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色神学園七不思議

四月二十四日、日曜日の午前0時3分。

桜はベッドから起き上がり、寝室を出た。洗顔、歯磨きなどを済ませ、桜色と白が基調の服に着替えた。

着替えを終えてリビングに入ると、まくろんが目をこすりながらのそのそと現れた。

「おはニャー」とまくろんが寝起き声で言った。

「おはよう、まくろん」と桜は返した。

 そこへ、両手にさくらラテの入ったマグカップを持つイリスが、ふわりと現れた。

「おはよう、桜ちゃん」とイリスは声をかけた。

「おはよう、イリス」と桜は返した。

 桜はソファに腰を下ろし、イリスからマグカップを受け取って、さくらラテを一口含んだ。

テーブルの上には、まくろんのための煮干しが置かれていた。

まくろんはテーブルにぴょんと跳び乗り、ちょこんと腰を下ろして、両手で煮干しをボリボリと食べ始めた。

「イリス、昨日は色神学園の七不思議を調査したんだってね」と桜は静かに言った。

「あ、うん……急に〈フリーデン〉の任務に参加することになって……結局、何もわからなかったけど……」

「まあ、そうだろうね」

「え……?」

「あのトイレには特殊な結界が張られてるから、どんなセンサーを使っても感知できないよ」

「……それって、桜ちゃんの魔法?」

桜は首を横に振った。

「ううん、でも、わたしの仲間がしたことだから、心配いらないよ」

「そうだったんだ……!」

「これからちょっと注意しに行くけど、イリスも一緒にどう?」

「ううん、わたしはいい」

「そっか……」

「まくろんは一緒に行くニャ!」

まくろんが手を掲げて言った。口の周りには食べかすがついていた。

 桜がさくらラテを飲み干すと、イリスがふわりとそばに寄り、手を差し出した。

「ありがとう」と桜は言い、マグカップを渡すと、イリスはそれをシンクまで運んだ。

まくろんも煮干しをすべて食べ終え、満足げな表情を浮かべていた。

「……そろそろ行こうか」

 桜はソファから立ち上がったが、「あ、その前に……」と何かを思い出したように呟き、シンクから戻ってきたイリスに視線を向けた。

「イリス、ちょっと連絡を取ってほしい人がいるんだけど……」

「うん、いいよ」

 イリスは、桜が指名した相手に電話をかけた。

数回の呼出音のあと、相手が電話に出た。

「もしもし……」と眠たそうな少女の声が聞こえた。

「もしもし、桜だけど……」

桜は要件を端的に伝えると、電話を切った。

 玄関で靴を履き、立ち上がった桜は、ふと額に違和感を覚えた。

「どうしたニャ?」とまくろんが尋ねた。

「……なんか、違和感があって」

 桜は額に手を伸ばし、貼られていた霊符をそっと剥いだ。

「これ、神楽の霊符……?」

 桜がそう呟いた瞬間、イリスが思い出したように口を開いた。

「あ、それは、天ちゃんが呉橋神楽さんから貼られたものだよ」

「天が……? どうして?」

「うーん、よくわかんないけど、“魂送”……? の手伝いをすることになって……」

「へぇ、そうなんだ。頑張ってるんだね」

「うん」イリスは満面の笑みで頷いた。

 桜は事情を把握すると、霊符を靴箱の上に置いた。

「それじゃあ、行こうか」と桜が言うと、「ニャ!」とまくろんが短く応じた。

「いってらっしゃい」

イリスに見送られながら、桜はまくろんとともに色神学園へと向かった。


 午前0時46分、桜とまくろんは色神学園の校門前に立っていた。

「ここで待つのかニャ?」とまくろんが尋ねた。

「いや、先に行こう。久しぶりに話したいし……」と桜は答えた。

 二人は色神学園に足を踏み入れた。

「そういえば、もう随分会ってニャいニャ!」

「まくろんが黒くなってから、一度も会ってないね」

「そんニャに経ってたニャ……!」

「改めて、あいさつしないとね」

「ニャ!」

例のトイレに着くと、周辺にオカルト研究会の生徒が五人いた。

彼らはセンサー装置や特殊カメラ、タブレットなどを手に、花子の調査をしていた。

桜は、彼らの注意を逸らすための策を瞬時に思いついた。オカルト研究会の注意を引くには、やはり不可思議な現象が効果的だ。

桜は周辺を見回し、初代色神学園理事長の銅像を見つけると、指を動かし、魔法をかけた。次の瞬間、銅像が台座から飛び降り、軽快に踊り出した。まるで永い眠りから覚めたかのような動きだった。そして、まくろんが叫んだ。

「大変ニャ! 校長の銅像が踊り出したニャ!」

トイレ周辺にいたオカルト研究会のメンバーたちは「何!?」と驚きの声を上げた。踊る銅像を目にした瞬間、「本当だ! 捕まえろ!」と叫び、五人全員で追いかけ始めた。

当然、銅像は逃げた。一定時間が経つと勝手にもとに戻る魔法なので、彼らを引きつけておくにはうってつけだった。

人影が消えたのを確認してから、桜とまくろんは女子トイレに足を踏み入れた。

桜は奥から三番目の個室の前に立ち、静かに二礼二拍手一礼を行ってから、ドアを三回ノックした。返事はなかったが、気配を感じた桜は「花子、入るね」と声をかけ、ドアをゆっくり開けて中に入った。

 個室の中は、驚くほどかわいく装飾された部屋が広がっていた。

白い壁には様々な種類の花のシールが貼られ、窓には白いレースカーテンが掛かっている。ベッドや本棚の上、窓際にはライオン、トラ、クマ、イルカ、クジラ、ユニコーン、ドラゴンなどのかわいいぬいぐるみが並んでいた。本棚には恋愛小説や少女漫画がずらりと並び、床にはふかふかのクッションが転がっている。

部屋の中心にはソファがあり、その正面には大きな画面のテレビが据えられていた。テレビ台には、かつて流行したゲーム機があり、テレビと接続されていた。ソファとテレビの間には、脚の短い長方形の木製テーブル。その上に、しょうゆ、しお、のりしお、豆などの煎餅が盛られた皿と、麦茶の入ったコップが置いてあった。

 ソファには、黒髪おかっぱ頭の小柄でかわいい少女が座っていた。

白いシャツに赤いスカートを身に着けた彼女こそ――巷を騒がせているトイレの花子さんであり、学園七不思議の正体。そして、桜の仲間でもあった。

 テレビ画面には、赤い帽子をかぶったオーバーオール姿のおじさんキャラクターが車に乗ってレースをしている姿が映っていた。これは、かつて一世を風靡したレースゲームだった。

現代では、自分が実際に車に乗って操作するVRレースゲームが人気だ。

花子はゲーム機のコントローラーを握りしめ、すっかりゲームの世界に没頭していた。

「くらえ!」

「アハハハハ、ざまぁみろ!」

「くっそー、やりやがったな!」

「ギャー!」

花子は夢中で叫びながら、桜とまくろんが部屋に入ってきたことにまったく気づいていなかった。

桜とまくろんは互いに視線を交わし、静かに頷いた。そして、花子がゴールするまで黙ったまま、ソファの後ろに立ってレースを見守っていた。

結果、花子は24人中18位でゴールした。そして、全レースを終えた最終順位――24人中24位と画面に表示された。

「くっ、アイテム運が悪かったか……」と、花子は言い訳を漏らした。

桜はタイミングを見計らい、静かに声をかけた。

「花子、久しぶり」

花子はビクッと体を震わせ、振り返った。

「さっ、桜、いつの間に!? もう、ビックリさせないでよー」

「ごめんね、ちゃんとノックしたんだけど……」

「あ、そうだったの? ごめん、気づかなかった」

「ゲームに夢中だったもんね」

「……つい熱くなって……はっ! ……もしかして、見てた?」

「少しだけね」

 花子は眉をひそめ、最終順位が表示されたテレビ画面をチラッと見た。すぐに視線を戻すと、弁解した。

「さっきのレースは、わざと負けただけだから……!」

「そうなの?」

「さっきまでずっと勝ち続けていたから、ハンデとして、手を抜いたの」

「へぇー」

 桜は、花子が明らかに嘘をついているとわかっていたが、それ以上問い詰めなかった。むしろ、どうでもいいことで見栄を張る花子がかわいく思えた。実年齢ははるかに年上だが、心も体もまるで小学生のようだった。

花子はコントローラーを置き、立ち上がった。

「それにしても久しぶりね。今日は一人で来たの?」

「まくろんも一緒だよ」と桜は答えた。

「まくろん? 誰、それ? 新しい仲間?」

「うん、そうだよ……」

桜が左斜め下に視線を向けると、花子も続き、目を見開いた。

「ん? あれ? ましろん?」

花子は一度目を擦り、改めて凝視した。

「いや……色が違う?」

まくろんは軽く跳んで、ソファの背もたれに乗った。

「久しぶりニャ、花子ニャン! まくろんは“まくろん”。新しく生まれ変わった桜の頼れる相棒ニャ!」

少し間を置き、花子は口を開いた。

「その感じ、やっぱりましろんだよね!? どうして色が真っ黒になっちゃったの!?」

「話せばニャがくニャるニャ……」まくろんは腕を組んで、いかにも何か深い事情があるかのように言った。

「あっ、じゃあ、いいや」

「ニャ!?」

「二人とも座って。飲み物は麦茶しかないけど、それでいい?」

「うん、ありがとう」と桜が返し、二人はソファに腰を下ろした。

 花子は冷蔵庫から麦茶ポットを取り出し、食器棚からガラスのコップを二つ取り出した。コップに麦茶を注ぎ、ポットを冷蔵庫に戻すと、両手で掴み、持ってきた。

「どうぞ」と花子は言い、二人の前に麦茶を差し出した。

桜は「ありがとう」、まくろんは「ありがとニャ!」と声を揃え、それぞれコップに手を伸ばした。桜は片手で、まくろんは両手でコップを持ち、麦茶を口に運んだ。

「お菓子もどうぞ。煎餅しかないけど……」花子は煎餅も差し出した。

「ニャ、いいのかニャ!?」まくろんは目を輝かせた。

「うん」花子は笑顔で頷いた。

 まくろんは迷わず煎餅に手を伸ばし、豪快に食べ始めた。ついさっき煮干しを食べたばかりとは思えない食べっぷりだった。

「まくろん、食べ過ぎちゃダメだからね」と桜は注意した。

「わかってるニャ!」まくろんは手を止めずに返した。

花子は床に転がるクッションを取り、それに腰を下ろした。そこから、テーブル上の煎餅に手を伸ばし、一枚取ってかじった。

「ところで、今日はどうしたの? 何の連絡もなかったけど……」と花子が煎餅をかじりながら尋ねた。

「あ、そうだった。ちょっと、花子に確認したいことがあって……」と桜は言った。

「確認したいこと? なに?」

 桜はコップをテーブルに置き、体を花子の方に向け直して真っ直ぐに見つめた。

沈黙の中、七不思議の件を尋ねようと口を開いたその瞬間、ドアを三回ノックする音が響いた。

二人はすぐにドアに目を向けた。まくろんは見向きもしないで煎餅を食べ続けた。

 ドアがゆっくりと開き、白い服を着た黒い長髪の美しい女性が部屋に入ってきた。腰まで伸びる長い髪が顔を覆い、不気味な雰囲気を漂わせていた。

彼女はそっとドアを閉め、振り向くなり、「はーなーちゃん! あーそびーましょーー!」と明るい声で言った。

「さーちゃん、待ってたよ!」花子は満面の笑みで迎えた。

 長髪の女性は桜に視線を移して言った。

「あれ? 桜ちゃん、珍しいですね!」

「久しぶり、貞子」と桜は返した。

「お久しぶりです~。お元気でしたか?」

「うん、元気だよ。貞子は?」

「わたしも元気ですよ~」

 彼女の名は貞子。花子の親友であり、桜の仲間でもある。幽霊のような外見に反して、明るく陽気な性格の持ち主で、色神学園の七不思議の一つでもある。


色神学園の敷地の端にある古い井戸。それは、とうの昔に役割を終えた井戸でありながら、今では学園生徒や教師たちのストレス解消スポットとなっている。

彼らは井戸に向かって愚痴や不満を叫び、少しずつ心を軽くしていた。

この井戸は意外なほど人気があり、毎日多くの人が訪れていた。

この井戸で起こる現象が、色神学園の七不思議の一つとされている。その内容は、至ってシンプル。井戸の中に向かって叫ぶと、こだまとは別の声が返ってくるのだ。

「がんばれ~」

「どんまい~」

「気にしないで~」

励ましの声が響くという。

さらに最近では、その謎の声が相談に乗ってくれ、的確なアドバイスをするようになったと噂されている。まるでカウンセラーのようだ。

オカルト研究会も当然調査しているが、原因不明ということで七不思議の一つに数えられている。彼らは、AIスピーカーが井戸の中に落ちて、それが受け答えしているのだろう、と結論付けた。

その正体は、もちろん貞子だった。

実は、その井戸こそが貞子の長年の住まいだった。

彼女は長い間、静寂と暗闇に包まれた井戸の中で、穏やかに暮らしていた。しかし、ある日突然学園が建設され、周囲は人やロボットで溢れかえり、次第にストレスを抱えた人々が集まってきて、井戸に向かって勝手に愚痴や不満をぶちまけるようになっていった。

最初、貞子はそんな人々を煩わしく思い、引っ越しを考えていた。

だが、ある日、とある女子生徒の恋愛に関する悩みを聞いたことをきっかけに、考えが変わった。励ましたい、応援したいという気持ちが芽生えたのだ。

ちょうどその頃、花子から借りた恋愛小説や少女漫画の甘酸っぱいストーリーが、貞子の心に少しずつ変化をもたらしていた。

それ以来、貞子は悩める人々に対して励ましの声を掛けたり、相談に乗ったりするようになった。そして、それが案外貞子の性に合っていたようで、今は心から楽しんでいる。

ちなみに、恋愛に悩んでいたその女子生徒は、貞子の励ましで勇気をもらい、告白して無事に交際できたという。後日、その生徒から成功した報告があった。

色神学園の井戸は、もはや七不思議というより、開運スポットと化していた。


「さーちゃん、こっち来て……」花子はニヤニヤながら貞子を手招きした。

「ん? なんですか?」貞子は歩み寄った。

「面白いものが見られるよ」

「なんですか? 面白いものって……」

貞子はソファの後ろに立ち、そこから視線を下げて目を見開いた。

「あれ? ましろん……ちゃん? いや、違う……?」

 まくろんは手を止め、チラッと振り返った。

「あっ、貞子ニャン、久しぶりニャ。まくろんは“まくろん”。よろしくニャ!」

まくろんは軽く名乗り、すぐに向き直ると、再び煎餅を貪り始めた。

「えっ、まくろん……ちゃん? あれ? どういうこと?」

 貞子が混乱している様子を見て、桜が簡単に説明を加えた。

「ましろんが黒くなったから、名前を変えただけ……あんまり気にしないで」

「そうですか……」

貞子は一瞬考えたあと、納得したように頷いた。

 隣で聞いていた花子は、口元に手を当てて、笑いをこらえていた。

貞子はソファの背もたれにそっと両手を置き、その間から顔を覗かせるようにしてまくろんを見つめた。

「よろしくお願いします、まくろんちゃん!」と柔らかい笑顔を浮かべて言った。

「ニャ!」まくろんは振り向きもせず、適当に返した。

「貞子も、こっち座って!」花子は手招きしながら促した。

 貞子は回り込み、長い髪を踏まないよう左右にさばきながら、ゆっくりとソファに腰を下ろした。

花子は立ち上がり、貞子の分の麦茶を取りに向かった。麦茶を注いだコップを片手に戻ってくると、「はい、さーちゃん!」と言って差し出した。

「ありがとう、花ちゃん」

貞子はコップを両手で丁寧に受け取り、そっと右手に持ち替えた。空いた左手で顔にかかる長い髪をそっとかき分け、慎重に麦茶を口に運んだ。その瞬間、普段は隠れて見えない、凛とした目鼻立ちがちらりと現れ、自然と周囲の視線を集めた。

「じゃあ、さーちゃんも来たことだし、みんなでゲームしようよ!」と花子が提案した。

「そうですね~」と貞子は柔らかい口調で即答した。

「え、わたしも……?」桜は自分を指差しながら問い返した。

「もちろん!」と花子は即答し、まくろんに視線を向けた。

「まくろんもやるよね?」

 花子の問いかけに、まくろんは決め顔で親指を立てた。

「決まりだね!」

花子は三人にコントローラーを手渡し、自分の分もひとつ取った。続けて「どれにする?」とワクワクした声で尋ねた。

「なんでもいいよ」と桜は答えた。

「あれはどうですか? みんなで戦うゲーム」と貞子が提案した。

「あー、大激闘か。いいよ!」花子は大激闘を選択した。

 大激闘とは、様々な人気ゲームのキャラクターを操作して戦うオールスター乱闘ゲームだ。

 ロードが完了すると花子が操作し、キャラクター選択画面になった。

花子は迷わず赤い帽子のオーバーオールキャラクターを選び、貞子は少し悩んだ末に長い髪の美しいお姉さんキャラを、まくろんは猫のキャラクターを即決。桜は最後に、魔法使いのキャラクターを選んだ。

ルールは制限時間七分で三ストック制、アイテムはすべてあり、ステージはランダムで決めた。

 試合が始まると、全員が一斉にカチカチとボタンを連打し、集中した面持ちで画面に向き合った。

花子は興奮のあまり、画面の動きに合わせて身体まで揺らしていた。貞子は長い髪を手で押さえながら、真剣な表情で画面を覗き込み、その姿勢が次第に猫背になっていった。まくろんはコントローラーをテーブルに置き、両手を器用に動かして攻撃を繰り出していた。そして桜は冷静に背筋を伸ばし、無駄のない手の動きで正確にコントローラーを操作していた。

花子と貞子は、このゲームをそれなりにやり込んでいるため、結構強かった。まくろんも頑張っていた。

 第一回戦は、桜が圧倒的な腕前を見せつけ、見事な勝利を収めた。二位の花子はあと一歩及ばず悔しそうな表情を浮かべ、三位の貞子は「まぁまぁ、次がありますよ~」と穏やかに微笑んだ。そして最下位のまくろんは、気にする素振りも見せず、煎餅をかじりながら「次は勝つニャ!」と笑っていた。

「くぅー、あと少しだったのに……もう一回!」と花子が言った。

 続く第二回戦。キャラクター、ルールともに変更なし。ステージはランダム。

勝ったのは……桜だった。二位は貞子、三位は花子、四位はまくろん。

「桜ちゃん、強いですね~」と貞子は感心したように言った。

「たまたまだよ」と桜は答えた。

「花も負けてられない!」花子も闘志を宿した瞳で言った。

 第三回戦。キャラクター、ルールともに変更なし。ステージはランダム。

勝者は貞子だった。二位は桜、三位はまくろん、四位は花子。

「やりました~、一位です~!」貞子は嬉しそうに笑顔でピースした。

「おめでとう」と桜は言った。

「ありがと~」

そんな二人の隣で花子はうなだれていた。

「くぅー! 貞子と桜はわかるけど、なんでまくろんにまで負けるの!?」と花子は悔しそうにテーブルを軽く叩いた。

「ニャハハ! 花子ニャン、まだまだだニャ~!」とまくろんは勝ち誇ったように言い、尻尾を振った。

「次は負けない! 今度こそ勝つ!」

 花子が操作して、第四回戦を始めようとしたその瞬間、ドアが三回ノックされる音が響いた。全員が一斉にドアの方に視線を向けた。

「ん? 今度は誰だろう?」と花子は呟いた。

「今日はなんだか賑やかですね~」貞子は微笑んだ。

そのとき、桜はふと思い出し、「あ、たぶん――」と言いかけたその瞬間、ドアが「キィィィィ」と不気味な音を立てて開いた。

「この気配は……!」

花子は一瞬にして背筋を伸ばし、顔が青ざめた。

 訪ねて来たのは、呉橋神楽だった。

実は、桜が家を出る前に電話をかけていた相手が、神楽だった。

神楽は眉をひそめ、ムッとした表情で部屋に足を踏み入れた。

その瞬間、花子は驚いたようにコントローラーを放り出し、すばやく彼女の前に向かってピシッと正座をした。

「よ、ようこそお越しくださいました……神楽様!」花子の声は少し裏返っていた。

「久しぶりね、花子。変わらないわね」神楽は軽く笑みを浮かべたが、その目は鋭さを失わなかった。

「は、はい。おかげさまで、毎日楽しく……いえ、快適に過ごしております」

「そう……」

神楽は無言で部屋の中をゆっくりと見渡し、ソファに座る貞子と目が合うと、互いに軽くお辞儀を交わした。視線を巡らせていると、花子の棚にぎっしり並ぶぬいぐるみに目を留め、少し眉をひそめながら呟いた。

「また……ぬいぐるみが増えたわね」

「はい。先日、ユニコーンとドラゴンをゲットしました。お一ついかがですか?」

「いらない」

「そうですか……」

 気まずい沈黙が流れた。神楽は何かを確認するような目で、部屋の中を見渡し続けた。

「……あの、神楽様。今回はどのようなご用件でしょうか?」と花子は恐る恐る尋ねた。

「あれ? 桜から聞いてないの?」

「え……?」

 視線が自然と桜に集まった。

「あっ、ごめん。まだ言ってない」と桜は静かに言った。

 神楽は桜に冷たい視線を向け、ため息をついた。

「忘れてたでしょ?」と問い詰める神楽の視線に、桜は思わず目を逸らした。

「……いや」と桜は小声で答えたものの、目は泳いでおり、その態度は明らかに怪しかった。

神楽は視線を少し下げ、桜が握るコントローラーに気づいた。

「ゲーム、してたわね?」とさらに冷たい声で問い詰めた。

桜は顔を背け、口も閉ざした。

そのとき、テーブルに座っていたまくろんが、ソファの背もたれに軽やかに跳び乗った。「神楽ニャン、聞いて聞いて! まくろん、めっちゃ強いんだニャ!」

まくろんは自慢げに胸を張った。

まくろんの言葉に、神楽の視線が鋭く桜を射抜いた。

「はぁ……」

神楽は深いため息をつき、冷ややかな声で呟いた。

「まあ、別にいいけど……」

その声は、桜だけでなく、部屋全体を冷え込ませるような響きを持っていた。そして、次に花子へと視線を向けた。

「花子!」

「は、はい!」と答える花子の声は裏返っていた。

「最近、この辺で少女の笑い声が聞こえるって騒ぎになっているけど、一体誰の笑い声かしらね……?」

「えっ、そ、それは……」

花子は目を泳がせた。冷や汗を滲ませ、頭の中で必死に言い訳を考えるが、何も浮かばなかった。やがて観念したように、「そ、そういえば……最近、外がちょっとうるさかったような……気がします」と消え入りそうな声で言った。

「いや、うるさいのは外じゃなくて、花子だから!」と神楽は断言した。

「は、はい。すみません……」花子は深々と頭を上げた。

「……結界に穴が開いていたみたいね」

「結界に穴が……すみません、全然気づきませんでした」

「ゲームに夢中で?」

「い、いえ……はい……」

そのとき、貞子が静かに立ち上がり、スッと花子の隣に腰を下ろして正座した。その動作には一切の無駄がなかった。

「神楽ちゃん、ごめんなさい……わたしも一緒にいながら、まったく気づきませんでした」

貞子は心からの反省が滲む声で丁寧に謝罪した。花子一人の責任にならないようにしていた。

重苦しい空気が部屋を包み込み、花子と貞子は、反省の色を見せていた。

神楽は一つ深いため息をつき、柔らかい声で返した。

「とりあえず、結界は修復したから、しばらくは大丈夫よ。でも、これからはもっと気をつけて。こんなことで、また大騒ぎになると面倒だから」

神楽の表情にはわずかな疲れが浮かんでいたが、目にはどこか二人への信頼が滲んでいた。

「はい」花子と貞子は、声を揃えて頷いた。

「これからは、わたしも気をつけるわね」

「ありがとうございます」と花子は感謝を伝えた。

 こうして、一連の七不思議騒動はあっさりと幕を閉じた。

 神楽と花子、貞子の関係は、長い年月をかけて築かれてきた。

神楽は色神の街にある『呉橋神社』の巫女で、その巫女たちは代々『霊力』と呼ばれる特別な力を持ち、人々を守るため、天使と戦ったり、現世に迷い込んだ霊を救ったりしていた。神楽はその中でも突出した才能を持ち、歴代最強と称されるほどの実力者だった。

 本来、花子と貞子も黄泉へ送られるべき存在だが、呉橋の巫女と特別な契約を結んでいるため、現世に留まっている。

 呉橋の巫女と花子、貞子は、主従関係ではない。契約上は対等である。だが、花子は、神楽の圧倒的な霊力を前にすると、自分の存在をちっぽけに感じてしまうことがあった。それゆえ、神楽を怒らせたら黄泉に強制送還されるのではないかと恐れ、常にどこか緊張していた。

一方、神楽はそのつもりは一切なく、むしろそんな誤解を笑い飛ばしていた。

「それにしても……随分楽しそうに遊んでたみたいね」

神楽はテレビ画面をじっと見つめながら言った。

「は、はい……」

花子がかすれた声で答えると、神楽はふっと微笑み、「わたしも混ぜてくれない?」とやさしく言った。

花子は顔を上げ、「もちろんです!」と即答した。

 こうして、神楽もゲームに参戦することとなった。

 桜と神楽はソファに腰を下ろし、花子と貞子は床に敷いたクッションに座り、まくろんはテーブルの上に鎮座していた。

 四人はさきほどと同じキャラクター、神楽は巫女キャラクターを即決した。どうやら、みんな自分と似たキャラがお気に入りらしい。ルールは変更なし。ステージはランダム。

 試合開始と同時に激しいバトルが繰り広げられた。ゲームになると、花子は一切容赦せず、神楽と戦った。忖度など一切ない。手を抜く方が失礼だと思っているようだ。

 試合が進むにつれ、神楽の額にはうっすらと汗が浮かび、コントローラーを握る手にも力が入っていた。ゲーム初心者の神楽には、熟練者たちの猛攻を捌く余裕はなかった。結果は圧倒的な最下位――五位の神楽。

「ちょっと、桜! なんでそんなに強いの!?」と神楽が声を上げる。

「別に、そこまで強くないけど……」と桜は静かに返した。

「なに、その熟練者みたいな余裕は」

「フフ……」

「くっ、まあいいわ。次こそ、絶対わたしが勝つから!」

「次も負けないよ」

 桜と神楽は、ゲームでも負けず嫌いだった。

 次の試合中、神楽が桜に揺さぶりを仕掛けた。

「そういえば……ここに来る途中、変な銅像を見かけたけど、あれ、桜の魔法でしょ?」と神楽は何気なく尋ねた。

「うん……一般人がいたから、目を逸らしてもらうのに使ったの」

「やっぱり……」

「かわいかったでしょ?」

「ううん……キモかったから、壊したわ」

「えっ、壊しちゃったの?」

「うん、すごくキモかったから」

 そのとき、桜の指が一瞬止まった。

その瞬間を見逃さず、神楽はタイミングを見計らい、強力な攻撃を叩き込んだ。

「よし!」と思わず声を上げた神楽だったが、その一撃を桜は絶妙なタイミングで回避。そして、華麗なカウンターを放ち、神楽のキャラクターを空高く吹き飛ばした。

キャラクターが星になって消え、神楽は悔しげに眉をひそめた。

その横で、桜は勝ち誇ったように微笑んでいた。

 結果、またしても桜が堂々の一位。貞子が堅実に二位をキープし、三位は花子、四位はまくろん。そして、初心者の神楽は圧倒的な最下位だった。

「まあまあ、やるじゃない」神楽は自信満々に、まるで互角に戦ったかのような雰囲気で言った。

「神楽は弱いね」と桜は容赦なく返した。

「うるさい! 今の二回はただの練習。次こそ、本気の勝負を見せてあげるから!」

「期待してるね」

「さあ、もう一回やるわよ!」

 神楽が声を上げた、その瞬間だった――空気が一変し、全員の動きがぴたりと止まった。肌を這うような不快な気配が、じわじわと部屋全体に広がっていった。

「……この嫌な気配、天使だね」

桜が静かに呟き、その声にはどこか冷たい響きがあった。

「一、二、三……全部で五体か……」と神楽は冷静に言った。

「こんな時間にここに来るニャんて……まさか、さっきトイレ付近にいた生徒たちが狙われてるのかニャ!?」とまくろんが声を上げた。

 その瞬間、ドアの音と同時に疾風が駆け抜け、気づけば花子と貞子の姿はすでに消えていた。

「ニャ……!? しまった! 出遅れたニャ!」まくろんもすぐに部屋を飛び出した。続けて、桜と神楽もすぐさま駆け出した。

 外に出ると、トイレの入り口付近でオカルト研究会の五人が気を失って倒れていた。幸い、全員の呼吸は安定していた。どうやら、花子が催眠能力で眠らせたらしい。

その先では、花子と貞子がじっと骸骨天使を睨みつけながら立ち塞がっていた。その間には、腕を組んで堂々と構えるまくろんの姿。

 正面には五体の骸骨天使――白い骨の体から漂う禍々しい気配が周囲に充満し、空間そのものが歪んでいるかのようだった。

彼らは右手に鋭く研ぎ澄まされた剣を、左手に重厚な盾を持ち、全身を黒い甲冑で包んでいた。頭上には不気味に輝く天使の輪が浮かんでいる。

五人の内、真ん中後方の骸骨が一番強い力を秘め、良い装備を身に着けていた。おそらく彼がリーダーの上級天使、残り四人の骸骨が中級天使程度の力を持っていた。

「チッ、なんでお前らは次々とトイレから出てくるんだ!? そこに住んでんのか?」リーダー骸骨は明らかに苛立ち、怒声を張り上げた。

「ニャハハ! まくろんたちは神出鬼没ニャ!」とまくろんは堂々と言い放った。

「フン、まあいい。貴様らの魂もすべていただくとしよう」リーダー骸骨は剣を高く掲げた。「――行け! お前たち!」

剣を前に振り下ろして命令を下すと、四人の骸骨が「カタカタカタカタ」と音を立てながら襲いかかった。

「さーちゃん、前の四人お願い! 花は奥の奴を倒す!」と花子が咄嗟に叫んだ。

「了解!」と貞子は即答した。

 花子は瞬時に足に力を込め、地面を強く蹴りつけた。閃光のような速さで四体の骸骨の間を駆け抜け、一直線にリーダー骸骨へと突進した。右拳に霊力を纏い、パンチを繰り出したが、咄嗟に盾で防がれた。だが、花子はその勢いのままさらに押し込んだ。

 反応の遅れた骸骨四人が慌てて振り返ったときには、すでにリーダーと花子の姿は遠く離れていた。すぐにリーダーの後を追いかけようとしたが、そこに貞子が立ち塞がった。

「あなたたちの相手は、わたしですよ~」と貞子は言い放った。

花子と貞子は、上手く敵を二分した。

骸骨四人は、急いでリーダーのもとへ駆けつけようと貞子に斬りかかる。

貞子は斬撃が迫るたび、優雅に一歩下がって受け流す。その動きは軽やかで、まるで時間がゆっくり進むかのように斬撃を躱していった。

貞子が躱している間に、骸骨たちは四方からジリジリと彼女を包囲していた。タイミングを見計らい、すべての方向から同時に斬りかかった。

鋼鉄がぶつかり合う鈍い音が響き、四つの剣先が地面で重なっていた。だが、そこに貞子の姿はなかった。

骸骨はすぐに辺りを見渡して、貞子を探した。

貞子は静かに上空へ浮かび上がり、その冷徹な眼差しで骸骨たちを見下ろした。手のひらをそっとかざすと、まるで空気が凍りつくかのように、骸骨たちがその場でピタリと硬直した。

彼らは必死に動こうとしているが、微かに体を震わせるだけだった。貞子の強大な念力が、骸骨たちを拘束していた。

貞子は両手を指揮者のように振り、骸骨たちを思うままに操った。

四人の骸骨は宙に浮き上がり、激しく旋回し始めた。竜巻に巻き上げられ、暴風の中で互いに激突し、砕け散った。破片が空中で舞い、混ざり合っていった。

貞子が広げた両手をゆっくり近づけると、骨は中心に集まり、やがて大きな塊となった。最後に空気を掴むように両手を合わせると、塊は瞬く間に圧縮され、きしむ音を立てながら縮小していった。そして、一瞬のうちに、跡形もなく消え去った。

「これでおしまいです~」

貞子は、まるで何事もなかったかのように微笑み、桜たちに向かって軽くピースサインを送った。その姿は、どこか冷徹な美しさを漂わせていた。

 一方、花子とリーダー骸骨の方は――。

 花子が拳を押しつけていると、リーダー骸骨は体勢を立て直し、剣を振り下ろした。

花子は反射的に後ろに跳び、斬撃を回避した。

「貴様ごときが、このおれの相手になると思ってるのか?」とリーダー骸骨は問いかけた。

「フン、お前なんか、花一人で十分だ!」と花子は自信満々に即答した。

「生意気なガキめ……ちんちくりんのくせに!」

「……ちんちくりん?」

その言葉に、花子は目の色を変えた。瞳の奥に炎が宿り、額には怒りのマークが浮かび、口元がピクリと引き締まった。彼女の全身から、明らかに怒りのオーラが立ち上っていた。「このハゲが……もう許さない!」と花子は鋭く言い放った。

「おれはハゲじゃねぇ!」

 花子は霊力を纏った右拳を素早く構え、超高速でリーダー骸骨に突進した。そのスピードは、まるで空気が引き裂かれるかのようだった。だが、その動きはすでに見切られていた。

リーダー骸骨はカウンターを狙い、剣を振り被ると、タイミングを合わせて勢いよく振り下ろした。

花子の体が、縦に真っ二つに裂かれたように見えた。

その光景に、リーダー骸骨が思わずニヤリと笑みを浮かべた。その瞬間、花子の姿は、蜃気楼のようにふわりと掻き消えた。リーダー骸骨の表情が、瞬時に焦燥の色に変わった。

「なっ!? どこだ、どこにいった!?」リーダー骸骨は慌てて辺りを見回した。

「こっちだよ」

背後で花子が囁き、リーダー骸骨が振り返る。だが、そこに姿はなかった。

「そっちじゃないよ……こっちだよ」

再び背後から声がしても、そこにもいない――そのたびに骸骨の苛立ちは募っていった。

リーダー骸骨は、まるで幽霊のように捉えどころのない花子の動きに翻弄されていた。苛立ちながら斬撃を繰り出すが、剣は空を切り裂くだけだった。

「フフフ、アハハハハ……!」と花子の笑い声が辺りを包み込んだ。

リーダー骸骨は動きを止めると、目を伏せ、息を整えた。集中力を高めたその瞬間、振り向きざまに剣を横に振った。その剣先が、ついに花子を捉えた。

 花子は即座にバックステップで距離を取った。

「フッフッフッ……遂に捉えたぞ!」リーダー骸骨は嬉しそうに言った。

「いや、もう遅いよ」花子は冷静にリーダー骸骨を指差した。

 リーダー骸骨は、自分の体に何かがまとわりついているのを感じた。視線を下げると、無数の赤い薔薇の花が、全身に咲き誇っているかのように絡みついていた。その姿を目にした瞬間、動揺を見せながら、声を荒げた。

「なっ、なんだ、これは!?」

「バイバイ、ハゲのドクロちゃん」と花子は静かに言い放った。

「だ・か・ら、おれはハゲじゃ……」

そう言いかけた瞬間、薔薇の花から長い茎が勢いよく伸び、無数の棘が鋭く生えた。その棘が一気にリーダー骸骨の体を貫き、まるで木の根が骨を引き裂くように、体をバラバラにした。頭蓋骨が花子の足元に転がり落ちた。

「くっ……こんなガキに、このおれが……」

最後の言葉が途切れると同時に、頭蓋骨はパチンと音を立てて砕け、細かな塵となって風に消えた。

 花子はすぐに桜たちのもとへ戻り、神楽の前で片膝をついた。

「天使の討伐、完了しました!」

「お疲れ様」と神楽はやさしく微笑んだ。

 これが、呉橋の巫女と花子、貞子との契約――すなわち、協力して天使と戦うことだ。だが、二人は地縛霊であるため、色神の街から出ることができない。そのため、主に色神学園周辺の警備を担当している。

この契約はアルカナ・オースとは無関係だが、彼女たちの戦果により、自然と仲間として見なされている。

 桜たちは気を失っているオカルト研究会の五人を部室まで運んだ。

桜は天使に関する記憶を消し、その代わりに彼らが楽しい夢を見られるように魔法をかけた。すると、五人の顔に穏やかな笑みが浮かんだ。

「もう逃がさないぞ、花子さん……!」

「友達になって……ください!」

「うわ、花子さん、かわいい……!」

どうやら、彼らの夢の中に花子が登場しているらしい。

それから、桜たちは解散した。

帰り際、花子にゲームの続きへ誘われたが、桜は丁寧に断った。目的を果たした今、早く家に戻って新しい魔法の開発に取りかかりたかったのだ。

神楽も早く家に帰って、もう一度寝るつもりのようだった。

一方、貞子は花子と一緒にゲームの続きを楽しんだ。

桜とまくろんは、途中まで神楽と一緒に帰っていた。

「そういえば、桜、もう会った?」と神楽が話を振った。

「ん? 誰のこと?」と桜は小さく首を傾げた。

「本部から来た二人……名前は、たしか……」

「アリスとヴラド?」

「あ、うん、そう。その二人……」

「この前会ったよ。いきなり襲ってきたから少し驚いたけど……」

「桜も!? わたしもいきなり勝負を挑まれたわ。まあ、返り討ちにしてやったけど……」

「ふふ、神楽らしいね」

 和やかな雰囲気の中、神楽の表情が変わった。彼女の顔に真剣な色が浮かび、空気が一変した。

「それで……あの噂、聞いた?」と神楽は静かに呟いた。

「……七代天使が、この国に集まってるって話?」

 神楽は静かに頷き、続けて言った。

「……どう思う?」

「……正直、あまり期待はしてないかな。何百年も居場所をつかめなかった七代天使が、今さらボロを出すなんて思えない。それに、彼らが集まる理由もわからない。この国は特別な何かがあるわけでもないし、人口が多いわけでもないから……」

「……だよね」

「でも、まったく信じてないわけでもないよ。一人くらいはいるかもしれないしね。その可能性が一%でもあるなら、調べてみる価値はあると思う」

 しばらく沈黙が続いた。静けさの中、二人の足音だけが静かに響いていた。

「もし仮に……本当に今、この国に七代天使全員が集まっているとしたら、何が目的だと思う?」と神楽は尋ねた。

 桜は顎に手を当て、しばらく黙考した。

「わからない。天使が何を考えているのかなんて、想像すらできない……考えたくもないけどね」

「……そうね」

 神楽は相槌を打ちつつも、納得のいく答えを得られなかったのか、どこか考え込むような表情を浮かべていた。

 そのとき、正面上空から「あら、桜ちゃんと神楽ちゃんじゃない」という少女の声が響いた。視線を向けると、アルカナ・オース日本支部に所属する三人の先輩魔法使いが、ほうきに跨って宙に浮かんでいた。

彼女らは、街の見回りをしていたようだ。いつ、どこで、誰が、天使に襲われるかわからないため、アルカナ・オースは分担して街を見回っている。

三人はゆっくりと降下し、桜たちの正面に静かに降り立った。

「こんなところで何してるの?」と明るい茶髪の少女が尋ねた。

「色神学園にちょっと用があって……それが終わって、今は家に帰るところ」と桜は答えた。

「そうなんだ……あっ、もしかして、骸骨天使は二人が倒したの?」

「ううん、倒したのは花子と貞子だよ。わたしたちは見てただけ……」

「あの二人か……あとでお礼言わないと……」

「……もしかして、骸骨天使を探してた?」神楽が問いかけた。

「うん。さっきまで戦ってたんだけど、雑魚の相手してたらリーダーに逃げられて……」と茶髪の少女が答え、他二名も頷いた。

「そうだったんだ……」と桜は小さく呟いた。

一瞬の静寂のあと、茶髪の少女が口を開いた。

「それじゃあ、わたしたちは報告があるから、そろそろ行くね」

「うん」と桜は頷き、「またね」と神楽も返した。

「うん、それじゃあ、また」

 先輩たちは笑顔で手を振りつつ、ふわりと宙に浮かび、夜空へと飛び去っていった。

 その後、桜たちも歩を進め、分かれ道で別れ、それぞれの帰路へと向かった。

 

家に着き、玄関のドアを開けると、イリスが桜たちを出迎えた。

「おかえり、桜ちゃん、まくろん」とイリスが明るい声で言った。

桜は「ただいま」、まくろんも「ただいニャ」と声を揃えた。

「お腹空いた? ご飯にする?」

「ん~、まだ空いてないから、あとでいいかな。今日は、先に魔法の特訓をするよ」と桜は返した。

「了解!」

「まくろんは煮干しが――」

 まくろんが言いかけたその瞬間、桜はピシャリと言葉を遮った。

「まくろん、もう散々食べたでしょ。朝食は抜きだよ」

「ニャ!?」とまくろんは目を見開き、「了解」とイリスは笑顔で頷いた。

 まくろんは肩を落とし、しょんぼりした。

そんなまくろんを一切気にも留めず、桜は地下へ向かった。桜は地下へと向かった。地下室の奥で足を止め、そっと無言で壁に手を添える。すると、壁が淡く青白い光を放ち、やがて木製のドアが静かに姿を現した。

桜は小さく微笑み、静かにドアを開くと、その先に広がる異空間へと一歩を踏み出した。


 その頃、日本の奥深い山中にある『月姫竹取神社』の本殿では、一つの神秘的な儀式が始まろうとしていた。

本殿の上座には、着物に身を包んだ美しい女天使が高級な座布団に腰を下ろし、広間の両端には従者である兎天使がそれぞれ一列に並んでいた。

上座で威厳を漂わせるその美しき女天使こそ、七代天使の一人――かぐやである。

かぐやはそばに立つ兎隊のリーダー『月見』――人に似た姿を持つ特級天使で、バニーガールのような格好をしている――にこう告げた。

「月見……“あれ”を持ってまいれ」

「かしこまりました。かぐや様」月見はそう言うと、一礼して本殿を出た。

一分後、月見が戻ってきた。手には、芍薬の絵が精緻に描かれた金色の手鏡を携えている。

月見はかぐやの御前に静かに膝をつき、恭しく両手で手鏡を差し出した。

「うむ、ご苦労……」

 かぐやは手鏡を受け取り、自分の顔が映し出された鏡面を見つめた。

「はぁ~……やはり、この世には、わらわほど美しき者はおらぬのぅ……」

かぐやはうっとりと鏡に映る自分を見つめ、自己陶酔に浸った。

「そなたたちも、わらわがこの世で最も美しいと思わぬか?」と従者の兎たちに問いかけた。

「はい! そのとおりでございます、かぐや様!」と全員が声を揃えて答えた。

「そうじゃろ、そうじゃろ」

かぐやは上機嫌になり、持っている手鏡にこう問いかけた。

「鏡よ、鏡、この世で最も美しいのは誰じゃ……?」

しばらく沈黙が流れたあと、手鏡が輝いた。

「…………はい。それは、かぐや様でございます……」と手鏡はどこか歯切れ悪く答えた。

かぐやは眉をひそめた。

「……今、何か妙な“間”があったようじゃが……?」

かぐやは目を細め、従者たちを見渡した。

 従者たちは顔をこわばらせ、必死に首を横に振った。

「……そうかのう?」

「もう一度、お尋ねになってはいかがですか?」と月見が冷静に促した。

「そうじゃな……」

かぐやは改めて手鏡を顔の前で構え、じっと見つめた。

「もう一度問う。鏡よ、鏡、この世で最も美しいのは誰じゃ?」

「はい。それは、しら……じゃなくて! コホン、コホン……はい、それは、かぐや様でございます!」と手鏡は答えた。

かぐやは顔をしかめた。

「……今、誰か別の名を口にしかけたように聞こえたのじゃが……?」と従者らに問いかけた。

 従者たちは視線を逸らし、顔を伏せて答えなかった。額には冷や汗が滲み、明らかに焦りの表情を浮かべていた。

「そんなはずがございません! この世で最も美しいのは、かぐや様に決まっております!」と月見が必死にフォローした。

「そ、そうじゃな……きっとわらわの聞き間違いじゃ。よし、もう一度聞いてみよう」

かぐやは三度、手鏡を顔の前に掲げて見つめた。

「鏡よ、鏡、この世で最も美しいのは誰じゃ?」

「はい……それは、かぐや様――」

手鏡が言いかけた瞬間、かぐやは無意識に持ち手をギュッと握りしめた。

「……でっ!」と、手鏡が息苦しげな声を漏らした。

かぐやは嬉しそうな笑みを浮かべていたが、手鏡の柄は「ギチギチッ」と音を立てて、ぐにゃりと歪んだ。

しばらくして、手鏡はピンッと起き上がり、続けた。

「か、かぐや様ではありません! 大魔法使い“白雪桜”でございます!」と手鏡ははっきりと言い放った。

「なっ、なんじゃと!? それは一体どういうことじゃ!?」

かぐやは取り乱し、両手で手鏡の柄を握りしめ、激しく前後に振った。

「で、ですから……この世で最も美しいのは……大魔法使い“白雪桜”でございます!」と手鏡は断言した。

かぐやは目を見開き、完全に硬直してその場で凍りついた。

従者の兎たちもまた、驚愕の表情のまま動きを止めた。開いた口が塞がらない者もいた。

月見は深くため息をつき、頭を抱えた。完全に停止しているかぐやの目の前で手を振りながら、「かぐや様~、聞こえていますか~?」と声をかけた。

しばらくして、かぐやははっと我に返った。だが、かぐやの目は虚ろになり、口元がへの字に曲がっていた。かぐやは肩を落とし、ゆっくりと立ち上がると、弱々しい声で呟いた。

「わ、わらわは……しばらく……部屋に……籠るのじゃ……」

かぐやは肩を落としたまま、よろよろと広間を後にした。そのまま部屋に足を踏み入れ、閉じ籠ったのだった。

かぐやの背中を見送ったあと、月見はため息をついた。すぐに気持ちを切り替え、キリっとした視線を滑らせると、従者の兎が集まり、片膝をついた。

「かぐや様がお籠りの間に、“白雪桜”を探し出しなさい」

 月見が冷静に指示を出すと、兎たちは「御意」と応じ、すぐに散開した。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしています。

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