玄の仕事③ ――ルシファーの逆襲編――
玄は敵を鋭く見据え、怒りを宿した瞳で男の一挙手一投足を追った。その視線には揺るぎない決意と鋭利な警戒心が宿っていた。体は無意識のうちに構えを取り、筋肉は緊張しながらも柔軟に動ける準備を整えていた。
軽率な行動が許されないほどの緊張感が漂っていた。
目の前の男は、フュンフを戦闘不能に追い込んだ圧倒的な実力者――その威圧感は、空気を歪ませるほど濃密で、玄とドライの警戒心をさらに高めていた。
玄は男を一目見た瞬間、トランスジーン手術を受けていることに気づいた。だが、突然現れたこの男が何者なのか、そして何が目的なのか、わからなかった。
玄は耳にそっと手を当て、呼びかけた。
「ゼクス、新たなファイントが現れた。何か情報は……?」
ゼクスの応答はなく、代わりにノイズ音が耳を突き抜けるだけだった。さらに、他の誰とも連絡が取れない状況に気づいた。
男が何かしたに違いない。
玄は不敵な笑みを浮かべる男を見つめ、そう確信した。おそらく、男が第一グラウンド全体に電波を遮断する仕掛けを施している。
「てめぇ……何者だ?」ドライが険しい表情で問いかけた。
宙に浮かぶ男は、不気味なまでに無表情のまま、低く響く声で口を開いた。
「口の利き方がなってないな、小僧……。目上の者に対する礼儀も知らぬとは……」と男は呆れたように返した。
「んだと!」
ドライの声に怒りが漏れていた。ただでさえギリギリのところで抑え込んでいたが、今にも爆発しそうだった。
「その姿……トランスジーン手術を受けているわね。もしかして、ネイチャーラバーズの一員かしら?」
玄は怒りを抑えつけ、冷静に尋ねた。
男は静かに玄に視線を向けた。
「仲間を傷つけられて怒りが溢れているはずだが、その感情を抑えつけ、冷静に分析し、相手の情報を得ようとする。さすがだな……〈フリーデン〉の特別エージェント――シュバルツ」
男は落ち着いた声で言い放った。
玄とドライは驚愕の表情を浮かべた。
「どうしてその名を……!?」と玄は思わず声を上げた。
「ふっふっふ……アハハハハ……」男は哄笑した。
そのとき、玄の耳にイリスの微かな声が途切れながら聞こえた。
「シュ……バ……ちゃん、そ……いつの……正……体は……」
イリスはノイズに邪魔されつつも、重要な情報を告げようとしていた。
だが、男が冷ややかな笑みを浮かべて指を鳴らすと、緑色の微粒子が彼の周囲から噴き出し、波紋のように空中へ広がった。不気味な光を放つ粒子は、たちまち第一グラウンド全体を覆い尽くしていった。その瞬間、イリスの声は途切れ、通話は完全に遮断された。
玄の推測通り、男が特殊な微粒子を散布し、電波を遮断して強制的に外部との連絡を断っているようだった。
「ふふ、なかなかいいAIを持っているようだな。まさか、わたしの防壁を突破してくるとは……。それに、わたしの正体にも気づいたか……。だが、ネタバレはもう少し待ってくれ」
男は余裕な態度で言った。
(イリスでも突破できない防壁あるなんて……! それに、フュンフをあそこまで追い詰めたほど実力……こいつ、一体何者……!?)
玄は冷静な思考を働かせながら男を睨みつけ、細かい特徴に目を向けた。
複数の生物遺伝子を取り込むトランスジーン手術――それは、人類には不可能とされてきた。過去に試みた者たちは全員術後に命を落とし、その危険性から世界中で禁じられている技術だ。
(それなのに……目の前の男は、その“不可能”を覆している! まさか、ネイチャーラバーズが技術を完成させていた!? いや、それはありえない。あのとき、イリスが調査したときには、そんなもの一切なかった。イリスが見逃したなんて、ありえない。……それに、ネイチャーラバーズの信者たちは全員捕らえたはず……。だとしたら、あの事件のあとに、まったく無関係だったこいつが、ネイチャーラバーズに侵入して、研究を完成させたっていうの……!?)
玄は数少ない男の発言を振り返りながら、思考を整理した。
(人類には不可能と言われた手術を成功させるほどの知識と技術の持ち主……さらに〈フリーデン〉の情報も持っていた。そして、このタイミングで現れた――まさか!?)
玄は一つの結論を導き出した。
「あなた……まさか――ルシファー!?」玄の声には戦慄が混じっていた。
「なに!?」ドライは驚きの表情を浮かべ、玄に目を向けた。
男はニヤリと笑みを浮かべ、玄に拍手を送った。
「正解……いい分析力だ!」
ドライはルシファーに視線を戻し、「なん……だと……!?」と息をのんだ。
ルシファーは両手を広げ、その漆黒の翼も大きく広げた。
「これがわたしの完全体だ。……どうだ? 美しいだろ?」
そう言いつつ、悪魔のような自分の姿を二人に見せびらかした。
「今までのことは、すべてあなたが指示を出したの?」と玄は冷静に問い詰めた。
「ああ、そうだ」
その返答を聞いた瞬間、玄の胸に込み上げたのは怒り――いや、それ以上の憤りだった。彼女の眉間に深いシワが寄り、その瞳には冷徹さと復讐心が宿っていた。
「つまり、お前を倒せば、すべて終わるってわけだな!」
ドライは拳を打ち合わせ、闘志を燃やした。
ルシファーは蔑むような視線をドライに向け、目を伏せて深いため息をついた。
「やれやれ、さっきも忠告したはずだが……」
不満を漏らし、ドライを睨みつけたその瞬間、ルシファーは音もなく、一瞬でその場から姿を消した。
刹那、玄とドライはルシファーを見失い、慌てて辺りを見渡した。
次の瞬間、ドライの背後から、ルシファーの冷徹な声が響いた。
「敬意を欠く者には、罰を与えねばならん」
ドライは瞬時に振り返りながら、裏拳を繰り出した。だが、ルシファーの強烈な蹴りを背中に受けて吹き飛び、地面に激突した。
玄は素早くレーザー銃を構え、出力六〇%でルシファーに向けて三発放った。
ルシファーは微動だにせず、片手で三発のレーザーを軽く弾き飛ばした。二発は地面に弾かれ、一発は高所の照明に命中して粉砕された。
玄は目を見開いた。
「なかなかいい攻撃だ……この威力なら、大抵の相手は仕留めることができるだろう。データ通りだ」とルシファーは冷静に呟いた。
体についた砂埃を払い落し、冷徹な目で玄を見据えた。次の瞬間、一瞬で間合いを詰めて拳を放った。
玄は反射的に身体をのけ反らせて拳を避けると、バク転の勢いを利用して顎を狙った蹴りを繰り出した。
ルシファーはその動きすら完全に見切り、わずかに身を引いて躱した。
バク転の反動を活かし、玄は即座にレーザー銃を構えて放った。拘束レーザーがルシファーに迫ると、彼が払いのけようとした刹那、玄は銃を巧みに操作し、軌道を変えて左手首に巻きつけた。捉えた瞬間、レーザー銃を肩に担ぎ、一本背負いで投げ飛ばした。
ルシファーは無抵抗で引っ張られ、宙を舞いながら地面に激しく叩きつけられた。衝撃波が周囲に広がり、砂埃を舞い上げ、フェンスを揺らした。
拘束レーザーを即座に解除し、玄は砂埃越しにルシファーを凝視した。だが、視界が晴れた瞬間、その目は驚愕に見開かれた。
ルシファーは片手を地面に突き出し、逆立ちの状態で自分を支えていた。玄の一本背負いの衝撃を、片手一本で完全に受け止めていた。静かに足を下ろして立つと、手首に巻きついた拘束レーザーを、右手の一閃で簡単に断ち切った。
「今の攻撃もすでに把握している……だが、見事な攻撃だった。やはり、キミは面白いな……」
ルシファーは冷静に分析しつつ、不気味な笑みを浮かべた。
「さあ、もっとわたしを楽しませてみせろ」と興奮気味に言い放った。
「わたしの動きは、すべてお見通しってこと……?」と玄は落ち着いた声で言った。
「キミだけではない。〈フリーデン〉のナンバーエージェント全員の戦闘データを、わたしはインプットしている」
ルシファーは自分のこめかみを指でやさしく突きながら言った。
「あなたが得たデータは一部のはず。それで、わたしたちのすべてを知ったつもり……?」
「ああ、さきほどの戦いでデータは十分得られた。それをもとに、キミたち下等生物の動きを予測することなど、わたしの完璧な知識と計算能力の前では、たやすいことだ……」とルシファーは断言した。
その瞬間、ドライがルシファーの背後に音もなく現れ、鋭い蹴りを繰り出した。だが、ルシファーが一瞬で姿を消し、ドライの蹴りは空を裂いた。
玄とドライは、素早く横に視線を向けた。視線の先に、ルシファーの姿があった。
ルシファーは、先ほどの自身の発言を証明するかのように、ドライの動きを予測し、蹴りを視認することなく、簡単に回避していた。
ルシファーはドライに目を向け、余裕を感じさせる口調で呟いた。
「少しデータを修正する必要があるな。ドライは思ったよりしぶとい……と」
「おれたちが、てめぇの思い通りになると思うなよ!」とドライは怒りを滲ませた声で言い放った。
「ふふ……さあ、見せてみろ。キミたちの限界を超えた戦いを!」
ルシファーは不敵に笑みを浮かべながら、両手を広げた。
ドライは地面を強く蹴ってルシファーに突撃し、玄も即座に続いた。
ドライは鋭い拳を、玄は鋭い掌打を次々と繰り出す。
だが、ルシファーは軽い身のこなしで二人の攻撃をすべて躱した。
玄はすかさず至近距離でレーザーを放つが、ルシファーはそれすらも軽やかに躱した。
ドライが連撃を仕掛ける隙を突いて、玄は疾風のごとくルシファーの背後へ滑り込んだ。一瞬のためらいもなく、全身のバネを使って顔面目掛けて跳び蹴りを放った。
ルシファーは振り返りもせず、左手で玄の蹴りを軽々と受け止め、そのまま足をがっちりと掴んだ。同時に、右手でドライの拳を見事に捉え、がっちりと握り締めた。二人を掴んだままその場で高速回転して宙に浮き、勢いよく地面に投げつけた。
玄は地面に叩きつけられる寸前、咄嗟にレーザーを撃ち、その反動で衝撃を相殺して、軽やかに着地した。
ドライは空中で回転し、足から着地したが、衝撃で地面が大きく窪んだ。
二人は着地するや否や、上空のルシファーに視線を向けた。だが、すでにルシファーの姿はそこになかった。
その瞬間、玄は背後に不気味な気配を感じ、素早く振り返ると同時に、回し蹴りを放った。だが、そこにもすでにルシファーの姿はなく、ただ空を裂いただけだった。
次の瞬間、玄の背後からルシファーの冷徹な声が響いた。
「残念、こっちだ」
玄が咄嗟に振り返ると、すでに目の前にルシファーの右拳が迫っていた。
どうあがいても回避できそうになく、レーザーシールドもすでに手遅れ。ドライも玄のもとへ駆け寄ろうとしていたが、到底間に合わない。
刹那、玄は心の中で呟いた。
(みんな、ごめん……!)
その瞬間、茜、天、翠、柴乃、桜、そして真白。皆の笑顔や声が、まるで鮮やかな映像のように次々と脳裏によぎった。
任務を遂行する際、玄が最も心に刻んでいるのは、決して怪我をしないことだった。玄たちは体が一つなので、怪我をすれば他のみんなにも痛みを感じさせ、迷惑をかけてしまう。それだけは、絶対にあってはならないという思いで、玄は怪我をしないための体術を身につけた。それなのに、今この瞬間、怪我どころか、致命傷になりかねない威力の拳が、玄の目前に迫っていた。
玄は一瞬で覚悟を固め、せめて一撃のダメージを抑えるために、歯を強く噛みしめた。
その瞬間、アインスが音もなく頭上に現れ、閃光のごとく短刀を振るった。刹那、ルシファーの右腕が宙に舞い上がった。
アインスは二人の間に割って入ると、逆手に持った短剣でルシファーに斬りかかった。
ルシファーは素早く後ろに跳び、距離を取った。だが、そこにはドライが待ち構えており、ルシファーに強烈な蹴りを叩き込んだ。
ルシファーは残った左腕で反射的にガードしたが、蹴りが直撃した瞬間、骨が砕ける鈍い音が響いた。そのまま勢いに押されて吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられて倒れた。
玄は目を見開き、アインスの背中を見つめ、「アインス……」と呟いた。
「すまない、遅くなった」アインスは振り向きもせず、静かに言った。
「どうしてここに……!?」
「急に連絡が取れなくなったから、何か緊急事態が起こったと判断し、急いで来た。どうやら、おれの勘は当たっていたようだな」
アインスは鋭い目つきで、ルシファーを睨みつけた。
玄は息を整えて、冷静さを取り戻し、ゆっくりと口を開いた。
「アインス……本当にありがとう。助かったわ」
「……仲間を助けるのは、当然だ」アインスは小さく返したが、その声には微かに照れが滲んでいた。
少し遅れて、ノインが玄のもとに駆け寄ってきた。
「シュバルツさん、大丈夫ですか!?」とノインは心配した声で言った。
「ええ、大丈夫よ」と玄は返した。
「そうですか、よかった」ノインは胸に手を当て、ホッと息をついた。
さらに遅れて、ズィーベンが息を切らしながら現れた。
「はぁ、はぁ……アインスさん、相変わらず早いですね」と感心しながら、両手を膝について息を整えていた。
直後、玄たちのもとへ、どこか聞き覚えのある重低音のバイク音が近づいてきた。視線を上げると、空からツヴァイとツヴェルフが降下してくるのが見えた。
ツヴァイは上空から軽やかに着地すると、舞台俳優さながらに派手なポーズを取った。左腕と右足を大きく広げ、右手を地面に突き立て、高らかに叫んだ。
「フェーブルアール、ただいま参上!」
そのあまりにキザな動きに、周囲の空気が一瞬凍りついた。
ツヴェルフは上空から静かに着地し、合掌しながら「南無……」と小声で呟いた。
大型飛行バイクで厳つい音を立てていたのはアハトだった。
アハトは第一グラウンド近くの駐車場でバイクを降り、しっかり鍵をかけると、竹刀を片手に猛ダッシュで駆けてきた。グラウンドに足を踏み入れると、真っ直ぐにドライのもとへ駆け寄り、「ウラァ!」と声を上げながら彼の尻を勢いよく蹴り飛ばした。
ドライは勢いで飛び跳ねた。尻を擦りながらアハトに目を向け、怒鳴った。
「ってぇな! アハト、てめぇ、いきなり何すんだ!?」
「うるせぇ! あたいは今、むしゃくしゃしてんだ!」
アハトは怒りを滲ませた声で言い返した。ドライの胸ぐらを掴み、鋭い目つきで睨みながら言った。
「てめぇが一緒にいながら、どうしてフュンフが怪我してんだ……」
アハトの声は震え、悔しさと苛立ちが滲んでいた。
その言葉に、ドライは気まずそうに視線を逸らし、「……すまん」と呟いた。
「アハト、ごめんなさい。わたしにも非があるわ……」
玄は肩を落とし、俯きながら静かに言った。その瞳には、自分の失敗への後悔と、フュンフへの申し訳なさが浮かんでいた。
アハトは玄に視線を向け、しばらく無言で睨みつけたあと、深いため息をついた。
「チッ……クソが!」と吐き捨て、掴んでいた手を乱暴に離した。
「アハト、きみは怒りをぶつける相手を間違えている!」
ツヴァイはアハトを真っ直ぐに見つめながら指摘した。
「ああ……?」アハトは高圧的に返し、ツヴァイに視線を向けた。
ツヴァイは倒れているルシファーを差しながら、断言した。
「おれたちが怒るべき相手は、あいつだ!」
「拙僧も、ツヴァイ殿に賛同致す」とツヴェルフも即同意した。
アハトは一瞬その場に立ち尽くし、拳を握りしめながらルシファーに鋭い眼光を向けた。しばし沈黙のあと、「……たしかにそうだな」と吐き出すように呟いた。玄に向き直り、目を伏せ、「すまん、シュバルツ……少し言い過ぎた」と、反省の色を浮かべて言った。
「いえ、そんなことは……」玄は困惑した表情を浮かべた。
「ふふ、たまには良いことをおっしゃいますね。ツヴァイさん」とノインが、小さく微笑んだ。
「おれは“スーパーヒーロー”だからな!」
ツヴァイは親指を自分に差し、誇らしげに胸を張った。
張り詰めた空気が少し和らぐと、ドライが口を開いた。
「アハト、おれにも何か言うことがあるんじゃねぇか……?」
「てめぇにはねぇよ!」アハトは即答した。
ドライは無言のまま、それを受け入れた。
一瞬の静寂もすぐに破られ、遠くから「シューバーちゃーんー!」というフィーアの声が徐々に迫っていることに、その場にいた全員が一斉に気づいた。
空に視線を向けると、ほうきに跨ったフィーアが物凄いスピードでこちらに突進してきていた。
玄は静かにレーザーを放ち、目の前に自分よりも大きな長方形のシールドを張った。近くにいたアインス、ズィーベン、ノインは危機を察知した瞬間、玄から離れた。
フィーアはレーザーシールドの直前、砂埃を巻き上げながら急停止した。ほうきから滑るように降り立つと、軽やかな動きでレーザーシールドの脇をすり抜け、玄の背後に回り込んだ。次の瞬間には、勢いよく玄に抱きついていた。
玄はレーザーシールドのおかげで砂埃まみれにならずに済んだが、気づけば、背後からフィーアに抱きつかれていた。
「シュバちゃん、遅くなってごめんね!」とフィーアは明るい声で言った。
「そんなことないわ」
玄はやさしい口調で言い、フィーアの頭にそっと手を乗せた。
「来てくれてありがとう、フィーア」
玄の手のひらからは、やさしいぬくもりが伝わった。
「えへへ、シュバちゃんがいるなら、どこでもすぐに駆けつけるから!」
フィーアは満面の笑みでそう宣言し、「あ、ツェーンは、フュンフのところに向かったから、もう大丈夫だよ!」と言い添えた。
「ツェーンが……よかった……」玄は安堵の表情を浮かべた。
少し遅れて、エルフが隣の第一体育館屋上に現れた。エルフはそこから颯爽と飛び降りて着地すると、周囲を見渡しながら大きく両手を広げた。
「YO! オレサマ登場、今から独壇場! 敵に同情、オレ非情! Yeah!」と軽快に韻を踏んだ。その瞬間、周囲に冷たい風が吹き抜けた。
一瞬の静寂が訪れ、その場にいる全員が、呆気に取られていた。
突如、ルシファーの低く不気味な笑い声が静寂を破った。
「ふっ……ふっふっ……ははは……」
その声は次第に大きくなり、場の空気を一瞬で凍りつかせた。視線がルシファーに集中する中、彼の目には不気味な光が宿っていた。
ルシファーは不気味に体を捻りながら起き上がった。骨が折れた左腕をぶらんと下に垂らし、右腕の切断部分からは血が溢れ出していた。普通の人間なら激痛に悲鳴を上げ、出血多量でとっくに絶命していてもおかしくない。だが、ルシファーは一切取り乱すことなく、不敵な笑みを浮かべ、妙に落ち着いていた。
ルシファーは目を見開き、全身を奇妙に震わせた。やがて、右腕の切断部分から、ねじれるように筋繊維が生え、不気味な音を立てながら新たな腕が形成されていった。その過程はまるで異形の生命が這い出すような異様さを帯び、周囲に強烈な嫌悪感を与えた。さらに、骨が粉々に砕けたはずの左腕も、筋肉が不自然に膨張し、あっという間にもとの形へと戻った。
静かに再生した両腕を、ルシファーはじっくりと見つめた。肩を回し、首の骨を鳴らすと、鋭い眼光でナンバーエージェントたちを見回し、低く呟いた。
「……これで全員、か」
玄たちは少し驚きつつも冷静さを保ったまま、静かに睨み返していた。
(あの再生速度……明らかにさっきまでの奴とは違う。薬も使っていない。つまり、この再生能力は最初から体内に備わっていた……おそらく、ナノテクノロジーによる自己修復システム)
玄は冷静に推測しながら、次の一手を模索していた。
ドライは一歩前に出て、怒りを滲ませた声で言い放った。
「この状況で、まだ余裕ぶってんのか?」
「当然だ。こうなることは、最初からわかっていた」とルシファーは落ち着いた声で返した。
「なんだと……!?」
「さっきも言ったはずだ。キミたち下等生物の行動は、容易に推測できると」
「……ぶっ潰す!」
ドライが姿勢を低くし、突撃する態勢に入ったその瞬間、アインスが一瞬でそばに寄り、隣に並んだ。
「ドライ、お前は下がれ。おれが奴を仕留める……」
表面こそ冷静だったが、その瞳の奥には確かな怒りの炎が揺れていた。
「次は確実に、首を落とす……」
短剣を構え、鋭い眼光でルシファーを見据えた。
「邪魔すんじゃねぇよ、アインス! あいつはおれがぶっ倒す!」
ドライは低い声で唸るように言った。その目には怒りの炎が燃えていた。
「いや、おれが仕留める」とアインスは返した。
「いいや、おれが先だ!」
ドライは一歩踏み出し、アインスと視線をぶつけ合った。二人の間に緊張した空気が張り詰め、周囲の者たちは声を挟むことができなかった。
そのとき、不意にルシファーが「ふふふ……」と笑いを漏らした。全員の視線が一斉にルシファーに向くと、彼は笑いを止めてゆっくりと口を開いた。
「今の不意打ちで、わたしを倒せると思ったのか?」
ルシファーは口元を歪めながら、挑発するような視線を向けた。その余裕のある態度は、全員の怒りをさらに煽った。
「ああ……?」
ドライは低い声で吐き捨てるように言い、ルシファーに睨みを利かせた。
ルシファーは視線を巡らせながら、冷たく笑った。
「何人集まろうが、結果は同じだ」
ゆっくりと玄に視線を定めると、静かに手を前に伸ばし、不敵な笑みを浮かべて言った。
「さあ――まとめて相手してやろう!」
玄たちは、ルシファーに対して怒りの感情を抱きつつも、決して挑発には乗らず、鋭い目つきで見据えた。
「なめやがって……!」とアハトは低く呟き、竹刀を握りしめた。
ツヴェルフは手を合わせ、「南無……」と呟き、怒りの表情に変わった。
「シュバちゃん……あいつがフュンフをやったの?」フィーアは冷たい声で問いかけた。
「ええ……」と玄は答えた。
「そっか……じゃあ、死刑だね」
フィーアは玄からふわりと飛び降りると、天候操作デバイス――『ヴェターシュトク』を無言で振り下ろした。
その瞬間、ルシファーは咄嗟に顔を上げ、すでに頭上に渦巻いていた黒い雷雲を見上げた。目を見開き、雷雲を見つめ、ニヤリと笑みをこぼした。
次の瞬間、黒い雷雲からまばゆい閃光が走り、轟音とともに稲妻がルシファーに直撃した。
一億ボルトを超える雷撃は、大地を抉り、地面を溶かすほどの凄まじい威力を放った。周囲には爆風が巻き起こり、立ち込める砂塵と衝撃波が全員を包み込む。煙が立ち上り、砂や小石が吹き荒れ、玄たちは腕で顔を守りながらルシファーを見据えた。
フィーアは微かに口角上げ、雷が落ちた場所を見つめていた。ルシファーを完全に仕留めたと、思っているようだった。
しかし次の瞬間、玄はフィーアの背後に現れた気配を感じ取り、咄嗟にレーザー銃を構えて引き金を引いた。
レーザーは、フィーアの後頭部まであと数センチのところに迫っていたルシファーの右拳を正確に撃ち抜いて吹き飛ばした。
ナンバーエージェントたちが驚いて振り向く中、ただ一人、ドライだけはすでにルシファーへと突撃していた。
ドライは一瞬で間合いを詰め、鋭い突き蹴りをルシファーの顔面へ放った。だが、その一撃が届く直前、ルシファーは翼を鋭く広げ、空気を切り裂くように後方へ跳ね退いた。
「ちっ!」とドライは悔しさを滲ませた。
玄はすかさずルシファーに銃口を向け、レーザーを数発放った。
ルシファーは瞬時に翼を大きく広げ、全身を覆い隠した。その翼はまるで鋼鉄の盾のようにレーザーを弾き返した。
玄とドライの二人だけが、ルシファーの異常な速さを捉え、即座に反応していた。
玄は素早くフィーアの前に立ち、レーザー銃を構え、ルシファーを見据えた。
「シュバ……ちゃん……」とフィーアは声にならない声で言った。
「フィーア……奴は、わたしたちの戦闘データを学んでる。油断しないで!」と玄は助言した。
驚いて硬直しているかと思いきや、次の瞬間、フィーアは背後から玄に抱きついた。
玄は思わず「フィーア!」と声を上げる。
「シュバちゃん、ありがとう……!」フィーアは嬉しさで目を輝かせていた。
玄は一瞬、引っ張られるようにふらついたが、咄嗟に足に力を込め、その場で踏ん張った。驚きつつも、すぐに冷静さを取り戻し、首に回されたフィーアの腕を解こうとした。
その瞬間、ルシファーが翼を広げ、玄は素早く視線を戻した。フィーアも玄から飛び降り、ルシファーを睨みつけた。
ルシファーは「フフフ……」と不気味に笑いながら、すでにもとに戻った右手で顔を覆った。指の間から漏れる深紅の眼光が、まるで獲物を狩る猛獣のように玄たちを見据えた。その姿は、まさに悪魔そのものだった。
玄たちはそれぞれ身構え、戦闘態勢に入った。〈フリーデン〉とルシファーの最終決戦が、幕を開けようとしていた。
その頃、イリスは高速ドローンの上に乗って、凄まじいスピードで街中を駆け抜けていた。飛行車や人々の動きを一瞬で判断し、一切スピードを緩めることなく、間を縫うように進んでいった。もちろん、街の超AIとテュールもイリスに協力していた。玄と連絡が取れないため、イリスは独自で判断し、急いで白雪家へと向かっていた。
「待ってて、玄ちゃん……絶対に届けるから!」
イリスは強い意志を込めて呟き、さらにスピードを上げた。風を切る音が耳を突き抜ける中、彼女の目はただ前を見据えていた。
読んでいただき、ありがとうございます!
次回もお楽しみに!
感想お待ちしています!




