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六話 狂気の村


 ウォルトの街を抜けて南に向かう正道を歩き続ける。


目指すはクレモルト王国中部ラルサルト男爵領。

林檎酒の生産で有名な領地であり、肥沃な土地と活気のある商店が立ち並ぶことで有名である。


 

 数刻歩くと森を迂回するために正道が大きく曲がり始めた。

ネイは暫く正道を歩いていたが、遠回りすることが億劫になり森を突っ切ることにした。


 森に入ると直ぐに常人は絶対に避けるべき森だと分かる。

強力な魔物が多く、森は広大で深くなる一方。森の中部だとしても光が届かない程、木々に溢れている。



不思議なことに魔物は蛇種が多く存在した。

蛇穴は多々見かけ、縛り殺された動物達が多くいた。



茶班目蛇 出目蛇 若草縦縞蛇 紅菱蛇



既に3体は目視で確認し、避けられなかった紅菱蛇は頭を落とし討伐した。


蛇以外の魔物は猪種や蜘蛛種もちらほら。



 森の生態系の頂点に立ち、人の世で刺激してはいけないと言われている三大禁種の魔物がある。それは蛇 蜂 熊。


 蛇種は皆巨体である。動くだけで災害になりかねない。鋼鉄をも噛み砕く毒牙を持つ。動きは素早く、上位種は口腔から魔力を用いて攻撃する。


 蜂種は仲間意識が強く集団で襲いかかる。

1体攻撃すると触覚から仲間に信号を送り60体以上の蜂が襲ってくる。

強い毒性の尻針で生物を瀕死寸前にして、生きたまま巣に持ち帰り喰い殺す。


 熊種は暴力の化身である。俊敏に動きながらも大木を切り崩す爪と腕力をもつ。硬い筋肉と剛毛で覆われ、上位種は魔力を練り上げ身体に巡らせて身体を強化する。





 暫く森中を歩き始めると、地に巨体が擦った後を見つける。

観測術で辺りを調べ始めると一際大きな魔力と生命力を見つける。



巨大な存在に足音と呼吸音を消しながら、目視できる程近づく。


森奥の山の崖下に100尺越えの巨体を丸まらせて睡眠をとる大蛇を見つける。

大蛇の隣を見ると獣達の骨が積み重なり小山となっている。



眼前にいるのは黄と黒の松皮菱模様の大蛇。

禁種の蛇の中でも上位、龍祀る民でさえ手こずる存在。



 ──魔華菱大蛇。こんなとこにいるなんて。

 


魔華菱大蛇の瞳を見た者は一時的に身動きが取れなくなる。牙は強い毒性があり、口腔からは竜の真似事のように火を吹く。



蛇は周辺の温度の変化で生物を感知する術を持つ。これ以上近づくと察知されると考えて迂回することにした。




 ネイはその晩は森の中腹の大木の枝上で半覚醒状態で仮眠をする。



 早朝に起き、干し肉を食べて数刻程森を進むと魔物の気配が消え始め、次第に森が浅くなる。


暫く浅い森を歩くと嗅ぎ慣れない臭いが漂ってくる。

何が燃える煙の臭い。そして、臭いには腐肉を焼いた悪臭が混じる。


煙に近づくと開けた土地があり、人の騒がしい声がしてくる。


魔力を地に流して観測を行う。

「ひ、ふ、み、よ…」


生命の数を数えると46。



 ──随分と正道の外れにある村だな。



少々森奥の閉鎖的な村であるため、関わらず通り過ぎようと考える。



しかし、今までのネイの人生において信じられない光景を目にする。


それは大量の人の死体が積み重なり山となった地獄絵図。


四肢が切断された男衆の死体、嬲られた女達の死体、顔の皮を剥がされて火を炙られた男か女かも解らぬ死体。



一際人相の悪い荒くれ者達が死体を大火に投げ込んでいる。


耳を澄まし、風術『音盗(ねとう)』を使い彼らの声を聞く。



「臭え、もう死体が腐ってきてやがる」

「文句言うな。散々楽しんだろ」

「それもそうだな」

「足がつかないように皆殺しとは隊長は人の皮を被った大鬼なんかな」

「大鬼なら女を犯す前に皆殺しだ」

「ちげえねえ」

「早く王都に行って、上等な女を抱きてえなあ」



ネイの頬に自然と涙が伝う。


「信じられない。人の世は愚かとは聞いていたが、これ程までとは…」



暫く目の前の光景を呑み込むことができず呆然と眺めていたが、次第に沸々と怒りが湧く。



村の周囲を見渡すと田畑に農耕具が散らばっており、畑仕事の最中に襲われたことが解る。

ひっそりと森奥に住む村人達。衛兵や人の目が及びずらい辺鄙な場だからこそ、荒くれ者達に狙われてしまった。



ネイは疑問に思う。

 ──こんな森奥の村で襲われるのが魔物ではなく、人なのだ。



食料の為ではなく、快楽で人を殺す。

ネイの目に彼らは魔物のより魔を感じる悪辣非道の権化に見えた。



村を囲う雑木林を音を立てずに歩くと、着衣が乱れ喉元を切り裂かれた少女の死体と遭う。


嬲られた後に殺された少女の目からは血涙の跡が見受けられる。



ネイは見開いた瞼を閉じ、手を合わせて祈りを捧げる。


「僕があいつら全員獄界に送る。君は浄土からその光景を見ているといい」






 人が眠り静けさが増す深き夜。

森奥から魔物の叫び声と木木が軋み潰れる音が僅かに鳴り響く。


夜番をしていた小汚い3人の荒くれ者達が槍を肩に乗せながら煙草を吸っていると、耳の良い男が森奥からの異音に気づく。


「なんだぁ!? 森がおかしいぞ!」


夜番の2人の男は耳を澄まし始めるが、異音は特に聞こえない。


「何も聞こえねえじゃねーかよ!」

「ほんとに聞こえたんだよ! こう、ジャァァアア みたいな音がよ!」



2人の男はクンヲの言葉を疑う


「クンヲ、おめえ葉っぱのやり過ぎなんじゃねえのか?」

「ちっとは気をつけろ、麻は一日3回程にしとけ」


「ちげえよ! おれはそんな麻は好きじゃねえ! ほんとに聞こえたんだよ!」


「隊長は夜中に起こされると、情事を邪魔されて怒り狂った小鬼みたいになるんだよ。変な報告すんなよ」

「でもよぉ…」


話し込む3人の足元の地に震動が伝わる。

地響きと共に森の木木が折れて倒壊し始め、土埃が立ち上がる。



「ほら、ほらぁ!」


森奥の闇からスッと蛇頭が出てくる。


大人3人など軽く飲み込める程の大口、黄と黒の松皮菱模様の大蛇。全長は把握できない程大きい。


「魔華菱大蛇…。禁種の上位…」

クンヲが洟と小便を垂れ漏らしながら呟いた。


紅い瞳を見た3人は抵抗もできず、大蛇の大口に丸呑みにされる。折れ曲がった槍だけが大蛇の口から吐き出された。





 同じ時刻、同じ村で荒くれ者に蹂躙された村に5人の少女が物置小屋の中に入れてある檻車に囚われていた。



ガザビア帝国の他国侵略の際に傭兵として雇われたこの荒くれ者達は街々で掠奪を繰り返し、見目麗しい彼女らを奴隷として捕まえていた。


捕まえた奴隷を遠路遥々クレモルト王国の王都まで奴隷市場に売り捌くつもりであった。


傭兵達は道すがらの目立たない小さな村を襲いながら王都に向かっていた。



奴隷となった5人の少女の内に知覚に優れた1人の少女が周囲の異音を察知する。


「誰か…来る?」



少女は肩までかかる黒髪に陶磁器のような白肌、赫い月を彷彿させる瞳を持ち、涙黒子がある。見目は麗しく、身体付きは幼なげ。

そして、少女には人とは異なる身体の部位があった。それは尾骶骨から生える黒き矢印型の尾である。




奴隷達が幽閉されている物置に現れたの2人の男。

面長の男と小太りで顔面に大きな疣がある男。


2人とも麗しい女奴隷達を見て下卑な目線を向ける。


特に疣男の方の目は血走り、鼻息を荒げてズボンの股間部分は大きく脹れ上がっていた。



「ひぃ」

奴隷の女の1人が恐怖の声を上げ、股座に水溜りができる。



疣男は黒髪、矢印型の尾を持つ少女を指差す。


「兄貴、おれはあの魔人の女の子の身体つきが大好物なんすよ。おれあの子にさせてください」


「お前少し静かにしろよ、隊長にバレたらどうすんだよ。商品を傷物にしたら、銭狂いのあの人は俺達を魔物の餌にするぞ」


「隊長は夜酒を飲んでたてんで、今日は起きやしませんよ」


「詰めがあめえな、この疣男」


「兄貴はどれにすんですか?」


「おれは餓鬼っぽい身体はなあ。あの乳がでかい茶髪かな」


「へぇ、趣味がよくないっすね兄貴は」

「いや、お前の方だろ」



魔封の刻印付きの鎖に繋がれた魔人の少女と人族の女は口を布で縛られる。


そして、乱暴に檻車から出されて、隣の家屋に無理矢理連れ込まれ床に転がされる。


魔人の少女は手足を使ってジタバタと暴れるが、男に腹を殴られ悶絶する。


「んっ、…ん」


隣には既に人族の女がひん剥かれ、上半身を晒され涙を流している。



しかし、油断した面長男がズボンを脱ぎ去った瞬間に、人族の女は勢いよく男に突進する。

男のズボンに巻かれていた剣帯から小剣を奪い取り、そのまま横腹に刺した。


木床に面長男の血が流れ始める。



「てめぇ! この糞野郎が!」

「兄貴! この糞尼」



癇癪した疣男は女から小剣を奪い、馬乗りにタコ殴りにする。

女の頭が何度も殴られ木床に叩きつけられ、鈍い音が部屋に響く。



「おい! おいはおれそこまで深い傷じゃない! それ以上殴ったら死んじまうぞ!」



人族の女の顔面は青痣だらけになり、殴られた眼球が少々飛び出していた。


「おい、大丈夫か!? 此奴息してるか?!」


男は女の心音確認するが、沈黙していた。

「え、や…やべえ。 してないかも」

「おめえ何にしてんだよ!?」


「これはお前の責任だからな! お前が何とかしろよ? 隊長には言わないでおいてやるから」


「あ、兄貴ぃ」


面長男は服を着て家屋から早々に去っていく。



 1人になった疣男は怒りと絶望が混ざった表情をしながら狂ったように自分の爪を噛みながら呟く。


「糞糞糞糞。おれ1人に擦り付けやがって。ああ糞」


疣男は僅かに物音を立てた魔人の少女の方を向き、頭の先から爪先まで舐めるように眺めた。


瞳の下にある涙黒子が男の情欲を唆る。


「まあ、楽しんだ後考えればいいか」



疣男は再度魔人族の少女を襲いかかろうと、両脚を押さえつける。

粗雑な亜麻布製の繋ぎ服を捲り上げ、股座を掴み下着を手にかけた瞬間にドンドンと扉を叩く音が部屋に響く。



「やべぇ、やべぇ。やっぱ兄貴チクりやがったのか」


音に気づいた疣男は焦りながら手早く魔人族の少女の口に布をきつく巻き直し、人族の女の死体と一緒に引き摺り家屋の床下に隠す。


そして、怯えながらも木扉を半分開く。


疣男の眼前に現れたのは黒い渦巻き仮面をつけ土色の外套と頭巾を被る怪しげな人物。


「誰だおめえ?」


「…死ね」


疣男は心の臓を的確に手で貫かれ、衣服から血が滲み始め、息を引き取る。


黒面の人物は倒れた男の死体を踏みつけながら家屋の扉を開けて入ると、声を上げる。



「もう1人隠れているだろう。心音が漏れているぞ。すぐに殺してやるから、待ってろ」


一直線に家屋の奥部屋まで向かう。

家屋の床扉を開くと土埃が舞う。



床下には鎖に繋がれ涙を流す美しい白肌の黒髪の少女と、無残な姿になった上半身裸の女の死体が転がっていた。


窓から入り込む赫き月光が床下まで差し込み、少女を照らす。



それが魔人赫目氏族エシェと龍祀る民ネイの出会いであった。



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