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フリーデンVSルシファー③

 フィーアはほうき型ドローンを巧みに操り、街中を縫うように高速で飛び回っていた。振り返る暇さえ惜しむように、ほんの一瞬だけ後方を確認し、その視線を即座に前へ戻した。目まぐるしく変わる街並みと迫り来る障害物を、寸分の狂いもなく避けながら飛び続けた。

車や飛行車、ドローンなどは、街を管理する超AIが自動制御し、フィーアの進路を確保した。行く先でフィーアの目の前に突然人が現れることもあるが、その場合、フィーアは卓越した飛行技術で、間一髪で回避していた。

後方からは鉄柱や信号機、自動販売機、バイク、車などが次々に飛来したが、フィーアはすべてを華麗に回避し、前進を続けた。

 ルシファーは暴風そのものの勢いで、周囲のものを蹴散らし、まるで荒ぶる嵐が街を飲み込むようにフィーアを追っていた。

ルシファーの現れた場所が繁華街で、周辺に多くの人々が行き交っていたため、フィーアは一般市民を巻き込まないように移動していた。だが、ルシファーがフィーアを仕留めるべく、周囲の物を手当たり次第に投げつけ、街中に甚大な被害をもたらしていた。それでも、一人の被害者も出ていなかったのは、フィーアがゼクスの指示に従って飛行していたからだ。

一般人に危険が及びそうになったときは、街の超AIがロボットを操作して守っていた。

 

数分後、フィーアはひとけのないコンテナ港上空で止まり、反転した。すぐ後ろを追って来たルシファーに視線を向ける。

ルシファーはコンテナの上に跳び乗って立ち止まり、フィーアを見据えた。

そこには、二人以外、誰の姿もなかった。超AIとテュールの迅速な対応により、人々は避難させられ、エリアは完全に封鎖されていた。

「ここなら心置きなく、お前を叩き潰せる!」

フィーアの鋭い声が静寂を裂いた。その瞬間、彼女の周りにいくつかの小さな雷雲がゴロゴロと音を発しながら浮遊した。まるで怒りを表すような黄色の雷が走った。

 ルシファーは警戒し、無言で身構えた。

二人の間に緊張感が漂い始めていたそのとき、ルシファーの背後のコンテナの上に、一人の少年が激しい音を立てて降り立った。その男こそ、〈フリーデン〉のナンバーエージェント――アフロヘアとサングラスが際立つ巨漢、エルフだった。

 エルフは薙刀使いで、一九〇センチを超える巨躯と筋骨隆々の体格を持ち、その巨躯からは想像できないほど驚異的な柔軟性と、俊敏な動きを併せ持つ。レンズの色が薄いサングラスから透けて見えるつぶらな瞳は、まるで好奇心旺盛な子どものように、きらきらと輝いていた。

 ルシファーは半歩足を引いて体を向き直し、二人を視界に捉えるように立った。

「チャンフィー、相変わらず速すぎNE! おれも必死で追いついたZE!」とエルフは軽い口調で言った。

「エルフ、あたしが準備する間、奴を引きつけて」

フィーアは指示を出し、ほうきから片手を離した。白衣のポケットに手を入れ、両端が丸い二十センチほどの棒状デバイスを素早く取り出した。それは、フィーアが自ら発明した武器――ヴェターシュトク。このデバイスで、フィーアは自在に天候を操り、戦いに挑む。

「チャンフィーの指示でおれタジタジ、でも心の中のおれマジマジ!」とエルフは韻を踏んだ。

 ルシファーは足に全力を込め、コンテナを粉々にする勢いで蹴り飛ばし、一直線にフィーアへ突撃した。瞬時に間合いを詰めると、拳を突き出した。

拳が届く寸前、エルフが二人の間に上から割り込み、ルシファーに向かって薙刀を勢いよく振り下ろした。

薙刀と拳が衝突した瞬間、金属が軋むような轟音とともに火花が飛び散った。激しい衝撃波が炸裂し、周囲のコンテナが軋む音を上げながら大きく揺れた。空気を切り裂くような金属音が耳をつんざき、辺り一面に響き渡った。衝撃でフィーアの髪が激しくなびいたが、彼女は表情一つ変えず、淡々とヴェターシュトクから粒子を放出していた。

エルフとルシファーは力の押し合いをし、拮抗した状態が続いたが、先にルシファーが後ろに跳んで軽やかに着地し、一旦距離を取った。

 ルシファーは小刻みに震える拳を見つめ、眉をひそめた。拳を握って開いてを何度も繰り返すたび、筋肉が不快に引きつる感覚が走る。震えがおさまると、その不快感もかき消え、鋭い視線をエルフに向けた。

 エルフは薙刀を肩に軽く担ぎ、ルシファーを見下ろして不敵に笑った。

「You、まずはおれと遊んでもらうZE!」と挑発的に言った。

 ルシファーは警戒心をむき出しで身構えた。

「それじゃあ、突撃! おれ、感激!」

エルフは力を込めた足を蹴り出し、ルシファーに突撃した。

「いや、なんで感激なの?」とフィーアは思わずツッコんだ。

エルフは薙刀を振り被り、握る手に力を込め、「はっ!」と勢いよく振り下ろした。

 ルシファーは頭上で両手を交差し、薙刀を受け止めた。

 衝突の瞬間、鈍い音が鳴り響き、先ほどよりも強い衝撃波が広がった。周囲のコンテナが吹き飛び、宙を舞う。ルシファーの足元には深い窪みが刻まれた。

ルシファーは衝撃の余波に耐えきれず、その場から動けなかった。

 エルフはニヤリと笑い、両手で薙刀をさらに力強く押し込めた。

しかし次の瞬間、ルシファーはそれを察知し、薙刀ごと強引に両手を振り下ろした。

薙刀が地面に激しく叩きつけられ、ルシファーはその衝撃で後方へ吹き飛ばされた。その意気意のまま、コンテナに激突した。

エルフはルシファーが吹き飛んだ方向に冷静な視線を向けた。

「今ので両断、おれ決断! でもでも、中断、You、英断!」と相手に褒め言葉を送った。

しばらくして、コンテナの中からルシファーが姿を現した――綿花だらけの姿は、まるで羊のようだった。

まとわりつく綿花に眉をひそめたルシファーは、それを手で払っていたが、面倒になり、ずぶ濡れの犬のように体をブルブルと震わせた。すべて振り払うと、深く息を吸い、エルフに鋭い視線を投げかけた。次の瞬間、ルシファーはその場から突然フッと音もなく姿を消した。

エルフは目を見開き、瞬時に薙刀を構え、横から迫るルシファーの蹴りを刃で正確に受け止めた。

「YOU、甘く見ると、火傷するZE!」

エルフは軽口を叩きながら、薙刀を握り直した。

ルシファーがすかさず次の一撃を放つ。だが、エルフはそれも薙刀で受け流した。次々と繰り出されるルシファーの拳や蹴りを、エルフは器用な薙刀捌きで、すべていなした。ルシファーの大振りで生まれた隙に、エルフは薙刀の柄を素早く腹に叩き込んだ。

ルシファーは後方に吹き飛びつつも、途中で足を地面に突き刺し、その勢いを相殺した。地面に二本の足跡を刻みながら、次第に勢いが衰え、やがて止まった。

ルシファーはその場で踏ん張り、倒れることなく、鋭い目つきでエルフを睨み返した。そのとき、自身の周りを浮遊する四つの小さな黒い雲があることに、ルシファーは気づいた。

その雲は、ルシファーの胸の高さで四方を囲むように浮かび、ゴロゴロと音を立てながら、決して逃がさない様子だった。

瞬く間に四つの雷雲から黄色い稲妻が放たれ、それが空中で渦を巻きながら結びつき、ルシファーを囲むように雷の輪を形成した。雷の輪は急速に収束し、縄のようにルシファーを締め上げた。その瞬間、焼けるような痕が肌に刻まれた。

ルシファーが必死に力で振り解こうとするが、ビクともしない。

その姿を、フィーアはほうきに跨り、上空から見下ろしていた。そのさらに上空では、轟音を響かせる雷雲が、コンテナ港一帯を不気味に覆い尽くしていた。

「ドンナーシュラーク」

フィーアが静かに呟き、ヴェターシュトクを振り下ろすと、雷雲が轟音を上げながら裂け、一条の太い雷光が稲妻の槍となってルシファーに直撃した。

雷に撃たれたルシファーの全身は激しく痙攣し、閃光が体を包み込んだ。焼け焦げた皮膚からは湯気が立ち上り、頭蓋骨には亀裂が走り、その身は無数の裂傷で覆われた。それでも、彼の瞳にはまだ微かな光が宿っていた。

雷は周囲のコンテナにも伝わり、中に積まれた日用品や工業製品を次々と破壊していった。

「チェックメイト」

フィーアが静かに宣言すると、雷雲はゆっくりと散り、空が茜色に染まった。穏やかな夕日が静かにコンテナ港を包み込み、戦いの余韻を残したまま静寂が戻っていった。

フィーアはゆっくりと降下し、地面に降り立った。そこへ、エルフが歩み寄った。

「任務完了! おれ、感無量! Yeah!」とエルフは韻を踏んだ。

「おつかれ、エルフ……」

フィーアは振り返ってエルフの姿を見た瞬間、「えっ!?」と思わず声を上げ、目を丸くした。

「おつかれサマー! おれ、このありサマー!」

エルフは両手を広げ、自身の現状をフィーアに見せつけた。エルフの全身は黒焦げで、湯気がポツポツと立ち上っていた。アフロの髪はチリチリになり、毛先が赤く燃えて、まるで線香のように煙を上げていた。

実はエルフも、フィーアの雷撃の余波に巻き込まれていた。一瞬の出来事で回避する余裕もなく、直撃ではなかったものの、確実に感電していた。もしエルフ以外の者が巻き込まれていたら、確実に全身麻痺して動けなかっただろう。エルフは強靭な肉体で耐え抜いていた。

「ご、ごめんなさい」とフィーアは慌てて謝った。

「許すZE! なんせおれ、寛大! 超絶偉大!」エルフは胸を張って言った。

フィーアは安堵の息をついた。

「ありがとう、エルフ」

「Yeah!」

 そのとき、ほうきに跨ったツェーンが上空に現れた。倒れているルシファーを確認すると、二人のそばにゆっくりと降下した。

二人もツェーンの気配に気づき、視線を上に向けた。

「ツェーン、来てくれたんだ!」とフィーアは言った。

「もしかして、もう終わった?」とツェーンが尋ねた。

「うん、少し前にね」

「そっか……さすがだね!」

 ツェーンは二人のそばに着地し、ほうきから降りると、それを小さく畳み、腰のポシェットに収めた。

「チャンツェー、来るのが一分遅かったZE!」とエルフが言った。

「そうだね、ごめん」とツェーンは申し訳なさそうに笑いながら返した。

「Noー! 謝罪はいらない、おれ聞かない! 応援助かる、おれ休まる!」

「ふふ……フォロー、ありがとう」

「その笑顔に、おれ時々……熱くなるZE、胸ドキドキ!」

「ん? それって、どういう意味?」

 ツェーンに問い詰められた瞬間、エルフの顔が一気に赤く染まり、頭からまるで蒸気機関車のような湯気が立ち上った。エルフは目を伏せ、口を閉じた。

無意識に上目遣いになったツェーンが、エルフの顔を覗き込んだ。しかしエルフは、恥ずかしさに耐えかねてすぐに目を逸らした。

「でも、来てくれたのが、ツェーンでよかった」とフィーアは言った。

ツェーンはフィーアに視線を向けた。

「え? どうして?」

「あいつの身体を、すぐに調べられるから」

フィーアは好奇心に満ちた目で伏したルシファーに視線を向けた。

「えっ、ここで解剖するの!?」

「もちろん……! 早く分析して、みんなに報告した方がいいでしょ?」

「……たしかに」

「それじゃあ、とどめを刺して、解剖を始めよう!」フィーアは明るい声で言い、エルフに視線を向けた。「エルフも手伝って!」

「解剖初めて、おれ心配。邪魔してめちゃくちゃ、おれ失敗……」とエルフは自信なさげに返した。

「大丈夫。あたしとツェーンがついてるから!」とフィーアはあっさり言った。

 エルフがツェーンに視線を向けると、ツェーンは視線を交わし、微笑みながら頷いた。

その笑顔を見た瞬間、エルフに瞳にやる気の炎が宿った。

「OK! それなら協力、おれ全力!」

 フィーアたちがルシファーのもとへ一歩踏み出したその瞬間、倒れていた彼の腕が一瞬ピクリと動いた。

その微かな動きに気づいた三人は、すぐにルシファーを見据え、警戒して構えた。わずかに動くルシファーの腕を見たフィーアが、驚き混じりの声で呟いた。

「まだ生きてたんだ!」

「でも、あれだけダメージを負っていれば、もう動けないはず」とツェーンが冷静に分析した。

ルシファーは小刻みに震える腕を伸ばし、ゆっくりと手を懐に差した。

「何してるの……?」とフィーアは言った。

ルシファーは懐から手を抜き、親指と人差し指で小さなカプセル薬を器用に掴んでいた。

「薬……?」ツェーンは首を傾げた。

ルシファーはカプセル薬をゆっくりと口まで運び、口の中へと落とし込んだ。次の瞬間、彼の体が発作を起こしたかのように激しく震え始めた。心臓の鼓動が速くなり、その音がフィーアたちのところまで聞こえるほど高鳴っていた。全身から蒸気が立ち上り、傷がみるみるうちに再生し始めた。

「なっ!?」とフィーアは思わず驚愕の声を漏らした。

「再生してる!? まさか、あの薬の効果……!?」とツェーンは目を輝かせた。

「チャンツェー、喜んでる場合じゃないZE!」とエルフは冷静に指摘した。

「あ、ごめん」ツェーンは胸に手を当て、興奮を抑えた。

 すべての傷が塞がると、ルシファーは静かに立ち上がった。その瞳には、先ほどの憔悴は見られず、燃え盛る炎のような気迫が宿っていた。肩の汚れを無造作に払いながら、三人を見据えると、口元にわずかな笑みを浮かべた。

「Oh、No! 奴の力におれ愕然! さすがに二人もただ唖然……?」

エルフは隣に立つ二人に視線を向けた。

フィーアとツェーンは、まるで新種のモンスターを見つけた学者のような目で、ルシファーを見つめていた。

「たった数分で、傷が……完全に!」フィーアは目を見開いた。

「この再生能力……既存の医療技術や生体工学じゃ説明できない。細胞レベルで何が起こってるの……!?」とツェーンは興奮気味に言った。

「ツェーン……これで、早くあいつを解剖したくなったでしょ?」

「そうだね……フィーアちゃん」

 二人は不敵な笑みを浮かべた。

その様子を目にしたエルフは、呆然と立ち尽くし、「Oh my God……」と低い声で呟いた。

 ツェーンは腰のポシェットから医療用ハンマーを取り出すと、ルシファーを鋭く睨みつけた。その表情には、医者らしい冷静さと戦士としての覚悟が入り混じっていた。

そのとき、ゼクスからナンバーエージェント全員へ向けて音声メッセージが一斉に届いた。そのメッセージによると、ルシファーを倒すには、再生できないほど粉砕するしかない、ということだった。

 ツェーンは空中にゼクスの連絡先を映し出し、ホログラムをタップして抗議の電話をかけた。

『どうした? ツェーン……』とゼクスはすぐに応答した。

「ゼクスくん! さっきの指示だと、ルシファーを完全に消し去らないといけないってことだよね……?」

『その通りだが……』

「でも、それだと解析ができなくなるよ!」

『……ツェーンの気持ちもわかるが、相手は最強最悪のAIウイルス“ルシファー”だ。早く片付けなければ、取り返しのつかないことになる』

「でも、解剖できたら、現代医療を発展させることができるかもしれないよ」

『それよりも、リスクの方が高すぎる。以前は核ミサイルを乗っ取ったんだ。次は何をしでかすかわからない』

「それは……そうかもしれないけど……」

 そのとき、指揮官が二人の通話に割り込んできた。

『すまない、ツェーン。きみの言い分もわかるが、今回は、我々の指示に従ってくれないか……?』と指揮官は控えめに頼んだ。

ツェーンはため息をつき、「……わかりました」と返事をして通話を切った。目を伏せて肩を落とし、「……残念」と小さく呟いた。さっきまでの熱が嘘のように引き、表情からは覇気が抜け落ちていた。

そんなツェーンを、フィーアとエルフが気まずそうに見つめていた。

「ツェーン、そんなに落ち込まないで。きっと次は、もっと大きなチャンスがあるから!」とフィーアは励ましの声をかけた。

ツェーンは顔を上げ、フィーアに視線を向けた。

「……そうだね。また、次があるよね!」とやる気を取り戻した目をした。

「うん、ツェーンなら――」

フィーアの言葉が終わるより早く、彼女の身体が宙を舞った。

ツェーンの視界に飛び込んできたのは、フィーアを吹き飛ばしたルシファーの腕が鋭く突き出された姿だった。次の瞬間、鉄の響きが周囲に鳴り渡った。

ツェーンが素早く音のした方に視線を向けると、コンテナに叩きつけられたフィーアの姿があった。

「フィーアちゃん!」

ツェーンが叫んだ瞬間、ルシファーは素早く向きを変え、彼女に鋭い蹴りを繰り出した。

ツェーンはすぐにルシファーに視線を戻し、ポシェットに手を突っ込んで防具を取り出そうとしたが、わずかに反応が遅れた。

ルシファーの蹴りがツェーンの顔面に迫ったその瞬間、二人の間にエルフが割って入り、薙刀で蹴りを受け止めた。衝撃で足元のコンクリートが陥没し、粉塵が舞い上がった。

「You、レディを先に狙うなんて、最低だZE!」

エルフは鋭い目つきでルシファーを睨みつけた。

 その隙に、ツェーンはルシファーの股の下をくぐり抜け、フィーアのもとへ駆けつけた。

フィーアが激突したコンテナには大きな穴が開き、中に詰め込まれていた工業製品の部品が周辺に散らばっていた。

「フィーアちゃん!」

ツェーンが名を呼びながら駆け寄ると、フィーアは腰をさすりながら立ち上がり、「イタタ……」と呟いた。

「すぐに治すから、ちょっと待ってて!」

ツェーンは慌てて、腰のポシェットに手を突っ込み、その中から手術道具を次々と取り出した。

「大丈夫、ツェーン。どこも怪我してないから」とフィーアが穏やかに言った。

「え……?」ツェーンは手を止め、目を見開いたままフィーアを見つめた。

 フィーアはほとんどダメージを負っていなかった。ルシファーの拳が当たる直前、ヴェターシュトクを用いて風を操り、衝撃を受け流していた。さらに、コンテナに衝突する寸前、背後に突風を巻き起こし、勢いを弱めて衝撃を最小限に抑えていた。衝撃のすべてはコンテナが受け止め、金属の壁にぽっかりと穴を穿っていた。

フィーアは白衣についた埃を軽く払うと、壊れたコンテナに視線を移した。

「あーあ、また壊しちゃった」

「よかった……!」

ツェーンは胸を撫で下ろしたあと、すぐにルシファーに鋭い視線を送り直した。ハンマーを握る手にグッと力が入る。

「あいつ、絶対に許さない!」とツェーンは怒りを滲ませた声で言った。

「ツェーン……あいつ、どうする?」とフィーアは尋ねた。

「粉々に吹き飛ばす!」

「了解!」

 エルフとルシファーが鋭い攻撃を応酬する中、ツェーンは迷いなくルシファーへ突撃した。その目には怒りと覚悟が宿っていた。

フィーアはヴェターシュトクを構え、静かに息を整えながら次の技へと集中を深めていった。周囲には小さな風の渦が生まれ、空気が微かに震え始めた。


 その頃、ネイチャーラバーズにあるパソコン画面では、膨大な量の計算が行われていた。四箇所の戦いをそれぞれ映し出し、ナンバーエージェントの戦闘データを一斉に分析していた。

巨大な容器の中で眠っている最後のルシファーは、他の四体とは異なる独自の進化を遂げていた。頭部は人間に近づきつつも、異形の特徴を色濃く残していた。螺旋を描く巨大な角が鋭く、天を突くように伸びていた。

身長は二メートルを超え、その体格はボディビルダーのように力強さを誇りつつも、しなやかに引き締まっていた。背中には漆黒の翼が広がり、腰からは先端が蛇の頭を模した尻尾が静かに揺れていた。両手の甲には突起があり、そこに猛毒をまとった蜂の針が隠れていた。

彼はネイチャーラバーズに集まるデータを次々と分析し、トランスジーン技術を駆使して自らを進化させていた。

やがて、最後のルシファーが眠る巨大な容器の培養液が、低い音を立てながら排水ホースを通じてゆっくりと抜け始めた。容器が徐々に空になり、ルシファーの体が完全に露わになった。膝を抱え、眠るように横たわっていた彼の姿には、一種の不気味な静寂が漂っていた。

上部の蓋がゆっくりと上昇し、ルシファーに冷たい空気が触れた。その瞬間、ルシファーは目を開き、ゆっくりと体を起こした。

部屋の中をゆっくりと見渡すと、台から降り、濡れた髪をかき上げながら静かに歩き出した。薄暗い部屋の中、パソコンの前で足を止め、画面に目を走らせた。

四箇所で戦うルシファーとナンバーエージェントたちの映像をじっと見つめる彼の目は、冷徹で計算高い光を宿していた。口元には不気味な笑みが浮かび、その笑みは徐々に広がっていく。まるで自らの計画が確実に進行していることに満足しているかのようだった。

しばらく画面を見つめたあと、再び前を見据え歩き出し、部屋から出た。

一分後に戻ってきたルシファーは、黒い服を身にまとっていた。別の部屋から適当に拾った衣服のようだ。

再びパソコンの前で立ち止まり、向かいの机に腰を下ろし、足を組んだ。

「さて、どこが一番、面白そうかな……」

不気味に呟き、視線を滑らせながら、四つの映像すべてに目を通していた。そのうち、ルシファーはある人物に目を奪われ、その者に興味を抱いた。組んでいた足を下ろして立ち上がり、静かに歩いて外に向かった。

外に出ると、暗闇が空を支配し始めていた。

ルシファーは静かに足を止め、夜空を見上げた。深く息を吸い込み、その冷たい空気を肺に満たすと、わずかに目を細めて微笑んだ。その微笑みには、狂気を孕んだ陶酔の色が滲んでいた。次の瞬間、彼の姿は音もなくかき消され、夜の闇へと溶け込んだ。



読んでいただき、ありがとうございます!

次回もお楽しみに!

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