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アポカリプス・プレリュード  作者: 桜木姫
狂乱の軍神
6/28

6.かなりの理不尽

 図書館の職員が慌ただしくしている中、エントランスの一角に集められて軽く警察の取り調べを受けた晴馬たち。血の付いた破れたシャツを不審がられるという一幕はありつつも、女神の執り成しで事なきを得る。

 シャツの件を素直に話さず誤魔化したのには理由がある。

 晴馬個人が襲撃されたという事実は、彼が別世界の人間であるという点からカルロ直々に緘口令が敷かれたのだ。幸い目撃者はあの部屋に居た者らに留まっており、唯一事情に感づく可能性がある職員のエイレアも『そういう対応』には理解ある人物。そういうある種の信用があるからこそカルロも彼女を頼っているのだろうし、その意味でも情報の統制は容易だった。

 それからさらにしばらく待っていると、エイレアが晴馬たちの元へやってくる。


「みなさん、司書長がお呼びです。こちらへ」


 彼女に案内されて晴馬たちが向かったのは、地下にある閉架書庫。

 訊けば、これから上は崩れた壁の補修作業や各種設備の点検作業が始まるため使えなくなるからとのこと。それにしても何故地下に、と思った晴馬だったが、外にはもう報道陣や野次馬が集まり始めているとエイレアは言う。いま外に出れば『当事者』とは言わずとも、少なからず『現場にいた人』として彼らの餌食になるわけだ。確かにそういう面倒は避けたい。

 昇降機で地下に降りると、短い廊下の先にすぐ移動棚式の閉架書庫がある。地上階と比べて全体的にやや薄暗く、空調設備の音だけが鈍く響く。


「まだ来てないみたいですね。ちょっと待っててください」


 そう言ってエイレアは昇降機を使って上層へ戻っていく。

 ただの書庫なので机や椅子などは置いておらず、各々壁に寄り掛かるなり、踏み台に腰掛けるなりして、しばし。

 一分ほど経って昇降機が稼働し、カルロが姿を現す。杖を突きながら早歩きで近づいてきて、彼は安堵の声を漏らした。


「皆さん、ご無事で何よりです。イチヤさんも……怪我はちゃんと治っているようですね」


 怪訝そうな顔で晴馬の脇腹を見ながらカルロは呟く。

 カルロはオリオンが傷を治す前に部屋から避難している。晴馬は自分の脇腹を撫でながら答えた。


「なんかオリオンっていう神が俺の中にいるっぽいです。そいつが治しました」

「オリオンがイチヤさんの中に……?」


 さらに顔をしかめてオウム返しをするカルロ。台座に座る女神が、両手で頬杖をつきながら口を開く。


「どうやらハルマの中にオリオンが居るらしい。蠍の権能には見覚えがある。間違いなく本人だ」

「しかし……オリオンは二十年前に亡くなっているはずですが」

「だが居る。意識もあるぞ」


 ユランの視線を受けると、オリオンが勝手に喋り始めた。


「喋ることを求められている気がするね。少年、発言の許可を」

「あー、勝手に口動くのうぜぇ」

「ただの悪態は許可と取るよ」


 晴馬はオリオンに身体の主導権を渡す。

 カルロを納得させるならオリオンの人格が表に出るのが最も早い。

 というのは建前で、実際は諦めによる消極的判断である。オリオンと言い合っても傍から見れば一人でやいのやいの言うだけで、疲労が溜まるのは晴馬の身体なのだ。過度に抵抗しても余計に疲れるだけ。悪態くらいに留めて適度に諦めるのも肝心だ。


「やあカルロ君。オリオンだ。ちなみに二重人格じゃないよ。いや、二重人格ではあるのかな。定義が難しいところだね。カルロ君、君はどう思う?」

「二重人格とは同一人物が異なる人格を複数有している状態のことですから、間違いではありませんね。ただお二人の場合は『憑依』と言った方が厳密かと思われます」


 生真面目な回答をするカルロに、苛立った様子のアレクシアが口を挟む。


「その話いま要る? カルロさんも納得したでしょ、引っ込みなさいオリオン」

「つれないなぁ」

「いや、待て。引っ込む前に訊きたいことがある」


 オリオンがユランを見やると、ユランはオリオンの前まで来て彼の胸元をトンと指で軽く突いた。


「オリオン、お前はハルマがこちらに来たのは自分のせいだと言ったな。ならばハルマがこの世界にどうやって来たのかを知っているな?」

「もちろん知っているよ。少年がこちらへ来た理由も併せて説明した方が良いかな?」

「当然だ」

「では要点だけ掻い摘んで話すよ」


 ユランから離れてオリオンは両手を叩き合わせる。視線を集める為だったがそもそも全員の視線が彼に集まっていたので意味はなかった。咳払いをして話し始める。


「第一に、私は二十年前に死んでいる。アルテミスの矢で貫かれた私は魂ごと消滅するはずだったが、何故かそうはならなかった。理由はいくつか考えられるけれど、おそらく私が権能を持ち過ぎていたからだ。魂まで完全に削り切れなかったんだろうね」

「女神アルテミスの権能は消滅でしたね」


 カルロからさり気なく短い注釈が入る。おそらく知識のない晴馬の為に言ってくれているのだろう。神について無知の晴馬には非常に助かることだ。

 オリオンは首肯を返して続ける。


「数年前、アレスに私が消滅せずにいることを知られてしまった。それから追われる身となったのだが、魂の状態では権能の行使もできずただ逃げるしかなくてね。考え抜いた結果、ヘルの手を借りて別世界に逃げようとした」

「女神ヘルは病と老衰の神であり、権能は死者蘇生です」

「そして――、おや。どうかしたかい少年?」


 オリオンが問うと、晴馬の意識が一瞬表に出て疑問を呈す。


「ヘルって神様が蘇生できるなら、お前はどうしてそうしてもらわなかった?」


 魂のみの状態では権能が使えないのなら、蘇生はそれを解決できる最も手っ取り早い手段のはずだ。アレスへの対抗手段を確保するのなら間違いなくそうするべきである。

 意識がオリオンに戻り、彼はどこか嬉しそうな笑みを浮かべて答えた。


「いろいろ事情はあるけれど、一番の理由は彼女が権能の行使をしないからだ。何人(なんびと)にも揺るがされない強固な信念ってやつだよ。近頃身勝手に権能を振るう神が増えてしまっている中、数少ない非常に好ましい神だね」

「オリオン、続きを話せ」


 オリオンの語りに何故か不服そうな表情をする女神に急かされて、オリオンは話の軌道を戻す。


「ヘルの従者に長命のエルフがいてね。彼女は凄いよ。独自の魔法理論を構築し、異なる世界を繋げる魔法を作ったんだ。実に二万五千年もの歳月をかけてね。そしてそのエルフの助力を得て別世界――少年のいた世界へと渡った私は、そこであることに気づいた。その世界には神がいなかったんだ」

「ハルマは魔法もないって言ってた」


 小川で出会った時のやり取りを思い出してアレクシアが言うと、オリオンはその通りと言わんばかりに彼女を指す。晴馬はエルフもいるのかと思ったが、話の本筋とは関係ないので質問は控えた。


「正直なところ誤算だった。人が統治する世界なら当然神もいるものだとばかり思っていたからね」


 それは晴馬が最初に魔法を見た時にも思ったことだ。碌に反応も出来ないほど衝撃を受けたこともあり、オリオンの気持ちがよく分かる。


「そして神の不在は魂だけの私にとってはまさに死活問題だった。なぜなら肉体を確保するにはヘルかヘルと同様の力が必要で、それがないまま世界間の繋がりを閉じれば私は魂の状態で別世界へ放り出されることになり、いずれ同じ方法でアレスが追ってきた場合対抗手段がなくなってしまうからだ」

「アレスの権能は別世界にまで作用するのでしょうか?」

「普通はしない。世界を繋げたことで作用するようになったのだと思う。それから、さてどうしたものかと手を拱いていたところをアレスに捕捉された。ヘルに頼み、やむを得ず少年の身体に宿って対処しようとしたのだが、敢え無く転移で少年ごとこちらへ戻されてしまった。――というのが、簡単な事の経緯だね」


 オリオンが口を閉ざし、数秒。誰が口を開くでもない間が続く。

 と、オリオンの右腕が、ぐぐぐ、と振り上げられた。オリオンの焦った表情からそれが晴馬の仕業であることが窺える。何とか抵抗しようとしているようだが、身体が晴馬のものだからか支配権は晴馬の方が強いようだった。


「少年……っ! 殴るのは、勘弁してくれないか……っ!」

「俺がここにいるの完全にとばっちりじゃねぇか。一発くらい甘んじろ」

「ハルマ、やめておけ。無駄に自分が傷つくだけだ。殴ってもそいつは懲りない。そういう男だ」


 女神に窘められて、晴馬は渋々拳を下ろす。露骨に安堵を表情に出したオリオンはユランに甘い笑顔を向ける。


「ありがとうテティス。君こそまさしく女神だね」

「お前に言われずとも我は女神だ」

「他の女神は大概ろくでもない。男神もね。まったく皆が君やヘルのようであれば私も死ぬことなどなかったろうに」

「お前に関しては自業自得だろう。なにを被害者ぶっている」


 明るく快活な女神の姿とは酷くかけ離れた、突き放すような物言い。

 会って間もない晴馬でさえ違和感を抱くほどの強烈な嫌悪だ。確かに言動の節々からいけ好かない感じは伝わってくるにしても、このオリオンという男、いったい生前に何をやらかせばここまで嫌われるのだろう。

 一人一つの権能を複数所持していること、神であるヘルやユランへの評価から読み取れるオリオン自身が抱える『神』という存在への価値観、そして最期はアルテミスという女神に殺されているという事実。

 これらの情報から、他の神との間になんらかの諍いがあったことは察しが付く。

 が、晴馬にわかるのはそこまでだ。これ以上の推測は妄想の域を出ない。

 それに晴馬にとって重要なのはオリオンの嫌われ事情などではない。元の世界へ帰る為の方法だ。強引に身体の主導権を奪い返す。


「話纏めると、要はそのエルフさんの助けさえ借りられれば俺は元の世界に帰れるんだな?」

「そうなるね。ちなみに居場所はヘルしか知らないからエルフの方ではなくヘルを探すといい。どの道、少年から私を分離する為にはヘルの助けが必要だ」

「探すって、お前は居場所知らないのかよ。逃げるの手伝ってもらったんだろ?」


 呆れながら晴馬が言うと、オリオンはやや気まずそうな調子で苦笑した。


「ヘルは魂魄との接触に距離も場所も問わない。直接、面と面を合わせてやり取りしていたわけじゃないから厳密な居場所は知らないんだよね。まぁ、死んでいるから面も何もないんだけれど。ただこれだけははっきりしていて、大陸内にはいてディオスにはいない。これは本人談だ。そして彼女は嘘を吐かない」


 オリオンがそう言い、晴馬がちらりとカルロを見やると、彼は瞑目して小さな首肯を返してきた。ヘルが嘘を吐かない誠実な人柄であるのは確からしい。

 晴馬は右手でチョキのポーズを作って小さく振るう。


「じゃあこれからやるべきは大まかにわけて二つだな。一つはヘルって神を見つけて俺とお前を分離する。二つはエルフの人の助けを借りてここと俺の世界を繋げる、で帰る」

「第三の問題としてアレスとエニュオもいる。特にアレスはとてつもなく執念深い男だ。こちらから出向いて対処するのが望ましいけれど、少年の帰還が何より最優先というなら無理強いはしない。本来、彼については私の問題で少年には関係ないからね。逆に言えば分離するまでは迷惑を掛けるだろう。だから留意のほどは十分しておいてくれ」

「んなこたわかってるよ」


 降りかかる火の粉についてはクラウディアとの対峙で重々承知の上。いまだ名前しか知らない連中だが、幼い子にあんな扱いをするような奴だ。きつくお灸を据えてやらねば晴馬も気が済まない。

 と、真剣な顔つきの女神が晴馬を見て、厳粛ながらも優しい声音で告げた。


「ハルマ。本当にそこまで背負う必要はないからな。クラウディアも神二人も知らない相手ではない。我らで守る」

「ありがとう。二人には本当に感謝してる」

「本当の本当にね。君たちの助けを借りられるなんて願ってもないことだ」


 オリオンが浮かれた様子で言うと、アレクシアの怒気を孕んだ言葉が響いた。


「あなたは助けない。私たちはハルマを助けるの。勘違いしないで」

「少年を助けるなら私も同時に助けられるということさ。君がどう思っていようが君の意志に反してね。それにお礼なんていくら言っても損はないだろう? もう一回言おうか? ありがとう」

「……」

「お前もう黙れって。てか黙ってくれ。頼むから」


 何故かわざわざ怒らせるような物言いをするオリオンに晴馬は懇願する。

 身体全体を乗っ取られるのを抑えられはしても、どうしても手や口などは勝手に動かされてしまう。たぶん、意識が表に出ている場合は身体全体にリソースを割いているのに対し、出ていない側は意識を一部に集中できるからそうなるのだと思う。

 主導権は晴馬の方が強いのでやろうと思えば抑え込むことはできるだろうが、ずっとそうしてはいられないので最終的にはオリオンが黙らないと終わらないのだ。


「すまない。さっきみたいに少年が殴られたら堪ったものじゃないよな。おー、怖い怖い」

「……俺までムカついてきたな。アレクシア、一発なら殴って良いぞ」


 晴馬は肉体の主導権を握っているので、オリオンの意識を強制的に表に出すことも可能だ。その場合、痛みを感じるのはオリオンになる。身体に残った痛みは消えるまで晴馬にも影響するが、いまはそれも甘んじよう。

 オリオンの人を小馬鹿にしたような言動、実に気に入らない。

 ユランは無駄だと言ったが、こいつも少しはお灸を据えられた方が良い。

 しかし、アレクシアも冷静だった。駐車場の時は、突然の出来事に感情の歯止めがきかず激情家の一面を見せてしまった彼女だが、いまは落ち着ける状況なのでああいう風にはならない。

 が、別に怒りが収まっているわけでもないので、とても短く呟く。


「大丈夫。分離した後でいい」

「そっか。じゃあその時は一緒に俺も殴る」

「ちょっと待った、どうして少年まで?」

「人の身体乗っ取ろうとして別世界に迷い込ませた挙句こっちは死にかけてんだぞ。鳩尾十発殴られても文句言える立場じゃねぇだろ」

「……反駁の余地もないね。参った、一発は甘んじようか」


 しれっと勝手に回数指定したオリオンに、晴馬は非情な宣告をした。


「なんで一発なんだよ。言っただろ、鳩尾に十発って」

「私の分も合わせて二十ね」

「……」


 オリオンは何かを言おうと口を動かしたが、すぐに力が抜けた。これ以上何かを言うと腹パンの回数が増えるだけだと察したのだろう。

 あくまで一時的なものだろうが、どうやら暴力の示唆はオリオンへの抑止力となるらしい。

 黙らないと殴るぞ、という脅迫ははっきり言ってお行儀がよろしくない。

 とはいえ効果的なので、これから使わせていただこうと晴馬は思った。


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