STORIES 052: この海を見せたかった
STORIES 052
僕の実家は、海の近くにある。
海辺というほどではないけれど、割と近い。
18で家を出てから、暫くは年に2〜3回しか帰らなくなった。
新しい生活は楽しみに満ち溢れ、刺激のない故郷には特に残してきたものもなかったからね。
.
ある年、帰省する僕は彼女を連れて帰った。
宿代のかからない旅行、くらいのつもりだった。
確か就職の内定が出ていて、その報告も兼ねていた記憶がある。
両親は、少しはしゃぎ過ぎなくらいに楽しそうだ。
彼らは僕がたまに帰るだけでも喜んでいたから。
たとえ、帰省するなり…
地元の友人たちのところへ遊びに出掛けてしまったり、いつも深夜まで帰らなかったりだとしても。
今ならその気持ちはよくわかる。
実家で子供の帰省を待つ、親の気持ちが。
.
挨拶もそこそこに、近所の友達のところまで歩いて出掛けた。
高校の同窓生10人くらいで集まって、BBQをすることになっていたからだ。
部活仲間だった友人とそのカノジョは、秋に結婚することが決まっていた。
他のメンバーも、一緒に旅行したりするような間柄だ。
途中、仲間の車のバッテリーが上がってしまったり色々あったけれど、楽しい時間が過ぎてゆく。
とてもゆったりと、田舎のペースで。
.
誰かが、花火をやろうと言い出した。
酒を飲んでいない人の運転で、分乗して海辺へ。
手持ち花火、ドラゴン、女の子たちの線香花火。
夏らしい光景、いいね。
湿った空気がうねるように流れる。
ふと彼女を見ると、手持ち花火を両手に持ち、クルクルと踊るように独り回っていた。
弱い明かりに照らし出される彼女の顔は、笑っているような、寂しそうでもあるような…
そうだよね。
彼氏の両親と初めて会うのが泊まりがけで、
食事したり遊んだりするのも僕の友人ばかり。
疲れたかな。疲れるよね。
でも、連れてきたかったんだ。
.
翌日は母親の車を借りた。
地元のテーマパーク的なプールへ2人で。
幼い頃から親しんだ場所だ。
慣れない運転の僕は駐車に苦労したけれど、彼女はいつもの彼女で、ケラケラとよく笑う。
よかった、いつもの笑顔だ。
夕方の海岸にも寄ってみる。
遊泳時刻は過ぎていて、人影はまばらだ。
監視台の上から、沈みゆく夕陽を眺める。
この海をもう一度、2人で見に来られるだろうか。
いつか、また。
.
次の夏も、2人で僕の実家に泊まった。
けれども、あの海には行かなかった。
そして、その半年後くらいに…
僕らは別れてしまう。
夕暮れの海岸線。
一緒にあの海を見ることは、もう2度となかった。
そのときは、そんなことなど考えもしなかったのに。
元にはもう、戻らない景色。