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玄の仕事② ――ルシファーの逆襲編――

 玄が到着する十分前。

色神学園第一グラウンドでは、ドライとルシファーの激しい戦闘が繰り広げられていた。重い衝撃音が響き渡り、砂埃が空高く舞い上がっていた。地面には大小様々な窪みが刻まれ、照明も割れ、フェンスには穴が開いていた。

 ドライは、二メートル超えのルシファーに対し、まるで子どもを相手にしているかのような余裕な様子で、軽くいなしていた。

ルシファーが拳を放つと、ドライはそれを完璧に見切ってカウンターを叩き込んだ。両手を広げて掴みかかってくると、軽く跳んで躱しながら頭に強烈な蹴りを繰り出す。高速移動を始めたら、さらの速いスピードでルシファーを翻弄した。ドライは終始、パワーでもスピードでもルシファーを圧倒していた。

 ドライはルシファーの蹴りをバク宙で華麗に躱し、着地した瞬間、地面を強く蹴り上げて一気に間合いを詰めた。鋭い閃光のような速さで腹に強烈な肘打ちを叩き込んだ。衝撃でルシファーがよろけた隙を逃さず、ドライは矢継ぎ早に強烈な拳を叩き込み、衝撃音が周囲に響き渡った。

ルシファーが堪らず反撃の蹴りを繰り出したが、ドライは素早く躱し、一瞬で背後に回り込んだ。振り向く間もなく、顔面に跳び蹴りを叩き込んだ。

ルシファーは勢いよく吹き飛ばされ、地面に何度も全身を打ちつけながら崩れ落ちた。

「フン、ゲームの世界と現実世界じゃ、全然ちげぇだろ!」とドライは挑発するように言い放った。

 ルシファーはゆっくりと体を起こし、まるで何事もなかったかのように、静かに立ち上がった。体についた砂埃を払う動きには、余裕というよりも不気味な落ち着きが漂っていた。首を大きく回し、指の骨を鳴らす音が響き渡るたび、周囲の空気が張り詰めていった。その姿は、まるで痛みやダメージという概念が存在しないかのようだった。さっきまでの戦いが、ドライの強さを確かめるための前哨戦だと言っているようだ。

ドライはルシファーの挑発にイラっとし、こめかみに怒りマークを浮かべた。

「てめぇ、調子に乗るなよ……!」

ドライが呟いた瞬間、ルシファーは足に全力を込め、地面を強く蹴り、一瞬で間合いを詰めた。ドライの目前で足を高く突き上げると、強烈な踵落としを繰り出した。

ドライは反射的に後方へ跳んで回避した。

 踵が地面を裂き、砂埃が激しく舞い上がった。ドライの視界が遮られた一瞬の隙に、ルシファーは瞬時に詰め寄り、追撃の拳を突き出した。

ドライは軽い身のこなしで躱しつつ、ルシファーのパワーとスピードがさっきよりも増していることに気づいた。一つひとつの攻撃が速く、鋭くなっていた。さらに、現在進行形でスピードが徐々に増していった。

ドライは次第にルシファーの攻撃を紙一重で躱すようになり、気づけば、次の拳が目前に迫っていた。咄嗟に拳を横に受け流し、瞬時に次の一撃へ備えた。回避と受け流しを巧みに使い分け、ルシファーの攻撃すべてに対応し、一発も受けなかった。

ルシファーは苛立ちを隠さず、力任せにドライを薙ぎ払おうと腕を大きく横に振った。

ドライは素早くしゃがんで躱し、その隙をついて、ルシファーの顎にアッパーを叩き込んだ。その一撃でルシファーがふらつくと、ドライは次々と重い一撃を叩き込んだ。

そのとき、フュンフと通話が繋がり、「避けて!」という声が響いた。

ドライが横に跳んだ瞬間、一発の銃声が鳴り響いた。直後、一発の弾丸がルシファーの胸に命中し、心臓を貫いた。

ルシファーは何が起こったのか把握できないまま、静かに立ち尽くし、胸に開いた小さな穴にそっと手を当てた。胸から溢れ出る血が手にべったりとついた。血に染まった手を見つめ、しばらくそのまま静止していたが、やがて、死を悟ったかのようにゆっくりと後ろに倒れた。

第一グラウンドが見渡せる校舎の屋上で、スナイパーライフルのスコープを覗き込んでいたフュンフは、ゆっくりと目を離し、「完了」と小さく呟いた。静かに立ち上がって、片づけを始めようとしたそのとき、通話越しにドライの声が響いた。

「よくやった、フュンフ。さすがだな」

フュンフが第一グラウンドに視線を向けると、ドライが屋上を見上げていた。

二人の視線が交差し、一瞬だけ無言の会話が交わされた。ドライが軽く手を掲げたその仕草には、フュンフへの信頼と感謝が込められていた。

フュンフは軽く微笑み、控えめに言った。

「うちは最後に決めただけ……。ドライさんが追い詰めてくれたおかげで、簡単に撃ち抜けたよ」

「そうか……なら、よかった」

ドライは後頭部を掻き、少し照れたように笑った。

 その瞬間、フュンフは異様な気配を感じ取り、目を細めて第一グラウンドを見つめた。やがて、目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。

フュンフの視界が捉えたのは、ドライの背後で微かに動くルシファーだった。体がわずかに痙攣し、ゆっくりと指が動き始めた。

その異様な光景に、フュンフは思わず息をのんだ。確実に心臓を撃ち抜いたはずなのに、まるで何か別の力が無理やり引き戻しているかのようだった。

 フュンフは慌ててスナイパーライフルを構え、スコープを覗き込んだ。姿を捉えた瞬間、上体を起こしたルシファーと目が合った。

ルシファーが静かに立ち上がった瞬間、フュンフは叫んだ。

「ドライさん、後ろ!」

その声を聞いた瞬間、ドライは素早く振り返った。だが、わずかに遅かった。

ルシファーの拳が一瞬早く放たれた。

ドライは咄嗟に腕でガードを固めたが、拳をまともに受け、勢いよく吹き飛ばされた。その勢いのまま、ちょうど第一グラウンドに到着した玄のすぐ横を高速で通過し、コンクリート壁に叩きつけられた。

その圧倒的な衝撃に、玄は目を見開き、息をのんだ。


 玄がレーザー銃を片手に、慎重にルシファーとの距離を詰めていると、フュンフと通話で繋がった。

「シュバルツさん、気をつけて。そいつ、心臓を撃ち抜いても死ななかった」

フュンフは抑えきれない動揺を滲ませた声で言った。

玄は目を細め、ルシファーの胸に視線を向けた。そこには、スナイパーライフルで撃ち抜かれた跡が残り、血はすでに乾いていた。

「人間とは体の構造がまるで違うのかも。頭も骨だし……」と玄は冷静に分析した。

「……たしかに」とフュンフはすぐに納得した。

「でも、貴重な情報だわ。ありがとう」

「……どういたしまして」

「フュンフ、援護を頼むわね」

「了解!」

玄はそのままゆっくりと詰め寄り、五メートルの距離で静かに足を止めた。その瞳には、冷静さを保ちつつも、内心の緊張を隠せないでいた。

「初めまして……でいいかしら?」

その声には、微かに探るような響きが混じっていた。

ルシファーは一切反応しなかった。無視をしたというより、まるで感情という概念すら欠落しているかのような異質さを感じた。

言葉は通じているようなので、玄は続けて口を開いた。

「今回の騒動……すべて、あなたの仕業なんでしょ? 人を操って街を混乱に陥れたことも、〈フリーデン〉のハッキングも……」

 ルシファーは黙ったまま玄を見つめていた。

 玄はさらに続けた。

「ちょっと、好き勝手に暴れ過ぎじゃないかしら?」

強く言い放っても、ルシファーはただ無表情に沈黙を保った。

あっけらかんとした姿を目にした玄は、ハッキングで傷ついた被害者たちの顔を思い浮かべた。苦しんでいた猫宮の顔が脳裏をよぎり、玄は拳を強く握りしめた。鋭い目つきでルシファーを睨みつけ、怒りを滲ませた声で言い放った。

「わたしは……あなたを絶対に許さない!」

 次の瞬間、ルシファーの姿が揺らめくように霞み、気づけば、玄の目前に迫っていた。鋭い拳が振り抜かれた瞬間、衝撃波のような力が地面を抉り取り、轟音とともに粉塵が周囲を覆い尽くした。

やがて視界が晴れると、拳を地面に突き刺したルシファーだけがそこにいた。玄の姿はなく、ルシファーは驚いたような目で、周囲を見渡した。

次の瞬間、六発の銃声が響き渡り、ルシファーの胸に六つの小さな穴が刻まれた。

ルシファーは胸にそっと手を当て、胸を伝う血に触れた。血のついた手をじっと見つめ、拳を握りしめると、静かに振り返り、背後で銃を構える玄を鋭く睨みつけた。

「その傷で平然としてるなんて……あなた、本物の怪物ね」と玄は皮肉っぽく言った。

 ルシファーは無言で手を懐に差し込み、小さなカプセル状の薬を取り出して口に投げ入れた。直後、体から不気味な蒸気のようなものが立ち上り、胸に開いた穴が瞬く間に塞がっていった。その様子は、まるで時間を巻き戻しているかのようだった。

「再生能力……」

玄の口から思わず声が漏れた。頭に浮かんだのは、研究室で再生技術について語っているツェーンの興奮した姿だった。

「ツェーンがこれを見たら、喜びそうね……」と玄は思わず呟いた。

 ルシファーはゆっくりと玄を見据え、その瞳に宿る冷徹な輝きが戦場の空気を凍りつかせた。静かに構えるその動きには、計算された無駄のない美しさすら感じられる。

玄もまた、呼吸を整えながらレーザー銃を構えた。彼女の視線は、敵の一挙手一投足を逃さず追い、その瞳には冷静さと揺るぎない決意が宿っていた。

 静寂が訪れ、空気を裂くような緊張感が辺りを包み込んだ。冷たい風が二人の間を吹き抜けたその刹那、鋭い音とともに、グラウンドの外からコンクリート片がルシファーに飛来した。

ルシファーはその場から一歩も動かず、片手だけでその破片を叩き落とした。そのコンクリート片に紛れて、ドライが一気に間合いを詰めた。

ドライは空気を裂くような拳を顔面目掛けて真っ直ぐに放った。

ルシファーは寸前で身体を反らして躱し、鋭い眼光を向けながら、後方へ軽やかに回避した。

ドライの拳は空を裂いた。

「ちっ、外したか!」

 玄はドライに視線を向けて声をかけた。

「ドライ、無事だったのね」

「当たり前だ。あんな奴に、おれがやられるわけねぇだろ!」

「そうね……でも、よかったわ」玄は安心したように息をついた。

 そのとき、通話で繋がっていたフュンフが申し訳なさそうに言った。

『ごめんね、ドライさん……うちが気づくの、遅かったから……』

「お前のせいじゃねぇ。おれが油断しただけだ。すまん」

『そんなことは……!』

「へぇー、ドライって謝ることができるんだ!」と玄は少しからかうように言った。

「シュバルツ……お前、おれをバカにしてんのか?」

「いーえ、全然」

ドライはため息をつき、「……まあいい」と呟いた。納得していない表情を浮かべたが、すぐにキリっとした目つきに変わり、ルシファーを睨みつけながら言い添えた。

「それより、今はこいつに集中しろ!」

「そうね」玄もルシファーを見据え、『了解』とフュンフもスコープを覗き込んだ。

 玄とドライのもとへ、イリスがふわりと現れた。

イリスは、ルシファーに視線を向けて瞬く間にスキャンし、小さく呟いた。

「やっぱり……」

「どうしたの、イリス?」と玄は尋ねた。

「……あいつ、心臓が五個ある。しかも、体内を自在に動き回ってる」とイリスは冷静に告げた。

「んだとっ!?」ドライは目を見開いた。

『だから、胸を撃ち抜いても死ななかったんだ……』とフュンフは納得したように呟いた。

「つまり、すべての心臓を潰せば、倒せるってわけね」と玄は静かに結論づけた。

「え、あ、うん」とイリスは一瞬戸惑いながら答えた。

「そういうことか!」ドライは胸の前で拳を合わせた。「仕組みがわかれば、こっちのもんだ。こんな戦い、さっさと終わらせるぞ!」

「そうね」

玄も同意し、「イリス、あいつの情報をみんなに……」と指示を出しかけた、その瞬間。

『それはぼくに任せろ!』

ゼクスの声が玄たちの耳元に響いた。

玄たちの会話を聞いていたようで、ゼクスはナンバーエージェント全員に向けて、ルシファーの倒し方を音声メッセージで伝えた。

報告が終わると、『これでいいか?』とゼクスは玄に尋ねた。

「ええ……ありがとう、ゼクス」と玄は答えた。若干ニュアンスの違いはあったが、玄は気にしなかった。

『あとは頼んだぞ!』とゼクスは信頼を寄せた声で言った。

「任せろ!」とドライは即答した。

「イリス、危ないから少し離れてて」と玄はやさしく指示を出した。

 イリスは玄の指示に従い、第一グラウンドを囲うフェンスの外に出た。そこから玄たちの戦いを見据えた。

そこへ、避難していたはずの一色が現れ、イリスの隣に駆け寄ってきた。その顔には焦りの色が浮かび、声を震わせながら叫んだ。

「シュバルツ様!」

玄はその声に振り返り、思わず驚きの声を上げた。

「一色さん!? どうしてここに……?」

その瞬間、ルシファーが地面を強く蹴り、一瞬で間合いを詰め、玄に強烈な拳を繰り出した。

玄は即座に向き直ると同時に、レーザーを一発放った。だが、その一発は、突然二人の間に割って入ったドライの背中に命中した。

ドライは玄を庇うように素早く割り込んだが、レーザーが背中に命中し、「いてっ!」と短く呻いた。

その痛みによる一瞬の隙を、ルシファーは逃さなかった。鋭い拳がドライの胸に突き刺さり、衝撃で彼の体は宙を舞った。重力に引かれるように地面へ叩きつけられ、砂煙が激しく舞い上がった。

さすがのルシファーも予想外の展開に眉をひそめ、目を見開いたまま一瞬硬直した。

その隙に、玄が迷いなくレーザーを数発放ったが、ルシファーはハッと我に返り、慌てて後ろに跳んで距離を取った。

玄はすかさず追いかけたが、ドライが立ち塞がった。

「シュバルツ! てめぇ、やりやがったな!」とドライは怒鳴り声を上げた。

玄は足を止め、気まずそうにドライと目を合わせた。

「ごめんなさい。まさか、急に割り込んでくるなんて思わなかったから……」

「お前が隙を見せたから、カバーしてやったんだろうが!」

「隙なんて見せてないわ。ちゃんと対処できたもの」

「なっ……! おれが余計なことをしたっていうのか!」

ドライがそう言うと、玄は視線を逸らし、口を閉じた。

「――なんか言えよ!」とドライは声を張り上げた。

玄とドライが口論している光景を、ルシファーはぽかんとした表情で見つめていた。その隙を察知したフュンフがすかさず狙撃したが、銃声でルシファーは我に返り、咄嗟に回避した。

『二人とも、今はそんなことしてる場合じゃないよ』

フュンフの落ち着いた声が、二人の耳に届いた。

その言葉に、ドライは「ちっ……」と舌打ちし、ルシファーを見据えた。まだ納得していないようだが、とりあえず、さきほどの件は保留にし、任務に集中することを選んだ。

玄もルシファーを見据え、集中力を高めた。

イリスと一色は、目を丸くして立ち尽くしていた。

「イリス、一色さんを頼むわね」と玄は冷静に指示した。

イリスははっと我に返り、「了解!」と返した。

静寂が支配する中、冷たい風が頬を切るように吹き抜ける。沈みゆく夕日が赤黒い影を地に落とし、壊れかけた照明が不規則に点滅する。その微かな光が、荒れた地面と戦う者たちを淡く照らしていた。

互いに次の一手を探り合い、空気は張り詰めていた。

沈黙を破るように、フュンフの放った一発の銃声が響き渡った。

その瞬間、ルシファーは左太ももを撃ち抜かれ、バランスを崩した。

その隙にドライが飛び込み、玄もすぐに後を追った。

ドライは近距離、玄は中距離、フュンフは遠距離からそれぞれ攻撃を仕掛けた。一分の隙もない、完璧な布陣のように見えた。

玄とフュンフ、ドライとフュンフの連携は見事なもので、息の合った動きでルシファーを翻弄していた。

一方、玄とドライの息は不思議とまったく合わなかった。

玄がルシファーの隙を狙って放ったレーザーは、ことごとくドライに命中した。さらに、玄は拘束レーザーをルシファーの腕に巻きつけ、そのまま背負い投げで地面に叩きつけた。だが、投げた先にはドライが立っており、そのまま巻き込んでしまった。

そのせいで、ドライは一人だけボロボロになっていた。

「シュバルツ! てめぇ、いい加減にしろ! おれに何の恨みがあるんだ!」

ドライは玄に詰め寄り、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「恨みなんてないわ。もし本気で恨んでたら、もっと正確に狙ってるわよ」と玄は冷静に答えた。

「てんめぇ……!」

 玄はため息をつき、今までの戦闘映像を空中に投影した。それを見ながら、落ち着いた声で問いかけた。

「わたしが撃ったタイミングで、あなたが射線に飛び込んでるの。これって、本当にわたしのせいかしら?」

「なんだと……!?」ドライは慌てて映像に目を通した。

 玄とドライは、相手の隙を見極めて攻撃するタイミングが奇跡的に重なってしまうため、こうした事態に陥っていた。

本来なら、仲間の動きを先読みして攻撃を仕掛けるはずが、二人が組むと、互いの動きを邪魔し合う結果となっていた。

「だったら、さっきの背負い投げはなんだったんだよ!?」とドライは言った。

「あれは……」

玄は視線を逸らし、一瞬考え込んでからゆっくりと口を開いた。

「――投げた場所に、偶然あなたがいて……」

その声は徐々に小さくなっていった。

「やっぱり、おれだけのせいじゃねぇだろ!」

 二発の銃声が鳴り響き、弾丸が玄とドライの頬をかすめるように通過した。

二人は目を見開き、思わず硬直した。

『二人とも……いい加減にしなさい』

フュンフの低く冷たい声が、耳元に突き刺さった。

玄とドライが言い争っている間、ルシファーを一人で抑え込んでいたのは、フュンフだった。

『次にケンカしたら、今度は外さないからね』

フュンフは冷たい声で言い放った。校舎の屋上から、彼女の冷たい怒りが、風に乗って伝わってきた。

「は、はい」と二人は声を揃えて頷いた。

 そんな二人のやり取りを見て、イリスは額に手を当て呆れていた。一色も心配そうに見つめていた。

 玄とドライは気を取り直し、ルシファーを見据えた。

「シュバルツ……この戦い、さっさと終わらせてぇんだけど……」とドライは呟いた。

「奇遇ね。わたしもそう思ってたわ」と玄は返した。

「なら、一気に片を付けるぞ!」

「ええ」

 玄とドライは、ルシファーに向かって同時に突撃し、それぞれ攻撃を仕掛けた。

玄は掌打や蹴りを繰り出し、ドライも拳を放った。さっきまでとは一転し、二人は息の合った攻撃を次々と繰り出していた。そこにフュンフの狙撃が加わり、ルシファーが防戦一方になるほど、相手に攻撃する暇を一切与えなかった。

 玄とドライが左右から挟み込んで攻撃を叩き込んでいると、ルシファーは突然腕を広げ、その場で高速回転し始めた。

二人は咄嗟に後ろに跳んで距離を取った。着地と同時に、玄は一瞬だけイリスに視線を送った。

イリスは黙って頷いた。

 ルシファーは竜巻を起こし、砂埃を舞い上げた。玄たちの視界を遮り、その間に仕切り直そうとしているようだった。

だが、玄たちはルシファーに時間を与えなかった。

イリスは目を見開き、竜巻の中心にいるルシファーの姿をはっきりと捉え、それをすぐにフュンフと共有した。

フュンフは冷静にスコープを覗き込み、イリスから送られた情報をもとに、ルシファーの姿を完璧に捉えた。静かに呼吸を整えながら、ゆっくりと引き金に指を掛けた。そして、息を詰めることなく、滑らかに引き金を引いた。次の瞬間、一発の弾丸が放たれ、真っ直ぐグラウンドに向かって飛んでいった。

その弾丸は、一寸の狂いもなく竜巻の中を通過し、高速回転しているルシファーの右足首を撃ち抜いた。

ルシファーは右足が吹き飛ばされ、バランスを崩した。回転が止まると、砂埃も落ちて視界が晴れた。

ドライは疾風のような速さでルシファーに詰め寄ると、メリケンサックを握りしめた拳を容赦なく叩き込んだ。肉を打つ鈍い音とともに、骨の砕ける音がグラウンドに響いた。

ルシファーがその場に崩れ落ちた瞬間、ドライは後方に跳び、鋭く叫んだ。

「今だ!」

ルシファーの頭上に玄の姿があった。

玄は静かに銃口をルシファーに向けた。その瞳には一切の迷いがなかった。

「終わりよ」

冷たく呟くと、迷うことなく引き金を引いた。出力一〇〇%の白くて太いレーザーが放たれ、ルシファーの頭上に命中した。白熱のレーザーがルシファーの全身を焼き尽くし、その存在を跡形もなく消し去った。瞬時に消滅するその様子は、見る者すべてに忘れがたい印象を刻んだ。

 完全消滅を確認した玄は、レーザー銃をレッグホルスターに収め、髪を耳にかけて小さく呟いた。

「任務完了」

 ドライはその場で膝をつき、深い息をついた。その肩は大きく上下し、激闘の疲労が全身から溢れ出ているのが見て取れた。

フュンフは校舎の屋上からグラウンドを見下ろし、わずかに表情を和らげた。その瞳には、戦いの終わりを確かめる安堵が静かに滲んでいた。

しかし、その安堵の隙を突くように、黒い影が音もなく背後に迫っていた。背後の微かな風の乱れを察知したフュンフは、即座に振り返った。

 

イリスは軽やかに玄のそばへふわりと寄り、柔らかい声で言った。

「お疲れ様、シュバちゃん」

「イリスもお疲れ様。さっきは助かったわ」と玄は返した。

「どういたしまして」

 玄はドライに視線を向け、労いの言葉をかけた。

「ドライも、お疲れ様」

「ああ……」ドライは目を伏せたまま軽く手を挙げた。

「フュンフも、お疲れ様」

玄は通信機越しに声をかけた。しかし返答はなく、代わりに微かなノイズが耳を刺した。耳に手を当て、「フュンフ? 聞こえる?」と問いかけたが、またしても返事はなかった。

玄はノイズの原因が気になり、イリスに調べてもらおうとした。その瞬間、ドライが顔を上げて口を開いた。

「そういえば、他の奴らはどうなった?」

「……もうすぐ決着がつきそうだよ」

イリスはそう答えながら指を鳴らし、残り三箇所のライブ映像を空中に映し出した。

 ドライは重い足取りで立ち上がり、映像に視線を向けた。玄も静かにそれを見つめた。


 色神公園では、ズィーベンが『睡眠拳』を駆使し、ルシファーの攻撃を紙一重で躱しながら、絶妙なタイミングでカウンターパンチを叩き込んでいた。

ルシファーの動きが一瞬鈍った隙をつき、アインスは閃光のごとき速度で接近し、無音の一撃でルシファーの胸を切り裂いた。さらに、風のように軽やかで、次々とルシファーの体を斬り裂いていった。

斬撃のたびに、ルシファーの体は細かな断片となって砕け、風にさらわれるように宙へと舞った。

そして最後にノインが、3Dホログラムの大太鼓を叩いた瞬間、轟音とともにルシファーの残骸は爆発し、完全に消滅した。

 

色神駅前広間では、アハトがルシファーの頭上を華麗に舞いながら、ヨーヨーを構えていた。

「八月朔日流・死無門露琉ほづみりゅう・しなもんろーる

アハトは低く呟くと、鋭い眼光でヨーヨーをルシファーに向かって放った。

ヨーヨーは正確無比に飛び、生き物のようにルシファーを巻きつけて拘束した。

ツヴェルフは背中から無造作に四本の腕を引き抜くと、ルシファーに向かって勢いよく投げた。四本の腕は、まるでミサイルのように空間を駆け抜けた。二本の腕が槍のように足を貫き地面に縫い付け、残りは鞭のようにしなって全身に巻き付き、動きを封じた。

最後に、ツヴァイは右足に溜め込んだエネルギーを全開にし、空高く跳び上がった。空気が震え、彼の右足は光を帯びるかのように輝いていた。そこから、真下にいるルシファーに向かって稲妻のごとく突き出された。

「フェーブルキーック!」

ツヴァイはそう叫びながら、光のオーラを纏った右足をルシファーの胸に突き込んだ。

轟音とともに周囲の空間が軋み、一瞬の静寂のあと、ルシファーの体は閃光とともに大爆発を起こし、完全に消滅した。

ツヴァイは地面を滑るように着地し、決め顔で「任務完了!」と呟いた。

 

コンテナ港では、ツェーンがハンマーを音速で振り下ろし、ルシファーの頭部に容赦なく叩き込んだ。

骨が砕ける鈍い音が響き、ルシファーの頭蓋骨は粉々に砕け、裂け目から白煙が立ち上った。

次に、エルフの薙刀が閃き、体を一刀両断にした。血飛沫すら生じない精緻な技が光った。

間髪入れずに、フィーアがデバイスから圧縮した空気ボールを放った。

圧縮された空気のボールがルシファーの体に触れた瞬間、強烈なエネルギーを生み出して炸裂した。

ルシファーの体はその爆風で消し飛び、跡形もなく消え去った。


玄は映像に映っていた三箇所すべてのルシファーが消滅したことを確認し、安心したように呟いた。

「これで、任務完了ね」

「そうだね」とイリスも頷いた。

一色も玄のもとへ歩み寄り、にこやかに労いの言葉をかけた。

「お疲れ様でした、シュバルツ様」

玄は一色に視線を向けた。

「一色さん……あなた、どうしてこんな危険な場所に戻って来たの?」

「シュバルツ様がいるとお聞きしましたので!」

一色は屈託のない笑顔で即答し、真剣な表情で続けた。

「――それに、ここはわたくしにとって何よりも大切な場所です。理事長の孫として、この学園を守るのは、わたくしの使命ですわ!」

「そうかもしれないけれど、あなたを危険な目に遭わせるわけにはいかないわ。これからは、わたしたち〈フリーデン〉に任せて――」

 玄は忠告をしていたが、一色が目を輝かせながら見つめ返しているのに気づき、途中で言葉を止めた。

「シュバルツ様が、そこまでわたくしのことを考えてくださっているなんて……! 感動で涙が止まりませんわ」一色は溢れる涙をハンカチで拭った。

「お前ら、いつまで呑気に話してんだ! さっさと片付けねぇと、明日までにここを元通りにできねぇだろ!」とドライが声を上げた。

一色ははっと我に返った。

「そうですわね。急いで皆さんが安心して通える学園に戻さなくてはっ!」

「そうね」と玄も返した。

 色神学園第一グラウンドには、まだ後処理部隊が来なかった。彼らが到着するまで、玄たちは修復を始めた。

 玄が地面に散らばる照明の破片に手を伸ばしたその瞬間、全身に凍りつくような不気味な気配が走り、背筋を鋭く震わせた。次の瞬間、グラウンドに勢いよく何かが飛来し、地面に激突して砂埃を舞い上げた。

その場にいた四人全員が、飛んできた何かに視線を向けた。

そこに倒れていたのは、全身傷だらけで気を失ったフュンフだった。

「フュン……フ……!」

玄は目を見開き、思わず声を震わせた。まるで時間が止まったかのように、次の瞬間が訪れるのを恐れるかのように、彼女の胸の奥で何かが軋んだ。

「フュンフ!」

玄は叫び、急いでフュンフのもとへ向かった。イリスと一色もすぐ後に続いた。

ドライはフュンフが飛んできた方を鋭い目つきで睨みつけた。

玄はフュンフのそばに膝をつき、声を張り上げた。

「イリス、フュンフの容体は!?」

 イリスの瞳が一瞬で光を帯び、フュンフの体をくまなくスキャンする。目の奥には膨大なデータが流れ込み、電流のような集中力で解析を進めていた。

「外傷が複数、左腕は骨折……でも、内臓には大きな損傷なし。命に別状はないよ」

イリスは正確なデータを淡々と告げた。

「そう……」と玄は安堵の息をついた。

 一色も、フュンフの容体が安定していると聞き、そっと胸に手を当て、深く息をついた。「よかった……」と小さく呟き、ホッとした笑みが顔に浮かんだ。

「イリス、フュンフをお願い」と玄は指示した。

「了解!」とイリスが真剣な表情で返し、「わたくしも手伝いますわ!」と一色が言った。

 一色は慎重にフュンフを抱きかかえると、イリスとともに安全な場所へ避難した。

 玄はドライの視線を追い、その先に漂う異様な気配に目を凝らした。

そこには、不吉なオーラを纏う漆黒の影が静かに浮かんでいた。身長は二メートルを優に超え、男の巨躯は闇そのものであり、頭頂部からは鋭い異形の角が天を貫くように突き出ていた。広げた黒い翼が空を覆い、その全身からは濃密な凶気が溢れ出ていた。

男は口元に不気味な笑みを刻み、深紅の瞳で玄たちを鋭く射抜くように見下ろしていた。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに!

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