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004 幼女竜は美味しそう

本編開始です。

 手鏡が写すは、にひっ、と白い歯を見せる幼女。半眼で薮睨みする幼女。ぷっくりと頬を膨らませる幼女。遠くを見てすまし顔を決める幼女——。


 全て、儂だ。


 背中まで流れる空色の髪を手で()き、くるりとひと回り。簡素なローブが白波となる。ペンダントを指で摘んで、難しそうに、わざとらしく額にシワを寄せる。手鏡を覗き込むと自然と頬が緩む。


「——って、違うわぁぁっ!」


 差し出されていた手鏡を、小さな手で思い切り払いのけてやった。


「い〜え、とっても可愛らしいですよ、グリムワルドさまぁ」


 からかう様子もない笑顔が向けられた。もちろん上辺だけだろう。コイツの本性は冷酷な蛇なのだから。その姿もそうだ。上半身は人間の女性のものだが、腰から下は長大な蛇だ。

 紫色の毒々しい蛇身の先端で器用に手鏡を持ち、めげることなく儂に突きつけてきた。


「ほらぁ、遠慮しないでください。ね、どこに出しても恥ずかしくない、立派な幼女ですから」

「だっ、だまりぇっ! こんな姿でどうしりょ————」


…………ほう。


 いや待てこれは。


 ふふっ、良いのではないか? 改めて手鏡に映る我が姿を見るに。そこには眩しいほどの幼女が微笑んでいる。そしてそのぷくぷくの頬が左右に伸びて——。


「——って、つまむなっ! ひっぱうなっっ!」

「いえでもグリムワルド様? 楽しそうですしぃ。ほら、今もこんなにのびのび〜」


 確かに。鱗なき人肌というのは、存外伸びるもので——。


「ではないわぁっ! きちゃま無礼だぞっ!」

「あらあら、ごめんなちゃいねぇ」


 くっ、コイツ部下のくせに儂を完全に幼女扱いしおって。まあその気持ち、分からんでもないが。幼女相手に緩むのは仕方ないことだからなっ。


「だが。ありゅ、あうびっ、あ、あぅ——」


「アルビオーネ。あ、る、び、お、お、ね。ですよ、グリムワルド様。私の名前、ちょっと難しいですよね〜。じゃあ、私のことは『あーちゃん』でいいですからね〜。あ、『あるちゃん』でもいいですよぉ」


「ぬああああああああああーーーーーっ!」


 違うっ! 断じて違うわっ! これは、おそらくまだ慣れていないせいだっ。儂の精神が肉体と合致していないことに起因する、身体操作の齟齬(そご)。そうに決まっているっ!


「ぬあー、じゃなくて、あーちゃん、ですよ」

「ぐっ……」

「まあ、でも。そんなグリムワルド様も、とってもイイ、です」


 アルビオーネが覆いかぶさるように迫ってきた。ほとんど触れるのではないかというくらいに顔を近づけ、舌舐めずりしてみせる。


「本当ですよ。本当に、良いの。あぁ……柔らかくて、あったかくて、とっても」


 生暖かい吐息が撫でてくる。ぞわりとした感覚が全身に(はし)った。肌が粟立つ。

 ああ、これが鳥肌が立つという感覚——、などど言っている場合ではないっ。コイツはっ。


「お、おい、アー……」


「そう、あぁ。ああ〜〜ん、と。いっちゃってもイイですか? イイですよねっ? だってこんなに美味しそうで。私、もうっ」


 こ、コイツ、儂をっ?


 自然と幼女の足が後退していた。膝が意思に従わず震えている。目の前にいるのは捕食者。身体はそう感じ取っていた。

 ぐっ、と両肩が掴まれた。冷たい手が易々と儂を地面に押し倒す。興奮した息がかかるくらいに顔を接近させてくる。


 マズい。コイツの目、正気ではない。今の力では振り解けない。


——ならば魔術で。


「無駄ですよぉ、グリムワルドさまぁ。そんな回らない舌で、術の詠唱なんて」


 先手を打って、蛇の舌が儂の唇をねっとりとなぞる。しかもコイツ、二又の舌先で儂の唇をこじ開けようとしているっ?


「う……むっ、ぅ……」


 ぐ、だが。


 体内の魔力を練り上げる。術の詠唱がなくとも、魔素の操作は可能なはず。


 魔族だろうと人間だろうと、体内には魔素の通り路である『魔力回路』というものが存在する。そこに循環する魔素を操り、魔力という力の源へと変換させるのだ。その魔力を使い、媒介させる呪文を唱えることで、様々な現象を発現させる手段が魔術というものだ。

 魔素の操作、魔力への変換、詠唱。本来、それらを経て事象の発露は成る。


 口を塞がれた今の儂には術の詠唱はできない。しかし、体内の魔素を魔力へと変換することはできるようだ。複雑な現象は起こせぬが、魔力そのものを放出し、ぶつけるのであれば造作もないこと。


 のしかかるアルビオーネの腹部に手をかざし、掌に集積させた魔力を——


「んむうぅっ?」(放出できないっ?)


「な〜にしているんですかぁ? そんなに私のお腹を触りたいのですかぁ? あ……はあぁっ……いいですよぉ。すぐにいっぱい触らせてあげますから————う、ち、が、わ、から」


 アルビオーネの口が裂ける。人間の限界を超えて開かれる。儂の頭よりも大きく。


「お、や、やめ——」

「わたしも〜〜〜〜〜〜っ!!」


 正に絶体絶命、というところで、巨大な竜の頭が割って入った。儂を襲う邪悪な蛇は弾き飛ばされ、石ころのように転がっていく。


「あ、あごぉぉっ!?」


 顎、はずれたか。いい気味だ。だが、とりあえず助かっ——てないっ。


 重いっ! 硬いっ!


「わたしも、キス、する〜〜〜〜っ!」

「き、きちゃ、やめっ」

「ん〜〜〜〜〜〜っ」


 やめんかっ! せっかくの柔肌が傷つくではないかっ! 押しつけられた竜の鱗は、幼女には優しくないのだぞっ。せめてこれが逆であったなら、歓迎すべきだがなっ。


「ふぅ。離れなさい、アイソス。彼女が潰れてしまいますよ」

「え? え〜。は〜い」


 アルビオーネの言葉に、竜は素直に引き下がった。


「……正気に戻ったか、アリュ」


 上半身を起こして深呼吸し、睨みつけてやる。が、アルビオーネは悪びれもせずに笑顔を見せ、舌先を覗かせただけ。思わず身を引く儂の顔の、今度はその目元をなぞってきた。


「え、何を言っているんですか? 私はずっと正気ですよ」


 それはそれで大問題なのだが。


「それに、アイソス。お前もいい加減、現状を理解してほしい。今までのお前とは違うのだぞ」

「でも、でもね。キスは気持ちいいの。いつもパパとしてるの。だからしたいの。だめ?」

「ダメではないっ。大歓迎だっ!! だが……むふぅぅ…………」


 即座に否定はしたものの。困ったように首を傾げる竜の姿を見るに、盛大なため息が漏れてしまった。それはもうかわいいし。


 この幼女の名はアイソスという。儂と体を入れ替えられ、竜となった幼女。竜となっても幼女を感じる幼女だ。


 ヤンデルゼを滅した後、考えのまとまらなかった儂のもとへアルビオーネが現れた。とりあえず儂らは、アイソスと名乗った竜幼女と一緒に洞窟の入り口まで戻ってきていたのだ。


 儂が幼女の姿を堪能している間、アイソスは事態が飲み込めていない様子でただ寝そべっていた。だが、アルビオーネに襲われていた儂を見て飛びかかってきてくれた。

 おかげで助かった。幼女に、ふふっ、助けられるとは。


「仕方ありませんよ、グリムワルド様。このくらいの年齢では、まだあまり自己が確立していないのです」

「それはそうだが」

「まあ、個人差はありますよね。それに、このアイソスという子供、私知っていますよ。ねえ、アイソス」


「ん〜、なぁに?」


「あなた——」


 ん? どうした?

 

 不意に言葉を切って、口元に手を当てたアルビオーネはそのまま肩を震わせている。なんだかコイツの瞳、とろけていないか?


「……く、ふふっ。かの滅界竜が、こんな可愛らしい仕草を、言葉を」


 あ? だ、黙れ。今は儂ではないわっ。それに幼女らしいだろうが。


「ああっ、なんて素晴らしいのっ。愛おしいのっ。やっぱり、私、いつかはその御身体をっ、私のナカにぃぃ。収めたいおさめたいオサメナキャ——」


 ヤバイ。コイツヤバイ。コイツこそ追放すべきでは。今のうちに。


「おい、アリュ。貴様今の言葉」

「……え? 私、何か言いました? ——はっ!? まさかグリムワルド様、私の心を読んでっ!?」

「ダダ漏れだわっ。貴様しょんなことをいちゅも」

「あ、あれ、そんなことないですよ? それよりも、そう、アイソスです。あなた、教会の『聖女』よね?」


 ぐ、無理矢理話を戻しおって——いや待て。


『聖女』だと?

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