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柴乃の秘密③

「どうしたんだ? イリス」

柴乃は平静を装いながら尋ねた。だが、その顔は引きつり、額からは冷や汗が一筋伝っていた。

 イリスがこんな真剣な顔をするときは、間違いなく怒られるパターンだ。我、何かやらかしたか?

 柴乃は慌てて記憶を辿ったが、具体的な原因がまったく浮かばなかった。

身に覚えがない……。まさか、今回のミッションを引き受けた理由が不純すぎたか……? そうか、きっとそれだ! イリスはすべてお見通しで、失望してるに違いない……! なんて恐ろしい洞察力なんだ……!

柴乃はようやく一つの結論を導き出した。

でも、仕方ないではないか。我にとっては大事なことなんだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。何としてもミッションをクリアして、ヒーローにならなければ……!

柴乃はそう簡単に諦めるつもりなど毛頭なかった。イリスに鋭い視線を向けると、さらに考えた。

ミッションの前に、まず目の前の大きな壁を乗り越えなければならないとはな……これも、我の運命か……さて、どうする……?

 柴乃が考えていると、イリスが先に口を開いた。

「ヴィオレ様……」

イリスが静かに声を発した瞬間、柴乃は心臓が飛び跳ねるような感覚を覚えた。反射的に背筋を伸ばし、全身が緊張する。イリスはそのまま続けた。

「今回、どうして突発ミッションをお受けになられたのですか?」

 キタ! いきなり確信を突いてきたな……! もう知ってるくせに、あえて我に自白させようとしているのか? だが、その手には乗らんぞ!

 柴乃はそう解釈し、ゆっくりと口を開いた。

「逃げたり諦めたりするのは誰にだってできる! でも、挑戦には――覚悟と、絶好のタイミングがいる。我は、それがまさに『今』だと確信した!」

柴乃は真っ直ぐに見つめながら答え、間髪入れずに続けた。

「密かに待ち望んでいたチャンス――(異名を変えること)を、逃すわけにはいかない! 我のためにも……そして――“真白”のためにも!」

柴乃は拳を強く握りしめ、どこかで聞いたことありそうなそれっぽいことを力強く言い放った。変な言い訳をするよりも、率直に思ったことを言った方が響くかもしれないと考えたからだ。

「そうですか……」とイリスは呟き、真剣な表情のまま視線を少し落とした。

二人の間に緊張感が流れ、静寂が包み込んだ。

クッ、今の言葉では響かなかったか……! なら、次は……!

「別に我は――」

柴乃が次の言葉を口にした瞬間、「わかりました」とイリスが被せて発言を打ち消した。「ヴィオレ様がその覚悟なら……わたしも全力でお支えします!」と続けた。

「えっ! いいのか?」柴乃は思わず目を丸くした。

「もちろんです。それがわたしの仕事ですから」

「そっ、そうか。よ、よろしく……」

「はい」

 柴乃はまだ警戒していたが、ゆっくりと手を差し伸べると、イリスが迷わず握り返してきた。その様子から「まだ何か裏があるようには見えないな」と冷静に判断し、柴乃はようやく警戒心を解いた。さらにそのとき、イリスの格好がいつもと違うことに気づいた。

「あれ? なんかいつもと服装が違うな」

「はい。今回のミッションでは、わたしも戦うことができるようなので、騎士の格好をしてみました」

イリスは全身が見えるように、一歩後ろに下がり、肩から腰にかけて流れるラインが美しい純白の防具を軽く整えた。

「えっ、そうなのか!?」

「はい。ですので、ヴィオレ様の背中は、わたしにお任せください」

「あ、ああ、任せた」

 柴乃はいつもより少しやさしいイリスに戸惑いつつ、怒られなかったことに、ひとまず安堵した。

 メイドの説明が終わってから三分が経過した。部屋には、百人を超えるSランクプレイヤーが残った。全員がやる気に満ちた表情を浮かべていた。

メイドは部屋を見渡し、ドレと一瞬視線を交わした。軽く頷くと、ドレも頷き返した。その直後、「皆さまの勇気に感謝します」と感謝を述べ、深々と頭を下げた。

やがて、顔を上げると、「では、ゲートを開きます」と呟き、左手をそっと伸ばした。次の瞬間、メイドの左側に、複数人が簡単に通れるサイズの丸いゲートが現れた。

ゲートの中は白く、縁が黒い。見つめていると、吸い込まれそうな感覚になった。

このゲートをくぐると、怪獣が出没するエリアに瞬時に転送され、その瞬間、ミッション開始となる。

 柴乃は、自分が先陣を切ろうと思い、前に一歩踏み出した。しかしその瞬間、ドライという名の特攻服を着たプレイヤーが、柴乃を押しのけ、ゲートの前に歩み出た。

「よっしゃ! おれが全員ブッ飛ばしてやる!」とドライは豪快に叫び、そのまま迷いなくゲートに飛び込んでいった。

彼に続いて、仲間と思しきドイツ語数字の名を持つプレイヤーたちも次々とゲートへ消えていった。その中の一人――ドレは、ゲートの手前で立ち止まり、静かに振り返った。柔らかな視線が柴乃の視線と交わると、わずかに口元を上げて微笑んだ。まるで何かを語りかけるような静かな微笑み。その余韻が、柴乃の胸にじんわりと染み込んだ。直後、ドレはすぐに向き直り、ゲートの中に足踏み入れた。

 ん? 何だ? 今の……? 我に向けて微笑んだのか? 何かの合図か?

 柴乃はドレの行動の意味がわからず、その場で考え込んだ。柴乃の脳内は、すでにドレのことでいっぱいだった。

もしかして、我のファン――!? 

そんな妄想に夢中になっている間に、ナブやスイらお馴染みのプレイヤーたちも、それぞれ得物を手にゲートへと消えていった。気迫のこもった声や意気込みの言葉が次々と部屋に響き渡り、やがて静寂が戻った頃には、残っていたのは柴乃、イリス、そしてメイドの三人だけだった。

「やはり、ドレは我のファン……? いや、確信が持てるまでは慎重に……」

柴乃は小声で独り言を呟いていた。

「ヴィオレ様、そろそろ行きましょう」

イリスは声をかけたが、柴乃の耳には届かなかった。

「ヴィオレ様……? どうされましたか?」と再度尋ねても、柴乃は無反応のまま独り言を続けていた。

「ヴィオレ様、聞こえていますか?」とイリスが叫ぶと、柴乃はようやく気づいた。

「ん? あ、ああ……すまない」

「どうしたのですか?」

「え……あー、ちょっと、大事なことを考えていた」と柴乃は目を逸らしながら答えた。

「そうでしたか。すみません、途中で遮ってしまって……」

「気にするな」

柴乃はあっさり返したが、ふと部屋の静けさに気づき、周囲を見回して驚きの声を上げた。

「なっ!? 誰もいないではないか!?」

「皆様、すでにゲートを通過し、現地に到着していると思われます」

「くっ、しまった! 先を越されてしまった!」

柴乃が焦っていたその瞬間、頭にある推測が浮かんだ。

 はっ……! まさか、さっきの『微笑み』は……我を油断させるための高等戦術……!? くっ、恐るべし、ドレ……。我の知らぬ間に、すでに勝負は始まっていたというのか!

 柴乃はそう解釈した。

「我らも行くぞ、イリス!」

「はい」とイリスが応じ、二人はようやくゲートに足を踏み入れた。

「どうか、お気をつけて」

メイドは深々と頭を下げ、静かに最後の二人を見送った。

静寂の中、メイドはゆっくりと顔を上げた。

「さて……それじゃあ、あたしも――」

そう呟いた瞬間、メイド服は厳めしい和風の甲冑へと変化した。揺れるオーロラの髪、冷ややかな輝きを宿した瞳。彼女の気配が一変した。

「お嬢のサポートに行くか……」

低く呟くと、オーロラもゲートに足を踏み入れた。

全員がくぐると、ゲートは静かにその場から消え去った。

 

柴乃とイリスが転移した場所は、Aランクエリアにある西洋風の街の上空だった。ここは普段、NPCが平穏に暮らす安全地帯だった。だが、今やその面影は消え失せ、街は荒れ果てていた。人や動物の姿はなく、崩れた建物の間を、牙をむき出しにした子ヤギ怪獣が走り回り、巨大な角を持つヘラジカ怪獣が、石畳を踏み砕きながら暴れ続けていた。その咆哮が、死の静寂を切り裂いていた。

「……他のプレイヤーが見当たらないな」

柴乃は額に手を当て、周囲を見渡しながら不思議そうに言った。

「皆さま、他のエリアに飛ばされたようですね。どうやら、ルシファーがゲートの転移座標に干渉したようです」とイリスは冷静に告げた。

「なるほど……で、そのルシファーはどこにいる?」

「今、サーチしています」

イリスの瞳が淡く青く光り、瞼に浮かぶホログラムが街全体をスキャンしていく。建物や路地が次々と解析され、やがて、エリア内の動体反応が表示された。

「……ここにはいないようです」

「ちっ、ハズレか……。なら、早く片付けて、次に行くぞ!」

「了解です」

 柴乃は上空から杖を振るって無数の火球を放ち、イリスは路地を猛スピードで駆け回りながら、怪獣たちを一閃で斬り伏せていった。

しばらくして、柴乃は攻撃を中断し、街外れの上空へと移動した。そして、静かに魔力を練り始めた。一匹ずつ倒すのが面倒になり、一気に片付けることにしたのだ。

十分な量の魔力が溜まると、柴乃は大きな声で言った。

「イリス、一気に片付けるぞ! こっちに来い!」

その声が遠く離れたイリスの耳に届いた瞬間、彼女は狩りの手を止め、上空を見上げた。柴乃の姿を捉えると、イリスは力強く地面を蹴り、一瞬で彼女の隣に並んだ。

柴乃はケリュケイオンの杖を空に掲げ、詠唱を始めた。

「宇宙の深淵に眠る星々よ、今こそ集い、烈火の旋律を奏でよ。凍てつく虚無を抱き、燃え盛る破滅の雨となれ」

その声が響くと、街の上空に無数の魔法陣が瞬くように現れた。魔法陣からは、巨大な隕石が徐々に顔を覗かせた。

「メテオリット」

柴乃がそう呟き、杖をゆっくりと振り下ろした瞬間、魔法陣から隕石が一斉に放たれ、次々と街に降り注いだ。

隕石は灼熱の炎に包まれ、オレンジと赤の尾を引いて降り注いだ。その衝撃波は空気を震わせ、怪獣たちは恐怖に咆哮する間もなく、轟音とともに焼き尽くされた。建物は崩れ、石畳は粉々、煙と瓦礫が舞い上がり、西洋風の美しい街並みが、一瞬にして消え去っていた。

「これで終わりだ!」

柴乃が力強く言った直後、上空にあった無数の魔法陣が柴乃の頭上に集まり、合体して一つの巨大な魔法陣になった。その魔法陣から、空を覆いつくすほどの超特大隕石が現れ、街に向かって勢いよく落ちていった。

隕石が街に衝突すると、地面が激しく揺れ、瓦礫が飛び散り、大爆発を起こした。激しい爆風が、柴乃とイリスのいる場所にまで一瞬で達し、二人の髪と服を荒々しく揺さぶった。

「クックック……これでよしっ!」柴乃は満足げに呟いた。

「ここまでしなくても……」

「どうせ誰もいないんだ。何も問題ないだろ?」

「……こういうところが『大魔王』たる所以です。ヴィオレ様」

「なっ!?」

柴乃はイリスの言葉に、初めて自分の仕業を冷静に見返した。さっきまで美しかった街並みが、完全に消し飛んだ光景を見て、ようやく事の大きさに気づいた。地面は抉られ、巨大なクレーターが口を開けていた。

「こ、これくらい……普通だよな?」

柴乃は目を泳がせながら、恐る恐る問いかけた。しかし、イリスの返事は冷たかった。

「普通ではありません」

その一言が、氷のように重く柴乃の胸に突き刺さった。

「グッ、そ、そうか……」

 柴乃はもう一度街を見渡した。じっくりと街の細部まで見渡し、「いくらゲームの世界でも、少しやり過ぎたか……」と申し訳ない気持ちになった。

「ちなみにこのミッション、全世界にライブ配信されているようです。言動には十分ご注意を」とイリスは淡々と言い添えた。

「なに!? ライブ配信だと!? もっと早く言わんか!」

「てっきり、ご存じなのかと思いまして……」

「知らぬわ!」

「まあ、観られていてもやることは同じです。くれぐれも、『死ねぇぇぇぇ!』などと叫ばないでくださいね」イリスは念を押した。

「わかってる。問題ない」

 エリア内の怪獣がすべていなくなってからしばらくすると、二人の目の前に、突然ゲートが現れた。どうやら、ルシファーがプレイヤーたちを誘導しているようだった。

「敵の誘導に従うのは癪だが、ゲームの仕様なら仕方ない」

柴乃は不満を漏らしつつ、二人はゲートに飛び込み、次のエリアへ向かった。

 二十分後――。

 海沿いの美しい街の上空に、柴乃の叫び声が響き渡った。

「死ねぇぇぇぇぇー!」

苛立ちを隠さず、柴乃は怪獣に向かって魔法を叩き込んでいた。

Cランクエリアの海沿い、白壁の住宅が立ち並ぶ美しい街で、柴乃とイリスは配下の怪獣たちと交戦していた。これまでに三回連続でルシファーと遭遇できなかったため、柴乃は焦りと苛立ちを募らせていた。二人の他には、スイやナブ、そして薙刀使いや双剣使いといったプレイヤーたちも姿を見せていた。

「す、すげぇ……」

「これが本物の大魔王……」

「オーマイガー」

プレイヤーたちは驚きと感嘆の声を上げながら、柴乃を遠巻きに見守っていた。

「ヴィオレ様、言葉遣いに注意を。全世界の視聴者が見ています」

イリスは冷静に注意した。

その声に柴乃はハッと我に返った。

「す、すまない。少し、熱くなりすぎた……」

 柴乃は一度深呼吸し、静かに杖を下ろした。街全体を覆っていた緊張が一気に緩んだようだった。ふと周囲を見渡すと、プレイヤーたちが柴乃をじっと見つめていた。平静を装ってはいたが、その手のひらにはうっすらと汗が滲んでいた。

配下の怪獣たちはすべて消え去り、幸いにも街の被害もほとんどなかった。

「すごかったよ、ヴィオレちゃん!」スイが興奮した様子で駆け寄った。

「え、あ……まぁ、これくらい、訳はない!」柴乃は取り繕いながら返した。

「さすが大魔王だ……」

ナブが小さな声で呟いた瞬間、柴乃の鋭い眼光が、彼に突き刺さった。ナブは慌てて両手で口を覆った。

「それより、次のエリアに急ぐぞ!」と柴乃は言い放ち、次の行動を急かした。

 エリア一帯に怪獣の気配がなくなったため、柴乃たちは新たなゲートが開くのを待っていた。だが、いくら待ち続けても、一向にゲートは現れなかった。

「まだ怪獣が残っているかもしれない」

そう考えた柴乃は、急いでイリスにサーチさせた。しかし、怪獣の気配は見つからず、姿もなかった。

「このまま待ち続けても時間の無駄だ」

ナブが意見を述べると、その場にいた全員が頷いた。自分たちでゲートを開き、次のエリアに転移しようとした。

ナブがゲートを開こうとしたその瞬間、遠い海の先――水平線がキラリと光った。柴乃だけがその光に気づき、視線を向けた。次の瞬間、はるか遠方の海から青白い光線が稲妻のように海面を切り裂きながら、ものすごいスピードで迫ってきた。その勢いのまま、槍使いの少年の胸を貫いた瞬間、爆音とともに青白い炎が彼の全身を焼き尽くした。彼のHPは瞬く間に削られ、叫び声も途中で掻き消されるように途切れた。やがて、HPが0になると、彼はバラバラに四散し、ゲームオーバーとなった。

全員がすぐさま臨戦態勢を取り、光線の飛んできた遠方に視線を向けた。

 これは、まさか!? 

柴乃はその光線に見覚えがあった。目を細めて見据えると、海面に黒い巨大な影が揺らめくのを捉えた。その影は、確実にこちらへ向かってきていた。

「なっ! なんであいつがここに!?」

柴乃は驚きの声を上げた。同時に、背中を冷たい汗が流れるのを感じた。あの戦いの記憶が脳裏によぎり、無意識に拳を強く握りしめた。

 影が近づくにつれ、次第にその姿が露わになった。背中にはまるで刃物のようなギザギザした背びれがいくつも並び、黒光りするゴツゴツした鱗が海水を弾きながら光っていた。ついに白い砂浜に到着し、その全貌が明らかになった。

現れたのは、以前、柴乃がSSランクミッションで戦った大怪獣『ガジラ』だった。巨大な足が砂浜に一歩踏み出すたび、大地が震え、プレイヤーたちは思わず後ずさりした。

「で、でかい……!」スイは目を見開き、驚きの声を漏らした。

「こいつのいるエリアは、ここじゃないだろ!」とナブが声を荒げた。

「どういうことだ!? イリス!」柴乃はすかさず問いかけた。

 イリスは目を光らせ、情報を集めていた。やがて、ゆっくりと口を開いた。

「どうやら、ルシファーが怪獣を操っているようです。別のエリアでも、Sランク以上の怪獣が出現しています」

イリスは淡々と告げ、指を動かして宙に映像を浮かび上がらせた。そこに映るのは、各地で荒れ狂う巨大な怪獣たち。空気が一変し、誰もが息をのんだ。

映像には、次々と姿を現すSランク以上の怪獣たちが映し出されていた。両手が巨大なハサミに変形した俊敏な忍者怪獣『タンバル星人』。黒光りする甲冑のような体に、銀色の角を持つ巨体の怪獣『ザットン』。そして、銀鱗に覆われた双頭竜『クイーンガドラ』が、月光を反射させながら翼を広げる姿も。どれも一目でただ者ではない存在感を放っていた。ルシファー同様、その怪獣たちにもHP表示がなかった。

「ルシファーはどこだ?」

柴乃はホログラムの端を両手で引き寄せ、目を光らせながら隅々まで素早く確認した。

「まだ、現れていないようです」とイリスが冷静に返した。

 一同、驚きを隠せない様子で映像をじっと見つめた。映像の中のプレイヤーたちも、大怪獣の攻撃で脱落者が出たようで、不安そうな表情を浮かべていた。どの場所でも勢いが薄れ、流れが傾き始めていた。しかし、柴乃だけは違った。

「なるほど……そういうことか……クフフ……」

柴乃は低く、不気味に笑った。その様子を、周りのプレイヤーたちが不思議そうな表情で見つめた。

柴乃は続けた。

「つまり、こいつらを倒せる者でなければ、わざわざ自分が出向くまでもないと……そういうことか!」

柴乃はニヤリと笑いながら言った。その声には、確固たる自信と底知れぬ覇気が込められ、一瞬で周囲の空気を変えた。

 全員がぽかんとした表情で見つめる中、柴乃はさらに続けた。

「クックック……面白い! ちょうどこいつとはケリをつけたいと思っていた。今度こそ倒す!」と力強く宣言した。

 次第に柴乃のやる気が周りのプレイヤーたちにも伝染し、驚きの表情が、やがて意欲的なものに変わっていった。さらに、柴乃の宣言は他エリアで奮闘するプレイヤーたちの耳にも届き、全員の士気を上げたのだった。

「ヴィオレちゃん、わたしも頑張る!」とスイがやる気に満ちた声で言った。

「ああ、一緒に倒すぞ!」と柴乃は応じた。

 ついに、ガジラが白い街に足を踏み入れた。「ギャオーン!」と轟音のような雄叫びが響き渡った。ガジラの巨大な足が地面に踏み下ろされるたび、白壁の街は揺れ、窓ガラスが次々と音を立てて砕け散った。建物は簡単に押し潰され、ガジラが通るたびにその後には瓦礫の山が生まれていった。

「……綺麗な街を滅茶苦茶にするとは、許せん!」と柴乃は言い放った。

「ガジラも、街を壊すことだけはヴィオレ様に言われたくないでしょうね」と、イリスが冷ややかに皮肉った。

その言葉に、ナブは思わず吹き出しそうになったが、柴乃の睨みを感じてすぐに口をつぐんだ。

「イリス、ガジラの弱点とパターンを全員に伝えろ!」柴乃の声には一切の迷いがなかった。

「了解です」

イリスは応じ、各プレイヤーの前に、以前の戦闘映像を投影しながら解説を始めた。

「……ガジラの体長はおよそ百メートル。その全身を覆う黒い鱗は、通常の攻撃を完全に弾き返します。並の技ではかすり傷すら与えられません。歯が立つのは、上級以上のスキルに限られます。そして、攻撃にも注意が必要です。短い両腕の代わりに長くしなやかな尻尾を使ってプレイヤーを弾き飛ばします。強烈な一撃で、体力が半分以上削られることもあります」

イリスの説明に、スイたちは固唾をのんで耳を傾けた。

さらに、イリスは目つきを鋭くして続けた。

「そして一番厄介なのが、さきほどの放射熱線です。放つときはエネルギーを溜める仕草が見られるので、しっかりと見極められれば、避けることは可能です。しかし、速くて範囲も広く、直撃すると即ゲームオーバーです。掠っただけでも大ダメージなので、十分に警戒してください」とイリスは淡々と説明した。

「了解!」

その場にいた全員が声を揃えて頷き、それぞれ散開した。その瞳には、熱い闘志のようなものがみなぎっていた。

 イリス、ナブ、薙刀使い、双剣使い、その他の近距離戦闘員が前衛に立ち、ガジラの注意を引き付けた。薙刀使いはその圧倒的な力で尻尾を弾き、ナブと双剣使いがその隙をついて連続攻撃を叩き込んだ。

一方、柴乃は後衛から魔法を繰り出し、スイも光の矢を放ち続けた。次々と連携攻撃を叩き込み、ガジラに反撃の隙を与えなかった。

即席で結成されたチームだったが、さすがSランクプレイヤーということもあり、それぞれがしっかりと自分の役割を理解し、初めての協力プレイにしては上手く連携が取れていた。

HP表示がないため、どれだけダメージを与えられているのかわからないが、確実に傷を負っていた。

さらに、普段は最低限のサポートしかできず、プレイヤーの楽しみを奪わないように立ち回っていたイリスが、積極的に攻撃を繰り出し、的確な指示も出していた。そのおかげでしばらくの間、一人の脱落者を出さずに済んでいた。

だが、戦いのさなか、柴乃の胸に違和感が生まれた。

最初は単調で回避も容易だったガジラの攻撃――体当たりや尻尾の一撃が、徐々に変化していった。まるで、プレイヤーの動きを分析し、学習しているかのように。その動きは次第に正確さを増し、直前まで安全に見えていた範囲に、突然、的確な一撃が振り下ろされた。

気づけば、プレイヤーたちは、ガジラが繰り出す鋭い攻撃を、ギリギリのところで避けるようになっていた。

その光景を見て、柴乃は思った。

 まさか、こいつ……我らの動きを分析しているのか!?

「イリス……こいつ、前に戦ったときと少し違う気がする。まるで、こっちの動きを学習しているようだ」

柴乃は眉をひそめて言った。その瞳には、これまで培った経験からくる確信と、得体の知れない不安が混じっていた。

「わたしもそう思い、今調べています。もう少しお待ちください」

 イリスはすでにガジラの分析を行っていた。

Sランク以上の怪獣は、一定のダメージを受けると進化して形態を変えることがある。だが、プレイヤーの行動を学習し、それに適応してくることなど、これまでのどの怪獣にも見られなかった異常な挙動だった。それはまるで、ガジラに新たな知性が芽生えたかのようだった。

 まずい……このままだと、どこかで必ず攻撃を避けられなくなる!

 柴乃は喉の奥が焼け付くような焦りを感じた。勝利が見えないまま、ただ消耗していく状況に、指先が汗で滑りそうになった。

クッ……早く仕留めたいが、体力も見えず、無謀な一手は命取りになる。どうすれば……?

 柴乃は周囲を見渡した。特に前衛で戦っているプレイヤーたちの疲労が溜まり、尚且つダメージも受けていた。ガジラの一番近くで戦っているため、仕方のないことだが、そろそろ限界が近づいていた。

その中でも薙刀使いがダメージを多く受け、動きが鈍くなっていた。彼は回復アイテムを使わず、溜め込んでいた。ルシファーとの戦いを見越して残しているようだった。だが、これ以上無理をさせるとゲームオーバーになる可能性があった。

「おい、そこの薙刀使い。一度下がって立て直せ!」と柴乃は指示を出した。

「いらない! 休む暇なんかあるかよ!」

薙刀使いは、覚悟と苛立ちを滲ませた声で返し、地面を強く蹴ってガジラに突撃した。右足を狙い、渾身の一撃を繰り出すつもりのようだ。

「待て、近づくのはまだ早い!」

柴乃は手を突き出し、慌てて声をかけたが、すでに遅かった。

ガジラは低く唸りを上げ、獲物を捉えるような鋭い視線を足元に落とした。大地を震わせるような轟音とともに右足を勢いよく前に蹴り出した。

薙刀使いは渾身の力を繰り出したが、硬い鱗に激しく弾かれた。その反動で体勢を崩した彼を、ガジラの蹴りが的確に捉えた。鈍く重い衝撃音が響いた瞬間、彼の体は宙を舞い、無残にも地面に叩きつけられて砕け散った。

直後、ガジラの目が不気味に光り、その鋭い視線がSランクプレイヤーたちを貫いた。一瞬、彼らの動きが止まった。

その一瞬の隙を見逃さなかったガジラは、長い尻尾を鋭くしならせながら振り回し、強烈な一撃を次々とプレイヤーたちに叩き込んだ。

ガジラの一撃を受けたプレイヤーたちは、全身にノイズが走り、やがてバラバラになって消え去った。

それを目撃していた双剣使いは、恐怖に駆られたように目を見開き、思わずその場に固まってしまった。彼を狙うようにガジラが口を大きく開き、真っ赤に輝く火球を放った。火球が直撃し、爆発音とともに彼の断末魔が響いた。次の瞬間、姿は跡形もなく消えていた。

助けに入る隙さえない、一瞬の出来事だった。その場に残ったのは、柴乃、イリス、ナブ、スイの四人だけだった。

Sランクプレイヤーが次々に倒れる光景は、まるで悪夢のようにスローモーションで柴乃たちの脳裏に刻まれた。現実感を奪われた一同は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

イリスは驚きの表情を浮かべ、「なんで……?」と小さく呟いた。直後、誰かと連絡を取ろうとしたが、繋がらないようだった。どうやら、ルシファーが現実世界との通信を妨害しているらしい。

ガジラは次の獲物を探し始めた。そして、その鋭い視線がスイに向けられた瞬間、ガジラの身体が青白く発光し始めた。エネルギーを蓄え、放射熱線を放つつもりのようだ。

 スイちゃんが危ない……!

柴乃の心臓が喉元まで跳ね上がった瞬間、迷いを振り払い、瞬時に杖を構えた。

「ラム・ド・ヴァン!」

その叫びとともに、柴乃の全力を込めた風の刃が放たれた。

風の刃はガジラに命中した。だだ、硬い鱗に小さな傷がつく程度で、たいしてダメージを与えていなかった。スイもすかさず光の矢を放ったが、柴乃の魔法とさほど変わらなかった。

イリスとナブは斬撃を繰り出し、必死にガジラを抑え込もうとした。しかし、ガジラの鱗は、まるで鋼鉄の装甲のように傷を受け付けなくなり、攻撃は徐々に無力化されていった。

「チッ、硬すぎる。攻撃が通らない!」とナブが焦りの表情で言った。

「なんで、どうして!?」とスイが驚きの声を上げた。

「攻撃を受けた部位が、前より硬化して再生しているようです」とイリスが冷静に告げた。

「つまり、同じ攻撃を繰り返しても意味がないってことか?」

 ナブの問いかけに、イリスは静かに頷いた。

 それでも柴乃は攻撃を続けた。

ガジラは柴乃の攻撃を意に介さず、ただ黙々とエネルギーを溜め続ける。

 一方、スイは攻撃の手を止め、冷静に状況を見つめた。次の攻撃が勝敗を左右する――その確信が彼女を突き動かした。静かに弓を構え、魔力を全身に巡らせて集中した。そして、スイのほうがガジラよりも早く魔力を溜め終えた。スイはかすかに揺れる指先を抑えながら、全神経を集中させた。 額を汗が伝い落ちる。胸の鼓動が、静寂の中でやけに大きく響いた。

「絶対に……貫いてみせる!」

深呼吸とともに、スイは光の矢にすべての魔力を込めた。その矢は眩い輝きを放ち、まるで周囲の空気さえ切り裂くように震えた。

「インペリアルアロー!」

スイの声が響くと同時に、一筋の閃光が空を切り裂き、ガジラの胸を貫いた。その一撃は轟音を伴い、ガジラの胸に巨大な穴を穿った。

「やった……!」と柴乃は呟き、胸の奥にかすかな希望が芽生えた。

「スイ、やるじゃねぇか!」ナブは歓声を上げた。

イリスは鋭くガジラを見据えていた。

ガジラは苦痛の叫びを上げ、その巨体が一瞬揺らいだ。だが、すぐに爪を地面に突き立てて体勢を整えると、怒りの赤い輝きを瞳に宿し、スイを鋭く睨みつけた。口を大きく開くと、尻尾の先端から青白い光が脈打つように背中を駆け上がった。熱風が周囲の空気を焼き焦がし、地面がひび割れる音が響き渡った。その光が頂点に達すると、ガジラの口の中から青白い炎が溢れ出し、膨大なエネルギーが凝縮されていった。

ナブは咄嗟に「逃げろ!」と叫んだが、スイはガジラの傷口をじっと見据えていた。そして、何かに気づくと、「みんな聞いて! ガジラの胸のところに――」とスイは声を上げた。だが、次の瞬間、ついにガジラは青白い放射熱線をスイに向かって放った。

放射熱線は、空を裂きながらスイへと一直線に迫った。その光は目を焼くような眩しさで、あたり一面が高温の熱風に包まれていた。

迫り来る放射熱線の光に目を焼かれながら、スイは回避が不可能だと悟った。その瞬間、目をぎゅっと閉じる。その瞬間、突如としてスイの背後に強烈な光が閃き、そこから柴乃が現れた。迷いのない動きでスイの肩を掴んだ次の瞬間、眩い閃光とともに二人の姿は消え去り、直後に放射熱線が空気を裂くように戦場を揺るがした。

 イリスは素早く視線を街中の瓦礫の山に向けた。そこで柴乃とスイの姿を確認すると、ホッとしたように息をついた。

柴乃は寸前でテレポートを発動し、スイを連れて間一髪で熱線から逃れていた。少し遅れてナブも二人の無事を確認し、安堵の表情を浮かべた。

しかし次の瞬間、ガジラの低いうなり声が響き渡り、戦場に再び緊迫した空気が張り詰めた。

イリスとナブはすぐに気持ちを切り替え、放射熱線を放ったばかりで隙だらけのガジラに再び攻撃を仕掛けた。ナブは巨体の隙間を縫うように走り抜け、渾身の力を込めてガジラの前脚に渾身の一撃を叩き込んだ。その瞬間、イリスがすかさず横から跳び込み、鋭い剣の刃を正確に振り下ろした。ガジラの体から火花と赤黒い血が飛び散り、痛みに巨体を震わせた。だが、それでもまだ倒れる気配はなかった。

柴乃とスイは瓦礫の物陰に身を潜め、気配を消していた。

スイは地面に両手をついたまま、肩を震わせていた。全身を覆う冷たい汗、心臓は壊れそうなほど激しく脈打っていた。初めて「ゲームオーバー」の恐怖を現実として突きつけられ、彼女の心は深い闇に飲まれかけていた。

柴乃は膝をつき、スイの肩にそっと手を置いた。

「スイちゃん……ここで少し休むといい」

その声には、無理に気丈さを装うことを許すような温かさが込められていた。

その言葉で、スイははっと顔を上げ、潤んだ瞳で柴乃を見つめた。震える手で柴乃の手を掴み、絞り出すように口を開いた。

「ヴィオレちゃん……本当にありがとう……」

その声には、助けられたことへの安堵と深い感謝が滲んでいた。

「あ、ああ……当然のことをしただけだ」

柴乃はどこか照れくさそうに視線を逸らし、頬をわずかに赤く染めた。それでも、その手のぬくもりを伝えたまま離そうとはしなかった。

スイは一度深く息を吸い込み、涙を拭うと、キリっとした目つきで柴乃を見つめた。

「ヴィオレちゃん……わたし、気づいたことがあるの!」

「気づいたこと……?」

スイは一拍間を置いてから言った。

「さっき……ガジラの胸の傷口に……赤い何かが光っているのを見たの!」

「赤い何か……? 心臓か?」

「心臓とは違う……もっと硬質で、光を放っていた。まるで宝石のような……」

「宝石……?」

柴乃は小さく呟き、顎に手を当てて考え込んだ。次の瞬間、目が鋭く光った。

「それって――」

 二人が視線を交わした瞬間、思考が一つに繋がった。

「ガジラの核かもしれない!」と二人は声を揃えた。

柴乃とスイは確信に満ちた瞳で頷き合い、同じ仮説を思いついていた。

 ここまでの戦闘データを見る限り、今回のガジラは、柴乃が以前戦ったガジラと明らかに異なっていた。HP非表示然り、戦闘中の学習然り、再生能力然り。

このゲームの怪獣たちは、進化によるHP回復はある。だが、再生能力などはなかった。本来のゲームと根本的に何かが違う。今までのゲームの常識をはるかに超えていた。

「あの核を破壊すれば、ガジラを倒せるんじゃないかな?」とスイは言った。

「ああ、我もそう思っていた」と柴乃は即答し、イリスへと視線を向けた。「イリス、どう思う?」

イリスはガジラから距離を取り、住宅の屋根に飛び乗った。耳に手を当て、柴乃の問いかけに冷静に答えた。

「その可能性はあります。ルシファーが設定を変更し、従来の方法では倒せないようにしたのかもしれません。ただ、核を破壊すれば倒せるかどうかは、まだ断言できません」

「そうか……」と柴乃は呟き、ナブに目を向け、「汝は、どう思う?」と問いかけた。

「おれはスイを信じる!」ナブは迷いのない表情で言い切った。

「だろうな……無論、我も同じだ!」と柴乃は返し、満足げな笑みを浮かべた。

これまで通りの攻撃を続けても、いずれ効かなくなるだろうと、誰もが感じ始めていた。このタイミングで作戦を見直し、胸の中の核を狙うという選択肢が浮上したのは、まさに幸運だった。だが、イリスの言う通り、リスクもある。倒し方が不明なままで作戦を決行するのは、まさに命懸けの賭けだった。一歩間違えれば全滅――それでも、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。

「イリス……この賭け、勝算はどれくらいある?」と柴乃は冷静に尋ねた。

「ガジラの強さがわからないため、正確な確率を割り出せません」とイリスは淡々と答えた。「――ですが、必ず成功させてみせます」

イリスの声と瞳には、力強さが感じられ、それを見た柴乃、スイ、ナブも励まされたようにわずかに口元を緩めた。

チャンスは一度きり、失敗が許されない状況に、柴乃は心を躍らせていた。

「よし……では、行くぞ!」

 柴乃の掛け声で、イリスとナブは散開した。

 柴乃とスイは頷きを交わし、空高くに舞い上がると、二手に分かれた。柴乃はわざとガジラの視界に入り、頭を狙って火球を放った。

ガジラは咆哮し、柴乃を鋭く睨みつけた。長い尾が鞭のように空を裂き、轟音とともに襲いかかる。その一撃は地面を砕き、建物を瞬時に粉砕するほどだった。

柴乃は連続テレポートで回避を繰り返した。ガジラに学習されるのを恐れて控えていたが、今は出し惜しみしている余裕などなかった。それから、ガジラの注意が自分一人に向くように空を舞いながら、火球と尾の攻撃を巧みに躱し続けた。

柴乃一人に攻撃が集中している間、スイは射程ぎりぎりの高空で、全神経を集中させて力を溜めていた。イリスは瓦礫に身を伏せ、鋭い目で空を見上げ、機を待っていた。ナブも同じく身を潜め、静かに地面を踏み締めた。それぞれの瞳には、仲間を信じる強い光が宿っていた。失敗が許されない重圧を感じながらも、全身全霊を注いでいた。

四十秒間、柴乃はたった一人で応戦していた。だが、次第にガジラの攻撃が、速さと正確さを増し、回避するのがやっとになっていた。ガジラの学習スピードは柴乃の想像を超えていた。柴乃がテレポートを繰り出すたび、その次の瞬間にはまるで未来を予測したかのように尾や火球が迫っていた。

柴乃は汗を滲ませながら、それでもわずかな隙を見逃さず回避を続け、ようやく一分が経過した。

「よし!」

力を溜めた三人が声を揃えた瞬間、空気が一変した。

全員がオーラを身にまとい、まるで戦場全体が震えるような圧倒的な気配が漂った。その気配を察知したガジラが、一瞬怯むように咆哮を上げた。

その瞬間、柴乃はテレポートでガジラの頭上に移動した。そこで、ガジラを見下ろしながら杖を構えた。それに応じるように、柴乃の頭上に巨大な魔法陣が二つ現れた。柴乃はガジラの攻撃を躱しながらも、わずかな合間に魔力を溜めていた。そんな芸当ができる者は、柴乃をおいて他にはいない。

ガジラは周囲を見渡し、見失った柴乃を探していた。

「ドラゴン・グラース!」

柴乃の叫びと同時に、空間が裂けるようにして魔法陣から二柱の氷の青龍が姿を現した。

氷の青龍は、冷気を纏いながら弧を描くように空を舞った。その動きは美しくも凶暴で、空気さえ凍りつかせるほどの威圧感を放っていた。

魔法を発動した瞬間、ガジラが頭上の柴乃に気づいた。ガジラは視線を上げ、氷の青龍に向けて火球を放った。

だが、青龍はまるで蛇のように身をくねらせながら空を舞い、火球を避けた。徐々にスピードを増しながら、ガジラに迫った。勢いのままガジラの足元に到達すると、鋭い氷の牙をむき出しにし、その巨体に食らいついた。凍てつく冷気が傷口から浸透し、瞬く間に足全体を覆い尽くした。足元から広がる氷は、まるで大地をも凍てつかせるようだった。ガジラが痛みで鳴き叫ぶ中、氷の青龍は瞬く間に足に巻きつき、やがて大きな氷塊と化した。

ガジラの下半身は氷に覆われ、一時的に動けなくなった。ガジラの力を考えると、拘束時間は数十秒。しかし、それで十分だった。

ガジラの動きを封じている間に、イリスとナブが一斉に突撃した。二人はガジラの胸を狙って斬撃を繰り出した。それに合わせて、柴乃もテレポートでガジラの正面に移動し、『ジガンテクス・ラム・ド・ヴァン』という巨大な風の刃の斬撃を放った。

三人の斬撃は、同時にガジラの胸に命中し、硬い鱗を抉り取った。

「ギャオオォォーン!」

ガジラの悲鳴はまるで嵐のように周囲を巻き込み、大地を揺るがせた。その声は痛みと怒りが混じっていた。ガジラの胸には、四メートルを超える裂け目が刻まれ、その奥で赤い核が不気味に輝いていた。まるで生き物の心臓のように脈動し、光が断続的に漏れ出ていた。その異様な輝きに、全員の視線が吸い寄せられた。

「今だ! スイちゃん!」と柴乃は叫んだ。

スイは白いオーラを全身に纏い、光の弓を静かに引き絞った。その瞳に迷いは一切なく、狙いはただ一点、赤く輝く核だけを捉えていた。呼吸を整え、一瞬、世界が静止したかのような静寂が訪れた。

「ホーリーアロー!」

スイの声が響き、放たれた光の矢は眩い輝きを纏いながら、空気を裂くように一直線に飛び出した。

 光の矢が核の中心を貫いた瞬間、それは激しく脈打ち、鋭い亀裂が閃光のように走った。そのひびは蜘蛛の巣のように全体に広がり、まるで悲鳴を上げるように赤い光を放った。そして次の瞬間、「パリン!」という音とともに爆散し、眩い光の粒となって四散した。

ガジラは「ギャオォォーン!」と最後の断末魔を響かせた。その巨体は胸の核を失った瞬間から徐々に崩壊を始め、鱗や肉が塵のように散っていった。

ガジラが塵となって崩れ落ちると同時に、戦場を包んでいた張り詰めた空気がふっと緩んだ。

柴乃たちはようやく大きく息をついた。重く張り詰めていた空気が一気に緩み、全身の力が抜けていくのを感じた。だが、柴乃はすぐに気持ちを切り替え、即座に指示を出した。

「イリス、すぐに戦闘データを全プレイヤーに!」

「はい」

イリスは瞬時にゲームの中にいる全プレイヤーに向けて、情報を伝えた。

「Sランクプレイヤーの皆様へ。わたしはサポートAI、イリスです。怪獣に関する重要な情報を確認しましたので、共有いたします」

 イリスのアナウンスが流れ始めると、他のエリアで戦っている全プレイヤーが、その声に耳を傾けた。

「現在、皆様が戦っている怪獣は、ルシファーの手によって設定が変更されています。そのため、従来の方法では撃破が困難です」

 イリスがアナウンスをしている間、柴乃はふと消えゆくガジラに目を向けた。ガジラの頭部が最後に消えた瞬間、柴乃は目を細めてその場を見つめた。

「何だ、あれ……?」

数字がびっしりと並ぶ薄いテープ状の物体が、宙に浮かんでいた。それはどこからともなく現れ、揺らめきながら宙を漂っていたが、突風に煽られた瞬間、影のように消え去った。

それを見送った柴乃の胸に、不安と疑問が入り混じった感覚が広がった。

イリスは続けていた。

「――倒す方法は、怪獣の核を破壊することです。赤い宝石のような見た目をしています。核がどこにあるのか断言はできませんが、ガジラは胸の中にありました。しかし、他の怪獣も同じ場所にあるとは限りません」

他エリアのSランクプレイヤーたちは、「核……?」「誰か目にしたか?」などと声をかけ合い、皆で情報共有に努めた。

イリスは最後にこう続けた。

「――今はこれくらいしかわかっておりませんが、少しでもお役に立てれば幸いです。その他の細かい情報は共有ログに記しております。では、失礼いたします」

 柴乃はイリスに親指を立てて合図を送り、イリスは微笑みながら静かに一礼した。

ナブは地面に座り込み、深く息をついていて休んでいた。

スイは肩を大きく落とし、ゆっくりと降下した。

 柴乃はスイのもとへ駆け寄った。

「お疲れ、スイちゃ――」と言いかけた瞬間、突然スイが飛びつき、抱きつかれた。

「ス、スイちゃん……!?」

柴乃は驚きつつ、しっかりとスイを受け止めた。

「ありがとう……ヴィオレちゃん!」とスイは心を込めて言った。

 二人はしばらくそのまま抱き合っていた。柴乃は、スイが自分から離れるまで待った。

その光景をナブがニヤニヤしながら見ていたため、柴乃はスイに気づかれないよう、牽制する視線を送った。その瞬間、スイが満足そうに身を引いたため、柴乃は慌てて表情を戻した。

 その場にイリスも駆けつけ、全員が集まった。HP、MPともに激しく消耗していたため、柴乃たちはポーションでそれぞれ傷を癒していった。さらに、傷ついた武器の手入れもしっかりと行い、万全を期した。そう、まだミッションは終わっていない。

休憩している間、イリスが他エリアで戦うプレイヤーたちの映像を映し出した。柴乃たちはその映像に視線を向けた。

他のエリアで戦っているSランクプレイヤーたちも数名の脱落者が出ており、苦戦しているようだった。だが、イリスのアナウンスで弱点を共有したことにより、それまで落ちていた士気が一気に戻り、事態が好転し始めていた。どこのエリアもヤギ怪獣とヘラジカ怪獣をすべて倒し、残るはボス怪獣の討伐だけだった。

柴乃が気になっていたドレとドイツ語数字のチームには、オーロラという名の武士が新たに加わっていた。チーム全員が見事な連携で攻撃を繰り出し、脱落者を一人も出さずに最強怪獣『ザットン』を追い詰めていた。

見たところ、柴乃たちが最初にボス怪獣を討伐したようだった。

イリスはライブ配信を観戦している視聴者からの応援メッセージも宙に並べ出した。柴乃はそのいくつかに目をやった。コメント欄には視聴者たちの興奮が溢れていた。

「スイさんの最後の一撃、鳥肌立った!」

「ナブさんの豪快な技、カッコいい!」

「イリスさん美しい!」

どれも仲間たちを称える内容ばかりで、柴乃も嬉しい気持ちでコメントを眺めた。しかし、自分に対するコメントが見当たらなかったため、もう少し探していると、ようやく一つ見つけた。その内容は「大魔王様万歳!」だった。

柴乃はそのコメントを掴み取ると、「何の信仰だ!」と叫びながら、勢いよく地面に叩きつけた。

「ん? どうしたの?」とスイが声をかけた。

「い、いや……なんでもない……」

柴乃は慌ててコメントを拾い上げ、できるだけ遠くへ投げ飛ばした。コメントは空の彼方へ飛んでいき、星屑のように消えていった。証拠隠滅を図ったつもりだったが、データがしっかりと残っていることに、柴乃は気づいていなかった。

「ヴィオレ様、ポイ捨ては厳禁ですよ」とイリスは冷静に指摘した。

「わかっておるわ!」

そのとき、柴乃たちの前に、新たなゲートが現れた。

「おお、良いタイミングだ!」と柴乃は言った。

すでに全員、十分休んだことで準備万端だった。

柴乃たちはゲートの前で視線を交わし、覚悟を決めた表情でゲートに飛び込んだ。ガジラとの戦いで、彼らの間には新たな信頼感が芽生えていた。

柴乃たちが転移した次のステージは、現代風の街中だった。周囲には高層ビルやタワーマンションが立ち並び、建物の間を無人の飛行車やドローンが静かに飛び交い、その低い機械音だけが耳に残った。道路では無人の車やバスが走り、随所に自然豊かな公園も点在していた。人や動物の気配はまったくなく、不気味な雰囲気が漂う。それでも、どこか見覚えのある風景だった。

「このゲームに、こんな街あったか?」ナブは街並みを見渡しながら呟いた。

「わたしも、ここは初めて……」とスイが応じ、柴乃に視線を向けた。「前にヴィオレちゃんがガジラと戦った街って、ここじゃなかった?」

「いや……似ているが、少し違う。我も初めて来た街だ……」と柴乃は答えた。街を見渡しながら目を細め、細部に注目した。「しかし、どこか見覚えが……」

 全員、初めて訪れたはずの街だったが、不思議とどこかで見たことがあるような気がしていた。

しばらく周辺を探索していると、スイが「あっ、ここって!」と声を上げた。全員がスイの指差す方向に目を向けた。そこには、色神駅があった。

全員の顔に驚きが走った。柴乃たちは素早く視線を動かし、街を見渡した。そして、目の前の光景が、色神駅周辺の街並みと酷似していることに気づいた。

「まさか……ここ、色神の街を再現してるのか!?」ナブが驚きの声を上げた。

「すごい……細部まで完璧だね」とスイが感嘆の声を漏らした。

 驚くのも無理はない。今までこのゲームに色神の街を再現したステージなどなかったからだ。つまり、今回のミッションのために作られた、新ステージだということだった。

 街のクオリティがあまりにもリアルに再現され、本物と見分けがつかないほどだった。色神駅前広場の謎の人型モニュメントも壊れたまま再現されており、どうやら最新の情報をもとに作られたようだった。

 忠実な再現度に、柴乃は目を輝かせていた。そのとき、突然、低い轟音とともに柴乃たちの上空にゲートが出現した。雷が弧を描き、次第に広がるゲートの中から不気味な黒い影がゆっくりと姿を現した。その影が完全に現れた瞬間、全員の目にヤギ頭の怪獣が映り込んだ。その目は冷たく光り、鋭い蹄が風を裂いていた。

柴乃たちは緊張感を抱きながら武器を構え、息をのんで相手を見据えていた。

 柴乃は思わずニヤリと笑みを浮かべ、体を震わせた。

「ついに現れたな、ルシファー!」



読んでいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想お待ちしております。

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