フリーデンVSルシファー②
「フェーブルチョップ!」
ツヴァイは叫びながら、鋭い右手のチョップを繰り出した。
空を切り裂く一撃を、ルシファーは頭の角で正確に受け止めた。
激しい衝撃波が四方に広がり、周囲のガラスが粉々に砕け散り、爆発音のような轟音が響き、火花が弾けた。
ツヴァイとルシファーが力で押し合っていると、ツヴェルフが背後へ回り込み、拳を放った。
ルシファーは素早く半歩足を下げ、片手で拳を受け止めた。
ツヴァイとツヴェルフは、ルシファーを挟み込み、激しい連打を次々と繰り出した。
止まない二人の攻撃に対し、ルシファーは防ぐだけで手一杯になった。
二人が同時に強烈な一撃を繰り出した。その瞬間、ルシファーの体が蛇のようにしなり、あり得ない速度でのけ反った。二人の放った拳が、ルシファーの顔前で衝突し、激しい火花をまき散らした。
その隙に、ルシファーは軽やかにバク転を決め、距離を取った。
「しまった!」とツヴァイは思わず声を上げた。
「むぅ……拙僧の不覚にて、逃げられ申したか。面目次第もござらぬ」ツヴェルフは頭を垂れ、申し訳なさそうに呟いた。
「気にするな」
ツヴァイが短く応じると、ツヴェルフは手を合わせ、恭しくお辞儀をしながら言った。
「ありがたき慈悲のお言葉、拙僧の胸に刻みまする」
「そんなにたいしたことじゃない」
「いえ、このままでは、拙僧の面目が立ちませぬ。で、あるならば――」
ツヴェルフは拳を握りしめ、力を込めた。背中の装甲が「ギィ」と音を立てて開き、そこから機械仕掛けの四本の腕が勢いよく伸びた。頭部に設えられた穏やかな仏の顔は横に回転し、燃える瞳と険しい表情を持つ憤怒の顔へと変貌した。その姿は、まるで怒れる神仏の化身のようだった。
「これで少しは、役に立つはずだ!」
口調も変わっていた。
ツヴェルフは、木製のヒューマノイドロボットで、体内には数々の仕掛けが施されている。彼はそれらを駆使して敵と戦う武闘派だった。普段は温厚で礼儀正しく、まるで仏そのもののような性格だが、稀に怒りを爆発させることがある。怒る原因は様々で、自身の不甲斐なさを感じたとき、仲間を侮辱されたとき、道義に反する行為を目撃したときなど。
ツヴァイとツヴェルフは、ルシファーを見据え、静かに構えた。
夕日が赤く染める駅前広間。
普段は多くの人々で賑わうこの場所も、今は三人だけが立つ異空間と化していた。〈フリーデン〉の迅速な対応により、電車は停止し、駅ビルの入口には無機質な警備ロボットが並んで規制線を張っていた。
駅ビルの窓越しに、多くの人々が三人の激闘を見守っていた。だが、その奇抜な装いと動きから、まるで突発的に始まったヒーローショーだと勘違いされていた。
ガラス越しに見える子どもたちは、手を振り、小さな拳を振り上げながら、ヒーローのような姿をしたツヴァイとツヴェルフに声援を送っていた。少数ではあるが、悪役好きもいて、ルシファーを応援している子どもの姿もあった。
ツヴァイとツヴェルフは、駅ビルの窓越しに子どもたちの熱い視線を受け、その応援が見えない力となって身体に湧き上がってくるのを感じていた。防音ガラス越しで声は聞こえないが、小さな拳を振るう姿は、まぎれもなく応援そのものだった。ただし、二人とも自分たちの姿が「変な格好」と思われていることには、内心複雑な気持ちを抱いていた。
張り詰めた空気の中で三人は睨み合い、互いに相手の出方を窺っていた。
突如として突風のような風が周囲に吹き荒れ、ひびの入った窓ガラスが一斉に砕け散った。その瞬間、三人の足が地面を叩きつける音が響き、目にも留まらぬ速さで動き出した。
凄まじい速度で三人が衝突し、激しい衝撃波が周囲に広がる。鈍い打撃音が次々と響き、コンクリートの地面が無数の亀裂と窪みで刻まれていく。
ツヴェルフは、迫り来るルシファーの右拳を左手で受け止め、そのままがっしりと鷲掴みにした。間髪入れず繰り出された左拳も右手で受け止め、完全に制圧するように固定した。
ツヴェルフとルシファーは足に力を込めて踏ん張り、力と力で押し合った。
拮抗した状態が続いていたが、ルシファーが頭突きを繰り出した。
ツヴェルフは背中の腕二本で角を受け止め、残り二本の腕でルシファーの太ももをがっしりと掴んだ。六本の腕でルシファーの動きを完全に封じ、ツヴェルフは「今だ!」と叫んだ。
ルシファーの背後にツヴァイの姿があった。ツヴァイの右足が光を放ち、足元には膨大なエネルギーがみなぎっていた。
ツヴァイは地面を強く蹴り、勢いよく空中へと舞い上がった。上空で一瞬静止し、鋭い眼差しでルシファーに狙い定めると、前方宙返りしながら高速で急降下を始めた。
ツヴェルフはルシファーの抵抗を必死に力で押さえつけ、その場に留まらせた。
ツヴァイは高速落下中、「フェーブル……」と呟いた。そのままルシファーの頭上に迫り、目を見開いた。
「脳天割り!」
そう叫びながら、ルシファーの脳天に踵落としを叩き込んだ。
ルシファーの頭蓋骨は音を立ててひび割れ、その衝撃で動きが一瞬止まった。
その隙に、ツヴェルフは六本の腕を重ね、ドリルのように高速回転させながら、鋭い勢いでルシファーの胸に突き刺した。
ルシファーは胸に風穴を開けて吹き飛ばされ、背後のコンクリートの壁に激突し、砂埃を巻き上げながら瓦礫の下敷きになった。
ツヴァイは踵落としを決めた直後、流れるような後方回転で軽やかに着地した。着地した瞬間、片膝を地面につき、両手を広げて斜め上に伸ばし、手首を下に曲げた奇妙なポーズを決めた。
「決まった……!」
満足げに言い放つその姿は、まるで鳥がぎこちなく羽ばたこうとしているかのようで絶妙にダサかった。
ツヴァイがポーズを決めた瞬間、応援していた子どもたちの熱気は、まるで潮が引くように一気に冷めていった。次の瞬間、彼らの冷ややかな視線がツヴァイに集中し、静寂の中を冷たい風が吹き抜けた。
ツヴァイのもとにツヴェルフが駆け寄った。
「お見事です、ツヴァイ殿!」とツヴェルフは声を弾ませた。表情と口調はすでにもとに戻っていた。
ツヴァイはゆっくりとポーズを解き、ツヴェルフに視線を向けた。
「ツヴェルフのおかげだ。助かったよ、ありがとう」
そう言いながら、ツヴァイは手を差し出した。
ツヴェルフはその手を握り、「お役に立てて光栄です」と控えめに言った。
二人は手を離し、ルシファーを見据えた。
砂埃が晴れ、視界が戻ると、そこには全身傷だらけで、胸に大きな風穴を開けたルシファーが倒れ伏していた。全身が微かに痙攣し、まだ意識がわずかに残っているようだった。さらに、ルシファーの傷口からは湯気のような白い蒸気が立ち上り、ゆらめいていた。どこか不気味で、異様な雰囲気を放っていた。
それを見た瞬間、ツヴェルフの表情は再び怒りに変わった。
「まだ生きているとは……今すぐとどめを刺さねば……!」と仏らしからぬ冷徹な声を放ち、拳を力強く握りしめた。
「待て、ツヴェルフ。あいつ……様子が変だ」ツヴァイは低く警戒心を含んだ声で言った。
「むむ……たしかに、あの者から漏れ出る蒸気は何だ……?」
ツヴェルフは顎に手を当て、ルシファーを凝視した。そして、突然目を見開き、声を上げた。
「まさか、あれは!?」
「どうした!? ツヴェルフ」
「ルシファーの身体が……再生している」
「なに!?」
ツヴァイもルシファーを凝視した。
視線の先で、ルシファーの傷は瞬く間に塞がっていき、やがて致命傷と思われた胸の大きな傷口までもが完全に塞がった。頭蓋骨のひび割れも治っていた。
ルシファーは何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がり、身体についた砂埃を無造作に払い落とした。そして、二人を鋭く睨みつけた。無表情の骸骨顔からは感情を読み取れないが、その冷たい眼光には怒りが宿っているのが明らかだった。
そのとき、ゼクスからナンバーエージェント全員に向けて緊急音声メッセージが一斉届いた。冷静なゼクスの声が、二人の耳に直接響いた。
そのメッセージによれば、ルシファーは驚異的な再生能力を持ち、完全に倒すには、細かく粉砕するしか方法がないとのことだった。
「貴重な情報……感謝する」とツヴェルフは手を合わせて言った。
「くっそ、せっかくカッコよく決まったのに……またやり直しか」とツヴァイは舌打ち交じりに不満を漏らした。
「なんと! では、またツヴァイ殿の華麗な技を見ることができるのですか。至極光栄に存じます」
「え……?」
「ツヴァイ殿の技は、一つひとつが洗練され、鋭く、まるで舞のように美しい……拙僧、感服いたしております」
「そ、そうか、ありがとう」ツヴァイは顔を赤く染め、照れたように微笑んだ。
「拙僧もツヴァイ殿にように――」
ツヴェルフが言いかけたその瞬間、彼の姿がツヴァイの視界からふっと消えた。直後、コンクリートの壁に衝突する音が響いた。
ツヴァイは反射的に音のした方へ視線を向けた。そこに、ツヴェルフとルシファーの姿があった。
ツヴェルフは壁に叩きつけられながらも、ルシファーの拳を両腕で必死に受け止めていた。ツヴェルフがぶつかった衝撃で、コンクリートの壁にはひびが走り、大きな窪みが穿たれていた。
ツヴァイは即座に状況を把握し、一気にルシファーに詰め寄ると、背後から鋭い蹴りを繰り出した。
ルシファーは振り返らずに華麗にバク宙で躱し、ツヴァイの足は虚空を切った。
ツヴァイはすぐに向き直って、構えた。
「大丈夫か!? ツヴェルフ」
ツヴァイはルシファーから目を離さぬまま、背後のツヴェルフを気にかけた。
「背中に多少ダメージを負ってしまいましたが、問題ありません」
ツヴェルフは淡々と答えたが、背中から伸びていた四本の腕は折れ曲がり、完全に機能を停止していた。ツヴェルフは無言で折れた四本の腕を取り外し、無造作に地面へと投げ捨てた。
ツヴァイは地面に落ちたツヴェルフの腕を一瞥し、申し訳なさそうに言った。
「……すまない。おれが油断したせいで……」
「これは、拙僧の油断が招いたこと、ツヴァイ殿のせいではありませぬ」とツヴェルフは返した。
「……まだ戦えるか?」
「無論。むしろ、これからが本番です」
ツヴェルフの内部から低い駆動音が響き、背中の装甲が音を立てて開いた。そこから新たな四本の腕が勢いよく展開し、関節部がぎこちなく動きながら、完全に機能を復活させた。
「この通り……」
新たに展開された腕を見て、ツヴァイはわずかに安堵の表情を浮かべた。すぐにその表情を引き締め、再び鋭い視線をルシファーに向けた。
「そろそろ決着をつけるぞ」とツヴァイが言った。
「御意」ツヴェルフは即答した。
静寂の中、睨み合う両者の間で、火花が散る。互いに相手の出方を窺いつつ、じりじりと距離を詰めていく。次の瞬間、ツヴァイとツヴェルフは目を見開き、息を合わせたように地面を強く蹴って同時に突撃した。
ルシファーも瞬時に構えて拳を放った。
両者が激突する直前、ツヴァイ、ツヴェルフ、ルシファーは異様な気配を察知し、咄嗟に足を止め、後方へ跳んだ。
その瞬間、突如、上空から何者かが両者の間に割って入り、鋭く竹刀を振り下ろした。竹刀の強烈な一撃が叩き込まれた瞬間、地面が裂けるように割れ、粉塵が勢いよく舞い上がった。
砂埃の中に、竹刀を肩に担ぐロングスカートを履いた人型のシルエットが浮かんだ。
ツヴァイとツヴェルフは、そのシルエットを見た瞬間、何者かの正体を察した。
一方、ルシファーは、警戒心むき出しでそのシルエットを見据えていた。
「てめぇら、一体いつまで暴れるつもりだ!」
少女の声が響いた。そして、舞い上がる砂埃を切り裂くように、シルエットが竹刀を横に振った。姿を現したのは、〈フリーデン〉のナンバーエージェント――アハトだった。
アハトは、鋭い目つきでツヴァイとツヴェルフを睨みつけ、その視線には明らかな怒りが滲んでいた。
「すまない、思っていたよりも今回のファイントが厄介で……」とツヴァイは言った。
「言い訳いい。そんなこと言う暇があったら、さっさとこいつを――」
アハトが親指でルシファーを指差したその瞬間、背後からルシファーが一瞬で距離を詰め、鋭い蹴りを繰り出した。
「アハト!」とツヴァイは叫んだ。
アハトは素早くしゃがんでルシファーの蹴りを躱し、その体勢のまますぐさま竹刀を横に振った。
竹刀がルシファーの横腹に食い込み、骨が砕ける鈍い音が響いた。
ルシファーは吹き飛ばされ、飛び跳ねながら地面を転がり、壁に衝突して倒れた。
アハトは静かに立ち上がり、竹刀を軽く振った。倒れたルシファーを睨むその目は、氷のように冷たく、それでいて燃えるような怒りを湛えていた。
「ったく、話の途中で不意打ちとか、ダサすぎんだよ! クソヤロー!」
左目に眼帯、ツインテール、さらにロングスカートのセーラー服をまとったアハトの登場に、子どもたちは期待の目を向けた。
ツヴァイとツヴェルフは、アハトのそばに駆け寄った。
「あ、相変わらず、言葉遣いがキツイな、アハト」とツヴェルフは言った。
「ああん? なんか文句でもあんのか、ツヴァイ」
アハトはツヴァイの顔を下から覗き込みながら詰め寄り、睨みつけた。
「い、いや……文句は、ない」
「だったら、黙ってろ!」
「あ、ああ、すまない」
「ちっ」
「この威圧感……まさに鬼のごとく……」
ツヴェルフが思わず漏らした瞬間、アハトがピクリと反応した。
「ああん? なんか言ったか? ツヴェルフ」
アハトの声には、否応なしに場を支配する圧力が込められていた。
「い、いえ、何も……」
ツヴェルフはそっと口を閉じた。その額には、ロボットには存在しないはずの冷や汗が――確かに滲んでいた。
ルシファーは無言のままゆっくりと立ち上がった。横腹の傷口を抑える手から血が滴り落ちるが、それをまるで気にも留めない様子だった。首をゆっくりとひねると、骨が不気味な音を立てて鳴り、静寂を切り裂いた。赤い瞳は、一人ひとりを順に捉え、まるで次に狩る獲物を選定する猛獣のように光っていた。
三人はルシファーを見据え、瞬時に構えを取った。
「さっさと片付けっぞ、てめぇら!」アハトは竹刀を肩に担ぎ直しながら吐き捨てた。
「ああ!」とツヴァイは頷き、「承知!」とツヴェルフも返した。
三人のナンバーエージェントとルシファーの死闘が幕を開ける。その緊張が静かに、しかし確実に高まっていた。
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