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茜の勧誘大作戦①

 四月十九日、火曜日の午前九時。

茜はイリスを肩に乗せ、徒歩で色神学園へと向かっていた。

セレスティアボール部への入部が決まり、今日から本格的な活動が始まる。とはいえ、初日の任務は、当面の課題である“仲間集め”だ。現在の部員数は三人で、活動を継続するには最低でもあと二人の仲間を見つけなければならない。


 校門に着くと、二台の蜘蛛型警備ロボットが待ち構えていた。横を通り過ぎる際に軽く手を振ると、蜘蛛型ロボットは茜をしっかりと学園生徒と認識し、手を振り返してきた。

茜は生徒として、堂々と色神学園に足を踏み入れた。

第一グラウンドの横を通ると、すでに生徒たちが朝練に励んでいた。その光景を眺めながら歩いていると、背後から「茜さん!」と呼ぶ一色の声が聞こえた。

茜は足を止め、振り返ると、一色が走ってこちらに向かってきていた。

一色は茜の横に並び、「おはようございます」と明るく声をかけた。

茜は「おう」と返事をし、二人は並んで歩き始めた。

 待ち合わせの校舎前に到着した。

二人は足を踏み入れ、一階の休憩スペースに向かった。

休憩スペースにはいくつかの丸テーブル席やベンチ、自動販売機が並び、すでに学生の姿がちらほらあった。

丸テーブル席の一つに、姫島と国東が座っていた。

姫島は机に突っ伏し、国東がやさしく彼女の頭を撫でていた。二人の周囲だけ、どこか重たい空気に包まれていた。

「おはようございます」と一色が笑顔で言った。

「あ、おはよう。こがねちゃん、茜さん」と国東が返した。

「おう」と茜も応じた。

 少し遅れて、机に突っ伏していた姫島が茜たちの方へ顔を向けた。

姫島は目から大量の涙を流しながら、「あがねぢゃーん……!」と涙声で言った。

「ど、どうした?」と茜は尋ねた。

「ごべーん……安心院ぢゃんを仲間にできなかったぁぁぁぁ!」

「そ、そうか……」

「あたしが不甲斐ないせいだー。ごべーん」

「そんなことないよ、やなぎちゃん」と国東はやさしい声で否定した。

「ありがどうー、なのはぢゃーん……」姫島は国東に身を寄せた。

「気にすんな、やなぎ。最初からうまくいくことなんてねぇんだから」と茜は声をかけ、椅子に腰を下ろした。

「茜さんの言う通りですわ。それに、決して姫島さんのせいではありません」と一色も言い、茜の隣に座った。

「ありがとう……二人とも……」

姫島は少しだけ落ち着きを取り戻したものの、涙はぽろぽろとこぼれ続けていた。

茜は国東に視線を移し、「で、どうだったんだ?」と尋ねた。

 国東は茜と視線を合わせ、ゆっくりと口を開き、これまでの経緯を説明し始めた。


 先週の水曜日の午後、姫島と国東は、安心院朝霧に会うため、色神学園の射撃場に出向いた。

色神学園には、クレー射撃、ライフル射撃、ビームライフル射撃など種類に沿った射撃場がすべて揃っている。二人はライフル射撃場に足を運んだ。

射撃場には、規則的な銃声が響き、そのたびに空気がわずかに震えた。カチリと金属が鳴る音が、引き金を引く寸前の緊張をさらに際立たせていた。練習中の部員たちの息遣いもまた、静寂の中に微かに混じり込んでいた。射撃場の中は独特の冷たさが漂い、金属の機械的な匂いと、僅かに漂う火薬の匂いが空気を満たしている。

五十メートル先に並ぶ的は、小さな点に過ぎず、的の中央を射抜くことは至難の技だ。しかし、ある少女の周囲だけは違う空気が流れていた。足は地にしっかりと根を張り、背筋は一本の糸で天井から吊るされたように真っ直ぐ。その静止した姿は、まるで一枚の絵画のようだった。そう、彼女こそが安心院朝霧、一色の言っていた狙撃の名手である。

他の部員たちは射撃の合間に姿勢を変えたり、呼吸を整えたりと、細かな調整を繰り返していた。しかし、安心院はそれらの動作をほとんど必要としなかった。彼女は銃を持ち上げると、すっと的に照準を合わせ、そのまま息を整えながら、引き金を引く。銃声が響くとほぼ同時に、彼女の弾は的の中心を正確に貫いていた。

その精度は驚異的で、銃の反動さえ彼女の動きを乱すことはなかった。彼女が立つその場所は、他の部員たちとは異なる「静寂」の領域にいるように感じられる。彼女は周囲の緊張感や騒音をすべて切り離し、ただ的と自分だけが存在する世界に没入していた。

射撃場の壁に反響する銃声は冷たく、やがて遠くで細くこだましていく。他の部員がその音を聞くたびに、自然と視線は安心院の方へ向かい、その正確さに魅了される。姫島と国東もまた、その圧倒的な技術に魅了され、彼女の一挙手一投足から目を離せなかった。

安心院が再び銃を構えたとき、練習に取り組む部員たちの意識は一瞬彼女に集まり、その場の空気はさらに張り詰めていく。そしてまた、的の中央に弾が吸い込まれるように命中する音が響くと、射撃場は再びその緊張を解き放った。安心院は一度も集中力を切らさず、淡々と的を撃ち続けた。

 安心院が休憩に入ったタイミングを見計らい、姫島と国東は彼女に歩み寄った。

「安心院さん!」と姫島が明るく声をかけた。

 安心院は黒髪を軽くなびかせながら振り返り、二人をじっと見つめた。

「あ、急にごめんね。あたし、高等部二年の姫島やなぎ!」と姫島が名乗ると、すぐあとに国東が「同じく、二年の国東なのはです」と丁寧に会釈をした。

「姫島やなぎ……国東なのは……」安心院は目を細め、小さく首を傾げた。

「安心院さん、すごい! 全弾命中なんて……あたし、本当に見惚れちゃった!」と姫島は率直な気持ちを伝えた。

安心院が警戒した様子で見つめていたので、姫島は続けた。

「――どうやったら、そんなに当たるの? コツとかある?」と目を輝かせながら興味深そうに尋ねた。

安心院はピクッと微かに反応し、「……射撃に興味あるの?」とボソッと聞き返した。

「うん!」と姫島は即答し、国東も頷いた。

「じゃあ、一回やってみる?」

「いいの!?」と姫島が食いつくと、安心院は無言で頷いた。

 ということで、姫島と国東は射撃を体験することになった。

二人は射撃部が貸し出している射撃道具一式を装備し、準備を整えた。

安心院は無言のまま銃を構え、完璧な姿勢で的の中央を撃ち抜いた。それから姫島と国東を見つめ、言葉の代わりに軽く頷いた。

姫島と国東は、細かな動作はわからないまま、とにかく安心院の姿勢や銃の持ち方を見様見真似で真似た。そして緊張した手でトリガーを引き、初めての一発を放った。なんとなく、安心院と似た動きはできているが、初めての射撃で五十メートル先の的に当てられるはずもなかった。安心院が簡単そうに命中させる一方で、二人はその難しさを撃つたびに痛感した。それと同時に、安心院の技術の高さに改めて気づいた。

 安心院は言葉で説明することなく、その背中で射撃の技術を語るように黙々と撃ち続けた。

 姫島と国東は、安心院の動きをよく観察し、ひたすら真似をした。上手くいかないときは、しっかりと考えながら細かい修正を繰り返した。すると、次第に弾が的に近づいていった。二人は真剣に射撃を学び、セレスティアボールでも活かせる技術だと思った。二人が必死に射撃を学ぼうとする姿を見て、安心院の視線から少しずつ警戒の色が消えていった。

ここまでの流れは、一色たちと練り上げた作戦通りだった。安心院の好きな射撃に共感を示し、信頼を得る。その第一歩として、興味を持つ姿勢を見せることが鍵だと話し合っていた。安心院の警戒心が完全に解けたら、次の段階に進むときだ。

二人は数十発ほど放ち、休憩に入った。

「難しいけど、楽しいね!」と姫島が笑顔を見せた。

「そうだね」と国東も頷いた。

「それにさ……全然動いてないのに、めっちゃ疲れる~」と姫島は肩を回しながら苦笑した。

「射撃は、集中力と忍耐力が必要だから……」と安心院がボソッと答えた。

 二人の会話に安心院が入ってきたということは、警戒心が和らいでいる証拠。さらに会話を重ねれば、次の段階に行けるかもしれない、と姫島たちは判断した。

「安心院さんは、いつから射撃をやってるの?」と国東が少し踏み込んだ質問をした。

「……一年前から」と安心院は小声で答えた。

「一年前……!?」姫島は目を見開き、驚きの声を上げた。「たった一年でこのレベル……スゴッ!」と思わず本音を漏らした。

 安心院の口元がほんの少しだけほころび、嬉しそうな表情を見せた。

国東はその微かなサインを見逃さず、静かに尋ねた。

「何か始めるきっかけがあったの?」

安心院は口を閉ざし、しばし沈黙が流れた。

国東は心の中で(早まったかな……)と思い、姫島も黙って待っていた。

しばしの静寂のあと、ようやく安心院が口を開いた。

「尊敬している人がいて……その人を見ていたら、わたしも挑戦してみたくなったんです……」

「そうなんだ! その人って、射撃部?」と国東は尋ねた。

安心院は首を横に振ってから、「……でも、その人はわたしなんかより、ずっと凄い人」とぽつりと付け加えた。

「安心院さんが言うくらいだから、本当に凄い人なんだね! どんな人か気になるなぁ!」と姫島が何気なく言った。

 その瞬間、安心院の表情がぱっと変わり、目がきらりと輝いた。

「あの御方は、ROBのトッププレイヤーなんです。驚異的な身体能力と狙撃スキルを持つ、本当に最強の人で……。わたしも一度対戦したんですけど、まったく歯が立たなくて……。あ、ROBは、わたしの好きなガンシューティングゲームで、それが射撃を始めるきっかけにもなったんです」と安心院は早口で言った。

「――わたし、あの御方に憧れて……」

そう言いかけた瞬間、安心院はハッと我に返り、急に口をつぐんだ。姫島たちと視線が合うと、安心院の顔は一瞬で真っ赤になり、恥ずかしそうに俯いた。その仕草は、普段の冷静で近寄りがたい彼女からは想像もつかないほど可愛らしく、姫島と国東は顔を見合わせ、微笑んだ。

「ROBなら、あたしもやったことあるよ! 全然勝てなかったけど……」姫島は肩をすくめながら言った。

「やなぎちゃん、いつも特攻してすぐにやられるよね」と国東が笑いながら言った。

「だって、近づかないと敵を倒せないじゃん!」

「それは、狙撃スキルが足りてないからだよ」

「うっ……それを言われると、何も言い返せない……」姫島は胸を押さえて大げさに嘆いた。

それを見た安心院は、ゆっくりと顔を上げ、目を見開いて二人を見つめた。思いがけない反応に一瞬呆然とし、やがて小さく息をついた。彼女の顔からは、張り詰めていた警戒心がすっと消えかけていた。『同じゲームをやったことがある』という共通点が、安心院の心をほぐしたようだった。

それを姫島は見逃さなかった。

「安心院さんもROBが好きなんだね!」と姫島が声を弾ませると、安心院は少し恥ずかしそうに頷いた。その仕草を見て姫島はニコッと笑い、「射撃と似てるもんね!」と続けた。

「射撃が上手い人って、やっぱりROBも強いの?」と国東が何気なく尋ねた。

 安心院は小さく頷き、答えた。

「強いと、思います……」

「安心院さんが使う武器って、やっぱり、スナイパーライフル?」と姫島は尋ねた。

 安心院は静かに頷いた。

姫島と国東は視線を交わし、頷き合った。次の行動に移る合図だった。

「ねえ、ROBと射撃ってすっごく似てるけど、他にも似てるやつ、ありそうだよね?」と姫島はわざとらしく言った。

「他って?」と国東は聞き返した。

「うーん……」姫島は腕を組み、少し考え込んだ。「なんか、セレスティアボールに似てる気がする!」とわざとらしく言い切った。

 その言葉に、安心院の眉がわずかに動いた。

「そう言われれば……! 敵を狙って撃ち抜くところと、ゴールを狙うところが、似てる、かも……」と国東も頷いて同意した。

二人は短く視線を交わし、互いに頷いた。いよいよ、安心院をセレスティアボール部に誘うときが来たのだった。

二人が安心院に視線を向けると、彼女は少し難しい表情を浮かべていた。いきなり話題が変わったため、驚いているのだろうと、姫島は思った。

 そんな状況でも、姫島は続けた。

「似てるよね! 敵の動きを先読みして、狙撃スキルも必要だし……」

「戦術もたくさんあるし……」と国東が付け加えた。

「あっ! もしかして、射撃が上手い人って、セレスティアボールも強いんじゃない?」

「わたしもそう思った! だって、こんなにも似てるし……」

「そうだよね!」

「うん!」

 二人は期待の眼差しで安心院に目をやった。

安心院はすべて察したかのように小さくため息をつき、鋭い目つきで二人を見据えた。「そういうことですか……」と低い声で呟くと、「先輩たち、セレスティアボール部なんですね?」と核心を突いた。

安心院の一言で、空気が凍りついた。姫島と国東は息をのみ、互いに顔を見合わせる。緊張が一気に走った。

(しまった……!)

二人は内心で叫んだ。その目には焦りの色が浮かんでいたが、すでに後戻りはできない状況だった。覚悟を決めた目つきで小さく頷いた。

安心院はため息をつき、冷静に尋ねた。

「目的は、わたしの勧誘ですか?」

「うん……安心院さんに仲間になってもらいたくて……」と国東は正直に答えた。

「それは、先日きっぱりお断りしたはずです」

安心院は毅然とした口調で言い切った。その視線には、一切の迷いがなかった。

 安心院の言う先日とは、一色が試合観戦の声をかけたときのことだ。その際、一色は安心院を勧誘し、丁重に断られていた。その話を、姫島と国東は一週間前の話し合いで、一色から聞いていた。

「そうだけど……諦めきれなくて……ほら、数日経てば、気持ちが変化するかも……!」国東は食い下がった。

「変わりません」と安心院は冷静に、しかしきっぱりと返した。

「でも、セレスティアボールの面白さを知ったら、安心院さんも好きに……」

「なりません!」

「でも……!」

国東が粘ろうとしたその瞬間、姫島が彼女の肩を掴んだ。国東が振り返ると、姫島は黙って顔を横に振った。

「やなぎちゃん……」と国東は小さく呟いた。

「バレちゃったらしょうがない……」

姫島は安心院を真っ直ぐな目で見つめた。

「安心院さん! あたしたちと一緒に、セレスティアボールで全国を目指そう!」

姫島は堂々と勧誘し、手を差し出した。

「だから、お断りします」安心院ははっきりと拒んだ。

「どうして!? 安心院さんなら、きっとセレスティアボールでも通用するのに……!」

安心院は目を伏せ、少し間を置いてから答えた。

「……興味がないからです」

その声は冷静だったが、ほんの僅かに揺れていた。

「本当……?」

姫島は安心院の顔を覗き込んだ。

安心院は思わず半歩退いたが、そこで踏ん張り、声を張り上げた。

「と、とにかく! わたしは絶対にセレスティアボール部には入りません!」

「安心院さんが何度断っても、あたしたちは絶対に諦めない!」

姫島は一歩前に踏み出し、強い目で彼女を見据えた。

安心院は困惑した表情を浮かべ、問いかけた。

「どうして、そこまでわたしにこだわるんですか? 他にも人はたくさんいるのに……」

「あたしたちには安心院さんが必要なの! 安心院さんじゃなきゃダメなの!」と姫島は言い切った。

安心院は一瞬、返答に困った様子を見せたが、目を背け、口を開いた。

「……そんなこと言われても、わたしの気は変わりません」

気まずい静寂が訪れた。両者の間に冷たい風が吹き抜ける。

「じゃあ、勝負で決めようよ!」と姫島は提案した。

「勝負……?」安心院は首を傾げた。

「あたしたちと射撃で勝負して……もし、あたしたちが勝ったら、安心院さんにはセレスティアボール部に入ってもらう……安心院さんが勝ったら、あたしたちは潔く諦める」

「その勝負を受けて、わたしに何の意味があるんですか……?」

姫島は一瞬言葉に詰まったが、すぐに言葉を絞り出した。

「あー、もしかして、安心院さん……あたしたちに負けるのが怖いのぉ?」とわざとらしい口調で挑発した。

 安心院は姫島の挑発にも微動だにせず、冷たい視線を投げた。

姫島はさらに挑発的に言った。

「安心院さんの得意な射撃で勝負しようって言ってるのに、受けてくれないんだー。安心院さんの方が圧倒的に有利なのに!」

「わたしは、そんなに単純じゃありません」

安心院は冷静に答えたが、その口元がほんの一瞬、引きつった。

 姫島はその微かな変化を見逃さず、わざと軽い調子で言った。

「勝負を受ける前から逃げるなんて、かっこ悪いよねー」

 張り詰めた空気が流れる中、安心院はじっと姫島を見つめた。挑発に動じない自分を保ちたかったようだが、姫島の粘り強さに押される形で、深いため息をついた。

「……わかりました。その勝負、受けます」と、安心院はどこか迷いの混じった声で答えた。

 姫島は心の中で(よし!)と叫び、小さく拳を握り締めた。

 ついに、姫島たちの粘り強さが実を結び、安心院との射撃勝負が決まった。

しかし、当然、姫島と国東が射撃で安心院に勝てるはずもなく、二人とも大差であっさりと敗北した。

「くっそー、負けた!」と姫島は悔しがった。

「さすがに厳しかったね」と国東が言った。

「これで終わりです。もう二度と誘わないでください」と安心院は、安堵の表情を浮かべながら言った。

「……くっ、仕方ない。今日のところは、これで引き下がるよ」と姫島は返した。

二人は借りた荷物を返却し、安心院のもとへ歩み寄った。

「安心院ちゃん、今日は本当にありがとう」と姫島は笑顔で言いながら、一礼した。隣で国東も丁寧にお辞儀をした。

「――じゃあ、またね」と姫島が別れの言葉を告げ、二人は射撃場を後にした。

安心院は去っていく二人の背中を見送った。その瞳には、一瞬、迷いのような色が浮かんだが、すぐに打ち消すように目を伏せ、静かに「……またね?」と呟いた。その声には、確かな戸惑いが滲んでいた。

射撃場から少し離れた噴水前の広場。そのベンチに、姫島と国東は腰を下ろした。

「はぁ~、めっちゃ緊張したー!」姫島は大きく息をつき、ベンチに背を預けた。

「ごめんね、やなぎちゃん……わたし、何もできなくて……」と国東は申し訳なさそうに言った。

「ううん、あたしも途中で頭が真っ白になっちゃって……焦って変なこと言っちゃった」

「えっ、そうだったの!?」

「うん……作戦がバレたとき、どうしていいかわからなくなって、無理やり勝負を仕掛けちゃった」

「そうだったんだ……!」

「でも、とりあえず、最初の一歩は踏み出せたね!」

「……これで良かったのかな?」

「きっと大丈夫だよ!」

 姫島は笑顔で言い切り、話題を変えた。

「それにしても、安心院さん、すごかったね!」

「うん……あの射撃スキルは想像以上だった。セレスティアボールでも、すごい選手になりそう……」

「だよね! あたしもそう思う。何としても仲間にしなくちゃ!」

「でも、今日の感じだと、ちょっと難しそう……」

姫島は一瞬考え込み、少し沈黙が流れた。

「まだ初日だもん。ここからが本番だって!」姫島は拳を握り締め、明るい声で笑った。

「……そうだね」国東も前向きな声で返した。

「じゃあ、明日も気合入れて頑張ろう!」

「おー!」

 二人はそう決意した。

翌日木曜日、姫島と国東は再び射撃場を訪れ、安心院を勧誘したが、彼女は冷たく言い放った。

「何度来ても無駄です」

安心院の意思は岩のように固く、微塵も揺らぐ気配はなかった。

その姿を目にした姫島たちは、再び安心院に射撃勝負を申し出た。

安心院は二人の申し出を無視していたが、姫島たちのしつこさに根負けし、勝負を受けてくれた。そして、当然のように安心院の圧勝だった。

それから、姫島と国東は、毎日射撃場へ足を運び、安心院に勝負を仕掛けては、惨敗を喫していた。

安心院は二人に冷たい態度を崩さなかったが、なぜか毎回、勝負には応じてくれた。冷たく見える態度の裏には、安心院の根のやさしさが垣間見えた。そのおかげで、姫島と国東の射撃スキルは向上していった。

姫島と国東は、毎日射撃場に通い詰めたことで、少しずつ安心院と心の距離を詰められていると思っていた。機会を見つけては、セレスティアボールの魅力を安心院に伝えようと奮闘していた。だが、安心院はセレスティアボールの話になると、頑なに口を閉ざし、決して話を聞こうとしなかった。

月曜日、姫島と国東は広間のベンチに腰を下ろし、焦燥感に包まれていた。

「どうしよう……このままじゃ、茜ちゃんたちに顔向けできない!」

姫島は頭を抱えていた。普段は楽観的な姫島も、度重なる失敗に心が折れかけていた。

「今日中に安心院さんを仲間に引き入れないと……」と国東も頭を悩ませていた。

二人はしばらくその場で悩み続けたが、良い方法は浮かばず、時間だけが虚しく過ぎていった。そして姫島が「このまま悩んでても仕方ない。とにかく、射撃場に行こう!」と声を上げ、二人は射撃場に向かった。

しかし、結局、二人は安心院を仲間にすることができぬまま、悔しさを胸に火曜日を迎えることとなった。


「ということで、力及ばず……ごめんなさい」と国東はうつむきながら締めくくった。

「気にするな。それが普通だ」

茜はそう答えつつ、心の中で一つ、気になっていることがあった。

(ROBのトッププレイヤーって……)

茜の脳裏に、一瞬だけ玄の姿が浮かんだ。

(まさか、な……)

彼女は首を横に振り、その考えを振り払った。

「でも、あたしのせいで、セレスティアボール部の印象が最悪かも……」姫島はがっくりと肩を落とした。

「そんなことねぇだろ」と茜が即答し、「そんなことありませんわ!」と一色も重ねた。

発言のあと、茜と一色は視線を交わした。

茜はわずかに眉をひそめ、「ちっ、こっち見んな!」という視線を一色に向けた。

一色はニコッと笑いかけ、姫島に視線を戻すと、真剣な声で言った。

「単純接触効果という心理現象があります。これは、ある対象に何度も接触することで、その対象への好意や印象が徐々に高まる現象です。つまり、お二人が安心院さんに毎日会いに行ったことで、少しずつ彼女の中での印象が良くなっている可能性があります」

「ほっ、本当……?」姫島は不安げな表情で尋ねた。

「はい。その証拠に、安心院さんは、お二人を拒まなかったのでしょう?」

「……たしかに」と姫島は頷いた。

「もしかしたら、今日は安心院さんのほうから“入りたい”って言ってくるかもしれませんわ!」

一色が自信満々に言うと、姫島と国東はわずかに安堵の表情を見せた。

(そんなわけねぇだろ!)

茜は内心でツッコミながらも、声に出さなかった。姫島と国東が責任を感じていたので、わざわざ二人が落ち込むようなことを言わない方がいいと判断した。

「――では、早速お迎えに参りましょう!」

一色は明るく言い、四人は射撃場へと向かった。


 数分後。

安心院は口元をわずかに歪め、冷ややかな視線で茜たちを見つめていた。

張り詰めた空気が射撃場を満たし、その場にいる誰もが、一触即発の緊張を肌で感じ取っていた。

「こ、こがねちゃん……話が違うよ!」と姫島は震える声で呟いた。

一色は眉をひそめ、真剣な様子で言った。

「おかしいですわね……こんなはずでは……」

「いや、おかしいのはお前だ!」と茜は呆れたようにツッコんだ。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想お待ちしております。

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