表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/148

006 グリムちゃん、自覚する

「————え? これ、わた、し……?」


 手鏡が写すは、困惑に何度も瞬きする竜。頭を振り、角度を変えて確認する竜。半開きの口から牙を覗かせ、喉を震わせる竜——。


 うんかわいい。


「お前の姿だ、アイソス。お前は竜になったのだ。自分の手を見てみろ」


「や——え、や、だ……ほんとに……」


 ようやく理解したか。が、戸惑う姿もよき。自己が確立していない、とアルビオーネは話していたが、これほどなのだな。まあ、そこも魅力的ではある。無垢な純真さの源泉だな。


「わたし、魔物に、なっちゃったの……?」

「竜だ」

「魔物……? まもの、やだ……」


「悲観することはない。儂が——」

「やだやだやだやだ〜〜〜〜〜〜っっ!」


 あ、マズいっ。この兆候はっ。


「アリュっ!」


 言うが早いか、アルビオーネは儂の体を下ろした。その直後に頭上を闇のブレスが通過する。拡散型ブレスでなくて助かった。だが、どれほどの森が消失したか。見たくもない。


「あ、グリムワルド様っ。毛先が!」

「どでもいいわっ! おい、おちちゅけっ! あばれぅなっ!」


「いやっ、いやあああぁぁぁぁっっ!」


 駄々を捏ねるように手足を振り回し、己を認識した幼女は叫び声を上げ続ける。翼を打ち鳴らし、長い尻尾を暴れさせている。その先端が小屋を掠め——


「き、きしゃまあぁっ!! その小屋を破壊したらゆるしゃんぞっ! いくらようじょでもゆるしゃんからなぁっっ!」


「グリムワル——グリムちゃん、危ないですよっ」

「なぜ言い直したっ! コイツをとめりょっ!」

「無理ですっ!」

「そくとーしゅるなっ!」


 駄目だっ、早く落ち着かせねば。これ以上暴れられては、本当に壊されてしまうっ。


「おい、アイソス! 聞け! お前は病気なのだっ! 病気は治るものだ。儂が治してやる。だから落ち着けっ!」


「……びょうき?」

「そうだっ! お前は病気で竜の姿になっただけなのだ!」

「わたし、病気、なの?」


 お、やっと大人しくなったか。


「そうだ。だが安心しろ。儂が、必ず治してやる」

「グリムちゃんが? 本当に、グリムちゃんが治してくれるの?」

「ああ。このグリムちゃんに任せろ」


 儂のためにもな。病気ではないが、アイソスにとってはわかりやすくていいだろう。


「ありがとう、グリムちゃんっ!」

「わかればいい。だから、もう暴れるなよ」

「うんっ」


 元気よく頷くアイソスを見て、ようやく胸を撫で下ろすことができた。

 振り返って確認すると、やはり森には一直線に破壊の(あと)が刻まれていた。こんなものを見境なく放たれてはたまらん。

 しかし、アルビオーネ、何をにやついている?


「……くふっ、自分から『グリムちゃん』って」


 だまれっ! 勢いだっ!


「でもね、グリムちゃん?」


 そう言いながら、アイソスは翼を伸ばした。


「わたし、元気なの。病気なのに、とっても気持ちいいの。いつもより何だか元気なの。ほらっ」


 地面を蹴って飛び上がる。着地の衝撃に地面が揺れる。手足を振って、踊り子のようにその場で体を回転させる。その一つ一つが風を巻き起こし、儂の髪を(なび)かせた。そして、大切な小屋も。


「だから尻尾っ! 気をつけるのだっ!」

「あ、ごめんね、グリムちゃん。怒らないで」

「……まあいい。幼女だしな。ああ、そうだ。そこの祭壇に果物があるだろう? それでも食べて、少し体を休めるのだ」

「果物? うん、食べる!」


 どしどしと重い足音を響かせながら、アイソスは祭壇へ近づいていく。

 まだイマイチ不安だ。何かのはずみで祭壇も小屋も破壊されそうな気がしてならない。


 竜の体にとっては豆粒のような水果(すいか)を、アイソスはゴリゴリと音を立てて食していく。


「どうだ、甘くて美味かろう」

「ん。え〜とね。あんまりおいしくない」


 なんだと? そんなわけあるか。いや、なかには熟しきっていないものもあるかもしれぬが。


 ふと、地面に落ちた水果(すいか)が目に入った。ヤンデルゼの奴が投げ捨て、砕けたものだ。飛び散った赤い果肉を拾い上げて口に入れてみる。


 十分甘いではないか。それに、この体であれば腹にもたまる。


「その姿で拾い食いはよくないですよ、グリムちゃん。それも、あのヤンデルゼが触ったものを。なんでしたら、私が食べさせてあげましょうか、口移しで。そう、口移しでっ!」


「いらんわっ! ……しかし、妙だな。味覚が変わっているのか? 儂は同じように感じるが」


「さあ、どうでしょうね? あ、駄目ですよ、グリムちゃん。お手手もお口の周りもベトベトじゃないですか。私にお任せください。キレイにしてあげますから。是非っ!」


「ほっとけっ! 自分でできるわっ」


 どうせロクなことはしないだろうが。何かされる前に自分で両手を舐め上げ、口元を拭い、もう一度その手を舌で清めた。うむ、やはり甘い。


「ねえ、グリムちゃん。わたし、もういらない。グリムちゃんにあげるね」

「そうか。まあいい」


「あとね、あっちから美味しそうな匂いがするの。わたし、行ってくるね」

「あ? いや待て」


 儂の制止を聞く前に、アイソスは歩き始めていた。体の大きさが桁違いなのだ。その歩幅も当然に広い。樹々や枝葉をなぎ倒しながら、山中の奥へと竜の姿は遠ざかってゆく。


「おい、待てと————んぎゃっ」


 足? 追いかけようとして、足が絡まった。アイソスを助けたときのように頭から地面に飛び込んでいた。


「だ、大丈夫ですか、グリムちゃんっ!」

「は、鼻が……、く、なんと脆弱な」


 アイソスは体を動かすこともしないのか? 自分の足を絡めるなど、どんな運動神経をしているのだか。だが幼女だ。仕方あるまい。そして感覚は掴んだ。早くアイソスを追わねば。嫌な予感がする。


「グリムちゃん……?」

「問題ない! 追うぞ————っんきゃうっっ!」


 なぜだっ!? 一歩目で、再び地面に叩きつけられたではないかっ。痛みに転がりながら、己の爪先が踏みつけたものの正体に気づいた。


 これか? このローブの裾かっ!


「ええいっ! 邪魔臭い布がっ!」


 こんなもの、脱ぎ捨ててやるっ。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、感謝です♪


【次 回 予 告】

悶えるグリムちゃん。

歓喜のアルビオーネさん。

はしゃぐアイソス。

そして唐突な別れ。

その時グリムちゃんは自分の本質を思い出す。


『儂は幼女好きの——』



次回、


幼女(になった)竜と竜(になった)幼女 その2


全三話です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ