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柴乃の秘密 ――フリーデン編――

 任務を終え、帰路についた〈フリーデン〉のエージェント『ドライ』――三日月弥生は、公園の前を通りかかった。ふと公園に視線を向けると、一人で草むらにしゃがみ込み、何かを探している少女を見つけた。少女の目には涙が滲んでいた。

弥生は、それを見て放っておけず、少女に歩み寄った。

「おい、何か探してるのか?」と弥生は声をかけた。

 少女はビクッと反応し、ゆっくりと弥生に目を向けた。その瞳は、恐怖で怯えているようだった。弥生の鋭い目つきと厳つい風貌に、少女は言葉を失っていた。

「怖がらなくていい。別に何もしなねぇよ」と弥生は言ったが、少女の表情は変わらなかった。この反応に慣れている。だから一方的に話を続けた。

「何を探してんだ?」と尋ねたが、少女は答えない。弥生はため息をつき、しゃがみ込むと、草むらを探し始めた。何を探しているのか聞き出せなかったため、弥生は想像した。

 これくらいのガキが落としそうなものは……ストラップか、ヘアピン……もしくは、ヘアゴムあたりか……。

 弥生は、少女が身につけていそうなものに的を絞って探し始めた。声をかけると怖がらせてしまうため、無言で探し続けた。

その様子を見た少女は、驚いたように目を丸くし、手を止めて弥生を見つめた。

 しばらくして、少女が弥生に声をかけた。

「お兄ちゃん……」

「なんだ?」と弥生は手を止めずに返した。

「お兄ちゃん、何を探してるの?」と少女は問いかけた。

「……一応、お前の落としものを、探してるつもりなんだが……」

少しの沈黙が流れた。少女は不思議そうな表情で弥生を見つめながら、「流香、なにも落としてないよ」と言った。

「は? なにも落としてないだと!?」弥生は思わず手を止め、驚きのあまり流香をまじまじと見た。

「うん……」

「じゃあ、何で草むらを漁ってたんだ? しかも泣きながら……」

「そういう設定だから……」

「設定……?」弥生は眉をひそめた。

「うん、好きな人にもらったアクセサリーをうっかり落としてしまった女性が、泣きながらそれを探す、っていうシチュエーションで演技してたんだ」

「なっ……!? 演技の練習だったのか……」

「うん……」

 弥生は自分の早とちりに気づき、顔が一瞬で熱くなるのを感じた。咳払い一つで誤魔化しつつ、自分の行動を無理やり正当化しようとした。

「ああ、そうか……うん、なんとなくそんな気はしてた。はは……なかなかの演技力だな」

「ほんと? ありがと」

「そ、それなら、将来演技の道に進んでも上手くいくんじゃねぇか?」

「えっ? 流香の夢はバリスタになることだけど……」

「はっ……?」弥生は思わずぽかんとした表情を浮かべた。だが、すぐに取り繕い、「そ、そうか。まあ頑張れ、応援してる」と声をかけた。

「うん、頑張る!」

 流香の突拍子もない発言に振り回され、これ以上ここにいるともっと恥をかきそうな気がして、弥生は足早にその場を離れた。

「じゃ、じゃあな」と弥生は軽く手を掲げた。

「バイバイ、お兄ちゃん!」流香は手を振って弥生を見送った。

 弥生が足早で去っていると、「お兄ちゃん!」と流香が呼び止めた。

弥生は公園の出口付近で立ち止まり、ゆっくりと振り返った。流香が笑顔で大きく手を振る姿を目に映った。

「やさしいお兄ちゃん、ありがと」

その笑顔と言葉が、まるで春の陽だまりのように、弥生の胸にじんわりと染み込んだ。弥生は不器用に笑みを浮かべながら、「ああ、またな」と声を張った。そして、その言葉が少しでも返せたことに安心しながら、足取り軽く公園を後にした。


 弥生は上機嫌で街を歩いていた。流香の言葉と笑顔が脳裏をよぎり、先ほどの恥ずかしさもすっかり消えていた。上機嫌のまま街を歩き、道すがら人助けを繰り返していた。ひと気のない路地裏でヤンキーに絡まれていた少年を助け、段差につまずいたおばあさんを支え、落ちていた空き缶を拾ってはリサイクルボックスへ運んだ。

 色神駅周辺に差しかかると、多くの子どもたちが上を向き、空に手を伸ばしていた。その中に、さきほど公園で遊んでいた流香の姿もあった。

「何だ、これ……? 何かの儀式でもしてんのか?」

弥生は子どもたちの様子が気になり、足を止めて眺めた。

しばらくして、一台の配達ドローンが箱を抱えて飛んできた。子どもたちのいる上空で止まると、その場で待機した。その後、同じ機種のドローンが次々に飛んできて、上空に集まった。数十台のドローンが空に静かに集結すると、抱えていた箱の底が「パカッ」と一斉に開いた。その中から、色とりどりのアメが雨のように降り注ぎ、子どもたちの歓声が街に響いた。アメをポケットにしまいながらたくさん拾う子や、すぐに個包装を開けて食べる子もいた。近くにいた親や大人たちは、戸惑いつつも、子どもたちと一緒に拾い始めた。

「どういうイベントだ?」

 弥生はネットで調べようとしたが、電波の調子が悪く、繋がらなかった。そのとき、「今日は太陽フレアの影響はない」と朝の予報で言っていたことを思い出したが、特に気にしなかった。結局、目の前の出来事が何のイベントなのかわからなかったが、子どもたちが喜んでいるため、そんなことどうでもいいと思った。

しばらく眺めていると、弥生は微笑ましい気持ちになった。だが、その気持ちは長く続かなかった。

アメをまき終えたドローンは、その場でしばらく待機していた。だが次第に挙動が不安定になり、空の箱を次々と投下し始めた。次の瞬間、突然制御不能になったかのように暴れ出した。

子どもたちがアメを拾っている上空で、ドローン同士が衝突し始めた。小さな爆発音が何度も響き、プラスチックや金属片が次々と降り注いだ。

異常事態に気づいた親たちは、慌てて子どもの手を引き、屋根のある安全な場所に避難した。自ら危険を察知して避難する子どももいた。だが、中にはアメを拾うのに夢中で上空のドローンに気づいていない子どもが五人いた。そのうちの一人が、流香だった。

 弥生は瞬時に危険を察知すると、ドローンの部品が降り注ぐ場所に躊躇いなく飛び込んだ。素早い動きで一瞬のうちに子どもに駆け寄ると、抱きかかえ、瞬く間に四人の子どもを保護した。両腕に二人ずつ抱きかかえ、一度屋根のある場所に向かった。そこで四人を降ろすと、すぐに振り返り、流香に視線を向けた。残るは流香だけ――。

弥生が振り向いた瞬間、暴走した一機のドローンが、まるで狙いを定めたかのように流香へと急降下していた。それを目にした瞬間、弥生は一瞬の判断で足に力を込め、地面を強烈に蹴りつけた。コンクリートが音を立ててひび割れ、弾け飛んだ。

爆風のような勢いで弥生は駆け出し、流香のもとへと一気に飛び込んだ。流香を抱きかかえ、すぐに視線を上げると、ドローンが目の前に迫っていた。

弥生の右足が鋭く弧を描き、高く振り上げられる。そのまま、鋭い踵落としがドローンへと叩き込まれた。鈍い金属音とともにドローンは地面に激しく叩きつけられ、火花を散らして動きを止めた。直後、弥生の背後から別の暴走ドローンが襲いかかってきた。弥生は素早く体をひねり、後ろ回し蹴りを一閃。飛んできたドローンを蹴り飛ばし、鋭い目つきで周囲を睨んだ。

視線の先には、数十機のドローンが静かに待機し、獲物を狙う捕食者のようにじりじりと弥生を包囲していた。赤いセンサーが不気味な瞳のように光り、周囲には異様な殺気が漂っていた。

 弥生が睨みを利かせながら威圧感を放つと、ドローンは近寄り難い様子だった。地面に落ちたドローンが小さく爆発した、その瞬間――待機していたドローンが一斉に弥生に襲いかかった。

弥生は流香をグッと抱き寄せ、軽快な動きで次々とドローンを蹴り飛ばした。流香を絶対に怪我をさせまいと細心の注意を払いながら。

 最後の一機を蹴り落とし、完全に機能停止したのを確認すると、弥生は抱き寄せていた流香に視線を落とした。

流香は弥生の胸に顔をうずめ、ぎゅっと目を閉じていた。胸元の服をしっかりと掴み、小さな肩がわずかに震えていた。

怖い思いをさせちまったな。

そう思った弥生は、流香の肩にそっと手を乗せ、「もう大丈夫だ」とやさしく声をかけた。だが、その言葉だけで流香を安心させることはできなかった。

流香は顔をうずめたまま、握っていた手の力をさらに強くした。

「悪かった。怖い思いをさせちまったな……」

弥生は流香の頭をそっと撫でた。すると、流香は肩の力を抜き、ゆっくりと顔を上げた。

ようやく安心したか……。

弥生は安堵の表情を浮かべた。

ようやく顔を上げた流香は、いたずらっぽく口元を緩めて言った。

「やさしいお兄ちゃん、どうだった? 流香の、な・み・だ!」

涙なんて一滴も流していなかった。

「は……?」

弥生は呆気に取られ、その場で硬直した。

流香はサッと自分で弥生の腕から飛び降りた。振り返り、弥生と目を合わせると、ポケットに手を突っ込んだ。そこからアメ玉を一つ取り出すと、「はい、これあげる!」と言いながら弥生に差し出した。

「やさしいお兄ちゃん。助けてくれてありがと」流香は微笑んだ。

その笑顔を目にした瞬間、弥生はハッと我に返り、「お、おう……!」と答えた。照れた様子で目を逸らしつつ、アメ玉を受け取った。

暴走ドローンはすべて機能を停止し、怪我人もゼロ――これで一件落着かと思われたが。

「って、こんなことしてる場合じゃねぇ! どう考えても異常事態だろ!」

弥生は自分を叱咤するように叫び、足早にその場を後にした。

 急いで〈フリーデン〉本部に向かう途中、弥生は街中の異常事態を目にした。

完全自動運転の車やバス、飛行車や電車、飛行機、リニア新幹線までもが一斉に緊急停止し、遊園地の観覧車やメリーゴーラウンドが異常な速度で回転していた。テュールに連絡を取ろうとしたが、電波障害で繋がらなかったため、状況がまったくわからなかった。

本部に到着し、司令室のドアを開けた瞬間、慌ただしい空気が一瞬で飛び込んできた。弥生は指揮官に事情を聞き、大方の状況を把握すると、アインスたちとともに元凶のコンピューターウイルス――『ルシファー』の討伐へ向かうこととなった。

急遽一色こがねも加わり、六人で『怪獣狩り』と世界に飛び込んだ。

ロビーに転移したが、広々とした空間に誰の姿もなかった。先ほどまで賑わっていたプレイヤーたちは、運営AIに説得され、すでにログアウトしていた。

弥生は周りを見渡し、全員の服装が変わっていることに気づいた。ゼクスが設定した衣装に変わっていた。

アインスは、全身黒ずくめの暗殺者。鼻から口まで黒いマスクで覆い、目だけを出していた。ツヴァイは、任務時と変わらぬヒーロースーツ姿。ドライ(弥生)は、三日月刺繍の入った黒の特攻服にハーフフィンガーグローブをつけていた。フィーアは、いつもの白衣姿だった。フュンフは、制服にギターケース(中身はスナイパーライフル)を背負っていた。一色こがねは、『ドレ』という名で、典型的な魔法使いの装いだった。

弥生は自分の服装を確認すると、予想以上のクオリティに驚きつつ、満足していた。短時間で作られたにもかかわらず、彼の好みがしっかりと反映されていた。しかし……。

一色が弥生の背中をちらりと見て、「ふふっ……」と含み笑いを漏らした。

「何笑ってんだ?」と弥生は問いかけた。

「いえ、ただ……その刺繍が、あまりにも素晴らしいと思いまして……」

「は……?」

弥生は上着を脱ぎ、目の前で大きく広げ、背面を見つめた。そこには、金色の刺繍で大きく『整理整頓』の四文字が光っていた。

「なっ……! クソッ! やりやがったな、ゼクス!」と弥生は上を向いて叫んだ。

その声に応じるように、ゼクスからのメッセージが弥生の目の前に表示された。

『礼はいい。キミに今、一番必要なものを書いただけだ』

ゼクスは司令室からゲーム内を俯瞰視点で見ていた。

「余計なお世話だ。今すぐ変えろ!」と弥生は訴えた。

『今はそんなことしている暇はない。ルシファーを倒すのが先だ』

「なら、テュールに頼む」

『テュールも今は忙しくて手が離せない状況だ。そうだろ?』

『……はい』とテュールからメッセージが届いた。

「チッ」と舌打ちし、弥生は不満げに上着を着直した。

「何が不満なんだ? その刺繍、結構イケてると思うけどな」とツヴァイが素直な感想を述べた。

「わたくしもそう思いますわ。とってもお似合いですわよ」と一色はからかうように言った。

「うるせぇ!」と弥生は言い返した。

 その後、ゼクスの指示を聞きながら、Sランクプレイヤーが集まっている部屋に移動した。

部屋の中は異様な熱気に包まれていた。原因は、少し前に『ヴィオレ』という名のプレイヤーが声を上げ、他のプレイヤーたちを必要以上にヒートアップさせたせいだった。

 ゲートが開くや否や、弥生は真っ先に飛び込んだ。アインスたちもすぐに続く。しばらく浮遊感が続き、先頭に立ちながらも行き先がわからない弥生は、とりあえず光る方へ向かった。やがて、視線の先に出口らしきものが見えてきた。近づくにつれ、光がますます強くなり、弥生は思わず目を瞑った。

数秒後、ゆっくり目を開けると、弥生たちの目の前に、広大な森林が広がっていた。触れれば持続的なダメージを受ける、毒々しい花と緑の沼が点在する危険な森林地帯だった。

ヤギ怪獣やヘラジカ怪獣がその花を食べ、沼の水をゴクリと飲んでいる光景が広がっていた。

『これを飲め』

ゼクスのメッセージが届くや否や、「ポンッ!」と音を立てて全員の手元に緑色のガラス瓶が現れた。

『それは毒を無効にするポーションだ。飲めば一定時間毒が効かなくなる』という補足メッセージが表示された。

 ポーションを飲むと、効果を付与したようなオーラを一瞬だけ纏った。

「ゼクス、元凶のウイルスはどこだ?」と弥生は問いかけた。

数秒後、ゼクスの冷静な声が一帯に響く。

「現在地は不明だが、その地帯にはいないようだ」

「チッ……なら、次の場所に移動するぞ!」

「それはいけません、ドライさん」と一色が呼び止めた。「目の前にもウイルスがいるのですから、討伐をしなくては……!」

「ザコは他の連中に任せればいいだろ。おれたちはボスを倒しに来たんだ!」弥生は眉をひそめ、焦りを隠すように声を上げた。

「そんなこと言って、本当は戦うのが怖いのでしょう?」と一色は挑発的に言った。

「はぁ!? そんなわけねぇだろ!」

「本当にそうでしょうか?」一色は周囲に視線を移した。「皆さんは、すでに討伐に向かっていますが……」

「なっ!?」

弥生が毒森林地帯に目をやると、アインス、ツヴァイ、フィーア、フュンフの四人は、ヤギ怪獣とヘラジカ怪獣をまるでゲームの雑魚敵のように、次々と瞬殺していた。

「クッソ、出遅れた」

弥生は猛然と毒森林地帯へ飛び込んだ。

「残りは全部、おれが一人で片付けてやる!」

 一色は弥生の慌てた姿を見つめながら「うふふ……」と小さく笑った。

「では、わたくしも向かいましょうか……」と呟き、手のひらをパッと開いた。すると、魔法の杖が「ポン!」と現れ、それを握り締めた。

杖を手に取ると、一色は静かに目を閉じ、その場で念じ始めた。次第に杖の先端の金色の宝石に魔力が集まり、輝き出した。金色の魔法陣が上空に広がるや否や、討伐中のメンバーは一斉に空を見上げ、察したようにその場から退避した。

「プリュイ・ド・ルミエール(光の雨)……」

一色の囁きは静かだが、その声には確かな力が宿っていた。次の瞬間、魔法陣から無数の金色の光の矢が一斉に放たれた。

光の矢は、まるで雨のように毒森林地帯に降り注いだ。怪獣たちを貫き、毒々しい花々や濃緑の沼地をも浄化するように輝いた。

怪獣たちは光の渦に飲み込まれ、一瞬の閃光とともに塵となって消え去った。神聖な光の力が、瘴気に満ちた空気を浄化し、荒廃していた森林を緑の豊かな地に変えていった。

一色が綺麗な光景を上空から眺めていると、彼女のそばに和風甲冑を身に纏った少女が静かに現れた。一色のパーソナルAI『オーロラ』だった。腰には鋭い刀が輝き、静かな気配ながらも鋭い存在感を放っていた。

「手伝いに来たぜ、お嬢!」と、威厳のある声でオーロラは言った。

「うふふ、ありがとうございます。頼りにしていますわ」と一色は微笑みながら返した。

「でも……」

オーロラはちらりと森林地帯に目を向け、肩をすくめるように言った。

「今は、必要なさそうだな……」

「そうですわね……」

しばらくして、一色の魔法は止んだ。そのときにはすでに森林地帯に怪獣の姿は一切なく、毒々しい光景も自然豊かな森に変貌していた。

弥生は拳を震わせながら唇を噛み、一色を睨みつけた。

一色はそんな弥生を挑発するかのように微笑み、勝ち誇った視線を送り返した。それが弥生の悔しさをさらに掻き立てた。

全員が一色のもとへ集まった。

一色は慣れた手つきでメニュー画面を開き、指で操作した。次のエリアへ向かうゲートを開こうとしていたが、途中で手を止め、困った表情を浮かべた。

「おい、早くゲートを開け!」と弥生は急かした。

「おかしいですわね……」一色は眉をひそめた。

「どうしたの?」とフィーアが尋ねた。

「ゲートが開きませんわ」と一色は冷静に答えた。

 その言葉に、全員が目を見開き、驚きの表情を浮かべた。

「は? どういうことだ?」と弥生は問い詰めた。

「……ルシファーの仕業だな」

オーロラは冷静な声の中に、わずかな警戒心を滲ませながら呟いた。メニュー画面を開き、指で操作しながら「あたしも開けねぇ」と言った。

 他のメンバーもすぐに試してみたが、誰もゲートを開くことができなかった。

一色は空を見上げ、「ゼクスさん、どうにかできますか?」と問いかけた。

わずかな沈黙のあと、ゼクスから『すまない、開けられそうにない』というメッセージが届いた。どうやら、複雑なアルゴリズムに阻まれているようだった。

「そうですか……」と一色は残念そうに呟き、目を伏せた。

「他に方法はないのか?」とツヴァイが問いかけた。

「ずっと前に進めば、次の場所に行けるんじゃねぇの?」と弥生が適当に言った。

「そんなことしても意味がねぇ。一周して戻るだけだ」とオーロラが指摘した。

「このゲームは、エリア間を移動するとき、必ずゲートが必要です。他に移動手段はありません」と一色が冷静に補足した。

「チッ……じゃあ、どうすんだよ! ここに閉じ込められたまま、何もできないのか!?」と弥生は声を荒げた。

「今は、待つことしか――」

一色がそう言いかけた瞬間、空間が不気味に歪み、彼らの目の前に突然、黒いゲートが現れた。異様な雰囲気に、全員の視線が鋭く集まった。

「なんだよ。思ってたよりも全然速ぇじゃねぇか、ゼクス」弥生は空を見上げて言った。

『いや……そのゲートを開けたのは、ぼくじゃない』というゼクスからのメッセージが届いた。

「は? じゃあ、誰が開けたんだよ?」と弥生は尋ねた。

「ルシファーのようですね」と一色が静かに答えた。

「は……? 何であいつが……?」

「おそらく、ルシファーはこれを“遊び”として楽しんでいるのでしょう」

「チッ……ふざけやがって!」弥生は拳をギュッと鳴らすように握りしめ、低く唸った。「ぜってぇおれがぶっ飛ばす……!」

 弥生が先陣を切ってゲートに飛び込み、すぐ後に他も後に続いた。

 三十分後、弥生たちはマグマ地帯でヘラジカ怪獣の討伐をしていた。あれから五回連続でザコ怪獣ばかりを相手にしていた。一向に現れる気配のないルシファーに対し、次第にイライラが募っていた。ゼクスとテュールも、なおゲートを開く手段を見いだせずにいた。

 マグマ地帯のヘラジカ怪獣を一掃し、弥生たちは上空に集合した。

そこで次のゲートが開くのを待っていると、突然遠くの空に円盤型のUFOが現れた。

全員の視線が集まる中、UFOは彼らの横を通過し、マグマのないデコボコ地帯に静かに着陸した。

一色は目を見開き、「あれは……!」と小さく呟いた。

UFOは、着陸するとすぐに前部が両開きドアのように開き、そこから巨大な風船のようなものが膨らみ始めた。風船は瞬く間にUFOを越える大きさに膨らみ、今にも破裂しそうだった。弥生たちは両手で耳を塞ぎ、緊張の面持ちで見守った。

ついに巨大な風船が限界まで達し、猛烈な破裂音とともに大爆発を起こした。その衝撃で空気は震え、つんざくような破裂音が弥生たちの耳に届いた。そして、UFOの目の前に新たな怪獣が現れた。

漆黒の甲冑を纏い、光を反射する銀色の二本角が鈍く輝く。圧倒的な威圧感が空気を歪ませ、周囲に不気味な静寂が広がった。

「ザットン……!」オーロラの声に緊張が走った。「みんな、気をつけろ! こいつは最強クラスだ――下手をすれば一撃で終わるぞ!」

「チッ……次から次へと、面倒くせぇ……」

弥生は視線を下げ、吐き捨てるように呟いた。鋭い目に切り替わると、空を蹴ってザットンに突撃した。

「速攻でぶっ飛ばす!」

 一瞬で間合いを詰め、弥生の拳がザットンの顔面を捉えた――その刹那、ザットンの姿がフッと掻き消えた。

拳が虚空を裂き、弥生は思わず目を見開いた。次の瞬間、弥生の背後にザットンが現れた。

ザットンは迷わず弥生にパンチを繰り出した。

弥生は背後の気配に気づき、反射的に振り返ったが、目の前に迫る拳を目にして、瞬時に回避できないと悟った。咄嗟に腕をクロスして、ザットンの拳を受けた。たいしてダメージは負わなかったが、吹き飛ばされ、そのままマグマに叩き込まれそうになった。ゼクスから渡された耐火ポーションの効果もとっくに切れていた。つまり、このままマグマに落ちると、即ゲームオーバーという状況だった。

 チッ……このままじゃまずい!

 弥生は空中で体勢を整えようとしたが、勢いがあり過ぎて上手く動けなかった。あと数メートル――灼熱のマグマが視界いっぱいに迫っていた。弥生の背筋に冷たい汗が流れたその瞬間、突然、白くて柔らかいものが彼の体をやさしく包んだ。それはクッションのように衝撃を吸収し、やさしい力でそっと弥生を押し返した。弥生がすぐに体勢を整えて周囲を見渡すと、隣に一色の姿があった。白いクッションは、一色が魔法で出したものだった。

「意気込みは素晴らしいですが、油断は禁物ですわ」と一色は落ち着いた笑みを浮かべつつ、さらりと指摘した。

弥生は視線を逸らし、「チッ……」と小さく舌打ちした。唇を噛みしめながら、一色の方へちらりと視線を送り、頬をわずかに赤らめて、ぶっきらぼうに呟いた。

「……助かった。ありがとな」

「うふふ、どういたしまして」

 ザットンが二人に向かって火球を放った。だが、一色が咄嗟にシールドを展開し、火球を防いだ。

「さきほどのオーロラの言葉、覚えていますか?」と一色は冷静に問いかけた。

「ん? なんか言ってたか?」と弥生は問い返した。

一色はため息をつき、少し呆れたような表情を浮かべた。

「ザットンはこのゲームで最も強い怪獣の一体――つまり、今まで倒してきた怪獣とは、強さの次元が違うのです」

「だから何だよ? どんな化け物だろうが、ぶっ倒すだけだ」弥生は拳をぶつけた。

「わたくしたちでも簡単にはいかない、ということです」

一色は新たな耐火ポーションを手に取り、弥生に投げ渡した。

 弥生はそれを受け取り、すぐに飲んだ。瓶を投げ捨てると、両手で頬を軽く叩き、気合を入れ直した。

 全員が迂闊に近づくことはせず、警戒した様子でザットンを見据えた。

「オーロラ、ザットンの情報をみんなに伝えてください」と一色が指示した。

「了解!」とオーロラは返し、全員の目の前にザットンの情報を映し出した。

「……ザットンは身長六〇メートル、体重三万トンの怪獣だ。主な攻撃手段は、赤い火球、白い光弾、それに広範囲の波状光線。さらに瞬間移動とバリアでこちらの攻撃を躱す。だが、攻撃中はバリアを張れない――そこが唯一の隙だ。だけど……」

「何か気になることがあるのですか?」と一色は冷静に尋ねた。

「……あいつ、ルシファーに操られてやがる。データにないことをするかもしれねぇ……」

「そうですか……ありがとうございます、オーロラ」

一色は口元を緩め、ザットンを見据えながら続けた。

「――ということですので、みなさん、いつも以上に集中を切らさないでください」

「了解!」

一斉に声を上げ、全員、素早く散開した。

 弥生、アインス、ツヴァイ、オーロラの四人は果敢に前線へ。フィーア、フュンフ、そして一色は中遠距離からの支援攻撃に徹する形で、最強の怪獣――ザットンの討伐戦が幕を開けた。

 最初はザットンに動きを見切られ、バリアで防がれたり、瞬間移動で避けられたりした。だが、経験豊富な一色とオーロラが素早く対応し、他のメンバーもそれに続いた。

しばらくすると、一色が眉をひそめ、鋭い視線をザットンに向けた。

「……何かおかしいですわ。動きが、いつもと少し違います」

それを確かめるかのように、一色はザットンに向けて、円盤型カッター光弾を放った。

それを見るや否や、ザットンはバリアを展開して防いだ。

一色のカッター光弾は、バリアにぶつかり、ガラスが割れるような鋭い音を立てて砕け散った。

次に一色は、リング状の拘束魔法を放ったが、それも力で簡単に引き千切られたのだった。

一色の魔法がことごとく破られる中、弥生たちは少しずつザットンの動きを見極められるようになっていた。次第に攻撃を当てられるようになり、勢いを増していった。だが、いくら攻撃を命中させても、ザットンはすぐに傷を再生し、元通りに戻った。

体力ゲージがないため、ザットンのダメージ量がまったく読めない――じわじわと焦燥が広がり、全員の動きにかすかな迷いが生まれ始めた。それは精神と肉体の両方に重くのしかかり、疲労の色が濃くなっていった。

 さらに、彼らに追い打ちをかけるように、突然オーロラが叫んだ。

「みんな、緊急事態だ!」

その声はいつになく切羽詰まっていた。

全員がオーロラに耳を傾けると、オーロラの口からある悲報が告げられた。

「他のエリアで戦ってるプレイヤーたちが――次々と脱落してやがる! ゼクスたちの作戦が上手くいってないようだ!」

その言葉に、弥生たちの顔色が一瞬で変わった。

「あいつ、できるって言ったじゃねぇか!」と弥生は声を荒げた。

「おそらく、ルシファーが邪魔しているのでしょう……」と一色が冷静に呟いた。

「どうやら、そのようだ。最初は問題なくできていたのに、それが急にできなくなったらしい」とオーロラが付け足した。

「チッ……ヤロー」弥生は苛立ちを滲ませた。

「つまり、絶対に負けられなくなったわけだね」とフィーアが呟くと、オーロラは静かに頷いた。

「最初から負けるつもりなんてねぇけどな!」と弥生は強気に言い放った。

 アインスとツヴァイも頷いた。

 静寂を裂くように、一発の銃声が轟いた。

フュンフの放った弾丸が、真っ直ぐにザットンの首元を撃ち抜いた。その発砲音は、フュンフの無言の同意だった。

ザットンは首の傷をすぐに再生したが、その瞬間、フュンフが何かに気づいたようにスナイパーのスコープを覗き込んだ。

「ドレさん……今、あいつの首元に何か――」

フュンフが言いかけた瞬間、突然、エリア一帯にエコーのようなアナウンスが鳴り響いた。

 そのアナウンスはイリスからのもので、その内容は、怪獣の身体のどこかに弱点となる核があるということだった。

「やっぱり、設定が変えられていたか……もっと早く気づくべきだった、すまん」とオーロラは悔しげに唇を噛んだ。

「あなたが謝ることではありません。わたくしたちも気づかなかったのですから」と一色が柔らかい口調で返した。

 弥生は胸の前で拳を付き合わせた。

「ようやく攻略の糸口が見えたな! さっさとぶっ倒して、次へ進むぞ!」

「ふふ、そうですわね」と一色も微笑みながら同意し、ザットンに視線を向けた。「まずは、核を探しましょう」

「ガジラは胸にあったようだし、あたしたちも、胸から調べてみるか?」とオーロラが提案した。

「そうだな」と弥生は同意し、アインス、ツヴァイも頷いた。

 しかしそのとき、「ねぇねぇ、ドレちゃん! フュンフが何か言いたいことがあるんだって」とフィーアが口を挟んだ。

一色は遠く離れた岩場に身を潜めるフュンフに目を向け、耳にそっと手を添えた。

「なんでしょう? フュンフさん」

「……あの、さっき撃ったとき――」

フュンフの声は小さかったが、それでもはっきりと続けた。

「首元に……赤い光が、見えた……よ」

フュンフの視線は、スコープの先を見つめたままで、息遣いは少し荒かった。

「……さすがフュンフさん。すでに気づいておられたのですね! これで無駄な時間を使わずに済みました。ありがとうございます」

一色は感謝の言葉を伝えた。

 フュンフは頬をほんのり赤く染め、恥ずかしそうに視線を逸らした。嬉しさが胸に溢れ、まともに顔を見られなかった。その瞬間、ザットンの口から灼熱の火球が放たれ、フュンフの潜む岩場を正確に捉えた。轟音とともに岩場が爆発四散し、熱風が辺りを焼き尽くした。

「フュンフさん!」

一色は思わず声を上げたが、すぐにフュンフから「大丈夫……」という声が届いた。フュンフはすでに高速移動で回避し、別の岩場に身を潜めていた。

一色はフュンフが無事であることにホッとすると、気持ちを切り替え、鋭い目つきでザットンを見据えた。静かに、しかし力強く言い放った。

「みなさん、ザットンの核は首元です! 次で必ず仕留めましょう!」

「了解!」と全員が一斉に応じ、四方に散開した。

 アインスがザットンの目前に飛び込んだ。瞬間、周囲には無数の『残像』が発生した。まるで幻のように高速移動を繰り返し、その姿は四方八方に散った。

ザットンは驚いたように一瞬だけ動きを止めた。だが次の瞬間、驚愕から立ち直ると、火球や光弾を放ち、残像を次々に貫いた。だが、アインスはその行動を先読みし、すでに別の位置へと移動していた。

その隙に弥生とツヴァイが、ザットンの背後に回り込んだ。

「行くぜっ!」

弥生が拳を握り、右足へと一撃を叩き込む。続けざまに、ツヴァイの回し蹴りが左足を打ち抜いた。

「フェーブルキック!」

炸裂した二人の一撃――その衝撃にザットンは耐え切れず、巨体が地面に倒れ込んだ。轟音が鳴り響き、大地が激しく震えた。

ザットンが仰向けで倒れると、視線の先に一色とフィーアの姿を捉えた。

一色の杖とフィーアのロッド型デバイスに、眩い金色のエネルギーが渦を巻き始めた。

「……行きますわよ」と一色が呟き、フィーアも「うん」と応じた。

次の瞬間、天を貫くほどの巨大な光の柱が放たれた。

ザットンは目を見開き、反射的にバリアを展開した。

光とバリアが激突し、空間が震えるほどの衝撃波が広がった。二人がさらに力を込めると、バリアにかすかなヒビが走った。だが、その瞬間、エネルギーが尽き、光が弾けるように消え去った。

しかし、そこへアインス、ツヴァイ、ドライ(弥生)の三人が、上空からバリアのひび割れ狙って一斉に強烈な蹴りを叩き込んだ。その衝撃でバリアが粉々に砕け散り、ザットンを守るものはなくなった。

その瞬間、オーロラが音もなく舞い降りる。刃が閃き、首元の皮膚と筋肉を鋭く断ち切った。瞬く間に斬撃を繰り出し、ザットンの首元から約二メートルの赤い宝石のような核が現れた。核が露わになった瞬間、ザットンはオーロラに掴みかかった。

オーロラはすぐさま後ろに跳んで退いた。

「――任せた!」

オーロラの声に応えるように、上空で待機していたフュンフがスコープを覗き込む。深く息を吸い込み、狙いを定める。世界が静止したような一瞬、フュンフは無音の中で引き金を引いた。

閃光のように放たれた銀の弾丸が、核の中心を完璧に射抜く。次の瞬間、核全体に無数のヒビが走り、眩い光とともに粉々に砕け散った。

ザットンは苦しみの声を上げ、悶え苦しみ、最後には塵となって完全に消滅した。ザットンの頭部が塵となって崩れ落ちると、その場に突如、異様な「帯」が浮かび上がった。白く揺らめく帯には無数の数字が刻まれており、それらが蠢くたび、不気味な電子音のようなざわめきが響いた。

帯は風に煽られ、空へと舞い上がっていった。そして、光の中で薄れていった。

 それから十分が経ち、全員が心身の回復を終え、いつでも次のエリアへ向かう準備を整えていた。しかし、待てども次のゲートが現れなかった。

その間、暇を持て余していたみんなの様子を見て、オーロラが他プレイヤーの戦況を調べ始めた。調べ出してすぐに「えっ……!?」とオーロラが声を上げた。

「オーロラ? どうしたのですか?」と一色が尋ねた。

 オーロラは一人で画面を食い入るように見つめ、思わず「うそ!?」と声を上げた。その表情には驚愕と焦りが滲んでいた。一色に目を向け、ゆっくりと口を開いた。

「……すでにルシファー戦っているヤツらがいる」

その言葉に、全員が目を見開いた。

「んだと!? 誰が、どこで戦ってんだ?」と弥生は真っ先に問いかけた。

「これを見ろ」

オーロラは手を振り上げ、空中にライブ映像を投影した。そこには、ヴィオレと他三名の姿が映っていた。

「なっ……!? こいつ……まさか、あのときの!」弥生の声が震えた。

「キャー! この子、やっぱり超かわいい! あたしも仲良くなりたいな!」とフィーアは目を輝かせた。

「なかなかいい連携だ……」とツヴァイは感心したように呟いた。

 アインスとフュンフも無言で映像を見つめた。

「あぁ……さすがヴィオレ様! いつ見てもお美しい!」

一色はヴィオレの戦いぶりに見惚れていた。

「一緒に戦っている方たちが羨ましいですわ。わたくしも早くご一緒したいですのに……」

 ヴィオレたちは見事な連携を見せ、優勢な戦況を保っていた。だが、その流れを一変させる出来事が起きた。突然、謎の帯が空からひらひらと舞い降りた。その帯はルシファーのもとへ向かっていた。

「なんだ、あれは?」と弥生は呟いた。

オーロラは帯を目にした瞬間、「まずい!」と声を上げた。

「おそらくあれは、戦闘データのフラグメント! 吸収されれば、ルシファーが進化してしまう!」

「なんだと!?」と弥生は驚きの声を上げた。

 オーロラの言ったことは正しかった。

ルシファーが光の帯を吸収した瞬間、身体全体が眩い光に包まれ、急速に進化を遂げたのだった。姿を現したルシファーの体は、かつてないほど禍々しいオーラを放っていた。ダメージの痕跡は完全に消え去り、戦況を圧倒するほどの力がルシファーに漲っていた。その強さは想像以上で、あっという間に二人のSランクプレイヤーを倒した。

「このままじゃヤベェ……あいつらもやられちまうぞ!」弥生は焦りの表情を浮かべた。

「そんな! ヴィオレちゃんと仲良くなりたいのに!」とフィーアが言った。

「どうにかできないのか?」ツヴァイは頭を抱えた。

「ゲートが開かない限り、わたくしたちには手の打ちようがありませんわ……」一色は悔しそうに拳を握り締めた。

 全員が何もできない悔しさと無力感に苛まれていたそのとき、突如、目の前の空間に揺らめく光の渦――ゲートが現れた。同時に、ゼクスの声が響いた。

「遅くなってすまない。ようやくゲートが完成した。それはルシファーまでの直行ゲートだ」

「よくやった! ゼクス!」

弥生は空を見上げて言い、「行くぞ!」と声をかけ、弥生は振り返らず、真っ直ぐにゲートへと飛び込んだ。

すぐあとに一色も続き、「ヴィオレ様! 今すぐ参りますわ!」と叫びながら、ゲートへと飛び込んだ。残るメンバーも一瞬の躊躇もなく、次々とゲートに飛び込んだ。

 移動中、普段は冷静沈着な一色が、珍しく身を乗り出しながら走り、時折周囲を鋭く見渡していた。その動きからはいつもの優雅さが消え、焦りが滲んでいた。それほど緊迫した状況なのだろう。

 ゲートを抜けると、今にも崩れ落ちそうなほどボロボロのビル群が建ち並ぶ、色神の街が広がった。

「ヴィオレ様! どこですの!?」と一色は周囲を見渡した。すると、少し離れた場所から爆発音が響いた。

全員が音のした方に一斉に目を向けた。「そこにルシファーがいる」と誰もが悟り、迷うことなく向かった。

 ヴィオレ、イリス、ルシファーの姿を捉えたが、まだ距離があった。だが、その瞬間、ルシファーの指先に光が集まり、漆黒のビームがヴィオレの胸を狙って放たれようとしていた。

「――まずい!」と一色が叫び、フィーアとフュンフも瞬時に武器を構えたが、間に合いそうになかった。

そんな中、弥生は空を強烈に蹴り上げ、一気に加速した。爆発的な風圧が周囲に広がり、ルシファーへ突進した。勢いのままに間合いを詰めると、ルシファーの顔面に拳を叩き込んだ。ルシファーの左頬が激しく歪み、巨体は勢いよく吹き飛ばされ、頭からコンクリートのビルに突っ込んだ。

ヴィオレは突然のことに驚いた様子で目を丸くし、弥生を見つめた。

「大丈夫か? お前」と弥生はぶっきらぼうに問いかけた。

「あ、ああ、大丈夫だ……」ヴィオレは息を整えながら返した。「助かった。ありが――」

「ヴィオレ様っ!」

イリスの切迫した声が割り込み、ヴィオレの言葉が掻き消された。

イリスは慌ててヴィオレに駆け寄ると、全身を見回した。

その間に、一色たちもその場に到着した。

「申し訳ありません。わたしのせいでヴィオレ様を危険な目に……」イリスは目を伏せ、申し訳なさそうに言った。

「汝のせいではない。我の油断が招いた結果だ」

ヴィオレはイリスの頭にそっと手を置いた。

「ですが……!」

「気にするな。我は――まだここにいる!」

ヴィオレは胸を張り、その瞳に揺るぎない光を宿していた。

 その言葉に、イリスは励まされたように表情を和らげた。

 二人の会話が一段落つくと、一色がそばにそっと寄った。ヴィオレに向かって片膝をつき、頭を下げた。

「遅くなり、申し訳ありません。ヴィオレ様」

弥生たちは一色の行動に驚き、目を丸くして見つめた。

「えっ、あ、あの……」

ヴィオレは戸惑った表情で視線を泳がせたが、すぐに咳払いをして平静を装った。

「き、気にするな。助けてくれたこと、感謝する」

感謝の言葉を聞いた瞬間、一色の挙動がおかしくなった。

「あ、ああ、あああぁぁぁ……! ありがとうと、言われましたわ!」

一色の歓喜の言葉が響いた。しかし次の瞬間には、ハッとしたかと思うと、オーロラに視線を向け、目を輝かせた。

「オーロラ! 今のやり取り、録音しましたか?」

 オーロラは親指を立て、深く頷いた。

「ナイスですわ!」と一色も親指を立て、微笑んだ。

 一色が喜びを噛みしめていると、弥生が横から割って入り、皮肉を込めて言った。

「助けたのは“おれ”だけどな……」

一色は微笑みながら弥生に目を向けた。

「ええ、とても勇敢で素晴らしいご判断でしたわ」

「……うっせぇ」

弥生は顔を赤らめ、視線を逸らして照れ隠しのように鼻をこすった。

 次はフィーアがヴィオレに静かに身を寄せた。

「ヴィオレちゃん! あたしフィーア。よろしくね!」とフィーアは明るい笑顔で手を差し出した。

「え、あ、ああ……よろしく」ヴィオレは困惑しつつも、握手に応じた。

手を解くと、フィーアは一歩後退し、仲間を順に紹介し始めた。

「こっちがアインス、ツヴァイ、フュンフ、そして、オーロラだよ」

名前を呼ばれたメンバーは、軽く一礼した。

フィーアは最後に、一色と弥生に視線を向けた。

「――で、あそこでケンカしてるのが、ドライと……」

フィーアがそう言った瞬間、一色が突然「あっ!」と声を上げた。

「わたくし、まだヴィオレ様に自己紹介をしておりませんでしたわ!」

一色は向き直ると、軽く頭を下げた。

「わたくし、ドレと申しますの。以後、お見知りおきを――」

 ヴィオレは一色の態度に、困惑の表情を浮かべたが、ゆっくりと口を開いた。

「……その名前、初めて見たときから、少し気になっていた」

 ヴィオレの言葉に、一色の目が大きく見開かれる。「まさか……」と息をのむように顔を上げた。

「人違いかもしれぬが……ひょっとして、いつも我に応援のメッセージを送ってくれる者ではないか?」とヴィオレは恐る恐る尋ねた。

「わたくしのメッセージにお目通しいただけたのですか!? ありがとうございます!」一色は目を輝かせた。

「やはりそうか……」ヴィオレは安堵のため息を吐いた。「前向きなメッセージに、いつも励まされている。あ、ありがとう」と少し照れながら感謝を伝えた。

「はぁ~! わたくし、とても幸せですわ!」一色は歓喜の声を上げた。

 そのとき、ルシファーが突っ込んでいたビルが轟音とともに爆ぜ、瓦礫が四方八方へと弾け飛んだ。灼熱の衝撃波が空気を裂き、全員の動きが一瞬止まる。視線がその中心――不気味なオーラを纏うルシファーに自然と集まった。

ルシファーは肩を回しながら骨を鳴らすと、ゆっくりと視線を上げ、弥生たちを鋭く見据えた。次の瞬間、一瞬で姿を消し、その巨体が空を切り裂いて弥生たちの前に現れた。

 弥生たちは咄嗟に臨戦態勢をとった。さっきまで喜びを噛みしめていた一色も真剣な表情に変わっていた。

「ようやく会えたな、ウイルス野郎」弥生は低く唸るように言い放ち、その視線に殺気を滲ませた。

「ドライさん、油断は禁物ですわよ。さきほどの一撃は、不意を突いただけです」と一色は冷静に指摘した。

「わかってる! もう後れは取らねぇよ」弥生は強気に言い返した。指の骨を鳴らし、気合を入れると、一歩前に出た。

 弥生が気合を入れて前に出ると、ヴィオレが小首を傾げて呟いた。

「整理整頓……?」

「ッ! 口に出すんじゃねぇ!」弥生は振り返り、顔を赤くして叫んだ。

その慌てぶりにフィーアは吹き出し、他のメンバーも笑いを堪えていた。

「これはドライさんのモットーですの」と一色が微笑みながら説明した。

「そ、そうか……」ヴィオレは納得したように頷いた。

「うるせぇ! そんなわけ――」

弥生がそう言いかけた瞬間、ルシファーが空を蹴って、突撃した。

 弥生、アインス、ツヴァイ、オーロラ、イリスが即座に前進し、迎撃態勢に入った。

一方、フィーア、フュンフ、一色、ヴィオレは素早く後方に下がり、散開して支援と防御の態勢を整えた。

 ルシファーは弥生を射抜くように見据え、鋭く拳を突き出した。感情を持たないはずのコンピューターウイルス――だが、その拳には、まるで怒りや憤怒といった“意思”が宿っているかのようだった。様々なデータを捕食したことで、攻撃を受ければ反撃する――それが最適解だと学んだのかもしれない。

 弥生はルシファーのパンチを紙一重で躱し、すかさず反撃の拳を突き出す。だが、ルシファーは軽やかに身を捻じって躱した。

弥生は止まらない――二撃、三撃、四撃と連打を繰り出し、そこにアインス、ツヴァイ、オーロラ、イリスが息を合わせて畳みかけた。

次々と入れ代わるように攻撃を畳みかけ、ルシファーに反撃の隙を一切与えなかった。さらに、中遠距離からフィーア、フュンフ、一色の三人がタイミングを見計らい、正確な攻撃を放ち始めた。ヴィオレも魔力を溜めていた。

 ルシファーは防御と回避だけで精一杯の様子だった。繰り出されるすべての攻撃にギリギリで対応していた。

 弥生は次第に調子を上げ、動きがさらにキレが増していた。その勢いに押され、ルシファーが一瞬バランスを崩したその隙に、弥生は間合いを詰め、鋭い拳を顔面に放った。しかし、その瞬間、突然、背中に衝撃が走った。弥生は息が詰まるほどの痛みを感じ、反射的に振り返った。視線の先には、魔法を放った直後の目を丸くしたヴィオレが立ち尽くしていた。

「あ、すまない」とヴィオレは呟いた。

「てめぇ! 一体何の――」

弥生が言いかけたその瞬間、ルシファーの拳が彼の腹にめり込み、鋭い衝撃が全身を貫いた。

「ぐっ……!」

弥生は息も絶え絶えに吹き飛ばされ、轟音とともにビルの壁面に叩きつけられた。

 ルシファーは見事、やり返しに成功し、嬉しそうに拳を握り締めた。

 他の仲間はぽかんとした表情で、弥生が突っ込んだ場所を見つめた。

 しばらくすると、崩れ落ちたビルの瓦礫が吹き飛び、「だあー、くっそ!」と叫びながら弥生が勢いよく立ち上がった。

弥生は素早く視線を上げると、ヴィオレを睨みつけながら指差した。

「てめぇ! おれに何か恨みでもあんのか!」と鋭く言い放った。

「す、すまない……当てる気はなかったのだ」とヴィオレは申し訳なさそうに謝った。

「チッ、次からもっと注意しろよ!」

「は、はい……」

弥生はすぐに気を取り直した。口ではヴィオレを責めながらも、内心ではこう思っていた。

いくらあいつがトッププレイヤーとはいえ、いきなりおれたちと連携するのは難しいか……。

それを考量した上で、弥生は怒りを鎮めた。だが、そのとき、ある人物の姿が弥生の脳裏によぎった。

「ヴィオレ様はまったく悪くありません。そこにいたあなたが悪いのですわ」と一色が言い放った。

「んだと!?」弥生は一色を睨みつけた。

再び口論が始まるかと思われたが、オーロラが二人の間に滑り込み、鋭く言い放った。

「二人とも! 今はケンカしてる暇なんてねぇぞ!」

 オーロラの仲裁で、二人はすぐに気持ちを切り替え、戦いに意識を向けた。

すでにアインス、ツヴァイ、フィーア、フュンフ、イリスがルシファーと激しい戦いを繰り広げていた。

 弥生も気持ちを落ち着かせ、ルシファーに突撃し、一色とヴィオレもルシファーを見据えた。

 その後、ヴィオレは見事な連携を見せていた。アインスやツヴァイの動きに合わせた魔法で二人を援護し、フィーアやフュンフとは合体技を放っていた。

一方、なぜか弥生とだけは相性が悪いようだった。

ヴィオレの光弾は、なぜか毎回、弥生の背中に命中していた。最初の数回はよくあるミスとして、弥生も見過ごしていた。だが、度重なるミスに、ついに弥生の我慢も限界を迎えた。

「てめぇ! いい加減にしろよ! どう考えてもわざとだろ!」と弥生は強い口調で言い放った。

「それはこっちのセリフだ! 汝こそ、我が魔法に自ら飛び込んでおるではないか!?」とヴィオレも言い返した。

「ふざけんな! そんなわけあるか! お前が下手なだけだろ!」

「愚か者め、我の腕を疑うとは無礼千万! 汝など我の足元にも及ばぬわ!」

「んだと、てめぇ!」

「やる気か、この凡人が!」

 弥生とヴィオレは互いに一歩も引かず、火花を散らした。

一色はすかさずヴィオレの側に立ち、冷たく弥生を牽制した。弥生側には誰もいなかった。他の仲間は完全に無視を決め込み、各々がルシファーとの戦いに集中していた。

だが、このままでは埒が明かないと見て、オーロラが弥生の肩をぐいっと掴み、「おい、いい加減にしろ! 戦ってる最中にケンカしてどうすんだ!」と叱責した。

一方、イリスはヴィオレの腕を軽く引きながら、「ヴィオレ様、今は戦闘に集中しましょう……」と静かに諭した。

息を整えて落ち着きを取り戻すと、弥生はふと思った。

 この状況、どこかで経験したことがある。そうだ、〈フリーデン〉の任務で、あのときも……。

弥生はとある任務で、初めてシュバルツと組むことになった。彼女の第一印象は、噂通りのクールで有能なエージェントだった。

作戦を実行中、シュバルツは誰よりも勇敢に敵を倒していた。だが、ただ一つ気になる点が弥生にはあった。弥生が前線に出るたび、シュバルツの非殺傷弾が彼の背中や肩に直撃した。痛みは鋭く、一般人なら一発で失神するほどの威力だ。非殺傷弾でなければ、弥生は今頃死んでいる。

シュバルツに悪気は一切なく、わざと当てている様子もなかった。

撃たれるたびに「おい、シュバルツ! てめぇ、もうちょっとちゃんと狙いやがれ!」と弥生は何度も忠告した。

だが、返ってきたのは冷静な声で「わたしはしっかり狙っているわ」の一言。

その日だけで、背中と肩に十八発――常識では考えられないほどの激痛をともなう弾をくらった。

そのことを思い出した瞬間、弥生はこう思った。

 あいつ、まさか……中身はシュバルツなんじゃねぇのか? おれたちに黙って手伝いにきたとか? そう思うと、妙にヴィオレの動きがシュバルツと重なって見えるな…………いや、ありえねぇ。あいつがゲームなんてやるわけねぇし、口調も態度も別物。ただの他人の空似だな。

 ……そう結論づけて、弥生は自分の中で無理やり納得した。

 弥生とヴィオレの一悶着はさておき、ルシファーは鋭い攻撃を次々と浴び、確実にダメージを負っていた。次第に呼吸が荒くなり、消耗している様子だった。ボス級怪獣と同じように身体のどこかに核があるかもしれないため、一同は注意して探していたが、まだ見つかっていない。

弥生たちが優勢だった。しかし、このまま消耗戦になれば話は別だ――ルシファーがデータを吸収し、さらに進化する可能性がある。そうなれば、形勢は一瞬で逆転し、手のつけられない化け物になる。早めに決着をつけたいところだが、なかなか倒しきれない状況が続いていた。それでも弥生たちは手を休めることなく、次々と攻撃を繰り出していた。

そのとき、ルシファーの赤い目がギラリと輝き、空気が一瞬で凍りついた――時間すら止まったかのように。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想お待ちしております。

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