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002 慕われたい四天王

 ふん、焦っているな。だがそれは思い違いだ。儂がわざわざそんな面倒なことをするわけなかろう。


「そうではない。まあ、今のところは、かもしれんがな。しかして、見よ、この祭壇の出来栄えを。奴らの中の最高の細工士が施した装飾を。我が似姿の像を。んん? どうだ?」


 祭壇の頂上には、黒炭で表現された竜の立像がある。瞳だけは儂と同じ金色。金貨を加工したものだ。

 鱗の一枚一枚、凛々(りり)しき我が表情。これらを人の手で細工するには繊細な技術が必要だったはずだ。黒曜石でも加工した方が映えるものだが、素材に関しては仕方あるまい。

 いや、そうだな。今度提供してみるか。儂の部下の手で、それとなく届ければ理解するだろう。


「どう、だと。そんなものが」


「お前にはいないだろう? これほどに己を慕ってくれる者など。いや、いるはずもなかろう。干物を崇めて何とする。だが——良いものだぞ、崇められるというものは。当然、儂の方から強要することなく、だ」


「ぐ——」


 図星だな。僅かに残った歯の軋む音が聞こえる。なかなかに心地よい。尻尾が踊るわ。ついでに小屋の中の供物でも見せつけてやるか。


「お、おかしいだろうがっ!」


 小屋の扉に爪先をかけたところで、奴が叫んだ。


「ああ、おかしいっ、ありえんっ! 人間どもが慕う要素など、どこにあるっ。……く、くはははっ! そうか! そうだなっ! 結局、貴様は恐怖で縛っているだけだろう? だが、もう手遅れだ! 貴様の追放は決定事項なのだっ!」


「ほう」


 まだ言っているのかコイツは。さっさと追い払ってしまおう。どのみちコイツに、儂をどうにかできる力などないのだしな。


「……だ、だがしかし」


 ん?


「参考までに、き、聞かせてもらおうか。その、慕われる、方法を……」


 お、少しは気にしておったか。コイツは部下との関係がドライだからな。乾いているのは体だけではないということだ。


「知りたいのか、ヤンデルゼ」


 こくり、と頷く『呪獄』の四天王。なぜお前に純真無垢な幼女の仕草ができる? それは幼女に対する侮辱だぞ。

 口には出さぬが、コイツの見た目は、熟しすぎた果実が地面に落ちて潰れたときの姿なのだからな。それとその羊皮紙と羽ペン、どこから取り出した?


「ならば教えてやろう。単純なことだ。奴らの街を魔獣に襲わせたのだ。それをこの儂が撃退する。そして奴らは儂に感謝する、ということだ」


「え…………、そんな簡単なことで……」


「甘く見るなっ!!」


 不信を浮かべる不審者に、口から炎が漏れるほどの喝を入れてやった。


「原理は単純。だが、やり遂げるのは簡単ではないぞ。一度の撃退で、奴らが信用すると思うか? 甘いわっ! 儂が何度繰り返したと思う? それも、ただ襲撃させればいいというものではない。襲撃の間隔が短かすぎれば、不自然感が漂う。かといって何十年も開けては、偶然感が強い。そして、毎回街の目前で撃退しては作為感が残る。時には涙を飲み、街を破壊させてから助けるのだ」


「な、成程…………」


「それだけではないぞ。潜入させている我が部下を使って、王都を混乱に陥れてやったのだ。それを別の部下に解決させた。儂の遣い、の名を騙ってな。『夢幻の嬌宴事件』『怪盗露光団』『野薔薇継承の変』——。具体的には、この国の歴史を調べるがよい」


「ふむふむ、部下を使って——。ん?」


「ま、人とは疑り深いものだ。ゆえに、見た目も重要だぞ。奴らの好む姿が理想だ。儂であればこのままで十分だがな。貴様ではそうはいくまい。そして、ここまでやっても奴らが理解するまでに数十年。初期以外は部下の者に任せたがな」


「……いや、それ、貴様の、力……?」


 なんだ、その納得いかないという顔は。やはりコイツは他者との関わりが苦手と見える。独り籠って研究ばかりしているからだな。コイツの敬愛する魔王とて、距離感のわからぬ押しに迷惑がっている。そのことをコイツはわかっていないのだからな。


「いいか、ヤンデルゼ。強き力も使いようよ。ただ振りかざすものではない。使うべき時を見極めるのだ。それを誤らなければいい。儂などほぼ顔見せだけだしな。そして今や、儂は王国の守護竜様というわけだ」


「……う、しかし。その、部下は……」


「ああそうか。残念だったな。お前にはそんな出来た部下はいなかったか」


「ぐ、き、貴様っ」


「ま、そんなわけで、だ。時間は掛かったが、お陰で今の暮らしがある。力の先行投資、というやつだな。寝ているだけでもたらされる貢物。食糧であり、宝物であり、安息だ。あとは時折、部下を使って自身の健在をアピールすればよいだけだ。ふっ、なんと良き生よ」


「きさまきさまきさまきさまきさまきさまぁぁぁぁぁぁーーーーっっ!」


 ああ? なぜ怒る? せっかく書いたメモとペンを振りかざして——む、懐にしまうのか。ま、いずれ参考にできる時も来るやもしれぬからな。もしかしたら。


「ともあれ、落ち着け」


 祭壇に捧げられていた、指先ほどの大きさの果物を摘み上げる。黒緑模様の硬い表皮を持つそれを、上空にいるヤンデルゼへ軽く放ってやった。


「なんだこれはっ!」


「ああ、水果(すいか)という果物の一種だ。儂にとっては小腹を満たすほどにも足りぬが、舌を湿らす程度にはなる。汁気が多く、糖度も高い。なかなかに美味だぞ。お前の干からびた身体も、少しは潤うかもな」


「ふっ、ふざけるなぁぁっっ! 私は! この魔王様が四天王ヤンデルゼはっ! 魔王様に捧げるこの身体を! 誇りに思っているのだっ! そして、この身体を満たせるのは、麗しの魔王様だけなのだあぁぁっっ!」


 叫びながら、ヤンデルゼは抱えていた水果(すいか)を投げ捨ておった。砕け、血のような果肉を地面に撒き散らす水果(すいか)。なんと哀れ。


 だが。


「おい、ヤンデルゼ。儂への供物を無駄にするとは、覚悟はできておろうな」


「黙れぇぇっ! こんな物で懐柔されたのか貴様はっ! やはり駄竜! 甘味を(すす)り惰眠を貪る駄竜がっ! 確信したぞっ! 貴様は、我らが魔王軍には不要! 貴様を魔王軍から追放するうぅぅぅぅぅぅっ!!」

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