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アポカリプス・プレリュード  作者: 桜木姫
狂乱の軍神
1/28

1.ずぶ濡れの初めまして

「……あー、どうするかな」


 白い街並みを駆け抜けながら悩ましい声で呟く少年が一人。

 快速に飛ばして疾走する少年は時折後ろを振り返りながら、その度に溜息を深くしていく。見るに、追われているのだろう。逃走劇が始まってかれこれ三分。驚くべき瞬足のおかげで追いつかれる様子はまるでないが、追手側の数の利かあるいは少年にとってここが土地勘のない街だからか、撒ける様子もまたなかった。

 清く澄んだ川沿いを進んだ先に簡素な造りの桁橋が見える。大通りに繋がりそうな道だったが、どこからか回り込んだのか追手の一味が橋の向こうから姿を現した。

 その後も逃走ルートを見つけては即座に潰されてしまい、その度に足を止めざるを得なくなる。後続の追手との距離を目視で測り、一秒にも満たない逡巡。本来ならば土地勘のない街で人通りのない路地裏には行くべきでないが、現状では他に選択肢もない。

 路地裏は道が狭く建物のせいで視野も満足に確保できない為、慣れない者にとっては迷宮も同然。分かれ道の度に道の先を確認しなければならず、走力にものを言わせて突き放した追手との距離も徐々に詰められていく。


「一人ずつならやれるか……」


 体力も無限じゃないしな。そう独白し、少年は家屋の傍に無造作に積まれたおあつらえ向きの空の木箱を掴んで、曲がり角に身を潜めた。

 追手の足音が息を呑む度に近づいてくる。

 幸運なことに少年はこれまで暴力沙汰とは無縁な人生を送ってきたので、今日が暴力解禁日である。不思議と心拍は落ち着いていて、それほど緊張はない。


「よっと!」

「ごっ――!」


 タイミングを見計らい、腕を薙ぎ払うように振るって先陣を切る男に木箱を叩きつける。長い間放置され脆くなっていた木箱は衝撃で砕け散ったものの、威力は十分。狭い道で転倒した男に躓いて、後続も覆いかぶさるように身を投げた。後続の男はすぐに立ち上がろうとしたが、もう一つあった木箱で後頭部を殴打されて戦闘不能。少年は実に簡潔な動きでもって追手を二枚封じて見せた。

 両手をパンパンと二度払い、少年は短く息を吐く。


「あとは隠れて表に出れば……」


 足音や話し声に細心の注意を払って来た道を戻り、川沿いの開けた道に出る。

 と。

 少年はほとんど反射で身を屈めると、髪を掠めるように鉄棒が頭上を過ぎ去った。どこかで姿を見られて、先の少年がやって見せたように待ち伏せをされたのだ。

 しかし、少年の時とは違い待ち伏せは不発。

 空ぶって隙の出来た男の顎に、少年は膝のバネを全開放して昇拳を叩きこむ。が、入りが甘く踏鞴(たたら)を踏ませただけ。


「がっ――! っの、クソガキィ!」

「――しつけぇんだよッ!」


 ふらつきながらなおも向かってくる男の側頭に、少年は怒りの回転蹴りを見舞った。

 今度こそ、入った、という確かな感触。

 それでも意識を刈り取るまでには至らず、男は地面に伏しうずくまりながら嗚咽を漏らしている。

 とはいえ相当な痛手のはずだ。この様子ではすぐに追ってくることなどできまい。

 深く息を吐いて呼吸を整え、少年がその場を後にしようとすると、先ほど走り抜けてきた路地裏の細道から何かがパキンと弾ける音が聞こえた。

 反射的に音のした方へ視線を向ける。

 道の先では追手の一人が何かを投げたような姿勢をしていた。

 陽の光を反射して空中で何かが光る。

 何だ、と思った次の瞬間。


「うぉっ……!!」


 細道から噴き出してきた暴力的な空気の圧に押し出され、少年の身体が見上げるほど舞い上がる。

 一瞬の颶風。風が止めば後は落下するだけだ。

 受け身を取ろうと身をよじる間すらなく、少年は背中から勢いよく清流に叩きつけられる。

 身体に走る猛烈な痛みに藻掻くのもそこそこに、少年はいち早く身を起こすことを選択した。幸い川の水位は膝下程度のもので、水底に手をつけばすぐに水面へ顔を出せる。

 が。


「さんざんコケにしてくれたなぁ坊主。魔晶まで使わせたんだ、死ぬだけじゃ済まねぇぞ」


 追手の一人が川に飛び降り、沈む少年に跨るようにして立ち塞がる。苛烈な怒りを露にした男は藻掻く少年の片腕を踏みつけ、呼吸などさせまいと頭を掴み水中に押し留めた。


 ――マズイ、抜け出せない。


 全身がほぼ水中にある上、片腕を踏まれているせいでまともな抵抗すらできない状況。

 乱暴に頭を掴まれたせいで口に貯めた空気も吐き出してしまい、長くは持たない。

 時間がない、考えろ。


 ――動かせるのは片腕だけ、しかも水中では存分に動かせない。

 ――だが相手は溺れさせることに夢中で注意が疎かだ。

 ――水飛沫のおかげでもう一方の腕の動きに気づいていない。


 脳裏を駆け抜けるように過ぎていく言葉の羅列に少年の思考は一つの結論へと収束する。


「――っ!」


 少年は藻掻きながら強引に片足を水面から出した。まるで泥濘を蹴るように重かったが、片腕を踏まれているおかげで随分と力み易かった。

 さらに勢いをつけてもう片方の脚も蹴り上げ、そのまま両脚を相手の腹に絡める。

 男もよほど動揺したのだろう。頭を押さえつける腕から露骨に力が抜ける。

 少年はその隙を逃さない。

 相手の踵に掛けた腕を思い切り引きながら渾身の脚力を振るい、男の背中を水面に叩きつけるように押し倒す。

 ザブンッ、と巨大な水飛沫を立ち上げて男は川底へ沈み、代わりに少年が跳ねるような勢いで水面から顔を出した。

 また同じような状況になるのを厭い、少年は重い身体を無理やり起こして立ち上がる。


「うえっ、めっちゃ飲んだ……腹壊したらどうしよ」


 喉につっかえた水を吐き出しながら場違いな心配事を口にする少年。

 その間に水底に沈めた男も起き上がってきた。少年と同じく水を吐き出しながら、先程よりもより鮮烈な怒り、殺意へと昇華した敵意を向けてくる。


共通語(コイネー)も喋れねぇ田舎の坊主が、舐め腐ってくれるじゃねぇか!」

「さっきからガタガタ言われても何喋ってるのかわっかんねえんだよこっちは!」


 おそらくは暴言の類を吐かれているのであろう。が、一単語すら理解できない言語など単なる音の羅列でしかない。

 この街に迷い込んでからすぐにこの逃走劇に見舞われてしまったせいで、誰かとまともなコミュニケーションを取る暇もなかった。

 そもそも逃走劇が始まったきっかけは、この連中に子供が絡まれていたのを止めに入ったからだ。あの子供は無事に逃げられただろうか。割り込んで背に庇った後、いつの間にか姿を消してしまっていたが。

 どうしても懸念は残るが、ちゃんと逃げられたのだと信じよう。というか信じるしかない。いまは消えた子供よりも自らの身の安全を優先しなければならない状況だ。

 そもそもここがどこなのかもわからないのだ。

 頼みの綱のスマホは圏外で、位置情報もなし。おまけに言葉は通じない。

 どこを見ても綺麗な街並みなので生活水準自体は高いはずなのだ。ローミング中なのに圏外なのはまだわかるとして、衛星経由の位置情報が取得できないというのは明らかにおかしく、単に海外にいるとも考え難い。

 最終的に頭に浮かんだのは、ここが別世界という可能性。

 今年で十八歳の少年、壱夜晴馬は、知らぬ内に次元を超えて別の世界へと迷い込んでしまったらしい。

 ただ、状況はそれどころではない。

 別世界へ迷い込むなどというとんでもない現象に巻き込まれた身ではあるが、いまは目の前により明確な命の危機が迫っている。

 なにせこの男は摩訶不思議な風を操り、晴馬を殺害することに一切の躊躇いがなさそうなのだ。

 いまは晴馬が置かれた状況の解明よりも、現状の対処が優先される。


「もうここまで来たらやってやる、掛かってこい入れ墨ハゲ!」


 なんちゃって戦闘姿勢(ファイティングポーズ)を取り、言葉は通じないであろうことを承知で吠えるように挑発する。

 ずぶ濡れなのはお互い様とはいえ、上下とも着込んでいる晴馬とほぼ上裸で軽装の入れ墨ハゲ男とでは間違いなく機動力に差が出る。ここで逃走を選んでも十中八九追いつかれるだろう。

 ならば他の三人と同様、ここで倒してしまうのが最善策だ。


「やる気だな坊主。これで殺されても文句は言えねぇぞ――なんだァ!?」

「……ぁあ?」


 突如として訪れる、一人の驚愕と、一人の困惑。

 威勢よく晴馬と対峙していた男の身体が、不意に宙へと浮かび上がったのだ。

 桁橋の欄干を超えて五メートルほど宙に持ち上げられた男の身体は、一瞬の静止の後、急激な速度で乱回転し始めた。その様はまるでジャイロマシンのようだが、男が体験しているソレは凄まじい超高速で行われており、宇宙飛行士が訓練で用いるものとはもはや比べるべくもない。

 およそ五秒間に渡って続いた乱回転から解放され、川岸に捨てられるように放られた男は胃の内容物をすべて吐き出す勢いで嘔吐し気絶した。

 そんな男の背中を半ば恐怖しながら眺める晴馬の背に冷涼な声が投げられる。


「少年、無事か?」

「っ!」


 弾くように振り返った視線の先。川岸と路地を繋ぐ白い石畳の階段の途中で、一人の麗人が女神のような笑みを湛えながらこちらを眺めていた。

 単なる通りすがり、という風体ではない。

 腰まで掛かる銀色の長髪に、切れ長の目が特徴的な妙齢の女性。背丈は目測で晴馬と同じかやや低い程度で長身の部類だ。装飾の施された白い衣服を身に纏い、細かい所作の一つ一つにどこか人間離れした雰囲気を感じる。その様に完璧な造り物を見ているような錯覚すら覚えた。

 麗人はふわりと舞い落ちるように川岸に下りると、かすかに目を細めて晴馬を見定める。そして満足げに微笑むと、水面を地面のように歩いて晴馬の前に立った。


「さて、言葉はわかるか?」

「……」

「やはり通じておらぬか……まったくアレクシアはどこに行ってしまったのやら。このままではまともに会話も出来ん」


 麗人は腕を組みながら困り顔で何かを言っている。相変わらず言葉の意味は一つも分からない。ちなみに晴馬が無言だったのは水の上に立っていることに驚愕していたからだ。

 敵意はないようだが、たしかに関心は向けられている。

 仮にあの乱回転が彼女の仕業というなら、この状況は助けてくれたと思っていいのだろう。言葉が通じない以上、それが善意によるものかそれ以外の意図かは判別つかないが、なんとなく晴馬は前者なのではないかと思った。

 それは人が人に向ける慈愛の情を、彼女の表情や視線、そして声色に感じたからだ。

 ひとまず川に足を浸し続けたくなかった晴馬は、自分の足元と陸地を順に指してジェスチャーによる意思疎通を図る。晴馬の意図を正しく理解した麗人は川岸に場所を移した。


「その恰好では風邪をひいてしまうな。どれ、乾かしてやろう」


 何かを言いながらスッと片手を頭に伸ばされて晴馬は反射的に身を引いた。


「なんだよ、怖いって」

「そう身構えるな。すぐに済む」


 お互いに意味の通じない言葉のやり取りをして、半ば強引に麗人は晴馬の頭に触れた。

 全身が引っ張られる感覚と穂を勢いよく凪いだような音がして、晴馬は一瞬瞑目する。

 冷風が吹いたような錯覚。背筋を走る悪寒は気のせいではないだろう。何かをされたという確かな実感だけがあり、直後に全身に違和感を覚え、同時にその正体にも気が付く。

 川に沈んでずぶ濡れになっていた身体と服が水気を失って乾いていた。

 試しに服の裾を掴んでみても湿った感覚はない。

 その超常じみた現象に晴馬の思考回路はすっかり困惑と衝撃に染まっていた。


「……こりゃ乾燥機涙目だな」


 起きた出来事に対して淡白すぎる感想をこぼす晴馬。

 しばし沈黙。と、言語の壁から言葉が交わされることのない静寂を割くように、タッタッタと、焦りの混じった足音が聞こえてくる。

 追手の残党かと晴馬は即座に音のする方を向いたが、建物の影から現れたのは薄灰色の外套を羽織った赤い髪の女性だった。黄金の瞳はかすかな怒りを孕み、美神と見紛うような美貌には疲れを浮かべている。

 息も絶え絶えに肩を大きく上下させる赤髪の女性は、晴馬の隣に立つ麗人を見て柳眉を逆立てた。


「ユランっ!」


 赤髪の女性はズンズンと大股で歩いて麗人との距離を詰めると、己がユランと呼んだ相手の眉間目掛けて突き刺すように指を突き立てた。


「勝手にどっか行くのやめなさいって言ってるでしょ!」

「そう怒るなアレクシア。この男は悪意ある者らに追われておったのだぞ。ディオスの女神として市井の者を助けるのは当然の責務だ」


 仮に擬音を付けるなら『えっへん』になるくらいには自信満々に胸を張る女神。

 人助けの為と聞いて赤髪の女性――アレクシアは川の向こう岸に倒れている男たちを見た。恰好から察するに観光客狙いで窃盗を行う犯罪集団の一員。組織本体が国外にあるせいで摘発が難しく、昨今はかなり問題視されている。

 しかも、積極的ではなくとも手段としての殺しを厭わない連中でもある。

 この少年が彼らに追われていた理由はともかく、追手の素性が素性なだけにユランを責めるのはお門違いかもしれないと、アレクシアは烈火を鎮火させようとした。

 が、


「まあ、この男はほとんど自力で切り抜けてしまったから、追いかけはしたもののほとんど手出しはしておらんのだがな。ははっ」

「だったら助けてないじゃないのよ!」

「最後はちゃんと助けたぞ。足が速くてなかなか追いつけなかったのだ」


 語気を強めて言うアレクシアを、ユランと呼ばれた麗人は肩をすくめて躱す。

 言葉にして吐き出したおかげで怒りのほとんどを沈めたアレクシアは、息を吐いて気を取り直すと晴馬の方を振り返った。


「言葉は通じんぞ?」

「わかってる。……ごめんなさい、少し頭を下げてもらえる?」


 なにかを言われながら頭を下げるようなジェスチャーをされ、晴馬は粛々とそれに従った。


「っと、頭下げればいいの?」


 頭を下げるなりこめかみ辺りを両手でそっと包むように触れられる。

 左側に触れる彼女の手の感触にやや違和感を覚えつつじっとして待っていると、視界が光彩を帯びてかすかに揺らぎ、晴馬の頭部をぐるっと覆うように連立する粒子の帯が出現した。

 揺らぐような貝紫色(パープル)の彩光を放つそれを見て、もしや、と。

 身体を飛ばすほどの突風、浮いて乱回転した男、そしてずぶ濡れからの撥水。

 脳裏に浮かぶ一つの予想。具体的に浮かんだ単語は『魔法』だ。

 普通は超常現象とかだろう、と我ながら呆れた。なんとも漫画脳というかゲーム脳というか。

 ただ、これ以上に分かりやすい言葉も他にない。

 生活の基盤として『科学』でなく『魔法』が人類の文明に根付いている世界。それも『高度に発達した科学』などという紛い物ではない、本来神々の領分である真の意味での魔法があたりまえに行使されている世界なのだろう。

 三十秒ほど経って、頭の周りを緩慢な動きで回り続けていた粒子が霧消する。

 触れ合って体温の境目がすでになくなった手が離れると、晴馬もようやく地味に辛い姿勢から解放された。


「どう、通じてる?」


 赤い髪の少女の声が、単なる音ではなく意味を持つ言葉となって聞こえる。日本語として聞こえるわけではないのに意味はすんなり分かるというのは奇妙な感覚だ。


「おー。ちょっと変な感じだけどわかる。いまのって魔法かなにか?」

「そうだよ。でもよかった。久しぶりに使ったから失敗してたらどうしようかと」

「失敗したらどうにかなってたのか?」

「二、三時間くらい聴覚に異常が残る、……かも?」

「なんで疑問形」

「失敗したことないからよくわからないんだよね。なんにせよ聴覚を直接弄ってるわけじゃないから失敗しても問題なし!」

「まあ……大丈夫そうだしいいかぁ?」


 やはり出来事に対して淡白に過ぎる反応を示す晴馬。それでも疑いが晴れないのは魔法に対する慣れの問題だろうか。

 タイムラグなしで行われる音声の即時相互翻訳など、晴馬の常識から測れば完全なオーバーテクノロジーだ。耳元をトントンと指先で叩いて聴覚への影響を疑うも、特に聞こえ方に異常は感じない。言いぶりから推測するに、言葉を自動で翻訳するフィルターのようなものを付与しただけなのだろう。いわば外付け翻訳機だ。

 そんな晴馬の危惧をなきものにするかの如く、アレクシアは両手を打ち合わせる。


「とりあえず、改めまして自己紹介。私はアレクシア・セレネ。よろしく」


 差し出された左手を取り、晴馬も彼女に倣って名乗る。


「壱夜晴馬。よろしく。早速で悪いんだけど一つ質問してもいい?」

「どうぞ」

「ここってどこ?」

「えっと、五番街通りのはずれあたり。正確な住所は……ごめん、わからない」

「ごめん、言葉足らずだった。訊きたいのは、地名っていうかこの街の名前。もっと言うと国の名前」

「あぁ、そういうことね。ディオス共和国のディオスって街」

「ディオス共和国……聞いたことねぇな」

「っていうか、どうして知らないの?」

「たぶんなんだけど俺、別の世界から来てるっぽいんだよね」

「別の世界?」

「うん。ほらこれとか――」


 アレクシアに露骨に訝しまれる。さもありなん。晴馬も彼女の立場ならそうなると思う。

 ただ、初手の反応こそ怪訝に返されたものの、スマホや財布の中身を見せて説明すると割とすぐに納得してくれた。言語の違いや魔法の有無に始まり、晴馬がディオスを知らなかったように、彼女もまた晴馬が知っている国を知らないなど、状況証拠がかなり揃っていたからだ。

 とりあえず理解してもらえたことに安堵した晴馬は、ふと、麗人に視線を向ける。

 なんとなく、彼女に目が惹かれた。

 別に一目惚れとかではない。それでもおかしくないほど滅茶苦茶美人だとは思うがこれは違う。さもそうすることが自然の摂理かのように視線が向いたのだ。何故そう思ったのか、晴馬自身もよくわからない。

 すると、二人のやり取りの傍でひそかに疎外されていた麗人は、晴馬の視線に気づくと待ってましたと言わんばかりにアレクシアを押し退けて主張してきた。


「やっとこちらを見たな! 我はユラン。ディオスの守護者たる女神だ!」

「ほう、女神サン?」

「その顔、さては信じておらんな?」

「いや、女神って響きにピンと来てないだけ。魔法って神話に出てくるし、基本神様とセットだろうし」


 わざとらしく睨んでくるユランに晴馬は小さく頭を振る。

 日常では聞き慣れない言葉にしっくりこないだけで事の真偽を疑ってはいない。むしろ目の前で見せられてなお疑えという方が無理だ。

 本来、神と魔法、もっといえば神話と魔術は切っても切り離せないもの。

 たとえば日本の巫女は祈祷によって神や霊の力を呼び出し、その身を依り代として神託を得ると言われている。魔術の源流の一つとも言われるシャーマニズムにも脱魂と憑依によるトランスという近しい概念がある。

 もっと俗っぽい話であれば、神の変身や魔女の呪術もそれにあたるだろう。

 彼女らが目の前で行使した魔法をその身で体験している以上、いまさら神の実在を疑うことはない。

 とはいえ、やはり言葉の響きには慣れないし違和感は拭えないのだが。


「ユランが女神サンで、アレクシアは普通の人でいいんだよな?」

「うんまあ。てかねえユラン重い」


 ユランにのしかかられたままのアレクシアが眉根を寄せて苦言を呈す。が、ユランは素知らぬ顔でのしかかり続けている。

 絵面良いなぁなんて益体のないことを考えながら、晴馬は二人の姿を見比べて思ったことを口にした。


「神様って言っても見た目は完全に人だな。言われなきゃわかんねぇや。言われてもわかんねぇか」

「顔と名前さえ覚えてしまえば問題ないぞ!」

「ねえホントに重い」

「仲良いな」


 麗人の相貌を崩して無邪気な幼児のように笑う女神。彼女にのしかかられている赤髪の少女は少し鬱陶しそうにしている。その様子に晴馬は小さく苦笑した。

 それが三人の初めての邂逅だった。


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