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五話 最後の夜



 赫い月が半分程欠けた夜、銀等級へ昇級した5人の冒険者は只管に酒を煽った。


祝い席にいるのは『光の四矢』の4人組と白髪の若き青年。


アロンソは麦酒を鯨飲する程酒が強く、アルリエとロッカも程々に酒が強かった。

マヤネは泣き上戸であり、終始非常に面倒な存在であった。


ネイは林檎酒を好んで飲んでいた。


林檎果汁を醸造した物であり、その発泡性と軽い飲み口はクレモルト王国の多くの人が好む。


初の飲酒であったネイでも林檎酒の飲みやすさと美味しさのあまりにぐいぐいと飲んでいた。


しかし、次第にネイが酔い始めると、アルリエはネイが酒雑魚だと分かり、次々と酒を飲ませ潰しにきた。


「剣は上手くても、酒をまだまだね」

アルリエが煽るように言う。



そこからは記憶が少し曖昧だ。



酒のつまみは此度の冒険の話から始まった。



 出会った最初は若いネイの実力に不安を抱いていたこと。

 針山蜥蜴に針を放たれた時、アルリエは死を覚悟したこと。

 ネイの惚れ惚れする程の美しく力強い『山断ち』の話。

 緑縞大蛙が豚鬼より臭かったというくだらない話。


話は次第に『光の四矢』の冒険や自慢に移り、愚痴へと落ちつき、締めはアロンソとアルリエの結婚の報告であった。



 ネイは帰りはどうやって宿に着いたのか全く分からない。二日酔いで朝から嘔吐を繰り返し、治癒術を使った。それでも気分は良かったのは覚えている。




 祝いの宴会から十日が経過した日、ネイは次第にウォルトでの生活もやることが無くなり、飽き始めていた。


特に街ではギルド、宿屋、カナリア亭の三ヶ所を行き来するだけで一日が終わる。



 早朝、宿から起きて街離れの荒野に赴き、鍛錬を積む。


昼から冒険者ギルドに向かい半日でこなせる依頼を受けて達成する。


夜は稀にアロンソ達と歓楽街の大通り沿いの酒場に繰り出すが、大抵はカナリア亭の居心地の良さから、結局ほぼ毎晩足を運んでしまっていた。



 今宵もネイはカナリア亭に赴く。

いつものように店に入り、定位置のカウンター左奥に座る。


「よぅ、坊主。また来たか、今日も林檎酒でいいか?」


「ええ、お願いします。ウォルト餃子と大麦麵麭に乾酪乗せで」


「あいよ」


 酒を嗜むようになってからは店主ヤンガと仲を深めていた。周囲を伺うと働いていたカルネと目が合うが、逸らされてしまう。



 ──最近のカルネ、やっぱ少しおかしいな



 カルネとはカナリア亭で出会い一ヶ月半が経つ。

16と14。歳も近く気が合う2人。店に客がいない時はカルネと2人で談笑していた。


また、ネイが生活品が必要だが何処にあるか何も分からず困っていた時に、カルネが買い物に付き合ってくれて色々な商店を教えてくれた。


稀に日中にお茶を飲みに出かけることもある。



しかし、最近はカルネはあまり絡んでくれず、避けられているようにも感じる。


それとも距離が縮んだと思っていたのはネイの勘違いだったのか。



 ──それでも今日はカルネと話さないと。別れの挨拶をできないのは悲しい。



注文していた食事をカルネを運ぶが、一言も残さずに立ち去ろうとする。


「待って、カルネ。君に話があるんだ。後で時間が欲しい」


「なんですか? 言い訳ですか?」


「言い訳? 何のことを言ってるの?」


「恍けるならもう話すことはありません」


「ちょっ待ってよ!」


ネイの呼び止めも聞かずにそそくさと違う客の注文を取りに行く。

何か悪いことでもしたのかと、記憶を遡るが心当たりの欠片も無い。諦めて店を閉めた後、話を聞くことにした。



 閉店後に半刻程外で待つと、店主ヤンガが出てきた。

口には煙草を咥え、両手を使い赤魔鉱石を原料にした燐寸で火をつける。


吸い込んだ煙を肺に入れて、口から吐き出しながら、ネイに語りかける。


「坊主、お前は若いからまだ分からねえかもしれんが、好いてる男が他の女と戯れているのを見るのはちと辛いぞ」


「他の女?」


「ん? 何か話と違ったか?」


「話ってなんですか? 他の女?」


「坊主、何で避けられてるのか自分では分からなかったのか? そりゃ、傑作だ。小鬼の方が女の扱いが上手いかもな」

 ヤンガはネイの背を叩きながら爆笑し始める。笑いすぎて、口に加えていたら煙草を落としそうになる。


「あぶねぇ、あぶねぇ」


「揶揄うのはやめてくださいよ。で、何で怒っているんですか?」


「んー。聞いた話によると10日程前かな、そんくらいに繁華街で坊主が女と乳繰り合っていたとか」


「ええー。全く記憶にないんですけど」


「坊主みたいな白髪頭は少ないから見間違えだとは思えないけどな」


「詳しく話を聞いてみます」


「おう、俺は片付けやらねーと。んじゃ、またな」


ヤンガは煙草を靴裏に押し付けて火を消すと、背を向けて中に入ろうとする。



「あ、あの、僕そろそろウォルトを出るつもりなんです。ヤンガさんにもお世話になりました。ありがとうございます」


「…そうか。また、戻って来るんだろ?」


人の世に自分が戻る場所がある。それはネイにとって感慨深いものであった。

「うん、必ず」


「そん時までにもっと飲めるようになっとけよ、俺と酒を浴びる程飲むぞ」


「ガンバリマス」


「んじゃ、まなた。坊主」

再度背を向け、手をひらひらと振る。

「また」



 ──また次の街に赴き、誰かと出会い別れるのだろう。僕はそんな生活をこれから暫く繰り返すのか。寂しいな。


 ネイは齢14にして、世を流離う。

18の成人の義までに山の上の街に帰らなければいけない。限られた自由の時間は少なく、一つの街に長くは居るつもりはない。


ネイの一番の願望は世界を見て回ることだ。


そのため、人と長く付き合っていくことが難しい。




 暫くするとカルネが店から出てくる。普段の給仕のスカートではなく、麻のパンツを履いている。

カルネの姿に新鮮さに惹かれてぼんやりしていると、本来の目的を忘れそうになる。



「カルネ、待って! 誤解だと思うんだ、話し合おう」


ネイの発言と状況は浮気者のそれであった。



「別に私は貴方の女ではないですから、貴方が何をしようと自由です」


「ちょっと待ってよ、僕はこの街で女性と触れたことさえないと思うんだけど」


「へぇ、まさか嘘まで吐くとは思いませんでした」


「いや、本当だって。一体いつなんだい? 僕がその…女といちゃついていたのは」


「10日前の夜、歓楽街の大通り沿いで」



 ──10日前って何してたっけ。確か、銀級昇格の日か。つまり、アロンソ達と飲んでいた時だ。



「ちなみに、僕らしき人はどんな人と何をしてたの?」


「わたしと同じ小麦色の髪の女の人と抱きついていましたね」


そんな記憶はネイにはない。しかし、酒に呑まれて記憶がないだけかもしれないと自分を訝る。


「ごめん、僕その日は知り合いの冒険者達と飲んでいてたんだけど全く記憶がないんだ。

 もし、カルネが言っていることが本当だとしても全く何もないよ。多分、抱えられて宿に運んでくれたんだ。朝は起きたら1人だったし」


「ほんとですか?」

カルネは厳しい眼差しをネイに向ける。


「うん」


「一応、信じます」


「ほんと良かったよ」

ネイは胸を撫で下ろし、深く息を吐く。


「わたしに信じてもらえたのが嬉しかったのですか?」

カルネは安心しているネイに好奇心から質問してみる。



「うん、カルネに誤解されたまま嫌だね。それに冷たい態度を取られると悲しくなる」


「そ、そうですか」

カルネは突然に見せたネイの悲しそうな顔に胸が高鳴る。いつもの凛とした眉が少し垂れ下がっており、カルネには悲しそうな子犬に見えた。



そして、ネイの表情は意を決したように真っ直ぐな瞳でカルネを見つめ始めた。それは男が女に愛を告げるような目に似ていた。


「後、もう大事な一つ話があるんだ」


「な、な、な、なんでしょうか??」


カルネは生唾を飲み込む。心臓の音は早くなり、顔は赤く染まりあがる。




「僕はこの街をそろそろ出ようと思ってる。多分2日以内に…」



それはカルネが期待していた甘い言葉ではなかった。

「え、…」


「カルネにはお世話になったからお礼がしたくて」


「2ヶ月前に来たばかりじゃないですか! いくら旅人でも出て行くのが早すぎないですか?」


「僕が旅をできる時間は少ないんだ。いつか実家に帰らないといけなくてね。それまで少しでも世界を見たくて、でもウォルトに必ず戻ってくる」


「わたしも…」


言いかけた言葉は喉元で止まり、飲み込む。

彼の旅着いて行くことはできない。


カルネは14の時に父を亡くし、母と2人で働きながら幼い弟の面倒を見ている。それを置いて行ける筈がない。



「この街で貴方を待ってます、だから帰ってきてください」



それはカルネが望んでいた未来ではなかった。

カルネは彼と恋仲になり、旅を止めて街に留まってくれることを僅かに期待していた。


もう少し、時間があればカルネとネイは結ばれていたかもれない。しかし、あらぬ誤解により2人の時間は削られてしまった。


彼を好いてはいたが、愛してはいない。


「うん」




 その後ネイとカルネは初めて2人でお酒を飲むことになった。

お互いにこのまま湿っぽいお別れも物寂しい気がし、落ち着いた雰囲気の酒場を探すため夜の街を闊歩する。


見つけた店は歓楽街大通り沿いにある小洒落た酒場であった。


2人は横並びの席で酒を飲みながら、出会った日からの思い出を少しずつ丁寧に語り合う。


「ネイ君がお釣りをくれた時は驚きました。

同い年くらいの男性がおじさんみたいなことをしてたんですから」


「あれは叔父に言われたからやっただけなんだけどなあ」


「でも、不思議と追いかけちゃいましたね」


「はあ。おじさんか。もう女の子にお金渡すのはやめとこう」


「他の人にするつもりだったんですか」


「もうしないよ」


「駄目ですよ」


「うん」


 5杯目辺りで若く酒に弱い2人は少しずつ酔い、惚ける。

果実酒の氷が溶け始め、カランっと音がする。薄まった酒をちびちびと飲む。



暫く無言になりお互いに見つめ合う時間が増えてくる。ネイより少し大人びたカルネの唇が酒で濡れ、艶っぽく輝く。


 蕪雑にお会計を済ませた後に、2人は人が溢れ返る夜の歓楽街を裏道から抜けていくのであった。



******



 翌日の朝ネイは下着一つの姿で二日酔いの吐き気と共に起きる。

日は真上に昇り、広場から聞こえる人の声が騒がしい。

 ネイは自身の肝臓に治癒術をかけて回復を促し、水術で桶に水を出し顔を洗い、気分を切り替える。


その日は宿屋の窓からぼんやりとウォルトの街を眺め、街を出るための支度を便便と進め、眠りついた。




 次の日の早朝にネイはウォルトの街を旅立つ。


1ヶ月半程しか過ごしていないが、感傷的な気分になる。後ろ髪を引かれつつ重い足取りで初めて訪れた人街を去る。


「また、きます。必ず」


それは誰に言った訳でもないが、確かな誓いの言葉であった。


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