながら玄に迫った。

 玄は咄嗟に身を翻して回避したが、ルシファーの連撃に追い詰められ、回避するのが精一杯だった。

一方、ルシファーは玄に激しい攻撃を次々と繰り出しながらも、余裕の表情で上空の二人をチラ見し、冷ややかな笑みを浮かべていた。

玄が後方へ跳び退いた瞬間、ルシファーは翼に手を伸ばし、二本の羽根を抜き取って上空の二人へと鋭く投げつけた。

 玄は即座にその羽根を狙い撃とうとしたが、その動きを見透かしたルシファーの猛攻に阻まれた。

「二人とも、避けて!」

玄が叫ぶと、フィーアとツヴェルフは黒い羽根に気づき、寸前で躱した。だが、一瞬動きが止まると、腕ミサイルに追いつかれた。

フィーアは命中寸前に咄嗟の突風を発生させ、ミサイルの軌道をわずかに逸らして直撃を回避した。だが、爆風の余波が体を激しく打ちつけ、意識を失いかけたまま地面へと落下していった。

ツヴェルフは二本の腕ミサイルに挟まれ、瞬時に避けることが不可能だと悟ると、胸元で両腕を交差させて防御の態勢を取った。衝突の瞬間、両腕を全力で広げ、ミサイルを手のひらで受け止めた。凄まじい爆発が起こり、ツヴェルフの両腕は粉々に砕け散る。それでも彼の身体は、限界ぎりぎりで構造を保っていた。だが、損傷が大きく、身動き取れずに地面に落下し始めた。

その光景を見た瞬間、玄の胸がざわめいた。頭から地面へと急降下する二人を助けに行こうとするが、不敵な笑みを浮かべたルシファーが行く手を阻む。

「くっ、邪魔よ!」

玄は怒りを込めた声を上げ、レーザーを放つ。

ルシファーは軽く身を引いて躱し、カウンターパンチを繰り出した。決して玄を二人のもとへ行かせないつもりのようだ。

 玄は焦りの表情を浮かべながら、掌打や蹴り、さらにはレーザーを矢継ぎ早に繰り出した。だが、攻撃には焦燥感が滲み、鋭さを欠いていた。そのすべてをルシファーに軽々と躱された。

(このままじゃ間に合わない!)

玄が心の中で叫んだ瞬間、小さな白いボールが遠くから投げ込まれた。それは重力に従って落下し、二人の落下地点で静止すると、一気に膨らんだ。ふかふかのクッション状に変形し、二人を柔らかく受け止め、落下の衝撃を和らげた。

直後、玄は視線を巡らせ、ツェーンの姿を捉えた。

「ここは任せて!」

ツェーンは叫ぶと同時に、腰のポーチから治療器具を取り出し、フィーアのもとへ駆け寄った。彼女の脈拍を素早く確認しながら、持ち込んだ薬を傷口に直接塗布し、応急処置を始めた。

「チッ……」

ルシファーは珍しく苛立ちを隠しきれずに、顔を険しく歪めた。

 玄は二人の無事を確認し、目の前の敵に全集中した。攻撃の鋭さを取り戻し、次々と叩き込んだ。

だが、ルシファーにはまだ余裕があった。玄の攻撃をいなしながらツェーンを一瞥し、静かに狙いを定めていた。

玄はルシファーの思惑に気づき、攻撃の手を緩めなかった。

攻防の最中、ルシファーは絶妙なタイミングで片翼を広げた。無数の羽根が舞い上がり、複雑な軌道を描きながらツェーンに迫った。

玄は瞬時に羽根に照準を合わせると、素早くかつ正確にレーザーを放ち、すべての羽根を撃ち落とした。

ルシファーはその一瞬の隙を鋭く捉えた。玄に向かって鋭い手刀を振り下ろした。

玄は反射的に身をひねって手刀を避け、その回転の勢いを活かして回し蹴りを繰り出した。だが、それはルシファーに片手で受け止められた。

玄はすかさずもう片方の足で突き蹴りを放つが、それすらも手で受け止められた。間髪入れずに、銃口を素早くルシファーに向け、至近距離から放った。

その瞬間、ルシファーは両手を放して素早くのけ反り、股の間から蛇のようなしなやかな尻尾を玄の首に巻き付けた。

玄は尻尾で首をきつく絞められ、地面に足が届かない高さで宙に浮いた。必死に尻尾を引き剥がそうとするも、鉄のように硬く、滑りやすい鱗が彼女の指を弾き返す。次第に尻尾の締め付けが増し、視界がじわじわと暗くなる。

ルシファーは不気味な笑顔を浮かべていた。その顔には、暴力に陶酔する狂気が浮かんでいた。

酸素不足のせいで玄はまともに思考が働かず、視界はかすみ始めた。

そのとき、ツェーンが横から現れ、ルシファーの顔面目掛けて鋭くハンマーを振り抜いた。だが、ルシファーの鋼のような翼で受け止められ、突き蹴りを腹に叩き込まれ、吹き飛ばされた。

空中で一回転して体勢を立て直したツェーンは、すぐにポシェットから八本の注射器を抜き、指の間に器用に挟んだ。地面を蹴って一気に距離を詰めると、右拳とともに注射器を突き出した。

ルシファーは手の甲の針で注射器を一閃。すかさずツェーンが左拳の注射器を放つが、それも片翼で薙ぎ払い粉々にした。中の透明な液体が虚しく宙を舞う刹那、ルシファーはツェーンに強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

ツェーンは咄嗟に腕でガードを作ったが、勢いに押され、激しく地面に叩きつけられた。

ルシファーは静かに向き直ると、不気味な笑みを浮かべ、低く呟いた。

「これで終わりだ」

右手の甲の鋭い針を玄にそっと向けた。

玄は視界の揺れに耐えながら、微かな力で尻尾を解こうとした。しかし締め付けは容赦なく強まり、やがて力尽きて腕がだらりと垂れた。持っていたレーザー銃も地面に落とした。

ルシファーが玄の胸を貫こうとしたその瞬間、突然背後に一筋の閃光が舞い降りた。次の瞬間、イリスが音もなく現れ、「やめろ!」と叫びながら、ルシファーの頭に手をかざしてハッキングを仕掛けた。

ルシファーの全身に雷光のようなスパークが走り、けいれんを繰り返した。瞳孔が一瞬虚ろになり、尻尾の力が抜けて玄を解放した。

 玄は地面に落ちると、膝をついて俯き、何度も咳き込みながら荒い息を整えた。顔を振ってぼんやりした思考をもとに戻す。やがて視界が戻ると、力も入るようになり、その場で何度か拳を握り締めた。

 イリスは全身のエネルギーを込めてハッキングを続けていたが、ルシファーの内部システムから逆流する反撃信号に押し返された。イリスの脳内に鋭い痛みが走り、その衝撃でバランスを崩してよろけた。

 玄が視線を上げた瞬間、ルシファーは怒りに満ちた顔をさらに歪ませ、低く響くような声で、唸った。

「小賢しい虫ケラが……!」

バランスを崩したイリスに容赦なく強烈な手刀を叩き込んだ。

手刀がイリスに直撃すると、衝撃波が地面を裂き、吹き飛ばした。

 その凄惨な光景に一瞬息をのんだ玄だったが、次の瞬間、その瞳には怒りの炎が宿っていた。

玄は弾丸のように跳び上がり、その軌跡は漆黒の閃光のように鋭かった。次の瞬間、彼女の回し蹴りがルシファーのこめかみに炸裂した。

鈍い衝撃音が響き渡り、巨体を揺るがすほどの破壊力が伝わる。ルシファーの頭が勢いよく振り飛ばされると、巨体は地面を削りながら幾度も転がり、周囲に砂煙が立ち上った。

 玄は即座に足元のレーザー銃を拾い、すぐにイリスのもとへ駆けつけ、そっと手のひらに乗せた。

イリスの左半身は無惨に歪み、ところどころ焦げ跡が滲み、機械の皮膚が剥がれかけていた。

「イリス!」

玄が叫ぶように声をかけると、微かな反応を見せたイリスの瞼が震え、ゆっくりと開かれた。

「玄……ちゃん……」とイリスはかすれた声で言った。

「イリス、ごめんなさい。わたしのせいで……こんなことに……」玄の声は涙が滲んでいた。

 イリスは震える右腕を何とか前に伸ばし、玄の頬にそっと触れた。その指先は冷たかったが、そこには確かな温もりもあった。

「そんなことないよ……玄ちゃんは、いつだって強いし……誰よりもやさしい……」

イリスは弱々しい声で言いつつも、微笑みを浮かべた。その微笑みには、どんな状況でも玄を信じる揺るがぬ想いが滲んでいた。

「でも……!」と玄は言った。

 イリスは苦しそうな表情で上体をゆっくりと起こし、静かに空を指差した。

静寂を切り裂くように、微かなプロペラ音が耳に届いた。

イリスの指差す方向に目を向けると、暗い上空から徐々に近づいてくる影を捉えた。それは一機のドローンだった。光の反射で金属的な輪郭が浮かび上がり、その下部には何かがしっかりと括りつけられているのが見えた。

ドローンは静かに玄の頭上で停止し、ゆっくりと降下して着陸した。ドローンにしっかりと括りつけられていたのは、玄の愛刀――『黒雪』だった。

 黒雪は、白雪家に代々伝わる名刀の一振り。最近は、白雪家の和室の床の間に静かに飾られていたが、イリスはその刀が今の玄に必要だと判断し、わざわざ持ち出してきたのだった。

 イリスは玄の手からふわりと飛び降り、ドローンの隣に降り立った。向き直ると、真っ直ぐな目で玄を見つめ、「玄ちゃん……!」と力強い声で言った。

玄はレーザー銃をレッグホルスターに収め、左手をゆっくり伸ばし、黒雪の刀身を包む光沢のある黒い鞘をしっかりと掴んだ。右手で柄を握り、ゆっくりと刀を引き抜いた。

刀身が鞘から現れるたびに、氷のような鋭い光が閃き、空気が切り裂かれるように震えた。それは夜空を切り裂く流星のように、漆黒の闇を纏いながら、青白く妖艶な輝きを放つ。刃の凄絶なまでの鋭さに、周囲が静寂に包まれた。

空気が張り詰め、時間が止まったかのような静寂が広がった。黒雪はただの武器ではなく、まるで玄の魂そのものが宿るかのように、凛とした威厳を放ちながら、彼女の手にしっかりと収まっていた。

グラウンドに突如として轟音とともに強烈な突風が吹き荒れた。砂煙が舞い上がり、一瞬で視界を覆ったかと思うと、それが一掃される中心にはルシファーが立っていた。荒い息をつくたびに、その巨大な体から重圧が広がり、目は怒りと冷徹さを同時に宿して玄を射抜いていた。

 玄は静かに漆黒の鞘を腰に差し、「ありがとう、イリス」と小さく微笑んだ。静かに立ち上がり、向き直ると、ルシファーを鋭く見据える。

「ちょっと待っててね……すぐに、終わらせるから……」

低い声で呟き、安定した足取りで歩みを進めた。

 イリスは真っ直ぐな瞳で玄の後ろ姿を見つめ、力を振り絞るように言った。

「頼んだよ、玄ちゃん……!」

震える声ながらも、そこには確かな信頼と希望が込められていた。



遅くなってすみません。

第一話から前話までの修正をしていました。

これからもよろしくお願いします。

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